レナが謁見の間ですっかり縮こまるよりずっと前。レナとクロードを除いた旅の一行は、セリーヌに連れられクロスの城下街を物珍しそうに歩いていた。
活気のある街の様子を見ながら、フェイトが呟く。
「文明レベルの割には結構栄えているんだな……」
「なんですの、みんなして。そんな顔してぞろぞろ歩いていたら、集団でやって来たおのぼりさんにしか見えないじゃありませんの」
やれやれと首を振ってから、セリーヌは足を止めて振りかえり、そんなおのぼりさん達に釘を刺す。
「気をつけてくださいませね? これからあなた達が向かう所は、みんなこのクロスみたいに治安がいい所ばかりじゃありませんのよ」
「おう、そんな気にすんなって。大丈夫、揉め事なら慣れてるからな」
「揉めたらだめなんですよ、クリフさん。わたし達、目立たないようにしないといけないんですから。……あーっ! フェイト、見てあそこ! ねこだよ、本物のねこ! ホログラムじゃないよ! すっごくかわいい!」
「声がでかい!! ちゃんと聞いてますの!? 人の忠告!」
さらにでかい声でセリーヌが叱る。根が一般人なソフィアは一瞬でしおれた。
マリアがフォローだかなんだかよくわからない事を言う。
「許してあげて頂戴。あの子、悪気があってやってるワケじゃないのよ。ただちょっと、おバカさんなだけで」
「マリアさん……」
「それならしょうがありませんわね」
マリアの言葉がよほど嬉しかったのか、それともキツかったのか。目を潤ませるソフィアをよそに、セリーヌもしっかりと納得した。
が、そうなるとそれはそれで、また新たな問題が浮上してくるわけだ。
つまり、こういう事である。
(私は明日から、おバカさんと一緒に旅するのかしら)
思わず目の前の背けたい事実から視線をそらすと。
代わりに別の人物がセリーヌの視界に入ってきた。
「レナス?」
先程から声が聞こえないと思ったら、レナスはずっと押し黙ったまま、ある建物を見ていたのだ。
もちろんセリーヌもよく知っている建物だ。
けれどレナスがこんなにも一生懸命見ていなかったら、きっとそのままその建物の前を素通りしていたに違いなかった。
どうせ自分には縁のない建物なのだから、そんなものは見るだけ損なのだ。
元から憧れなんてろくに抱いてなかったくせして、いよいよそう割り切ってみると、なんだか自分がやけになっているみたいに思えて気に入らない。
「教会がどうかしまして?」
なおも見続けるレナスが気になって、ついに声をかけた。
ただ一心に見てはいるが彼女のまなざしは、一般的な年頃の女性がこの建物を見た際に抱くような、焦がれた熱は持っていない。
それを裏付けるかのように、レナスの回答は乙女思考からまるっきりかけ離れたものだった。
「この世界の宗教は、どうなっているのかしら」
宗教って、あの宗教の事?
いきなり変な事を言い出すレナスに、セリーヌが首をかしげていると。
話を聞いていたフェイト達が、興味深そうに話題に入ってきた。
「ああ、それは僕も気になりますね。やっぱりエリクールみたいに多神教なのかな」
「一神教じゃないの?」
「アールディオンのように、星そのものが御神体となっている可能性もあるわね」
「そりゃあお前、神って言ったらトライア神だろうが」
不思議な事に、彼らはそろってエクスペルの宗教に興味を示しているではないか。
信仰とはまるで正反対の所にいそうなクリフさえも、進んで会話に加わっている。
あまりのミスマッチさにセリーヌが笑いをこらえていると。それに気づいたフェイトが慌てて弁解をしだした。
「や、これは違うんですよ。単なる知的好奇心であって、決して……」
「おう、意外だろ? こう見えても俺は信心深いんだ。町に着いてまず最初に立ち寄るのが教会、ってくらいだからな」
「……物はいいようだな」
言い合いを始めた男二人を、マリアがあえて無視してセリーヌに言う。
「よければエクスペルで信仰されている神様について教えてくれない? これから先、目立たないように行動するために必要なの」
「教えるのは構いませんけど、別に知らなくったって何にも困りませんわよ? エクスペルの人達は、あまり宗教にはこだわっていませんもの」
そう、エクスペルの人達は一部を除いて、全然信心深くないのである。
さすがに王族の方々とかまでいくと話は別だが、教会だって祈りをささげる場ではなく、主にカップルが式を挙げる場として捉えられているのだ。
他には人生において、なにかしらの一大イベントの前に景気づけに拝みに行き、ちょっとした失敗をしでかした際には気分を改めるため懺悔しに行く、などなど。どうせいるはずもない神様に心の底から縋っている人など、少なくともセリーヌの周りには一人もいない。
エクスペルに住む一般の人々にとって、“宗教”とはとにかく気楽な存在なのだ。
神様の名前なんか知らなくったって、人に怪しまれる事はない。
セリーヌがそう説明しても、それでも構わないとマリアは言う。最初に言い出したレナス含め、他のみんなもすっかり聞く準備が整っているようだ。
こんなどうでもいい事をそこまで知りたがるみんなの事が気になりつつも、セリーヌは自分の知っている限りの知識をみんなに披露した。
「……と、まあだいたいこんなところですわね。わかりまして?」
「うーんまあ、だいたいはね。……思ったよりも“あちら”との関係性は薄いわね。そこら中に痕跡を残している、ってわけでもないのかしら」
説明を終えて一番に、マリアがよく分からない事を呟いた。
なんの話をしているのかしら? といった疑問が思いきり顔に出ていたらしい。口に出して聞く前にマリアが「いえ、こっちの話よ」と軽く流し、逆にセリーヌに聞いてきた。
「それよりセリーヌ。あなたエクスペルじゃ宗教はどうでもいい存在だ、って言う割には、やけに宗教に詳しいのね」
聞かれたので、胸を張ってどうどうと答える。
「そりゃあ、ワタクシはこれでも名の知れた紋章術師ですからね。当然の教養ですわ! 神様に嫌われでもしたら、商売あがったりですもの」
「……そういうものなの?」
聞き返すレナスにも、セリーヌはどうどうと言い切った。
「そういうものですわ!」
実際セリーヌの中では宗教なんて、その程度の扱いでしかない。
それでも知識として学んでいる分だけ、セリーヌは他のエクスペルの人達よりも信仰心が深いという事になっているのだ。その辺はセリーヌも常々不思議に思っている。
自分は教えをびりびりに破り捨てるような事を、よりにもよって教会の中でやったというのに、お空からのお咎めらしきものは一切なし。
一流の紋章術師兼トレジャーハンターとして神様の祝福を受けつつ、今も現役バリバリで活動できている事を考えると──
やっぱり神様なんていないのだと、改めてそう思わざるを得ない。
なにか思うところがあるらしく、セリーヌの堂々とした言葉にレナスがつと黙り込む中。
マリアが実にてきとーに締めくくった。
「まあ、神様に依存しない、っていう事だと思えばいいんじゃない?」
てきとーなのだが、どこかしら説得力がある。
確かに、マリアが神様に依存している姿はさっぱり思い浮かばない。
「もういいかしら? こんな所でくっちゃべっててもなんにもなりませんわ。情報は向こうからやってきませんのよ。できれば買い物もしておきたいですし」
「そうね。詳しく教えてくれてありがとう、セリーヌ」
一通り説明は終えたのだし、セリーヌもこんなどうでもいい話を、これ以上長々と続ける気はない。さっそく急かすと、マリアの同意を皮切りに、フェイト達が教会の前から離れるように再び歩きだした。
にもかかわらず、レナスはまだ動かない。考え事で頭がいっぱいのようだ。
見かねたセリーヌはレナスに声をかけた。
「ほら、このまま置いていきますわよ」
レナスもすぐに気づき、後をゆっくりと追いかけた。
みんなの後ろを歩いていたセリーヌに追いつくと、
「さっきの話……」
となにやら考えつつ話しかけてくる。
耳を傾けると、レナスは驚きの発言を繰り出した。
「セリーヌは、神を信じていないの?」
本気の問いである。
一瞬思考停止した後、セリーヌはうんざりしながら答えた。
「もう、……なんなんですの? あなたがそんなに信心深いなんて、思いもしませんでしたわ」
さっきからずっと、大真面目に一体何を考えているのかと思えばそんな事だったとは。
(不信心な私をどうやって改心させたらいいのか、ですって……)
本当にこんなバカみたいな質問、こんな真剣な顔で彼女が聞いてくるなんて思いもしなかった。多少抜けたところはあれど、世間知らずなお嬢様の割には自分の意見をしっかり持てているタイプの人間だと思っていたのに。
この数日間で彼女の事をすっかり気の合う話仲間だと思っていたのに、こんなところで考え方の違いが出るとは。どこかしらがっかりに思ってから、そういえばこの子は素性隠したくなるほどのお嬢様なんだった、と思い出す。
そういう環境で育ったのなら、それこそ宗教については厳しく教え込まれているのだろう。
神様なんてどうでもいいというセリーヌの態度が、信じられないのも無理はないのかもしれない。
そんな事を思いつつも、すっかり面倒になったセリーヌは早々に折れる事にした。
その手の人間と、まともにやりあっても疲れるだけだからだ。
「しょうがないですわね」
息を吐いてから、大げさに身振り手振りしつつ、これみよがしにレナスの方を向いて懺悔する。
「おお神様! あなたを侮辱したわたくしを、どうかお許しくださいませ! ──これで満足かしら?」
そんなセリーヌのわざとらしい祈りに、レナスは若干嫌そうな顔をしつつ片手で払いのける仕草をし、
「いえ、そういう事ではなく」
と言うと、もう一度同じような質問をセリーヌにした。
「エクスペルには神はいないのか、って聞きたかったの」
「だから、さっきあんなに長々と説明したでしょう? わたくしの知っている限り、エクスペルの神様はあれで全部ですわ。……わたくしの話、ちゃんと聞いてましたわよね?」
セリーヌがじっと睨んで聞き返すが、レナスはそれには答えない。「そういう神じゃなくて」とかなんとか、ひたすら繰り返すばかりだ。
仕方ないので、黙って話を聞いてあげる。
聞いているうちに、セリーヌにもレナスの言いたいことがやっと分かってきた。
──どうりで、分かるまで時間がかかるはずだ。
レナスは神様を“信仰の対象”としてではなく、“本当に存在する者”としてみていたのだから。
「あなたまさか、神様が本当にいると信じているんですの?」
気づくと同時に、セリーヌはぷっと吹き出した。大笑いである。
「子供だってすぐに嘘だ、って気づきますわよ、普通! さしものレナだって、『光の勇者様』は信じていても、さすがに神様までは本気で信じていないっていうのに?」
心の中にどうこうとかいう抽象的な話ならともかく、目に見える形で、神様が目の前にふらーっと現れるわけがないではないか。
そんなもん本気で信じているなんて。大人になってもまだサンタクロースを信じている人間のようなものである。なんという希少な純朴さであろう。
そんな風にセリーヌに大ウケされたレナスの方はというと。
意外や意外、少しも怒っていない。
どころか思いきり指差して笑うセリーヌの方を見て、
「やっぱり、そうなのね」
と大真面目に納得すらしているのだ。
セリーヌもぴたりと笑いを止め、レナスの反応の意味するところを考えた。
「もしかして──。レナスの世界には、いますの?」
思いついた考えを驚きつつ口にしてみると、レナスは頷いて言う。
セリーヌの予想は当たったのだ。
「私の世界で、神の存在を疑う人間はいないわ」
レナスの世界では、本当に人に“神様”と呼ばれている存在がいるらしい。
セリーヌには信じがたい事だが、その世界ではみんな、レナスのようにそう信じているのだろう。
“神様”は信仰心うんぬん関係なく、そのまんま目に見える形で、人の前に現れるものなのだと。
少なくともレナスが嘘を言っているようには見えない。
セリーヌはすっかり感心すると、さっき笑ってしまった事をレナスに素直に謝った。幸い、レナスはその事は全く気にしていなかったようだ。
続けてレナスに聞く。
「で、その“神様”は、ちゃんとした神様ですの?」
神様を名乗る不届き者なんていくらでもいる。
あの十賢者だって、自ら自分達の事を“神の十賢者”と名乗っていたのだ。レナスの世界の人達は揃いも揃って、そういう悪いやつらに騙されているだけではないのか。
「ちゃんとしているかどうかは……それは……、私にはわからないけど……」
セリーヌの遠慮ない質問に、レナスは動揺しつつ、言葉を濁して答える。
元はといえば自分から始めた話のくせに、どうにもレナスははっきりしない。
レナスの反応から察するに、その“神様”はいい神様なんだか悪い神様なんだか、なんとも言えないところにあるらしい。
なんかこう──
頑張ってはいるんだけど、いまいちちょっと……みたいな? もうちょっと頑張りましょうみたいな。
そういう神様なんだろう、これだけ言いづらそうにしているという事は、きっと。
そうさっさと決めつけて、セリーヌはなおも真剣に考え込むレナスに言い放った。
「まあ別にどうでもいいですわね、そんな事」
セリーヌはやっぱり神様を信じてはいないのだ。
話の流れで聞いただけであって、よその神様に本気で興味があるわけではなかった。
かといって、この場でよく知りもしない、よその神様をぼろぼろに貶すほど神様嫌いでもない。
「とにかく! ここはエクスペルなんですからね、神様なんていないんですのよ?」
と無理やり話を打ち切り、レナスに念を押すように言う。
「さっきみたいに真顔であんな事、人に聞かないようにしてくださいませね! ごまかすの大変なんですのよ? ……まったく、だれもひとの言う事聞きゃあしないんですから……」
自分の信じているはずの神様の存在をさんざんに否定されたのに、レナスは嫌な顔ひとつせずセリーヌの小言を聞いている。
実在するから信じているだけで、きっとレナスもその“神様”を心から信仰しているわけではないのだろう。
“神様のいないこの世界”は、レナスにとって侮蔑の対象ではなく。
自分の知らない、観念の全く異なる世界として──純粋に興味の対象として映っている事は、彼女と知り合ったばかりのセリーヌにも簡単にみてとる事ができる。
なにより知らなかった事に対してそういう好奇心を抱くのは、セリーヌ自身もしばしば経験している事なのだ。
それを証明するかのように、レナスはセリーヌに興味深げに問いかける。
「エクスペルにもしも神がいたら、セリーヌは助けを求める?」
セリーヌの脳裏にはクロスの教会が浮かんだ。
もしも神様がいるとしたら。
あの大きな教会にも、神様はいるのだろうか。神様は天井から人々の行ないを見守っていて、ひとりひとりに祝福を授けて……
考えながら、セリーヌはマリアに輪をかけて、てきとーな事を口走った。
「神様に泣きつく時間があったら、自分でなんとかしますわ。そっちの方が早くて確実ですもの。少なくともこのエクスペルでは、ね」
☆★☆
「あら、おかえり二人とも。早かったですわね」
宿に戻り部屋のドアを開けてそうそう、平然とふたりを出迎えるセリーヌを見て、レナは無性に腹がたった。
(こっちは心臓が止まるかと思ったのに……なんてのん気な……)
むうと睨みつつ、王様の言葉を今すぐにでも伝えなければと心中息巻くレナをよそに、セリーヌは至って普通な様子でレナ達を見て言う。
「その様子じゃ特に収穫はなさそうですわね。こっちもものの見事になんにもありませんでしたわ」
(一体なんの話をしてるのよ、セリーヌさんは)
セリーヌさんの将来に関わる大切な話なのよ! 今はそんなどうでもいいこと話している場合じゃないでしょうが! とハッスルしかかるレナだったが。
「そうなんですか。その割には、……なんだか賑やかだね?」
クロードの言う通りさっきからこの部屋、やたら騒がしいのだ。これではとても落ち着いた話などできそうにない。
騒ぎの原因、つまりは部屋の真ん中を、レナはきっとなって見やった。
「すみません、本当に……」
ソフィアが壁に向かって平謝りしている奥で、フェイトがなにやらクリフに怒っている。
どうやらお金の話をしているらしい。
「いや、ほらな? 旅に出るとか言い出した奴らが人に払わせてばっかりっつうのは、まあなんつうかさすがにまずいんではないかと思ったもんだからな?」
「嘘つけ! お前あの時絶対笑ってただろ! ここで未来の金出したらウケるんじゃね? ……ぐらいにしか考えてなかっただろ!」
「ほれフェイト、あまりでけえ声出すとお隣さんにも聞こえちまうだろうが」
「なっ、……分かったよ。だけどお前なあ、こういう事は本当に……」
「そうそう。お隣さんは朝帰りで疲れてる気難しい客、って話だからな。静かにしねえと」
「隣の部屋の話はどうでもいいんだよっ!」
フェイトが再びクリフを怒鳴りつけたタイミングで、隣の部屋からドンと壁を叩く音が聞こえ、ソフィアがひいと縮こまった。
そういえば部屋をとる時おばさんに、今回は隣の部屋にも客がいると言われていたな、とレナも思い出す。なんでも探し物だか探し人だかなんかで長期滞在予定中の二人組なんだそうだ。
とまあそんな事はおいといて。
レナが「もしかしたら」と思った通り、未来人のフェイト達はやはり“ちゃんと使える”お金を持っていなかったようだ。
今日も道具屋やらなにやらに寄った際は、セリーヌが当たり前のように、その都度代金を支払っていたのだとか。
そんな折、この間のおみやげが好評だったからという事で、最後おまけに立ち寄ったケーキ屋でクリフがやらかしたらしい。
フェイトいわく、クリフがにやけながら自分の懐から“お金”を取り出しかけ。
そのお札の柄がちらっと見えたか見えないかぐらいで、フェイトが血相変えて、お札をクリフからひったくって怒鳴ったらしい。
「お前っ、よりにもよって……“これ”はダメだろう!?」
「んあ? ──って……おお。そういやそうだったな。すまん忘れてた」
自分が取り出そうとしたお札を突きつけられたクリフも、あっさり非を認めて謝ったらしい。つまりはよっぽどヤバい代物だったらしい。
一瞬だけちらっとそのお札が見えちゃったセリーヌいわく、中央になんか厳めしい感じのおじさんの絵が描いてあったりしたお札だったらしい。
そんな感じの事をかいつまんでレナ達に説明した後、セリーヌはフェイト達の様子を眺めつつ言った。
「出したらダメなおじさんだったんでしょうね、きっと」
気がつけば、騒がしくてすみませんなんて謝っていたソフィアが、なぜか指をくわえてフェイトをうらめしそうに見ている。
「いいなー、フェイトばっかり。ずるいなー」
「おいばかやめろソフィア」
「むっ、何よその言い方! わたしばかじゃないもん、フェイトのばか! 大体、フェイトが余計な事言うから……」
「あーもう悪かった! それは僕が悪かったから! なあソフィア、いい加減機嫌直してくれてもいいだろ?」
「むー……。じゃあ、サイン貰ってきたら許してあげる」
ソフィアの直球すぎる要求に、フェイトがごくりと息をのんだ。
様子を見ていたセリーヌが言う。
「わたくし達も知ってるおじさんみたいですわね」
「うん、なんかそうっぽいですね」
クロードも同意する中、レナはひっそりと決意した。
仮にこの先、フェイトがいきなり自分の知ってる誰かに「サイン下さい」とか言い出しても気づかないフリしよう、と。
そんな感じにフェイト達がごちゃごちゃやってるよりさらに部屋の奥の方を見て、クロードがびっくりしたように声をかけた。
「あれ? いたんだマリア。それにレナスさんも」
「ずいぶんな言い方ね」
「いやあ、なんか静かだったからつい」
「一緒になって騒ぐわけないでしょ、馬鹿馬鹿しい」
ヒマそうにベッドに腰かけ、さらりと毒を吐くマリア。
騒ぎに参加していないもう一人のレナスはというと。クロードの声かけにも答えず、すみっこの椅子に座り、窓の外を考え深げに見ている。
右手にはフォークが添えられ、テーブルの上にあるケーキはまだ半分くらい残ったままだ。
彼女の浮世離れした美貌も相まって、その周辺だけは絵画のような別世界。
周りのぎゃんぎゃん騒がしい有り様をものともせずひたすら優雅にケーキ食べてるとさえ思わなければ、まさしくお嬢様のひと時、って感じである。違和感しかないはずなのに、なぜか全然自然な感じで見れるのだから大したものだ。
美人補正ってすごいなあ、などと思いながらレナがレナスを見ていると。
マリアが別のテーブルの真ん中に置いてある箱を指して言った。
「あなた達の分、まだそこにあるわよ」
どうやら他のみんなはすでに食べたらしい。
クロードが首をかしげて言った。
「レナスさん、いつからケーキ食べてるんですかね?」
「さあ? 一時間くらいは経つんじゃない?」
「味わってるんですかね、ケーキ」
「うわの空なだけでしょ」
また騒がしくなってきたフェイト達にも、隣の部屋の壁ドンにも、自分の事を話しているクロード達の会話にも一切反応を示さないところを見るに、レナもマリアの予想が正しいんじゃないかと思う。
と、ぴたっと動きを止めていたレナスの手が動いた。
目線を下に落とし、ケーキを一口だけ頂いている。
周りの騒がしさは忘れていても、ケーキの存在は忘れていないらしい。器用なうわの空具合である。
一口分のケーキを味わった後、レナスはまた窓の外の景色に目を移す。
そんな一部始終を見ていたレナは、セリーヌに聞いた。
「なにかあったんですか、レナスさん」
気のせいだろうか。一瞬、彼女の口元がわずかに緩んだ気がしたのだ。
なんとなしに聞いたレナに向かって、セリーヌは「あったというか、まあ……そうですわね」と考えつつ、さっぱりわけのわからない事を言ったのだった。
「神様のいない世界が、よっぽど珍しいんじゃないかしらね」