スター・プロファイル   作:さけとば

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プロローグその1
参考までに数日前の出来事


 ──ラクール大陸南西部、リンガの町。機械パーツが散乱している部屋の中にて。

 

 いつものようにプリシスの部屋にお邪魔していたアシュトンは今、この部屋の主であるプリシスと並んで、にこにことした笑顔で座っていた。

 目の前には、彼女がたった今完成させたばかりの機械。

 

 

「おーし、できたよ! アシュトン!」

 

 機械の前で、プリシスが元気よく言う。

 言いながら手で鼻をこすったせいで、鼻の頭にまで機械油がくっついちゃったようだ。

 

 とっさにハンカチを差し出そうとして、アシュトンは自分のポケットに手を伸ばしかけた。

 けど、彼女は今とっても真剣に目の前の機械に取り組んでいるのだ。邪魔しちゃ悪いし、どうせまたすぐ汚れそうだしで、ポケットに入れかけた手をそのまま元に戻す。

 

「んじゃ、すいっち入れるよ」

 

「うん。楽しみだね、プリシス」

 

 熱中しているプリシスに同調して心から言ったけど、この機械が動き出したら何がどう楽しみなのか、アシュトンはよく知らない。

 魔物発見器のようなものを作っているんだ、とは作り始めの頃にプリシスから聞いた気がする。でもやっぱり、機械のことはさっぱりわからない。

 アシュトンが楽しみなのは機械の完成じゃなくて、機械が完成した時にプリシスが見せる、このとびっきりの笑顔なのだ。

 

 まあ今まで散々手伝わされたし、この機械自体に対する愛着がまったくないというわけでもないけど……

 そんな感慨にふけっているアシュトンにはやっぱり目もくれず、プリシスは機械の電源を入れた。

 

「ぽちっとな」

 

 

 うぃんうぃんと無機質な音が鳴り始めて、しばらく後。

 ガガガガ、という異常な音に変わり、

 

「あれ?」

 

 さらにプリシスが覗きこもうとした瞬間。

 機械から、ぽん! というなにやら不吉な音が聞こえた。

 

「あ」

 

 

 今の音が一体どういうものだったのか、というのは機械について全く素人のアシュトンにもなんとなくわかる。

 目の前の機械からは、さっそく煙まで出始めているのだ。

 

(プリシスがあんなに頑張って作ったのに……)

 

 アシュトンが落ち込む中。

 プリシスはちょっとだけ残念そうに、

 

「むうー、壊れちゃったか」

 

 言うと、モクモクと煙を上げ始めた機械の電源をさっと切った。

 

「うーん、こんなすぐ壊れるなんて……感度調整間違えたかなあ」

 

 一生懸命作った機械が、あんなにも一瞬で壊れてしまった直後だというのに。次の瞬間にはもう、機械が壊れた原因を真剣な顔で考えている。

 

(やっぱりプリシスはすごいなあ。失敗にもぜんぜんめげてないよ)

 

 とアシュトンは感心しながら、そんなプリシスの様子を静かに見守っていたのだが。

 

 

「でもおっかしいなあ、近くに魔物なんかいないはずなのに」

 

 

 真剣に機械の方を見、首をかしげながらプリシスが呟いたこの言葉を聞くと、急にそれどころではなくなってしまった。

 

(あ!? 魔物って、もしかして……!)

 

 ハッと気づいたアシュトンが、体を逸らして上を見上げると、

 

「ギャフ」

「フギャフギャ」

 

 ギョロとウルルン。

 アシュトンの背中にとり憑いている二匹の魔物龍が、憎たらしくなるくらい楽しそうな鳴き声をだしたのだ。

 

 

(こいつらだー!! ……絶対こいつらだよ、それしかないじゃん!)

 

 二匹の口を慌てて塞ぎ、心臓をばくばくさせながらプリシスを見る。

 真剣な顔で機械と向き合っていて、一生懸命作った機械を一瞬で壊した原因がとんでもなく近い所にいたという事には、みじんも気づいてない様子だ。

 

「うー、それとも……あそこの接続ミスったかも?」

 

(ごめんよプリシス! 僕は、僕はなんてことを!)

 

 押し寄せてくる罪悪感。

 まだ原因に気づいていないのなら、僕がちゃんと正直に言うべきなんだろう。機械を壊したのは僕なんだって。でも──

 

 プリシスにきらわれたくないよう。いやだよう。

 でもプリシスが気づかないのをいいことにこのままずっと黙っているなんて、それでいいのか!? プリシスのためを思うなら、言わなきゃ……!

 

(……でもなあ)

 

 背中の二匹の口元に手をあてたまま、アシュトンがうだうだ考えていると。

 突然、すぐ後ろのドアが勢いよく開いた。

 

 

「ねえねえプリシス!」

 

 開くと同時に、これまた勢いよく部屋に入ってきたのはチサトだ。

 部屋に入ってくるなり、

 

「って、アシュトンもいたのね。何やってんの?」

「うぇ!? ……な、なんでもないですよ、チサトさん」

「ふーん、ま別にいいや。相変わらず散らかってるわねー、この部屋」

 

 アシュトンが慌てて、二匹の口を塞いでいた両手を下ろした一方。

 なんとなく聞いてみただけだったらしい。どうみたってなんでもないことない今のアシュトンの反応を、チサトはそれ以上特に気にすることもなく受け流した。

 

 真剣に機械と向き合っていたプリシスも機械から目を外し、自分の部屋にお邪魔してきたチサトとさっそくお喋りを始める。

 

「なんか久々のチサト、って感じー。今度はどこ行ってたの?」

「ちょっと隣の大陸まで、ね」

「ほえ~、相変わらずパワフルだねえ」

 

(あっ……言いそびれちゃったな、プリシスに……)

 

 と思いつつ、内心ほっとするアシュトン。

 しかしまた、本当にこれでいいのだろうか、今からでも言った方がいいんじゃないか、などと考え始める中。

 

「そんでさ。本日は一体どのよーなご用件でいらっしゃったのでしょーか?」

 

 とプリシスがチサトに聞いた。

 

「ふっふーん、──知りたい?」

「まあ、なんとなく想像つくけど」

「チサトさん、いつも“それ”だからね」

 

 とプリシスに続けてアシュトンも答える。

 いつもと同じように慌ただしくプリシスの部屋に入ってきたチサトは、これまたいつもと同じように、まるでついさっき旅先から帰って来たばかり、と言わんばかりの荷物を抱えているのだ。

 

 “まるで”ではなく、たぶん本当に旅先から帰って来たばかりでここに来たんだろうけども……

 チサトの荷物が多い理由は、間違いなくそれだけではない。

 あの荷物の中には、“いつものやつ”が相当量に混じっているからだ。

 

「じゃあ教えてあげるわ」

 

 チサトはなぜか得意げに、プリシスとアシュトンに向かって言い。脇に抱えていた、ひときわ大きなケースを見せつけるように、二人の前に突き出す。

 それからチサトが次に言った事は、二人が予想した通りこれだった。

 

 

「取材手伝ってくんない? ちょっと今手が足りてないのよね」

 

「そんなこったろうと思った!」

 

 呆れてつっこむプリシスに、チサトが軽い調子で言う。

 

「いいじゃんいいじゃん、ちょっとだけだからさ」

「今手が足りてないって、それいっつも言ってない?」

 

 プリシスのこのつっこみは、当然至極なものである。

 チサトのセリフを聞いた瞬間、アシュトンも

 

(そりゃまあ、チサトさん一人しかいないからねえ)

 

 と心の中でつっこんだくらいだ。

 

 わざわざ取材のためにエクスペル中を駆け回っている人なんて、そこそこ旅慣れているつもりのアシュトンだって、目の前にいる一人しか知らない。

 取材などしたところで、肝心の出来上がった記事をとりあげる新聞がこのエクスペルにはないのだ。そもそも取材、という概念自体あるかどうかも怪しい。

 そんなこと本人だってわかっているだろうに、それでも「ネタがなきゃ記事が書けないじゃない!」という信念の元に、取材活動を続けるその根性。

 

(チサトさんはすごいなあ。僕も見習おう……)

 

 そんなチサトではあるが、やっぱり一人では限界というものがあるらしい。

 そんな時はこういう風に、自分と同じリンガの町に住んでいるプリシスの元に、手伝いを頼みにやってくるのだ。

 なんだかんだでお出かけは楽しいし、いつもはプリシスも(その場にいればアシュトンも)頼まれれば快くチサトを手伝ってあげるのだけど。

 

 

「んー……。悪いけどアタシ今回はパス」

 

 今回のプリシスはチサトの頼みを断った。

 気もそぞろ、といった様子で、プリシスはチサトに言う。

 

「これ作り直さなきゃいけないし」

「ありゃりゃ。完璧に壊れてるわね、これ」

 

 

 忘れた頃に来るこの衝撃。

 

「むー。そろそろ冷えたし、中開けて見よっかな」

 

 手元の工具を掴み、再び機械に向き直ったプリシスに、

 

(ごめんよプリシス! 僕は、僕はなんてことを!)

 

 とアシュトンが心の中だけで平謝りに謝っていると。

 

「じゃあアシュトンだけでいいわ。えーと、どこに行ってもらおっかなー」

 

「えっ……、あの僕」

 

 もう行くことに決まってるんですか、と聞くことすらできない。

 すでにチサトは持っていたケースの中から何枚もの写真を取り出し、「こっちがいいかな、あっでも、こっち行ってもらった方がいいかも」なんて悩ましげに見比べているのだ。

 

 特に忙しいというわけでもないし、チサトの仕事を手伝うのが嫌というわけでもないけれど、それにしたってアシュトンにだって限度っていうものはある。

 今回はプリシスもいないし、その分自分に回ってくる仕事も多くなるんじゃないだろうか。あの様子だと、今回はいつも以上に人手が足りていないらしいし、下手するとしばらくの間リンガに戻ってこれなくなるなんてことも……

 

 アシュトンの思考回路は、すっかりネガティブ一直線である。

 

(そりゃだって、チサトさん一人しかいないもんな……)

 

 アシュトンはごくりと生唾を飲み込んだ。

 これから僕は、どれだけ引きずりまわされることになるのだろうか。

 

 うだうだ考えつつ、かといって、はっきり「手伝いたくない」とも言えず。

 怯える子羊のような目で、アシュトンが己に下される判決を待っていると、

 

 

「あっ、いいこと思いついた」

 

 ずっと考えていたチサトはそう言うなり、いきなりケースを逆さにひっくり返したではないか。

 ケースに詰まっていた大量の写真が、ばさばさと床に落ちる。

 

(なっなんなんですか!? チサトさんまさか、全部とか言わないですよね?)

 

 大量の写真が床に落ちたその瞬間、アシュトンは最悪の事態、すなわち死を覚悟した。……のだけど、とりあえずその可能性だけはないようだ。

 チサトは床に落ちた大量の写真のうち、数枚ずつ手に取ると「これはいいや」と言って、今度はがさがさとケースの中に戻していくのだから。

 

(なんだ、まだ考えてる途中だったのか)

 

 とアシュトンは一安心して、目の前のチサトの行動を落ち着いて見守る。

 写真をどんどんケースに戻していくチサトの様子は、どことなく楽しそうだ。

 

 

 にしたって、何も床に散らばすことないのに。まとめて全部出してから一個一個しまっていけばいいのに、チサトさんもがさつな人だなあ。

 しかも何枚かしまい忘れてるし、裏返しになっちゃってるし。

 気づいてないのかな、きれいにずらっと並んでるのに……ん? あれ──今

 

 チサトさん自分で写真、裏返しにしなかった……?

 

 

(あ……。これって、もしかして)

 

 とっても嫌な予感がしてきたところで。

 案の定“選別作業”を終えたチサトは、笑顔でアシュトンに言った。

 

 

「はいっ、じゃあアシュトン。この中から好きなの選んで」

 

 

 好きなの“選んで”、と言われても。

 写真も全部きれいに裏返してある状態。

 つまりどう考えてもこれは、“くじ引き”方式のやつである。

 

(なんでそんな殺生なことを思いついちゃったのかなあ、チサトさんは)

 

 超絶に運のないこの僕自身が、これから行く所を、勘だけを頼りに“選んで”しまった日にはもう……どうなるかわからないよ? ほんとうに。

 ソーサリーグローブの写真とか出てきても、何にもおかしくない。

 はたまたうじゃうじゃの魔物の群れに一人突っ込んで行って、その生態を観察して来るべし、なんて指令が書かれた写真が出てくるかもしれない。

 

(プリシスの顔を見るのも、これが最後かあ……)

 

 チサトさんの期待を裏切るわけにもいかないし、どんな場所が写真に出ても結局そこに行くんだろうな、僕。

 

 でもフィーナルの写真とか出てきちゃったらどうしよう。

 僕もさすがにそこまでは行けないですよ? チサトさん。

 だってフィーナルは、もうきれいさっぱり、消えてなくなっちゃったんですから──

 

 

 ……などなど思いながら、アシュトンがすっかり絶望に沈んだ瞳で写真を眺めていると。

 

 

「なに深刻になってるのよ。そんなとんでもない所に行かせるわけないでしょ。大丈夫だってば、ほら」

 

 そう言って、チサトは試しに何枚か裏返してある写真をめくり、アシュトンに見せてきた。

 写真に写っているのは、前にプリシスのお父さんが隕石を拾ってきたという裏山や、リンガの大学構内の様子(よく見ると写真の裏に小さく『大学七不思議を追え!』と書かれている。七不思議って……)、ご近所の道具屋(『少女誘拐未遂事件!』──!?)などなど。

 ようはリンガ周辺の風景ばかりだ。

 

「あっ、普通だ」

「罰ゲームだ、とか思ってたでしょ」

 

 ちゃんと「取材」って言ったのにと、チサトは少々不満顔だ。

 

(いや決してそんなことはないんですけど、ただ僕の場合はね……どうしてもそういう事になっちゃうっていうか……)

 

 などと言い訳しようとしたアシュトンの言葉を遮って、さっそくアシュトンに写真を選ぶよう勧めるチサト。

 

「はいはい、安心したならさっさと選ぶ。どれがいい? アシュトン」

「えっと、じゃあ……」

 

 言われた通り、アシュトンも素直に写真を選び始める。

 

(近いところ、近いところ……)

 

 一心に念じながら、写真の裏に書かれている文字を眺めていく。

 しばらくして、アシュトンは一枚の写真に目を止めた。

 

(『食事中』。やけにシンプルだなあ、これ)

 

 たぶんチサトさんがいつも通っている近所の食堂、とかそんなところだろう。ここに書かれている文字だけじゃ詳しい取材内容はわからないけど。

 『おいしさの秘密を追え!』とか、そんな感じかもしれない。

 

(あ、いいかも)

「決めました、これにします!」

 

 威勢よく宣言して、写真をめくったところ。

 

 

「──え? これ……なに?」

 

 

 アシュトンは意外な写真に思いっきり戸惑った。

 それもそのはずで、アシュトンが選んだ写真は、見覚えのあるリンガ周辺の風景を写した写真などではなく。

 なぜか見知らぬ荒野で串焼きをほおばっている、ディアスの写真だったのだ。

 

 

 写真のディアスは串焼きを無表情で食べていて、カメラの方は向いていない。ディアスが愛想良く写真撮られるわけないから、それはいいんだけど……

 周り一面見るからに荒れ地。どこで調達したのよ、その串焼き。

 

 ていうかそもそも。

 この場所、どこなの?

 そして僕は──これから、どこに行かされるの?

 

 

「ねえねえ、一体何の写真だったのよ? そんな不思議そうな顔して」

 

 聞かれたアシュトンは困惑したまま、チサトに写真を手渡した。

 渡された写真を見たチサトは

 

「あ。これこないだ撮ったやつだ」

 

 と独り言のように言っただけ。

 この写真に困惑したアシュトンへの説明なんていっさいない。

 

(懐かしがるのは後でいいですから! ねえ教えてくださいよチサトさん、そこは一体、どこなんですか……!?)

 

 

 ──もしもアシュトンがこの時、もうちょっとだけでも冷静に、チサトの様子を観察できていたのなら。

「あーこれ取り除くの忘れてたわ。てへ」と言わんばかりに自分の頭をかくチサトの仕草にもすぐに気づけただろう。

 

 そう。実はこの写真、チサトのうっかりで紛れこんじゃっただけなのです。

 しかし必死なアシュトン、そんな事とはつゆ知らず。

 

 

「えっなになに?」

 

 それまで集中して機械と向き合っていたプリシスも、二人の様子が気になったらしい。手に工具を持ったまま、チサトが持っている写真を覗きに来ると、

 

「なんだディアスじゃん。相変わらず仏頂面だねえ」

 

 久しく会っていない、かつての旅の仲間の姿を、しかしそれほど懐かしくもなさそうに眺めた。

 プリシスが漏らした何気ない感想に、チサトも力強く同調する。

 

「でしょー? っとに、なんでこんな写りになっちゃったんだか……」

 

 不満そうに写真を見て文句を垂れるチサトのこの様子を落ち着いて見る事ができれば、今話題になっているこの写真とついさっき頼まれた取材の間には、何の関係性もない事も、たやすく想像がつくだろう。

 

 がしかし、やはり今のアシュトンにそんな冷静さはない。

 アシュトンに取材の手伝いを頼んだ事もすっかり忘れ、そのままプリシスと歓談を始めちゃいそうなチサトに、アシュトンは恐る恐る聞いた。

 聞いちゃだめだ、聞いたら終わる。そんな予感をひしひしと感じながら。

 

「あの、ディアスがいるこの場所って、一体どこなんですか?」

「ん? この場所?」

 

 チサトも疑問に思う事なく、アシュトンの質問にさらりと答える。

 

 

「エルリアだけど」

 

 

 ずばり、お隣の大陸である。

 

「へえ~。今そんなトコにいるんだ、ディアス」

 

 とプリシスがのん気な感想を言った。

 

 

(ひと月コースか、ははっ……まあいいや、フィーナルよりは全然……)

 

 話題がすっかりディアスの近況の方に移っている二人は、すぐ後ろの方で、アシュトンの魂がいよいよ抜けかかっている事にも気づかない。

 チサトも写真を見ながらぶーたれている。

 

「これね、ディアスったらぜんっぜん笑ってくんないのよー。こっちはちゃんとカメラ向けて「撮るよ」って言ってんのにさ、「勝手にしろ」っておかしいと思わない? 何でずっと串焼き食べてるのよ、こっち向きもしないし……」

 

「でもディアスってさ、なんかずっともの食べてるイメージあるよね」

 

(イイ笑顔したディアスの写真か、確かにそれだけでもう記事になるよね)

 

 ぼーっとした頭で二人の会話を聞いていたアシュトンは、なるほど僕はイイ笑顔のディアスを撮りに行けばいいのか、と一旦は納得しかけた。

 当然そのすぐ後に、もっともな疑問もちゃんと頭に浮かんだわけではあるが。

 

(でも身内にしかウケないよね? チサトさんが目指している記事の方向性がわからない……)

 

 

 さすがにそんなヘンな取材で、エル大陸まで行かされるのはどうなんだろう。

 それになにより……エル大陸に行っている間は、プリシスに会えないし。

 

(今からでも断ろうかな、チサトさんには悪いけど……)

 

 そう思ったアシュトンは、なんか会話の弾んでいるチサトにNOと言う勇気を出すため、同じく会話の弾んでいるプリシスを見た。

 

 

「ええっ、この日だけで二桁も!?」

「少なくとも三十は超えてたわね」

 

(あれれ、今度はおでこに機械油ついてるよ)

 

 手に握っている工具、機械のカバーを外すために使ったやつかな。

 

「えー、絶対嘘だあ、それ。話盛ってない? だって結構でかいよ、この串焼き」

 

「いや本当だって。きっちり本数数えてたわけじゃないけどさ。左腕いっぱいに串焼き抱えて移動してるところ隣でずっと見てたもん。この写真には写ってないけど、この段階ではまだ胃袋に収まってない串焼きのたくさん詰まった袋が、確かこの下辺りに……」

 

(……僕が壊したんだよな、あの機械)

 

 プリシスが一生懸命作った機械だったのに。

 プリシスは作り直すって言っていたけど、あれをまた一から作るなんて。それに完成しても、

 

「うぇえ……。じゃあ本当にそれ全部食べたんだ、ディアス」

「本当に全部食べたのよ。残さずきれいに、一日で」

 

 僕がプリシスのそばにいたら、やっぱりまた──

 

 

 ぎゅっと拳を握ると、アシュトンは立ち上がり、

 

「チョコならともかく、串焼きそんな大量に食べて飽きないのかなあ」

 

「それよりもまず、ありとあらゆる物資が不足したあのエル大陸の地で、あんなおいしい串焼きを、それもあんな大量に調達できてる事の方が謎なのよね。なんか地鶏とか言ってたし……」

 

「あ、チサトも一本食べたんだ、その串焼き」

 

「うん。すっごいおいしかった。まさに名店の味って感じ。あの辺り、名店どころか普通の焼き鳥屋すらまだないはずなのに。……地鶏って何? 謎すぎるわよね?」

 

「じゃあプリシス、チサトさん。僕行ってきます」

 

 まだ喋り続けている二人に声をかけた。

 

 

「ん? アシュトンどっか行くの?」

 

「やっぱ自分で捕まえた鳥さばいてるのかしら。魔物でもなんでもとりあえず鳥の姿してりゃあ問題なく食える、みたいな事普通に考えてそうだし……って──ん?」

 

 声をかけられたプリシスは、気楽にアシュトンを見上げて聞く。

 チサトもお喋りを止めて、アシュトンの方を見た。

 

「エル大陸の、エルリアに……」

「えぇ!?」

 

 自分を見ているプリシスと、それと一応同じく自分を見ているチサトにも向かって、しょんぼりと自分の行き先を告げるアシュトン。

 プリシスは心の底からびっくりした様子で聞き返してくる。

 

「えっなに、それってもしかして……今から、ってコト?」

「……うん」

 

 そんなに驚かないでよプリシス。僕だって本当は行きたくないんだよ。

 でも僕がそばにいたら、プリシスの邪魔になっちゃうから仕方ないんだよ。

 

 ……などと、一人で切なく思っていると。

 チサトも驚いてアシュトンに聞いてくる。

 

「今からエルリアに行くですって!?」

「はい、まあそういうことになりますね……」

 

 切なさでいっぱいのアシュトンはしょんぼりと返事をする、

 エルリア行きを頼んだ張本人であるはずのチサトが、アシュトンのエルリア行きにびっくり仰天している事の不自然さにも気づかないままだ。

 

「そうなんだ。……あ、そうだ。だったらちょっと待って、ついでに取材しといてもらいたいものがあるんだけど……」

 

 びっくり仰天した後、チサトは慌ててケースの中をごそごそと漁る。

 しばらくしてから写真と資料がぎっしりとつまったファイルをいくつか、それと予備のカメラをアシュトンに手渡してきた。

 

「はいこれ」

 

 渡されたファイルの一つを、アシュトンは虚ろな目でぺらぺらとめくる。

 ファイルの最初のページには、旧エルリア市街の地図が貼り付けられている。

 地図のいたる所に書きこまれている小さな数字は、チサトの手による書き込みだろう。思った通り次のページからは、その地区の被害状況やら復興状況、それと近隣の魔物出没情報などが番号つきで、箇条書きでまとめられている。

 

 ページをめくっているうちに、アシュトンは右上に『要、再取材』と赤丸で囲んであるページが何枚かある事に気がついた。

 ついでに頼みたい取材というのは、どうやらこれの事らしい。

 

「ああそれ別に全部調べなくていいから。出来たら、でいいんだけど」

 

 機嫌を窺うように、チサトがファイルを見ているアシュトンに話しかける。

 アシュトンは力なくファイルを閉じ、虚ろな声でチサトの頼みを快諾した。

 

「……わかりました。これも調べられるだけ調べてきますね」

 

「ほんと!? ……やったあ! ありがとーアシュトン、助かるわあ」

 

 エル大陸の遠さに比べたら、ついでの調べものが多少増えることぐらい別にどうってことないのに。この大げさな喜びようである。

 

(ていうか、こっちの方が全然まともな取材なんだけど? なんでディアスの笑顔メインなの?)

 

 ちょっとだけまともな思考がアシュトンの頭によぎったところで、

 

 

「そっか。アシュトン、本当にエル大陸に行くんだ。今から」

 

 そう言うプリシスはどことなく、いつもの元気がない様子だ。

 どうかしたのかな、プリシス。と素直に心配してから、

 

(あっもしかして、僕がエルリアに行っちゃうのが原因?)

 

 自分に大変都合のよろしい想像で、さらに不安になるアシュトン。

 

「プリシス……」

 

 やっぱ行くのやめようかな、とまたまたアシュトンが迷いだした時だった。

 プリシスは、自信なさそうに自分の手元の工具を見て呟いたのだ。

 

 

「アシュトンが戻って来るまでに、できるのかなあ」

 

 

(……そうだよね。プリシスの頑張りを、僕が無駄にしたらいけないんだ)

 

 決意を固めたアシュトンは、プリシスを優しく励ました。

 

 

「大丈夫。プリシスならきっと出来るよ。しばらく手伝ってあげれないけど、エル大陸からでも、僕はプリシスのこと応援してるから」

 

「ん。……ありがと、アシュトン」

 

 照れくさそうにプリシスは手で鼻をこする。

 

(あーあー、またそんな手で鼻こすって)

 

 アシュトンはすぐにポケットからハンカチを取り出して、プリシスに渡した。

 

「プリシスの顔、油まみれだよ」

「ううん? そうかな」

 

 とアシュトンが貸したハンカチで、プリシスはくしくしと顔をこすりだす。

 

(ははっ、なんかリスみたいだ。かわいいなあ、プリシスは)

 

 いつまでもこうしていたいけど、そうしたら、いつまでも行けそうにない。アシュトンは断腸の思いで、いよいよ部屋の外へと足を踏み出した。

 立ち去ろうとしたアシュトンに、プリシスが声をかける。

 

「あ、待ってよアシュトン。このハンカチ忘れてるって」

(ひき止めてくれるな、プリシス。僕の決意は固いんだ)

 

 その場でちらっと振り返って、

 

「そのハンカチはプリシスが持っててよ。僕がいない間、それを僕だと思って。くじけそうになった時は、それを見て思い出してね。僕はずっと、応援してるから──」

 

 今思いつく限り、精いっぱいのカッコイイセリフを言ってから、プリシスの返事も待たずに部屋を飛び出した。

 それからそのまま後ろも振り返らずにプリシスの家を出ると、アシュトンは背中に哀愁を漂わせ、リンガの夕闇の中へ溶け込んでいった。

 

 

 これからアシュトンが目指すのは遥か遠くのエル大陸、エルリア。

 もちろんアシュトン一人だけではない。背中の二匹も一緒だ。

 二匹とも、今は背中の濃厚すぎる哀愁に当てられて、若干げんなりしているけれど。

 

 

 ☆★☆

 

 

「行っちゃった。もう夕方なのに」

「なんか今生の別れみたいなセリフ言って去ってったわね、アシュトン」

 

 もう日も暮れようという時刻に、一体何を決意したのか。

 いきなりカッコイイセリフを残して隣の大陸へと旅立っていったアシュトンの背中を、プリシスはチサトと二人、ただ呆然と見送っていた。

 ひとしきり呆然とした後、

 

「なんでまたあんな急に……。ってか何しに行ったのさ、アシュトンは」

「さあ?」

 

 チサトと二人して首を傾げる。

 理由がさっぱりわからない。それとも前から行くって言ってたっけ? まさかあの写真見て、久々にディアスに会いたくなったとかじゃあるまいし……

 

「むむむ」

 

 プリシスが眉間に皺を寄せて、アシュトンの急な心変わりの原因を考える一方。

 隣のチサトはホクホク顔である。

 

「まあいいじゃないの。急に旅したくなったんでしょう、きっと! いやー、ほんとラッキーだわー、やり残してきたことが結構あったのよねえ」

 

 そんなチサトの言葉を聞いて、プリシスも心の中で(まあ行きたくなったんならしょうがないか)と納得したように呟く。

 今までだって、アシュトンは好きでリンガにいただけなんだもん。急にいなくなったからって、疑問に思う方がおかしいんだよね。

 

「だよねえ」

 

 今度は口に出して呟きつつ、プリシスはアシュトンが「これを自分だと思って!」と言い残していったハンカチで顔を拭いた。

 ハンカチからはフローラルのいい香りがしている。

 

(このふろーらるが“アシュトン”なのか。……なんかやだな)

 

 とは思ったけど、まあせっかく励ましの言葉と共に渡された物ではあるし、アシュトンがまたリンガに帰って来るまで、大切に持っておくことにする。

 

 

 大丈夫。プリシスならきっとできるよ──

 

(くじけそうになった時は思い出してね、だってさ)

 

 アシュトンが去り際に言った事をぼーっと思い返すうちに、プリシスはなんだかだんだんむしゃくしゃした気分になってきた。

 

(いつもみたいにそばにいて手伝ってくれるって、勝手にそう思ってたアタシが悪いのかもしんないけどさ)

 

 手元のハンカチを思いっきり睨みつけてから、

 

 

「何も今いなくなることないじゃないのさ。アシュトンめ~」

 

 

 ついさっきアシュトンが出ていったドアの辺りに向かって、恨み言を言っていると、

 

「どうしたの? なんか元気ないわよ、プリシス」

 

「んー? やっぱわかっちゃう?」

 

 さすがに様子が気になったらしい。

 ドアを睨んで「むう」と唸るプリシスに、チサトが声をかけた。

 

「そんなふくれっ面してたらそりゃ、ね」

「だよねえ」

 

 とため息混じりに言った後、

 

「アタシさあ、今ちょっとすらんぷ気味っていうか? どうもうまくいかないんだよね」

 

 そんな自分の現状を、チサトに正直に打ち明けてみる。

 

「とりあえず作ってはみるんだけどさ、ちゃんとできてる気がしないっていうか……。さっきのだって、ちっともうまくできてなかったし」

 

 

 うまくいけばラッキーと気楽に考えて作ったつもりの機械だけど、あそこまで一瞬で壊れられてしまうと、いくら能天気娘でもそれなりにはへこむ。

 何よりまずいのは、大失敗をした事ではなく、その大失敗の原因がさっぱり思いつかないことである。

 

 中も開けて見たけど、それでもわからない。

 どこかの部品に何か不備があったのか、どこかで配線を間違えたのか、どこかの溶接が上手くいってなかったのか、そもそも基本設計はあれで正しいのか。何にもわからない。

 

 何にもわからなかったけど──そんでもまあ、いつまでもくよくよしたってしょうがないからまた明日からがんばろって思った矢先に、助手のアシュトン、突然の蒸発。

 アシュトンに当たりたくもなるというものである。

 

 

(別にアシュトン居たって、どーにかしてくれるってワケでもないけどさあ)

 

 そりゃあ「機械って何?」って顔しながら手伝ってくれてるアシュトンに、自分のスランプを治してくれる事までは求めてなかったけど。

 しかし助手としては超優秀なのだ、アシュトンは。

 

 気配り上手っていうか、レンチほしいな、って思った時にはもう手の届く所にあるし。

 喉が渇いたなー、って思ったタイミングでちょうど淹れたてのお茶も出てくるし……掃除も、部屋の片づけも……

 

 

(途中で気が変わって戻ってこないかなあ、アシュトン)

 

 などと優秀すぎる助手との別れを惜しんでいるプリシスの横で、

 

「ふーん……スランプ、か。そりゃ大変だわ」

 

 とプリシスの悩みを理解したチサトが、心からの同情を寄せてくれた。

 プリシスもアシュトンへの未練をすぱっと断ち切り、チサトに答える。

 

「自分一人の闘いってことでしょ? こんな場所じゃ、教えてくれる人もまずいないでしょうし」

 

「せいぜいオヤジくらいのもんだね、機械のコト聞けるのは」

 

 エクスペルの人達はそもそも“機械”の存在自体を知らないのだ。機械工作の知識を持っている人物なんてものは、おのずと限られてくる。

 具体的には──今プリシスが言った通り、プリシスの父親しかいない。

 そしてその貴重な“オヤジ”はというと、プリシスが今一体何を作ろうとしてるのかすらよくわかってなかった模様。もはや完全に戦力外である。

 

(結局一人で頑張るしかないんだよね、“こんな場所”じゃ)

 

 とため息をつきつつ、チサトの言葉に頷きかけて、

 

 

(……教えてくれそうな人、いるじゃん! ここに!)

 

 

 大変な事実を思い出したプリシス。

 さっそく視線を、ちらちらとすぐ隣の教えてくれそうな人に送ってアピールしてみたけど。

 

「やっぱ、独学じゃ限界あると、思うんだけどなー?」

「教えないわよ」

 

 

 即答である。

 

「けちー! けちんぼー! チサトのドけちー! しみったれー!」

「けちじゃない! ダメなものはダメなの!」

 

 などというやりとりを、二人で一通りやった後。

 チサトがふくれっ面のプリシスに説教をかましてきた。

 

「前にもちゃんと言ったでしょ? ネーデの技術は外の世界に出したらいけないものなの!」

 

 がしかし、怒られたプリシスに反省の色はない。

 

「まったくもう、プリシスもレオンも、夢中になるとすぐ忘れちゃうんだから。もうちょっとで宇宙が崩壊するとこだったっていうのにさあ……」 

 

「ふんだ。偉そうなこと言ってさあ、実は機械のコト何にも知らないだけなんじゃないのー? そこらじゅう機械に囲まれた生活してたからって、なにも機械の構造に詳しいって言いきれるワケでもないもんねえ」

 

「そっ、そんなことないわよ! ちゃんと知ってるんだから!」

 

 プリシスがそう言うと、チサトは目に見えて焦った様子で言い返してきた。

 

「機械の中身でしょ? フィルム替える時に毎回見るもん。水の中に落としたケータイ、開けた事だってあるし……。ほら知ってるでしょ! 宇宙の平和のために、あえて教えないだけよ!」

 

(やっぱ知らないわ、これ)

 

 と訝しむプリシスの視線を避けて、チサトは言う。

 

「そうだった、応援を頼みに来たのよ私は! あれ、でも……プリシスは忙しいし、アシュトンは……まあいいわ、エルリアの方が断然魅力的だものね! じゃこっちの取材は、と」

 

 実に都合よく本来の用事を思い出したようだ。

 チサトは床に並べたままだった写真に目をやり、またまた「うーん、どこから行こっかなー」と悩み始めた。

 あっちも結局取材は自分一人で頑張る事にしたらしい。

 

 

「あーあ、結局アタシ一人か。チサトも役に立たないしなあ」

 

 喋り相手のいなくなったプリシスは、さっきまで自分がいじっていた機械を見てぼやく。

 ぼやきながら(クロードなら教えてくれるかな)と考えてみたけど。結局すぐに(知らないだろな、たぶんチサトと一緒な気がする)という結論に達した。

 

 もしかしたら知っているかもしれないけれど、クロードはすぐ隣にいるチサトと違って、ここから遠く離れたアーリアの地にいるのだ。

 その“もしかしたら”のためだけに、はるばる海を越えてまで聞きに行く気にはなれない。

 

(もうなんか、旅の途中ですらんぷ治りそうだよね、それ)

 

 となると、今この場でプリシスの苦境をどうにかしてくれそうな人はやっぱり一人しかいないわけだ。──オヤジしか。

 

(誰かー! へるぷみー! 誰かアタシに教えてー! ぷりーず!)

 

 弱気にならざるを得ない。

 ついには過去まで振り返って、プリシスは後悔し始めた。

 

「あーあ、アタシも一緒にエルとオペラの艦に乗ってけばよかったなあ……。あの時はなんで」

 

 

 ──あの時。

 お別れの時、プリシスは乗ってきた艦に乗り込もうとしている二人に向かって「お願いアタシも連れてって!」と、一度はそう言ったのだ。

 でもすぐに断られた。

 

「この艦に乗ったら、もうエクスペルには戻ってこれないのよ」

 

 そう諭すようにオペラに言われ、それで結局は──

 

 

 こんなことになるんだったら、密航でもなんでもして乗ればよかった。

 一度乗っちゃったら、さすがにあの二人も「降りてくれ」とは言わないだろうし。

 

(そしたら、今ごろアタシは機械だらけの世界で、たぶんその辺にうようよいる機械好きの仲間たちと、思うぞんぶんに機械のコトを……)

 

 うっとりとした気分で、今現在あるかもしれなかった夢のような生活を思い描いたところで、しょせん夢は夢。

 現実のもどかしさに、いっそうみじめな気分になったプリシスは、

 

(なんで一瞬でもオヤジの顔見たいとか思っちゃったかね、あの時のアタシは)

 

 ぼんやりとした頭でそう考えた後。

 慌てて自分の口元に手を当てた。

 

 

「あっやば」

 

「え、なに? どうしたのよ、いきなり?」

 

 写真選びの手を止めて、不思議そうにこちらを見上げるチサトに聞く。

 

「えっとその……。アタシ、今なんか言ってた?」

「? やばっ、って言ったけど?」

 

 チサトはやっぱり不思議そうに答えた。

 何が聞きたいのか分からない、とでも言いたげな様子である。

 

「いやその前に……ううん、なんでもない。言ってないならいいや」

 

「あそう。ヘンなプリシスねえ。やっぱこっちは後でもいいかな……」

 

 まったく気にした様子もなく、再び写真を悩ましげに見比べるチサトを見て、プリシスはほっと胸をなでおろした。

 

(よかったー。声に出してないよね、今の。出てたらサイアクだよ)

 

 そんな風に、プリシスが一瞬でもあんな無神経な事を考えてしまった自分に憤りを感じている事にも、チサトは全く気づいてない様子だ。

 

「ダメ。ぜんっぜん決まんないわ、これ。あっそうだ」

 

 そう言うとチサトは何やら思いついたらしく、ぎゅっと目を閉じた。

 写真が並んでいる辺りに手を伸ばしているところから察するに、考えるのはやめて「運任せ」で決めることにしたらしい。

 しかも手から何かしらの波動でも出てきそうなくらい、かざしている手に力を込めている。

 チサトは全身全霊をかけて、写真を「運任せ」で決めることにしたらしい。

 

 

 プリシスはふんっと鼻から息を吐き出して、自分自身に喝を入れた。

 

(……後悔すんのやめ! なに弱気になってんのさ、アタシのばか!)

 

 チサトだって一人で一生懸命頑張ってるんだもん、やって出来ない事なんてない! すらんぷがなんだ! 乗り越えればいいじゃん、そんなもの!

 ……と気合を入れ、解体しかけた機械に向かってどかっと座り。

 作業を再開したはいいものの。

 

 

「あ~。だめだ~」

 

 さっそくやっぱりなにもわかんなくて、がっくり肩を落としていると、

 

「てえーいっ!」

「うひゃあ!」

 

 チサトのかけ声と共に、何かがプリシス目がけてまっすぐに飛来してきた。

 手に持っていた工具をとり落とし、文字通り飛び上がって驚いた後。飛んできた謎の物体……一枚の風景写真を見て口をとがらせる。

 

「なんだよーいきなり、びっくりするじゃん、もー」

 

 プリシスの元に飛んできたのは、チサトが全身全霊をかけて選んだ写真だ。

 チサトは新春かるた大会のごとき動きを、あろうことか真剣に悩むプリシスのすぐ真横で、いきなり繰り出してくれたのである。

 ていうか記事作りには欠かせない、大事な写真を。こんな扱いしていいんかい。

 

「写真一枚選ぶのになんでそんな気合入れてんのさ、こっちまで飛んできたし……」

 

 一方、軽い調子で謝るチサトは、うずうずとした様子で聞いてくる。

 

「ごめんごめん。つい気合入っちゃうのよね、これが。で、何の写真だった?」

「ほい、これ。あと、……その辺にも数枚散らばってるけど」

 

 それとチサトの体の下にも敷いてあるわけだが。あと頭の上にも。

 

(どんな動きしたらそんな状態に)

 

 目の前の惨状に驚愕しつつ、プリシスはバビューンと飛んできた奇跡の一枚をチサトに差し出した。

 写真を受け取ったチサトは、頭にまた別の写真を乗せたまま言う。

 

「ありがと。ああいいのよ、そっちは後で拾うから」

 

 もう一度言う。そんな扱いしていいんかい。

 

「よーっし! それじゃ、見るわよー?」

 

 プリシスが呆れる中。

 とびきりでかい独り言を言うと、チサトはプリシスから裏返しの状態で受け取った写真を、ゆっくりゆっくりとめくり始めた。

 ……自分で選んだ自分の写真なんだから、さっさと見りゃいいものを。なんでそんなもったいつける必要があるのか。薄目まで開けて。

 

 

「まったくもう……なんだかわかんなくなっちゃったよ、ホントに」

 

 気を取り直したプリシスも、ぶつぶつ呟きながら機械に向き直り、工具を手に取ってはみたが。

 そもそも邪魔が入る前からさっぱりわからない状態で、半ば諦めかけていたのだから、改めて向き直ったところで急にわかるはずもない。

 

(どうしようかねえ、これ。どうしたらいいのかなあ)

 

 とプリシスは憂鬱なため息をつく。

 チサトはやっと写真を見たようだ。

 

「おっ、これはなかなか……。リンガの聖地かあ」

 

 意外そうに驚くチサトの声が、プリシスはもう気になって仕方ない。

 自分で絞り込んだ候補の一個なのに。意外も何も……

 

「うー、ダメだ! ……もう出ない。今考えたって、絶対出ない!」

 

 ついには持っていた工具を乱暴に置いて立ちあがると。

 プリシスは、部屋中に散乱した写真を拾い集めているチサトに話しかけた。

 

 

「やっぱアタシも取材手伝うよ。気分転換したいし」

 

「ほんと!? 持つべきものはやっぱり友ねえ。じゃ、どれがいい?」

 

 チサトは嬉しそうに言い、回収したばっかりの写真をまた床にぶちまける。

 もはやなんとも思わずに、写真を目で追うプリシス。

 その頭の中では、全く別の事を考え始めていた。

 

「そだね、じゃあ……」

 

 

 過去まで遡らなくても、ようは現状を変えるような何かがあればいいワケだ。

 例えば……オヤジが拾って来た、あの隕石みたいなやつが。

 

 そしたら解決じゃん?

 あの機械もぱぱっと完成。新しいアイデアだって、そりゃもう湯水のように湧き出ること間違いなし!

 

 うわ、サイコーじゃんそれ。いいねいいね! ……よし、それでいこう!

 

 

「おし、アタシこれにする!」

 

 床に散らばった写真の中からてきとうに一枚とりあげ、元気にめくる。

 その瞬間のプリシスは、頭の中では手を合わせて、こう祈っていた。

 

 ──また空から、何かが降ってきますよーに!

 

 

 

(さっき決めたばっかだもん、後悔はしないさ! ……しないけど)

 

 どーしても八方ふさがりなんだもん、しょーがない。

 試しに願ってみるくらいは、いいよね? 

 




登場キャラ紹介。

・アシュトン(スターオーシャン2)
 20歳。双頭龍に取り憑かれた、不運な紋章剣士。
 現在はリンガ周辺をぶらついている。

 アシュトンは原作プリシスEDを意識しました。ただEDから数か月後という事で、お互いにイチャイチャする関係にまでは至っていません。もっぱら彼の片想いです。

・プリシス(スターオーシャン2)
 16歳。機械大好き発明少女。機械を駆使して戦う。
 相変わらずリンガの実家で機械を作りまくっている。

 リンガ関連のEDを詰め込みました。アシュトンに世話焼かれつつ、たまに家にくるチサトと仲良く遊びつつ、機械作りに没頭する毎日……という感じです。
 一応原作ゲーム基準なので、クロードの事は特に意識していません。レナに対しても同じく。アシュトンの事は……どうなんだろうね?

・チサト(スターオーシャン2)
 22歳。ネーデで新聞記者として働いていた女性。体術が得意。
 ボーマン家に居候しているが、記事作りのために外に出ている事が多い。

 色んなEDが混ざってます。世話好きのボーマンさんに面倒を見てもらっている、という設定。
 ディアスの事は仲間の一人という認識。現時点で特別な意識はたぶんない。エル大陸での事も、偶然ばったり会ったので少しの間一緒に行動してみただけというのが真相らしい。
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