こんごうさんと比叡のこれから。この先。
こんごうが瞳を開けると、天井が見えた。最初に駆逐水鬼にやられて運ばれた時と同じ天井。鎮守府の医務室のベッドだ。
身体はまだ重い。入渠で背中の傷は治ってはいるものの、まだ痛む。
「ん゛っ」と声を洩らし少し表情を歪ませて上半身を起こす。少しだけ離れた椅子に座って本を読んでいた春雨が気付き、此方に歩いてきた。
「春雨‥‥‥ちゃん?」
「気付いたんですね!良かった」
春雨と一緒に本を読んでいた妖精さんが部屋の外へ。こんごうが起きたのを知らせに行く為だ。
笑顔に変わった春雨が、ベッドの傍の椅子に移動。こんごうの右手を確りと握り、あれからの事を説明してくれた。
「私も那珂ちゃんも大破しちゃって。庇いながら戦ってくれてた足柄教官も限界に近かった時に大鳳さんや川内さん達が助けに来てくれたんです。あの時の川内さん、ちょっと格好良かったんですよ?」
あの時隠れ聞いた時の通り、足柄は二人の盾となって奮戦していたらしい。横須賀からの支援艦隊も何とか間に合ったようだし、どうにか全員生きて此方が勝利したようだ。それにしても妹のピンチに颯爽と登場した川内、まるで何かの主人公のようだ。
「あの、春雨ちゃん」
「はい、何でしょう?」
その話はそれとして。こんごうは先程から違和感を感じていた。強烈な、という程ではない。ただ‥‥‥。
「ちょっと背、伸びました?私、どのくらい眠っていたの?」
春雨はクスッ、と笑い、手持ちのバックから手鏡を出し、こんごうに差し出した。
「鏡を見てみれば分かると思いますよ?」
受け取る際に頭を少し下げたこんごうの視界の両端に、何やら見慣れない色の髪がちらついた。ピンク色の髪。
「あれ?」
その違和感に、こんごうは慌てて手鏡を受け取って覗き込んだ。鏡に映っていたのは、それまでのこんごう‥‥‥金剛の顔ではなく、記憶の中の映像でみた顔だった。ピンク色の、肩位までの髪。それと似たような色の瞳。それから、恐らく春雨と同じくらいであろう歳の容姿‥‥‥こんごうになる前の、初代の漣そのものだった。つまりは、春雨が成長した訳ではなく、こんごうが縮んだという訳だ。
「えっ?えっ!?」
瞬間、まるで走馬灯のように記憶が流れ込んできた。それはあの時見た映像の数々と同じ。漣の記憶。
『駆逐艦漣』は、『駆逐艦こんごう』として再び生を受けたのだ。一言で表現するのなら、奇跡。
しかし、直ぐにこんごうの表情は曇った。金剛と別れた時の事を思い出したからだ。
「春雨ちゃん‥‥‥金剛さんは?」
恐る恐る。辛い真実かも知れないが、目を背ける訳にはいかない。今度は逃げたくはない。
「金剛さんですか?それなら‥‥‥」
春雨が扉の方に視線を移した。同時にその扉が開かれて‥‥‥自身が鏡で幾度となく見てきた姿の人物が入ってきた。
「good morning、漣。目が覚めたみたいデスネ!元気そうで良かったデース!」
こんごうは「‥‥‥金剛さんっ!!」と思わず叫んで上体を跳ねさせた。背中に痛みが走って、「んひゃっ」と声をあげる。
「驚かせちゃいましたネ。my bodyは奪い返してやったデース!」
右目を閉じてウィンク、左手でサムズアップしてみせる金剛。そう、あの時。戦艦水鬼『金剛』の身体に入った金剛の魂は、格闘の末に再び軍艦金剛の魂を抑え込んで自身に取り込み、再び『艦娘金剛』として甦ってみせたのだ。
「比叡との約束も守ってみせたネ!‥‥‥比叡」
金剛も扉の方に視線を移した。その扉の向こうからおずおずと遠慮気味に顔を覗かせたのは、比叡だ。
「比叡、readiness決めるネ!」
金剛に手を引っ張られ、部屋に入ってくる比叡。手に持ったバスケットの中には、不格好ながらクッキーが入っていた。
「あの‥‥‥こんごうさん、よかったらコレ、食べてみてください」
「あ、えっと」
少し戸惑ったが、意を決して一口。するとどうだろう。普通に食べられるではないか。思わず比叡を見つめてしまった。
「あっ‥‥‥比叡、これ‥‥‥美味しい」
「お姉さまに教わりながら作ったんです」
嬉しそうな表情の比叡がこんごうの両手を握った。顔を真っ赤にして停止すること数秒。その間、二人は見つめ合った格好になっている。
「こんごうさん」
もう今更かも知れないが、『こんごう』というのはどうにも紛らわしい。隣でニコニコしながら二人を見守っている金剛が居るので尚更。少し考え、こんごうはやはり名を改める事にした。
「えっと‥‥‥『レン』です、比叡」
「‥‥‥はい、レンさん」
その不満の残る返事に、こんごうは態と頬を膨らませてみせた。比叡の方も理解したらしく、再度言い直す。
「はい、レン。あの、その、比叡は、比叡は‥‥‥‥‥‥」
何が言いたいのかは、何となく分かる。ただ、今すぐは返事出来ない。金剛や春雨も居るし、何より相手が女性という経験など勿論無い。
そのタイミングで、『カシャッ』というシャッター音。音のした方を見てみると、デジタルカメラを構えている青葉が居た。
「青葉、見ちゃいましたっ!」
言うなり青葉が猛ダッシュで走り去っていく。呆気に取られて動けない四人の元へと、入れ違いで足柄が入ってきた。その姿を見てこんごうはある事を思い出し、足柄を睨み声をあげる。
「足柄さんの仕業ですね!?青葉さんに余計な事教えたんですか!」
「あ、思い出したのね」
プククッ、と足柄が笑う。「笑い事じゃありませんよ!」と膨れたこんごう。理由の分からない他の3人。金剛が説明を求めて視線を向けた。
「漣、足柄教官と何が有ったデスか?」
「足柄さんに追い掛け回されてたんです‥‥‥」
こんごうの説明はこうだ。こんごうが嘗て駆逐艦漣として深海棲艦と戦っていた頃。足柄は漣達を狙って追い掛け回す駆け出しの週刊誌記者だった。お陰で酷い目に有った事もあった。つまり、先程の青葉は足柄にすっかり影響されてしまった、という事。
「教官‥‥‥盗撮は善く無いデース‥‥‥」
「当時はそれが私の仕事だったのよ。漣のお陰で社内で賞を貰った事も有ったのよ?『いちごパンツ事件』とか」
足柄の言葉に反応し、こんごうは恥ずかしさで顔を真っ赤に染めて「わーっ、わーっ、わーっ!!」と喚く。「足柄教官ッ!」と比叡が睨んだので、流石にそれ以上は話さず「ハイハイ」と足柄は退散。比叡が再度向き直す。
「レン‥‥‥これからも、一緒に頑張りましょうッ!」
こんごうは予想と違った言葉にポカン、として停止。金剛と春雨は呆れて「はぁ‥‥‥」と盛大に溜め息。
「My sister‥‥‥とんだヘタレデース」
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患者服姿のこんごうが、春雨に支えられて医務室から出る。単純に風呂に行く為だ。もう怪我事態は問題ないし、何よりも入浴してサッパリしたい。何故支えるのが比叡ではないかと言えば、比叡にはアレが限界だったようで、真っ赤になったまま動かなくなってしまったから。金剛は呆れながらも比叡の傍についている。
「そう言えば春雨ちゃん、大和さんと夕立ちゃんは?」
「夕立姉さん達なら、少し前に帰りましたよ。険悪にならなくて良かったです」
‥‥‥春雨によると、大和が夕立に宣戦布告したらしい。『東郷への気持ちは夕立には負けない、きっと振り向かせてみせる』そうだ。どうも大和は東郷の事をずっと好きだったらしく、大和の幼馴染みである山本に相談していたらしい。そのやり取りの場に居た電が何故か固まっていて、そのあと何故か電は山本に抱き着いて号泣した、と。泣いてはいたものの、電の顔は嬉しそうだったそうだ。
「それで、夕立姉さん、笑顔で『何時でも受けて立つっぽい!』って」
「そうなんですね‥‥‥」
‥‥‥因みに、今日は電も山本も不在。山本の両親が近くに来ているので、挨拶に行っているそうだ。それはつまり‥‥‥そういう事なのだろう。
そんな話をしながら浴場に到着。中には先客が居た。雷だ。
「あ、雷ちゃん」
「こんごうさんに春雨じゃない。良かった、目覚ましたのね」
雷はマジマジとこんごうの顔を眺めている。カウンセリングの際に初代の漣の写真等も見せてもらっている為だろう。
「どこからどう見ても『あの漣』ね‥‥‥記憶も戻ってるってさっき足柄教官に聞いたけど?」
こんごうが雷に答える前に、いつの間にか後ろに居た青葉が身を乗り出し「こんごうさん、『いちごパンツ事件』って何ですか?」と質問してきた。「えっ」とたじろぐこんごうだが、雷も春雨も興味があるらしい。三人には絶対に口外しないと約束させて、仕方無くこんごうは話した。亡くした母親に最後に買ってもらった苺模様の下着。ここぞという深海棲艦との対決の時に穿いていたのを、足柄にスクープされたのだそうだ。下着を撮られて国民に晒されるし、以降漣の出撃時に海岸にカメラを構えた所謂カメラ小僧共が多数現れるなど散々だったらしい。
「成る程。英雄にもそんなエピソードが‥‥‥分かりました、この青葉、絶対に口外はしません。約束は守ります」
この後青葉は足柄に半ば洗脳されるようにスクープを捜し走り回るようになる。その際、この事は記事になる。その時の青葉の言い分『口外はしていません。文面にしただけです!』だそうだ。
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それからは日本にとっては怒濤のニュースの連続だった。何せ、山本の鎮守府以外の支援艦隊の艦娘達の目の前で、戦艦水鬼のイレギュラーが金剛になったのだから。そればかりでなく、重巡棲姫、もう一体の戦艦水鬼が各々愛宕、陸奥である事に大鳳達が気が付いたのも大きかった。足柄と最古参の妖精さん、それと何よりも初代の漣であるこんごうの証言を擁し、東郷達は大本営をひっくり返してみせた。当時の関係者達は逮捕。現執行部の者達も追放された。事実上のクーデターだ。
こんごう自身も大変だった。結局こんごうが初代の漣という情報は外に流れてしまい、取材や、こんごうに会うために他の鎮守府から訪問してくる等々。
そうして、一年経った頃。山本達は変わらず小さな元水族館の鎮守府に居たし、山本自身も少佐のまま。ただ、状況は大きく変わっていた。
指令室。
「大和さんからなのです」
大和からの通信を知らせに来た電‥‥‥いや、既に元電。変わらず山本の秘書ではあるが、艦娘は引退。その左手薬指には、結婚指輪。
「ああ、今出るよ。君も少し休んだ方がいい。身体に障るよ。お腹の子にもね」
「はい」
電は嬉しそうにお腹をさする。つい先日妊娠が発覚したのだ。
東郷の現秘書艦である大和からの話だと、南方に姫級が現れたらしい。それが、どうも臭うらしい。
「レンを呼んでくる」
「はい、なのです」
こんごうは登録上『レン』と表される事になった。漣の音読みではあるものの、彼女の本名でもある。二代目の漣とは分けたいし、それは金剛にも同様の事が言える。変わらず艤装はこんごう型のそれだが。
レンに聞きたかった事は一つだった。南方に現れた姫級‥‥‥恐らく、南方棲戦姫。それを確かめる為だ。
‥‥‥レンは入るなり、データで送られてきた写真を見せられた。それが何を意味するのかは直ぐに分かった。忘れもしない。あの時、初代の吹雪、雷と共に対峙し、雷が命と引き換えに撃ち破った筈の個体だ。
「山本司令、これ、何処で‥‥‥」
「南極に近い南の海域だ。その反応、やはりか」
生きていたのだ。16年前倒した筈の南方棲戦姫が。こんごう‥‥‥レンの表情が変わる。動揺が現れてしまっている。
けれど。あの時とは違う。今は全員が練度が最高に近い艦隊。戦艦、空母、重巡、軽巡、駆逐、それに新たに配属された潜水艦(伊58である)。
部屋に戻ったこんごうは比叡と向かい合った。心を落ち着ける為にその手を握って。こんごうは、震えていた。
「大丈夫ですよ。比叡が居ます。比叡が、レンを守ります」
「‥‥‥はい、比叡」
当時感じた恐怖は消えていない。思い出しただけで身体は畏縮する。だが。
みんなと、比叡と一緒になら、きっと乗り越えられる。今度こそ。
(吹雪‥‥‥雷‥‥‥今度こそ、今度こそ終わらせてみせるから。今度は、逃げないから)
ヘタレ比叡のせいで先は思いやられます。しかしながら、確りと信頼関係は築けたようです。
大和と山本の事は、電の早とちりでした。
え?いちごパンツ事件ですか?大丈夫です。次回の短編小説で、気合ッ!入れてッ!書きますッ!