Fate/noble blood   作:菊田菊之丞

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6話

 

トンネルを抜けて急についたラジオのように、ナオミは飛び起きた。

 

薄暗い空間、有機物と化学物質がまとめて鍋に放り込んで煮詰めたような臭いが立ちこめる、薄暗い空間だった。

すぐに暗視の魔術を立ち上げると、隣に髭を蓄えた精悍な顔があった。

 

 

「起きたか 」

 

「・・・・・・セイバー、私、どれくらい寝てた? 」

 

過去の記憶から帰ってきたばかりのナオミは王の皮肉を無視して問うた。

さして気にした様子もなくセイバーは答えた。

 

 

「数十秒といったところだ。起こす手間が省けた」

 

「そう」

 

ゆっくりと立ち上がりながらナオミは周囲を確認する。

 

用水路の段差の下には相変わらず毒々しい色の水が下流へと流れていっていた。

この現象がオオゲツヒメの自らの肉体を切り売りし発動させたものであるなら、彼女の消滅と共に止まるかと思ったが、面倒事は残るようだった。

 

 

「オオゲツヒメの消滅は確認できたの? 」

 

魔力の痕跡はすでに消えていたが、念のためセイバーに聞いた。

それに対するセイバーの反応は、硬いものだった。

 

「あれを見てみろ 」

 

セイバーの指先をたどっていくと二つの物体が融解したアスファルトの上におちていた。注視すると、それは白い女性の足だということが確認できた。

それと同時に、ナオミは焦りを覚えた。

 

「今回の聖杯戦争でも、死んだサーヴァントは塵になって消えるはず・・・・・・よね」

 

「そうだ。肉体の一部が残るということ、それはーーーーー」

 

 

 

『あなたたちは失敗したという事ですよ 』

 

闇の奥から嘲るような声が水路に響きわたった。

それは紛れもなく、先程打倒した筈のオオゲツヒメのものだった。

 

 

「どういうこと・・・・・・? 」

 

ナオミの首筋を冷や汗が伝った。

通常、サーヴァントは心臓と首に存在の核である霊核を有しておりそこを破壊されると消滅する筈だった。

自身の肉体を用いて能力を使うオオゲツヒメでも例外ではないはず。

 

「一撃で霊核を吹き飛ばした筈なのに何で・・・・? 」

 

「確かに。ただそれは、霊格がそこにあればの話ですけれどもね」

 

 

ナオミは今回戦闘が始まって一番の衝撃を受けた。

にわかには信じられないことだが、何らかの魔術にてそれは実現可能なことだった。

 

「脳や脊髄、心臓まで存在を保つためのギリギリの部位を中抜きして、それ以外を遠隔で操っていたということ? 」

 

「ご明察」

 

オオゲツヒメは体があれば網に獲物をとられた毒蜘蛛のような笑みを浮かべていただろう。

しかしなぜこんなことが可能なのだ。ナオミが知るわずかばかりのオオゲツヒメの物語には心臓を切り離し保存するなどと言う、南米の儀式のようなものは無かった筈だ。

あるとすればそれは、マスターの魔術か。

だがそれは、ナオミが最初に排除していた可能性だった。

 

 

「その力は、あなたにはないはず! 」

 

「その通り、この力はマスターの呪(まじな)いによるもの」

 

「嘘・・・・・・。聖杯戦争を壊そうとしているあなたに賛同するマスターなんているはず・・・・・・」

 

「マスターと私の目的は同じですよ。ええ、これ以上ないくらいピタリとね」

 

その時、憮然としていたセイバーが、口を開いた。

 

「教えろ、オオゲツヒメとやら。お前の聖杯に懸ける理想はなんだ? 」

 

少しの静寂の後、子供に言い聞かせるような優しい口調で、狂えるような情動を秘めた声色で恐るべき願いを口にした。

 

 

「私の願い、それは我らが母の願いと同じ。私は、憎きあの男の子孫たちをくびき殺し、この国を転覆させる 」

 

 

ナオミはあることに気づいた。

セイバーの宝具によって動線を破壊されていた赤い水が再び動きを再開していたのだ。まるで意志を持ったかのように流れに逆らい、ある一転を目指して収束している。

その先には残ったオオゲツヒメの足があった。

グツグツに煮えたぎった鍋のように、そこに溜まった水は黒く変色し、泥のようなものになっていた。

 

「ちなみにその赤い水の正体を教えましょう。それは生者を砕いて搾り取った、出汁のようなものです」

 

どこまでも女の声は朗々としていた。

ナオミは思わず後ずさる。セイバーすら眉をひそめている。

 

わかっていたことではあったが、ナオミは信じたくはなかった。

人間の魂はサーヴァントにとってはこれ以上ない栄養源だ。

しかし、これだけ大規模な術を組むのにどれだけの人間を必要としたことだろう。

それも世間に気づかれることもなく、成し遂げることができるのか。

その謎の一端は、オオゲツヒメの次の言葉が教えてくれた。

 

「いえいえ、世の中と関わる能力が無く、誰からも見向きもされない人間のなんと多いこと。マスターの力があれば数百人を少しの間にこの世から消すなど造作もなかったですよ」

 

「あなたは・・・・・・」

 

ナオミの口から押し殺しきれない感情が漏れる。

それは怒りだった。

誰からも見向きもされない人間・・・・そこで思い出したのは書斎に座り、虚ろな目をしたははの姿だった。

 

「一般人を手にかけただけではなく弱者を選りすぐって殺したという事? 」

 

「いけませんか?元々価値の薄い人間ですよ?何者にもなれない彼らに大業の糧になる権利を与えてあげたのです。それはーーー」

 

「黙れ」

 

氷点下の声でナオミは煮え立つ泥の中央を睨みつけた。

 

「あんたはここで私が殺す。必ず」

 

「できますか? 」

 

 

虚空から響くオオゲツヒメの声は喜悦を称えていた。

 

「あなたたちは絶対に私には勝てませんし、既に敗北しているのです。

見なさい。もうじき黄泉の門が開きますよ? 」

 

泥が、地面を溶かしそこに大穴を出現させていた。

 

 

そしてそれに呼応するかのように、熱くなっていたナオミの意識が連れ去られる。

 

それは彼女が時折見る、神の啓示のような第六感だった。

 

ただ今回はいつもと様子が違っていた。

彼女の意識は大穴の奥深くに息ずくものを幻視していた。

洞穴のような底なしの暗闇の中にそれはいた。

蛆、蜘蛛、蛾。害虫を腐肉の上這わせている。見ただけでひどい臭気が想像できた。

懺悔するように頭を垂れていたそれは、ナオミの視線に気づいた気づいた。

長い髪の奥に隠れた、爛々と輝くその眼と、ナオミの瞳とが一直線に結ばれる。

その瞳の奥にあるのは闇だった。底なしの墓穴のようなその奥の虚に、ナオミは吸い込まれるように惹かれていった・・・・・・

 

 

 

「ナオミ!!戻ってこい! 」

 

 

瞬間、ナオミの眼前にはどす黒い闇を湛える巨大な穴が広がっていた。

それは比喩ではなく、オオゲツヒメの力によって創出された穴だった。

一歩踏み出せば落ちそうな距離まで近づいていた今、ナオミは我に返った。

 

いつの間にか周囲には膨大な負の魔力が渦巻き、不穏な気配が満ちていた。

 

隣に居たはずのセイバーの声に振り返ると、そこには聖剣を凪ぐセイバーの姿。

正面には先程倒したはずの使い魔が群がっていた。体表の色も薄く華奢ではあるが十数体はいる。

 

「どけ!」

 

 

高周波音とともに聖剣の切っ先から閃光が迸る。群体の一角が崩れ、両断された虫の部位が飛び散る。その隙間に向かいセイバーは自らの体を踊らせた。怪物の爪や牙が殺到する中一直線にナオミに向かって疾走する。

 

ナオミの足下に異音。

足下にはケロイドのように爛れた体表を持つ、ラグビーボール程の大きさの芋虫が穴から這いだしていた。

小さな怪物は愛くるしさを感じる者もいるかもしれない顔の真ん中についた、乱食歯がずらりと並ぶ口腔を開く。

そこからはどす黒い粘液が迸り、ナオミに降りかかった。

 

ナオミは叫び声すら上げられる暇もなく視界が回転した。

体をしたたかに地面に打ち付け、回転が止まる。痛みを認識した時に、ナオミの耳に苦悶の声が入ってきた。

 

その声の主は、先程ナオミを抱えて退避をしたセイバーだった。

見ると彼の左腕からは肉が焦げる臭気と蒸気があがっていた。

先程の虫の口から放たれた粘液は硫酸のようにセイバーの腕を焼き、どす黒く変色させていた。

 

 

「穢れをうけましたね」

 

してやったりと、オオゲツヒメの声が芋虫の口から放たれる。

 

「穢れとはすなわち『気枯れ』。神聖を犯されたあなたは十全に神の力を使えますか? 」

 

オオゲツヒメの声はさながら死刑宣告のようにナオミの耳に響いた。

パスを通じてセイバーの状態が伝わってくる。セイバーの腕についた粘液はガン細胞が他の細胞を攻撃するようにセイバーの霊基を浸食していた。

すぐに墜ちてしまわないのはセイバーに備わっている十重二十重に懸けられた神からの恩恵だ。それがオオゲツヒメの呪いを跳ね返し、セイバーの中で戦っている。

玉のような汗を額に滲ませて、何かを堪えるような悲壮な表情のセイバーを、ナオミは見たくはなかった。

オオゲツヒメは冷静さを欠いたナオミの精神に入り込み、一時的に体を操りセイバーと分断、ナオミを囮にして宝具でも回復できない致命傷を与えた。

 

 

「セイバーごめん。私の所為でこんな・・・・」

 

言い掛けたナオミをセイバーは手で制した。

 

 

ふん、と不適に鼻息を漏らし、セイバーは地面にあいた大穴に向き直った。

穴からは次から次へと正体不明の気配がわき出していた。

虫に獣、悪鬼、悪霊、怪異や疫病、そして圧倒的な死の気配だ。

ナオミが先程かいま見た世界がその穴から具現しているのだ。

 

「これがお前の狙いか。己の肉体を媒介にして地獄と現世を繋げるなど、低脳にしては知恵が回るじゃないか 」

 

セイバーの声は今までと寸分違わず低く地下通路に響いた。

一方芋虫の口からでたオオゲツヒメの声は冷めたものだった。

 

「強がりもそこまでくると滑稽ですよ、異国の大王。それ以上格を落とすこともないでしょう」

 

「たしかにな。今回は完全に俺の敗北だ。貴様の力と策を見誤り、災禍の引き金を引いてしまった。」

 

殊勝にセイバーは反省を述べたが、あっけらかんと次のことを言った。

 

「今回は退かせてもらう。」

 

「は!よくこの状況でそんなことができると思いましたね。お嬢さんの転位の呪いを許すとでも思っているのですか? 」

 

「無理だろうな。だから、助勢を待つとしよう」

 

「助勢など・・・・、!」

 

言い掛けたオオゲツヒメは何かに気づいたように息を飲んだ。

 

「下がおもしろいことになっているようだな」

 

ナオミは二つのことを思い出した。

一つは先程感じた大きな魔力の気配がこれ以上ないくらいに近くまで接近しているということ。またそこで巨大な魔力の爆発が起こっているということ。

もう一つはここ第二溜池幹線の他に考えていた進入経路の存在。

「勝ちどき幹線」は第二溜池幹線と並列して敷かれてあり、もっとも接近するところで僅か数十センチ程しかなくなるということ。

 

 

「折角だ。こちらに招待しよう」

 

セイバーは聖剣が発光し、破壊の力が地面に突き立てられた。

コンクリが弾け飛び、炸裂音と共に大穴が穿たれる。

最初にナオミの耳に入ったのは音だ。ごうごうと地鳴りにも似た重低音と、湿った空気が穴から吹き出てくる。

瞬間、その穴から影が飛び出してきた。

 

穴から飛び出てきた男女だった。

女性の方は精錬さを感じさせる白の装束に身を包んだ美女。

おおよそ現実離れした存在感の美女とは打って変わって、彼女を抱き抱えていた青年はごく普通の現代的な風体だった。

しかし体だからは神気とも呼べる覇気が漏れ出ていた。

 

荒い息で膝をつく青年とは対照的に美女は透徹とした美しさに似つかわしくない快活さで、周囲を確認し、言った。

 

 

「むむぅ!こっちもこっちで難儀なことになっておるようじゃぞ!マスター」

 

「まじ、か・・・・!キャスター俺の後ろに隠れ・・・・」

 

 

手に持つ刃渡り900ミリ程の古めかしい剣を、杖としては使わず青年は立ち上がる。すると青年の眼前に刃が突きつけられる。

 

セイバーの聖剣を目の前に、青年は一瞬驚いたように反応するが、すぐにその剣に敵意はないと悟り、無表情でセイバーの目を見据える。

傍らの女性は全く慌てた様子もなく、興味深そうにセイバーとナオミを交互に見ていた。

 

 

「俺はセイバーのサーヴァント。後ろのはそのマスターのナオミ・ギレンホールだ。お前は何だ?人か?サーヴァントか? 」

 

端的なセイバーの問いは同時にナオミの疑問でもあった。

目の前の青年の明らかに人間とは異なるがサーヴァントとも少し違う気配。

いや、似ているとすればその気配はオオゲツヒメと酷似していた。

 

まっすぐ己に向けられた問いに、青年は美女に確認をとるでもなく、驚くほど素直に答えた。

 

 

「俺の名前は菅野直哉。キャスターの力によって神と同化した、『現人神』だ」

 

その言葉からはナオミは強い決意と何故か切ない諦観の様な者を感じ取った。

敵なのか味方なのか、この二人をして彼女はまだその判断ができなかった。

ナオミが直感的に感じたのはこの二人が自分やセイバーとは異質だという事。そして異質なものとはいずれは争わなければならないという予感だった。

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