演習は次回です。今回は中休みみたいなものです。
「比叡姉様‥‥‥金剛お姉様は何処に?」
クイッ、と指で眼鏡を直した霧島の視線が恐い。榛名も心配そうな視線を向けてきている。比叡は額から冷や汗を流す。
「ヒッ‥‥‥ひぇぇ‥‥‥お姉さまは‥‥‥その‥‥‥今日は体調不良で」
しどろもどろに答えるが、霧島も榛名も納得していない様子。何せ二人は、昼の時間に食堂から出てくるこんごうを遠巻きからながら目撃している。体調不良だというのに昼食は 食べられるのか、と。演習が無理だというのなら、せめて見学くらいはできるだろう、と。‥‥‥死ぬほど心配していたのだから早く『金剛』に会わせろ、と。
「金剛お姉様はそんなにお身体の具合が悪いのですか?それでしたらせめて私と霧島でお見舞いに‥‥‥」
榛名も退路を塞いで来た。さて、どうしたものか。演習も駄目、見学も駄目、お見舞いも駄目と言われれば、この目の前の二人は『こんごう』の所へ突撃するに違いない。そうすれば、バレる。間違いなくバレる。霧島と榛名の目は節穴ではない。
「そっ、そうでしたっ!お姉さまはこれから身体の検査をしなければならないんです!ですからその‥‥‥暫く時間がかかるというか、その‥‥‥」
どうして言い訳を用意してくれていないのか、と、山本に視線で訴える。‥‥‥が、目を逸らされた。
(ヒェェ~、司令官の人でなし~!!)
心の中で叫ぶも、事態が変わる訳でもない。「比叡姉様?」と更に視線が鋭くなった霧島の威圧感に屈し「後で!後で会わせますから!」と渋々了承。だが、霧島は収まらない。
「私達も、金剛お姉様が心配なのです!元はと言えば、金剛お姉様は比叡姉様を庇って大怪我をなされたのでしょう!それなら尚の事、金剛お姉様に」
「霧島!」と榛名が間に入り慌てて止める。「申し訳ありません、比叡お姉様」と比叡の方に向き直した榛名の表情が驚きに変わる。
‥‥‥比叡は、酷い顔をしていた。
(‥‥‥そうだ‥‥‥私の‥‥‥私のせいで‥‥‥お姉さまは‥‥‥お姉さまは‥‥‥もう‥‥‥)
見れた顔では無かった。比叡の表情は青褪め、焦点が合っていない。呆けたように口を開いたまま、死んだ目をしている。
「比叡‥‥‥お姉様?」
「‥‥‥あ‥‥‥」
その余りに酷い表情に、心配して覗き込む榛名が視界に映る。感情を抑えられず、比叡はその榛名に抱き着いて嗚咽を洩らし泣き始めてしまった。
「えっ?比叡お姉様!?」
榛名には全く理解出来ないのも当然だ。あの比叡が霧島にやり込められた程度で泣く筈が無い。いつもならば『あははは‥‥‥』と乾いた苦笑いを浮かべて終わる程度の筈だ。それが、この反応。まさか‥‥‥と榛名に一抹の不安が過る。金剛に何かあったのか、と。復帰が不可能な程のダメージを負った、とか、脳に障害が残った、とか。兎に角、入渠で回復不可能な程の何かがあった、と思ってしまうのは致し方ない事だ。
「あの、まさか、金剛お姉様に何か‥‥‥」
榛名が恐れながらも聞こうとしていたその時。榛名は後ろからパンっと肩を叩かれた。ビックリして振り向くと、患者服姿の金剛‥‥‥『こんごう』が立っていた。
「Oh、榛名も霧島も、bullyingは駄目デース!」
こんごうは、努めて笑顔で。右手は腰に、左手は指を開いて前に。お決まりの金剛のポーズを決めながら「ワタシは大丈夫デース!」とウィンクして見せる。
「お姉様‥‥‥!!霧島は心配しておりました!!よく御無事で!」「榛名は、榛名は‥‥‥!」と、涙を浮かべながら再会を喜ぶ様子の二人に罪悪感を感じながらも、此処は演じ切らねばならない。
「No,problem!‥‥‥ミンナ待ってるネ!早く行くデース」
どんな時でも快活、ポジティブ。笑顔を忘れない太陽のような姉。今の自分とはかけ離れた存在の『金剛』をイメージしながら、離れ演習に戻っていく霧島と榛名を大袈裟に手を振って見送る。『こんごう』は二人にクルリと背を向け、まだ泣き止まない比叡を抱き止める。
「今は、一先ず落ち着いて。後で幾らでも付き合いますから。ね?比叡さん」
「‥‥‥はい」
比叡が泣き止み落ち着くのを待って、こんごうが手を離す。周りには聞こえない大きさの声で「演習、頑張って下さいね」と笑みを向けると、まだ肩の震えている比叡も目を擦りながら「はいっ!お任せ下さい!」と右手の親指を立ててみせた。
比叡も演習の為離れ、こんごうは座っている提督二人の方へ。東郷の左隣に座る山本の更に左隣の、空いている椅子に腰掛けた。
東郷に聞こえないよう小声で「これで良かったんですよね?」と山本に微笑むこんごう。山本も「ああ、上出来だ。助かるよ」と口元を微かに緩ませる。
「‥‥‥金剛なら『テートク!愛してマース!burning love!!』って満面の笑みで抱き着いてくる場面なんだがな」
山本の爆弾発言。にわかには信じがたい行動だ。流石に「‥‥‥セクハラですよ?」と目だけを向けて睨んだこんごうだったが、それが嘘でなかった事が直ぐに分かった。
東郷が「大人しくなったな、金剛。昔なら山本を見るなり飛び付いてやがったのに」と発言したからだ。
(え?‥‥‥金剛さんって結構大胆だったんだ‥‥‥私も‥‥‥やらなきゃ不味い‥‥‥のかな?)
顔を真っ赤にして悩む。『金剛』を演じ切るのなら、避けては通れない道なのだろう。しかし、『こんごう』は別に山本の事をどうこうとは思っていない。何より‥‥‥周りに大勢居るし恥ずかしい。
(けっ、けど‥‥‥ここでやらないと、比叡さんの立場が‥‥‥)
身体をプルプルと震わせ、悩む。チラリ、と演習場に視線を向けると、比叡、榛名、霧島は此方を見ているし、心配なのか電もチラチラと視線を送ってきている。仕方無く決心を固める。
(えっと‥‥‥自然に、自然に‥‥‥)
幸い、顔を赤くしてプルプルと震えている様は、抱き着くのを必死に我慢しているように見えなくもない。(うん、よしっ)と心の中で決意を決め、こんごうは山本に向き合う。
「Hey !テっ‥‥‥テートクっ‥‥‥」
山本の右腕に飛び付く。『愛してマース』とか『burning love!』とかは流石に恥ずかしくて言えなかったが、これでもどうにか誤魔化せている筈‥‥‥。多少引き攣るのは仕方無いとは言え笑顔も作り、それっぽく電に、見せつけるような素振りをしてみる。
(電ちゃん‥‥‥ごめんなさい、ごめんなさい)
電とてそれがこの場を乗り切る為の演技だと理解してくれている。他の者には見えないよう、一瞬だがニコリと笑ってくれた。
「金剛よ、山本に抱き着くのは構わんが‥‥‥隠すモノは隠せよ?」
電に気を取られ、油断していた所に東郷の一言。こんごうは「えっ?」と思わず口にして視線を自身の身体へ。今着ている患者服はピンク色のバスローブタイプのもの。勢いよく山本に飛び付いたせいであちこちズレていて、見えてはいけないモノが色々見えそうになっている。
「あ‥‥‥あ‥‥‥」
余裕はゼロ。敢えて此方を見ないようにしている山本から手を離し、こんごうは立ち上がって急ぎ服の乱れを直す。羞恥心で顔はおろか耳まで真っ赤にして、回れ右をしてその場から逃げるように退散していく。
こんごうが去って、再び二人となった山本と東郷。少し気不味いのか落ち着かない山本とは違い、東郷は落ち着いた様子で「ふーっ」と葉巻の煙を吐くと、ギロリと山本を睨んだ。
「説明しろ、山本。返答によってはお前がアイツらと演習してもらう事になる」
視線の先には、青筋を立てて山本を睨み殺気を飛ばしてくる霧島、何とも言えない表情の榛名、それと、顔は笑顔なのだが心なしか怒っているように見える電。
「流石に‥‥‥分かりますか」
山本の表情は変わらない。金剛が変だと勘付かれるのは想定内。『こんごう』の患者服姿はその言い訳の為の布石だ。
「金剛の事だけじゃ無い。山本、お前‥‥‥何を隠してやがる?」
今度は、山本の目つきが変わる。恐らくは此方の質問が本命か。この小さな鎮守府に、呉から態々提督自ら出向いている時点で何かある、と警戒すべきだった。
「答えろ、山本」
其々位置に着いた互いの艦隊を眺めながら「‥‥‥分かりました。演習の後に改めて」とだけ答え、山本は口を閉ざした。
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互いに単横陣で向かい合った両艦隊。呉の方は空母の葛城を旗艦に、霧島、榛名、神通、それに夕立。此方は赤城が旗艦、比叡、青葉、那珂、電。今回は五対五。山本の方は兎も角、呉鎮守府の方は夕立以外は第3艦隊だ。神通や金剛型の二人などを見ても分かるように、今回は同型艦‥‥‥姉妹の再会を念頭に連れてきた訳だ。東郷も中々に艦娘思いの提督である。
「電ちゃん、どのくらい強くなったか見てあげるっぽい」
「お願いします、なのです!」
過去に何度かやりあっている夕立と電が睨み合う。この面子なら間違いなく飛び抜けて練度の高い二人。電は緊張を隠せないが、夕立は実に楽しそうだ。
それから、こんごうに見送られてからずっと浮かない表情の比叡。
演技が出来る程器用ではないので仕方無いかも知れないが、これではやはり『金剛に何かあった』と自白しているに等しい。
艤装の調子を確めながら、霧島がその様子を訝しげに眺めていた。
「ねえ、榛名。やっぱり金剛お姉様に何かあったんじゃないかしら」
「けれど、金剛お姉様は御無事な様子でしたし‥‥‥確かに患者服を着ていましたし、調子は良くないのでしょうけど」
二人とも、違和感はあった。何となく、本当に何となくなのだが、何処かおかしい。何時もの金剛の様子と何かが違う。そこまでは間違いない。ただ、まさか金剛が別人、という考えには至れない。『金剛』と『こんごう』は顔ばかりでなくスリーサイズ、身長、声まで同じ。その全く同じ外見のせいで、『何処かおかしい』という認識で止まってしまっている。
「やっぱり‥‥‥比叡お姉様にお話して金剛お姉様の様子について聞き出した方が‥‥‥」
「そう‥‥‥ね。榛名、これに勝ったらもう一度比叡姉様に確認しましょう」
未だ冴えない表情のままの比叡。自分の言葉が彼女の心をズタズタに引き裂いた事にはまだ気付かない霧島は、一先ず演習に集中する事にした。
その比叡の右隣。いつも以上に気合いが入っているのは、那珂。どうやら、演習とは言え第1艦隊で出来るのが嬉しいようだ。何故か自前のマイクを手に、神通の苦笑いには全く気付く事なく瞳を閉じて何やら感傷に耽っている。
「演習だからって手を抜いたりしない。だって、那珂ちゃんは艦隊のアイドル‥‥‥永遠の」
それらしくポーズをとって「センターだからっ!!」と那珂が言い切る前に、無情にも『演習始め』の合図が響いた。‥‥‥因みに、今の単横陣での那珂の立ち位置はセンターではなく、一番右端である。
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ヒトヨンイチマル。こんごうは、演習場から一人歩く。工廠へは執務室の横を通る必要が有るため、その真っ直ぐ伸びる廊下を歩いている最中。
誰も居ない筈の執務室。その扉が少しだけ開いて、微かに光が漏れている。疑問に思い、近付いて覗いてみると、中には雷と春雨の姿。山本のデスクの引き出しをパタン、と閉めた所だったようだ。
小さいが声が聞こえてくる。「誰にも言っちゃ駄目」とか、「司令官の奴‥‥‥」とか。
何をしていたのかは分からないが、二人は此方の扉に向かってくる。慌ててその場を離れたこんごうは、思わず廊下の角に隠れた。
「‥‥‥いい?春雨。私が司令官の尻尾を掴むまで今見た事は絶対絶対言っちゃ駄目よ?」
「はっ、はい‥‥‥」
真剣な眼差しの雷と、目が泳いでいる春雨。コソコソとその場から退散していく二人が気になりながらも、今はこんごうはその場を後にする。
工廠に向かっているのは、妖精さんに呼ばれたからだ。こんごうの装備、『ミサイル製造専用の施設』が出来たので見に来い、と。
ニューフェイス
霧島、榛名:詳しくは次回に。金剛、比叡の実妹。人間としても四姉妹。
葛城:空母。レベル51。パイロットをしている中学生二人と同居とかはしていません。ミ●トさんと比べて色々残念‥‥‥。
神通:軽巡洋艦。那珂ちゃんの姉。レベル30。
那珂:艦隊のアイドル(自称)。山本の鎮守府の軽巡。神通の妹で地元出身の艦娘。今はまだご当地アイドルレベル。「どうしてこうなっちゃったのかしら」(神通談)‥‥‥レベル20。