「旗艦川内、応答してください!何があったのです!?川内さん‥‥‥川内さん!」
美鈴の声には明らかに焦りが見える。先程から何度も呼びかけているものの、川内と通信が繋がらない。目と鼻の先の事にも関わらずだ。大和、比叡といった主力の面々とも。
最悪の事態が美鈴の脳裏を過る。考えたくは無い事だが、通信が繋がらないという事が意味するのは即ち‥‥‥。
「誰か応答してください!お願いなのです、誰か‥‥‥」
祈るような思いで呼び掛けた美鈴の通信に、応えがあった。電波の状態は良くないようだが、春雨の声がなんとか聞き取れる。
『こちら春雨!現在レ級ともう一隻の深海棲艦と交戦中です!』
「春雨ちゃん!?状況を報告してください!皆さんは?皆さんは無事なのですか!」
春雨の報告に依れば、比叡と那珂、天津風が小破、川内が中破らしい。と言っても正確に把握している訳ではなく、遠方からの目視での推測だが。
「どういう事なのです!?」
敵艦に通信をジャミングされているらしい。春雨とレンの艤装からの通信だけがジャミングに対処できている事実、それに春雨のレーダーにもう一隻が写らなかった事実からは、敵艦の艤装の性能が推測できる。
「まさか『ghost』‥‥‥なのですか?」
忘れもしない戦艦水鬼『金剛』、仮称『ghost』。嘗て美鈴の目の前で『こんごう』を一撃で瀕死に至らしめたそれの艤装。途端にあの時の悪夢が甦ってきた。当時は金剛が『ghost』を止めたお陰で何とか事なきを得たが、今回は違う。正面からやりあって勝たなくてはならない。しかも、レ級まで居る。どう考えても分が悪い。かと言って撤退も出来ない。
美鈴は瞳を閉じて両手を組み、藁に縋るような想いで一人呟く。
「どうか‥‥‥どうかみんな無事で居てください‥‥‥」
*********
海面が大きく膨れ上がり、大量の水が吹き飛ぶ。レンと『吹雪』双方の放った魚雷は中間地点で接触、爆発。
二人の魚雷と同時に春雨が放っていた艦対艦ミサイルを、『吹雪』が『ghost』の怪物のような艤装の右腕を降り下ろし叩き落とす。当然爆発は起きるものの、肝心の『吹雪』は艤装に守られ無傷。やはり装甲が厚い。
「レンさん、大丈夫ですか?」
「うん」と応えたものの、レンは言葉通りには見えない。背中の艤装のVLSは半壊しほぼ使い物にならない。故にレンの攻撃手段はまだ生きている三連短魚雷、手に持つ12.7㎝単装砲。レーダー系統がやられなかったのが幸いしている。速度も20ノットがやっと出せる程度で、ハッキリ言ってしまえば春雨の足手纏いだ。
先程の、『吹雪』に後ろを取られ砲撃される直前。レンは装備していた対艦ミサイルを背中に向けて放出。『吹雪』の砲とミサイルが交錯し爆発。瀕死の砲撃は免れたものの、『吹雪』との距離が近すぎた為艤装にモロにダメージを負った。その時の衝撃のお陰で距離を取る事ができ、現在は春雨にカバーされながら戦闘を続行中。
川内や比叡はレ級と交戦中で、支援は期待出来ない。レ級がもし川内と比叡、大和が居て簡単に倒せるような相手ならば、レンは態々召集されない。
的にならないよう海面を不規則に蛇行しながら移動、砲撃。当然レンの単装砲では牽制くらいにしかならないので、隙をみて魚雷を撃ち込む。ただ、魚雷を撃つからには接近しなくてはならない。自身の砲撃と、春雨の後方支援を煙幕に近付き雷撃、離脱を繰り返す。
春雨は前衛には出せない。もしもこれで春雨まで艤装のVLSや対艦ミサイルに損傷を受ければ、『吹雪』のそれに対抗する手段を失ってしまい、敗北を意味する為だ。
『レンチャン、頑張ラナクテイインダヨ?楽ニナロウヨ』
『吹雪』は今度は右腕の砲を向け連撃。邪魔されたくないようで、同時に春雨に向けて『ghost』の艤装から対艦ミサイルを放つ。被弾しないよう動き回るが、レンはやはりスピードが乗らない。『吹雪』の砲撃はその着弾点を修正、徐々にレンに近付いてくる。
「レンさん!」
堪らず叫んで走り出した春雨に向けて、『ghost』の艤装の背中から10数発のミサイル。それと、魚雷。どうあっても春雨の事は近付けさせない気のようだ。春雨は唇を噛んで旋回し後退しつつ迎撃体勢に入らざるを得なかった。
‥‥‥と。右舷側から爆発音が響いた。反射的に音の方へ顔を向けたレンの視界には、不気味に笑っているであろうレ級の姿と、ゆっくりと沈んでいくボロボロの川内の姿が映る。
(川内さん‥‥‥そんな‥‥‥)
レンがそう思った直後の事。『レ~ンチャ~ン』という凍えるような声が耳元で聞こえた。レンの身体は背中側から『ghost』の艤装に両腕を掴まれ、どうにも動かせない。
『ヤット捕マエタヨ!サア、一緒ニ行コウ?』
何とか抜けようと身体を捩り足をバタつかせ藻掻くものの、太い腕からは抜けられない。逃げようとしているのが気に入らないのか、『吹雪』が鋭く突き刺さるような視線を向けてくる。レンが底知れぬ恐怖を感じてビクッと身体を震わせた直後、左腕に激痛が走り始めた。『ghost』の艤装の左腕が締め上げ始めたのだ。
「やめ‥‥‥て‥‥‥やめ‥‥‥」
痛みのあまり言葉にならない。涙が溢れ止まらず、頭が割れるかと思う程の苦痛が脳天を突き抜けていく。
(駄目‥‥‥だったのかな‥‥‥私じゃ)
ミシミシと嫌な音をたてて軋む左腕。意識を保っているのも限界。もう駄目だ、そう思いながらも何とか瞳を開くと、レンの胸元に砲が向けられているのが見えた。『吹雪』がニタリ、と笑う。
‥‥‥そして、それは不意に足元から聞こえてきた。
「つ~かま~えたっ」
『吹雪』の表情が止まり、視線が足元へと向いている。レンも釣られて下を見てみると、海面に胸元くらいまで浸かった状態の川内が『吹雪』の両足を掴んでいた。
「吹雪ちゃんさあ、その艤装使いこなせてないでしょ?そりゃそうだよね、それ戦艦用だもんね。特型駆逐艦のスピードが完全に死んじゃってるよ?」
川内はそう言いニヤリと笑う。右腕で足首は掴まえたまま、左腕に持てるだけの魚雷を掴んだ。
瞬間、轟音。不意を突かれた『吹雪』が慌ててレンを離して艤装で防御しようとするも間に合わず。レンも爆発で後方へと大きく吹き飛ばされた所を、春雨に支えられた。
二人の視界には、下半身を失い大量に血のようなオイルを噴き出している『吹雪』が映っていた。『クッソウ、クッソウ‥‥‥』と苦虫を噛み潰した表情で、弱々しく肩で息をしている『吹雪』が。
「レンさん」
背中を支えてくれている春雨に寄りかかるように身体を預けながら、レンは『吹雪』に砲を向けた。集中している為なのかは分からないが、他の一切の音が聞こえない静寂の中‥‥‥レンの放った砲撃は『吹雪』の頭部に直撃。右肩部分のみを残して『吹雪』は飛散、消滅。『ghost』の艤装は霞のように薄くなって消えていく。
「ハハッ‥‥‥参ったね。まだレ級が残ってるっていうのにさ」
二人の左舷方向、頭以外完全に水没している川内が伊58にどうにか支えられ浮いている(勿論、ゴーヤも川内の重さのせいで一杯一杯で辛そうな表情)。
川内がレ級にやられた時は大破。轟沈と見せ掛け、そのまま悟られないよう伊58に無理矢理協力させて『吹雪』に接近、『吹雪』もろとも轟沈‥‥‥してもおかしくは無かった筈だったのだが、どうにか生き残る事が出来た。
「もう手が限界‥‥‥無理でち‥‥‥このまま退避でち」
伊58自身には川内を支え切れるだけの力は無い。「川内が重いでち」と愚痴をこぼして春雨の後方へと退避。『吹雪』が消えた事でジャミングが止まり、司令部の美鈴からの通信が繋がる。
『川内さん!?無事なのですか!?』
「此方旗艦川内。深海棲艦・特型駆逐艦の撃沈を確認。私は大破、かな。ごめん、ちょっと動けそうにないや」
まだ誰も轟沈していない事と、『吹雪』を沈めた事を知って通信の向こうの美鈴もハァ‥‥‥と息を吐いた。力が抜けたらしく、椅子に座り込んだ音が微かに聞こえた。
一隻沈め、ひと息つきたい所ではあるがそうは言っていられない。まだ肝心のレ級が残ったまま。大和、比叡、天津風、青葉、那珂の5人が交戦中。特に比叡と那珂は気が気ではない筈。閃光と砲撃音が聞こえる向こう側に視線を向けながら、川内が残った面々に通信を(水面に顔だけ出た状態のまま)繋ぐ。
「さて、っと。旗艦川内より全艦へ。『吹雪』を墜とした。コッチは全員無事。だから安心して。レ級と距離を取りつつ牽制の砲雷撃を繰り返して。もうすぐ支援艦隊が着く筈だから、何とか粘って‥‥‥後は頼んだよ」
川内の声の後に聞こえたのは、『川内ちゃん!?よかった‥‥‥生きてた‥‥‥せ゛ん゛た゛い゛ち゛ゃぁ゛ん゛ッ』という那珂の泣きじゃくる声、それと『本当ですかッ!』という比叡のホッとしたような声。
左腕を押え、春雨に支えられたまま「うん、比叡」と応えたレン。瞳を閉じ微かに口元を緩ませて「一緒に、戻ろう?」と囁いた。勿論全体通信ではなく個別に比叡に送っただけなので、それが聞こえたのは比叡の他には支えている春雨、比叡とレンの艤装を駆る妖精さん達だけ‥‥‥なかなか秘密裏にはいかないものだ。
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「このバカッ!私がどれだけ心配したと思ってるのよ!」
戦闘終了後。比叡に支えられ入渠へと向かうレンに怒鳴り散らしているのは曙。結局というべきか当然というべきか、曙達は戦闘には間に合わず。こうして帰ってきた艦隊を出迎える事しか出来なかった。
「ごめんね、ボノ。でも、みんな無事だったから」
「それのどこが無事だったっていうのよ、ボロボロじゃないの!比叡さんも比叡さんよ!アンタが護らなくて誰がレンを護るっていうのよ、このクソ御召艦!」
曙は暫く収まりそうにないが、それもこれも心から心配していた故にだ。比叡は「ヒェェ!?ごめんなさいッ」と反射的に謝ってしまっているがレンの怪我はどう考えても比叡のせいではない。
「ボノもそこまでデース。二人とも大破ナンデスカラ」
隣で暫く黙って聞いていた金剛が、やっと口を挟んだ。「まあ‥‥‥そうだけど」という曙を嗜めながら、金剛の視線はレンと比叡を向いたまま。
「二人とも‥‥‥distanceが変わりマシタネ?」
言われて、レンも比叡も頬が真っ紅になった。クスクスと笑う金剛に「二人は早く入渠して来てクダサーイ!」と二人だけ無理矢理先に行かされた。
「あのさあ、私これでも瀕死の重傷なんだけど。私も先に入渠させて欲しいんだけどさ」という川内と「ちょっと!まだ話は終わってない!」という曙を交互に見た金剛は、ウィンク。
「Let's leave them alone、デース!」
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結局、レ級はまたしても撤退。呉やウラジオストクの時とは違い、比叡達はほぼベストメンバー。大和と川内、天津風以外は南方棲戦姫と戦った時のメンバー。易々と崩れるものでは無い。レ級の艦爆も、あの後春雨が奮闘し何とか抑えた。支援艦隊が到着する迄の時間稼ぎ位ならどうとでもなる。と言っても、ほぼ全員が大破だったが。軍令部の東郷も各鎮守府の戦力の再考を迫られるのは免れないだろう。
それに。『吹雪』を失ってなお『マタ来ルワ』と不敵な笑みと共に去っていったレ級はやはり不気味だ。大和達の砲雷撃をその身に受けてもまだ余裕綽々。艦娘のように回復するのかは不明だが、その装甲の厚さと耐久力は驚異に値する。
そんな訳で、現在。レンは妙の元に戻って来ていた。レンが艦娘『こんごう』として出ていればレ級は再び現れるし、その場所も限定できる。しかしながら、軍令部の判断はレンの再引退。一人の命をエサにするような『前の大本営』のような事はやりたくはないようだ。
それはそれとして。「ふぅん‥‥‥それで?」と店のカウンター越しに居る妙の視線はレンの隣に座る比叡に向けられている。レ級と戦う前と比べ、比叡とレンとの距離が近い。互いのパーソナルスペースのかなり深い所まで踏み込んでいる。
「えっとね、妙さん」
「レンには聞いてないわよ。で?比叡」
口を挟もうとしたレンの言葉を遮り、妙が比叡を睨む。怒っている訳ではないようだが、比叡には気付けない。
「ヒェェ‥‥‥あの、えっと」
話す切っ掛けを探している比叡に向かい妙が「ハァ」と溜め息。それから「ま、いいわ。そうそう、これから墓参り行くんだけど、比叡も来る?」と今度は穏やかな表情で聞いてきた。
「墓参り‥‥‥ですかッ?」
「そうよ、墓参り。『吹雪』の。ね、レン?」
言うと、妙は一度奥へと引っ込んだ。初代の吹雪の地元にある墓。勿論死体は無いが、今回の件を報告に行くのだそうだ。
少しして、妙が戻ってきた。その手にはケーキ1ホールが入る位の大きさの箱を持っている。先程はどうやらそれを取りに行ったらしい。
「妙さん、それ何ですか?」
「アラ比叡、気になる?」
渡された箱の中には、壺が入っていた。蓋を比叡が開けてみると、何かよく分からない白っぽい色の粉が入っていた。
「何ですか、これ?」とそれに触れようとした比叡を、レンが慌てて止める。
「駄目っ!それ遺骨だから!」
「え?イコツ?‥‥‥ああ、遺骨ですか‥‥‥って、骨ッ!?ヒェェエッ!?」
あの時唯一残った『吹雪』の右肩部分。それを回収し火葬したもの。墓に埋葬するためとっておいたものだ。肩部分しかないのでほんの僅かな量ではあるが、やっと『ユキ』を埋葬してあげられる。
「安らかに眠れるといいですね」という比叡と「うん‥‥‥」と過去を思い返すレンに「それはいいけど二人とも。話はアッチでゆーっくり聞いてあげるから」とウィンクする妙。三人の関係は、これから少しずつ変わっていくのだろう。
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それから、少しの時が過ぎ。
『提督さん、目標捕捉!レ級、居たわよ!』
偵察機を出していた瑞鶴からの通信。小型挺で指揮を執る呉鎮守府の提督は、静かに椅子から立ち上がり、通信。
「神通さん」
『はい、此方旗艦神通です。作戦通りに‥‥‥‥‥‥無理はなさらないでくださいね』
太平洋沖。レ級討伐作戦は呉と横須賀の合同。勿論横須賀の川内や曙、金剛達も参加している。
「大丈夫。分かってる」
そう言って通信を切り、提督はデッキへとゆっくり上がる。あったのは、提督の艦娘としての艤装。手入れをしていた妖精達が気付いて整列し、肘を張らない海軍式の敬礼。
『御武運を、司令官!』
「ありがとう、妖精さん達。大丈夫、こんな所でやられたりしないっぽいわ」
具合を確かめるように丁寧に艤装を纏っていく。彼女の服装も、今は海軍司令部のそれではなく艦娘としてのセーラー服。ベリーショートに切られた金髪の髪の、毛先の赤いグラデーションが海風で揺れる。
慎重に海面に着水。報告のあったレ級の居るであろう方角を赤い瞳で見据え、彼女はニヤリと笑みを浮かべ呟いた。
「さあ‥‥‥最高に素敵なパーティしましょう?」
レ級戦と言ったな?アレは嘘だっ!
初代『吹雪』との決着がつきました。今後は『吹雪』も安らかに眠れる事でしょう。
川内が沈まなかった理由ですか?だって、旗艦は沈みませんから。
レ級戦は‥‥‥まあその、うん。