フェイト達は今、そこら中に人より大きな岩が転がっている場所にいた。
リンガへ向かう街道から少し外れた場所。例によって例のごとくラクール城下の人達から教えてもらった「岩だらけな場所」っぽい場所を確かめに行き、案の定スカを引いてまた本来の街道に戻る途中だ。
今に至るまで旅の目的自体は何一つ達成されていないので、だからどうしたという話ではあるのだが。ラクールを出てからというものの、フェイト達の旅の歩み具合はこれまで以上に順調だ。
理由は単純。魔物と戦う際の戦闘人員が一人増えたのである。
つまりレナスだ。
今までは「自分の身を守るので精一杯」とか言っちゃって、戦うフェイト達の後ろで堂々と戦闘をサボり続けていた彼女だが。
ラクール闘技試合の一件で、フェイト達に実は自分もちゃんと強い事がバレた事がきっかけなのかどうだか知らないが、とにかくレナ以外にその事がバレバレなのに、これ以上非戦闘人員のふりをし続けるのもどうかと思ったらしい。
ラクールを出発した後にすぐ、レナスは最初の野良魔物との戦闘で
「これからは私も、やれるだけはやろうと思うの。足手まといにはなりたくないから」
とレナ以外にバレバレなご謙遜を述べつつ剣を抜いたのだ。
レナはやはり心配そうだったが、フェイトにもクリフにも異存はまったくない。
むしろこの期に及んでしらを切り続けるようなら、魔物一匹ぐらいわざと仕留め損ねてうっかり後ろに送っちゃおうかとも考えちゃっていたぐらいである。
いや、たぶん実際にはやらないだろうけど。
「はあそうですか。じゃあ後は任せましたよレナスさん」
「今回はお前がやってくれるんだって? いやー楽で助かるわ、マジで」
「レナスさん一人に全部任せないの!」
本音がうっかり漏れちゃったフェイトは、それに乗っかってふざけたクリフともどもレナにめちゃくちゃ怒られたわけだ。
「まったくもう……。何考えてるのよ二人とも。冗談でも言っていい事と悪い事があるでしょ? レナスさんはね、フェイト達みたいに戦闘に慣れていないのよ。それでも足手まといにはなりたくないって、今まさに勇気を出して魔物と戦おうとしてるところなのよ? それを二人ときたら……」
(そうか? 勇気出すまでもなく魔物倒せると思うけどな、この人)
レナに叱られつつ横目で見たレナスは、叱られているフェイト以上にレナの言葉の数々に居づらさを感じている様子。
かばってくれてありがとうレナ。でもごめん、そういうのじゃないの。
みたいな事がありありと顔に書いてある。
それを見たフェイトはレナのお叱りを甘んじて受け止め、クリフともども改めて爽やかな笑顔でレナスに言ったのだった。
「さっきはふざけちゃってすみません。無理はしなくていいですよレナスさん。僕もできるかぎりフォローしますから、自分のペースで魔物と戦ってくださいね」
「最初のうちは一体倒せりゃ上出来ってところだな。ま、せいぜい頑張れよ」
そんなこんなでちゃんと戦うようになったとは言っても、レナスの戦いぶりは、フェイトやクリフのように思い切りがいいものではなかったりする。
ようはラクール闘技試合でやっていた、あの巧妙な手加減戦法をずっと続けているのだ。
おそらくその気になれば彼女だって、フェイト達のようにじゃんじゃか魔物をやっつけられるだろうに。
フェイト達のように魔物の群れに突っ込まず、一対多数にならないよう常に位置取りに気をつけているのは、レナの心配そうな視線が戦闘中ずっと彼女の背中に突き刺さっているからだとしか思えない。
あれはつまり危なくないアピールであろう。
つまり「私も戦う」と言ったものの、やっぱり何も知らないレナの目の前では思いっきり戦いづらいと。
毎回毎回必要もないのに「頑張ってください!」と補助紋章術『エンゼルフェザー』までかけてもらっちゃったらもう、そんな強くない自分が一生懸命戦っているみたいな感じに見せるしかないと。
(きっと引っ込みがつかなくなってるんだろうな、レナスさん)
ここまで来たらレナに本当の事言ってあげるべきなんじゃないだろうか、レナスさんのためにも。……などとは思いつつも、やっぱりその光景をはたから見続け現在に至るフェイトである。
ついさっきの戦闘でも、レナスはレナのありがたい補助を受けつつ、魔物をやっとこさ一匹倒していたのだった。
「レナスさん、怪我はないですか?」
「……ええ、平気よ。ありがとうレナ」
このやり取りも毎回毎回聞くけど。
いくら補助つきとはいえ、毎回毎回怪我ひとつなしに魔物をちゃんと一匹は倒してる彼女をレナはそろそろ怪しんだりしないのだろうか。フェイトにはそれが不思議でならない。
(さすがにレナスさんも、こんな事でわざと怪我なんかしたくないですよね。だったら素直にレナに言うな、僕だったら)
歩きながらぼんやりそんな事を考えていると。
急に、フェイトの腰につけていた通信機が鳴りだした。
「通信? どうしたのかしら」
「うーん。まだ連絡の時間には早いよな」
今は真昼間。定期連絡の夜にはまだ早すぎる時間だ。
足を止め、何かあったのだろうかと思いながら通話モードに切り替える。
と、なぜか向こうの様子がやたら騒々しい。
みんなそれぞれ好き勝手に声を張り上げている様子だ。なんとか向こうの会話の内容をつかもうと努力してみるもなかなかうまくいかず、
(ん? ……聞こえたぞソフィア。なんだよ『フェイトのばかあ!』って)
ようやく判別できた幼馴染の言葉に、フェイトがむっとしていると。
ひときわ大きなセリーヌの声が聞こえてきた。
『あーもうっ、うるさいですわね! ですから今こうしてワタクシが──』
いったん静まりかけたすきを狙って、フェイトもすかさず用事を聞こうとしたが。
「こちらフェイト。どうしたんですか? 何かそっちの方で進展でも」
『もうつながってるじゃないですか!』
『あら』
『うわあー! セリーヌさん、な、なんて事を!』
『聞かれたあ~、うわあ~ん、ばかあ~、フェイトのばかあ~』
『静かになさい! 通話中に変な事言ったら』
『ねえみんな。その先は、……向こう行ってからの方がいいんじゃないかな?』
『……くだらんな』
『若いですからねえ』
「なんかすごいわね、向こうの方」
「ああ、すごいな」
フェイトとレナが通信機をただ呆然と見つめる中。
クリフはもう深刻な事態ではないと、勝手に結論づけたらしい。
「ちょうど飯時だしな。ここらで休憩にでもするか」
なんてのん気に言い、さっそくとてつもなくかさばる荷物袋を肩から降ろすと、その中をごそごそとやりだした。
いつものごとく街道脇の何にもない場所で、昨日の夜のうちに作り置きしておいたお昼ご飯(今日は肉まんだ)をレナスに放り投げて渡し。自分のところに寄って来たレナにも二人分を手渡してから、クリフは自分の分の肉まん片手に、手ごろな岩の上にどかっと座る。
(「食べ物投げたらダメですよ」って叱らないんだな、レナ)
とフェイトがその様子をぼんやり見ていると、レナがこちらに来て肉まんを手渡してくれた。
「はいこれ、フェイトの分」
「ああ。ありがとうレナ」
まあ食べ物投げて渡されたレナスの方も全く気にしてなさそうだから、今回はレナも多めにみたのだろう。
いつも自分達のうちの誰かが何かやらかしたら即レナに叱られるものだから、いつの間にやらフェイトの方も、ついついそういうものだと思い込んでしまっていたらしい。
(なんていうか……みんなのお母さんになりつつあるよな、レナって)
通信機と肉まんを各々手に持ち、フェイトが考えていると。
向こうもようやく落ち着いたらしい。
不気味なくらい静まりかえった中で、通信機からセリーヌの声だけが聞こえてきた。
『あー、聞こえてますの? もしもし?』
「はい聞こえてますよ、大丈夫です。それで、さっきからみんな何を話してたんですか?」
『ええ別にたいしたことじゃありませんのよ。少しばかり、意見の食い違いがあっただけですわ』
「少しばかり?」
「あれが」
レナと二人で声を揃えて聞き返すと。
やや間があって、通信機からセリーヌが小さく呟くのが聞こえた。
『これは……、ちょっとヤバイかもしれませんわね』
「え? 何ですか、ヤバイって」
「セリーヌさん?」
『いえ、ただの独り言ですわ。それより』
質問には答えてくれず、さらに。
首をかしげるフェイト達に、セリーヌは意外な要求をしてきたのだ。
『レナスはいますの? 彼女に代わってくださるかしら』
☆★☆
肉まんを口いっぱいにほおばりながら、クリフは不思議そうに話す二人の様子を見守っていた。
「セリーヌさん、レナスさんに何の用事があったのかな」
「気にするなって言ったってさ。あんな態度されたら、逆に気になるよな」
レナスに代わったとたん、セリーヌは声をひそめて彼女に何やら指示を出していたのだ。
内容は『他の人に聞かれないようにして!』とか、どうせそんなところだろうと思う。
「これ、少し借りるわね。悪いけどここで待っていてくれるかしら」
この場から離れる時に、通信機と肉まんを各々の手に持ったレナスはフェイト達に向かってそう言ったのだが。
去り際にちらっと見えたレナスの表情がまた、どうも怪しいというか。
(しょうがねえなって顔してたな、あいつ)
少なくともあれは肉まんのおあずけ食らった顔というわけではあるまい。
どうせまた何かの面倒事に巻き込まれそうになっている、といったところか。
とにかくこんなもの、ここでいつまでもうだうだ推論し続ける事でもないだろう。
肉まんの残りをすべて口に放り込み、食後の水をぐいっと一気に飲むと、クリフはよっこらせと腰を上げた。
「どれ、飯も食い終わったことだし、そろそろ様子でも見てきてやっかな」
「え? クリフさん、でも」
「たまには柔軟な考えってやつも必要だぜ? あいつがいつ戻って来るかも分かんねえのに、言われた通りにいつまでも待ってることもねえだろ」
「いつまでも、って……。まだ五分も経ってないだろ」
レナもフェイトも、レナスの後を追うのには消極的な様子だ。
が、周りにやんわりとたしなめられたぐらいじゃ躊躇しないのがこのおっさんである。
「これ以上嫌われても知らないぞクリフ」
「嫌われてねえっつうの」
フェイトの冷やかしに言い返し、
「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
とまで言い捨てたクリフは一人で、先程レナスが向かったのと同じ方向へと歩きだした。
そこら中にある大岩を避けるために、少々迂回しつつ進んで数十歩。
レナスはすぐに見つかった。自分より二回りも大きな岩に背を預け、未だ手つかずの肉まんも持ったまま、通信機に向かって何やらずっと話し続けている。
このまま影から様子を窺おうかとも思ったが。
(どうせこっちに気づいてんだろうな。しっかりと周り気にしてやがるし)
なのに必死こいて気配消すのも馬鹿らしい気がしたので、隠れもせずに無言のまま、クリフは会話中のレナスの前に姿を現した。
急に現れたクリフにレナスはちらとだけ視線をやったがそれだけで、後は特に気にする様子でもなく会話を続ける。
取り込み中、というやつだ。
「……だから、気のせいだって言っているでしょう。そんな事は全くないわ」
『とても気のせいに思えないから言ってるんですのよ! レナの事お願いねって、あれほど言いましたのに! あなた一体今まで何をしていたんですの!?』
「ねえセリーヌ、聞いて。あの二人の事、あなたが一生懸命応援したい気持ちはわかるわ。レナに受けた恩を、同じように返したい気持ちもね。でもね……。今さら、私があの二人にしてあげなければいけない事なんて、何も──」
『甘いですわ! あなた……あの二人の仲がようやくあそこまで発展するだけで、どれだけ時間かかったんだか知らないでしょう? だからそんな事が平気で言えるんですわ。知ってたら』
「心を通わせるのにどれだけ時間がかかるか、なんて些細な問題だと思うけど」
『見え見えのナンパにすら気づかないでほいほいついて行っちゃうような人にそんな御大層な事言われても、全然説得力なくってよ?』
「……それは」
『そういえばそうでしたわね。はあ、あなたにレナの事頼んだわたくしがいけなかったのかしら。恋愛に関してはレナ以下ですものね、あなた……』
「なんだお前、言ってなかったのか? 男いるって」
「……。聞かれもしないのにわざわざ自分から言うと思う?」
乙女の会話にいきなり割り込んできたクリフに、レナスは迷惑そうに答えた。
聞かれてないから言ってないだけというわりには、今もクリフとの会話を聞かれないよう、しっかりと親指で通信機の通話口押さえていたりするわけだが。
「隠すような事かねえ。お前みたいなのに彼氏いたって、おかしいことなんか何もねえぜ? それこそ“普通”だろ」
「余計な事は言わなくていいわ。今はそれどころじゃないんだから」
「へいへい」
どうでもよさそうにクリフが答えたのを見てから、レナスはセリーヌに返事をする。
『レナス? 聞こえてますの、ねえ? いきなり音声が途切れましたけど……?』
「ごめんなさい、大丈夫よ。慣れない道具だから、ちょっと操作間違えたみたい」
もちろん通話口の位置をしっかり把握した上での返答である。
(あれで音声発生の部分押さえてたら面白かったんだが)
などとクリフが思っていると、セリーヌが聞いてきた。
『そんなことより、さっき誰か他の人の声がしませんでした?』
聞かれたレナスはクリフの方を見た。
見てすぐ後にこう答える。
「ああきっとクリフね。ついさっき来たばかりだから言いそびれてたけど……代わる?」
『!? レナスあなた、何いけしゃあしゃあと……! 誰にも聞かれないようにしてって、わたくしちゃんと言いましたわよね!?』
「向こうから来たんだから仕方ないじゃない。それに、クリフになら聞かれても問題ないと思うけど?」
『あっ……。それもそうですわね。むしろあなたよりマシかも』
「……そうだといいわね」
やれやれと首を振ってから、レナスはクリフに通信機を渡した。
クリフもやれやれと通信機を受け取る。
さっきまでの会話聞いてりゃ、何求められてんのかは大体想像つくが、
「つっても、恋の相談なんだろ? んなもん俺に聞かれてもなあ」
ぶっちゃけ(勝手にやってくれ)って感じである。
面倒くさげに話すクリフに、セリーヌがぴしゃりと言う。
『さっきもレナスに言いましたけど。ワタクシがあなた達に求めているものは、「恋の相談」ではなくて「恋の調査」ですわ』
「ああ? 恋の調査、だあ?」
(さらにめんどくせえな)
そんなクリフの心境を声の調子で読み取ったか。
セリーヌはクリフが逃げださないように釘をさしてくる。
『元はといえばこんなことになるまで放置していたあなた達が悪いんですのよ? こっちだって今、とっても困ってるんですからね!』
(んなこと言われたってよ……つーか俺らが悪いって、そりゃどういう事だよ)
思いながら前を見ると、レナスも面倒くさそうな顔で通信機を見ていた。
「困るも何も……その、あれだ。さっきこいつも言ってたように、あの二人は、あー……、すでにラブラブなんだろ? 今さら調査もくそも」
内容が内容だけに、おとなしくセリーヌの言う事を聞く気にもなれない。
的確な言葉が出てこないので、いい歳した男が口に出すにはちょいと抵抗のある単語まではさみつつ、なんとかしてこちらの思う所を伝えようとしたが。
『誰の事を言ってるんですのよ。わたくしが調べて欲しいのはレナとクロードのラブラブ具合じゃなくってよ。今さらあなた達に調べてもらわなくったって、こっちだってすでに知ってますわ、そんなもん』
「だったら誰と誰のなんだよ。ったくめんどくせえな」
『何か言いまして?』
「なんでもねえよ。で、調査対象は誰なんだ?」
重ねて聞くと、通信機からバカにしたようなため息が聞こえた。
『あなた達にだけこっそり頼んでるんですのよ? 普通に考えたら、どうしたって残りの二人しかいないでしょうね』
「……おい。まてよそれは」
クリフが改めて確認するまでもなく、セリーヌは言い切る。
『レナとフェイトに決まってますわ』
アホか。
「まずどっから湧いて出た、んなふざけた話」
『最初に言いだしたのは、確かソフィアだった気がしますわ。昨日の夜の事なんですけどね……』
呆れるクリフに、前置きしてからセリーヌは説明しだした。
レナスもその話にしっかりと耳を傾けている。事の発端までは詳しく聞いてなかったようだ。
昨日の夜。
フェイト達との通信を切った後、「あの二人、なんかいい雰囲気じゃない?」みたいな事をソフィアが言ったのだそうだ。
本人も軽い冗談のつもりで言っただけだったらしい。
だから初めのうちは、みんなで「そんなわけないじゃん」と笑っていたのだが。
そのまま軽いノリで、二人の仲の良さを、一つ一つ挙げていったら──
『冗談のつもりがいつの間にか本気になっちゃったんですのよ。言いだしっぺのソフィアなんか、今はもう「あの二人絶対デキてるよ!」って頭から信じきっちゃってる状態ですし……』
聞けば聞くほどアホか。
目の前のレナスも途中から真面目に話を聞くのがあほくさくなったらしい。現在はもう無言で肉まんを頂いている最中である。
どうひいき目に考えてみたってあれはただの友情だろう。
そりゃお互い年が近いから話が合うとかはあるかも知れないが、それだけで即恋人疑惑とは一体どういう了見だ。
(なんともまあ、若いやつらの考える事は)
とじじむさく呆れ果てた後。
クリフはセリーヌにようやく口に出して聞いた。
「そもそもあいつらの、どの辺が、恋人同士に見えんだよ」
『え……それは、色々ですわ。よく二人で息ぴったり合わせて返事してきますし……。あ、ほら! さっきだってやってましたわ! それに通信機通してだとよくわかりませんけど、時々あの二人の笑い声がとっても幸せそうに聞こえるんですのよね。なんかこう、向こうは二人っきりの世界っていうか』
「……。恐らく大抵は私もその場にいるわ」
「俺もいるが」
『まあ、恋人同士に思えた理由はどうでもいいんですのよ。大事なのは実際にそうであるか、あるいはそうではないのか、ってことなんですからね』
「……そうか?」
『あくまでソフィア達にとってはそうというだけの話ですわ。言っておきますけどわたくしは疑ってませんからね、レナの事。クロード大好きのレナが、二股かけるような事をするはずがありませんもの』
「ほーうそうかね? さっきはとても気のせいには思えないだのどうのとこいつに言ってたような気がするんだが」
『そういう揚げ足取りは結構ですわ』
クリフのつっこみをさらりとかわし、
『で、そういうわけですから今も二人の仲が気になって気になってしょうがないんですのよ。ソフィア達は』
とセリーヌはさらに今現在の自分達の状況を説明する。
まず人目もはばからずに取り乱しかねないから、ソフィアをうかつに部屋の外へ出せない。
じゃあソフィアだけ宿に置いて探索しに行こうかという話にもなったが、肝心のリーダー、クロードがもう心ここにあらず。
「確かに、かっこいいよなフェイトは。彼も親が有名なんだろ? でも少しも気にしてないもんな。自分の道を思うまま生きてるって感じでさ」
などと膝を抱えて呟くばかりなのだと言う。
リーダーが頼りにならないので方針をいつまでも決めかねていると、今度はマリアがソフィアにブチ切れた。「いつまでうじうじしてるのよ!」と。
そんな時いつもならすぐに縮こまってごめんなさいするソフィアだが、今回ばかりは引き下がらなかったそうだ。
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないですか!」
「じゃあマリアさん責任とってくれるんですか!」
と意味不明な逆ギレまでしてみせたという。恋する乙女、恐るべし。
そんなわけで、まともな話し合いができるような状況ではないらしい。
クロードも相変わらずうわの空で頼りにならないし、アシュトンはそもそも決断力足りてないし、ディアスやノエルは我関せずとばかりに二度寝をし……
こうなりゃ事の発端となったその疑惑をはっきりさせようと、フェイト達に確認を取ることを決めたのが、やっとついさっきのことなのだとか。
『……という事でもうこの際、あなた達の調査でそもそもが勘違いだっていう事を証明して欲しいんですのよ。あれはもうそこまでしないとだめですわ』
「まる投げじゃねえか、ようするに」
言う事聞いてくれないからあなた達の調査でどうにか納得させるつもりだと言われても、こっちだって困る。
まずそんな面倒くさい事したくないし。
その気があるかどうか確かめろって、いい歳したおっさんが「なあお前さ、最近あのこの事どう思ってんだよ」って青春丸出しで聞きに行くと思ってんのか。なめんな。
今までの話聞く限り、向こうも相当に大変なのだろうとは思うが……
その辺の事に心を配ってる自分の姿思い浮かべちゃったらもう、快く協力してやろうという気持ちには到底なれない。「自分達でなんとかしろよ」と言って通信を切ろうとしたクリフだったが。
『嫌とは言わせませんわよ』
それより早くセリーヌに言われてしまった。
『こんな疑念が急に湧いて出たのだって、元はといえばあなた達がしっかりあの二人の事、気をつけてみてあげてなかったからなんですからね? ……あーもう、いい大人が揃って情けないこと』
黙って聞いてりゃまた無茶な言いようである。
盛りのついた猫でもあるまいし、フェイトとレナが仲良くなりすぎないよう自分達が気をつけるべきだったもなにもないだろう。二人とも普通に友達として仲良く話してるだけなんだから。
「いちいち会話する度に割り込めってか」
俺に落ち度はねえ。
言外にそんな含みを持たせ、反論したつもりのクリフであったが、
『誰もそこまでしろとは言ってませんわ。微妙なお年頃の二人を置き去りにしてよろしくナンパなんかしてんじゃないですわよ、って言ってるんですのよ』
「……あれはだな」
手痛い反撃を食らい、言葉に詰まる。
セリーヌが言っているのはもちろんあのラクールに着いた初日の夜の事だ。
どうやらあの夜のクリフの行動は、他の仲間達には(日頃の言動のせいか)そうとしか見られなかったらしい。
すなわちクリフはあの夜、レナスに下手なモーションしかけて、しかも見事にフラれたのだと。
あの夜の事は誰にも何にも言ってないのに、次の日以降どういうわけか、それが公然の事実とばかりにこうやって仲間達の口からしばしば語られるのだ。
クリフにとってはなんとも不名誉な誤解である。特に後半部分が。
あれはナンパなどではなく、真面目な用事だったというのに。
俺は無実だ。第一そんなヘタな手は打たない。
声を大にして言いたいがしかし、「内緒にしといてやる」とレナスに大見得切った以上、本当の事をぺらぺら喋るわけにもいかない。
よって男を見せたいクリフは、今もこの不名誉を甘んじて受けているのである。
『クリフは自分の恋愛に一生懸命。レナスはてんで頼りにならないニブちん。──ね? この状況の大半はあなた達のせいだって事、理解できまして?』
「んな無茶な」
「ニブちん……」
『じゃ。そういうわけですから、早い所はっきりさせて頂戴ね。すべてあなた達の働きにかかっていると言っても過言ではないんですから』
いよいよ反論のなくなった二人に向かって話を続け。
最後にこんなことまで言い加えてから、セリーヌは一方的に通信を切った。
『ああそうそう、言い忘れてましたけど。「恋の調査」の結果がシロならば何も問題はなし。けれどももしも結果がクロだったのなら、その時は──何をすればいいのか、言われなくとも分かっているでしょうね?』
☆☆☆
そして翌日の昼休憩。
昨日と同じく、レナスはフェイトとレナの二人から離れた場所で、これまた昨日と同じような大岩の後ろに隠れていた。
二人に怪しまれないよう少々時間をずらしてやって来たクリフに、レナスはさっそく自分の考えを打ち明ける。
「やっぱり、みんなの気のせいじゃないかしら」
「なんでそんな自信なさそうなんだよ、おい」
どうやらレナスは「あの二人が怪しいか怪しくないかちゃんと見てきてよね。絶対怪しいから」とセリーヌに前フリされた通り、昨日も今日もあの二人の事を真面目に観察していたらしい。
そして案の定雰囲気に流されたらしい。
(まあご苦労な事で。サボったってどうせバレやしねえのによ)
なんだかんだこいつもアホだななんて思って見ていると。
そのレナスが首をかしげつつ、「ねえクリフ。私ずっと考えてたんだけど」と言う。
とっくにその事に気づいてたクリフも(お前それ、じっくり観察する前に気づけばよかったんじゃね)と思いつつ、レナスの言葉に後から頷いてやった。
「あの二人に全くその気がなかったとして、どうやってそれを証明すればいいのかしら。私達が口で言うだけじゃ、きっとみんな納得してくれないわよね?」
「まあ、だろうな。証拠でもありゃ話は別だろうが」
ぶっちゃけ奴らが「調べたけど何にもなかった」だけで即座に納得してくれるような、とびきり素直で純朴な心を持った奴らだったならば、そもそも恋の調査など必要ないのである。
それこそ「気のせいだ」の一言だけで、すべてまるくおさまる話であろう。
セリーヌが言った恋の調査というのは、つまりこういう事なのだ。
確かな証拠を持ってこいと。
フェイトとレナがただのお友達でしかないという証拠。
お互いがお互いを、特別な異性として認識していないという証拠。信じるに値する証拠、目に見えて安心できるような証拠を。
だが、しかし。
「“想い”は目に見える形で存在するものじゃないわ。みんなが納得できるような証拠なんて、どこにも──」
「まあないわな、普通」
何もない事を証明しろとは、いくらなんでも無茶ぶりが過ぎる案件である。
本当に自分達でなんとかしろよと言いたいところだが、実際ここでクリフがそう言って見放したとして、奴らだけで現状をどうにかできるとも思えない。
なんたって昨夜の定期報告の時も、向こうはまだ荒ぶっていたのだ。
やたら騒がしい中「何か変わった事はあったかい?」と話しかけたフェイトに対して、『あるわけないでしょ、一歩も外出てないんだから』というマリアの苛立たしげな返事だけで通話が終わったくらいである。
(一昨日の夜からだろ? よく飽きねえな、あいつら)
もしかしたらあれから更に一晩寝て、今頃ようやく頭が冷えている頃かも知れないが。
開口一番、調査結果を早く言うよう要求されるのがオチだろう。頭が冷えたかどうか、確認のためだけに通話するのも正直かったるい。
そもそも通信機は今フェイトの手元にある。取りに戻るのもかったるい。借りる理由を考えるのもかったるい。
(通信機ひとつ自由に使えねえとは情けねえなあ。ありゃ俺のモンなのに)
と愚痴っぽく思ってみても仕方あるまい。そういえば面倒くさいからって自分からフェイトに渡したような気もするし。
まあなんにせよ、面倒くさい事は早く終わらせてしまうにかぎるだろう。
フェイトとレナがお互いの事をどう思っているのか。
向こうの奴らが疑うような、イイ雰囲気などというものが本当に存在するのか、否か。
存在する方ならば証拠はいかようにも作り出せるがしかし、今求められているのは存在しない方の証拠だ。そんなものの証拠などいくら探したところで普通は出てきやしないのは、レナスもさっき言った通り、当たり前の事実だが。
その証拠をすぐにでも見つけるアイデアが、実はクリフにはなくもなかったりする。
「やっぱり、レナとフェイトの方を見ても仕方ないわね。どうにかしてみんなを納得させるべきだわ。時間が経てばその内に……」
結局レナスは話し合いで解決させるという結論に達したらしい。
ため息混じりにごくまともな事を呟きつつ、フェイトの元にある通信機を取りに戻ろうとしたレナスを、クリフはすかさず引き止めた。
「まあ待てって。あいつら全員が納得するまでとことん話し合う、っつうのはとてもじゃねえけど効率的じゃねえよな。──そこでだ」
もったいつけて言った後。
クリフは自分の尻ポケットから何やら液体のつまったビンを取り出して、レナスに見せる。
「これ、使ってみるってのはどうだ」
クリフが取り出した、この謎のビン。
レナスが思いっきり訝しんで見ている、このビンの中に入っている液体が一体何なのかというと。それは──
ずばり、“惚れ薬”である。