「少し落ち着いたわ」
雷からは不安そうだった表情が幾分消えた。しかしながら、その笑顔はまだぎこちない。
漣だった頃に自殺するまでに精神的に追い込まれたレンには雷の気持ちは何となく分かる。レ級に追われる恐怖、轟沈し自分も同じようになってしまうかも知れないという恐怖。レンだって克服した訳ではない。けれど、当時よりは前向きになれている。それは金剛やグラーフ、足柄、比叡達の存在があったから。誰かが支えてあげなければ折れるのも容易い。言い換えれば、誰かと支え合えば耐える事もできる。だから、今はレンが雷を支える。嘗て自身が陥った最悪の結果に向かわないように。
「私じゃ頼りないかも知れないけど‥‥‥話を聞くくらいならできるから。何時でも言ってね、雷ちゃん」
話が上手い訳でも、カリスマがある訳でもない(と本人は思っている)。それでも、少しでも力になれたら。そう思い、レンは雷に微笑みかけた。雷も充分分かってくれたらしく「もう大丈夫だから」と笑い返してくれた。
「また不安になったら頼る事にするわ。ありがとう、レン」
雷も暫くは大丈夫そうだと思い、隣に座っていたレンが立ち上がろうとした時。タイミングを図ったかのように扉をノックする音。事が落ち着くまで待っていたのだろう、「入っても平気ですか?」と美鈴の声が聞こえた。
「大丈夫よ、司令官」
雷の確りした返事に安堵しつつ扉を開けた美鈴は「午後に改めて執務室に来てください。それまでは自由時間なのです」と促してくる。意図する所は一つだろう。雷も直ぐに気付いて「ほら、早く会ってあげなさいよ」と急かしてきた。先程までの弱気な雷はどこへ行ったのか。
「‥‥‥‥‥‥うん」
レンはニッコリと笑い、部屋を後にした。残された美鈴はその後ろ姿を見送りつつ、囁くように雷に語りかける。
「親友を亡くして、真実に打ちのめされて‥‥‥親友の亡霊と対峙して。きっと一番辛いのはレンちゃんなのです」
「私なんかがクヨクヨしてる場合じゃないわ。そうよね、お従姉ちゃん?」
雷も、通路の奥へと消えていくレンの後ろ姿を見つめる。その瞳に映るのは、英雄でも特別な艤装を備えた艦娘でもない‥‥‥。
*********
レン本人的にはゆっくり歩いているつもりだった。けれど、その足取りは思いの外軽いし速い。一階の通路の奥の両開きの扉に入り、熱帯魚の泳ぐ水槽群を抜けてその先の階段を下り、あっという間に工廠前の扉についた。左右に分かれた二つの扉の左をゆっくり開き、一番左端にある四番ドックへ。中は相変わらずだった。『護衛艦こんごう』の艤装はこまめに手入れされているらしく、レンが引退した当時の姿と変わらない。その『こんごう』の艤装の隣に保管されているのが春雨が現在使用している『むらさめ型護衛艦はるさめ』の艤装。
改になる前の金剛の艤装のような、中心部にマスト、両サイドにVLSと船の形状を大きく残したような『こんごう』の艤装。それとはまた大きく違う、春雨のものに近い形状でそのサイドに電探やVLS、艦対艦ミサイルの付いた『はるさめ』の艤装。その『はるさめ』の艤装の上で忙しそうに動いている『こんごう』妖精さんが二人(?)。一人は嘗て金剛の魂の器となっていた金剛ソックリな見た目の妖精さん、もう一人は今のレンとソックリな見た目の妖精さん。二人とも海上自衛隊の‥‥‥と言ってもレン達には『海上自衛隊』が何かは分からないが‥‥‥制服に身を包んでいる。
「妖精さん」
声をかけた瞬間、妖精さんは二人同時に振り向いた。手を止めてスルスルと器用に艤装から下りてきて、レンの足元に駆け寄ってきてくれた。
「久しぶりだね、元気だった?」
レンは妖精さんを抱き上げた。妖精さん達は妖精さん達で、再会を喜ぶようにレンに頬擦りしてくれている。レンにとって『こんごう』妖精さん達も最後まで一緒に戦い抜いた相棒。『こんごう』妖精さんの方もまた同じ。
座り込んでお互いの近況を話し合っていたレンの左肩が、背中側からポンポンと叩かれた。気が付いて振り返ってみると、立っていたのは微笑んでいる春雨。それから‥‥‥。
「比え‥‥わぷっ!?」
レンの顔がその人物の胸に埋まり口を塞がれた。名前は最後までは言わせてもらえず。振り返った体勢のまま抱き締められた。
「どうして最初に部屋に寄ってくれないんですかッ!?酷いですよぅ」
そう話す人物、比叡に抱き締められたまま、顔は胸に埋まったまま。レンの頭の辺りに頬擦りを繰り返しているらしく、プニプニと頬の柔らかい感覚。喜んでくれるのはいいのだが、正直、息が苦しい。
仕方無く比叡の左手を掴み2度3度引っ張る。それで漸く事に気が付いた比叡が慌てて両手を離してくれた。
「もうっ、比叡!」
「あは、あははは‥‥‥ちょっと舞い上がっちゃって‥‥‥」
レンが此処に来た理由からすれば、不謹慎なのだろう。けれど比叡にとってそれは嬉しい以外の何物でもないし、舞い上がるのも仕方ない。何せレンと3週間一緒に生活できるのだから。これでレ級が現れなければ言うことは無いのだろうが。
二人は顔を見合せ、クスクスと笑う。レンも嬉しくない訳は無いのだ。
‥‥‥離れて『こんごう』妖精さんと一緒に二人の様子を見守っていた春雨が、そろそろ頃合いかと声を掛けてきた。
「二人とも、そろそろいいですか?」
そこでやっと春雨も居た事を思い出した二人。恥ずかしくなって頬が紅く染まったレンと比叡は、微笑ましい視線を向けている春雨と共に工廠を後にした。
*********
比叡が今使っている部屋は青葉と同室。しかしながら青葉は最近部屋を空ける事が多い。艦娘達に顔が広かったので、今は引退している元艦娘に復帰をお願いして回っている為だ。
故に、今は部屋には比叡とレンしかいない。二人っきりの部屋に居座れるれる程、春雨の度胸は座ってはいない。
「あ、これ金剛さんの?」
「そうそう。お姉さまが使っていたものですよ。‥‥‥ところで、レン、あの‥‥‥」
‥‥‥二人がそんな会話をしている部屋の外の廊下。奥からとある人物が歩いてきて、不思議そうに比叡の部屋の前で立ち止まった。
「あの、皆さんは此処で何をしているのですか?」
話し掛けたのは、呉に居る筈の大和だった。一方の話し掛けられた如何にも挙動不審な、部屋の中の様子を聞耳をたてて窺っていた面々。
「違うのよ‥‥‥そっ、そう!レンが心配なの。だから様子をこっそり、ね」
‥‥‥雷。
「そりゃあ『英雄』と『御召艦』のスクープ‥‥‥じゃなくて、雷さんの言う通りですよ!」
‥‥‥青葉。
「ちょっと通りすがりなだけ、でち。天津風が用があるって言うからでち」
‥‥‥伊58。
「えっ!?ちょっと!?ゴーヤ先輩!?」
‥‥‥天津風。
「なっ、那珂ちゃんはアイドルだから覗きなんてしてないよ!」
‥‥‥那珂。
揃いも揃って二人の様子を探っていたようだ。「はぁ‥‥‥」と大和が溜め息を漏らしたのと同時。皆の声に気付いたらしく、扉が開かれ真っ赤な顔の比叡が現れた。
「ひぇぇッ!?みんな何やってるんですかッ!?」
******
そのあと。頬を膨らませた比叡とレンも含めた一行は執務室に移動。美鈴からレンと大和の臨時の着任についての説明があった。
「レンちゃんと大和さんは今日から3週間滞在してもらう事になりました。表向きの理由は兎も角、対レ級の為の着任なのです。明日には横須賀の川内さんも来る事になっているのです」
レンは兎も角。大和と川内が臨時で着任とは穏やかではない。戦艦レ級が如何に強大な深海棲艦なのかが良く分かる。レン、春雨、大和、川内、比叡。これだけの艦が揃うからには、結果は出さなくてはならない。
「これだけの戦力を任されています。此処で‥‥‥此処で必ずレ級を撃沈しなくてはならないのです」
美鈴の表情にも険しさが見てとれる。艦娘としてならいざ知らず、提督としては歴戦と言えるような実績は無い。しかしながら、その小さな肩にかかる重圧は並ではない。
と、そこで美鈴の表情が崩れた。険しいものから笑顔へと変わる。どうやら訓練の前にやることがあるようだ。
「それは、それとして。大和さん、レンちゃん。二人を歓迎します。勿論、お酒は控えて欲しいのです」
要は、歓迎会。この分だと川内が来る明日にもまたやるのだろうか?確かにレ級は脅威ではあるが、緊張の糸を張ったままでは疲れてしまう。張る時は張る、弛める時は弛める。そういう事だろう。
「では皆さん、食堂に移動なのです」
次回に続きます。レ級戦は多分次‥‥‥(汗)