《ふんふふーん、ようやくここまで来たかって感じですかね。
もうこれで安心安全、今日から枕もラスガス山脈の山頂並みに高くして寝れるってもんよ。
あとはきっとみんながなんとかしてくれる! ビバ他力本願!
もうそれでいいよね! 私だって超頑張ってるし!
いやあ生きてるって素晴らしい! さいこーさいこー
んじゃまあ、ビクビクもんの毎日からも解放された事だし?
マジ外野の私は、これからもおとなしく、上から目線で見守る事にしま──
って、え? あ、あれ──?
なんか……おかしくない? いつもと違くない?
ちょっと待ってよ……むーん……
……。
おおおうわあー! やっぱり外れちゃってるじゃん!
な、なんてこったい! あ、あばばば……
……ハッ!
いや大丈夫まだバレてない平気平気絶対平気これくらい全然問題なしだし心配いらないってマジでうんそうだねきっとなんとかなるよね
ってことでごめんちょっと用事思い出した!
……じゃなくてええと、こほん。
ほいじゃ、そういう事でバイナラバイナラ。また今度ね~》
☆★☆
フェイト達四人が、ようやく辿り着いたリンガの町に足を踏み入れた時。
同時に、さっそく英雄の一人が探すまでもなく、自らフェイト達の方に走ってやってきた。
「あ。プリシスだわ」
英雄プリシス。
茶髪をポニーテールに束ねている、見た目ちまっこいあの少女は、これでも今年で十六歳。
機械やら工具やらがいっぱいつまったリュックサック背負って、ぱたぱた走り回っている見た目の通りの、機械工作大好きの天才発明少女だ。
二年後にはレナやレオン博士と共に地球に留学し、そこで得た知識を生かして、マナクリーナーなる機械を発明。汚染されたエクスペル全体の洗浄に成功するなどといった技術功績が認められ、未開惑星だったエクスペルを『十賢者事件』からわずか五年という歳月で、銀河連邦所属惑星に引き上げた……
などなど、これまた壮大なアフターストーリーを持つ人物でもある。
遠くからこちらに向かってくるプリシスにレナが声をかけようとするが、向こうはフェイト達に気づいた風でもない。
どうやら彼女は目の前を走る謎の物体を追いかけるのに夢中で、周りがよく見えていないようだ。
「おーい! 待って! 待ってってば!」
丸い胴体から直接短い手足が出ている、バスケットボール大のその物体は、追いかけるプリシスをたくみに翻弄しながら逃げている。
「待ってよ無人君! なんで逃げるのさ!」
その名前の通りに、いかにも無機質な外見である。
右に行ったり左に行ったりしながらも、プリシスと“無人君”の追いかけっこは、だんだんフェイト達のいる町の入り口に近づいてくる。
やはりこちらに気づいていないプリシスを、ぼーっと眺めていると。
レナスが無人君を指して言う。それを聞いたフェイトも深く考えず答えた。
「魔物、には見えないわね。何かしら、あれ」
「何って、ロボットじゃないんですか? 形は僕も初めて見るタイプですけど」
留学前の段階ですでに自立思考型ロボットを作っているとは、さすがプリシス女史だ。聞いた通りの天才っぷりだな。……なんてのん気に感心してから、
(あっ。まずい、レナスさん未開惑星人だ。そうだよ、ロボットなんて知ってるわけないじゃないか)
と今さら焦るフェイトである。
案の定フェイトの答えを聞いたレナスも、思いっきり首をかしげてるし。
「ロボット?」
「え、えーと、なんなんでしょうねロボットって。僕も正直よく分からないな……。人づてに聞いた事があるだけですから。なんだろ、丸っこくておいしそうとか、そういう事なんじゃないですかね、きっと」
フェイトがどうにかして失言をごまかそうとしていると、
「うわっ! ひゃあー」
いつの間にやら近くに来ていたプリシスが、フェイト達の目と鼻の先で無人君を取り逃がし、バランスを崩して盛大にこけた。
プリシスの手から逃げた無人君はというと。
さらにフェイト達の方に、とことこ近づいてくる。
「えっと……久しぶりね、無人君」
顔見知りのレナにぺこりと頭を下げ、
「いてっ」
おいしそう呼ばわりしたフェイトの頭をぽかっと叩いてから、くるっと踵を返して、今度はそのままとことこ走り去っていった。
様子を見ていたクリフが笑いを押し殺しつつ言う。
「ほう、さすがは英雄の作った機械だな。ずいぶん賢くできていらっしゃる」
「……。あっ、いけない。逃がしちゃった」
走り去る無人君をすっかり見送ってしまった後。
我に返ったレナは、地面に倒れたまま恨み言を言っているプリシスにさっそく手を差しのべた。
「っててて。いつもいっつもなんで……無人君め~」
「大丈夫? プリシス」
「だいじょーぶだいじょーぶ、こんなのつばつけときゃ治るって──ん? あれ……レナ? えっ嘘、超久しぶりじゃん!」
助け起こされたところで、ようやくプリシスもレナの事に気がついたらしい。
膝のすり傷を治してもらいつつ、目の前にレナがいる事をしきりに不思議がるプリシスの反応に、レナの方もつい最初はうろたえる。
「なんでなんで? どうしてレナがリンガにいんの? なんかあったの? もしかして、クロードとまた喧嘩でもしちゃった? しょーしんの旅なの?」
「え、ちょ、ちょっとプリシスやだ……そういうのじゃないってば、もう!」
「あれ、違った? じゃあ喧嘩してないの? 今日も普通に元気なの? レナ」
「ふふっ。あいかわらずね、プリシスったら。──わたしは元気よ、プリシス。クロードと喧嘩もしてないわ。このリンガにだって、一応ちゃんとした目的があって来たんだから」
「ちゃんとした目的? ってなに?」
そこまでお喋りしたところで、プリシスはレナが一人ではない事にようやく気づいたらしい。
「まずは紹介するわね、プリシス」
「ん?」
レナが脇に避けるなり、フェイト達の方を見たプリシスは唐突に驚いたのだった。
「ああーっ! ウワサの銀髪美人!」
本当に唐突な驚きっぷりである。
プリシスのいきなりの大声に、びしっと指差されたレナスだけでなく、近くにいたフェイト達全員がびっくりした。
反応するまで少し時間がかかったのも当然だろう。なんて心臓に悪い驚きだ。
「──噂?」
「レナスさんが?」
「え? なになに? そのひとレナの知り合いなの?」
いきなりの発言にみんなして戸惑っていると、プリシスもやっぱり興味しんしんで聞いてくる。
「ええ、話せば長くなるけど……。それよりプリシス、レナスさんの噂について教えてくれない?」
聞きたい事はやまほどあるけど、先にこう言われては自分から話さない事にはしょうがないとプリシスも判断したらしい。
元気よくしゅたっと立ち上がり、
「まあ、正直ウワサって言っていいのかわかんないんだけどね」
と前置きしてから話し始めた。
「なんか最近怪しい二人組がね、……ん? 三人だったかな。まあそれはどうでもいいや……ちょうど、こういう感じの美人さんを探してるんだってさ。『長い銀髪を、ゆるく三つ編みに束ねた美女を見なかったか』って。その感じがなんかね、すっごい怪しいんだって」
プリシスの話を聞きながら、みんなしてじろじろとレナスを見る。
話と照らし合わせた結果、
「長い銀髪。三つ編み」
「美女。まんまお前じゃん」
「でしょー? アタシも見た瞬間思ったし」
「という事は、レナスさんを探している人がいるのね」
全員一致で、プリシスの言う“銀髪美人”はレナスだという事になった。
レナが続けてプリシスに聞く。
「ねえプリシス。怪しいって……それ、どんな人達かわかる?」
「残念、アタシは直接見たことないんだ」
プリシスは本当に残念そうに首を振る。
「つまり、誰かから聞いたってことか」
今度は頷いた。
「ほら、ここらで人探しったら、まずボーマンとこ行くじゃん? そんでその人達も来たらしいんだけど、……チサトが怪しいって言い張ってるだけなんだよね。だからウワサっていうのも、なんかおおげさかなって」
若干きまり悪そうにプリシスは話す。“ウワサ”は町全体に広がるような噂ではなく、身内での噂という程度の噂だったようだ。
それにしたって気になる話だけど、
「それじゃあボーマンさんのお店に行ったほうが、より詳しい話が聞けるわね」
これ以上の事はプリシスから聞くより、そうした方が手っ取り早いだろう。
今レナとプリシスの話に出てきたボーマンという人物も、これからフェイト達が話を聞きに行く予定だった英雄の一人だ。
こちらは後世にその名を残した何々、といったようなスケールの大きい話は聞かないが、なんでもここリンガではお世話好きな性格で有名な人物だそうで、そんな彼に頼る者もちょくちょくいるらしい。怪しい二人組とやらがボーマンの元に姿を見せたのも、そういった理由からだろう。
そんな彼は現在、ここリンガで、彼の奥さんと二人で薬局を経営している。
自宅も兼ねた小さな店だそうだから、ボーマンも普段はそこにいるはずだ、とのこと。
「そうだね。さっそく行ってみようか」
「あっ、アタシも行く! すっごい気になるし!」
レナの先導で歩き出したフェイト達に、プリシスがとりすがる。
「それは構わないけど」
プリシスも英雄の一人なのだ。話を聞いてはいけないということもない。
むしろ二人まとめて話を聞いてもらった方が二度手間にならずに済むから、こちらとしても助かるくらいだ。
だけど、
(何か、……忘れてないか?)
「プリシス、無人君はどうするの?」
レナが言ったと同時に、離れた建物の陰から丸い胴体が少しだけ姿を見せた。主人がちっとも追いかけてこないので、寂しくなって様子を見に来たらしい。
プリシスは「あっ!」と叫ぶと、
「ごめん、ちょっと捕まえてくる! すぐ行くから、アタシにも話聞かせてね!」
また逃げ始める無人君を追いかけ、勢いよく駆け出して行った。
フェイト達が声をかけるひまもない。
「あー……。行っちゃったわね、プリシス」
「しょうがない、僕達だけで行こうか」
走り出したプリシスが角を曲がるまで見送り、フェイト達も歩き出した。
本当はプリシスを待つなり、無人君を捕まえるのを手伝うなりしてあげる方がいいのかもしれないが。今のフェイトの頭にその選択肢は浮かんでこなかった。
リンガに着いて早々気になる話を聞く事ができたのだし、この勢いで一刻も早く話の詳細が知りたかったのだ。レナスを探している人達の事を。
探しているという事はつまり、彼女を知っているという事だ。
本人の主張が正しければ、彼女を知っている人はこのエクスペルにはいないはずだから──
自分達の旅の目的が一向に達成されないまま、同じく探し求める帰り道が一向に見つからない彼女とともに、ぐだぐだ旅をして、はやひと月。
ここにきて、ようやく肩の荷が一つおりる事になるかもしれない。
☆☆☆
「おっ。おおー、こりゃ本当に美人だ」
店に着いて会うなり、店番をしていたボーマンはレナスを見て感心した。
すかさずレナが、
「ボーマンさん。ニーネさんにいいつけますよ?」
と店の天井、つまりは上階のボーマン家の方を指さして言う。
呆れようから察するに、このボーマンが既婚者にあるまじきチャラい言動をするのは毎度のことのようだ。
一方ボーマンは、レナにチクると言われても屁とも思わない様子。
どころか人生の先輩として、余裕を見せているくらいである。
「大丈夫だ。ニーネは俺が美人に鼻の下伸ばしたくらいではなんとも思わん」
「それ、どうとも思われてないってだけじゃ……」
「ふっ、若いな」
(一体どこから来るんだろう、その自信)
ひとまず会話が落ち着いた頃合いを見計らって、さっそくクリフが話を切りだす。
「で。こいつを探してるっていう奴らは、確かにここに来るんだな?」
「まあそうだな。あいつらはよくここに来てるが」
「その人達の特徴は?」
じれったくなったのか、ボーマンの話を遮ってレナスが聞いた。
いつになく真剣な様子だ。知り合いかもしれないのだから、早く知りたいのはまあ当然だろう。
ボーマンもそれに気がついたのか、余計なお喋りはせず質問に答える。
「よく来るのは二人組でな。一人はがっしりした体つきの戦士だな。顔のこの辺に傷があって、やたらでかい剣を背中にかついでる。もう一人は──」
「もう一人は?」
ふいに言葉が途切れたので、聞くと。
「ボンキュッボンの姉ちゃんだ」
満面の笑顔で言いやがった。ご丁寧にも手振りまで添えて。
フェイトは怒るよりむしろ呆れ果てたが、レナはそうではなかった。
「ボーマンさん、ふざけないでください!」
「ふざけてねえって。本当にそうなんだよ、マジでセリーヌばりにピッチピチの服着てるんだって。これがまたキッツイ女でな……。杖持ってたから、あっちは紋章術師じゃねえかな」
「だったらはじめっからそう言えばいいじゃないですか!」
(やっぱり怒られるんだな、この人も)
クリフとすごい気が合いそうだなこの人。なんて思いながら、フェイトは年下になすすべなく怒られてるいい大人の姿をおとなしく見守る。
一方そんなレナ達の横では、真面目な会話がしっかりと続けられていた。
「その様子じゃ、お前の知り合いって事で間違いなさそうだな。例の“お付きの者達”か?」
「ええ……。でもまさか、こちらに来ているなんて」
とレナスは腕組みをして考え込む。
やはりレナスを探していたのは彼女の知り合いだったようだ。急にいなくなったから心配して探しに来たのだろう。理由は驚くほどでもないが。
(まさかレナスさんの知り合いに、ボンキュッボンがいるとは)
いかつい戦士はまだいいとしてナイスバデーの術師がお付きの者だなんて、レナスお嬢様の身辺警護は一体どうなっているのだろうか。実にびっくりだ。
改めて明らかになった事実に一通り驚いてから、
(いやいやいや、そうじゃないだろ)
と自分につっこむ。
確かにそれも気になるけど、すごいのはそっちじゃないだろう。
本当に驚くべきなのは、その二人組がレナスを探しに、エクスペルに来る事ができている事であろう。
つまりはレナスがエクスペルに迷い込む原因となった“道”を、その二人組も確実に通って来ているという事だ。
レナスが探していた「岩だらけな場所」はすなわち、どこか別の名前も聞いた事がないような星などにではなく、本当にこのエクスペルの中にあったのだ。
(時空間の歪みが、立て続けにこのエクスペル内で発生していたっていう事だよな。って事は。そして今も。……そんな事が、本当に起こりうるのか?)
あまりに都合のいい偶然の数々に、フェイトがすっかり信じられない気持ちになっている中。
同じくなにやら考え事をしているレナスに、レナが嬉しそうに声をかける。
「お付きの人達が探しに来てるってことは……。よかったですねレナスさん! これで無事元いた星に帰れますよ!」
「……。ええ、そうね。ありがとうレナ」
一応礼を言ったレナス自身も、どうもこの状況を手放しで喜んではいない様子。
違和感を覚えていたフェイトも、すぐに理由に気づく。
(そうか。よく考えてみれば、今もその“道”が繋がっているとは限らないんだよな)
今までの話を聞いただけでは、二人組がその“道”を通った時期までは分からない。その“道”を通ったのがレナスと同じ時期なら、時間が経った今、すでにその穴が閉じてしまっているという可能性も十分に考えられるのだ。
“帰れる”というのは、あくまで希望的観測にすぎない。
その二人組が自分と同じく迷子になっているだけという可能性が十分にあるという事がわかっているから、レナスの表情もやはり硬いままなのだろう。
何はともあれ、ここで推測を続けていても仕方ない。
まずはその二人組に会ってみなくては。
「そいつらはよくここに来るって言ったな。今も来るのか?」
「ああ、つい一昨日も来たぜ。いつもと同じように「見かけてねえ」、「じゃあまた来る」って簡単に話だけして帰っていったな。ただ次にいつ来るのかは……分からんな。定期的に来てるふうでもねえし」
「帰っていったって、どこに?」
「どこかの宿に泊まってるんですか? その人達」
ボーマンは頭をぼりぼりかいて答える。
「やっこさん、必要な事以外何も話そうとしねえんだ。どこから来たのかはもちろん、名前もな。……あんたの名前だって、見りゃすぐに分かるって言って教えてくれなかったくらいだからな」
レナスを見て言った後、ボーマンは「確かに見りゃ分かるな」と納得した。
二人組もこのエクスペルが、自分達の住む星と違う事に気づいたのだろうか。
またはそうでなくても、身分バレ防止のために偽名を使っていたレナスお嬢様同様に、お付きの者達である自分達も、日ごろから素性を知られないよう気をつけているというだけの事なのか。
「徹底してるな。大した教育だぜ、まったく」
レナスはまだ何か考え込んでいて黙ったままだ。クリフの言葉にも何も反応を示さない。
「それじゃあその人達がまたここに来るまで、待つしかないってことね」
「でも、今度いつ来るかは分からないって」
「確かにそれはそうだけど、いくらなんでもあと何週間も待たされるなんて事はないと思うわ。せいぜい数日程度じゃない?」
せっかく手がかりらしい手がかりが出てきたっていうのに、数日間もずっと待つだけというのは、フェイトとしてはなんとも焦れったい状況だ。
がしかし、
「だいたい、その人達が今どこにいるのか分からないんじゃどうしようもないじゃない」
「うーん。それはそうなんだけどさ」
レナとフェイトが今後の方針を、あーだこーだ話し合っていると。
ボーマンが今思いついたかのように言った。
「どこから来るのかってのなら、おおよその見当はついてるぜ?」
「ボーマンさん、そういう事は先に言ってください」
「からかってるんですか?」
「わるいわるい。お前らが真面目に話し込むから、言うタイミングがな」
悪いと謝るわりに、あまり悪いと思っている様子は見受けられないが。
訝しむフェイト達の目線を受けつつ、ボーマンは平然と話す。
「あいつらはリンガの聖地の中のどこかから来ているって話だ」
「リンガの聖地、ですか?」
聞き慣れない単語に首をひねるフェイトの隣で、レナが口に手を当てて呟いた。
「あっ。岩だらけで、霧がかかってて……。レナスさんが探してた場所って、リンガの聖地の事だったのね。──そっか、そうよね。どうして気づかなかったのかしら」
レナの納得ぶりからするに、ボーマンの情報はまず正しいとみていいのだろう。
「そこで間違いなさそうだな」
とクリフも頷く中。
レナがさらにボーマンに聞く。
「ボーマンさん。リンガの聖地の、どの辺りかは分からないんですか?」
「詳しい場所までは知らん。だが、その奥地の方から来てるのは間違いないって言ってたぜ」
「言ってたって? さっきも人から聞いた、みたいな言い方でしたけど……。本人達は隠してるんですよね?」
ボーマンは肩をすくめて言う。
「チサトだよ。取材だかなんだかでリンガの聖地を調べてる時に、そいつらが奥地の方から歩いてくるところを偶然目撃したんだと。……さんざん聞かされたぜ。あんな場所からただの冒険者が出てくるはずない、絶対何か裏があるはずだってな」
“チサト”も、これまた十賢者を倒した英雄の一人だ。
ノエルと同じくエナジーネーデ出身のネーデ人で、当時十賢者に立ち向かうレナ達一行に新聞記者として粘り強くつきまとった結果。いつの間にやら自分もレナ達一行の一人に加わっていた、という経歴の持ち主である。
一連の騒動で帰る場所をなくした彼女は現在、お世話好きのボーマンの家で居候の身になっているわけだが。
今のボーマンの話ぶりを聞くに、彼女の新聞記者としての情熱は、今も当時とまったく変わっていないようだ。
「で、隠されるとどうしても暴きたくなる性分のあいつは、今日も元気にリンガの聖地に出かけて行ったってわけだ」
きっと本当に散々聞かされているのだろう。ボーマンはため息混じりに言って話を締めくくった。
「よく飽きねえよな。毎日毎日朝早くから「今日こそ突き止めてやるんだから!」ってよお」
「それは、……チサトさんらしいですね」
「ま、ついでに薬草も採ってきてもらってるから俺も文句はねえけどな」
「それもボーマンさんらしいですね……」
レナはすっかり苦笑いである。しかし、そのチサトの執念のおかげでわずかながら希望が見えたのだ。これは感謝せねばなるまい。
「だがまあ、チサトが怪しむのも無理はないぜ。“異界とつながる地”って噂もあるくらいだからな、あそこは」
「“異界とつながる地”、か」
「ほう、ますますそれっぽいじゃねえの」
ここまで話が繋がればもう確定だろう。
はやる気持ちを抑えつつ、フェイトはさっそくレナに場所を聞いてみる。
「そのリンガの聖地っていうのは、ここから遠いのかい?」
「ううん、せいぜい一時間もあれば着く距離だけど……。今から行くの? リンガの聖地自体はすごく広いわよ? チサトさんだって毎日通ってるのに見つけられないって」
レナからは乗り気ともいえない返事が帰ってきたけれど、フェイトはだいぶ(行ってみようかな)という気になっていた。
レナスについての話は、ここリンガに着いてから急に浮かび上がってきた話、フェイトにとってはいわば第二の目的にすぎないが。
そもそもフェイト達がリンガに来た第一の目的は、英雄のプリシス、ボーマン、そしてなによりレオンも言っていた、足で情報を稼いでいそうな人筆頭である元新聞記者のチサトに会って話を聞く事なのだ。
無人君を追いかけてったプリシスはせいぜい後数十分もすればこのボーマン家にやってくるだろうが、それにしたって肝心のチサトがいないのでは話にならない。
話を聞けばチサトは今日も元気にリンガの聖地に行っているという事だし、ここで彼女が町に戻ってくるのをずっと待っているくらいなら、いっその事自分達の方からリンガの聖地に出向いてやろうじゃないか。といった心境である。
ここまで進展のある話が聞けたのは、この旅中で初めてなわけだし。
ここまできて帰りを待つだけなのは焦れったい。運がよければ、チサトにも二人組にも現地で会えるかもしれないし。
「いいんじゃねえの? ここでずっと待ってんのもヒマだしな」
クリフもフェイトと同意見のようだ。
時間はまだ真昼間だ。ここから距離も近い事だし、一時間で着くのなら今から行っても大丈夫だろう。
「行くだけ行って、暗くなる前に帰ってくればいいんじゃないかな。どっちにしろみんなここに戻って来るんだから、途中で行き違いになっても問題はないだろうし」
「そう、よね。確かに……レナスさんが早くその二人に会えるなら、それに越したことはないわね。じゃあ行くだけ行ってみましょうか、今からでも。リンガの聖地に」
周りの意見に引っぱられるように、結局レナも行く事に同意した。
後は一人、肝心のレナス本人だけだ。
みんなの視線を受け、ずっと黙っていたレナスが口を開く。
しかしそれはフェイト達が思っていた、行く行かないの返事ではなかった。
「よく来るのは二人、と言ったわよね。それは、他にも私を探している人がいるという事?」
「お、そんなこと言ったか? 俺」
ひょうぜんとした表情を崩さず言うボーマンだったが。
レナスに責めるような目で見つめられると、正直に白状した。
「分かった、言うよ。……怒るなって。あいつらに口止めされてたんだよ。話がややこしくなるから言うなって」
いったん息をついで、ボーマンは話す。
「あんたを探しに来たのは、さっき言った通りその二人だけじゃねえ。他にもう一人来たんだ。若い兄ちゃんでな、あいつらが初めて来た、あー……次の日だったか? とにかく、それぐらいだな」
レナスを探しているのは正確には二人ではなく、三人という事か。そういえばプリシスもさっきそんな事を言っていた気がする。
「用件もまんまあいつらと同じで、俺はやっぱり同じように「知らねえ」って。言ったら、礼だけ言ってすぐに出て行ったぜ。その兄ちゃんが来たのは、後にも先にもその一回きりだ」
でも、それが口止めしなければならないような事なのだろうか。フェイトにはどうもそこが分からない。
二人も三人も、彼女の知り合いという事には変わりないだろうに。
ややこしくなるとは、一体どういう意味だろう。
「その──、その人、どんな人だった?」
見ればレナスの態度もなぜか変わった気がする。頼むようにしてボーマンに聞いているのだ。
(なんだろう。レナスさん、慌ててる? ……のかな? でも、なんでだ?)
フェイトはやはり気づかないが、ボーマンはそのレナスの態度に何かを読み取ったようだ。しっかり顔に「やべ、余計な事言っちまった」と書いてある。
フェイトと同じく、レナもレナスの急な変わりように戸惑っている中。
様子を見ていたクリフが、
「あー……なるほど。そいつか」
と訳知り顔で呟いてからボーマンに言った。
話の腰を折るつもりはないので黙っているが、その呟きが耳に入ったフェイトとしては、(何がなるほどなんだよ。また自分一人だけ分かったような顔して……)と苦々しく思うばかりである。
「そこまで言っちまったんならもうしょうがねえだろ。ほれ、質問に答えてやんな。どんな特徴だったか? だってよ。どうせ名前は言わなかったんだろ?」
「ん、まあそうだが。特徴、って言われると……なあ」
心の中でこの場にいない二人組に謝っているのかもしれない。しぶしぶではあるがボーマンは答え出した。
頼りなさげに、記憶をあさるように、しきりと首をかしげながら。
「とりあえず、若い兄ちゃんで……二十歳そこらか? 冒険者、っぽかったような。髪は、金……いや茶髪か? ──すまん。その兄ちゃんがどんなだったか、正直よく覚えてねえんだ。一回会ったきりだし、なによりあの二人の印象の方が強すぎてな」
☆☆☆
リンガの聖地はまさしく「岩だらけな場所」だった。
渓谷、といった表現が一番それに近いだろう。
近辺の土地全体が固い岩盤でできているらしい。地殻変動で浮き上がったのか、河川の浸食により現在のような地形になったのかは分からないが、やたら入り組んでいる地形だ。
ところどころで道が途切れ、思うように先へ進めない。
今は谷底と思われる辺りを歩いている。上を歩く道が途切れたため、階段状になっている岩を伝って下へ下りたのだ。
進むうちに、霧もうっすらと出てきた。
高さはさほどないが、それでも両脇から崖が差し迫った所を霧の中、歩いていくのは妙な圧迫感を覚えて居心地があまりよくない。
地元の人から“異界とつながる地”と噂されるだけはある。
二人組は、間違いなくこのリンガの聖地からやってきているのだろう。
早いとこ彼らを見つけだしたい気持ちは、もちろんフェイトにもあるが──
ひとり前を歩くレナスを、不安そうに追いかけながらレナが言う。
「レナスさん、どうしたのかな」
──リンガの聖地に行きましょう。
そう言ったきり、レナスはみんなの返事も待たずにさっさとボーマンの家を後にしたのだった。
リンガの聖地がある方角こそレナに聞きはしたものの、それからずっとレナスは言葉もほぼなく早歩き。一人でどんどん先に行ってしまう彼女のすぐ後ろを、フェイト達三人は追いかけ続けて今に至るというわけだ。
フェイトも初めからリンガの聖地に行くつもりだったからそれはまあいいのだが。それにしたって彼女のこのせっかちな様子には、戸惑わざるをえない。
道中で魔物が出た時はさすがに足を止めてみんなと一緒に戦うものの、いつものごとくレナの補助紋章術『エンゼルフェザー』がかかった状態の彼女は、いつものようなまだるっこしい戦い方などしない。魔物が自分の方に向かってくるなり、レナスは剣を二、三回振るうだけで、どいつもこいつもすぐに倒してしまうのだ。
もはやそんな強くない演技をする事もすっかりおざなりらしい彼女の後ろ姿を見つつ、フェイトもレナの困惑に首をかしげて同意する。
「本当に、どうしたんだろうなレナスさん。ボーマンさんの所に一回だけ来たっていう男の人が関係してるとは思うけど」
それ以外に説明がつかない。レナスの様子が変わったのは、明らかにあの話を聞いた後からなのだ。
それは分かるけど、でも。
(だからって、……なんだ?)
やっぱり理由がさっぱり思いつかない。
一体どういう事なんだろうと首をひねっていると。意外そうにクリフが呟くのが、またフェイトの耳に入った。
「しっかし、ここまで落ち着きがなくなるとはねえ」
反射的にクリフを睨んで言う。
「お前、やっぱり何か知ってるんだな。僕らにも分かるように説明しろよ」
「んなたいした話じゃねえよ。ありゃただの──」
クリフは途中まで言いかけて止めた。
前を歩いていたレナスが急にしゃがみ込み、地面から何かを拾いあげたのだ。
「何か見つけたようだな」
三人でレナスの近くまで寄る。レナスはしゃがみ込んだままだ。
「レナスさん、何か落ちて……って、それは?」
「人形、ですか?」
自信なさげに聞いたのは、一見では判別が難しいくらいその人形が古ぼけていたからだ。
人形はボロボロにすり切れ、首も取れてなくなってしまっている。腰のベルトには小さな鈴がつけられているが、未だこうしてついているのが不思議なくらい、これも今にもぽろっととれてしまいそうだ。
それくらいボロボロな首のない人形を、レナスは大事そうに手で包んで自分の胸に押し当て、動揺を隠しきれない声色で呟いた。
「なぜ、こんな所に? ルシオ──」
──そんな四人の姿を、少し離れた崖の上から、一人の少年が見下ろしていた。
緑色のローブを纏い、手には槍のような武器を持っている少年だ。
「ふーん、どこかで見た顔だと思ったら……。案外、あの中にいたりして」
耳につけた機械を片手でいじりながら、少年はじっと目を凝らし四人を見る。
しばらく経ってから、残念そうに首を振った。
「やっぱり、そんなうまくはいかないか」
少年はそう言って息を吐いたが、すぐに上機嫌になった。
「まあいいや、せっかく遊び道具も見つかったことだし」
何かいい事を思いついたらしい。
少年は笑いながら言う。
「僕と遊んでもらうよ。あの時の“お礼”もしたいしね」
そして少年は槍を──己の背丈ほどもある、巨大な音叉を構えた。
呟いたきり、レナスはずっとしゃがみ込んだまま、身動きひとつしない。
「レナスさん?」
フェイトは声をかけた。レナスは返事をしなかったが、そのかわり──
ちりん、と鈴の音がした。
レナスの手にある人形からだ。
僕の声が聞こえていなかったのだろうか。そう思い、もう一度声をかける。
「あの、そろそろ先に行きませんか?」
今度は聞こえたらしい。
レナスはフェイト達に背を向けたまま、ゆっくりと立ち上がり、
「どうしたんですか、レナスさ──」
「危ねえッ!」
剣の柄に手をかけた。
ドンという衝撃音。
霧の向こうに吹っ飛ぶ人影。
岩にぶつかる音。
土煙がもくもくと上がる。
「──な」
土煙でレナスの姿が完全に見えなくなったところで、フェイトはやっと我に返った。
我に返ってもまだ、今目の前で起きた出来事を信じる事ができない。
フェイトの声を受け、レナスが立ち上がった瞬間。
それまでフェイトの後ろにいたクリフが素早く前に出ると、あろうことか、思いっきりレナスを蹴っ飛ばしたのだ。
極めて優れた身体能力を持つクリフが、全力の蹴りをレナスに向かって放つ。
それだけでも十分に信じられない事だというのに。
何より信じられない事は、あの一瞬で──
(嘘、だろ?)
フェイトが未だ動揺から抜け出せないでいる中。
土煙の上がっている方から目を離さず、クリフが大声で怒鳴る。
「何ぼさっとしてやがんだ! お前らも早く構えろ!」
その言葉でようやく我に返ったのか、それまで呆然としていたレナがクリフに詰め寄った。
「なっ……何を言ってるんですかクリフさん! 構えろって一体なんなんですか! 意味がわからないですよ! なんで、なんであんなひどい事したんですか? あんな、いきなり、レナスさんを蹴ったりなんかして……」
見た事が信じられないのではない。恐らくレナには見えていなかったのだ。
レナはクリフがいきなり、何もしていないレナスを本気で蹴っ飛ばしたのだとでも思っているのだろう。そうだったらどんなに良かった事か。
でも、現実は違う。そうじゃないのだ。
「……そうだわ。とにかくすぐに手当てしなくちゃ──」
「っ、だめだレナ!」
「前に出るんじゃねえ!」
青い顔で前に駆け出そうとしたレナを、フェイトは即座に引き止めた。
同時に、前にいるクリフも、右腕を横に伸ばして制止し。
しばらくして、レナの戸惑う声が聞こえた。
「──え? クリフさん、その腕」
レナの視線の先。
クリフの右腕、肩に近い場所からは血が流れ出ている。
「ああ、たいした事はねえよ。それより」
クリフはどうでもよさそうに言い。
冷や汗をかきながら、土煙の向こうにじっと目を凝らしていた。
「あーくそ。マジでやべえな、こりゃ」
登場キャラ紹介。
・プリシス、チサトはプロローグその1の後書きでもうやったので省略。
・ボーマン(スターオーシャン2)
27歳。リンガで個人経営の薬局を営んでいる男性。妻の名はニーネ。
やたら面倒見のいい、リンガの町の戦うお薬屋さん。
彼の登場を待っていた方、レオンと同じくごめんなさい。
期待させてしまっても申し訳ないので先に言っちゃいますと、この小説では彼も旅の一行には加わりません。
一応、出番自体はまだない事もない……予定のゲスト扱いです。
それと、謎の緑色ローブ少年についての補足などを。
・原作ゲームだとめっちゃ青年な彼。作者的になんか四コマのイメージが強いので、この作品では少年になりました。たぶん無難な選択。
よって性格も大体四コマ基準です。
・ちゃっかり原作ゲームにはない、謎の新能力引っさげて来ちゃった彼ですが……
これはこの作品中でなんやかんやの末に手に入れた新能力、といったわけではありません。
ただ単に原作中では使うタイミングがなかっただけの能力、という設定です。
ぶっちゃけると作者都合で勝手に付け足した能力です。
……正直そうでもしないと、味方勢が強すぎて話にならない。
・がしかし、代わりに原作にあった超すごい防御フィールドはなくなってます。
よって攻撃は普通に通ります。