その手を   作:アイリスさん

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大本営への、ある疑惑。それから、電の想い。今回は電ちゃんのカットインです。
それでは、『電の本気を見るのです!』本編をどうぞ。


sentence8 想い

 

「各自休んで明日に備えてくれ。それと、こんごうの事は絶対に外には漏らすな」

 

山本が話を締めた。鎮まり返った執務室に、泣き声だけが響く。

未だに呆然として動けず、青葉に代わり神通に支えられた榛名、座り込んで瞳を濡らしたままの霧島。それにこんごうの胸に抱かれ啜り泣く比叡。他の面々も下を向き俯いて言葉を発しない。

 

重い空気の中、青葉が静かに「‥‥‥こんごうさん」と呼び掛ける。「はい」と顔をあげたこんごうの正面に立ち、視線を合わせる。

 

「こんな形になってしまって申し訳ありません。少なくとも私は貴女を歓迎します。ですが‥‥‥気持ちを少し整理したいので、時間をください。落ち着いたら、また改めて」

 

「ありがとうございます、青葉さん」

 

ぎこちないが何とか笑顔を作り話す青葉に、こんごうは申し訳無さそうに頭を下げる。

榛名と霧島は兎も角、他の者もこんごうに敵意は無い様子。寧ろ山本が巻き込み迷惑を掛けて申し訳ない、といった表情だ。この告白で嫌われた訳ではないと分かり、こんごうはほっと胸を撫で下ろす。

 

神通と葛城に支えられ、やっとのことで立ち上がって出口の扉へと歩く榛名と霧島に「あの‥‥‥」と声を掛けてはみるものの、二人はこんごうから辛そうに視線を逸らせた。無理もない事だ。「今はショックが大き過ぎるんです。こんごうさんの顔を見れば、金剛お姉さまを思い出してしまいますから」と、比叡はフォローしてくれた。霧島も榛名も決してこんごうを否定している訳ではない、と。

 

「こんごうさん、後で歓迎会しようね?この艦隊のアイドル・那珂ちゃんのオン・ステージ、特別に見せてあげるから!」

 

「え?あ、はい。ありがとう、那珂さん」

 

那珂も概ね友好的。もっと早く、いっそのこと始めから隠す必要など無かったのでは?と思ってしまう。この鎮守府の面々なら上手くやっていけそうだ。

 

「はぁ‥‥‥なーんか変だと思ってたのよね。でもこれで納得したわ。よろしくね、こんごうさん」

 

右手を出して握手を求めて来たのは、雷だ。こんごうも笑みを作り「よろしくお願いします」とその手を握る。

 

「ここじゃ私が先輩だからね!色々教えてあげるわ。分からない事があったら、いつでも頼ってくれていいのよ?」

 

握手はしたまま、ここぞとばかり先輩風を吹かせる雷。その歳相応の微笑ましい様に少しだけ気を紛らせる事ができ、こんごうは思わずクスッと噴き出す。

 

「じゃ、こんごうさん。また明日ね」

 

手を振り執務室を出ていく雷。扉を閉める直前、その視線が一瞬山本を睨んだ気がした。

 

他の者も部屋へと戻っていく。残ったのは電と夕立、それと山本と東郷。

 

 

 

 

「山本、簡潔に話せ。と言っても、おおよその想像はついたがな‥‥‥構わんな、夕立?」

 

夕立の方は振り向かず、山本を睨み話す東郷。後ろで夕立が「うん」と小さく頷いている。電はソファに座らされたまま心配そうに山本を見つめている。

 

駆逐水鬼。山本はそれに関しては先程は「分からない」で押し通した。例えその容姿が萩風と瓜二つだったとしても『知らない』と。東郷は夕立の話を聞いた事もあってか、何となくは理解しているらしい。電は先程、丁度比叡とこんごうが水族館デートをしている時に山本から聞き出した。悩む山本の姿に耐えられなかったからだ。

 

「‥‥‥夕立ちゃん、萩風さんだと思ったのはどうしてなのですか?」

 

山本が話すよりも先に、電が口を開いた。夕立は表情を曇らせながらも、ゆっくりと話し始める。

 

「顔もそうだったけど‥‥‥あの戦い方‥‥‥アタシが萩風に教えた‥‥‥それしか考えられないっぽい」

 

艦娘や深海棲艦らしからぬ独特の戦闘のスタイル。まだ萩風が呉に居た頃、彼女の憧れだった夕立に師事した結果の賜物。そのお陰で彼女は頭角を現した。駆逐艦が手薄になっていたとは言え、首都東京防衛の要、あの横須賀鎮守府に転属となったのだ。

 

夕立から聞いた、電をあわや轟沈というところに迄追い込んだ駆逐水鬼のあの攻撃には山本も東郷も覚えがあった。

先日の、深海棲艦の大艦隊を率いていた空母水鬼。何を隠そう、その空母水鬼を墜としたのは萩風だった。実はあの時。連合艦隊は後半こそ怒濤の如く深海棲艦を墜としていったが、前年は防戦一方だった。その不利な戦局をひっくり返したのこそ、萩風のそれ。‥‥‥大破状態の特攻。轟沈覚悟の突撃。爆発の勢いで一気に加速して跳躍、満載した魚雷を自身もろとも空母水鬼にぶつけた。結果、司令塔を失った深海棲艦の艦隊は総崩れとなり、辛くも勝利をもぎ取った。誰も望まぬ結末になってしまったが‥‥‥。

 

「誰かと萩風を見間違えるなんて、あるわけないっぽい!」

 

夕立がバンッ、とテーブルを叩く。電がビクッと驚いた事に気付き「ごめんなさいっぽい」と俯き座る。

 

座った夕立と入れ替わるように立ち上がった山本。自身の執務用デスクへと向かおうとしたのを、電が手を握り止めた。

 

「電が‥‥‥お持ちするのです。そのくらい出来るのです」

 

「‥‥‥引き出しの奥が二重底になってる。その奥にあるレポート用紙を、頼む」

 

電はゆっくり立ちあがり、山本に指示された引き出しを開けてみる。中にあったものを見付け、真っ赤に頬を染めて思わず「はわわわっ」と慌てふためく。勿論そこにあった物は、雷が入れたR-18な写真集数冊。

 

(おっ、落ち着くのです‥‥‥山本さんだって男の人なのです‥‥‥こんな写真集の一冊や二冊‥‥‥)

 

落ち着こうと深呼吸して、そのスタイルの良い女性の写った写真集を脇に避ける。引き出しの奥を覗くと、確かに二重底。開けてみると、深海棲艦の写真の貼られた紙。

 

それを手に取ると、電は紅い顔のまま何かを誤魔化すように急いで引き出しを閉めた。パタパタと山本の所迄戻り、レポート用紙を手渡す。

 

「ありがとう、電」

 

「いえ、司令官さん。このくらいなら平気なのです」

 

電は山本に頭を撫でられ、恥ずかしくも嬉しそうに微笑む。が、ハッと我に返り、ホワイトボードを準備しに行く。

 

******

 

ボードに貼られた、深海棲艦と対応する艦娘の写真。それが何を意味するのか、何となくは想像がつく。山本はボードに円を描き、真ん中に線を引いてそれを二つに等分。右側に『人間』、左側に『軍艦』と表記した。

 

「艦娘は、人間に軍艦の魂が宿ったもの。だが、もしも、海で轟沈して人間の魂が無くなったら?」

 

山本が『人間』と書かれた文字を黒く塗り潰す。残ったのは右半分の真っ黒な半円と、左側の『軍艦』と書かれた半円。

 

「深海棲艦だな」と東郷が呟き、夕立と電が息を飲む。轟沈した艦娘が‥‥‥人間の魂の抜けた肉体が、残った軍艦の力に侵され深海棲艦になる。分かりやすく言えば、鬼級や姫級は艦娘のゾンビ、と言った所か。

 

「ええ。元々、深海棲艦に当たるものは存在はしていたんだと思います。舟幽霊だとか、セイレーンだとか。恐らく、程度の低い駆逐。それが‥‥‥姫級や鬼級に統率されるようになって、急激に力を付けて人間を大規模に襲うようになった。それが、今の深海棲艦だと推測しています」

 

それはつまり。人間に宿った軍艦の魂が‥‥‥艦娘の轟沈が、今の深海棲艦を産み出したという事だ。電の表情が辛そうに歪んだのが見えて、山本は間を置く。

 

「‥‥‥どうして、どうして大本営は何も教えてくれないっぽい?」

 

険しい表情の夕立の疑問は尤もだ。山本が気付くくらいだ。大本営もそれを掴んでいると思っていい。艦娘のメンタル上の理由なのか、又は別の理由なのか。大本営はそれについて何も発信していない。

 

「まあ、アレだ。つまり‥‥‥艦娘の轟沈が奴らの力を増長させる、って事か。深海棲艦の思うツボだな、クソッタレ‥‥‥おい、待て」

 

東郷がある事に気付いた。最も重要で重大なある事に。

 

******

 

「電、大丈夫か?」

 

「はわわ‥‥‥だっ、大丈夫なのです‥‥‥」

 

話の終わった、深夜。執務室で残りの書類を片付けている山本と、それに付き添う電。『今日はもうゆっくり休め』と山本は言ってくれたが、頭の中を先程の話が巡っていて眠くならない。それから、もうひとつ。

 

書類に集中している山本に見えないよう、自分の胸をペタペタと触り「はぁ‥‥‥」と溜め息。電の容姿は子供のまま止まってしまっている。どう背伸びして見ても成長の遅い高校生。普通に見たら中学生か小学生くらいだ。

 

(本の女の人はみんなスタイルが良かったのです‥‥‥もしかしたら、山本さんは電よりもこんごうさんの方が‥‥‥)

 

何処かの関西弁の軽空母のような、見事なまな板。いや、確かに少しは膨らみはあるし、申し訳程度にスポーツブラ位はしている。ただ、他の18歳と比較すれば、明らかに貧相。こんごうや比叡、赤城とはとても張り合えない。同じ駆逐艦の筈の夕立とすらも(勿論、夕立は改二)。

 

「病み上がりだし、もう休んでいいよ。ありがとう」

 

山本がヒョコ、と顔を出し見ている事に焦り、電は慌てて手を後ろに回す。‥‥‥ペタペタと触っているのを見られただろうか?

 

「はわわ‥‥‥」

 

顔を真っ赤にし「まっ、また明日なのです」と逃げるように部屋を出る。

眠気などとっくに無くなってしまっている。このまま部屋に戻る前に気持ちを落ち着かせようと、鎮守府内を歩き、クラゲの水槽へ。

 

ぼんやりと照らされたクラゲの入った水槽を座って眺めながら、電は怒濤の如く過ぎた今日の出来事を思い出す。

 

演習、深海棲艦との激闘、轟沈寸前に追い込まれて重体になり、何とか復帰したのも束の間、こんごうの正体がバレて、更には深海棲艦と大本営への疑惑。これ程濃かった一日は初めてだ。

 

(それに‥‥‥。電は‥‥‥電は‥‥‥)

 

その時の事を思い出し、一人微笑む。あの時は必死だった。一人死を覚悟しみんなを逃がす為に犠牲になろうとしたのがつい昨日。今日は生死の境を彷徨った。伝えるべき事は、可能な時に伝えなくては。自分は艦娘。いつ沈んでもおかしくはないのだ。そう思ったら、自然と身体が動いた。輪をかけた奥手の電にできる精一杯の形だった。

今でも思い出せる。唇に残る柔らかな感触。誰かが『ファーストキスはレモン味』なんて言っていた気がするが、あんなの嘘だ。だって、電のファーストキスは、口の中の血のせいで鉄の味がしたから。

 

(あの時は必死だったのです‥‥‥もう一度自分からキスなんて、絶対出来ないのです‥‥‥)

 

山本も驚いただろう。何せ、戦闘直後で今にも折れそうな電がキスをしてきたのだから。

だからなのか、意識を回復しやっと動けるようになった電への扱いが、少しだけ変わった‥‥‥気がした。少なくとも、座ってホットミルクを飲んでいた電を、後ろからだが抱き締めてくれた。まさかそれを夕立に見られていたとは思わなかったが。

『すまないな、電』と、一言。肯定とも、否定とも、どうとでも取れる言葉だ。今日ほど日本語の曖昧さを恨めしく思った事はない。

 

「山本さんは‥‥‥ズルいのです」

 

一人呟いたつもりだった電だが、目の前にこんごうが居る事にやっと気付き、慌てた。自分の世界にどっぷりと浸っていて全く気が付かなかった。

 

「こっ‥‥‥こんごうさん‥‥‥」

 

「やっぱり電ちゃんは山本さんのこと‥‥‥」

 

こんごうにはすっかりバレてしまっている。会って2日目のこんごうですらこれなのだから、他のみんなはもう知っているのだろう。そう思うと、急に恥ずかしくなってくる。

 

「あのね、電ちゃん」

 

そう語りかけてきた こんごうは話してくれた。記憶は戻らないし、何故かは分からない。けれど、目の前で比叡や榛名、霧島が辛そうにしているのを見ていられない。凄く辛いのだと。それがまるで自身の事のように悲しい、と。

 

「変‥‥‥なんでしょうか?」

 

「変じゃ、ないのです。とってもとっても、大切な事なのです」

 

互いにニコリと、微笑む。そうして二人は他愛もない話をしながら、暫しクラゲの水槽を眺めていた。

 

******

 

場所は変わり、ドイツ。ヴィルヘルムスハーウェン、海軍基地。

 

「君が居なくなると寂しくなるな」

 

椅子に座ってそう話しているのは、この基地の司令官。

 

「Admiral、そんな事はないだろう。貴方にはビスマルクが居るじゃないか」

 

そう軽口を叩いている女性。銀髪の長い髪、白を基調とした凛凛しい制服に身を包みながらも女性らしい身体のライン。それに、整った顔立ち。

 

「まあ、兎も角。日本での任務頑張ってくれ、グラーフ。確か君の親友が居るんだろう?」

 

笑みを見せた司令官。正規空母グラーフ・ツェッペリンは、親友の顔を思い浮かべ、口元を緩める。

 

「ああ。ナツミに会うのは久し振りだからね。楽しみだよ。‥‥‥今は『金剛』だったか」

 




こんごうさんに一難去ってまた一難。今度の敵も強敵。金剛の親友、グラーフさんが次回日本へ。

山本提督‥‥‥読者の皆さんがお怒りですよ。
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