今話は前話の決着を、の最後にユキの墓参りに行った後と呉、横須賀合同艦隊がレ級と対峙するまでの間の話です。
酒処 妙
~『支度中』~
「それでですね、今は横須賀の艦隊が討伐に向かってて‥‥‥」
聞いてもいないのに勝手に話しているのは比叡。黒のカットソーにジーンズという非常にラフな格好の(電探カチューシャも当然外している)彼女は、今日は勿論休暇。昼間だというのに店のカウンターの真ん中に陣取り、右手に持った猪口に入った日本酒の冷をグイと一気に飲み干している。アルコールも程好く回っているようで、頬が少々紅い。
「アンタまさかそうやって他でも喋ってるんじゃないでしょうね?一応軍事機密なんだからね?」
呆れた表情でそう話しつつも、カウンター越しにその比叡の空いた猪口に酒を注ぐ妙。比叡が他で喋ってはいないであろう事は妙も分かってはいるので、これは相槌のようなものだ。何せ川内が艦娘達の教導の事でよく妙に相談しに来たり、明石が新装備開発に行き詰まっては自棄酒するついでにその装備について熱く語ったり、大淀が酔って軍令部の愚痴を溢していたり、今はその軍令部の総長となっている東郷ですら飲みに来た時に話をしたりするので、妙にとっては『よくある事』なのだ。まあそれは勿論、妙が最古参の艦娘『足柄』だったから所以である事は言うまでもない。
「他でなんて言ってませんから大丈夫ですッ!それに長門さん達の事ですから、完全勝利で戻ってきますって!」
出撃している横須賀の艦娘は、長門、高雄、摩耶、五十鈴、曙、それに先日復帰したばかりの大鳳。大鳳はついこの間まで元横須賀提督であり現海軍大臣である木村の第一秘書をしており、重要な復帰戦でもある。
「完全勝利ねぇ‥‥‥それは流石に厳しいんじゃない?水母棲姫でしょ?」
水母棲姫。情報に依れば、やはり前回一度沈めた筈の艦娘・瑞穂の成れの果てであるという。一体どういう原理かは分からないが、深海棲艦というものは沈めても復活する余地があるようだ。
「慢心さえしなければ大丈夫ですよ!‥‥‥妙さん、それよりレンは何処に?」
比叡の言葉に、妙が呆れて溜め息をついた。今の比叡の中では『レンの様子>>水母棲姫と対峙している横須賀艦隊』らしい。まあ比叡のいう通り慢心さえしなければ横須賀艦隊なら水母棲姫には勝てるであろう。比叡もそれを充分に理解した上での発言なのも分かる。しかしながら、比叡は艦娘である。レンの事を大切に思ってくれているのは妙にとっても有り難い事だが、もう少し艦娘としての自覚を持ってもらいた‥‥‥いや、比叡はそもそもそういった重い感情を持ってはいなかったか。艦娘になったのも『金剛を守る』というのが主な理由であった訳であるし。
「あの子ならまだ寝てるわ。昨日遅くまで付き合わせちゃってね。無理せず寝ていいって言ったんだけどね」
「あ、じゃあちょっとレンの寝顔を見に‥‥‥」
そう立ち上がろうとした比叡の両肩を両手で上からガッチリと押さえ、ニッコリと笑みを浮かべる妙。但しその瞳は笑ってはいないが。
「えッ?あれッ?アレレッ?妙さん?」
「いいから寝かせといてあげなさい」
威圧感。その一言である。今の比叡(酔っぱらい)がレンの寝室にでも侵入しようものなら、睡眠の邪魔をするに決まっている。それは断固阻止せねばならない。レンが遅くまで起きていた原因は妙自身にも有るのだ。昨日は明石が来店。それとは別に大淀が来店し明石と合流、意気投合していた所に運悪く霞が来店。後は察しの通り妙も巻き込んで(寧ろ自分から霞に絡みに行ったともいう)朝までコースである。レンは眠い目を擦りながらもその面子の片付けを手伝っていたのだ。
「ヒエェ‥‥‥分かりました、分かりましたって。ですからその‥‥‥両肩が痛いので離してくださいよ」
椅子に座りなおした比叡を見て、妙は手を離した。カウンターに突っ伏して「ちぇっ」と唇を尖らせ顎を立てた比叡に水でも飲ませようと右横に視線を向けた妙の耳に「ファァ‥‥‥おはよう」と如何にも眠そうな声が聞こえてきた。と同時に、ガバッと比叡が上体を起こす。
「アラ、レン。もう起きたの?もう少し寝ててもいいわよ?」
「ううん、私も仕込みしないと‥‥‥‥‥‥」
レンの装備
(三スロット+増設穴)
E:寝巻き用Tシャツ
E:ハーフパンツ(高校等で良く見るジャージのアレ)
E:ウサギのヌイグルミ(抱いてる)
増設穴:寝惚け眼
妙がレンの方に視線を向けたその一瞬の隙。比叡が我慢出来ずにレンに抱き着いた。「エヘヘ、エヘヘ」と表情をだらしなく緩める比叡()。レンもまだ頭が覚醒していないので混乱しているが、少しずつ状況を理解してきた。
「比叡!?どうしてこんな時間に‥‥‥うっ‥‥‥比叡ってばお酒臭い‥‥‥」
頬を紅く染めつつも必死にその包容から逃げようとするレンだが、寝起きというのと比叡の力のせいで抜け出せない。「アンタいい加減にしなさいよ?」と妙が手を出す前に、レンの頭に座っていた妖精さんが比叡のコメカミを思い切り叩いて、マンガのように「ギャフンッ」と発して比叡は剥がれてその場に座り込んだ。
「痛い‥‥‥妖精さん、酷いですよぅ」
レンの肩に座り直した妖精は『昼間から発情しないでください』と呆れ顔。
そんな日常の風景(‥‥‥日常?何処が?羨まけしから‥‥‥リア充爆発しろ)を破ったのは、比叡への一本の通信。相手は、現在水族館の鎮守府提督である美鈴からだ。
『比叡さん、連絡事項なのです。空母水鬼が出現、現在呉と舞鶴が合同で撃退に当たっているのです。大丈夫だとは思いますが‥‥‥此方から連絡が有るまで比叡さんは一応そこで待機していて欲しいのです』
どうやら空母水鬼が現れたらしい。対応に当たっているのは呉の大和や瑞鶴、舞鶴の羽黒や利根ら歴戦の猛者の面々。三人とも流石に大丈夫だとは思ってはいるが‥‥‥空母水鬼と水母棲姫は示し合せでもしたのだろうか?
「空母水鬼って、確か‥‥‥」
レンはそう呟いて比叡の方を見る。そう、金剛が轟沈する事になり、同時にレンが蘇る事になるきっかけとなった深海棲艦、元翔鶴だ。途端に表情の引き締まった比叡は妙に渡された水を飲み干し「酔い覚ましに少し風に当たってます」と店の外へ。
「しかし、大和や長門達が同時に出撃ねぇ‥‥‥」
妙が訝し気に呟いた。呉や舞鶴、横須賀から主力が出撃。どうも嫌な予感がするらしい。
「妙さん、私‥‥‥」
何かを言い掛けたレンの頭を撫で、店の仕込みをするよう指示。自身も仕込みを開始しつつも、思考は止めない。タイミングが良すぎるというか。主力の重巡や空母、弩級戦艦が揃って出ている。偶然同時期に出撃、では腑に落ちない。何というか、深海棲艦側は何かを企んでいる気がしてならない。そして、こういう時の妙のカンは良く当たる。
比叡が丁度店内に戻って来たタイミングで、事態は動いた。
『比叡さん、事態が悪化したのです。命令があるまでそこに待機。今度はお願いじゃなく命令なのです』
再び美鈴からの通信。どうやら空母水鬼の方に次々と増援の深海棲艦が現れ、嘗てのような大艦隊になっているらしい。大和達も必死に応戦、海軍側も支援艦隊を送っている最中らしい。
「命令‥‥‥ですか。分かりましたッ」
比叡の酔いもかなり抜けたようだ。不安そうながらも奥で仕込みをしているレンと妖精さんを気にしつつ、妙はまだ思考を巡らせる。
一時はかなり押されていたものの、何とか持ち堪えている大和達。水母棲姫を問題なく破り、その大和達との合流を目指す長門達。それに、支援に出ていった近隣の艦娘達。このままいけば空母水鬼はどうにか撃退できる筈だ。だが、何か引っ掛かる。そうじゃない、と妙の『足柄としての部分』が訴えかけてくる。
「妙さん‥‥‥長門さん達や他の艦娘が合流すれば、大和さん達も大丈夫ですよ、きっと」
「でもねぇ比叡。何か引っ掛かる、のよねぇ。何か」
そして、妙の予感は当たった。暫しの後に、再度美鈴から通信。内容は‥‥‥。
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥それで、比叡さん。何時でも出撃出来る状態で待機なのです。いいですか、比叡さんの任務は『妙さんとレンちゃんを守る事』なのです』
「分かり‥‥‥ました」
命令には従うが、思わず唇を噛んだ比叡。確かにレンと妙を守る事は重要だし、比叡にとっても大切な事だ。しかしながら、だから此処で待機していればいい、という心境でもない。
心配そうな表情で「妙さん、やっぱり私‥‥‥」とやはり何か言い掛けたレンを優しく抱き締めた妙は、「あの馬鹿‥‥‥」と洩らし思わず右手の拳を握り絞めた。
比叡も自身に言い聞かせるように「大丈夫です、大丈夫‥‥‥『あの人』が簡単にやられたりはしません」と呟いている。
元初代雷‥‥‥レ級が発見された。それも、横須賀方面に向かっている所を。つまりは目的地は横須賀鎮守府、若しくはココ。十中八九レンと妙が最優先目標だろうが。
主力は空母水鬼戦に多数出ている。長門達も、水母棲姫戦があった為そのまま空母水鬼の所へ向かった。つまり、水母棲姫も空母水鬼の大艦隊も最初から陽動だったのだ。晴れてフリーとなったレ級がレンを潰すのは本来容易、の筈だった。レ級と横須賀の間に一人の艦娘が立ち塞がらなければ。
呉鎮守府、沖立提督。階級はまだ少佐。彼女はこれがレ級の陽動である事に気付き、殆んどの主力が出払ってしまった艦娘達に代わり‥‥‥否、自身を犠牲に、どうやってかは分からないが呉鎮守府を抜け出してレ級の前にたった一人で立ち塞がって迎撃を試みているのだ。本来ならば幾ら沖立提督が元艦娘と言えど、一人で交戦など無理、というのが普通だろう。では、こう書けばどうだろうか。元駆逐艦『沖立夕星(セキホ)』。そう、お分かりだろう。彼女こそ、かの化け物駆逐艦・夕立だった。
とは言え、幾ら夕立でもあのレ級とサシでやり合うのは無謀と言える。
横須賀の山本提督も、まだ鎮守府に残していた金剛や阿武隈、妙高達を夕立の所へ急遽向かわせている所だが、夕立が生きている間に到着できるかは分からない。
それに、夕立は‥‥‥。
正直言って、夕立が生存できる確率は際どいところだろう。
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それから、一週間。
成長したお蔭で背丈があり、軍人とは思えない抜群のプロポーション。その顔も大人のモノへと変わり間違いなく美人と言える。髪はベリーショートに切られているものの艦娘当時の金髪でその毛先に赤いグラデーションがあるのは変わらない夕立‥‥‥沖立提督は、店の奥のテーブルで山本提督と何やら今後の話をしているようだ。見ての通り、夕立はどうにか生きて戻る事ができた。しかし、それは文字通り『どうにか』であり、彼女は横須賀に戻った当時は轟沈寸前で意識不明の重態、数日間生死の境を彷徨ったのもまた事実だ。金剛達が着くのがあと一分でも遅ければ、彼女は今この場には居なかっただろう。
「沖立さん、明日帰っちゃうんですか?」
「ええ。執務も溜まっちゃってるだろうし。それからレンちゃん、心配かけてごめん‥‥‥じゃなくて、心配してくれてありがとう」
すっかり元気になった(ように見える)沖立提督の姿に安堵し、笑顔を見せるレン。手を振り沖立提督を見送った後に戻ったカウンターには、例によって比叡が陣取っていた。
「なーんでアンタはまた居るのよ?この前休みだったばっかりでしょ?」という妙に、比叡は「いえいえ、『この前は結局休み処ではなくなったから、改めて』って美鈴司令の計らいですって!」と慌てた様子。
「美鈴ちゃんは優しいもんね」
レンが後ろから掛けた声に、比叡は反応。「そうそう!司令が優しいんです。私がサボってる訳じゃないですッ!」と左手の拳を握り絞め突き上げたあと、思い出したようにレンに向き合った。
「そうだ、今度の私の休みに一緒に温泉旅行に行きませんか?」
比叡の唐突な話題の転換と二人で旅行という言葉に思考が付いて行かず、「えっ!?あの、えっと」と口籠るレン。代わりに、間髪入れずに妙が答える。
「駄目」
「ヒエェ‥‥‥そんなぁ‥‥‥良いじゃないですかぁ」
カウンター越しの妙の方に向き直し、比叡が必死に食い下がるも、妙は許可しない。比叡とレン、というよりはレンにはまだ早い、と思っているらしい。
「ヒエェ、良いじゃないですかぁ!ねぇ?レンもそう思いますよね!?」
まあ、二人で温泉旅行という事はつまり『そういう事』であり、レンは顔どころか全身真っ赤になった。プライベートならまだしも、此処は妙の店であり比叡の声は周辺に座っている常連の人達にバッチリ聞こえている。ハッキリ言って、恥ずかしい事この上無い。
「あのっ、あのね比叡、そういう事は此処じゃなくて別の機会に‥‥‥」
か細い声で漸く絞り出したレンの言葉も、比叡は「え?どうしてですか?」と理解できていない。その比叡の右隣に座っていた常連のおじさんが「ハッハッハッ、残念だったね比叡ちゃん」と笑いだしたのを期に、レンは恥ずかし過ぎて店の裏へと引っ込んでしまった。
「あれぇ?あれれぇ?私何か不味い事しました?」
酒のせいもあり未だに合点のいかない比叡の額を「だーからアンタは駄目なのよ」と妙が小突く。
「まっ、仕方無いわね。私も一緒に行くならいいわよ?」
「妙さん、本当ですかッ!やりましたッ!」
派手に喜ぶ比叡のその声を、レンは耳まで真っ赤になったままで店の裏で聞いていた。その表情は微かに笑みが見えていた。
とある攻防戦の話の裏側の話でした。
思い付いたら書くしかないじゃないっ!
それと、リア充爆発しろ。