「ただいま」
帰ってくるなりポスン、とベッドに腰掛けたのは雷。電と春雨が「おかえりなさいなのです」「おかえりなさい」と笑顔で返してくれている。
「あれ?電、今日はお仕事は?」
「今日はお休みを貰ったのです」
どうやら今日は秘書艦の仕事は休みらしい。という事は秘書艦代理で青葉が働いているという事か。
よく見れば電の額には冷却シートが貼られている。風邪、だろうか?
「電、風邪?駄目じゃない!ちゃんと寝てなさいよ。やる事あるなら私がやっといてあげるから。春雨も止めなきゃ駄目じゃないの!」
電はテーブルに書類を広げて作業をしていた。熱があるならそんな事をしないで寝ておくべきだ‥‥‥と思ったのだが、そうではないらしい。
「違うのです。ちょっと疲れたのでクールダウンしていたのです」
よくよく書類を見てみると‥‥‥数学の公式が並んでいる。状況から察するに、電が春雨の勉強を見ていたようだ。にしても、電も春雨も勉強は苦手だった、と記憶していた筈だが‥‥‥。
「‥‥‥なーんだ、そういう事ね。私が見てあげてもいいのよ?」
雷は勉強はそこそこ出来た方だ。成績もクラスでも1、2を争うくらいだった。そのせいもあってか、こんな発言をしているのだが‥‥‥そこはまだ11歳。
「小学生にはまだ無理なのです‥‥‥」
内容は高校レベル。当然雷に解ける筈がない。「大丈夫よ!見せてみて!」としゃしゃり出てはみたものの、内容を確認した雷から表情が消えた。
「やっ、やっぱりこういうのは自分で解かないと駄目よね。けど、どうしてもって時は頼ってくれてもいいのよ?」
挙動不審気味に、声を上擦らせながらの雷。どうしても見栄だけは張りたいらしい。電も春雨もそんな雷の事は心得ているので、プライドを傷つけないよう「じゃあ、どうしてもの時はお願いするのです」とニコリと微笑む。
「じゃあ、私は司令官に報告してくるから」
雷は逃げるように部屋から出て、山本の所にに何時ものように報告に向かう。
2ヶ月に一度、雷はカウンセリングを受けている。理由は、悩みがあるとか心に傷を負ったとかではない。『駆逐艦雷』の名が英雄だからに他ならない。
勿論、漣や吹雪も同様にカウンセリングを受けている。その英雄の名を受け継いだ重圧に耐えられなくなっていないか、また、その兆候が表れていないか、を確認するためだ。この制度が始まった切っ掛けは、雷の二代目が重圧でおかしくなってしまったせいだ。
勿論、今の3人にその兆候は無い。三者三様に楽観的なのが幸いしている。
それに、吹雪も漣ももうベテランだ。
(別にカウンセリングなんて要らないのに)
そんな事を考えながら雷が歩いていると、こんごうが妖精さん(金剛)を肩に乗せて向こうから歩いてくるのが見えた。
「あ、こんごうさん‥‥‥と妖精さん」
「おかえりなさい、雷ちゃん」
頚を少し傾げ微笑むこんごう。それと、もうすっかりお馴染みとなった『雷、お帰りなさいデース』という金剛訛りの妖精『金剛』。
「あのさ、前から思ってたんだけど、どうして妖精さんは金剛さんの喋り方してるの?」
明らかに狼狽、ビクッとして表情を引き攣らせている妖精『金剛』の様子に、雷は眉をひそめた。流石におかしいと思う。肩に乗る妖精『金剛』は二頭身の妖精の姿ながら、その顔や髪形は金剛のそれだ。元々こんごうの艦装の妖精だし、姿がこんごうに似ていても最早不思議でも何でもない。実際、艦娘に似ている妖精さんは結構居たりする。しかしながら、だ。声まで同じ、しかも喋り型が金剛となると俄然怪しくもなってくる。本人なのだから当たり前だが、そのリアクショク一つ一つを取っても、まるで金剛の生き写しのようなのだ。
『Probably、気のせいデース』
所々に英単語を挟んでくるのも、だ。これで気にならない人物が居るのならその人は余程の鈍感、又は余程の無関心だろう。
「‥‥‥こんごうさん?」
雷の手が、思わずこんごうの右手を掴んだ。一瞬ビクッと身体を震わせたこんごう。視線は雷に向いてはいるものの、焦点が合っていない。何か考えを巡らせているのだろうか?
「こんごうさん?ねえ?」
「‥‥‥はいっ、雷ちゃん」
やっと我に返ったらしいこんごう。雷は小さく溜め息をつき、「まあ、いっか」と流す事にした。どうせ二人に言っても「気のせい」と同じ答えが帰ってくるに決まっているし、何よりさっさと報告を終えてゆっくりしたい。電や春雨もそうだが、今日は雷も休みなのだ。足柄の地獄のような訓練も休みだし、カウンセリングさえ無ければ1日のんびりできる筈だった。
「それじゃ、またね、こんごうさん‥‥‥と妖精さん」
「はい」と手を振り応えたこんごうと、今度はボロを出さないようにと冷や汗混じりながらサムズアップの金剛。雷も引っ掛かりはするものの、早く休みたい一心でその場を後にした。
******
『何かありまシタか?』
浮かない表情をしているこんごうを、肩に乗ったまま金剛が覗き込む。
こんごうが考えていたのは、雷の事だった。前に握手した時はそんな事も無かったのだが、さっき触れられた時は確かに違和感というか、感じた。そう、悲しさや苦しさの類いの何かを。
「金剛さん、雷ちゃんと金剛さんって、昔何かあったんですか?」
『仲は良かったデス。そうですネ‥‥‥may be、初代の漣と雷の関係だと思いマス』
当時、幼いながらも金剛も母親に抱かれ、観衆と共に国旗を振って吹雪や漣を出迎えたのが朧気ながら記憶にある。南方棲戦姫との決戦で雷が命を落とした事も微かに記憶に残ってもいる。恐らくは、その初代の雷に対する漣の魂の記憶に触れたのだろう。
「漣‥‥‥の‥‥‥」
そこまで口にしてこんごうが黙ってしまったので、金剛もそれ以上は話さない。二人は無言のまま歩き、部屋の扉を開けた。
「やあ、こんごう。お邪魔してるよ」
「おかえりなさい、こんごうさん」という比叡の隣にグラーフが座っていた。金剛のイギリス時代の昔話でもしていたのだろう。部屋には紅茶の匂いが充満している。どうやらグラーフが淹れたらしい。
「こんにちは、グラーフ。私にも戴けますか?」
「ああ。構わない」とグラーフが紅茶を手慣れた様子で注ぐ。イギリスに滞在していた時に金剛に教わったのだそうだ。クスッと笑ったグラーフの視線がこんごう達に向く。
グラーフがカップを二つ用意。一つはこんごう用。もう一つは小さめの、妖精『金剛』用だ。各々に紅茶を注ぎ、手渡してくれた。
「どうかな?君に教わってから色々と勉強したんだ。上手く淹れられているだろうか?」
こんごうはそのグラーフの言葉に直ぐに違和感を覚えた。視線は間違いなく此方に向いている。ただ、こんごう自身は紅茶を淹れるのは初心者。‥‥‥気付いて金剛に合図を送るのがほんの少しだけ遅れた。
『上手く出来てマス!』と笑う金剛に、グラーフが畳み掛けて来た。こんごうが発言する隙は無かった。
「そうだろう?まあ、キミにはまだまだ及ばないけどね。なぁ?ナツミ」
『そんな事無いネ!グラーフのTeaもgoodデース!』
ほんの一瞬、場が固まった。一人気付けていない金剛が『What?』と発言したのと同時、比叡が涙で顔を台無しにしながら飛び付いて来た。
「お姉さまっ!!!」
こんごうごとベッドへと押し倒し、見事金剛をキャッチした比叡。泣きじゃくり「お姉さま、お姉さま‥‥‥」と金剛を頬擦りしている。金剛の方は苦しそうではあるものの、満更でもない表情。ただ、黙っていた事の罪悪感も同時に見てとれる。
こんごうへの想いから冷静に見れていなかった比叡とは違い、グラーフは金剛に気付いていた。ただ、確証が無かった為に今回のような事をしたのだそうだ。
「ナツミよ、私は良いとしても比叡には伝えるべきだろう?どうして黙っていたんだ?」
比叡に抱えられ全力でモフモフされている真っ最中の金剛。グラーフに答えようとしてはいるものの、比叡の頬が邪魔で『比え、わぷっ、ちょっ、はむっ』と喋れない。その様が更に比叡を刺激したらしく、全力モフモフは余計に悪化。
「お姉さま、前から思ってたんですけど、妖精さんの身体ってどうなってるんですか?」
暴走する、危険な目に変わった比叡の指が、金剛の服を掴み引っ張り脱がそうとする。『Noぉぉ!比叡、ヒェェ~~!』と叫び比叡の手から抜けようと藻掻く金剛。
様子を見兼ねたグラーフが、比叡の口にスコーンを突っ込んだ。
「もがっ‥‥‥」という言葉を残し、比叡が白目を剥いて動かなくなった。スコーンは比叡が作ったもの。相変わらずの破壊力だ。もう比叡の手料理を兵器に使った方が早いかも知れないくらい。どうやらグラーフも同じ事を考えたらしく、「アカシに頼めば‥‥‥いや、しかし‥‥‥」と呟きが聞こえる。
『Thanks、グラーフ。貞操の危機デシタ‥‥‥』
疲れきった様子で肩で息をする金剛。彼女が比叡に教えなかった理由は二つ。一つはこうして貞操の危機に瀕する可能性があったから。勿論、これはメインの理由ではなく、もう一つの方が問題だった。
妖精『金剛』としての自分は、果たして安定して存在できるのかどうか。これに尽きた。こんごうの魂の一部、『金剛だった部分』を共有させてもらうという、何とも曖昧な存在。この状態がずっと続けられるのか自信が無かったからだ。仮に今の自分が一時的な存在だったとしたら、比叡にぬか喜びさせる事になってしまう。それならいっそのこと、と思っての事だった。
『but‥‥‥知られたものは仕方無いデス』
今はもう開き直るしかない。妖精『金剛』としての自分が不安定でない事を祈るのみだ。
「成る程。やはり、キミは‥‥‥」
真意を知って、漸くグラーフが穏やかな顔に戻った。三人は比叡が目覚めるまでの間、暫し紅茶を嗜む。勿論、請けはスコーンではなく、部屋に常備してあるクッキー。
******
雷が報告から戻ってきたのと入れ換えで、執務室へと向かう電。手には珈琲と御菓子、それとカップが三つ。山本と青葉の仕事休めにと思っての行動。確かに電は秘書艦ではあるが、これは仕事のカテゴリには入らない、少なくとも電本人はそう思っている。
扉の前に着き、ノックをしようと左手を挙げた電の耳に話し声が聞こえてきて、手を止めた。
(あれ?青葉さんじゃないのです‥‥‥?)
てっきり青葉が代理で仕事しているかと思っていたが、中から聞こえてきたのは大和の声。どうやら仕事を手伝わせてしまっているようだ。(申し訳ないのです)と扉の取っ手に手を掛けた所で、電は停止した。
『大和、本当にそれでいいのか?』
『ええ。私はそれで充分です』
聞かない方が良さそうな口調の、中の二人。(出直して来るのです)とクルリと回れ右をした電の後ろから、大和の声が聞こえた。
『私は‥‥‥お二人の幸せを見守れるなら、それで‥‥‥』
思わずその場で停止した電(何の‥‥‥事なのです?)と、物音を立てないようそっと聞耳をたてた。山本の言葉は聞き取れなかったが、その後の大和の言葉はハッキリと聞こえた。
『はい。お慕い申しています‥‥‥心から』
その言葉の余りの衝撃に、電は思わずカップと珈琲を落としそうになった。何とか持ち堪えはしたものの、音を出しては不味いからとそっと床にトレンチを置いて、自分はその場にしゃがみ込んだ。
(大和さんが十三さんを?どういう事なのです‥‥‥?)
真実を確かめようと扉に耳を当ててみる。向こう側の会話に神経を集中させた電の耳には、聞きたくない言葉が聞こえてしまった。
『大和、君は‥‥‥』
『十三さん、今は誰も居ないのですし、昔と同じようにミユキ、と呼んで頂いて構いません。こうしてお話できただけでも気は楽になりました』
『だがな‥‥‥いや、僕でよければ――――――』
電は思わず立ちあがり、その場から逃げるように走っていた。『僕でよければ』の先までは聞き取れなかったが‥‥‥いや、聞きたくなくて逃げ出した。
(そんな‥‥‥そんなの‥‥‥イヤ‥‥‥嫌なのです‥‥‥)
流れる涙を拭こうともせず、そのまま上の階へと真っ直ぐ走った。扉を開き、屋上へと出て、手摺の前で崩れるようにしゃがみ込んだ。
(知らなかったのです‥‥‥大和さんと十三さんがそんな仲だったなんて‥‥‥)
今の自分を誰かに見られたくない。顔を両手で覆い、電は声を殺して泣く。辛い、悲しい。壊れそうなくらい辛い。いっそのこと、海に沈んでしまいたい。
(嫌‥‥‥嫌なのです‥‥‥十三さん‥‥‥)
そんな電の気持ちなどお構い無しに、警報が鳴り響いた。そうして‥‥‥決戦の時は訪れる。
忘れていましたが、比叡は金剛LOVEです。こんごうさんの時も胸に頬擦りしてるくらいですので、手乗り金剛さん相手ならやりたい放題‥‥‥
那珂「みんなー!昨日はお祝いありがとー!那珂ちゃんはみんなのお陰で無事16歳の誕生日(進水日)を迎えられましたー!‥‥‥え?91歳?那珂ちゃんには何の事かゼンゼン分かんないよー!」テヘ