タツミにマナー講座を受ける様子を見せたくないエスデスが一時撤退し、厨房前は静けさを取り戻した。
アン料理長も厨房に戻り、他の料理人たちに指示を出す。
おやつ時になれば皇帝陛下への甘味を、オネスト大臣はリクエストのあったバウムクーヘンを、夕食のメニューの下拵えなどもある。
そして宮殿で勤務する兵士たちや侍女たちが利用する食堂の食事である。
厨房は料理人たちの寮や兵士たちの食堂などを含めた、いくつかの関連棟となっている。
料理長は普段は皇帝陛下への料理を作っており、他の料理人は食堂などの出入りもしている。
・・・だが、昨日の夜からは料理長であるアンはタツミとラバックの帝具を管理し、なるべく二人から目を離さないようにしている。
「今日の皇帝陛下へのデザートはバウムクーヘンなんだけど、大臣とは別で作りなさい。あの男・・・バウムクーヘンは一本丸ごと、一人で食べるから」
「分かりました。あの、料理長は?」
料理人の一人から聞かれ、アンはかわいらしくウィンクをしながら、タツミとラバックを引き寄せる。
「ラバックちゃんとタツミちゃんとお話があるの。ちょっと席を外すから、あとはよろしくね」
アン料理長の私室にて、タツミとラバックは椅子に座っていた。目の前にはアン料理長が即席で作ったハムサンドイッチとアールグレイティーが置かれていた。
部屋の隅には大きめの鳥かごがあり、その中にはマーグファルコンが毛繕いをしているようだ。
「アンタたち、ナイトレイドなんでしょ?で、仲間のところに戻りたいと」
「もちろん、その通りだ。あんたならわかってくれるだろう?」
ラバックがそう尋ねるとアンは「そうね」と返事をして紅茶に手を付ける。
「いくら厨房に自治権があるといっても、アンタたちを無事に逃がせるほどではないわよ。エスデスちゃんやブドー大将軍も控えているし、あのオネスト大臣ならあいつらよりも罠を二重三重、それ以上に今頃策を練ってるわ。やめときなさい」
その言葉に二人は言葉が詰まる。
なんとしても彼らは宮殿から脱出しなければならない。しかしそれを突破するにはあまりにも戦力が強力すぎる。
「やっぱり、なんとかできないのか・・・」
「タツミちゃん、そうがっかりしないで。厨房の自治権に従うなら保護はできるし、昔からそういう暗殺者の類を厨房の料理人にしたことはいくらでもあるから」
「えっ」
アンの言葉にタツミとラバックは視線を交わしつつ、アンへと視線を戻した。
「アンタたち以外にもね、大臣の暗殺や皇帝の暗殺しようって輩はいくらでもいるのよ。で、厨房に逃げ込んだ子は保護してるわね。・・・ただ、暗殺はさせないようにしっかりと教育はしたけど」
「・・・あのよ、俺たちもそうなるのか?」
「ラバックちゃんの予想通りよ。でもまぁ、連絡ぐらいはさせてあげるわ」
そう答えて、アンは席を立ってマーグファルコンを連れてくる。
マーグファルコンの足首には手紙が取り付けられるように足輪がされているようだ。
「普段から忙しい時にこの子に買い出しのメモつけて頼んでるんだけど、外にいる料理人に頼んでみるわ」
「外にいる人間に、か。信用できる相手か?」
ラバックに問われ、アンは頷いた。
「元々宮殿に入った暗殺者だったけど、うちで更生してね。今では外で料理人をしてるのよ。その子、スラム街でボランティアしてるぐらいだしね・・・ナイトレイドと連絡もしやすいはずよ」
そうアンがタツミとラバックに返したところで、扉がノックされる。
どうやら料理人の一人らしい
「あの、料理長!料理長!」
「もうっ、なによ~」
「大変よ大変っ!料理長に会いに、大臣の息子ちゃんが来てるわよ」
「行くわ!!!!!!」
ラバックとタツミのことも一瞬忘れたのか即座にアンは扉を勢いよく開けて出て行った。
扉にいた料理人はラバックとタツミに声をかけて、彼らも連れていくようだ。
「よぉ、アニ・・・あ”-、アン。ナイトレイドの二人を引き渡せ」
「・・・」
「おいおい、さっさということ聞いておいたほうがいいぜ?いくら自治権があるっつってもナイトレイド、は・・・」
「・・・あんた、その状態で殴るの我慢しながら待ってたのね。ちょっとは成長したじゃない」
厨房から通じている応接室
そこに入っているシュラはオカマやオネェの料理人たちにべたべた触られ、いえ、がっつりとセクハラされながらも殴らずにアンに会いに来ていたのだ。
すでに服を破れかねない勢いでもある。
「料理長!ちょっと見た目以上にいい触り心地よ!」
「なにこれいい尻してるじゃない」
「あっと手が滑ったーーー!!!いい太ももじゃなぁ~~い!最高ね!!」
「・・・あ”ぁーー!!いい加減離れろ!!触るな!!」
・・・すでになんとか引きはがして殴りかかるが、オカマやオネェたちは蝶のように舞って回避した。
その間にラバックやタツミもアン料理長のいる場所へとやってきた。
「まぁいいわ。わざわざアンタが中に入ってまで来たんだからお話ぐらいは聞いてあげる」
「上から目線だなぁ、オイ。・・・そこのナイトレイドどもを引き渡せ。せっかく俺の手柄だっていうのに」
シュラがアンの後ろにいるタツミやラバックを睨みつける。
「アンタね・・・皇帝陛下がいる宮殿に賊を引き込むって何考えてんのよ」
「あぁん?お前もあの雷親父と同じこと言うのかよ」
そのまま彼はずかずかとアンに近付いていく。タツミやラバックも手元に武器がないため、身構えてしまうが、アンは何も構える様子がない。
「あのねぇ・・・常識的に考えて、そんなむちゃくちゃな作戦して・・・あぁでもあんたあれよね・・・」
「あん?なんだよ」
「5歳の時に肝試しするって言いだしたくせに、怖くてびーびー泣いてたのを私が連れ帰ったことあるし・・・あんた、何歳になっても先のこと考えてないのね」
張りつめかけていた空気が、一瞬で違うものになった
「な、な、な、何言ってんだてめぇ!!!」
「7歳の時なんて帝都探検とか言いながら城下町で迷ったあげくに泣いてるところに帝都警備隊に保護されてたし」
「おいやめろてめぇ!!!」
「8歳の時なんて、皇后様の母上にプロポーズし・・・」
「ああああーーーー!!!おいてめぇやめろこのやろう!!」
「皇后様にもだって・・・先帝と婚約なさるまではベタベタに甘かったじゃない」
顔を上気させてそう叫ぶと、シュラはアンの口を塞ごうとする。しかしアンは楽しそうに笑いながらひらりと躱す。
「っていうかあんた、小さいころから年上好きよね?年上っていうか人妻?皇后さまも美人だったけれど、お母様も美人だったものねぇ」
「おいその話題やめろ!!人前で何言ってんだてめぇ!!」
「大臣も人妻好きよねー、親子で趣味が似通うってことかしら?そういえば、あんたが10歳の時なんて・・・」
「やめろ!!!その時のはさすがにやめろ!!!てめぇ!!!」
シュラもすっかりと目的を忘れてしまったらしい。アンの口を塞ぐことに集中し始めた。
「・・・・・・タツミ、とりあえず俺、ナジェンダさん宛に手紙書くわ」
「・・・俺もマイン宛に手紙書こうかな・・・」
ラバックとタツミはその様子を見ながらも遠い目になるのだった・・・
シュラとアンが同い年
先帝と皇后様が彼らよりも少し年齢が上
皇后様が人妻子持ちなので、その母親も美人だろうと思って・・・