前日の夜クリフにナンパされたレナスがさして何も考えずほいほい部屋までついてっちゃって、そしてそのせいでレナが心配のあまり取り乱したりする……などといったちょっとした騒動はあったものの。
少なくともフェイト個人はラクール城下にある宿で、おおむね爽やかな朝を迎える事ができた。
酒臭さの残る部屋の中で、
(んー、よく寝た。やっぱりベッドはいいなあ)
なんてまったり思いつつ。
さっそく足元にある空きビンの山を避けて窓を開け、朝の新鮮な空気を取り入れて一息つく。
せっかく野宿じゃないまともな宿に久しぶりに泊まれたっていうのになんか色々と台無しな気もしないでもないが、まあそんな事はいいだろう。宿では見張り番の必要もないし。睡眠時間は何物にも代えがたいものなのだ。
そんな感じでおおむね爽やかに目覚めたフェイトは、一通り深呼吸をした後。
もう一つのベッドで死んだように寝てるクリフをたたき起こしにかかった。
ぶっちゃけ酒臭さの原因臭であるこのおっさんにとっては、今日の目覚めはまったく爽やかではないだろう。
なんたってしばしのやり取りの後、ようやく反応を示したクリフの言葉がこれである。
「あー……分かった。起きる。起きるからでけえ声出すな。マジで」
呆れたフェイトの言葉にも、クリフは頭を抱えつつ言い返してくるのだが全く説得力がない。
「情けないよな。いい大人が自分の限界も知らないなんてさ」
「うるせえな。……いろいろあんだよ、大人には」
フェイトは昨日の夜、この男が空きビンに囲まれてへたっている所を見てしまっているのだ。
さらにはこの男の酒飲みに付き合ったはずのレナスが、少し上機嫌だった以外、変わりがなかった所も。
フェイトはもう、このワイン達は大体クリフが飲んだものだと思っている。
つまりレナスは何事もなく、ほどほどに酒を嗜んだのだと。
そしてクリフは自分のペースも考えずに、残りの酒をすべて飲みつくしたのだと。
なんていうか昨日のあの様子だと、彼女の方は最後まで自分がナンパされていた事自体に気づいていなかったんじゃないだろうか。
フェイトにはそんな気がしてならない。
(あっさりフラれたあげくやけ酒で二日酔い、か。なんか哀れだな)
まあフェイトも、いろんな意味で弱っている可哀想なおっさんに追い打ちをかけようと思うほどの人でなしではないつもりだ。
そんなこんなでフェイトは(たまには優しくしてあげよう)なんて思いつつ、クリフののったりとした起床風景を最後まで温かい目で見守った。
身支度をぱっと終え、それから二人してレナとレナスのいる部屋まで向かい。
案の定まったく二日酔いの気配なしに、いつも通りの整った様子でレナと一緒に「おはよう」と挨拶してきたレナスを見て。
言葉を失いうなだれたクリフの横で、フェイトは(やっぱりな)と自分の想像にますます確信を深めたのだった。
☆☆☆
朝食をとった後は、全員宿を出てラクール城下で情報収集だ。
二日酔いのクリフを心配したレナは「宿で寝てた方がいいですよ」と言ったのだが。
当の本人がこれを受け入れず、レナと同じく気遣うような視線で自分を見てくるレナスに向かって、意固地に言うばかり。
「あんなんでこの俺がへばるわけねえだろ。寝覚めがちとよくなかっただけだっつうの」
(まあこれ以上ダサい姿見せたくないんだろうな)
そう思ったフェイトはこのおっさんの肩を持ってやり、その結果四人全員で宿を出る事になったのである。
「クリフなら大丈夫だって。なんたって頑丈なのがとりえなんだから」
話を聞く町の人達の中には、どうやら昨日の闘技試合を見た人も何人かいるらしい。
「あんたら、もしかして昨日の試合の人じゃないかね?」
「見てたぜあんた達の活躍!」
「うおー、近くで見ると改めてすげえなノッペリン! こりゃ魔物も体当たりでぶっ飛ばしちまうはずだぜ!」
「メリルさんの戦いを見て勇気をもらったんです。女性でも頑張れば、あなたのように諦めなければ、魔物を倒す事ができるんだって。わたしもいつか、あなたみたいになれたらいいな……」
「もんしょーけん見せて! きらーって光るやつ!」
「ノッペリン、握手して!」
「わあノッペリンだ! かっこいー!」
などなど。
それなりに覚えられてはいるものの、彼らの反応は「あんたらのあの戦闘能力はありえないだろ。どうなってんだよ一体」という様子には見えない。みんながみんな「いい試合見せてくれてありがとな」ぐらいの親近感で話しかけてくるのである。
レナスやフェイトはともかく、クリフは手加減なしで戦っちゃっていたのに。
魔物がふっとんだ時、あんなに客席ざわついていたのに。
そこまで目立っていない事にほっとしつつ、なぜこんなにも町の人達の反応があっさりとしているのか気になって、
「あの……闘技試合って、強い人達もけっこう出場してたりするんですか?」
とフェイトが聞いてみたところ。
「まあそうだなあ、それなりには来るんでねえの」
「ついこないだも大剣持った兄ちゃんが大暴れしてたしな」
「とても強えように見えねえようなガキもAランク勝ってたしな。変な術使ってよ」
「こないだの武具大会なんか、観客席より高く飛び上がった兄ちゃんまでいたしな。ありゃあマジで驚いたよ」
「なんの、その大会で優勝した剣豪ディアスなんか剣抜いただけで離れたとこにいる相手を倒せるちゅう話だぞ」
つまりはみなさん一応驚いたことは驚いたけど、いろいろ強いやつ見慣れすぎてて、体当たりで魔物ぶっ飛ばしたぐらいじゃもう「すげえな」の感想だけで終わるらしい。
とするとあんな必死こいて目立たないよう戦っていた自分とは一体なんだったのだろうか。
これなら今自分の横で子供のきんきん声に頭を抱えてるこのクリフのように、思いっきり戦ってもよかったじゃないか。
あんなダサい勝ち方したせいでなんか剣光るのが好きな子供ぐらいにしか声かけられないし。ノッペリンばっかり大人気だし。そして肝心の女性人気はレナスさんに持ってかれてるし。
「そうだよな。そういや英雄も半分くらいはエクスペル人だったよな」
「どうしたの? フェイト」
「……いや、なんていうか、自分の認識の狭さを思い知らされただけだよ」
レナが不思議そうに首をかしげる中。
すっかり拍子抜けしたフェイトの言葉を聞いていたレナスも、なんとも言えない表情で「そうね」とだけ同意したのだった。
☆☆☆
街中である程度情報収集をして回ったフェイト達は、日が空のてっぺんからようやく降り始めた頃、ラクール城へと向かった。
今日の用事は、ラクール闘技場での金稼ぎなどではない。
このラクールに来た本来の目的──
すなわち十賢者を倒した英雄の一人であり、フェイト達の時代では紋章学の基礎を作り上げたとも言われる歴史上の偉人、あのレオン博士に話を聞きに行くのだ。
ぶっちゃけフェイト的には、(ついにこの日が来てしまったか)って感じである。
そりゃだって未来人が歴史上の偉人に会うなんて、いかにも過去が変わっちゃいそうな状況ではないか。
まあ、すでに英雄のレナとここまで一緒に旅してきている時点でアレだし今更心配に思う事なのかよと自分につっこみたくなる気持ちもないでもないが、それにしたってレオン博士はさすがにまずいだろう。
いや英雄のレナ巻き込んでハーリーで暴れようがラクール闘技試合で活躍しようが結局さして未来変わった感じもしない今、なにがそこまでまずいんだか自分でもよく分からなくなってきたけど。
なんかもう本人に面と向かって「あなた将来超有名人ですよ」って言っちゃったとしても結局未来変わらない気もするけど。
でもやっぱりまずいだろう。なんたってあのレオン博士なんだから。
これまでの出来事を振り返り、本心では別にそこまで気張らなくてもいいかもと思い始めつつも、
(うん、やっぱり気をつけなきゃだよな。だってレオン博士なんだし)
でもやっぱりそこを放り投げたらなんかダメな気がすると、フェイトは精いっぱい真面目に自分に言い聞かせながらラクール城までの道のりを歩いた。
城に着いたフェイト達は、昨日闘技試合の受付をしたのとは別の受付の前で、レオン博士がやってくるのを待つ。
一応アポイントは昨日のうちにとってある。
日々研究で忙しい彼だが、おそらく午後になら長めの休憩を入れて会ってくれるだろう、とのこと。
知り合いであるレナがいなければ、ここまでスムーズに彼と会う約束はできなかっただろう。その時の言い方からして、受付の人もレナの顔に見覚えがあるようだったし。
昨日受付の人が言った通りに、少しの間待ったところで、レオン博士らしき人物が城の奥からやってきた。
レッサーフェルプール特有の猫耳を青髪の上から生やしたその少年は、サイズの合ってないダボダボの白衣の端っこを、ずりずりとひきずりながら来る。
しばらくしてようやくフェイト達の元にたどり着いた少年、レオンはレナを見上げて言った。
「レナお姉ちゃん、久しぶりだね」
「ほんと、久しぶりねレオン。元気だった?」
「まあそれなりにね。で、話があるって事らしいけど……?」
来て早々、フェイト達の方を無遠慮に見上げるレオンだが。
(ちっさいなレオン博士。レッサーフェルプールなのは知ってたけど、なんかイメージと全然違う)
「こいつがレオン博士? ……マジか」
この場合、無遠慮なのはむしろフェイト達の方だろう。
フェイトもクリフもヒゲ生やした肖像画のイメージが強いせいで、この時代のレオンがまだ十代前半である事を知っているのにもかかわらずうっかり驚いちゃったし。
フェイトと同じく口にこそ出さないが、レナスに至っては猫耳人間自体が珍しいらしい。
互いにじろじろとお互いを見続け、そして結局みんなまとめてレナに叱られた。
「まずは挨拶が先でしょ、みんな!」
全くその通りである。
年下にそんなこと説教されちゃうとかいやはやお恥ずかしいと素直に反省しつつ。ソフィアがこのレオン博士見たら、きっと別の意味で悲鳴あげるだろうなとも考えつつ。
フェイトがさっそく気を取り直して自己紹介しようとしたところ。
「でもレナお姉ちゃん。この人達、もう僕の事知ってるっぽいんだけど」
「あ、それにはちょっと事情があってね……」
「それに僕ももうこの人達の名前知ってるし。なんかすっごい偽名っぽかったけど」
言うレオンはなぜか不機嫌である。
さらには聞き返すレナの方もなぜか愛想笑い。
「もしかして、レオンも試合見てたの?」
「そんなヒマないよ。あっちの受付で直接、この人達の名前が書かれた紙見て確かめたの」
「えーと、そうなんだ?」
「そうだよ。先鋒から順にメリル、ライアス、ノッペリンでしょ? 副将がレナお姉ちゃんで」
「よ、よく覚えてるのねレオン。一回見ただけなのに」
ついに目をそらしたレナをじっと見つつ、レオンは「それで」と言葉をつないで言った。
「どういうわけだか、大将のところには僕の名前が書いてあったんだよね。それもレナお姉ちゃんの字で」
耳を疑ったのは横で会話を聞いていたフェイトである。
(そんな馬鹿な)
とまっさきに頭から否定しかかったものの、よくよく思い出してみれば確かに、あの時大将の名前はレナが自分の名前のついでに書いていたような気がする。
なんかちょっと「名前どうしようかな……」って感じに考えた後、「まあ、これでいいかな」みたいな感じでさらさらっと書いちゃってた気がする。
「えっと。そうだった、かな?」
「ごまかしても無駄だよ! わざわざ受付まで行ってちゃんと確かめたんだから! なんなのさあの『レオン・D・S・ゲーステ』って! どうりで兵士達に「おめでとうございます」とか言われまくるわけだよ!」
しかもフルネームで書いてたらしい。
どうせ自分達偽名だったのに。受付の人もそれについて何も言わないくらい大らかだったのに。
(せめて“レオン”だけならな……。まだごまかしもきいたのに)
知らないうちに歴史上の偉人と肩を並べて戦った事になっていた事実を、フェイトがやけっぱちに受け止める中。
たまたま思いついた名前を書いただけのレナは、ちょっとだけ申し訳なさそうな表情で、両手を合わせてレオンに謝る。
「ごめんなさい、人数足りなかったからつい」
「つい、人の名前を勝手に使ったのかな?」
「名前だけだし、それくらいならいいかなーって」
「よくないよ! 負けてたらどうすんのさ! 僕出る事になってたよ? しかも大将として!」
まかり間違ってレオン博士に出場でもされてしまっていたら。考えるだけで背筋が凍る状況である。
フェイトが内心おののく中。
レナは少しだけ考えてから、平然とレオンに言い返した。
「それは……、大丈夫よ。みんなとっても強いから」
思いっきり疑わしそうな目つきでフェイト達を見回すレオンに、フェイトの方もちょっとだけかちんとくる。
後の偉人とはいえ、見た目はただの子供にしか見えない奴にそんな目でじろじろと見られたのだ。そりゃフェイトだってむっとくらいはするだろう。
──実際フェイトもレナスも、一見しただけではとてもじゃないけど歴戦の戦士には見えないし、唯一強そうなおっさんはさっきからきんきん声に頭押さえてうなだれてる事を考えれば、レオンの視線の方が正しい事は一目瞭然だったりするわけだが。
「……それはわかったけど」
しかしそこはさすがに賢いレオン博士である。
実際にフェイト達があっさり強いやつ相手に勝利したという活躍を兵士達から聞かされていただけあって、無駄な反論はしてこなかった。
「なんで人の名前使ってまで闘技試合に出なきゃいけなかったのさ。兵士にでもなりに来たの? レナお姉ちゃんの知り合いなら、そんなことしなくても僕から王様に話を通してあげたのに」
「ごめんねレオン。ちょっとお金がなくて」
「そんな理由なの!?」
改めてまともな反応に
(そういえばそんな理由だったな)
とフェイトもしみじみ自分のしてきた事を振り返る。
理由がどれだけバカバカしかろうがどうせ町の人達にも怪しまれなかったし、レオン博士の名前借りても平気だったし、(他にいい方法いくらでもあったんじゃないか)とかはもう考えない。考えてはいけない気がする。
☆☆☆
城の廊下では人目がありすぎるという事で、一行は本題に入る前にレオンに連れられて研究棟に行き、その中の一室へ入った。
ふかふかのソファーに全員で腰かけてから、改めて互いに自己紹介をする。
さっきはレオンに「必要ない」と言われてしまったが、レナいわく「それでもこういうのはちゃんとやっておかなきゃダメよ、レオン。お互い初対面なんだから」とのこと。
素直に彼女の言う事を聞いたレオンに続き、レナの前で偽名を使い続けるのはむしろ怪しまれるだろうと、フェイトも簡単に自分の名前を名乗った。
「僕はフェイト。こっちはクリフだ」
「……それだけ?」
「まあ、そうだね。僕達の住んでいる所では、フルネームで自己紹介はあまりしないんだ」
クロードやレナ達の時にもこう言ったが、ぶっちゃけ嘘である。
実際は親が親だけに、ファミリーネームはまずいだろうと思っているだけだ。レオン博士は特に記憶力もよさそうだし、後年どこかで“ラインゴッド”の名を耳にしてしまう事もあるかもしれない。
これでもフェイトは未来を守るため、彼ら英雄に余計な情報を与えてしまわないよう十分に気をつけているのだ。
「大丈夫、こっちは偽名じゃないよ。といっても、証拠はどこにもないんだけどね」
実際レオンにとって、初対面のフェイト達の名前が本当かどうかなんてどうでもいいのだろう。疑うそぶりも見せずレオンが「ふーん」と頷いたところで、レナスも自分の名前だけを短く言った。
そうやって自己紹介を終えたところで、フェイトは早速本題に入った。
「レオン博士、サインください! お願いします!」
「……は?」
「そうじゃねえだろ」
即つっこんできたクリフにも
「いやほらさ、こういう事は忘れないうちに言っておかないと」
と言い返してみたりなんかしちゃったりして。
だってほら、ソフィアにレオン博士のサインあげないと。昨日も「頼むだけだからな。必ずもらえるわけじゃないぞ」ってつい会話の流れで言っちゃったんだもん。忘れると後が怖いし。
ちなみにその時二人の会話を聞いていたレナはえらくびっくりしていたりするが、ソフィアの機嫌をとるのに必死だったフェイトはまったく気づいていない。
「そっか、あのレオンが……」
なんてすっかり感慨深げにも言っちゃってたりするが、その事の意味にもフェイトはまったく気づいていない。クロードやらセリーヌやらと
『だよな、あのレオンが』
『納得といえば納得ですわよね』
とか全員がすでに事情知ってる感じで会話しちゃってた事にも気づいていない。
「紙とペンなら持ってるんで」
とフェイトは大胆にもにこやかに言って、ハーリーで買った上質紙とペンをレオンにささっと差し出す。
怪しい言動でも、さらりと言えばそこまで不信がられる事もないはずだ。
「なにこれ」
(あっ、やっぱり怪しんでる)
焦るフェイトには目もくれず、レオンは用心深く紙質を調べ始めた。
しばらくして言った言葉がこれである。
「せいめいほけんじゃないよね? これ」
「レオン……」
「子供の発想じゃねえな」
レオンはなぜか怯えた様子だ。
上目づかいにふるふるとレナを見上げ、さらに子供らしからぬ事を言い出した。
「用件ってまさか……。お金ないんだったら、貸してあげるよ?」
「ねえレオン、わたし達別にそういうつもりで来たわけじゃ……」
「そうか、そういえばその手があったな。なにもわざわざ闘技試合出なくても」
「フェイトは黙ってて!」
咳払いしてから、レナは仕切り直す。
どうやら話の流れ的に、サインはいったん諦めた方がよさそうだ。
「レオン、わたし達はあなたに話を聞きに来ただけよ。フェイトがヘンな事言うから、話がちょっとおかしなことになっちゃったけど……」
そんなこんなで、フェイトはレオンに自分達の旅の目的を話した。
相手があのレオン博士という事を考えると、街での情報収集と同じように「最近何か変わった事はないか」とだけ聞いた方がいいのだろう。
けれどすぐ隣にレナもいるわけだし、下手に隠すと余計に怪しまれてしまう。
自分が「未来から来た」という事も含めて、フェイトは正直に話した。
「ああ、サインってそういうことね」
「ばれてんぞ、おい」
一瞬焦ったが、レオンはさっきのフェイトの行動をどうやらただ単に「“英雄”のサインが欲しかったから」だと思っているようだったので
「そうなんだ。知り合いに君のファンがいてね」
と正直に話しつつ、遠まわしにもう一度サインを頼んでみる。
しかしレオンの返事は依然として固かった。
「ふーん。でも未来の人間が過去の人間にそんな事頼むなんて、ちょっと軽率なんじゃないかなあ。過去が変わるかもしれないって、考えない? 普通」
ごめんソフィア。その通りすぎてもう返す言葉もないと、フェイトも今度こそ真面目にサインを貰うのを諦めたのだった。
話が終わってすぐ、レオンは言い切った。
「せっかく色々話してくれたのに悪いんだけど、思いつく事なんて何もないね」
レオンも今までこの話をした人達と同様に、思い当たる節を探すように終始眉間にしわを寄せてフェイト達の話を聞いていたのだ。
その表情からして、答えがかんばしいものではない事はもう大体想像がついていたのだが。
あまりにもすぐに結論を出されたので、念を押すように聞き返す。
「本当かい?」
「しつっこいなあ。君達に嘘ついて僕が得するとでも?」
本日何度目かの上から目線に、フェイトはいよいよむかっとした。
相手が後の偉人だから我慢してたけどさっきからなんだ、やたら偉そうに。そもそも後は偉人かも知れないけど、今現在は別に偉人ってわけじゃないだろう。ただ生意気なだけの子供じゃないか。
偉人ではなくとも、とりあえずレオンは現在十二歳という若さでラクールの研究室長なわけだが。
むっとした瞬間フェイトはそんな事実を頭の隅に押しやることにして、目の前のレオンをただの子供としてみなすことにした。
とは言っても。みなすことにしただけで、理性がきれいにとんだわけではないので、頭の隅っこでちらちらと見え隠れしている事実も一応気には留めている。
ようするに子供相手にいいように言われっぱなしじゃ悔しいので、ちょっと言い返すぐらいのことはしてやろう、という心境である。
相手にそんな自分の心境を気取られぬよう、フェイトはいかにも残念そうに言った。
「しょうがないな。天才の君なら、って思ったんだけど」
「言うなよフェイト。知らねえって言ってんだから、しょうがねえだろ」
ようやく二日酔いが薄れたらしいクリフも、フェイトの言葉に乗っかって残念がる。思うところはフェイトと一緒らしい。
「あー残念だ」
「天才なのに」
「知らないとはな」
「頼りにしてたのに」
「ちょ、ちょっと二人とも……」
「残念残念」
「……っ、何で僕が天才だからってそんなことまで知ってなきゃならないのさ!」
大人げない二人をレナがたしなめかけたところで、レオンがムキになって言い返してきた。
どうやらこの天才少年は、二人の思惑通りバッチリと自尊心を傷つけられたようである。
「そもそも僕は研究にかかりっきりで忙しいんだよ! 街の噂にまで一々興味なんて持ってられないね。まったく……ただでさえ研究が行き詰まってるっていうのに」
「ずっと引きこもってんのか、お前」
愚痴になりかけているレオンを見てクリフが言い、
「大きくなれないわよ? レオン」
とレナも心から心配を込めて言う。
「僕の話はいいから!」
「外の世界に出たら、何か新しい発見があるんじゃないかしらね」
「だから僕の話はいいんだってば!」
レナスの心からのアドバイスにもつっこんでから、レオンは大きく息を吐いた。つっこみ疲れというやつであろう。
そしてさらに追い打ちをかける男二人である。
「そら言い訳聞かされたらそういう流れになるだろうが」
「忙しいとか言わなきゃいいのに」
「なんなの? からかいに来たの?」
ここまでしてからフェイトは(ちょっとやりすぎたかな)と反省した。
小憎たらしい子供ではあるけど、彼は忙しい中わざわざ時間を割いてフェイト達に会ってくれたのだ。
それに日がな一日城の中にずっといるような人間が、フェイト達が求めるような情報を持っているはずがないという彼の言い分も、全くその通りだと思うし。
彼はそれを実に簡潔に答えただけなのだ。
ただ、言い方がものすんごく小憎たらしかっただけで。
「ごめんね。僕らも何か手がかりがないか、って必死だったからさ」
「だからって子供相手にムキになるなんて、ずいぶん大人げないことするよね。まあいいけど」
(やっぱり謝るんじゃなかったな)
と後悔するフェイトをよそに、レオンは自分の話を本来進めようとした方向へ戻す。
「僕が言いたかったのはだから……聞く人間を間違えてるんじゃないか、ってことだよ。僕は部屋の中で物事を考える人間であって、どこで何が起きているかなんて情報を持っている人間じゃない。だってそうでしょ? 情報は足で稼ぐものなんだから」
いったん区切ってから、レオンは「そういうのが得意な人、レナお姉ちゃんも知ってると思うけど」と言って話を締めくくる。
聞かれたレナも、すぐにある人物を思い浮かべたようだ。
「レオンの言うとおりね。えーと、確か」
「変わりがなければ、ボーマンさんの家にお世話になってるはずだよ」
「そうよね、ありがとうレオン」
その後、念のためレナスの探している「岩だらけな場所」についても聞いてみたが、予想通りレオンはこれにも首を横に振った。
彼いわく、「そういうのは街の人達の方がよほど詳しいんじゃない?」とのこと。
クロスの時と同じようにラクール王にも面会して話をきくべきかと思ったものの。
ここの王様は忙しいらしく、今から面会の約束を取りつけても最低数週間は待たないと会ってくれそうもないらしい。
「うーん。面会のためだけに数週間待つ、っていうのもな」
「王様が必ず何か大事な事を知っているわけでもないものね」
「ま、緊急の用事ってわけでもねえし仕方ねえな。街の奴らから聞いた話だけでも十分だろ」
またクォッドスキャナーの方はというと、一応反応はあったのだが。
画面をよく見てみるとなんのことはない、城の研究棟にある“ラクールホープ”やらなんやら、開発中の秘密兵器などが発する電磁波に引っかかっていただけ。
転送妨害装置らしきものはありそうもなかった。
「だよな。転送装置すらないのに、妨害装置なんて開発してるわけないか」
「気のせいかな。さっきからその機械で堂々と国の機密情報覗かれている気がするんだけど」
「オフレコってやつだ、気にすんな。歴史が変わっちまうからな。何を見たって人様には言いやしねえよ」
ということなので、ラクール城周辺での情報収集もこれで大体終わりである。
結果としては、ここもやはり収穫なしといったところか。せいぜい「岩だらけな場所」について、街の人達から新たにわんさか当てはまる場所を教えてもらったぐらいである。
「じゃあ、みんな今度はリンガに行くんだね」
「ええ、そうね」
「リンガ行ってもなにもなかったらどうするの?」
「さあね。そうなったらまたアーリアまで戻るんじゃないかな。向こうのみんなとも合流しなきゃいけないし」
「ふーん」
「なんだよその反応は。天才少年ならもっと効率よく行動できるってか?」
「いや、なんかみんなヒマでいいなと思って」
「ああん? 今のは聞き捨てならねえな。俺達ゃ宇宙の平和のためにこんなみょうちくりんな旅続けてんだぜ。本当はみんな忙しいんだっつうの。それを言うに事欠いてヒマ人扱いたあ……ほれみろ、横のこいつだってすんげえムッときてんじゃねえか」
「あなたと一緒にしないで」
「あっさり突き放されたなクリフ」
「勝手に他の人巻き込もうとするなんて、大人げないおじちゃんだなあ」
「あっそうだレオン。せっかくだし、向こうのみんなとも少しお話してみない? 今フェイトが通信機持ってるから」
「え、うん。いいよ。みんなって誰がいるの?」
「全員は揃ってないけど、クロードとセリーヌさん、それとディアスと……」
肝心の用事の方がすっかり肩透かしだった事もあって、こうなってくるともはやただの同窓会である。
久しぶりの仲間の声を明るく出迎えるクロード達の声には、レオンの表情も明るくなり。憧れのレオン博士にすっかりしどろもどろになるソフィアの声には、さすがのレオンも照れて反応に困っているようだった。
さてそんな風にあっという間に時間は過ぎ。
向こうの仲間との通信を切ってからしばらくして、フェイト達はレオンの元を立ち去る事にした。
他の英雄達と違い、忙しいレオンはフェイト達の旅にはついて行かない。
これだけ目的も期間もはっきりしない旅なら当然だろう。
今度の旅は「十賢者を倒す」ような、そんなご大層なものじゃないのだ。
「じゃ、落ち着いたら僕にも話の顛末を教えてよ」
社交辞令ではなく、本当に知りたいとレオンの顔には書いてある。
偉い立場ではあるが、やはり子供さながらの純粋な好奇心というやつも持っているのだろう。
「外の事なんか興味ないんじゃなかったのか?」
「本当に大人げないおじちゃんだね」
からかい半分に言うクリフに、レオンはわざとらしくため息をつき、“おじちゃん”を強調して言い返す。
「あ、そうだ」
言うだけ言ったので、クリフはもう無視することにしたらしい。
何かを思い出したレオンはさらさらっと紙に文字を書き、フェイトに手渡した。
「はいこれ、餞別」
見てびっくり、紙にはなんとレオンのサインが書いてあるではないか。
予想外の事に驚くフェイトの方を見ずに、レオンは猫耳をひくひくと動かしつつ、念を押すように言う。
「ちゃんとあのファンの人に渡しといてよ」
「ありがとう。でも、本当にいいのかい?」
フェイトの問いに、レオンはやれやれと首を振って言った。
「お兄ちゃんも馬鹿だなあ。過去が変わるとしたら、僕やレナお姉ちゃんに未来の話なんかしちゃった時点でとっくに変わってなきゃおかしいでしょ? 今更紙切れ一枚渡したところでどうなるっていうのさ」
登場キャラ紹介。
・レオン(スターオーシャン2)
レッサーフェルプールの少年。紋章学理論の天才。
12歳という異例の若さで、ラクール城の研究室長を務めている。
原作ゲームではパーティーメンバーの一人な彼ですが、この小説ではぶっちゃけゲスト扱いです。理由は本文で書いた通り。
彼の登場を楽しみにしていた方には本っ当に申し訳ない。
以下、おまけのエル大陸編プロット
・ディアスの笑顔?
アシュトン「ディアスのイイ笑顔撮らなきゃ」
でもディアスはイイ笑顔どころか、くすりとも笑わない。
どうしようって困っているとソフィア登場。
「料理は人を笑顔にするんですよ」ハッそれだ!
→二人で協力して“人をイイ笑顔にする”究極の料理を作る事に。
「おいしいねえ」「おいしいなあ」
味見でイイ笑顔になる二人。
これならいける! 早速ディアスに食べてもらおう。
その前に他のみんなにも食べてもらった(ディアスはお出かけ中)。
ク「すっごくおいしいよ!」セ「たまりませんわね!」ノ「幸せだなあ」
実にイイ笑顔だがしかし、
マ「うん、いいんじゃない?」
イイ笑顔になるかどうかは人によるようだ。
「そんな! こんなおいしいモノを食べてイイ笑顔にならないなんて……!」
「待ってください! マリアさんは笑ってます! あれがイイ笑顔なんです!」
わいわいしてたらディアス登場。
「騒がしいぞ、何をやっている」
「「ディアス、これ食べてみて」」
みんなで勧める。
「意味の分からん事を」「いいからいいから」
食べるディアス、カメラを構えるアシュトン。
結果は──