「わぁ……!」
広がる光景は、圧巻だった。
だいぶ夜が更けたにも関わらず賑わっている人々、町中に設置された電灯によって何不自由なく活動出来る明るさ、蔓延する様々な美味しそうな匂い。
見たこともない景色に如月は普段の大人びた様子とは似ても似つかぬほどに気分が昂ぶっていた。
「ここが私達の今いる町、アスピナシティの一番賑やかな場所、グリント通りよ」
莉杏が説明する。
「ちょっと古い感じの町なんだけど、ここはいつでも明るくて一日中営業してるお店もあるわ。あとなんでもあるの。お洋服に日用品に、美味しいご飯も、ね」
そう言いながら莉杏は如月と手をつないだ。
「さ、行きましょうか。美味しい晩御飯を食べに」
【町-walk】
時は少し遡る。
「……失礼しました」
「いいのよ、気にしてないから」
真っ赤に染めた顔を俯かせて謝る如月の頭を莉杏が撫でる。
「でもせっかくのご飯を残してしまいましたし……」
「いいから、気にしなくて大丈夫よ」
「うぅ……」
なおも俯いている如月の頭を撫でる莉杏。
その様子を見た流牙は、まるで歳の離れた姉妹だな、などと思った。
結局あの後如月は三時間近く眠ってしまい、起きたら外は夕焼け色に染まっていた。
莉杏と流牙はすぐ近くに居たので如月が起きたのにはすぐ気付いたが、状況を把握した如月の慌てようと言ったら、それはそれは可愛らしいものであったという。
「……落ち着いた?」
「えぇ、なんとか……まだ顔から火が出そうですけど……」
まだ顔は赤くなっているが話をするだけの余裕は戻った如月を見てから、流牙は窓から外の様子を見る。
如月が起きた頃は街が夕焼けに染まっていたのだが、今はだいぶ夜の闇が街を包んでいる。
もう数十分もしたら日が完全に沈むだろう。
となれば待っているものは。
「夕飯、食べに行こうか」
「え?」
窓から再び如月に視線を戻す。
「もうそろそろいい時間だし、ちょうどいいからご飯食べに行こう。あ、まだ身体が痛いとか怠いとかあれば買ってくるよ」
流牙が体調を言及してきたことで、今の自分が病み上がりだと言うことを思い出す。
早速軽く腕を回したりして体調を確認してみる。
(……うん、大丈夫だわ)
起きてから時間も経っているので眠気による怠さなどもない。とても轟沈して(体感では)数時間とは思えないくらい調子がいい。
これならそう遠くもなければ出かけることが出来るだろう。
「大丈夫そうですわ」
「よし、じゃ……ごめんね、ちょっと待って」
如月がベッドから降りようとした時、流牙は如月をおいて部屋を出る。
どうしたのだろうか、と疑問に思いつつ流牙を待つと、流牙は真っ黒なコートを着て部屋に戻って来た。
「莉杏、如月を頼む」
「……わかったわ」
「え、と、流牙さん?どうかなさいましたか?」
会話の流れが読めなくて、如月は問いかける。
流牙は今までと同じ笑みを浮かべて答えた。
「ごめんね、急に用事が入っちゃって。夕飯は莉杏と先に行ってきて。俺は用事終わってから適当に済ますから」
とだけ言って部屋を出て行ってしまった。
如月が止める間も無く言ってしまった流牙に仕方ないわね、とボヤいて莉杏が立ち上がる。
「じゃ、あのバカは放っておいといて、女二人で女子会しましょうか」
「……大丈夫なのですか?」
心配そうに呟く如月に、莉杏は目線を合わせる。
「大丈夫よ」
莉杏のその言葉は、不思議と信頼度が高かった。
それは、莉杏自身が、流牙を相当信頼してるからなのだろうな、と。
如月はなんとなくだが、そう思った。
「全くこのタイミングでかよ」
『諦めるんだな。魔戒騎士の宿命だ』
「飯一つで宿命、ね」
『……確かに気配を感じるな。幸いあの小娘達が向かう方とは逆側だ。見られる心配も狙われる心配も無い』
「俺がトチらなければ……な!」
『そういうことだ』
「相変わらず口の減らないやつだな」
『性分でな」
「……いくぞ」
そして時は現在。
グリント通りに着いた如月と莉杏は気になった食事処を探して通りを散策した。
多種多様な食事処がありどれも美味しそうで目移りする如月を見て、大人びていてもやっぱり子供だなぁ、と莉杏は思う。
となるとやはり気になるのは如月の素性。
艦娘、という存在の秘密。
この子はいったい、何を背負っていたのだろうか。
この、小さな、小さな背中に。
(……いけないいけない、今は考える時じゃ無いわね)
小さく頭を振って、余計な考えを追い払う。
そうして如月をもう一度一瞥すれば、如月は変わらず色んな店を興味深そうに覗いていた。
「あぁどうしましょう、どれも気になりすぎて選べないわ……」
「そうねぇ、じゃあ今回は私イチオシのお店に行く?」
「莉杏さんイチオシですか?はいっ、行きましょう!」
そう言って莉杏と如月は少し歩く。
辿り着いたその店は洋食屋で、中はかなりの人が入っている人気の店のようだ。だが幸いなことに待ち人数は一組か二組程で、十分待てる。
よし、と顔を見合わせた。
店は決まりだ。
その頃。
人通りがほとんどない、暗い暗い裏路地。
人っ子一人いないその細く狭い道を、一人の若い女性が走っていた。
その表情は恐怖と焦りに染まっていて、時折後ろを見ながら体力の限界まで走り続ける。
そうして少し明るい路地が見えてきたところで女性は壁にもたれかかり、息を整える。
今まで自分が走って来た方向を見ても、彼女が逃げてきた原因はいない。
良かった、と歩き出そうとした。
「やぁ」
「ひっ……!!」
だが、彼女の向かう先には、彼女が逃げてきた原因がーー黒い長髪の、痩身長躯な男が、立っていた。
「そんなに逃げなくていいじゃないか。僕はただ君にちょーっとだけ、来て欲しいだけなんだから」
そう言いながら、男は女性に歩み寄る。
女性はもはや立つこともできず、抜かした腰を地面に擦らせながら少しでも逃げようと腕だけで後ずさる。
だが明らかに速度が違う。男が女性にもうあと一歩まで、近寄った。
その時。
「そこまでだ」
男と女性が、声のした方を見る。
そこには、二人に向かって緑色の炎を灯すライターをかざした流牙が立っていた。
『男の方だ』
「あぁ、わかってる」
ライターを仕舞い、流牙は男に駆け寄ると男を全力で蹴り飛ばした。
「がふっ!」
無様に吹き飛んだ男を睨みつけながら、ガタガタと震える女性に声を掛ける。
「逃げろ!」
「ひっ……ひぃぃぃぃ!!」
流牙の怒声に抜けていた腰が戻ったのか、何度か転びながらも女性は表路地に逃げて行った。
ちょうどその時、蹴り飛ばされた男が起き上がり、流牙を睨みつける。
「貴様ぁ……邪魔をするな!」
「残念だけど、それは無理だ」
そう言って、構える流牙。
「何故なら……」
男が唸りながら流牙に駆け寄ってくる。
その男に向かって、言い放った。
「貴様らを狩るのが、俺の使命だからな!」
「「ご馳走様でした」」
同時に食事を終わらせてナイフとフォークを置く。
莉杏は椅子の背もたれに体を預けると、幸せそうに息を吐いた。
「あ〜、美味しかったぁ。やっぱりここのカルボナーラは絶品ね」
「えぇ、とても美味しかったです。また食べに来たいくらい」
如月もナフキンで口を拭って落ち着く。
昼をロクに食べられなかったこともあって、ちょっと多めのパスタも問題なく完食できた。
「それだけ食べられるならもう体は大丈夫そうね。そうしたら明日は服を見に行きましょうか」
「そんな……悪いです、私のためにそんなに」
「別に大丈夫よ、お金も十分あるから」
一体どれだけお金を持っているのだろう。そんな疑問が如月の中に生まれる。
思えばこの人達は謎に包まれ過ぎなのだ。名前以外の情報が乏しすぎる。
(……ダメね、助けてもらった人達にこんなこと思っちゃ)
そう思って、心の中に生まれた邪念を振り払う。
その時、ふとここに居ないもう一人のことが頭をよぎる。
彼は気にせず晩御飯を食べてきていい、と言っていたし、何か適当に買って食べるとも言っていた。だがーー
「……如月ちゃん?」
「あっ、はいっ」
「どうしたの?」
一瞬、わがままを言ってしまうような感じがして口を開くのを躊躇ってしまう。
だが、莉杏ならーーそう思った如月は、意を決して伝える。
「実はーー」
ぎぃ、と部屋のドアを開けて静かに部屋に入る流牙。
部屋では莉杏が椅子に座りながら何かを解体していた。
正確には、解体ではなく、整備。
それは、拳銃であった。
「……おい、そこで整備してるなよ」
「別に大丈夫よ、如月ちゃんはもう寝てるわ」
「……」
特に相槌も挨拶も返さずに、流牙は莉杏に対面するように椅子に座った。
莉杏は流牙に目を向けることなく喋り始める。
「どうだったの?」
「何の問題もなく終わったよ。襲われてた人が居たけど逃がせたし、きちんと斬った」
「そ。まぁ流牙が下手なドジ踏んでないかだけが気になってたから無いならいいわ」
「ったく、莉杏は俺の母さんかよ」
「波奏さんの後は継ぐつもりだけど流牙のお母さんになるつもりはないからね?……あ、そうだ」
軽い会話を続けるなか、莉杏が唐突に何かを思い出したかのような声を上げて席を立つ。
流牙が視線だけ莉杏に向けると、莉杏はキッチンへ向かった。
そしてキッチンから小さな紙箱を持ってくる。
ケーキなどを容れる用の形をしたその箱の側面には何かの店のマークが小さく書かれていた。
莉杏がテーブルの上に置いたので、その箱を開けて中身を確認する。
「……これって」
「如月ちゃんがね、流牙に、って」
箱の中には少し大きめのサンドイッチが入っていた。
バンズはフランスパンのようなパンで、具は見た感じレタスとベーコンに特製ソースがかかっている、シンプルなもの。
それが、二つ。
「如月ちゃんがね、ご飯食べた後に、流牙に何か買いたいって言ったの」
『ーー流牙に晩御飯を買って帰りたい?』
『はい……』
如月の言ったことに莉杏は首を傾げながら疑問をぶつけた。
『でも流牙は自分で適当に買うって言ってたから大丈夫だと思うわよ?』
『それは、そうなのですけど……』
もじもじとしながらも、如月は理由を話し始めた。
『その……せっかく美味しいご飯を、流牙さんだけ頂けなかったのが、なんだか、なんでしょう……もやもやするんです。だから、せめて何かお持ち帰り出来るものがあれば……と思って……』
『……』
『あの……駄目、でしょうか……?』
上目遣いでおずおずと聞いてくる如月に、莉杏はクスッと微笑んで言った。
『ーー駄目な理由なんて無いわ。さ、何を買って帰るか考えましょう?』
「そっか……如月ちゃんがそんな……」
「ええ……とても優しい子よ、あの子」
優しく微笑みながら如月が寝ている部屋のドアを見つめる2人。
流牙は如月と莉杏が選び、自分のために買ってきてくれたそのサンドイッチを一つ取り、頬張る。
「ーーうん、美味い」
その美味さは、ただ料理の美味さだけではないように、流牙は感じるのだった。
×××××
「そうですか。魔戒騎士が」
[バリ。ロサゼゲ《ザデム》バワマメ、レノオイバイゼマメムチナク]
人間には理解出来ない言語を話す何かと、それと会話をする男の声。
両者は暗闇に覆われ、わずか燭台の小さな火が一つだけしか光源のない部屋に居た。
「それは困りましたね。前の魔戒騎士は既に『弾切れ』ですし、残りのストックも少ない。今のももうすぐ『弾切れ』になってしまいますし」
[リサザアタメナツ?]
「そうですね……仕方がありません、ローテーションにない人を組み込むことにしましょう。《ゲジャデムェ》や《アスパイン》などを組み込んでください」
[ジョリ]
そう言って不可解な言語を話していた何者かの気配は消え去る。
もう一人の男はため息を零すと、恨めしそうに呟いた。
「これだから迷惑なのですよ……魔戒騎士と言う奴らは」
その呟きが終わると同時、男の気配も部屋から消えた。
残されたのは、未だ火を灯し続ける燭台だけだった。
秘密があれば、秘密を知りたくなる。
秘密の数だけ、魅力が増える。
次回、話-fleet girl
だから全ては、明かさない。明かせない。
こちらの近況などをごちゃごちゃ書くのは活動報告とかで良さげだなと最近思いました。
お待たせしました。次もまた遅くなると思いますがご了承下さい。
作中の魔戒語はネット上にあった魔戒語翻訳のページを使わさせていただいております。
魔戒語の法則調べようと思ったら出てきました。あるんですねそういうの。居るんですね、作った人