翌朝レナは、ちゃんと寝坊する事なく起きた。
身支度を済ませた後、一階に下ると、台所ではすでに母ウェスタが朝食の準備をしていた。
「おはよう、レナ」
と母ウェスタは、いつもと変わりない笑顔でレナに言う。
晩ご飯にして悠に十人分はあろうかという大量の食糧達に囲まれ、せっせとハンバーグを焼きながらである。
「ちょ、ちょっとお母さんこれ……」
女性四人分の朝ご飯の量じゃないよ、食べないよ朝からハンバーグなんて、どうするのこんなに大量の食べ物、っていうかお母さんこれいつから作ってたの? ……
などなど。どこから言うべきか、レナが慌てている中。
母ウェスタは嬉しそうに言う。
「うふふ、お母さんはりきっちゃった」
はりきりすぎにも程があるんじゃない? とは思ったものの。
いそいそと立ち働く母ウェスタを見ているとレナもそんな事、とても言う気にはなれない。
「しょうがないなあ、お母さんったら」
などと言いながらテーブルを拭いたり、出来上がった食べ物を上に並べたり、はたまた作り途中だったサンドイッチに具を詰めたりなどのお手伝いをした後、
「食べきれない分はお弁当にして持ってくね」
と、できたてのハンバーグや餃子や春巻きやリゾット等、朝ご飯には似つかわしくない八、九割方の食糧を、新たに旅の荷物としてまとめたのだった。
そんなやり取りをしつつ一通り朝食の用意ができた後も、二階にいる客人達は一向に下に下りてくる気配がない。
母ウェスタは二人がこちらに遠慮しているのだと思ったらしく、レナに準備ができた事を言いに行ってきてちょうだい、と頼んできた。
(……たぶん、そういうのじゃないと思うな)
なんとなく察しがついているレナは内心呆れつつも、言われた通りに二階の客室に向かい。そして物音一つしない部屋の前に立って確信した。
やっぱり、二人とも絶対まだ寝てる、と。
昨日部屋に戻る時もまだひそひそしてたから、なんかいやな予感はしたけど。
こんな事なら自分があの時ちゃんと「夜ふかししちゃダメでしょ!」って言いに行くべきだったんだろうか。
まさか旅に出る日の大事な朝に、それも人の家きて寝坊するって。思わないじゃない、普通。
二人とも、いい大人なのに──
(結局何時まで起きてたのかしらね、二人とも。まったく……)
盛大にため息をついた後。
レナは客室のドアをノックしようとして──ふと思いとどまった。
音を立てないようにそっとドアを開け、そっと部屋の中に入り。
レナが入って来た事にも気づかずばっちり寝ている、二人のうち一人に、小さく話しかけてみる。
「メリルさん、朝ですよ」
反応はない。元メリルさんは我関せずとばかりに熟睡中である。
隣のベッドでセリーヌが身じろぎをした。
次いでもう一回、話しかけてみる。
「起きてください。朝ですよ、レナスさん」
今度は起きた。
ちょっぴり時間をおいてから、むっくりと起きあがった現レナスに、
「おはようございます、レナスさん」
と挨拶してみれば。
まだ頭が完全には起きていないらしい彼女は、少々ぼんやりした様子でレナに挨拶を返してくる。
「……おはよう、レナ」
(本当に本当なんだ、こっちの名前)
となんの気なしに思ったところで、レナはくすっと笑いだしてしまった。
こんな確認しっかりとって、しかもそれで今安心してしまった自分がおかしかったのである。
“全然気にしてない”ってあれだけちゃんと割り切ったんだから。一応念のために確認してみただけだから。こんなの気にしてない人間がやる事じゃないし。
そう思おうとしても──
やっぱり、今までの事が全部“嘘”だったわけじゃない。仲良くお喋りしてくれたのだって全部“本当の彼女”だったんだ。だって今度はちゃんと本当の事教えてくれたんだもの。
──と、どう冷静に考えてみても、心の奥が昨日の夜にはなかった安心感でいっぱいになっている事は否定できそうにない。
(セリーヌさんみたいに、大人にはなれそうもないわね)
そんなこんなでレナは、いきなり笑いだした自分の事を不思議そうに見ているレナスに、
「ほら、起きたらちゃんと支度してください。もうとっくに朝ご飯できてるんですから」
と上機嫌で小言を言い。
次いで同じく夜ふかしのすえ朝寝坊した、大人なセリーヌを起こしにかかったのだった。
☆☆☆
大人二人が多少寝過ごしたものの。結局、先に集合場所に来たのはレナ達の方だった。
レナは寝る前にある程度の準備をしておいたし、二人はすでに旅支度なので特に用意するものもない。家を出たのも予定よりほんの少し遅い程度だったのだ。
一方、村長家にいたみんなはというと、家を出るまでにどうやらちょっとしたごたごたがあったらしい。
眉間に皺寄せたマリアが玄関から出てくるなり、
「そんなに嫌ならミラージュと一緒にここに残ってもいいのよ? どうしてもあなたがいないといけないわけでもないし。嫌々ついてこられても足手まといになるだけだわ」
と見てるこっちまで凍りつくような発言をソフィアにしていた事からしてなんとなく察せられる。
どうやらソフィアが昨日余計な事を言ったフェイトに対してまだへそを曲げていたらしいのだが、それが彼女の気に障ったのだろう。
「ごっ、ごめんなさいマリアさん! わたし本当にそんなつもりじゃなかったんです! マリアさんと一緒に旅したいです! 行きたくないなんてそんな!」
それまでの不機嫌さも一瞬で吹っ飛び、必死になって弁解するソフィアと一緒に、
「ほら、ソフィアもこう言ってるしさ。なにもマリアもそこまで言わなくても」
とフェイトもマリアの方をなだめ始め。
三人のやり取りを、少しだけ離れた場所でクリフとミラージュが見守る中。
そんな向こうの様子を見ていたセリーヌはこう呟いた。
「あっちはあっちで面白そうですわね」
ちなみにクロードはその間、村長レジスと餞別を貰う貰わないのやり取りを繰り広げていたのだとか。
結局断り切れずに貰ったらしく、見送りに来た村長レジスに申し訳なさそうに「ありがとうございますレジス様。大切に使わせてもらいます」と言って最後に家から出てきたところで、ようやく全員が揃ったのだった。
「それじゃあ、まずはサルバまで行きますか」
いよいよ出発という向きになったので、セリーヌとレナスの二人が最後にもう一回、見送りに来た母ウェスタに礼を言っている。
「本当にお世話になりました」
「いえいえ、たいしたもてなしもできなくって、ごめんなさいね」
謙遜かどうか分からないのがこの母の恐ろしいところである。
そう言われた二人の両手はどちらも、結局レナ一人では持ちきれなかったお弁当で塞がっているのだ。本気でもてなされたら一体どうなっていた事か、この場にいる全員の手を借りてもなお足りなかったかもしれない。
その横では同じくフェイト達も、村長レジスに世話になった礼を言っていた。
といっても彼らの場合、ミラージュはそのまま村長家に留まるわけだから、むしろそっちの意味合いの方が強いのだろう。ずっとただでお世話になるのも気が引けるらしく、村の中で雑用にでも使ってくださいとミラージュ自ら村長に申し入れていた。
「クロードさんの代わりが務まるかは分かりませんが、私にできる事であれば喜んでお受けいたします」
「これはありがたい。かえってわしの方が面倒をみて貰う事になりそうですな」
一通り話が済んだ後は、いよいよ出発だ。
「じゃ、なんかあった時は頼んだぜミラージュ」
「ええ。皆さんもお気をつけて」
「気をつけて行ってきてね、みんな。レナの事、本当によろしくお願いします」
「だから大丈夫だってば、お母さん」
最後にそんなやり取りをした後。
ミラージュやウェスタ、村長レジスに見送られ、レナ達一行はその場を後にした。
「それじゃあ、行ってきます!」
☆☆☆
今は全員で、サルバへ向かって街道上をぞろぞろ移動中だ。
天候よし、今のところはまだ魔物の出現もなし。
みんなで雑談しながらてくてく歩き続け、手には今日のお弁当まで持っているとなると、“エクスペル中を巡る旅に出た”という気はいまいちしない。ちょっとしたピクニック気分である。
さすがにセリーヌには劣るが、レナも旅は嫌いではない。むしろ好きな方だ。
フェイト達の旅の目的そのものが緊張感皆無なだけに、
(こういう気負わない旅、なんていうのもいいかな)
とさっそく彼らの手助けうんぬん関係なしに、自分もちゃっかりまったり旅を楽しんじゃう事にしたのだった。
「そういえば、バーニィは使わないんですね」
「んー……まあ、急ぐ旅でもねえしなあ」
移動中、なんとなくしたレナの質問に、クリフもなんとなくといった感じで答える。
緊張感に欠けているのは未来から来たみんなにとっても同じなようだ。
「節約できるとこは節約しとかねえとな」
「最初から目的地が決まってたら使ってるけどね」
「とりあえず今日中にサルバに着ければいいかな、って感じだし」
「あっ、バーニィいるんだこの星! いいな~見たいな~、触りたいな~生バーニィ。もっふもふのふっかふかで……」
なんとなく聞いてみただけで、レナも特にバーニィが使いたいわけでもない。
むしろこのピクニック気分を満喫するためにも、徒歩の方がいいとすら思えてきた。
「じゃあ、やっぱり歩きですね」
「それじゃあバーニィは基本急ぐ時だけ、っていう事になるのかな。お金ももったいないし」
笑顔でレナが言うと、次いでクロードがまったりと話をまとめた。
「あら。お金の問題でしたら、わたくし多少は都合できま──」
「歩きましょう」
セリーヌの申し出を遮ってレナスが言う。
「えー。あなた、なにもそんなけちくさい心配しなくても」
「いいから」
やっぱり最後まで言わせる前に制止した。
あきらかに“お金もったいない”ではなく、“絶対乗りたくない”の反応である。
と、やり取りを聞いていたクリフが、親近感たっぷりにレナスに話しかけた。
「おっなんだ、お前も嫌いかバーニィは」
「聞かないで」
「だよなあ。なんでわざわざあんなもん乗って移動せにゃいかんのかさっぱりだぜ。いっそ自分で走った方が早えんじゃねえか、ってぐらい遅えしよ、アレは」
眉をひそめるレナス相手に、同志みっけとばかりにバーニィ批判である。
「クリフさん嫌いなんですか、バーニィ」
「そ、そんな! あんなかわいいもふもふが嫌いなんて……」
がっかりしたように聞くレナとソフィアを見て、クリフはふっと乾いた笑いを浮かべ言った。
「俺があんなのに乗ってんの想像してみろよ」
「まあ笑うよな」
「ミラージュにも見せたいわ」
「あっ、写真撮ります?」
そして気心の知れた仲間達のこの反応である。
「な? だから乗りたくねえんだ」
「え、えーと……、それならしょうがないですね」
気の利いた返事も言えず苦笑いで納得するレナの横で、クリフはどこか遠い目をしつつ、同じく反応に困っているクロードにしみじみと話しかけていたのだった。
「今のうちに乗っとけよ。若いうちだけだぜホント、ああいうのはよ」
そんな風にみんなで話しながら歩き。昼時になった頃には、街道脇でお昼休憩だ。
母ウェスタが作ってくれたお弁当を囲んで、みんなわいわいがやがやと親睦を深めていくその様はまさしく、まごう事無きただのピクニックである。
お喋り楽しいなあ。お弁当おいしいなあ。平和だなあ。……なんてのん気に思っていると。
おいしそうな匂いにつられたのか、本日初めての魔物が数匹、レナ達の前に現れたではないか。
「あ、魔物だ」
「ご飯食べてる時に出なくてもいいのに」
その時のレナ達の反応はこんなものだ。
誰一人として、悲鳴はおろか驚きすらしない。気にせず普通に食べ続ける奴までいるのだから大したものである。
そんな様子を見て、レナも「自分達も含めてシロウトは一人もいない」と昨日クリフがそう言った事は、どうやら嘘じゃなさそうと気づき始めた。
さらにはさっそくクリフが立ち上がり、
「ここは俺らに任せときな。こっちもちゃんと戦えるトコ見せとかねえと、そっちも安心できねえだろ?」
と立ち上がりかけたレナやクロード、セリーヌに言うが早いかファイティングポーズをとり、魔物に向かっていったのだ。
次の瞬間にはもう、一番近くにいた魔物がクリフに殴り飛ばされていた。
拳ひとつで魔物をこうまで勢いよく吹き飛ばせるのだ。彼が本当に口先だけではない実力者な事は一目で分かる。
「クリフさんすごい……」
「……ああ。なんか十賢者も倒せそうだな、彼なら」
「玄人にも程がありますわ。あなた達も実はただ者じゃありませんわね」
レナ達が予想以上の強さに驚いていると、フェイトが慌てたように弁解し始めた。
「いや、全然そんなことないですよ? あいつただ馬鹿力星人なだけで。英雄のみんなが驚くような事なんてもう、なんにも……」
「おいこら、お前はこっち側だろ。なに普通に飯食ってんだよ」
「えー。こんなのお前一人で十分だろ? なにも僕まで戦わなくっても」
平然とチャーハン食べながらクリフに言い返しているところを見るに、フェイトも大分こういう事には慣れているらしい。
結局ある程度戦えるところをレナ達に見せておかないと、というクリフの言い分に納得したのか、
「仕方ないな」
とキリのいいところまで食べたチャーハンを置いてどっこいしょと立ち上がり、腰に下げていた剣を鞘から抜いて魔物に向かっていった。
剣技のすごさはレナにはよく分からないけど、軽いフットワークを用いつつなんなく魔物の攻撃をかわしているフェイトからは、余裕という雰囲気しか感じられない。
こっちもクリフと同じく、戦闘にはだいぶ慣れているようだ。
「へえ、けっこう見た事ない動きがあるな。未来の剣技ってあんな感じなんだ?」
「さあね、我流じゃない? 遊びで覚えたんでしょ、剣の使い方」
とクロードに答えるマリアはやっぱり普通に食事中だ。
こっちは先ほどのフェイトのように「お前も戦え」と言われないのは、彼女が女性だからという事ではない。
マリアはこれでも一応ちゃんと戦っている。ご飯食べつつ会話しつつも、たまーに銃で援護射撃を繰り出しているのだ。
わりかし至近距離とはいえ、敵味方入り乱れるような状況で迷いなく銃を撃ち、しかもその狙いは常に正確。しかもご飯食べながら。どう考えてもこっちもただ者ではない。
「みんな本当に強いのね。びっくりしちゃった」
「そう……だよね。みんなとっても強いから、わたしなんかどうしていいかよくわからなくて」
レナにそう言うソフィアは、一応は戸惑いつつも、マリアの隣でもぐもぐ食事中である。
猫のストラップがつけてある彼女の杖は、彼女のすぐ脇に置かれていて、持ち主がそれを使おうという気配は全くない。
「確かソフィアは紋章術師なんでしたわね」
セリーヌが聞くと、ソフィアは恥ずかしそうに答えた。
「あ、はいそうです。でも使えるってだけで……。わたしこういうの、あまり慣れてないんです。運動神経もよくないし、わたしがヘタに動くとみんなの邪魔になっちゃうんじゃないかって」
「否定はしないわね。今のところ手も足りてるし、おとなしく座っていてくれた方がよっぽど楽だわ」
「やっぱり……、そうなんですよね」
マリアとのやり取りを見るに、他三人と違ってソフィアだけはそんなに強くないらしい。紋章術が使えるという事で、完全にシロウトというわけではないが。
いずれにせよその戦闘スタイルも含め、戦闘になった場合は誰かが彼女の事を守ってあげる必要があるのだろう。
「その代わり、クロスを過ぎたらあなたにも動いてもらうわよ。あなただって戦えないわけじゃないんだから」
「大丈夫よソフィア。クロードもセリーヌさんもとっても強いから」
「うん、分かってる。だってあの英雄の人達なんだもん。弱いわけないよね」
レナが安心させるために言った事を、ソフィアはなんだか複雑そうな表情でご飯を食べつつ反芻した。
足手まといになるのは嫌なのかな、と思いきや
「あっ、このグラタンおいしい」
と、今度は一瞬でほくほく笑顔になった。
どうやら彼女の場合、足手まとい扱いは嫌な事は嫌なのだが、周りのレベルが違いすぎてすでに諦めモードになっているらしい。
呆れるマリアに、えへへと笑顔でこんな事を言いだした。
「戦闘以外で頑張りますね、わたし。料理とか」
「……勝手にすれば?」
「はいっ、頑張ります! ──レナスさんも一緒に頑張りましょうね!」
元気よく返事したソフィアは、戦っている人達の様子を見ながら黙々とご飯を食べていたレナスにも元気よく話しかけた。
英雄やらなにやらでとにかく場慣れしすぎている他の仲間達の中、戦わず見ているだけの“ただのお嬢様”はソフィア的にめちゃくちゃ親近感が湧くらしい。
一方いきなり話しかけられたレナスの方はというと、反応するまでに少し時間がかかった。
いきなり頑張ろうねと言われても、といった様子で返事に困るレナスを見て、ソフィアが察したように気まずげに謝り、他の女子達が優しい言葉を次々にかける。
「あっ、ごめんなさいなんでもないです」
「気にしなくてもいいわよ。あなたの事はそれこそ戦力として見てないし?」
「そうそう、あなたの場合は自分の身の回りの事を頑張れば大丈夫ですわ」
「大丈夫ですよレナスさん。料理はわたしがやりますから」
「……ありがとうみんな。足手まといにならないよう頑張るわ。色々と」
複雑そうな表情でレナスが答えたところで、魔物を全部倒し終わったらしい。
クリフとフェイトが戻って来て会話に加わった。
「俺としちゃ、お前も普通に戦ってくれてもいいんだけどな。昨日は自分もある程度は戦えるって言ってなかったか?」
「またそういう事を言う。……すみませんレナスさん。こいつの言う事は本当に気にしなくていいですから。魔物は基本僕達でなんとかするんで、あなたは自分の身を守る事だけ考えてくださいね」
「ええ、悪いけどそうさせてもらうわ」
クリフの言葉をさらりと受け流し、レナスはフェイトに答える。
クリフが首をすくめる中、何か思い出したクロードがごそごそと道具袋を漁り、
「そうだ……レナスさんこれ、今のうちに渡しときます」
と鞘に収められたひと振りの剣をレナスに渡した。
得意武器は剣だと言う彼女のために、先の冒険で手に入れた剣を引っぱりだして持ってきたのだとか。
レナにもどこか見覚えのある剣なので、もしかしたら武具大会の時に使っていたやつかもしれない。
「一応手入れだけはしてありますけど、こんなので大丈夫ですかね」
「ええ。ありがとうクロード、助かるわ。ずっと武器がないままなのは心もとなかったから」
クロードに確認するよう促され、渡された剣を鞘から少しだけ出し、刀身を一瞥してから、レナスはまた剣を収めて礼を言った。
剣を身に着けるためのベルトも渡しつつ、意外そうにレナスを見てクロードが言う。
「本当にこういう剣なんですね、レナスさんが得意なのって」
「わかるの?」
「いや、もたついた感じがないっていうか、なんか普通に慣れた感じで持ってるからそうなんじゃないかと。なんとなく思っただけです」
「そういえばそうだな。レナスさん、本当に重くないんですかそれ」
これまた同じタイプの剣を使うフェイトにも意外そうに聞かれ、レナスはしばし考えてからこう答えた。
「……。確かに、重さはそれなりにあるわね。けど、魔物を相手に身を守るなら、細身の剣よりこういうものの方が確かだと思うわ」
「ほう。だからいっちょまえに剣を扱えるよう、お嬢様なりに頑張ってお勉強なさったとおっしゃるわけだ」
つっかかるようなクリフの物言いにも、
「ええ、まあそうね」
と答えた後、レナスは改めてみんなにも言う。
「そんなわけだから、私の事を他のみんなと同じように、戦力として考えるのはやめてくれるかしら。悪いけど、自分の身を守るだけで精一杯なのよ」
元よりお嬢様の彼女に、足手まといにならないよう旅についていける以上の事は、クリフ以外誰も期待していない。
みんなそれなりに剣の扱いは大丈夫そうでよかったと安心したようにレナスに同意し、魔物のせいで中断していた楽しいお食事会を再開したのだった。
☆☆☆
その後は特に魔物と出会う事もなく、てくてくと歩き続けた一行は、日の高いうちにサルバに到着する事ができた。
サルバに着いた一行はさっそく町長の息子アレンに会って、町の近況などを教えてもらったのだが。予想通り「ソーサリーグローブの影響で魔物が凶暴化したまま」という事以外で、最近変わった事は特にないらしい。
それもそのはずですれ違う町の人達も、誰もかれもレナ達がアーリアに戻る時に見たのと同じように、至って普通に日常生活を送っていたのだ。
まあそうだろうなと思いつつアレンに礼を言って町長の屋敷を後にし。
その後町で情報収集してみても、聞ける話はやはりどこでも大体同じようなものばかり。
“宇宙マジヤバい”原因になりそうな気になる話は全くなかった。
一泊した後、一行は当初の予定通りクロスに移動する事にした。
最初は歩きでクロスまで行くつもりだったのだが。どこからか話を聞きつけたアレンが「ちょうどクロスまでの荷馬車があるから、それについでに乗っていけばいい」と申し出てくれたので、レナ達もありがたくその言葉に甘えさせてもらった。
ところがどっこい荷物のついでに乗せてくれるという話だったのに、馬車にいざ乗ってみると、その中はレナ達全員が広々と乗れるスペースが空いていて、肝心の積み荷は数えるぐらいしかない。
きっと荷物の方は理由付けで、本当はレナ達のためにわざわざ馬車を用意してくれたのだろう。
「ほんとうに優しくていいひとね、アレンって」
笑顔で言うレナに、クロードはどこかいたたまれない様子で後方のサルバを振り返りつつ、「うん、そうだね」と同意したのだった。
馬車でクロスに着いた後、一行は部屋の予約をしに先に宿に行った。
ついこないだ来たばっかりなのにまた来たので、おばさんはレナが母ウェスタと喧嘩したと勘違いしたようだ。諭されるように説教されて、誤解を解くのに一苦労した。
こういう辺り、おばさんも母ウェスタと一緒に育った事は間違いない。
それはともかく、なんとか部屋の予約を済ませた一行はまた外にでかける事にした。
アレンのおかげで当初の予定以上に早くクロスに着く事ができたのだ。そこまで急ぐ旅ではないとはいえ、せっかく空いた時間は有意義に使わせてもらうべきだろう。
クロードとレナは王様に会いにクロス城に、残りの人達は情報収集などをしに街にでかけた。
ちなみにセリーヌはクロス城には近寄りにくいそうだ。それもそうかと思う。
というか実はレナも行きづらい。王様にはたぶんバレてないとはいえ、自分も大事な式をめちゃくちゃにしたわけだし。
☆☆☆
城に着いたレナとクロードは王様への謁見許可を得るため、まっすぐに受付へと向かった。
受付の人はレナ達の事を覚えていたらしく、すぐに許可をだしてくれた。
いきなりやって来た二人にすぐに会ってくれるくらい、クロスの王様は心の広いお方なのだ。決してヒマなわけではない。
少々時間をおいて、さっそく謁見の間に通されたレナとクロードは、王様に深々と頭を垂れた。
心が広かろうがなんだろうが、王様は王様である。まかり間違っても失礼のないようにしなければならないのだ。
こういう礼儀作法は先進惑星育ちのクロードよりも、レナの方が断然詳しい。
王様と会話をするのも自然とレナの役目になる。クロードはあまりぼろが出ないよう、横でじっとおとなしくしているだけだ。
王様に近況を聞いてみた結果、返って来た言葉は大体アレンと同じだった。
サルバもクロスも異常なし。これでレナ達が二手に別れて旅する事が、改めて確定したわけだ。
「……そうなんですか。わかりました。王様、詳しくありがとうございます」
そう答えるレナの心は、何もなくて残念という気持ちでは占められていない。
この冒険がまだ続く事へのうきうき気分が大半だ。
頭ではフェイト達に悪いとわかってはいるのだが……それでも旅が楽しみという気持ちに、嘘はつけそうにない。
(わたしも、セリーヌさんの事はあまり偉そうに言えないな)
ともかく大事な話は聞き終えた事だし、これ以上長居すると何か余計な事まで王様に話す事になりかねない。
すぐにも謁見の間を立ち去るべくお辞儀をしようとしたら、王様が咳払いをしてレナに質問した。
たった今危惧した通りの、レナが一番聞かれたくなかった事である。
「ところで──。レナ達の仲間の、セリーヌじゃったか。あの娘は元気でやっているのか?」
クロードは無言でレナを見た。王様もレナを見ている。
どっからどうみたって、これはレナが返事をしなくてはいけない状況ではないか。
正直に答えるとすれば、ずばりこんな感じになるだろうが──
はい、とても元気でやっています。つい二、三日前にクロスにいましたよ。
まあ今日も来てるんですけどね。その辺ぶらぶら歩いてるんじゃないですか?
(絶対に、言えない)
冷や汗をたらしつつ、レナは王様にあいまいな返事をした。
「は、はい。その……まあ、元気、だと思います」
クロードはなおも無言で、心配そうにレナを見ている。
王様の視線がとても痛い。なぜ自分がこんな気まずい思いをしなくてはならないのかと、レナの心は現在この場にいないセリーヌへの恨み言で溢れんばかりである。
王様はしばらくそんなレナを見た後、なぜかふっと笑って言った。
「そうか、元気か。それならよい。引きとめて悪かったな、もう行ってよいぞ」
「は、はい」
(よかった、なんとかやり過ごせたようね……)
安心しきったレナはお辞儀をして、不自然にならないようになるべく早くその場を立ち去ろうとした。
クロードもお辞儀をして、レナの後をついていく。
と、レナの背中に、王様の響くような声が届いた。
「そうじゃ、言い忘れておった」
はいと答えて振り向いたレナに、王様はこんな事を言ったのだった。
「もしセリーヌに会うことがあったら、おぬし達から言っておいてくれんか。あれももういい歳だからな、息子とのことでわしがとやかく言うつもりはない。──わざわざ街でこそこそする必要などない、とな」
補足説明。
・今さらですがセリーヌさん関連のあれこれは、原作とちょっと設定変えてます。
あのまんまだと二度とクロス歩けなさそう(ラクールも?)という事で、
この話中では、“襲撃者”の正体は世間的には謎という事になりました。
・この作品中で、バーニィの移動速度は
エッジさんのフッデヨを基準に考え、
足の速い人が全速力で走るよりちょっと遅い程度で設定しています。
かなりてきとうです。25 km/h くらい?
・それとエクスペルの地理関係もかなりてきとうです。
大体の位置関係だけは原作の世界地図通りですが、完全に忠実というわけではありません。
例えばアーリア~クロスに比べ、クロス~マーズの距離が結構短くなっちゃってたりします。
ぶっちゃけシナリオ上の都合(序盤長すぎ!)です。
今後もこういった作者都合による設定変更が出てくると思いますが、
まあ忠実にしすぎてぐだるよりはましかな、ということで
ゆるい感じで見守って頂けるとありがたいです。