その後の人生の過ごしかた ~ またしても非日常の始まりへ
──宇宙暦772年。地球……近くのどこか保養惑星にて。
「ねえフェイト、ごはんだってば。ねえ、いつまで寝て……起きろー!」
朝遅くまで寝ていたフェイトは、今日も今日とてソフィアに叩き起こされた。
仕方なしにベッドから身を起こし、起こされた文句をぶつくさ言う。
「別にいいだろ? 早く起きたって、どうせ予定があるわけでもないのに」
フェイト達が今いるここは、地球からほど近い場所にある保養惑星だ。
といっても、現在は保養惑星として使われているわけでもないし、この星にいる人達が保養目的で滞在しているわけでもない。
有り体にいえばここは、地球のお金持ち専用の避難所なのである。
数か月前に起きた一連のエクスキューショナー騒動によって、散々に叩きのめされた“銀河連邦”という組織は解体を余議なくされたのだった。
“銀河連邦”の中心部、フェイト達の生まれ故郷である地球も、この一件で甚大な被害を受けた。
かの銀河連邦の最大の敵対勢力であったアールディオン帝国のように、星ごと消滅とまではいかなかったが、地球上にあった主要都市は軒並み壊滅状態。経済力に余裕があったり、はたまた特殊なコネを持っている一部の人々(フェイトの母親やソフィアの父親のような、偉ーい研究者もこれに含まれる)は、混乱が収まるまでこぞって地球を離れた。
この保養惑星のような、とりあえずは平穏無事に暮らせる地を仮の住まいとする事を選んだのである。
ある者はただ面倒を嫌って。
ある者は自分にとってなにより大切な人のために、涙をのんで。
またある者は地球が一日でも早く元の姿に戻れるよう、誓って。
遠い未来に希望を託すのではなく。今を生きる自分達の手で、よりよい未来を形作っていくのだと──。
ぼろぼろになった地球から離れたくても離れられない一般の人達からすると、こうした特権階級の人々の動きは選民的と思われても仕方ないところではあるが、だからといって今の地球で無理をして暮らすメリットはほとんどない。
人が人らしく暮らしていけるための都市機能、政治経済ありとあらゆるものがぐちゃぐちゃなのだ。一刻も早く立て直すにしても、お偉いさんも安全な所から指示を出すしかないというのが現状である。
地球を見捨てて逃げ出すわけにはいかない、といった感情論は持ち出すべきではない。あえて地球に残る事で地球を中から立て直す事の出来る人もいるが、そうでないのなら、いける人は出ていった方がいい。
これは地球人の存亡がかかった危機的状況なのだ。みんな揃って仲良く沈むよりはずっとマシであろう。
とまあ、現在ここにいる人達の大半は、様々な人生事情があってこの保養惑星に移ってきたわけだ。
そんでもってフェイトが今現在、何を思ってここで暮らしているかというと──
休校しっぱなしの大学の講義が再開するまで、どうしようもないからとりあえずのんびり暮らそうかな、である。
さっきので言うならずばり、ただ面倒を嫌った派である。
もうちょっとだけ、大学卒業するまでは親のコネで平和に暮らしていたい。そんな軽い気持ちで親にくっついてきただけだ。当の親達は地球のために今も寸暇を惜しんで働いていたりするが、そんな親のような立派な志なんてものはフェイト自身にはなにもない。
自分にできる事はもうやった。
なんたって自分は宇宙を救ったんだから。あの時あれだけ頑張ったんだからもういいだろう。地球のために働けなどと、この上周りから偉そうにとやかく言われる筋合いはないと思う。
地球の事は、頑張りたい人が頑張ればいいじゃないか。
僕はこれからの人生を、自分自身を大事にして生きていくつもりだから。
フェイトはそんな風に、お気楽に開き直って日々を暮らしているのだ。
「毎日毎日ぐーたら寝てばっかりで……。おばさんも呆れてるよ。肝が据わってるのはいい事だけど、世の中大変な事になってるっていうのに……」
「講義が再開するまでの間だけだって。この間ニュースでやってたろ? 教育機関の臨時受け入れ先がなんとか確保できるかもしれないとかなんとか」
「またそうやって大学のせいにする。大学ないから仕方ないって、もとからそんな真面目に通ってたわけでもないじゃない、フェイトは。する事ないなら大学始まるまでバイトでもすればいいのに……」
「はいはい」
幼馴染の説教を右から左へと受け流しつつ、この幼馴染が用意してくれた朝食の場へと向かう。
高校がお休みでする事がないのはソフィアも一緒だが、こっちの方はフェイトほどに自堕落な生活は送っていない。仕事で忙しいフェイトの親の代わりにフェイトの家のお手伝いをしている上、この星に来てからは彼女の母親の知り合いがやっているという飲食店にもよくお手伝いに行っているのだ。
食っちゃ寝ばかりしてないで働けば? というソフィアからの小言は毎度刺さるものがあったりするが、それでもフェイトはそれを平然と聞き流す。
フェイトとて食べて寝るだけの生活をしているわけではないのだ。バスケしたりファイトシミュレータで遊んだりで、今も体はそれなりに動かしている。
動いていないんじゃない。ただ真面目な事を何もしていないだけだ。
ソフィアと毎朝のように繰り広げられているやり取りをしつつ、朝食の場へ辿り着いたフェイトは、流し場で皿を洗っていた人物を見ると軽く声をかけた。
「おはようマリア」
「おはよう」
声をかけられたマリアは流し場に向かったままで、短く挨拶を返す。
これも毎朝ソフィアに叩き起こされるのと同じように、当たり前になってきた朝の光景だ。フェイトが起き出してご飯を食べ始める頃、マリアがみんなの使った食器を洗い終わるという──
始めの頃に比べると、ずいぶん皿洗いにも慣れたように見える。これも飲食店修行のたまものか。
今日はフェイトが席についていくばくもしない内に、皿洗いを終えたようだ。
ぬれた手をタオルで手早く拭くと、マリアは振り返り、フェイトの隣に立っていたソフィアに話しかけた。
「それじゃ、もう行く?」
「そうですね」
ソフィアは返事をすると「お皿は自分で洗っといてね、フェイト」と言って、さっそく椅子に置いてあった鞄を持ち上げた。
皿を自分で洗うのも、二人が連れだって出かけるのもいつもと同じ光景だ。その事自体は気にならないけど。
「今日はお店は休みなんじゃなかったか?」
フェイトが首をかしげ、今まさに出かけようとしている二人に聞くと。
ソフィアが呆れたように言ってきた。
「昨日みんなで言ってたじゃない。いつまでもフェイトのお下がりじゃマリアさんが可哀想だって」
ああそう言えば、そんな事も言ってたなとマリアの服装を見直す。
彼女が今着ているのはTシャツに上着、ジーンズという至ってラフな格好。どれもこれもフェイトが昔着ていたやつだ。
クラウストロ星で着ていた服装は、地球人ばかりのこの星じゃ目立つという事で、ちょうど余っていたフェイトの服をごっそり譲ったのである。
Tシャツのサイズは大きめ。上着も袖を多少まくっている。自分の服を着るよりソフィアの服の方がいいのではないかと、正直フェイトはそう思っている。
以前「同じ女の子物だろ?」と疑問をまんま口にしたら、ソフィアにすごく怒られた。母親にまで怒られた。というか呆れられた。「あんたは何も分かってない」と言っていたので、フェイトも(なるほど、ウエストか)と一応納得したのだった。
……実際のところ、マリアは今ベルトをつけてフェイトの服を着ているわけだ。
フェイトの理屈で言うのなら、ソフィアの服も何なく着こなせる事になるわけだが──まあその辺の真相は話に全く関わりのない事なので、これ以上はやめておこう。
そんなこんなで明日は飲食店もお休みだし、居候になってからこっち、フェイトのお下がりをずっと着続けているマリアはちゃんとした服を買いに行くべきだと、確か昨日そういう話になったのだ。
本人の意思関係なしに、フェイトの母リョウコとソフィアがよってたかってマリアに似合う服の話で勝手に盛り上がっていた事は、フェイトもよく覚えている。
マリアが言われた通りにおとなしく服を買いに行くと思っていなかったから、すっかり忘れていたけど──。
こうやって素直に付き合う事にした辺り、マリアも大分ここでの暮らしに打ち解けてくれたようだ。
そんなフェイトのおせっかいな気持ちが伝わったのか、マリアはどうでもよさそうに着ている服を指差して言う。
「別にこのままでもいいんだけど。もう着ないんでしょ、この服」
「ん? ああ、別に……」
マリアの好きにしていいよ。そう言おうとしたフェイトの言葉は、横で聞いていたソフィアに力いっぱい阻止された。
「だめっ! ちゃんとオシャレしないと! もったいないですよマリアさん!」
「はいはい。それならそれでもいいけど。買う服は自分で選ぶわよ」
なんだかんだ言いつつも、やっぱりマリアはソフィアと一緒に服を買いに行くらしい。
まるくなったなあマリアも。あんなにとげとげしかった居候生活第一日目が嘘のようだ。
……なんて感心しながら、いつの間にか仲良しっぽい二人の様子を、フェイトは隠居した年寄りみたいな視線で眺めているわけだ。
ちなみに
「あなたも一緒に行く?」
というマリアの質問には、
「い、いや……遠慮しておくよ」
とやんわりお断りしておいた。
女性二人の服選びに付き合いたい男なんてものはそうそういない。ソフィアはただでさえ買い物が長いんだ。頑張って付き合ってやってくれ、マリア。
フェイトもただ、そんな温かい目でこの二人を送り出すばかりである。
一通り支度ができたらしい。
フェイトがまったり食事を続ける中、ソフィアとマリアの二人は玄関へと向かった。
「いってらっしゃい」
軽い気分で声をかけると、マリアが何か思い出したようにぴたりと向きを変え、フェイトの所に戻ってきた。
「これ」
とだけ言って、マリアはフェイトに封筒を差し出す。
何か紙らしき物が入っているようだ。封筒自体に見覚えはないが、『マリアへ』と書かれた筆跡はフェイトにも見覚えがある。
「え、これは」
「そこのテーブルに置いてあったの。悪いんだけど」
わけもわからず、フェイトがとりあえず渡された封筒の中身を見ようとしていると。
「あの人に返しておいて。自分の服代も出せないほどお金に困ってるわけじゃないから」
有無を言わせぬきっぱりとした口調で言ってから、マリアはフェイトの反応も待たずにさっさと部屋を出ていった。
ぼーっとそのマリアの後ろ姿を見送った後。
一人残されたフェイトは「どうしたもんかなこれ」とぼりぼり頭をかき、封筒の中身を覗き見しつつ、なんの気なしに呟いた。
「僕が貰う、っていうのはアリなのかな、この場合」
どうやら彼女がこの環境に慣れるまでには、もう少し時間が必要なようである。
☆★☆
すべてが終わったら、ディプロからは離れるつもりだった。
クリフやミラージュ、クォークの他の仲間達のように、自分は明確な理念を持って行動していたわけじゃない。自分の目的のため、ただクリフから譲られた立場を利用していただけだったから。
全部終わって、自分があの立場に留まる意味は皆無だと思った。
復讐じみた感情で『反銀河連邦組織クォーク』のリーダーを続ける事は、あの組織を作ったクリフの事を、あの組織の中で一生懸命頑張っている仲間達の事を馬鹿にしているとさえ思ったから。
それ以前に、銀河連邦はもうないのだ。
これからのクォークは反体制組織ではなく、むしろ自らが率先して新たな体制を形作っていく、そんな未来の象徴とも呼べる組織になっていくだろう。過去をひきずって生きているような自分は、仲間達の足手まといになるとしか思えなかった。
クリフもミラージュも止めなかった。
仲間達にはどうしてと詰め寄られたが、思った事をそのまま伝えたら分かってくれた。
ある人からはねぎらいの言葉を、ある人からは大粒の涙と共に惜別の言葉をかけられた。
その時も一切後悔を抱かなかったと言えば嘘になるが、もう決めた事だ。私は人生のすべてだったディプロを降り、自らの足で自分の人生を歩く事にした。
生まれる前から勝手に人に決めつけられた、運命づけられた人生なんかじゃない、本当の自分自身の人生を。
なのに──
「あっ! マリアさんマリアさん、この髪留めなんてどうですか? 猫にゃーって、すっごくかわいいですよ!」
服を買いにきたはずなのに、気がつけばなぜか今、マリアはソフィアに連れられアクセサリー屋の前にいた。
目標の服屋まではあと百五十メートルといったところか。
目視できる距離にはあるが、間に二軒ほどここと似たような店があり、たった今マリアの脳内で取り決めた目標時間内にあそこまで辿り着けるか、はなはだ不透明なところだ。
何がそんな楽しいんだか、さっきからソフィアはいちいちはしゃいで店先で立ち止まっては、自分の趣味全開のアイテムをこうやって見せつけてくるのだ。
服を買いにきたつもりのマリアとしてはどうでもいい事この上ない。趣味じゃない以前にまず服じゃないしこれ、といった心境である。
「あなたの趣味でしょそれもこれも。自分用に買えば?」
面倒くさくなっててきとーにあしらったところ、ソフィアは本当に猫のピンを買おうかどうしようか考えだした。
しばらく一人で勝手にうんうん唸った末、
「うん、これ買っちゃおう。ちょっとお金払ってきますね、マリアさん」
一人で決心すると、マリアに笑顔で言い置いて店の奥に入っていった。
自分が無駄な物に時間をかけない主義という事もあるが、以前クォークの一員であるマリエッタとこんな風に一緒に買い物に出かけた時も、ここまでの時間はかからなかったように思う。せめて服屋には辿り着いていたはずだ。
失敗した。道に疎くてもいい、今度からはソフィアからの誘いがあっても断ろう。次は一人で買いに行こう。今日はもうしょうがないけど。
店の奥でお金を払っているソフィアを眺めつつ諦め半分でぼんやり考えていたマリアは、自分がそう思っている事に気づくと、苛立たしげに自分の頭に手をやった。
今度って、いつまであの家にいる気だ。
こちらでの暮らしにめどがたったら自分はすぐにでも、一刻も早くあの家から出るはずではなかったのか。
落ち着き先が見つからないとはいえ、あの家での出来事に「今度」を考えるなんてありえない。あの家で暮らしている事を認めたようなものではないか。
思い返すと止まらない。マリアの苛立ちはどんどん過去へと遡っていく。
人にあれだけの仕打ちをしておいて平気な顔で保護者づらしていられるような人間と、どうして同じ家で暮らさなければいけないのか。
自分はあの女をずっと憎んでいたはずではないのか。
ディプロを降りた後、他に行くあてが思い浮かばなかったからといって、フェイトやソフィアに誘われたからといって、どうして“地球”などに行こうと思ったのだろう。
フェイト達について行けばあの女に会う事になる、そんな事始めから分かっていたはずなのに。
自分が生まれた場所だから? お父さんとお母さんの生きた証となる、思い出のたくさん詰まった場所を見ておきたかったから?
分からない。これまでと違って、これからの生き方を決めたのは正真正銘、自分自身のはずなのに。
なぜこんなにいらいらする?
ようやく、自分で選んだはずの道なのに──
どうにもならないむしゃくしゃした思いを抱いていると、ようやくソフィアが店から出てきた。
無性にいらいらする。とにかく、なにもかも思い通りに動けないこの現状が悪いのだ。
マリアは苛立ちを隠す事もせず息を吐くと、あまりに急な不機嫌ぶりにびびるソフィアを今日本来の目的地である服屋へ、さっき自分の脳内で決めた到着時刻に間に合わせるよう引っぱって連れていった。
☆☆☆
不機嫌な態度のおかげか、そこから先は終始自分のペースで服を選ぶ事ができた。
おどおどしているソフィアを尻目に、目に入った服を片っ端からどんどん自分が着るか着ないかで判断していく。
着ない物はそのまま無視。着る物はさっさと手にとって値段を確認。予算内ならさっさとカゴに入れる、以上。
ようはぱっと見で気に入った物を買うというだけの事だ。自分にどういった服が似合うかは、これでも大体把握できているつもりである。
七日単位で一通り着回せるほどの分量を揃えたところで、とっとと会計を済ませた。これで今日の予定は滞りなく終了である。
両手に服の入った袋を抱えて振り返ると、ソフィアがしょんぼりした様子で突っ立っていた。
「わたしなんて全くいらなかったですよね」感満載の彼女を見て、マリアはやれやれと息を吐く。
確かに役に立ったかどうかで言えば微妙だが。
マリアは今日、ソフィアを自分の服を買うという用事に付き合わせているのだ。道案内を頼むだけ頼み、目的地に着いたら着いたで脅しつけるように買い物に付き合わせ、用が済んだら冷たく「役に立たなかったわ」はあまりにもひどい仕打ちといえよう。
この場合は全く役に立ってなくても、「助かったわ」という態度でねぎらってやるべきである。かつてクォークのリーダーを務めたマリアは、今のソフィアのような相手の対処法も心得ているつもりなのだから。
褒めて伸ばすタイプの部下に接するような気持ちで、表情を少しだけ緩め(といっても、さっきまでのしかめ面を解いただけではあるが)ソフィアに話しかける。
「少し疲れたわね。気分転換にどこか寄ってから帰る?」
ソフィアはふいをつかれたようにマリアの言葉を聞くと、出かけたばかりの頃の元気さを取り戻してマリアに答えた。
「はいっ! ──マリアさんわたし、いい場所知ってるんです。案内しますね!」
まあ単純な子である。少し優しくしてみせただけでこれだ。
さらには荷物も半分持つと、嬉しそうにマリアに言ってきた。
(単純な部下というより、犬っぽいわね)
本人猫好きのくせにと思いつつ、せがまれるままに買った荷物を半分預けると、マリアはソフィアの道案内にもうしばらく付き合う事にしたのだった。
「それで、あなたのお勧めの場所って? 言い忘れてたけど、あまりお金のかかる所は困るわよ」
ディプロのみんなから貰った餞別金はまだ十分残っているが、無駄使いはしたくない。
現在の収入はソフィアの母親の知り合いの情けで働かせてもらっている、飲食店での皿洗い報酬のみ。一人でも生活していけるような仕事はまだ見つかっていないのだ。
金銭面であの家の世話になるのだけは絶対に嫌だった。
住む所がなければ職探しもなにもあったものではないから、生活費を渡してあの家の一部屋を借りるという居候の身に甘んじているだけだ。教育機関の機能が復活すればさっそく、旧銀河連邦基準での高卒資格もとるつもりだ。
資格がとれれば職探しも格段に楽になるはずなのだ。
旧銀河連邦組織も研究所も何も関係ない、そこらの一般職を目指すにあたって、「これまで反銀河連邦組織のリーダーをやっていました」なんて言えるはずがないのだから。
「プログラマーとか研究者とか、とにかくそういった専門職があなたには合うと思うのよ。せっかく頭もいいんだし、高卒資格とるだけじゃなくて大学にも行ったらいいんじゃない?」
あの女は簡単にそう言ってくれたが──
冗談じゃない、と思う。
そんなお金がどこにあるというのだ。自分が出すとでも言う気か。一体なんの義理があって──
また不機嫌になりかけたマリアは、ソフィアが自分の方を向く前に我に返った。危うくまたこの子をしおれさせるところだったわと、急いで知らぬ間に眉間に寄っていた皺を消す。
どうも今日の自分はおかしい。気を抜けば昔の事ばかり考えてしまうのだ。
(それもこれも、今朝のあのふざけた封筒のせいね。お小遣いのつもりかしら)
そう原因を決めつけてさっさと気持ちを切り替える。
あの女の事はむかつくが、それは今こうやって自分に付き合ってくれているソフィアには関係ない事だ。ソフィアを自分の不機嫌さを解消するはけ口にする気は、マリア自身にはさらさらなかった。
バイト先の紹介や、機械に頼らない家事全般のやり方を教わるなど、ソフィアにはなんだかんだ世話になっている。
一般的な暮らしぶりを目指しているマリアとしては、ソフィアの事を「性格面を除けば、自分が見習うべきところのある人間」だと感じる事も多々あるくらいだ。
性格面は──
正直に言うと、いっそこの子のようになってしまえば人生色々楽になれるのにと、そう思った事はあった。
が、それだけだ。ソフィアの性格を見習おうとは一切思わない。
ていうか絶対見習いたくない。
マリアのプライドは「自分を辱める事はするな」と己に警告し、マリア自身も一も二もなくその警告を受け入れた。
羨ましくない事もないけど、自分がああなったら終わりだわ──と。
(そこまでしたくはないわね、絶対に)
そんな中、ソフィアは上機嫌にマリアに言う。マリアが自分の事をどう思って見ているかなんて、全く気づいていない様子だ。
「ふっふっふっ、お金の心配はいらないんですよマリアさん。なんといってもタダですから」
「ああそう。それはよかったわ」
「そこの公園なんですけど、なんでも映画の撮影に使われたって話なんですよ。えーと、この間の夜やってたやつ……ほら、マリアさんも見てたやつですよ」
「ええ、見てたかもね」
楽しそうに話すソフィアに、てきとーに相槌を打つ。
ソフィアを満足させてやるのが目的なので、特に行き先に希望があるわけでもない。ほどほどの寄り道さえできれば目的地はどこでもいいのだ。
言うなれば犬の散歩時間である。
「それで、あの映画って言ったらやっぱり木じゃないですか。あの伝説の木」
「ああそういえば、そうだったかもね」
「そうなんですよ! あの伝説の木がなければ主人公がうっかり学校の四階から足をすべらせた時、通りかかった彼がちょうど持ってた文化祭の立て看板で主人公を受け止めてくれる事もなかったはずじゃないですか! 潜入捜査の最中にお腹の音がなっちゃった時だって……」
ソフィアが嬉々として語っている映画の内容をまとめると──
願いを叶えてくれるという伝説のある木の下で主人公のおっちょこちょいな若い乙女が「憧れのあの人と両想いになれますように」と願ったところ、その木が突如「あなたの願いを叶えましょう」とエコーの入った音声で喋り、驚く主人公の目の前に「やあ! 君の願いを叶えてあげるよ!」と妖精さんが登場。
なんか色々な事があって主人公やら妖精さんやらがなんか色々頑張った結果。「君が好きだ!」「私もよ!」という風に両想いになってハッピーエンドという……
まあチープな恋愛映画である。
マリア的には伝説の木が登場する前、主人公が「遅刻遅刻~」と言いながらパン口にくわえて家を出た段階でうさんくさい断定した、実にどうでもいい映画だったのだが。
ソフィア的にはそうではなかったらしい。片想いの乙女が最終的にうまいこと結ばれる、というところが彼女の心にクリーンヒットしたのだろう。
内心しらけつつ話に付き合っているマリアに向かって、ソフィアは目を輝かせて言う。
「それでね、最後に監督が言ってたんですよ、これは実話を元にした話だって。妖精さんはあなたの近くにもいるんです、って。──あの木には本当にいるんですよ! 願いを叶えてくれる妖精さんが! すごくないですか!?」
「へえ、そう。すごいわね」
同意の相槌は打ったものの、正直な感想は(余計うさんくさいわね)である。
願いを叶える妖精さんなんて、そんな都合のいい存在いるわけないだろう。
そもそも妖精もなんの見返りがあって、知り合いでもなんでもない奴の恋路を成就させようとか思うのか。さらにそれ以前に映画の出だしでは樹齢千年を超えた木には魂がうんぬんなどと言っていたが、撮影場所のここは未開惑星ではない。伝説の木はデータベースを参照に作られた立体ホログラムである。
その辺落ち着いて考えれば、監督のセリフは単なる応援メッセージだと分かりそうなものなのに、ソフィアはまんまそれを「妖精は実在する」と受け止めたらしい。
バカじゃないんだろうか、この子は本当に。そう思っているマリアをよそに、ソフィアはうきうき気分で足を速めて「あそこですよマリアさん!」と前方を指差す。
いよいよ目当ての公園にやってきたらしい。
公園にはそれなりに人がいた。
この間その映画を放送したばかりなせいか、人々の多くはソフィアと同じく“伝説の木”が目的でやってきたようだ。
それらしき機械オブジェの前にはぽつぽつと人が集まっていて、「よーし、試しに願ってみるかあ」なんてわざとらしい声をあげる輩もいる。みんなバカじゃないんだろうか。
冷めきっているマリアとは対照的に、ソフィアは非常に真剣な顔つきである。
何回か深呼吸をした後、
「行ってきます、マリアさん」
そう言うと、意を決して“伝説の木”の方へ向かって行った。
あまりに真剣な様子に、遊び半分で来た何人かがさーっと“伝説の木”から退いていく。
十分なスペースを空けてもらったソフィアは、“伝説の木”の前に跪いて目を閉じると、両手を前にかざして祈りだした。
「お願い、届いて──!」
正直必死すぎて引く。
ていうかそこまで必死に祈らなくても今すぐ家帰って勇気出して本人に言えばいいだけの話じゃない。
(人前でそういう事するのは恥ずかしくないのかしらね)
他人事のようにソフィアの奇行をしらーっと見ていたマリアだが。
周りから「あんたあの子の知り合い?」みたいな目で見られている事に気づくとやっと我に返った。
全く他人事ではない状況である。
一緒に並んでこの公園までやってきたし、その上同じ服屋のロゴの入った荷物を半分ずつ持っているので知らない人のふりもできない。
あんなのと一緒にされてたまるかと、マリアがソフィアをすぐに止めようとしたところ。
「ちょっと! いい加減に──」
「えっ?」
ソフィアが急に間の抜けた声をあげた。
手を前にかざしたまま、しばらくきょとんと“伝説の木”を見上げた後。
「あっどうも、お久しぶりです」
何を思ったか、“伝説の木”にぺこりと頭を下げた。
かと思えば、今度は“伝説の木”に不思議そうに話しかけている。
「すみません、ちょっとよく聞こえないです……電波って言うんですかね、こういうの。ここなんか悪いみたいで。えっと──ちょうどよかったって、それはどういう意味ですか?」
隣にやってきたマリアが声をひそめてソフィアをたしなめると。
ソフィアも困ったように声をひそめて言葉を返した。
「さっきから一人で何をやっているのよ。妖精さんなんているわけないでしょ」
「あ、マリアさん。それが……わたしにちょっと聞きたい事があるって」
「だから、妖精なんていないのよ。ねえあなた、本当に大丈夫?」
「違いますよマリアさん。妖精さんじゃなくてブレアさんです」
それはあまりに常識はずれな返答だった。
ブレア。元上位世界である、FD世界の人間。
数か月前、自分達の住む宇宙を消滅させまいと乗り込んだ先のあの世界で、自分達の手助けをしてくれた人間。
あの一件で自分達が住むこの世界と、彼女の住むFD世界とは完全に縁が切れたはずだ。
なのに、こんな形で再びコンタクトがとれるとは──
(全く……。ロキシ博士もとんだ「力」を授けてくれたものね)
あまりのとんでもなさにマリアが呆れる中。
自分の持つ特殊な力、『コネクション』をうっかり発動させてしまったソフィアは照れくさそうに言う。
「なんか繋がっちゃったみたいなんです、向こうと」
マリアは首をすくめると、ソフィアのポケットに入っているコミュニケーターを指し示して言ったのだった。
「繋げちゃったものは仕方ないわ。──向こうも何か用事があるんでしょ? そのまま知り合いと通話してる風に話し続けて頂戴」
プロローグその2終了。
次回から2章です。
・SO2と違い、SO3のキャラはその後を書いた続編がないので、今回だいぶ好き勝手にED後の世界を書いてみました。
原作ゲーム中にちゃんと書いてあったのは「銀河連邦なくなった」「アールディオン星ごと消滅」「地球壊滅」くらいかな?
SO3ED後の世界情勢が大変そうだし家庭環境も複雑だしで、今回シリアス分が多めになりましたが……
この作品の舞台はあくまでSO2なので、SO3時代のあれこれ話はこれ以上やりません。SO3組のシリアスはたぶん今回がピークです。
以下まとめてSO3組のキャラ紹介。
・フェイト(スターオーシャン3)
SO3本編の主人公。使用武器は剣。破壊の力「ディストラクション」を持つ。
19歳。地球人の青年。スポーツ万能、父親(故人)は紋章遺伝学の権威。
SO3での冒険が終わった後は、親元に帰ってのんびり暮らしていた。
色々アレな事情があるにもかかわらず普通の暮らしができているのは、原作開始前と同じくだいたい親の秘密主義のおかげ。
形としてはソフィアED後? ですが、ソフィアと恋愛チックな事にはなっていません。依然幼馴染としての関係を続けています。
爽やかイケメンだったり頑固だったり腹黒だったりで、人によってかなり感じ方が違ったりするキャラ。この作品の彼は……
メンタルが強いので、貴重なツッコミ役として頑張って貰う予定です。
・ソフィア(スターオーシャン3)
17歳。地球人。紋章術が得意。空間を繋ぐ力「コネクション」を持つ。
フェイトの幼馴染で、フェイトに幼馴染以上の想いを抱いていたりする。父親は時空学の権威。
フェイトと同じく、その後は親元に帰って普通に暮らしていた。
たぶん一番キャラ崩壊している子。完璧四コマ仕様。
原作ゲームだとソフィアはあの濃いメンバーの中で唯一といっていいほどの常識的なキャラで、空気読みすぎなくらい空気読める子だったりしますが……
この作品のソフィアはただのアホの子です。真面目なソフィアが好きな方はフェイトに引き続きごめんなさい。
空気読みません。読めません。基本何も考えてません。
ちょっとビビりで泣き虫だったりするけど、ひたすら明るいアホの子です。
・マリア(スターオーシャン3)
19歳。地球人。銃の扱いに長けている。格闘術も一通りはこなせる。物質を改変する力「アルティネイション」を持つ。
反銀河連邦組織クォークのリーダーを務めていた女性。
すべてが終わった後、リーダーの座をクリフに返してフェイト達について行った。
マリアのその後はほぼ創作です。
リーダー辞めた後、いろいろ複雑な感情の元に、仲間意識のあったフェイト達についていく事を選択した……という設定になってます。
ソフィアED時の状況にマリアもくっつけた感じ?
本人的には仕方なく居候しているので、特に誰ED後というわけではありません。
以上フェイト、ソフィア、マリアの三人に関しては
「三人組」という扱いでやっていきます。
誰が誰とくっつくとか、そういった話はこの作品ではやりません。せいぜいソフィアがフェイトに片想いしているという描写が出てくるくらいです。
・クリフ(スターオーシャン3)
36歳。身体能力が極めて高いという特性を持つ、クラウストロ人の男性。
クォークの現リーダー。外交艦ディプロを所有している。
たぶんクリフ単独ED後。
マリアが巣立つ所をミラージュや仲間達と見届けた後、また元のリーダーに戻りました。
という事なので、クリフは今回の件で久しぶりにマリアと会ってたりします。他ディプロメンバーも同じく。
・ミラージュ(スターオーシャン3)
27歳。クラウストロ人の女性。実家が道場で、クリフとは同門。
クォークの一員。主にクリフのサポートを担当。
アーリアでお留守番したりなんだりで、上四人に比べて出番が少ないキャラ。
単独EDの実家に帰るとかいう話はなかった事になりました。
今も普通にディプロに乗ってる設定です。