その手を   作:アイリスさん

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‥‥‥まだ続くようです。


おまけ4 決着を 中盤その2

 

歓迎会を兼ねた早めの夕食の後の比叡の部屋。久しぶりに金剛が置いていったティーセットで紅茶を淹れているレンが、食堂で焼いたらしいクッキーを持ってきた所の大和に視線を移し「そう言えば」と口を開いた。聞きたかったのは昼間に美鈴が言っていた『表向き』の理由。それに対して大和は少し困ったような苦笑いを浮かべた。どうやらあまり良いことではないようだ。

 

「ええっと‥‥‥罰、です。新人の皆さんと再研修、といった所でしょうか」

 

その大和の言葉にレンよりも驚いたのは比叡。「えっ?」と声をあげて目を丸くしている。大和の夫は今や軍令部総長である東郷平八大将だし大和自身も軍規を破るような人物とは思えない。余程の事をしたのか‥‥‥いや、せざるを得ない何かがあったのか。レンや比叡が聞けるような雰囲気では無かったのだが、意外というべきか大和の方から語ってくれた。

 

呉に着任したばかりの新提督。大和はその提督に睡眠薬を盛ったらしい。理由は、提督が無理をし過ぎていた為。その提督も元艦娘で、呉の艦隊が危険に晒された場合は自身が出撃しようとしていたから、だと。

 

「それで睡眠薬ですか?大和さんにしては強引でしたね」

 

比叡に言われて「そうですね。夫にも『他にやり方があっただろう』と諭されました。私も余裕が無かったのでしょうね」と苦笑いのまま答えた大和。その睡眠薬を盛った日こそ、呉鎮守府がレ級に襲撃された日。提督が眠りに落ちて指揮官不在となった呉の第一艦隊は壊滅一歩手前まで追い込まれた。轟沈艦が出なかったのは不幸中の幸い。その責任もあって大和は研修に参加しなくてはならないらしい。

 

「大和さんが参加したら、他の新人の子達はビックリするかも知れませんね」

 

「ええ、レンさん。かも知れませんね」

 

クスりと笑う大和の様子に、レンと比叡はホッと安堵。どうやら大和の処分は深刻な事態にはなっていないらしい。因みに川内はその研修の視察を兼ねる、という体裁になっている。

 

レ級と漣、吹雪、雷の関係を上がここまで隠す理由の一つには、国民の動揺を最小限に抑える為というのがある。他の艦娘なら兎も角。レ級が英雄艦の一人、初代の雷だと広まればその衝撃は計り知れない。英雄ですら深海棲艦に堕ちるのだと知れてしまったら‥‥‥。英雄はあくまでも英雄で留めておきたい、といった所。艦娘の立場をこれ以上悪くしない為には必要な事。

 

「新人の子達‥‥‥川内さんが来るって聞いて震えてましたね」

 

この鎮守府で研修中の新人艦娘達の話題へと移行し、川内の事をそう持ち出したのは比叡。川内は現在、引退した足柄に代わり新人達の教導官を勤めている。比叡の言葉からも分かる通り、足柄に負けず劣らずの鬼教官。受ける方の新人艦娘達はたまったものではない。まあ、川内の場合はそれもこれも全てあの戦艦水鬼『金剛』にやられた経験から来るものだが。川内の艦娘としてのキャリアにおける唯一の完敗、川内自身は中破でなんとか持ちこたえたが、大鳳以外の僚艦は轟沈という最悪の結果となったあの一戦の経験。

 

「川内さんはきっと、二度と自分と同じ思いをさせたくないのでしょうね」

 

当時の事を思い出しながら、大和は比叡の言葉にそう答えた。

誰も轟沈せずに済むように最低限の技術は授けたい。そんな川内の思いは‥‥‥。

 

比叡もあの時を思い出し、紅茶を口にしつつ「妙さんも現役当時は同じ思いで教導してたんですかね」と振り返っている。「そうかも知れませんね」とそれに同意した大和とは違い、レンは少し違う考えだった。

 

(妙さんは多分、私のせい)

 

雷の特攻、吹雪の轟沈、レンの自殺を止められなかった自責の念と自身の力の無さへの恨み。妙は多分、根底にはそれがあった。

 

(だから)

 

だから。レ級は倒さなくてはならない。記者時代とは比較にならない程に自分を律してきた妙の為にも、命を張って南方棲戦姫を沈めた親友・雷の為にも、レンの手で。

 

*********

 

翌、早朝。比叡はまだ夢の中だが、大和は既に起きて部屋にはいない。新人達と早朝訓練に参加するらしい。

レンも何となく目が覚めた。ベッドから降り、静かに寝息をたてている比叡を起こさぬようそっと扉を開けて部屋の外へ。

 

久しぶりに訪れたのもある。今もまだ設置されている各水槽を特に目的もなく見て回る。

 

(懐かしい)

 

海月の水槽の前で立ち止まる。悩んだ時はよく此処に来て海月を眺めていたものだ。レンが引退する直前の、対南方棲戦姫戦の前も。

 

(作戦の2日前、だったよね)

 

嘗てレンが『こんごう』として参加した最後の作戦、南方棲戦姫との決戦の2日前のこと。レンは当時もこうして水槽の前で海月を眺めていた。心の奥から沸き上がってくる恐怖の記憶をどうにか抑え、心を落ち着けようとして。その時に後ろから比較に抱き着かれた。と言ってもロマンチック等という雰囲気の欠片もなかったが。比叡は間違えて酒を飲んでしまったらしく、その時は酔っていた。「れ~ん~」と呂律の回っていない情けない口調で名を呼びながら正面から抱き直した比叡の目は据わっていたし比叡自身も当時の事を覚えてはいないらしい。両腕は比叡に完全にロックされてしまい動けなかったレンの唇に、そのまま比叡の唇が重なった。

‥‥‥唇を離した直後に比叡の顔は青褪め嘔吐。おかげでレンも恐怖や緊張どころではなくなった。本当に雰囲気も何も無かった。

しかしながら、それからだ。比叡を友人としてではなく意識し始めたのは。

 

そんな事を思い返していたレンの右肩に、後ろから手が乗せられた。「比え‥‥‥」と言いかけ振り返ったレンの視界に見えたのは、川内。

 

「やっ、レンちゃん。‥‥‥顔真っ赤だけど大丈夫?風邪?」

 

「えっ?‥‥‥だっ、大丈夫です!」

 

川内に言われて気が付いた。レンは頬から耳まで真っ赤だった。

 

*********

 

「‥‥‥ってわけだから。今日から3週間、またみんなの教導を視させてもらうよ」

 

その後の、鎮守府内の陸上の訓練場。正面でそう挨拶した川内に「はいっ」と声を揃え肘を張らない海軍式の敬礼で答えた新人達。気のせいではなくその表情は緊張しているようだ。新人達の隊列の一番右端に並んでいる大和の影響もあるだろうが。

 

「そうそう、陽炎型の二人。言ったことはちゃんとやってる?」

 

川内にそう問われ、慌てて「はいっ!」と答えた新人の艦娘。陽炎型駆逐艦のネームシップの陽炎と17番艦の萩風。もう一度言うが、艦娘になったばかりの新人。二人とも前任の艦娘については良くは知らない。噂で『ハイレベルな艦娘だった』と聞いた程度だ。二人の着任当時から川内は目にかけている。理由は察しの通り。二人には通常の訓練とは別にメニューをこなさせているようだ。

 

「それで。今日から暫くこの子もみんなと同じメニューをこなしてもらうから。仲良くやってね」

 

川内の紹介ののちに現れたのは勿論レン。レンも実戦から退いて長い。レ級と対峙する前に少しでもカンを取り戻す必要がある。

そのレンの顔を見た新人一同がどよめく。横須賀鎮守府で教導を受けていた新人達が毎日目にしていた、額に入った『英雄・駆逐艦漣』の写真。その英雄と同じ顔がそこにあったのだから無理もない。

 

「レン、です。えっと‥‥‥宜しくお願いします」

 

新人達はまだどよめいていたが、大和が「宜しくお願いします」と敬礼した事で集束。訓練は始まった。‥‥‥勿論、川内に手加減の文字は無く。レンはその日は動くのも辛い程にしごかれた。

 

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ちょうど、その頃。同じ町内にある神社の境内にある慰霊碑の前で祈るように立つ人物が一人。その慰霊碑には菊花紋章が施してあり、『軍艦那珂忠魂碑』とある。立っているのは勿論、那珂。

 

「やっぱり此処に居たでち」

 

「‥‥‥ゴーヤちゃん」

 

探しに来たのは伊58。とは言っても伊58にはある種の確信はあった。大きな作戦の前になると、那珂は何時も此処に祈りに来ていたからだ。

 

「祈って結果が変わるなら誰も苦労しないでち」

 

「分かってるよ。けどさ‥‥‥那珂ちゃんは‥‥‥那珂ちゃんは、一番性能が低い改二だから。今度も生き残れるって保証はないもん」

 

修羅場も何度も潜った。他の鎮守府では遭わないような強大な深海棲艦とも戦ってきた。けれど、それは那珂が強かったからではない。金剛や比叡、赤城、こんごうといった錚々たるメンバーが側にいたからだ。

 

「那珂ちゃんはさ。川内ちゃんとか神通ちゃんみたいに強くないから。でも‥‥‥此処に来ると力を貰えるんだ」

 

背中に居る伊58の方は振り向かず、碑を見上げ那珂は頷く。

 

「だからね、那珂ちゃんは逃げないし、次も絶対勝つよ。だって、アイドルは沈んだりしないもん!」

 

「‥‥‥『艦の実力はスペックじゃない』ってどっかの一番艦も言ってたでち。まぁ、精々藻掻いてくだち」

 

突き放すようにセリフを吐いたが、それも伊58なりのエールだろう。那珂も理解しているようで「ゴーヤちゃん、ありがと」と珍しく真面目に返した。

 

***************

 

だが、そうそう思い通りにいかないのが常である。洋上のとある地点。暴風雨の荒れた海面に浮かぶ影。

 

『モウスグ‥‥‥モウスグネ』

 

真っ黒なフードを被った、真っ白な長い尾の生えた肌の白い少女。元・初代雷、戦艦レ級。彼女がその赤い瞳で見据える水平線の先にあるのは、恐らくは美鈴の鎮守府。ニタァ、という表現がぴったりの不敵な笑みを見せたレ級の隣に、もう一体の深海棲艦。駆逐艦の鬼級‥‥‥だろうか?しかしながらその姿は、艦娘だった頃の姿を色濃く残している。その右腕は無く代わりに触手のような白い何かが生えていて、その先に主砲が付いている。

 

『ジャア、イコウカ?』というレ級に、その駆逐艦の深海棲艦がこう答えた。

 

『ソウダネ、イコウ!‥‥‥今ムカエニイクカラ。マッテテネ、レンチャン』




新人艦娘でレン=初代漣に気付かなかったのは鈴谷さんだけだったようで。え?そんな内容無かったって?そうでしたっけ?

レ級の他にもレンちゃんを狙う影が!?何雪さんなんでしょう(棒)
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