スター・プロファイル   作:さけとば

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6. 子心やら親心やら

《ふむふむ、ってコトは明日からみんな仲良く旅するって感じなの?

 

 ほほうそれはそれは……

 外野以外のナニモノでもないこの私的にも、とりあえずはなんとかなったようでナニヨリって感じですな。うんマジで。

 

 ほいじゃ、いい加減ここでじっとしてるのも飽きるし?

 また今度ねー》

 

 

 ☆★☆

 

 

 いきなり帰って来てからに、今度はまた明日から旅に出る。いきなりそんな事を告げられ、レナの母ウェスタはもちろん驚いた。

 

 しかも今度のは「手紙を届けにちょっとマーズまで行ってくる」、とかいう期間の話ではない。

 なんたってエクスペル中を巡る旅なのだ。レナが以前クロードと旅に出た時、すなわち「ソーサリーグローブの調査に行ってくる」と言った、あの時以来の衝撃的事件だろう。

 

 レナの話をひたすらおろおろと聞いていたウェスタだったが、それでも前に一度同じようなやりとりをしたせいか、はたまた村長レジスが時折レナの話を補強するような言葉をかけてくれたおかげか。レナの意思を頭ごなしに否定するような事はしなかった。

 ただ心配そうに、繰り返し確認してくる母ウェスタに、

 

「ちょっと旅に行ってくるだけよね? 危ない事はないのよね?」

 

「大丈夫だってば、お母さん。クロードも一緒に行くんだから」

 

 レナはひたすらそんな風に説いた。

 今度のは本当にただの旅だから。ソーサリーグローブの調査とか、そんな危険な事するわけでもないし。魔物ぐらいはそりゃいるだろうけど、一緒に旅に出る仲間は、自分も含めてみんなちゃんと戦える人ばっかりだし。

 

 実際のところクロードやセリーヌはともかく、知り合ったばかりのフェイト達やレナスがどのくらいしっかり戦えるのか。

 現状レナにすらよく分かっていない事も、おしなべて安全の根拠として使いまくった末、

 

「この間も大丈夫だったでしょ?」

 

 と言って説得を締めくくった。

 ここで言った“この間”とは、ここ一週間の外出の事などではない。

 つまりあの時の、ソーサリーグローブの調査に行ってきた時の事である。

 

 エクスペルの一大事件だった、あのソーサリーグローブの調査に行って無事に帰って来た娘が、ここまで自信を持って「安全だ」と言い切ったのだ。

 母ウェスタも、もう娘の言う事を信じるしかないらしい。

 

「分かった。それじゃ、気をつけて行くのよ、レナ」

 

 まだ不安げではあるが、とにかく母親からの同意も得られたので。

 ついでにもう一つ、頼みごとを切り出してみると、

 

「それでね、お母さん。今日、二人くらい家に泊めてほしいんだけど……」

 

 こっちの頼みはレナが拍子抜けするほどに快く……というより、嬉しそうに了承してくれた。

 むしろこうしちゃいられないわ、と椅子から慌ただしく立ち上がった母ウェスタに、時間も遅いし、二人はクロードみたいな食べざかりの男の子じゃないから、本当に今日はベッドの用意だけでいいからと、レナの方がしつこく言い聞かせなくてはならなかったほどだ。

 

 

 そんなこんなで母ウェスタとの話が長引いた結果。レナが村長と一緒に村長家のリビングに戻った時には、みんなレナの事を待っているといったような状況だった。

 ちょっとした意見割れはあったものの、パーティー分けもちゃんと決まったらしい。

 

 とりあえず結果だけを教えてもらい。

 部屋のすみっこでぐずっているソフィアに遠慮した方がいいのかしら、と思いつつも。

 周りの皆さんの、

 

 “もう決まった事だから”

 “こうするのが一番なんだ”

 “何も言うな、話が終わらん”

 “あなたはただ首を縦に動かせばいいのよ”

 

 ……などなど。

 無言の視線の数々に言われた通り、レナがその案に同意してみせたところで、今日の所はこれで解散という運びになったのだった。

 

 クロードとフェイト達は、そのまま村長家の客室へ。残るセリーヌとレナスの二人はレナに連れられ、レナの家に泊まる事になる。

 集合は明日の朝早く。集合場所は二つの家の大体中間地点にある、広場の噴水前。

 最後にその事を軽く確認してから、レナ達三人は村長の家を後にした。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 家のどこに何があるかを、セリーヌとレナスにあらかた説明し終えたところで、天井の方から「こつん」という小さな物音がした。

 小石が屋根に当たった音だ。

 いわゆる、特定の住居人に宛てた訪問合図、というやつである。

 

 

 当然レナの方も、“その音の意図”にすぐ気づいた。

 そして“その音を立てた主”が誰かもまあ分かっているのだが、とりあえず現状この二人がいる目の前で、あけっぴろげに客室の窓を開けて話し込むほどレナは愚かではない。

 音なんて何にも聞こえなかったわ、という体を装い。

 ごく自然に、なるべく早く客室から出るという作戦を即座にとった。

 

「それじゃあセリーヌさん、レナスさん。ゆっくり休んでくださいね」

 

「ええ、ありがとうレナ。お休みなさい」

 

 普通に返事するレナスの隣では、セリーヌがレナを見てにやついている。

 早くも作戦は失敗したようだ。

 

(……もういいわ。さっさと行きましょう)

 

 待たせるのも悪いし、しょうがないけど気にしない事にしよう。

 諦め気分で客室から出て、ドアを閉めかけてから、レナははたと立ち止まった。せめて釘をさしておかねば。

 

「早く休んでくださいね? 明日も早いんですから」

 

 いきなりにゅっと出たレナの顔に、セリーヌはわかりやすく動揺を見せつつ答えた。

 

「もっ、もちろんですわ! ねえレナス?」

「……え? ええ、そうね」

 

 話を振られたレナスの方はまだ気づいてないようだが、まあそれも今のうちだけだろう。案の定レナがドアを閉めるとすぐに、部屋の中からひそひそと話すセリーヌの声が聞こえた。

 

 無視だ。無視しよう。

 自分に言い聞かせながら急ぎ足で一階に下り、そのまままっすぐ玄関の方へ向かうと、近くにいた母ウェスタに聞かれた。

 

「またでかけるの?」

「うん、ちょっとね。大丈夫、すぐに帰るから」

 

 そう簡単に答えて、レナは家の外に出た。

 家の前で待っていたクロードが、さっそくレナに話をもちかけてくる。

 

「今から話してもいいかな?」

 

 レナも今すぐ「いいよ」と言いたいところだが──

 その前に一つ、気になる事がある。

 なんか上の方でやってる、ひそひそ話がばっちり聞こえてくるのだ。

 

 

「……しっ、声が大きいですわ! レナは耳がいいですからね、気をつけてくださらないと」

 

「けどセリーヌ、今の私達がやっている事は……」

 

「わかってないですわね。あの二人の場合、とにかくしつこいくらいの周りの後押しがあってちょうどいいくらいなんですのよ? こういうところできちんと見守ってあげなきゃ……」

 

「そうだとしても、やっぱりこれは私達が見届けるべき事じゃないと……」

 

「あなた、“恋の天使”としての心構えがなっていませんわね! ……いいですこと? あなたはこれから先……」

 

 

(まったく……なんでレナスさんまでけしかけるかなあ)

 

 薄く開いた二階の窓を見上げ、レナはため息をついた。

 

「あんな一生懸命ひそひそと……。二人は一体、何話してるんだろうね?」

「さあ、一体なんなのかしらね」

 

 上の方はなにやらレナ達そっちのけで、説教チックな様相に変わって来ているが、今のレナにはまったく関係ない事だ。やはり無視しておくに限る。

 ともかくこんな雰囲気もへったくれもない場所で、クロードと話すのは絶対にいやだ。

 

「ちょっと散歩しよう?」

 

 とさりげなく誘って、レナはクロードと一緒にその場から遠ざかった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 クロードとふたりで、このまま無言で歩いているだけなのも悪くはないけど、せっかくだから何か話したい。

 歩きつつ、ほどほど家から距離をとった辺りで、レナの方からクロードに話しかけてみた。

 

「話って何? クロード」

 

「え? ……いやあ、特に話はないんだ。久しぶりにレナに会えたから、なんか話でもしたいなーって思ってさ」

 

 クロードは照れ笑いを浮かべて言う。

 レナも笑顔でクロードに返した。

 

「ふふっ。久しぶりって言ったって、一週間ちょっとしか経ってないじゃない。──でもそうね。わたしもずっとクロードと話したい、って思ってた」

 

 

 それからふたりは、なんとなく今日起こった出来事について話し始めた。

 

「なんかすごい事になっちゃったね。今でも信じられない」

「未来人に異世界人だもんな。僕も正直信じられないよ」

 

 調子を合わせたクロードに、レナはふと思い出した疑問を聞いてみる。

 

「そういえば、クロードはタイムゲートの事信じてたね。お父さんがどう、とか言っていたけど?」

 

「ん、ああ。まあどっちかというと、“信じてた”ってよりも、彼らから聞かされて“初めて信じた”って感じかな」

 

「?」

 

「父さんと母さんはタイムゲートを使って過去に飛んだんだーっ、って母さんいっつも言っててさ。どうせ嘘ついてるんだろう、そう思ってたんだ」

 

 レナはクロードの両親の事はよく分からないけど、お父さんもお母さんも、すごく偉い人だって事は知っている。中でもお父さんの方は特に有名な人なんだそうだ。

 

「いくら父さんがすごい人だからって、そんな事普通ありえないだろう? 父さんは自分の自慢話なんかする人じゃなかったし、母さんも、そんな話する時は……べろべろに酔っぱらってたし。けど全部、本当の事だったんだな」

 

 クロードも父親を尊敬している、と言っていた。でもクロードはそんな偉大すぎる父親の存在を、ずっと重く感じていたらしい。

 だからかクロードは普段、自分の両親の事をあまり話したがらない。

 こんな風に自分の両親の事をクロードが喋るのは珍しい、とレナは思った。

 

「そうなんだ……」

 

「母さんには謝らないといけないな。──今まで疑ってて、ごめん!」

 

 クロードは急に足を止めると、上を見上げ、星空に向かって声をあげる。

 あの星の、どれかひとつに“地球”があるのかな。クロードのお母さんが、今でもずっと、クロードの帰りを待ち続けているのかな。

 再びゆっくりと歩き出したクロードの隣で、レナの心はそんな事ばかりを考えていた。

 

 

 村の橋まで歩いたところで、ふたりは足を止めた。

 ふたり揃って、橋のへりに腰をかける。

 

「クロードは、地球に帰りたくならないの?」

「え?」

 

 急な質問に驚いた後、クロードは軽い調子で言い、

 

「さっきも言っただろう、レナ。僕は帰らないよ。第一帰る気があったら、あの時エルネストさん達の艦に乗せてもらってるはずだろ?」

 

「本当に、そうなの? 少しも思わないの? ……地球に帰りたい、って」

 

 レナの真剣な様子を見たクロードは、改めてレナに向かって言う。

 

「僕はエクスペルの人達が好きだ。困っているエクスペルの人達を放って自分だけ地球に帰るなんてこと、僕はしたくないんだ」

 

 

 その場限りの言い訳なんかじゃない、ありのままの感情。

 クロードはレナに、全部を打ち明けてくれているのだ。

 

「地球にいた頃の僕にはこんな、人の事を想う気持ちなんて、全然持てやしなかったんだから……」

 

(とっくのとうに決めてたんだね、クロードは。……地球には、帰らないって)

 

 でも、さっきのクロードは。

 さっきのクロードの話には。

 

 

「クロードは、お母さんに会いたくならないの?」

 

 レナの質問に、クロードは戸惑ったように目を泳がせた。「いや、別にそういうわけじゃないけど」と口ごもるクロードに、レナはさらに言う。

 

「クロードのお母さん、きっと今もクロードの事心配してるわ。自分の大事な子供が出て行ったきりいつまでも戻らないなんて、そんなの」

 

 そこまで言って、レナはぐっと言葉につまる。

 

「レナ……」

 

 クロードは困ったようにレナを見ている。

 自分はクロードと離れたくないはずなのに。「帰らない」って言われてすごくうれしいはずなのに。

 

 わがままだ、ってことはわかってる。でもしょうがないんだ。

 だって──このままじゃわたし、絶対納得なんかできないから。

 

 

 心の中で頷くと、レナは顔を上げ、クロードの目をしっかりと見て言った。

 

「クロード。地球に帰ろう?」

 

 そして気持ちの思うまま、レナはクロードに地球へ行く事を勧める。

 

「ずっとじゃなくていい、ちょっと顔を見せるだけでいいの」

 

 不思議だ。つい今日の夕方までは、あんなにクロードが地球へ行ってしまう事を恐れていたというのに。

 ううん、今だって。本当は行ってほしくない。でも……

 

「お母さんに「ただいま」って言ってあげて、クロード。このまま、生きてるかどうかもわからないまま別れ離れなんて、そんなの……わたし、クロードに後悔なんかしてほしくない」

 

 そんなの嫌だ。絶対おかしい。

 

「そんな事言っても、どうやって」

 

「あの人達に頼めばいいじゃない! あの人達の艦に乗せて行ってもらえば……! クロード、お願いだから」

 

 最後の方はもう、提案じゃなく懇願になっていた。

 クロードも終始レナの熱い勢いに押されっぱなしで、合間に自分の意見をちゃんと述べる余地もない。レナの主張を最後まで聞き、なおかつしばらくじっくりと考えた後で、やっとクロードは口を開いた。

 

 

「しょうがないな、いったん地球に帰るよ。何もかも全部レナの言う通りだ。──もちろん今度の事がすべて片付いてから、だけどね」

 

「……あ」

 

 

 クロードの落ち着きっぷりに、レナの方も一瞬で我に返る。

 一体何考えてるんだろう。明日からエクスペル中を巡る旅に出るっていうのに、いいからとにかく地球へ行けだなんて……

 

「ごめん、クロード」

 

 しゅんとなって謝る。

 けど最初からクロードは、レナの事を少しも怒っていなかったようだった。

 

「ううん。そんな事今レナに言われるまで、自分じゃ考えてみもしなかったからね。……後押ししてくれてありがとう、レナ」

 

 言ってクロードはまた星空を見上げた。レナも一緒になって見上げる。

 あの時と同じ、とってもきれいな星空が、ふたりの頭上で輝いていた。

 

 

 

「こうしてると、クロードと旅に出た前の日を思い出すね」

 

 星空を見上げたまま、レナはクロードに話しかける。 

 あの時はふたりとも、お互いの事なんか何も知らなかった。クロードの名前も、レナは“さん”づけで呼んでいたのだ。

 

「明日からまた旅に出るんだよな、僕達」

 

 クロードも上を見上げたまま、レナに返事する。

 あの時と同じように、こんな星空を見上げて。

 あの時と同じように、旅に出て。

 でも──

 

「しばらく会えなくなるね、わたし達」

 

 何もかもが、あの時と同じじゃない。今度は、クロードとは一緒じゃないのだ。

 レナはフェイト、クリフ、レナスの三人と一緒にラクール大陸へ。

 クロードはセリーヌ、マリア、ソフィアの三人を連れて、エル大陸へ向かう事になったのだから。

 

 明日からの旅は、クロードとは別々の旅。

 今度の旅はクロードと、マーズなんか比較にならないくらい、ずっと遠くに離れてしまうのだ。

 

「クロードと一緒がよかったな、わたし」

 

 うつむき加減に、胸を締めつけられるような気持ちを呟くと。

 クロードは驚いたようにレナを見て言う。

 

「えっ。セリーヌさん一人に道案内は任せられないよ。あの人、絶対関係ない所にみんなを連れてくぞ」

 

 この返しには、レナもうっかり

 

(確かに、セリーヌさんならやりかねないわね)

 

 と切なさそっちのけで納得してしまった。

 今の発言にはそれぐらいの説得力があったのだ。

 なんたってセリーヌは“やりかねない”どころか、実際すでにそういう事をしているのである。「ソーサリーグローブの調査」と言ったのに、実際はただの彼女の趣味のダンジョン探索だったという……被害者はもちろんレナ達だったわけだが。

 

「そうよね。──それじゃしょうがない、っか」

 

 せっかく真剣に言ったのになと思いつつ、レナはふふっと笑ってクロードに返事をした。クロードの真面目っぷりがどうにもおかしかったのだ。

 残念そうなレナの様子が少しは伝わったのか、クロードは元気づけるように言う。

 

「大丈夫だよ、通信機だってあるんだし」

 

「つうしんき?」

 

「ああ、クリフさん達が持ってるやつだってさ。……ほら、お互い連絡を取り合えなきゃ、どっちかが何か見つけた時に困るだろう?」

 

 クロードの説明に、そういえばそうねとレナも今さら納得する。

 効率を考え二手に別れて情報収集するというのなら、連絡手段くらいは当然用意してあるだろう。すぐに報告できなければ、二手に別れる意味がないのだ。

 

 ということはつまり、顔は見れないけど声は聞けるという事だ。

 長い間クロードと離れなくちゃいけないなんて、そこまで大げさに考える事でもないのかもしれない。

 

「そっか。それじゃ、さみしくないね」

 

「ただあっちこっちに行くだけなんだ。別に十賢者を倒しに行く、ってわけじゃない。すぐに会えるよ」

 

 クロードが言う通り、これからの旅はそんな大げさな旅ではない。あっちこっちに行って、みんなに聞いて周るだけなのだ。「最近何か変わった事ない?」と。

 どこに行ってもなんにもなければ、それでこの旅はおしまい。

 “宇宙マジヤバい”なんていうふざけたメッセージは本当にただのいたずらだったと決めつける事ができ、レナ達もまた安心してこの宇宙で暮らす事ができる。

 

「タイムゲートのところに来たメッセージって、本当だったりするのかな」

 

「……。さあ、どうなんだろうな」

 

 確かめてみなければ分からないからこそ旅に出るのだ。今この場で本当かどうか話し合っても、意味がない事くらいはレナにだって分かる。

 それでも聞いてみたレナと、またそれにあいまいに答えたクロードの言葉には、両者同じ思いが暗に含まれていた。

 

 つまり──まずいたずらだろうな、という徒労感である。

 

「みんなも大変だね。こんなよく分からない事に振り回されて……」

「だよな」

 

 クロードも頷いた。

 同情せずにはいられない。できる限りの事はしてあげよう、レナもそう思う。

 

 

「そろそろ帰ろうか。ずいぶん遅くなっちゃったな」

 

 クロードは立ち上がって、レナに手を差し伸べる。差し出された手を取り、レナも立ち上がった。

 確かに、つい話が長くなってしまった。

 

(帰らなくちゃ、明日も早いんだから)

 

 クロードとは、この旅が終わってからまた話せばいい。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 帰り道、クロードが急に思い出したようにレナに聞いてきた。

 

「護身術に“剣”っていうのは、未開惑星だと普通の事なのかい?」

「どうして?」

 

 と聞くと、クロードは首をかしげつつ言う。

 

「剣が得意だって言ってたんだよな、レナスさん。それも短剣とかじゃなくて、僕が使ってるようなやつ」

 

「えっ、そうなんだ」

 

 レナが「なんか意外だなあ」程度の驚きしか見せないので、クロードの方は余計に気になるらしい。

 そんなによくある事なんだ? と肩すかしをくらったように見てくるクロードに、レナは自分がこんなにもあっさり納得した理由を言ってみせた。

 

「護身術としては珍しいけど、レナスさんの場合は不思議じゃないと思うわ。旅が趣味だって言ってたから」

 

 あの人は旅の途中、魔物やらに襲われた時、お付きの人達に守られるばかりじゃ嫌だという事で護身術をならったのだ。

 お嬢様がいっちょまえに剣を扱える、というところだけ聞けばそりゃ意外だろうけど、その辺の事情を考えればやはり「行動的なんだなあ」という程度にしか思わないだろう。

 というより、ぶっちゃけ素手で魔物倒すよりよっぽど普通だと思う。

 

「へえ、それで剣を……。オペラさんみたいなお嬢様って、けっこういるもんなんだな」

 

 レナの説明に、クロードはつい数日前レナも思ったのと同じような感心っぷりを見せつつ納得した。

 あまりの納得ぶりに、

 

「そんなに気になってたんだ?」

 

 と聞くと。

 クロードが照れながら、こんな事を言うではないか。

 

「いやあ、あれだけきれいなひとだから」

 

 一瞬ちょっとばかりむっとしたレナだったが、そんな気持ちもクロードの次の言葉を聞いてすぐ消え去った。

 

「もしかして変質者を剣で返り討ちにしてたりするのかな、と思って」

 

 

 目をぱちくりさせた後、照れくさそうに笑うクロードにつられ、レナも思わず笑い出してしまった。

 近寄ってきた変質者を剣でばっさりなんて、いくらなんだって過剰防衛がすぎるだろう。それこそ普通に素手で撃退すべき案件である。

 つい想像しちゃった自分の事も内心で叱りつつ、

 

「ちょっとやめてよ、レナスさんがそんな事するわけないじゃない。クロードったらもう……」

 

「だよな。いや僕も、そんなわけないとは思ってたけどさ……」

 

 などと笑い合っている内に、ふたりはレナの家の前まで戻って来た。

 薄く開いた二階の窓から、誰かさんのくしゃみと、もう一人のひそひそ説教が聞こえてきている。

 

「いつになったら窓閉めるのかな、あの二人」

「というより、そもそもなんで開けたんだろうな、窓」

「さあ、一体なんでかしらね」

 

 あの二人の事はもう気にするまい。

 とにかくもう夜遅いんだから。早く家に入ろう。

 

「じゃあ、また明日。おやすみレナ」

「うん。おやすみクロード」

 

 最後にクロードと短く挨拶して、レナは家の中に戻った。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「おかえり、レナ」

 

 家の中に入ると、すぐに母ウェスタの声がした。

 

「ただいま。待っててくれたの? 先に寝ててよかったのに」

「そんなわけにはいかないわよ。あなた、すぐに帰るって言ってたんだもの」

 

 そういえば、家を出る時にそんな事言った気がする。

 

「ちょっと話が長くなっちゃって」

 

 とレナが頭をかきつつ言うと、母ウェスタはにこやかに微笑んで言う。

 

「いいええ、ふたりとも若いんですからね。そんな事もあるでしょ」

「……もう!」

 

 むきになったレナを、母ウェスタはただ微笑んで見ている。

 いつもならなんてことのない普通のやり取りだけど──

 

 

 母ウェスタの笑みに、どこか普段にはない陰りがある事を、レナは気づいていた。

 しばらく黙って母ウェスタの顔を見つめた後、

 

「ねえ、お母さん、」

「明日は朝早いんでしょう? もう寝なさい、レナ」

 

 母ウェスタは頭を振ってレナの言葉を遮る。

 “明日の事”を口に出して言ったからか。母ウェスタの作られた微笑みはもう、彼女の本当の感情──、娘が“どこか遠くに”行ってしまう寂しさばかりを露わにしている。

 

「ごめんなさいお母さん。でも、わたし──」

 

 

 お母さんを嫌いになったわけじゃない。

 そう言いたかったけど、声に出ない。

 口でなら何とでも言える。どれだけ心のこもった言葉を伝えたところで、自分がお母さんを一人にする事には変わりないのだ。

 

 クロードにあれだけ偉そうに言ったくせに。わたしはよりによって、自分のお母さんの気持ちを、今の今まで考えようともしていなかった。

 旅の事、好き勝手に決めて。

 きっとお母さんなら許してくれるよねって、自分の都合のいいように考えて。

 

 娘がいなくなったら寂しいに決まってる。

 お父さんはもういない。わたしはお母さんにとって、たった一人の家族なんだ。

 なのに──

 

 

「お母さん、ごめんなさい。でもわたしは──」

 

「ダメなお母さんね。レナに、こんなつらそうな顔をさせてしまうなんて」

 

 言葉に詰まるレナを見て、母ウェスタは困ったように、そしてやっぱり寂しそうに微笑んで言う。

 母親の考えている事がレナに分かるように、ウェスタにとっても娘が今何を思っているのか、顔を見ただけで伝わるものなのだろう。

 

「お母さんの事は気にしないで。レナはレナのやりたいようにやって。そのほうが、お母さんも嬉しいから」

 

「お母さん……」

 

「いいからもう寝なさい。寝坊してみなさんに迷惑かけちゃだめよ。旅の準備だってしなきゃいけないんだから──」

 

 母ウェスタはまた頭を振り、小さい子供にでも言い聞かせるように言う。

 

(……お母さん。もう子供じゃないんだから、旅の出発の朝に寝坊なんてしないよ、わたし)

 

 母ウェスタに“ありがとう”と“ごめんなさい”のこもった「おやすみ」を言って二階に上がると、レナはまだ盛んにひそひそ声のする客室の前を静かに通り過ぎて、自分の部屋に入った。

 

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