スター・プロファイル   作:さけとば

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3-1. ワケありの町、ハーリー

 ハーリーの町に入ると、すぐに港町独特の騒がしい雰囲気に包まれた。

 町に入る少し前からフェイトもそれとなく潮風は感じていたが、それもそのはずで、港は町の入り口から随分と近いところにあった。

 町の入り口からくっきり停泊中の船が見えるくらいに近い。

 

「まずは港に行きましょう。船の手配をしなくっちゃ」

 

 船。エクスペルで大陸間を移動する際に使用する、唯一の交通手段だ。

 

 

 早足で歩きだしたレナの後ろを、フェイト達三人はぞろぞろとついて行く。

 フェイトとしては初めての町に来たわけだし、まだ時間も早いし、どうせここも何もないとは思うけどもしかしたら何かあるかもしれないし、船の手配は一応一通り町で情報収集してからの方がいいんじゃないか、と思わないでもない。

 その疑問に対する、レナの答えはこうだ。

 

「いいのよ、どうせ何もないんだから」

 

「いやまあそうだけどさ。普通に言いきったね」

 

 断定しちゃうレナにはびっくりだけど、フェイトも確かにその通りだなと思わざるを得ない。マーズも結局平和そのものだったのだ。

 

 クロスの王様からも特にクロス大陸で事件らしい事件が起きているという話は聞かなかったそうだし、それにこの辺りの土地は一見して緑豊かな平原や森や山が続いている。

 レナスが探している霧がかかる岩だらけの場所とも無縁そうともなれば、このハーリーで念入りに情報収集しておく意味はあまりないと言ってもいいだろう。

 なんとなく納得したフェイトに、レナは早足で歩きつつ言った。

 

「ラクール大陸への船がいつ出るかだってわからないでしょ? 早めに手配しておかないと、ここで何日も待たされるはめになっちゃうんだから」

 

 そんなこんなで港に着いてすぐ、近くにいた船員の人に聞いたところ、

 

「ラクール大陸行きの船は二日後に出る」

 

 という事だった。

 昔お世話になったエリクールでは船に乗る機会がなかったためよく分からないが、フェイトとて未開惑星に先進惑星並の交通の便があるとは思っていない。レナの言い方から相当待たされる事になるかもと考えていた分、二日後と聞いた時は「意外と早いな」と声に出して感心すらした。

 

 クリフもレナスもまあそんなものだろうという落ち着いた態度を見せる中。

 四人の中で唯一エクスペル事情に詳しいレナだけはなぜか

 

「もうちょっと早く出ないですか? 例えば明日とか、今日とか」

 

 などと船員の人にしつこく聞いていたが、いくら聞いても出ないものは出ない。

 

「二日後だったら別にそれでいいんじゃないか? 買い出しもあるし。一応、それなりに情報収集とかもしておきたいしさ」

 

 フェイトがそう言ってなだめたところで、レナもようやく二日後に出る船を待つ事に同意したのだった。

 

 

 

 そうして船の手配を終え、港を出て

 

「それじゃ、宿に行きましょう」

 

 と若干緊張した面持ちでレナが言い、再びフェイト達を引き連れ、宿のある町の中心部に向かって歩きだして数分後。

 フェイトはレナがやたら早くラクールに行きたがっていた理由を察した。

 

 どうやらレナは、このハーリーに会いたくない人がいるらしい。

 どうしてそう感じたかというと──

 

 まあ今目の前歩いているレナのあの様子見て、察しない方がどうかしてるっていうか。とにかくそれくらいレナは「お願いだからわたしに気づかないで」とばかりにこそこそしているのだ。

 ずっと黙ったまま、下を向いて早足。

 よほど顔バレしたくないのか顔も手で隠している。

 

「あの、……レナ?」

 

 歩き方が不自然だよレナ。

 そう言おうとしても、レナは無言で手をやってフェイトの呼びかけを止めさせるだけ。

 自分はレナじゃないから今話しかけないで、という事らしい。

 

 本人がそんな様子なので、誰もそれ以上話しかける事もできず。

 こそこそしているレナにつられて、なんとなく話す声も小さくなる。

 

「とても怪しいわね」

 

「というか、こそこそしすぎて逆に目立ってるんじゃないか、あれ」

 

「あの様子じゃ、恐らく周りも見えてねえだろうな」

 

 ひそひそ話しつつ、レナの様子があまりに必死なのでやっぱり本人には何も言えない。

 フェイト達三人はレナを見守るように、静かにレナの後ろをついていった。

 

 

 片手でダメなら両手でも隠す。

 そんな風に必死にこそこそしているレナの顔の露出率は、道行く人が増えるにつれ減ってゆき、大きな店の看板が見えた辺りでとうとう限りなくゼロに近くなった。

 そしてさらに町の中心部に差し掛かった辺りで、もう手では隠しきれないと悟ったらしい。

 レナはいきなりちょうど近くにいたレナスの後ろに回り込んだかと思いきや、腰を屈め長い銀髪をかぶるようにして、顔を彼女の背中に突っ込んだのだった。

 

 思いっきり怪しいよその歩き方、などとフェイトが止めるスキもなかった。というより、実は止めなかった。

 なぜ止めなかったのかというと──

 

(ごめんレナ……と、レナスさん。ちょっとおもしろい)

 

 まあこういう事である。

 

 

 往来をすれ違う人々が、かなりの確率で、レナ達二人の方に好奇の目を向ける中。

 距離をやや多めにとって後ろを歩きつつ、あくまでも平静を装った表情で、フェイトは前を往く二人を見て考える。

 

 別々の二人がまるで四本足の生物になったかのように縦に連なり、後ろの人が少しガニ股ぎみになりながら歩くというこの光景。

 僕は以前何かの際に、データベースで見た事があるのではないだろうかと。

 

 はて、あれはなんだったか。

 確かあれは地球の、とある東方の──

 

 

(そうか、獅子舞か! 獅子舞に似ているんだ!)

 

 

 ……などとフェイトはどうでもいい事を思い出せてすっきりしているが。

 普通に歩いていただけなのに巻きこまれたレナスにとっては、当然ながらたまったものではない。

 なにしろレナの顔だけはしっかりと隠れているせいで、周囲の人間の好奇の目は揃って獅子舞の顔部分、すなわちレナスの方に向けられているのだ。

 

「……レナ。普通に歩きましょう?」

 

 日頃慣れているものとは全く違った種類の人の視線を受けつつ、困ったような心配したような顔で、レナスは背中にひっついたレナにそっと語りかける。

 レナは応えずただ無言で宿の方向へと、レナスの袖を引っぱるだけだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 宿の中に入ったところで、やっとレナはレナスから離れた。

 いそいそと二部屋分の手続きを済ませ、レナは一直線に部屋へと向かう。

 

「そんじゃ、俺らも中に入るか」

 

「……。ええ、そうね」

 

 レナにひっつかれて気が疲れたのだろう。

 レナの後ろ姿をぼんやりと見送るレナスにもう一回心の中でごめんなさいした後、さっそくフェイト達もレナの後に続いて部屋に向かった。

 

「理由を聞いてみよう。部屋の中でならレナも話してくれるんじゃないかな」

 

 

 部屋の中で、レナはだいぶ落ち着きを取り戻していた。

 しかし窓のカーテンは中ほどまで閉められ、レナ自身は死角に座って外から見えないようにしている。そのせいで昼間だというのに、部屋の中はやけに暗い。

 

「そこまでして会いたくない人って、一体誰なんだい?」

 

 さっそくフェイトが聞くと、レナは驚いて顔をあげた。

 

「えっ? どうしてわたしが人から隠れてるってわかったの?」

 

 不思議そうに聞くレナに、聞かれた三人の方は揃って顔を見合わせる。

 どうして何も、どっからどうみてもそうとしか思えない様子だったし。そしてそのせいでむしろめちゃくちゃ目立ってたよ。

 

 正直に答えるならそうなるが、今さらそんな事言われてもレナだってもうどうしようもない。

 無駄に動揺させるのはよくないだろう。ていうかちょっとおもしろかったから止めずに見てたなんて、色んな意味で言えるわけがない。

 結局フェイトは遠まわしな表現でごまかした。

 

「え……と、なんとなく、レナの様子がおかしかったからさ」

 

「わたしの様子が? うーん……、そんなにおかしかったかな」

 

「まあなんとなく、察せるくらいにはな。──で、だ。一体誰から隠れてんだ、嬢ちゃんは。隠れてる事は間違いねえんだろ?」

 

 自分の行動を振り返ろうとするレナに、重ねてクリフが言う。

 

(そういえばクリフも止めなかったな)

 

 今さら共犯がいた事に気づくフェイトをよそに、クリフの巧みな誘導にのせられたレナはため息混じりに話し出した。

 

「それは……。さっき港で船員さんが話してましたよね? 町の方には柄の悪い連中がいるらしいから気をつけろって」

 

「ああ、そういやそんな事も聞いたな。て事はそいつらか」

 

「……はい。前にこの町に来た時に、わたし、その人達とちょっと揉めたことがあって……」

 

 レナは憂鬱そうに言って言葉を濁した。

 よほど話したくない出来事があったのだろうと、フェイトの方も察した。

 後の世では英雄だなんだと言われ、魔物との戦闘にも慣れていても、レナはやっぱり年頃の女の子なのだ。柄の悪いチンピラに絡まれたりなんかしたらそりゃ嫌に決まっている。

 

「なるほど。隠れたくもなるわけだ」

 

「ええ。できる事なら、このまま向こうも気づかないでいてくれるといいんですけどね」

 

 チンピラというものは、そういう揉め事を結構しつこく覚えていたりする。

 レナがそのチンピラ達と揉めたのがどれくらい前の話なのかは分からないけれど、見つかったら恐らく厄介な事になるだろうな、というのはフェイトにも予想がつく。

 なにを隠そうフェイト自身も、かつてチンピラのような奴らのご厄介になった事があるのだ。まあただ絡まれたレナの場合とは違って、その時はフェイトの方が自ら進んでチンピラの元に殴り込みに行ったようなもんだったけれども。

 

「その人達はレナの顔もしっかり覚えているのね?」

 

「うん……。だから船が出るまで二日間、わたしこのまま宿にいようと思うんです。あの人達も、さすがに部屋の中まではおしかけてこないだろうし……」

 

 このまま隠れてやり過ごすつもりだと、レナはみんなに言う。

 きっとそれが一番いい方法なのだろう。

 そのチンピラ達がレナに気づいていないということも十分にありえるし。それに仮にあの珍妙な光景をばっちり目撃されていたとして、たかがチンピラが、こんなしっかりした造りの宿の個室にまで襲撃しにくる度胸があるとは到底思えない。受付で門前払いを食らうのが関の山だろう。

 

「そうだね。レナは部屋から出ない方がよさそうだな」

 

「なんだ、つまんねえな。返り討ちにしてやろうと思ったのによ」

 

「未来から来た人間が町の中で派手に暴れていいと思ってんのか? そんなに面倒を起こしたいのかクリフは」

 

 フェイトが間髪いれずにクリフの発言を咎める。

 どうしてこのおっさんはいつもこうなんだろうか。なんでもかんでも返り討ちにすりゃいいってもんじゃないだろう。レナが宿から出なければいいだけの話なのに、下手に事を荒立ててどうする気だ。

 

(この脳筋バカめ)

 

 などと、かつて後先考えずにチンピラ共の巣窟に一人飛び込んだりした自分の事をすっかり棚に上げて、クリフをじろりと睨んだ後。

 フェイトは肩をすくめて言った。

 

「それにしても、そいつらはよっぽどヒマなんだな。ちょっと揉めたくらいでレナのこと追いかけまわすなんてさ」

 

「本当にね……。いい加減諦めてくれればいいのに」

 

 レナは心底うんざりした様子で呟く。

 その言いようからすると、そいつらは前にちょっと揉めただけのレナの事を本当に今でも執念深く狙っているらしい。どこまでヒマなチンピラ達なんだ。

 

「やっぱりとっちめたほうがいいんじゃねえか、そいつら」

 

 クリフが拳を打って言うと。

 レナは急に焦ってクリフを止めだした。

 

「え、えーと、それはちょっと……、やめた方がいいです、絶対に」

 

「迷惑してるんだろ? そういう奴らは少しぐらい痛い目見ねえとわからねえって」

 

「だ、だめです! 絶対にだめです! あの人達と関わったら本っ当にろくな事にならないですから!」

 

「そうなのか?」

 

「そうです!」

 

 レナは力強く言いきった。

 とにかくそいつらと関わりたくない、というのがレナの気持ちなのだろう。

 

「とにかく、わたしがここで二日間じっとしていればいいだけなんですから」

 

 言われた通りクリフが素直に引き下がったのを見て安心してから、レナはフェイト達全員に向けて言った。

 

「ハーリーの事は色々みんな任せになっちゃうけど、お願いね。お店の場所は教えるから……」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 なんかやたらかさばる荷物一式とレナとを宿に残し、パーティー共有のお金のつまった財布をレナから受け取ると。

 フェイト達三人はまた、ハーリーの町へ出かけていった。

 

 目的は当初の予定通り町の人々からの情報収集と、旅に必要な品々の購入。

 情報収集の方は念のためにやっておくだけだ。どうせそんな大した情報もないだろう。

 勝手の分からない場所という事もあって、手分けはせずに三人全員揃って行動する事にした。

 

 フェイトとしてはぶっちゃけ、(手分けしないんだったら自分とクリフの二人だけでもいいんじゃないかな)という気もしなくもない。

 別に邪魔なわけじゃないけど、かといってレナスさんいたからって特に戦力になるわけでもないし。

 結局レナスもついてきたのは、レナがそうする事を彼女に勧めたからだ。

 

「わたしは一人で大丈夫ですから。せっかく新しい町に来たんですから、ちゃんと見ておかないと損ですよ」

 

 レナスの方もそれでも宿に残るとは言わなかった辺り、やっぱり町の様子が見たくて仕方なかったんだろう。気遣われる前に「いいから行ってください」とは、レナもなかなかに彼女の扱い方を心得ているというかなんというか。

 

 

 さて、そんな風に土地勘ゼロの未来人二人と観光気分の迷子の自称異世界人の三人組は、ハーリーの町をそれなりに歩き回った。

 現地人のレナなしでの行動には最初こそ戸惑ったが、港町という事で人の出入りも多く、誰もフェイト達のようなよそ者を怪しんだりはしない。特に面倒が起きる事もなく、なんとかそれなりに町の人々から情報を得る事ができた。

 

 予想通りここも何にも異常なし。レナスの探している場所の情報もなし。

 

 その代わりと言ってはなんだが、例のチンピラ関連の話は多く聞けた。

 いわくそのチンピラ達は町の北、小高い丘の上にある『元ザンドの屋敷』にたむろっているらしい。頭に“元”がついているのは、この間代替わりしたからなのだとか。

 とにかくやばい人達だから関わっちゃダメだとかなんとかレナと同じような事を町の人達にも言われ、言われる前から関わる気のないフェイトも「はい、気をつけます」と素直に教えてくれた町の人達に返したのだった。

 

 一通り情報収集を済ませたところで、フェイト達はレナから教わった店に向かった。

 食料品の類いは船が出る前日に買った方がいいだろう。ここではそれ以外の雑貨、すなわちレナが野宿の際に使用している、魔よけのオルゴールのような品物を購入する予定である。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 天井近くまで様々な品物が積まれた、埃っぽい道具屋の店内。

 エリクールとはまた違った、未開惑星ならではの技術を使用していると思われる謎の品物の数々に囲まれつつ。

 一つの品物の前でフェイトは自信なさげに呟いた。

 

「これ、なんだろう」

 

 言葉通り、何が何だか分からない。

 大体が今初めて目にする品ばっかりなのだ。判別つくのはせいぜいベリィ系やリザレクトボトル等の回復アイテムみたいな、エリクールでも見た事あるような物ぐらいか。

 

 店の名前が『古物商がめつき堂』という事で、ここでは客から売られた品も相当数扱っているのだろう。怪しげな薬品やら彫像やら絵画やら、とにかくそんなわけの分からない品がごちゃごちゃになって置かれている。

(まさに道具屋の玉手箱だな)

 なんて思って見ていたら、その名の通り『玉手箱』と商品タグに書いてある品まで普通に置いてあった。

 

 クリフもただうろうろと店内を見て回り。店の入り口付近ではレナスがなんか中で炎がちらちら燃えてるような宝玉っぽい何かを、不思議そうにじっと見つめている。

 ここはレナが教えてくれた確かな店だからいいようなものの、そうでなかったら自分達は確実に真っ先にカモにされる客であろう。

 

 まあフェイト達は現状何か必要性があってこの店に来ているわけでもない。

 見ての通りこの体たらくだし、レナも「欲しいのあったら買ってきていいよ」ぐらいの事しか言わなかったのだ。

 

 ひやかし半分に店を見て回り、最後に自分達でも使い道が分かるような無難な回復アイテムをちょっと買って宿に帰ろう。

 そんな程度の気持ちでフェイトは店の品々を見て回った。

 

 

 ある程度見て回ったが、やはりどれが有用そうなアイテムなのかはさっぱり分からない。

 せっかくだからこの際ちゃんとした鍋でも買おうかと思いついたり、けどこういう所で売ってるようなやつは『火属性半減』みたいなヘンな機能があったりするんじゃないだろうかと思いとどまったりしていた時。

 事件は起きた。

 

 

「おいフェイト、これ見てみろよ」

 

 いきなりクリフに話しかけられたフェイトは、振り向きざま、やたらにやついているクリフが持っていた一体の彫像を見て噴き出したのだった。

 

 

 ずばり女性型の妖精っぽい彫像である。

 

 と説明しただけでは、この時のフェイトの動揺っぷりは分からないであろう。

 というわけで詳細をよりこと細かに述べるならば、その彫像はむっちむちのばいんばいんの、ないすばでーの持ち主だという事だ。

 

 「人間じゃないからセーフ」と言わんばかりに申し訳程度の羽が背中についている事以外、どうみても人間をそのまま縮小したようにしか見えない。「だって私妖精ですもの」と言わんばかりに薄布一枚を腰に巻きつけただけのあられもない姿でいるくせに、どうみても人間のメスにしか見えない世俗的な誘惑ポーズまでとっている。

 

 まあそんなある意味芸術の高みに達した素晴らしい彫像を、フェイトは動揺しながらも、その一瞬でこと細かにまじまじと観察しきったわけだ。

 

「お前っ、これ、こんなの一体どこから……」

 

「すげえだろ? さっきあの辺で見つけたんだけどよ、……」

 

 動揺したままそれでも彫像をちらちら見つつ、にやついているクリフに聞くと。

 クリフの方も誇らしげに答えてくる。

 

 

 ごく普通の、健全な男二人のやり取りである。

 男二人だけでだべってる分には、何も問題ないやり取りである。

 じゃあ何が問題なのかというと──

 

《あらあら大変! 誰かちゃん忘れてるわよ、あの子たち!》

 

 

 

 ……というわけで、今まで店の入り口付近で一人静かに品物眺めてたレナスは、なんかいきなり騒がしくなったフェイト達の方が気になったらしい。

 

 様子を窺うために、フェイト達二人の元へ近づいて行き。

 ある程度近づいたところでようやくフェイトもレナスに気づいたがもう手遅れで。

 レナスはフェイト達に「どうかした?」と聞くまでもなく、クリフが持っている彫像を見て動きを止めた。

 

 確実にやや引きの表情である。

 

 

 フェイトの思考は一瞬完全に停止した。

 ついではっと我に返り、自分の置かれている状況に気がつく。

 

 エロい彫像。

 にやついているクリフ。

 それと一緒になって喋ってた僕。

 一言も発せず、これ以上一歩も近づかずに僕達見てるレナスさん。

 

 そして気づく。

 彼女のあの表情は、エロい彫像とそれを持ってるクリフにだけ向けられているわけじゃない。確実に僕も含められていると。

 

 

 無言のレナス、愕然とするフェイトをよそに、クリフは相変わらずにやけ顔だ。

 彫像を隠しもせずに、憎いこんちくしょうはあろうことかイイ笑顔でレナスに話しかけた。

 

「おう、すげえだろこれ。こんな道具屋においてあるから一体何かと思えば……」

 

「ば、ばか野郎! お前これ……どこから持ってきたんだこんなもの!」

 

 今さら必死になって、この彫像と自分とは一切無関係である事を声を大にしてアピールするフェイト。

 

「僕達は旅に必要な物を買いに来たんだぞ! こんな旅に関係ない物見てどうするんだよ! 戻してこい、今すぐ!」

 

 これはクリフが勝手に持ってきただけなんだ。僕は悪くない、僕は真面目に買う物を考えていたはずなんだ。クリフがいきなり見せてきたから僕もつい気になっちゃっただけなんだ、レナスさんに見つからなくってもこんなものいつまでも見る気なんかなかったんだ僕は悪くない……

 などとフェイトがひたすら自分に言い訳しながらクリフを叱っていると、

 

「まあ旅に関係なくもねえけどな、これ」

 

 クリフの方は、悪びれる風でもなくあっけらかんとそう言い返してくる。

 

「はあ? これがどう旅の役に立つっていうんだよ」

 

「ほれ」

 

「あ。本当だ、『戦闘用』って書いてある」

 

「だろ? そう書いてあんだからなんか役に立つかもしれねえって」

 

 クリフが裏返してみせた、彫像のおみ足にくくり付けられた『戦闘用』のタグを言われるままじっと見つめ

 

「戦闘用か。どう使うんだろうな、これ」

 

 とまで口に出して考えてしまった後で、フェイトはまた我に返った。

 

「──そうじゃなくて! 旅に関係あったとしても、こんなもの買えないだろう!? こんなものどうやって戦闘中に使うんだよ! レナもレナスさんもいるんだぞ! こんなもの二人の前で使ってみろ、ドン引きもいいところじゃないか! 大体だなあ……」

 

 フェイトは再びクリフを叱り始めた。

 クリフなんかと一緒にされたくない。僕はそんなセクハラはしない。

 肝心のアピール対象の女性はもうすでにその場にいなかったりするが、そうアピールする事に一生懸命なフェイトも、しょーがねえなとフェイトの説教に付き合っているクリフもその事には気づかないままだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「……で、何か言う事は?」

「正直すまんかった」

 

 比喩ではなく小一時間程説教したと思う。

 クリフの謝罪は口から出まかせというわけでもないが、なによりこれで終いにしたいという願望が声のトーンには表れている。叱っていたフェイトの方も、これ以上こんなしょうもないやり取りをする気もないくらい疲れていた。

 

 二十分を過ぎた辺りからは自分でも何を言っていたのか覚えてない。

 ていうかそもそもなんでこんなに力いっぱいクリフを叱り続けていたのかすら思い出せない、まあとにかくそういう状況だ。

 

 お互いようやく静かになり、落ち着いて息を整えたところでカラスの鳴き声が聞こえ、そのタイミングを見計らったかのように店員の青年が来て閉店を告げた。

 

 気がつけば、店内にはフェイト達と店員の青年と店主のおやじしか残っていない。

 しかも閉店を告げた店員はすでに、てきぱきと店じまいの支度中だ。

 フェイト達が店を出るのを待っていた節すらある。

 

 

「で? あんたら何か買うの、買わないの」

 

 店の奥のカウンターで不機嫌そうに腕を組んでいた店主にそう言われたフェイトは、店じまい中の店内を一通り見回した後、クリフの手にある彫像に視線を移した。

 視線を受けたクリフも、何も言わずに彫像をフェイトに手渡す。

 渡された彫像をカウンターまで持っていくと、フェイトは店主に言った。

 

「これください」

「まいどどうも」

 

 決して買いたくて買うわけじゃない。これはしょうがない事なのだ。

 これだけ長居して何も買わないのはどうかと思うし、かといって今から品物を選ぶような時間はないのだから。

 重ねて説明するが、フェイトは決して、戦闘中にこれを使うとどうなるのかが気になったわけじゃないのだ。

 

(まあ役に立たないってことはないよな、たぶん。『戦闘用』だし)

 

 などとフェイトは自分に言い聞かせながらお金を払い、店主が品物を包むのを眺めている。

 品物を買ってくれた事についてか品物の内容についてかは知らないが、不機嫌そうだった店主の顔もかなり和らいでいた。少なくとも彫像をカウンターに置いた時、フェイト達を見る目が「許す」と言っていた事だけは確かだ。

 

 ちなみに彫像はその精密さの割には安かった。

 これも消耗品なのだろうか、回復アイテムを二十個まとめ買いするより安い。この値段ならレナにもバレないだろうと、フェイトも安心して代金を支払ったわけだ。

 

《レナちゃんにバレるバレない以前にすでに誰かちゃんの方に発見されてるじゃない》

 

 ──という、現実を直視する事もすっかり忘れて。

 

 

「あんたがたも好きだねえ。あんな上玉がそばにいるっていうのによお」

 

(そんなことより品物の包みが甘い。もっとしっかり包んでくれないと)

 

 品物を包みながら店主がまさにその誰かちゃんの事に言及したが、フェイトの方はまだ忘れている。店主の言葉も余裕で聞き流した。

 だって包み損ねた紙の端から、彫像のおみ足がチラチラ覗いて見えるんだもん。これじゃレナにバレちゃうじゃん。

 

 内心気が気じゃないフェイトとは違って、クリフの方は店主の話をちゃんと聞いていた。

 一時間ほど前にドン引かれた現場である後ろを振り返り、そこに誰もいない事を確認したクリフは、今さらながらに首をひねって言った。

 

「? そういえばあいつ、さっきから見ねえな」

 

「あんたがた……、それが美人ほっぽっといて言うセリフかね。お連れさんならだいぶ前に出ていきましたよ。先に帰ったんじゃないですかね」

 

 言って店主が包み終わった品物をフェイトに渡す。

 受け取った品の包装を軽く自分で手直しした後、フェイトもようやく二人の会話の内容に意識がいった。

 

 言われた通り後ろを振り返れば、いると思っていた場所にレナスがいない。

 「一人先に宿に帰った」という店主の推測に頭をかしげていると。

 店主がなぜか、気の毒なものを見るような顔でフェイト達を諭してきた。

 

「そりゃ呆れられますよ、「こんなもの」持って熱い議論しだしたら。あんたらまだ若いから分からんでしょうが、所詮「こんなもの」は「こんなもの」なんですよ。現実の女より「こんなもの」優先させてダメになっちまった奴たくさん見てますからね、あたしは。程ほどにしておくのが一番なんですよ、本当は」

 

「違います。僕達そういうのじゃありません」

 

 フェイトは即座に否定しているが。実際フェイト自身何を喋っていたのか覚えていない後半三十分くらいは、このエロい彫像に関するクリエイター個人としての解釈を延々と垂れていたりする。

 やれ造形はいいがセンスが露骨すぎるだの、しかし製作者の情熱は見事に伝わってくる一品だの……

 客観的に見れば店主の誤解は、誤解でもなんでもない。

 

「そうですかね? それならいいんですけどね……」

 

「ええ本当に。「こんなもの」にのめり込みすぎてダメになったらいけませんよ、お客さん」

 

 店主に続いて店員の青年までそんな事を言っている。

 繰り返すが、フェイトとしては本気でそういうつもりで彫像を買ったわけではないのだ。親切心で言っているのだろうが、そんな事本気で心配そうに忠告されても余計なお世話だとしか思いようがない。

 

 

 まあ初めて訪れた客の人生まで心配してくれるくらいだ。

 レナが言った通り、ここが確かな店だという事は間違いないのだろう。

 

「明日も利用させてもらいますね」

 

 店主達の忠告を話半分に聞き流して否定した後。

 買った包みを大事に抱え、フェイトはクリフと一緒に店を出た。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 店を出ると、まるで待ち構えていたかのように誰かがフェイト達の方に寄ってきた。

 もう日は暮れかかっており、今までずっと屋内にいた事も相まって余計に西日が眩しい。相手は光の方向から来るので寄ってくる人物が誰なのかわからず、二人ともしばらく目を細めて見ていた。

 

 相手は若い男で、ひどく怯えているようだった。

 

「あんたら、青と金髪の二人組。……あんたらだな。伝言を預かっている」

 

 男はそれだけ言うと、震える手でフェイトに紙切れを渡し、逃げるようにその場から立ち去っていった。

 日の光にようやく目が慣れてきて、二人とも本当に知らない人だとわかったのは、すでにその男が立ち去った後である。

 

「なんだあ? あれ」

 

「誰だろう。この町の人かな?」

 

「とりあえず、渡された紙でも見てみるか」

 

 クリフに促され、渡された紙切れを二人揃って見る。

 そこには、きれいな文字でこう書いてあった。

 

『黙って先に店を出てごめんなさい。私は今、レナの事で元ザンドの屋敷にいます。手厚いもてなしを受けているため宿に戻るのは少し遅くなりそうですが、今日中には帰ります。心配はしないでください』

 




・一応補足。
 『がめつき堂』の品揃えは原作ゲームと異なってます。ゲームでは本来売ってない品も、本文で書いた通り「客から売られた」という設定で店においてあったりします。
 品揃えはんぱないのは……英雄ごひいきの店だから?

以下、おまけの小話プロット。
 本文に入らなかった小話(ていうか大体エル大陸クロード編)は、こんな感じで今後もちょいちょい後書きに載せていこうかと思います。
 すまんクロード、エル大陸のみんな…すまん…


・名前紛らわしい問題。

 「レナ──」まで言うと、ちょいちょい呼んでない方にも反応される件について。
 “レナ”と“レナス”が同じパーティーなのって、どうなの?
 
 フェイトが提案。
「すみませんレナスさん。この際“メリル”でいいんじゃないですかね」
「……。それは、私も考えないではなかったけど」
 
 じゃあメリルでいいや、みたいな流れになりそうなところで、レナが猛反対。

「いいわけないじゃないですか! レナスさんはレナスさんでしょ!?」
「いや、でもさ」
「いざという時、どちらが呼ばれているのかとっさに判断がつかないのでは困ると思うのよ」
「それでもだめっ! 呼び方なんかフェイトが紛らわしくないように気をつければいいじゃない! 頭になんかつけるとか! ──とにかく、レナスさんは自分の名前をもっと大切にするべきだと思います!」

 結局レナス個人に話しかける時は
「すみませんレナスさん」ってフェイトが毎回毎回謝るみたいな事になりました。
 なんだこれ。
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