その手を   作:アイリスさん

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演習、そして再戦。
事態は少しずつ動いていきます。‥‥‥誰も望まぬ方向へと。




sentence5 消えない思い

「こんにちは、妖精さん」

 

相変わらずの微笑ましい仕草で敬礼してくれたこんごうの艦装の妖精さん二人にニコリ、と笑いかけると、妖精さんは促すように患者服の裾を引っ張ってくる。

 

工廠。鎮守府一階の廊下の一番奥にある、大きな両開きの扉の付いた部屋。通常の鎮守府ならば本棟とは別に専用の建屋があるのだろうが、生憎此処には別施設は無い。故に、工廠が本棟内にあるという、極めて珍しい造りになっている。深海棲艦が現れる以前は水族館だったらしい鎮守府自体はそれなりの大きさはあるのだが。

扉の先は水族館時代の名残りの、熱帯魚が泳いでいる小さな水槽が幾つも並んだ部屋。その先に地下に続く階段がある。その階段の奥に扉が更に二つ。右側に開発、改修工廠、左側に建造ドックがある。

 

因みに、この鎮守府には工作艦・明石がいない為に改修工廠はあるが使用されていない。大本営の方針で、明石は重要な鎮守府優先に回されている為だ。とは言っても全くの未使用という訳ではなく、出張で来た時に使ったりはしている。

‥‥‥これは本当に余談なのだが、横須賀を拠点にしている明石本人は山本の鎮守府に本拠地を移したいと思っていたりする。明石以外にも、山本の鎮守府に転属したいと思っている艦娘はそれなりに多い。理由は、鎮守府本棟に水族館の施設の一部がそのまま残され、今も魚の鑑賞が出来る為だ。

これは、水族館を閉めて鎮守府に造り直そうとした時に、地元の住民と電を含めた初期配属予定の艦娘が施設の存続を望んだ為。大本営にしては随分と柔軟に応じたものだ。メンタルは重要、という事か。

 

こんごうが呼ばれたのは、開発工廠ではなく建造ドックの方。右から順に並んでいるドックの一番左端、未使用の四番ドック。そこを改修し、新たにミサイル製造施設を作ったらしい。監修は、今も裾を引っ張っている、『こんごう』の艤装に居た海上自衛隊の制服妖精さん(長いので以後は『こんごう』妖精さん、と呼ぶ事にする)。

 

もうお分かりだろうが、建造ドックの方に作ったのはカムフラージュの為だ。たまにある大本営の憲兵の査察ではドックの中までは見られない(妖精さん達が嫌がるから)し、明石も余程の事がないと建造ドックには入ってこない。だから、ミサイル製造だけでなく『こんごう』の艤装のメンテナンスも出来るよう作られている。この施設をたったの半日で組み上げた妖精さんの技術、半端ない。

 

「ここ、ですか?」

 

位置を変え、こんごうの肩に其々ちょこんと座った『こんごう』妖精さん二人が『うんうん』と頷く。

閉ざされた扉を開いてみると、よく分からない機械類や工具類。それと、それらを管理する為らしい精密機器。その更に奥に、映像内でこんごうがヲ級に投げていた対艦ミサイルが並べられ、こんごうの艤装に備えられたMK41VLS用の対空ミサイルが所狭しと並べられていた。その数、凡そ100。

 

「これを‥‥‥全部妖精さんが?」

 

『どうだ!エッヘン』と胸を張る『こんごう』妖精さん。その様子にクスッと笑みを見せたこんごうは、その妖精さんを抱き上げて唇でチュッ、と頬に軽く触れる。

 

「凄いですね、妖精さん?」

 

キスされていない方の妖精さんが、キスされた方の頬を紅くした妖精さんを追いかけ回す。この微笑ましい光景と、整然と並べられた兵器のギャップが恐ろしい。

 

暫く追い駆けっこしていた『こんごう』妖精さんがやっと飽きて落ち着くと、こんごうの艤装について説明してくれた。

先ず。この装備はこんごう専用であること。他の妖精さんに協力してもらった結果、他艦娘の艤装との互換性が無いこと。それに、こんごうの艤装は『こんごう』妖精さん以外の妖精さんには使えないこと。

つまり、制空権の確保に関しては『こんごう』の独壇場という訳だ。

 

「あ、でも‥‥‥今の私に上手く使えるんでしょうか?」

 

今のこんごうは、記憶がない。果たして映像で見た時の自分のように上手く使えるのか。

 

そんな不安を抱えたこんごうに、『取り敢えず艤装を付けろ』と『こんごう』妖精さんが促してくる。艤装の装着は、艦娘の中に眠る軍艦の魂を呼び覚ます最も手っ取り早い方法なのだという。

 

装着しようとこんごうが背中を向けると、吸い込まれるように艤装が嵌まった。瞳を閉じて深呼吸をする。自然に流れ込んでくる艤装とその装備の情報とは別に、意識の向こうにとある光景が見えた。

 

 

 

 

 

――――――

水底へと沈んでいく身体。太陽が出ていないのか、水面には光は無い。

辛うじて見える右眼に映るのは、生気を失い青白くなっていく自分の肌。身体から力が、生命が洩れゆくのがわかる。

更に、少しずつ失われていく視界に映ったのは、グチャグチャに千切れ失われた下半身。それと、肩から抉れ無くなった左腕。

 

―――此処マデ、デスネ―――

 

此処で死ぬのだ、と薄れていく意識ながら理解。静かに瞳を閉じる。

‥‥‥と。誰かが泣いたような気がした。もう一度だけ右眼を開き、水面に向ける。微かに、しかし確かに誰かが泣いているのが聞こえる‥‥‥比‥‥‥叡‥‥‥?

 

―――アア、ソウデシタ―――

 

思うように動かない右手を伸ばす。指の先には、ほんの小さな、しかし暖かい光。

 

―――アナタニ―――

 

失われゆく意識と感覚に抵抗し、光へと必死に伸ばす右手。

 

―――モウイチド、エガオヲ―――

 

 

 

 

――――――

トントン、と『こんごう』妖精さんに肩を叩かれ、こんごうは意識を戻した。

 

「‥‥‥今のは‥‥‥?」

 

今のがこんごうの魂に眠る軍艦の『記憶』というものなのだろうか?断片だが、恐らくは轟沈時の記憶。右眼からのみ涙が流れる。

 

少し心配している様子の『こんごう』妖精さんの二人。艤装とのリンクの際、特に最初の頃は今のように強く軍艦の記憶が流れ込んでくる事が多いのだという。

 

「大丈夫ですよ。ありがとう、妖精さん」

 

艤装を外し、静かに床に置く。物々しい装備だし、重い筈の艤装だが、しかしこんごうにはその重さは感じられない。

 

備え付けの椅子に座ったこんごう。その太股に上がってきた『こんごう』妖精さん二人を抱き上げ、微笑む。

 

「妖精さん、これから一緒に頑張りましょうね?」

 

******

 

「攻撃隊、発進!」

「第一次攻撃隊、発艦してください!」

 

距離を取った両艦隊。

葛城、赤城両名が弓を引き絞り、放つ。放たれた矢は次々に零戦62型へと姿を変え、飛んでいく。

 

「行きますよ、比叡さん‥‥‥比叡さんっ!」

 

赤城の零戦が空を駆けていくのをボーッと見ていた比叡の隣を、青葉が走り抜けていく。

既に電が夕立と交戦。その二人の頭上で交錯した両空母の零戦は、空でその数を減らしていく。航空戦は五分か。

 

「っぽい!」

 

その夕立が言葉通り、手に持った連装砲を電目掛け投げつけてきた。電が手でそれを払うのに気をとられた一瞬で、視界から夕立の姿が消える。

 

「夕立ちゃんは!?」

 

「頭がガラ空きっぽい!」

 

なんと頭上から夕立が降ってくる。しかも、蹴りだ。

 

電も直ぐに反応し、連装高角砲を夕立へと向ける。相手は上空。艦娘は当然飛べない。このまま撃てば、間違いなく当たる。

‥‥‥が。電は撃たずに慌てて右へと飛び込むように転がって回避。直後、先程電の居た場所を魚雷が通り過ぎていく。

 

「流石電ちゃん‥‥‥最っ高に楽しくなりそう」

 

『ぽい』という語尾付けも無く口元を緩ませる夕立の姿に、電はビクッ、と身体を震わせる。見た目の姿とは裏腹に底知れぬ何かを発する夕立に恐怖心を感じながらも、電は高角砲を握り直し魚雷に手を掛ける。

 

「‥‥‥負けないのです!」

 

 

 

那珂と神通は牽制し合い、片手で単装砲を撃ちつつ、片手に魚雷。互いの隙を窺いつつ旋回している。その神通に、青葉が後ろから連装砲で撃ち込みつつ魚雷を放った。気付いた神通がギリギリ回避し応戦。

直後、青葉に向けて41㎝連装砲の援護射撃。撃ったのは霧島だ。

 

青葉は反射的に上体を後ろに反らせる。たった今反らせた上半身があった位置を、砲弾が掠めていく。紙一重での回避に冷や汗を流す青葉の後方で、爆音‥‥‥那珂がその流れ弾に当たった。

 

「キュウ~」と眼を回しその場にへたり込んだ那珂。被弾により脱落。‥‥‥もう少し粘って欲しかった。

 

「ちょっとぉぉ!」

 

思わず声に出した青葉。視線を戻し舌打ち。神通と霧島二人を相手というのは分が悪い。

 

「‥‥‥比叡さんは!?」

 

そこで、漸く比叡が来ていない事に気付いた。チラリ、と後方を見ると、動かない比叡と彼女の方へと走る榛名の姿。

 

「ああもうっ、比叡さんっ!」

 

二人からの砲撃をジグザグに走行して避けながら、青葉は比叡の元へと急ぐ。

 

比叡は動かない。榛名が目の前まで来て砲を向けても。

 

「比叡お姉様‥‥‥?」

 

こんごうの手前『お任せください』等と言ったものの、そんなに簡単に割り切れるものではない。つい昨日だ。金剛を目の前で失った。比叡は生き延びてしまったのだ。金剛の命を犠牲にしてまで。

 

‥‥‥始めに海軍に見出だされたのは、榛名だった。金剛型戦艦の三番艦。海軍に入る前の榛名は、柔らかい物腰と嫌味の全くない笑顔、優しい性格の大和撫子を絵に描いたような少女だった。その榛名が軍へ行くのに最も反対したのが、霧島。『みんなの幸せが守れるのなら』と艦娘になる決意の揺るがなかった榛名に、霧島は『それなら私が付いていく』と言い出して。結局、霧島も艦娘として見出だされた。それならば、と大本営は二人の姉、今の比叡と金剛を召集‥‥‥彼女達は金剛型戦艦四姉妹として海軍所属となった。

ただ、金剛の参加には比叡は最後まで反対した。『お姉さまには別の道を。人として幸せになって欲しい』。それが、比叡の願いだった。

 

『ワタシの幸せは‥‥‥貴女達が笑顔でいてくれる事デース。それを守れるなら、何だってしてみせるヨ。Hellからだって戻って来てみせマス‥‥‥だから、大丈夫デース!』

 

そう言って笑う金剛に押し切られ、比叡は結局折れた。しかし、今更ながらに思う。『やはりあの時‥‥‥海軍に入るという金剛を止めるべきだった』と。

 

「榛名‥‥‥比叡は、比叡は‥‥‥」

 

 

 

今にも泣きそうな表情に戻ってしまった比叡。彼女の様子に、榛名は確信を持った。やはり、金剛に何かあったのだ、と。

 

『演習中止』の連絡が入ったのは、その直後だった。同時に、警報が辺りに響く。

 

「警報!?深海棲艦ですかっ!‥‥‥比叡お姉様!」

 

比叡の手を取り、遠洋を見据えた榛名。無線からの情報が入ってくる。敵艦隊、数24。空母6、軽巡6、駆逐11。旗艦は‥‥‥駆逐水鬼。

 

「鬼級!?この海域は比較的安全な筈では‥‥‥?」

 

情報に驚き、榛名は比叡の手を引き戻る。装備を演習用から実践用へと載せ変えねば戦えない。

戻りながら「比叡お姉様、確りしてください。比叡お姉様!」と呼び掛けるも、比叡からの返事は無い。俯き、変わらず酷い顔だ。

 

両提督の元へと戻ってきた全艦。急ぎ艤装の装備を変更。この10名ならば、恐らく撃滅できる筈。ただ、敵旗艦の姿を遠巻きながら捉えた夕立の姿だけがおかしい。彼女にしては珍しく、その身体を震わせていたのだ。

 

「‥‥‥‥‥‥萩風」

 

呟いたあと、ギリッと奥歯を噛み締め、血が出る程に拳を握り締める夕立の姿があった。

 

******

 

「今の警報は?」

 

地下に居たこんごうに、妖精さんが事態を説明してくれた。深海棲艦の艦隊が此方に向かっているらしい。それも、相手はあの駆逐水鬼。

 

「みなさんの所へ行きましょう。今の私でもきっと役に立ってみせます!」

 

こんごうは膝の上で戯れていた『こんごう』妖精さんを抱き上げ、艤装に乗せる。妖精さん達が用意してくれた、今は亡き金剛の艦服を着て艤装を装着。急ぎ階段を上がろうとする。

 

「え?あ、こっちですか?」

 

1段目に足をかけた所でクルリと向きを変え、一番ドックへ。其処から直接海へと出られると妖精さんが教えてくれた。

 

ドックの奥、海水に浮き大きく息を吸ったこんごう。レーダーには敵影が24。焦る気持ちを抑え、緊張と恐怖に震える脚を手で掴んで押さえつける。

 

「こんごう型ミサイル護衛艦一番艦こんごう、抜錨します!」

 

 




榛名:レベルは44です。
霧島:こちらはレベル43。榛名も霧島も、金剛よりもキャリアが長いので。

那珂ちゃんは残念キャラ‥‥‥じゃないです。多分。
次回は夕立と萩風、悲しい再会です。
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