現代取材録   作:雨守学

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江ノ島

「あれが江ノ島ね」

藤沢から江ノ電に乗って、江ノ島駅についたのは11時頃だった。

「あやや……お腹、凄い鳴ってるなぁ。江ノ電で隣に座ってた人も笑ってたし……」

とにかく、まずは江ノ島を目指さないと。

 

毎度おなじみ射命丸文が何故現代にいるのか。

それは外の世界、現代を取材するためである。

「外の世界で取材を……ですか」

「えぇ、貴女にとっても悪い話ではないはずですわ」

「はぁ……しかし、何故?」

「貴女も知っている通り、東風谷早苗の出現をはじめ、幻想郷の住人は外の世界に関心を持っています。もちろん、ただの好奇心であればいいの。しかし、外の世界の力に魅力を求める者も出てくるはず」

「外の世界の力ですか」

「堀川雷鼓が外の世界の力を取り込み、あそこまでの異変を起こした……と言えば、分かるかしら?」

「なるほど。強かったと言われてますからねぇ」

「外の世界の力は幻想郷の者にとって、それはそれは厄介なものですわ」

「それと私が外の世界に行くのに何の関係が?」

「貴女には外の世界を取材してもらい、幻想郷に情報を発信してもらいたいのです。そうすることによって、情報の収縮を図りたいと考えています」

「分かりませんね。情報の収縮が必要であるのならば、何故情報を発信するようなことを?」

「情報が欲しい者は、情報のある場所に集まる。では、情報がないなら、どうするでしょう?」

「情報を集めるために――ああ、なるほど」

「そう。貴女の集める情報が多ければ多いほど、情報が欲しい者はそこに集まる。つまり、出したくない情報は別に隠しておくことが出来る。情報が、貴女の持っているのが全てであり、信頼できるものであるとなれば、結果的に情報を収縮出来るという訳ですわ」

「木を隠すなら森……ではなく、木より魅力的な森をつくれ……という訳ですね」

「どう? 行ってくれるかしら?」

 

あれから一年。

時々、幻想郷に帰る事はあるけれど、基本的には外の世界で暮らしている。

こっちの世界では人間の姿をしないといけないから色々と不便だけれど、歩かないと見つからない情報もある。

特に、この世界では。

 

「生しらす……か」

飲食店はどこも「生しらす」という旗を掲げていた。

釜揚げしらすは食べたことあるけれど、生しらすとは一体。

 

地下道を抜けると、左右に海を眺めながら江ノ島まで行ける一本橋が伸びていた。

「あやや、結構距離あるなぁ」

橋の始まりには江ノ島と刻まれた大きな石碑のようなものが立っていた。

それを右に、写真を一枚。

「さて、行きますか」

 

橋の歩道は人で溢れていて、進むのに苦労した。

車やバイクも、渋滞している。

それでも、一歩一歩は確実に進んでいる。

「写真撮りたいけれど、これじゃあ止まるのは無理そうね」

他人に迷惑をかけた者は、孤独へと追いやられる。

この世界で学んだ事。

幻想郷と違って、精神的に追いやられる。

罪で裁けないものはなおさら。

スペルカードルールのようなものがあれば、自分の正義を主張し、相手をねじ伏せる事も出来る。

だが、この世界にはそんな価値観はない。

戦う事をしない。

皆が皆、一律でなければならないという強迫めいた思想の中で生きている。

だからこそ、出る杭は打たれるのだ。

それも、打つ側は自分以外のすべて。

もし、幻想郷で同じような事が起きたのなら、私はとっくに潰されていただろう。

それほどに、この世界の思想は――。

ぐぅぅ。

「お腹……限界かも……」

 

江ノ島に上陸すると、すぐに香ばしい匂いの方へと足が動いた。

「わぁ、海の幸!」

サザエなど、主に貝類を網の上で焼いている店などが並んでいた。

「美味しそう。サザエなんて、幻想郷で食べた以来だわ」

ご存じのとおり、幻想郷には海がない。

しかし、こういったものが食べれないわけではないのだ。

まれに山の方でこういった海の幸が見つかる事がある。

なんでも、山はもともと海に沈んでいて、それが地殻変動などによって盛り上がって出来たのが山なんだとか。

そんな歴史に「思想の火」が灯ると、まれに海の幸が現れるという仕組みらしい。

「食べたいけど、ここは我慢。今回のメインを食べない事には!」

 

江ノ島入口すぐにある貝作という店の前には、小柄なおばちゃんが立っていた。

「一名様?」

「はい」

「外でいい? 中、いっぱいなの」

「大丈夫ですよ」

そういうと、すぐ近くの席に私を座らせた。

四人掛けの席に一人で座るのは、なんだか申し訳ない。

「ご注文は?」

決まっている。

「江ノ島丼ください」

 

空はほれぼれするほどの快晴だった。

近くのテーブルに座っているおじさんは、ビールに生しらす丼をつまんでいた。

生しらす。

確かに、江ノ島に来たらあれらしいけれど、今回は違う。

『江ノ島丼って言うのが美味しかったんだよね』

と、ネタを提供してくれる現代での友人にそう言われた。

何でも、貝類が玉子でとじられているらしい。

親子丼などのお肉をとじたものは食べたことあるけれど、貝類とは。

『ちょっと苦いから、文ちゃんには早いかもね。あれは大人の味だよ』

との事。

「ふん、そう言うのは私より生きてから言いなさいっての」

もちろん、そんな事が言えるわけもない。

この世界では、私は若い人間なのだから。

 

「お待たせしました」

お盆の上には、江ノ島丼と汁物、それに申し訳程度の塩辛が小皿に盛られていた。

江ノ島丼は、親子丼などと同じように、きざみ海苔が散りばめられていて、とじた玉子の中からは黒い何かがのぞいていた。

「これが江ノ島丼」

写真を一枚。

さて、では。

「いただきます」

まずは黒い何かを玉子と一緒に掴みあげる。

柔らかい何か。

躊躇なく口へと運ぶ。

『ちょっと苦いから』

その言葉を思い出していた。

確かに、ちょっと苦い。

サザエのお尻の部分の味に似ている。

と言うか、それなんじゃないかしら。

これは確かに大人の味かもしれない。

「美味し」

他にも貝類が入っていたけれど、それが何なのかは分からなかった。

 

お会計を済ませ、お店を後にした。

結構量があったように感じる。

「もう貝類はいいかな」

貝類が焼かれているのを横目に、人の波を目指した。

 

「うわ、凄い人の数」

江島神社への道は一本しかない。

丘へと登るように、緩やかな坂が続く。

その道の左右には、土産屋や飲食店が並んでいる。

「結構高い位置にあるのね。ま、食後の運動ってところかしら」

人波をかき分け、坂道を登ってゆく。

途中、やけに人々が並んでいる店があった。

何やら、奇妙な音が響いている。

きゅぅぅぅぅぅ……。

みたいな。

店の前には、何か大きなせんべいのようなものを食べている人がいた。

「あっ、たこせんべいね!」

反射的に写真を撮っていた。

さっきの音は、タコをプレスしている音のようだった。

「……」

しばらく、買おうか悩み、タコがプレスされる音を聞いていた。

「……いいや」

けど、並んでいる列を見てゲンナリしてしまった。

この世界では、ああやって列をつくらせることが、一つのステータスになっているらしい。

また、その列に並んで得たという事もまた、ステータスになるらしい。

 

坂を上り切った先に待ち受けているのは、神社の入口である鳥居。

そこから階段が続く。

「本当、人間って不便だわ」

しかし、こう言った苦労にも価値があるのがこの世界。

苦労の先にあるものがどんなにくだらないものであれ、苦労したことは無駄にはならない……らしい。

私にはよく分からないけれど。

 

ようやく階段を登り切ると、そこに江島神社がある。

若いカップルや、グループで来ている人たちは、茅の輪をくぐり、賽銭を投げていた。

恋愛成就で有名らしいけれど、私にそんなものはいらない。

写真を数枚撮って、さっさと退散。

そこからさらに展望台の方へと向かうのに、また階段を登ってゆかねばならない。

お金をいくらか払うと、エスカレーターに乗って、一気に展望台の方へと行けるらしいが、なんだかそうするのは負けた気がするので、ひたすら登ってゆく。

「苦労することに価値があるのよ」

なるほど、この言葉には、くだらないプライドを美しく飾る力があるのね。

 

展望台まであと少しというところで、風景を望める場所へと出た。

広がる空と、広がる海。

遠くに見える街並み、真下に見えるボート群。

せり出たウッドデッキでは、たくさんの観光客が写真を撮っていた。

ご丁寧に撮影用のカメラ台まで置いてある。

「流石にフィルムはいないわね」

皆、デジタル一眼か、コンデジを持っていた。

幻想郷ではカメラなんて、新聞記者しか持たない。

それもフィルム。

私もこの世界に来てしばらくはフィルムだったけれど、デジタルが便利すぎて乗り換えた。

新聞もパソコンで作れるし、そのためにはデジタルである必要もあったし。

何よりも、この世界はカメラが進化しすぎている。

電話にもカメラが付いているし、下手なカメラより綺麗だし。

それでも、「せめてフィルムに近い形で」ということで、デジタル一眼に落ち着いた。

「オートフォーカス、本当に便利ね。露出も勝手に決めてくれるし。何よりもレンズが明るいのがいいわ」

とは言え、カメラには18-250mm F3.5-6.3のショボいズームレンズが付いていた。

他に持っている単焦点や超広角レンズなどに比べたら暗すぎるくらいだけれど、万能なのには変わりない。

本当はもっと明るいズームレンズが欲しいのだけれど、高いのよね。

紫さん、もっとお給料くれてもいいのに。

 

展望台のある場所に着く頃には満腹感もどこへやらといった具合に、何か甘いものでも食べたくなっていた。

フランクなど、所謂どこにでもあるようなものを売っているお店には行列が出来ていた。

どんなところに行っても、やっぱり慣れ親しんだものがいいという考えは、この世界でも同じらしい。

展望灯台の方に何かあるかなと思い向かうと、どうやら展望台付近に行くのにも入場料がかかるらしいとの事だったので引き返した。

お金を払ってまで取材に赴くかと言われたら、おそらくその価値はないだろう。

何処にだってある展望灯台だろうし。

この前の犬吠埼の記事だって、苦労して登った灯台の記事は全く反響がなかった。

幻想郷の住人は高いところに関して、これと言って興味はないのだ。

 

結局、並ぶのもなんだと思い、先へ進むことにした。

ここから先は島をくだっていく形になる。

さっきの展望台は島の頂上なのかもしれない。

 

階段をずーっとくだってゆく。

階段、階段、また階段。

道が細いので、降りるのが遅いおばあちゃんなどがいると、すぐに道がつっかえてしまう。

そんな事の繰り返しをしている内に、見晴らしのいい場所へ出た。

島と島の間から海がのぞける。

写真を一枚。

何故か露出を調整するのに夢中になった。

 

途中、中村屋というお店で饅頭と江の島鎌倉サイダーを購入し、一休み。

サイダーは幻想郷にもある。

つい最近になってブームになった飲み物だ。

この世界では昔から飲まれているらしい。

確かに、知らないなつかしさがある。

 

そこからはまた、階段、階段、神社、階段と続いた。

そして――。

「着いたー!」

島の最西端、稚児ヶ淵である!

足場の悪い岩場から見る海は、何にも遮られることなく、ただ大きく広がっていた。

「磯の香……」

上空ではトンビが何不自由なく飛んでいた。

私はこの時初めて、苦労して良かったと思った。

苦労しなければ、ここへはたどり着けなかった。

そう、この世界はそういう場所で溢れているのだ。

だからこそ、人は旅へ出る。

だからこそ、人は苦労する。

「ん~、なんだかいい記事が書けそうな気がする」

磯の香で肺を満たすと、自分も海のように大きな存在になれた気がした。

 

「……」

一変して絶望。

苦労なんてしなければよかった。

ここから帰るとなると、来た道を引き返すしかないと知った時、そう思った。

 

「はぁ……今日は疲れたな……」

帰りの電車の中、ひとり呟いた。

グリーン車には私以外誰も乗っていない。

結局、たこせんべいや展望灯台でお金を払わなかった分は節約できず、欲望に負けてグリーン車に乗ってしまった。

遠のくレンズ。

「……ま、写真はセンスだしね」

こういう言い訳も、この世界で学んだ事。

結局のところ、この世界での価値とは、ないモノにあるのだ。

ないモノを重んじ、崇拝し、それに従い生きてゆく。

『人間の生きている意味とは?』

という問いが、良く飛び交うのを見る。

それこそ、この世界の価値である。

生きる意味などない。

ただ存在するだけなのだ。

それに価値があると思い込んでいるのが、この世界。

少なくとも、私にはそう見える。

「だとしたら、私は意味もなく記事を書いたりしているのかしら」

それもまた一興だろう。

そう思えるのは、この世界の価値観に染まりつつある自分が在るからかもしれない。

 

数日後、幻想郷に文々。新聞-現代-が発行された。

江ノ島の記事で一番反響が大きかったのは、意外にも展望灯台の記事であった。

『あそこまで苦労して辿り着いたのに、何故行かなかったんだ』

という声が多かった。

「幻想郷でも苦労する文化はあったのね」

どうも、自分だけが怠け者だったらしい。

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