漣、吹雪、そして初代雷の話。
―――――15年前、東京湾沖。
「漣ちゃん!」
ピンク色のツインテールを揺らし、青いリボンのセーラー服を着た、漣と呼ばれた少女が振り返る。鯨のような異形の口から放たれた砲撃を右に躱し、手に持った12.7㎝連装砲を向け、砲撃。異形に直撃し、それが海底に沈んでいく。
「よっし!」
ガッツポーズを決めた漣は、視線を前方へと戻す。その先に見えたのは、漣と同じ匠意のセーラー服に黒髪を揺らす少女が、同じように鯨のような異形を沈めた姿だ。
「吹雪~」
漣は海の上を滑るように走り、その少女‥‥‥吹雪に駆け寄る。パシンッ、と左手でハイタッチ。互いの無事と健闘を称え合う。
「戦闘にもかなり慣れてきたよね。今ならアイツの事きっとやっつけられるよ!ね?漣ちゃん!」
「私は、まだ自信ないかなぁ‥‥‥」
太平洋沖に突然現れた、人の姿をした怪物。過去の戦艦と有機物の融合したような砲を持ち、人類の持つ通常兵器の一切が効かない化け物‥‥‥仮の呼称『南方棲戦姫』。その出現に合わせるかのように海に現れた、此方も人類の通常兵器の効かない異形。その脅威によって、海と空の安全は失われつつあった。全海域の凡そ半分は、この1年足らずで近付く事すら出来なくなった。この未曾有の脅威に全力で対抗した国連軍も、為す術なく海の藻屑と消えた。
そんな、海を奪われていくのをただ見ている事しか出来なかった人類に、一筋の光が差したのが、一ヶ月前。不思議な妖精に導かれるように集まった3人の少女。その身に軍艦の魂と力を宿し、異形に立ち向かえる力を持った少女‥‥‥今で言う所の『艦娘』。
妖精と共にその不思議な力‥‥‥軍艦の力を振るい、東京湾沖を我が物顔で泳ぎ回っていたイ級を一掃した。勿論、彼女達は軍事訓練など受けた事も無ければ、ナイフすら扱った事も無い。恐る恐るで腰も引けては居たが、彼女達の力は確かに異形に通じた。
当時壊滅状態だった海軍の目にその活躍が留まり、彼女達三人は軍属となった。大本営の支援の元、彼女達と妖精は人類の敵‥‥‥仮称『南方棲戦姫』を打倒する為に力を使い始めた。
軍属になるにあたり、彼女達には宿す軍艦の魂の名とコードネームが与えられた。『駆逐艦 吹雪』『駆逐艦 漣』『駆逐艦 雷』の三人。勿論、三人とも初代。現代の山本提督の所に居る雷は三代目だ。
『二人とも、お疲れ様!』
無線から聞こえてきたのは、雷の声。「うん、これから帰投するね」と吹雪が返す。
各々出身は違うし、妖精に見出だされるまで会った事も無かった三人だが、今ではもうすっかり親友。
二人しか出撃していない理由は一つだけ。三人で出撃して、万が一全員やられてしまったら‥‥‥人類が対抗する手段が無くなってしまうからだ。仮称『南方棲戦姫』と相対するまでは、三人揃っての出撃はもう無い、と言ってもいい。
「でも不思議だよね、みんなには妖精さんが見えないっていうのもさ」
漣にはそれが不思議で仕方なかった。三人にしかその素質が無い、というのだからそうなのだろうが、妖精は目の前に確かに存在しているし触れもする。自分達以外は一般人は勿論、海軍の関係者誰一人として妖精が見えない。
「でもさ、ほら、私達‥‥‥なんだかアニメの魔法少女みたいだよね、漣ちゃん!」
そんな事を言っている吹雪に、漣は苦笑い。自分達のコレはどう見ても魔法等からはかけ離れている。いいところ改造人間やサイボーグ、といった機械的な何かであって、魔法の代物にはどうにも見えない。
「魔法少女かぁ‥‥‥私もそれだったらまだ良かったんだけど‥‥‥」
自身の装備の連装砲をジッと見つめる。どうして通常兵器が効かなくてコレが効くのかは全く分からない。しかし、一つだけ分かる事がある。
「ねえ、吹雪。雷もさ」
漣に「うん?」と返事をして見つめてくる吹雪と、無線の向こうで『ん?』と答えた雷。
「南方棲戦姫、絶対に倒そうね。みんなで!」
自分達は、希望なのだ。全人類の命運を背負った‥‥‥。
それから五ヶ月後。ハワイ沖。三人は南方棲戦姫と対峙していた。ただし‥‥‥状況は最悪だった。巨大な砲門を腕に三門、肩に三門、両腕で計12門備えた、真っ白い髪と真っ白い肌の怪物。此方の連装砲が効いているような気配が無い。
既に吹雪は動けない程のダメージを受けており、気を失ってしまっている。漣も雷も、震える足でどうにか立っている状態。
現在で考えれば、南方棲戦姫に練度半ばの駆逐艦三人で挑む等考えられない事。だが、当時は彼女達が最後の希望だったのだ。
「雷、どうするの?私達の砲撃じゃ‥‥‥アイツに勝てないよ‥‥‥」
吹雪を支えながら、涙を浮かべ雷の手を握る漣。雷は‥‥‥南方棲戦姫を睨んだまま。
「ねえ、漣。魚雷、あと何発残ってる?」
雷が捉えていたのは、南方棲戦姫の左腕。その先にある砲門の一つが、此方の魚雷攻撃でひしゃげている。‥‥‥連装砲では装甲に傷を付けられないが魚雷なら攻撃が通るかも知れない。
「私のは‥‥‥あと二発。吹雪のは、えっと‥‥‥一発だよ」
「私のは三発‥‥‥六発全部当てられれば、勝てるかも知れない」
雷が足に力を込め直す。「私が必ずやってみせるから。漣、お願い、魚雷を私に」と、漣の手を握り返す。その強い決意を感じ、漣は自身の残りの魚雷と、吹雪の魚雷を渡した。雷は受け取った魚雷を背中の艤装にしまい、振り向かずに走り始めた。
「雷‥‥‥?」
その違和感には直ぐに気付いた。雷は真っ直ぐに南方棲戦姫に向かっている。降り注ぐ砲撃を避ける気配すらない。
「雷!!」
『来ちゃ駄目!大丈夫よ、絶対に当たってやらないから!』
言葉とは裏腹に、無線の雷の声は震えている。雷は既に舵がイカれていて、急な旋回が出来なくなっていた。両腕と艦装を盾代わりに突っ込んでいく。
「止めて!雷!!」
艦装が剥がされ、左腕が吹き飛ぶ。それでも雷は止まらない。
『漣』
振り返らず、雷が無線を飛ばしてきた。その声は、先程とは別の震え方をしている。雷は、泣いていた。
『二人に会えて、二人と友達になれて、凄く嬉しかったよ。凄く、楽しかった』
「やめて‥‥‥」
雷が何をしようとしているのか、直ぐに理解できた。漣の瞳から、ボロボロと涙が零れる。
『今まで、ありがとう。私の事‥‥‥忘れないでね』
「止めて‥‥‥雷ぃ!」
直後。南方棲戦姫を巻き込み雷は魚雷もろとも自爆。漣の視界に真っ赤な炎が広がる。その中に、微かに大小二つの影が沈んでいくのが見えた。
「雷ぃぃぃぃ!!」
その後。帰還した、失意に暮れた漣と吹雪を待っていたのは、歓声。国旗を振り、港を埋め尽くす程の人。人類の敵を撃ち破った英雄を称える観衆だった。
勿論、二人はそんな気分になれる筈もない。二人は殆んど何も出来なかった。南方棲戦姫に手も足も出なかったのだ。全ては、雷の犠牲があったから。親友を失った二人に、歓びなどある筈がなかった。
‥‥‥誰もが昔のような穏やかな海が戻ると思っていた。しかし、イ級は変わらず人を襲うし、漣と吹雪の出撃は減らない。寧ろ、以前よりも増えていく。
それから二ヶ月経ったある日。二人の所属する基地‥‥‥今でいう横須賀鎮守府‥‥‥にある報告が届いた。
「新たな敵‥‥‥?」
「うん、吹雪。人型‥‥‥なんだって。南方棲戦姫よりは小型らしいんだけど」
目撃者によれば、フードが付いた真っ黒なレインコートのようなものを着た、長く大きな尻尾の生えた、肌が真っ白な少女の姿だったそうだ。二人には直ぐに分かった。きっと、南方棲戦姫の同族だ。
「イ級が居なくならないのも、そいつのせいかな?」
「多分。‥‥‥行こう、吹雪。このままじゃ、雷が浮かばれないよ」
出撃命令が下り、その仮称『レ級』討伐に向かった二人。目撃された海域で『レ級』は二人を待っていた。そう、文字通り『待っていた』のだ。
「フタリトモ‥‥‥アイタカッタヨ‥‥‥」
瞬間、吹雪の右腕が吹き飛んだ。レ級が放った16inch三連装砲の一撃。
「逃げてっ!漣ちゃん、逃げて!!」
右肩を抑え苦悶の表情を見せながらも、漣の前に出てレ級の視界を阻む吹雪の姿。
「やだ‥‥‥嫌だよ‥‥‥吹雪‥‥‥」
また。また自分だけ助かるのか。また友を見捨てるのか。漣の視界は滲み、吹雪の後ろ姿が涙で歪む。
「いいからっ!早く逃げて!!」
震える左手で連装砲を撃ち、魚雷を放ち、レ級の意識を何とか自分に向けようとしている吹雪。レ級も漣が動く気配が無いのを見てか、吹雪に狙いを定めている。
「早くっ!!漣ちゃん!」
レ級の視界を塞ぐように、真っ直ぐ向かっていく吹雪に背を向け、泣きながら撤退する漣。
(ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい‥‥‥)
怖くて振り向く事も出来ず、只管走った。吹雪がどうなったのかは見ていないが、考えなくても分かる。
‥‥‥無理だ。例え漣に、レ級を倒せる力が有ったとしても、無理だ。見間違える筈はない。レ級‥‥‥あれは紛れもなく、雷だ。
基地に戻った漣は、司令官を問い詰めた。どうしてレ級‥‥‥雷が敵になっているのか。自分達‥‥‥艦娘とは一体何なのか。
「答えてっ!!レ級は雷なんでしょ!!ねえ、答えてっ!!」
当時の司令官は、漣に折れて答えてくれた。
南方棲戦姫‥‥‥それは、大本営が密かに進めてきた研究から生まれた。人の肉体に、軍艦の魂を宿し兵器とする研究。戦艦大和の魂を、ある女性に宿す事には成功。しかし、適正の無かったその女性は、実験の途中で拒絶反応を起し死亡。そのまま海に沈んでいった。そして、それは南方棲戦姫となった。大本営も、南方棲戦姫のその姿を見て直ぐに分かったらしい。人類の敵は、大本営が生み出したのだ。
司令官の話では、深海棲艦達は南方棲戦姫の元で力と知恵を付け、人類に攻撃するようになったのだろうという事だった。そして、人の肉体が軍艦の魂の闇に侵食されると自分達の王を造り出せる事に気付いたのだろう、と。
つまり、レ級は雷に間違いないのだと。
「そんな‥‥‥そんなのって‥‥‥」
その場にへたり込んで、涙を流す漣。
‥‥‥翌日、漣は帰らぬ人となった。自室で首を吊っているのが発見されたのだ。‥‥‥彼女には事実は余りに重すぎた。親友を失い、更にその親友と殺し合わなくてはならない。そして自分もいつか、その怪物になってしまうかも知れない。漣は‥‥‥耐えられなかった。
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そして、現在。
「そうか。ありがとうな、妖精さんよ」
フーッ、と葉巻の煙を吐いた東郷。場所は、都内某所。先日引退した元艦娘の家。最古参の妖精さんの一人に、絶対に出所は言わないという約束で話を聞いていた所だ。
「さて、と。無理言って悪かったな」
東郷が立ち上がる。「あら、もうお帰りですか、大佐?」と、お茶を淹れ持ってきた女性が問う。
「ああ。退役したばっかりってのに邪魔して悪かった、足柄」
「‥‥‥もう『足柄』じゃありませんよ、東郷さん?」
ニコリと微笑んだ元、足柄。去っていく東郷の背中を見送りながら、妖精さんに語りかける。
「『あの話』、話したんですね?」
妖精さんが頷く。「東郷さん‥‥‥大丈夫かしら‥‥‥」と呟いた彼女。
「戦艦レ級‥‥‥あの子を倒したのも、もう10年以上前よね。武蔵さんもこの前轟沈したって聞いたし、残ってるのは今はもう私だけか‥‥‥」
足柄さん、貴女何歳ですか‥‥‥?
おや?誰か来たようです。
アレ?アナタハアシガ‥‥‥グシャッ
‥‥‥‥