「レナスさん、どうしてこんなこと」
未だ動揺しつつも、レナもようやく、レナスがいきなり自分達に剣を向けたのだと理解し始めたらしい。今しがた彼女によってつけられたばかりのクリフの右腕の怪我を治しつつ、レナは呟くように言う。
「さあな。考えられる可能性は色々あるぜ」
言いつつクリフが見つめる先。
霧と土煙が混じった煙霧の中から、レナスと思しき人の影がうっすらと浮かび上がってきた。
彼女が今どんな状態なのかは分からないが。
ゆらゆらとした影の動きを見るに、ゆっくりとフェイト達の方に近づいてきている事だけは確かだ。
(やっぱり今も、僕らを攻撃するつもりなのか?)
分からない。
分からないがしかし、ここで警戒を解くのはいくらなんでも危険すぎる。
クリフがとっさに彼女を蹴り飛ばしたから良かったものの、そうでなかったら自分はきっと、大怪我ではすまない傷を負わされていたに違いないのだ。
一歩間違えれば今ごろ死んでいたところだったというのに、さっきのはちょっと不意打ちで驚かせてみただけなんていうタチの悪い冗談だと思うからもう大丈夫に違いないなんて、そんな気楽に思えるはずがないではないか。
(本当に、何がどうなってるんだ? いきなりあんな……勘弁してくださいよレナスさん)
今になって出てきた冷や汗をぬぐっていると、クリフが前を見たまま言う。
「実は最初からこうするつもりだった、とかいうヤベえオチじゃなけりゃいいんだけどな」
「レナスさんが、わたし達の敵? そんなこと、そんなことあるわけないじゃないですか! そんなの、絶対違うんだから……きっと他に理由があるはずだわ」
レナは声を荒げてクリフの言った事を否定する。
自分に言い聞かせるようにレナが言う中、クリフも「分かってるって」とすぐに発言を取り消したが。
「あくまで可能性の一つとして言っただけだ。殺る気があったんなら、今までにいくらでもチャンスはあったわけだしな。何もこんなへんぴな場所で襲う必要は……あ」
「あ?」
「そういや口封じ、っつう手があったな」
「……」
なんでここでそんな嫌な発想を思いつくのか、このおっさんは。
ていうか思いついても言っちゃだめだろう。これ以上レナを不安がらせてどうする気だ。
(……おい)
本気ともわざととも思える調子で「あっやべ。こりゃあ、もしかするともしかするかもしれんぞ」なんてデリカシーのない事を言い出したクリフに、フェイトはすぐにつっこんだ。
「笑えない冗談言ってる場合じゃないだろ。いいからまずはレナスさんを止める事を考えろよ。詳しい原因はそれからだろ?」
フェイトのお説教にも、悪びれることなくクリフは言い返す。
「原因が分からなきゃ止めようがねえだろっつうの。力ずくで止めようったって、あいつアホみたいに強えし。お互い無傷ってわけにも」
「だから、ふざけてないで真面目に──」
「俺がこんな状況でふざけると思うか? お前だって分かってんだろうが」
(お前はこんな状況でもふざける奴だろ)
と即座に思いつつも、フェイトは結局クリフに反論できずに黙り込んだ。
アホみたいに強いレナスさん。
少し前の自分だったら信じなかっただろうが、なんせ目の前であんな瞬間を見せられちゃった直後だ。思い返せば思い返すほど、クリフの言葉は的のド真ん中を射ているのだと理解せざるを得ない。
レナの治療が終わったらしい。「ああもう大丈夫だ、ありがとな」とクリフが肩を回したところで、レナスの姿がはっきりと見えてきた。
しっかりとした足取りで、フェイト達の方にゆっくりと歩いてくる彼女に、怪我をしている様子はどこにも見られない。せいぜい舞い上がった土埃で、服が少し汚れているくらいだ。
右手には抜き身の剣を持ち。
左手には首のない人形と、もうひとつ。
(……やっぱり、見間違いじゃなかったんだな。あれは)
とフェイトが物言わぬレナスの様子を観察して、ごくりと唾をのむ中。
レナがやはり動揺した様子で呟いた。
「レナスさん、怪我してない……」
「手応えがなかったからな。こいつで防ぎやがったんだろ」
言ってクリフは自分の足元にある、筒状の破片をつま先で軽くこづいた。
「剣の、鞘?」
今クリフの足元にあるのは、だいたい剣先の半分くらいの長さの破片か。もう一方、根本の部分の半分は、レナスが今も人形と一緒に左手に握っている。
つまりレナスはあの一瞬でクリフを斬りつけ、同時に鞘を盾代わりに使ってクリフの攻撃から身を守ったのだ。
そのうえ霧に紛れて見えなかったが、岩にぶつかる音だってしたのに、ご覧の通り無傷の着地。
常人には捉える事すらできない素早い一撃。
攻撃に対する予測、および対処も瞬時にでき。
あげく受けた衝撃をうまく分散させる事もできる、身体能力の高さ。
これがアホみたいに強いんじゃなければ一体なんだというのか。
そしてなぜそんなアホみたいに強い彼女が今、無表情で剣を持ったまま、ゆっくりとこちらに近づいてきているのか。
(なんなんですか本当に。せめて襲うなら襲うって言ってくださいよ、余計に怖いじゃないですか)
そんな事思ってる場合じゃないのはフェイトだって分かっているが、心構えもなんにもできていない時に仲間にいきなり襲いかかられて、そのいきなり襲いかかってきた今までそれなりに強いと思ってた人が実はアホみたいに強くて、色んな出来事がいっぺんに襲いかかってきたものだから全くわけがわからない。
クリフがじっとレナスを見続け、レナがフェイト以上に動揺した様子でいる中。
フェイトも内心動揺したまま、とりあえず剣だけはしっかり構えて戦闘に備える。
そしてあと数歩進めばいよいよ戦闘状態に入る、という距離までレナスが近づいた時。
「ふーむ、とりあえず確認してみるか」
クリフがそう言うと、とびっきり大きな声で、レナスにこんな呼びかけをしたのだった。
「おーい! お前、こんなトコで油売ってていいのかー!? 彼氏探してるんじゃなかったのかよー! んな物騒なモンとっととしまって、早く行こうぜー、愛しのルシオの元へよおー!」
呼びかけられたレナスはというと、いったん立ち止まり、首をかしげてクリフの声を聞いているわけだが。
「ええっ!? 彼氏って、それどういう事ですかクリフさん!」
「お前まさか、彼氏持ちをナンパしてたのか!」
これには呼びかけられたレナスより、後ろで聞いていた二人の方が食いついた様子。
「ルシオさん? それがレナスさんの大事なひとの名前なのね?」
「なるほど。それはフラれるわけだ」
「そっか、いたんだレナスさん。……いないわけないわよね。あれだけ可愛らしい美人さんなんだもの。というかクリフさんは知ってたのよね。わたしにはそんな事、少しも教えてくれなかったのにな」
「言わざるを得なかったんだろ? クリフがしつこかったから」
「そう、なのかな」
「絶対そうだって」
二人してべらべら喋っているところで、
「おいこら、お前ら今の状況忘れてねえか?」
とクリフに注意され、二人してはっと我に返る。
おっしゃる通り、今はそんな事マジでどうでもいいじゃないか。
ボーマン家で話を聞いた彼女が慌ててリンガの聖地にすっ飛んできた理由が分かってちょっとすっきりした気がしないでもないけど。
そんな事より今重要なのは、クリフの声かけを、レナスがちゃんと立ち止まって聞いていた事であろう。
(もしかして、今のでレナスさんの気を鎮める事ができたのか?)
残念ながらフェイトがそう思った直後。
レナスは走り出し、一気にフェイト達との間合いをつめてきた。
三人の先頭にいたクリフに、レナスは襲いかかる。
「おわっ! っと、……やっぱ意識なしかよ!」
「クリフ!」
「クリフさん!」
クリフの加勢をしようと、フェイトもすぐにレナスに近づく。
レナは戦闘に巻き込まれないよう後ろに下がり、紋章術を詠唱し始めた。
いくら肉体自慢のクラウストロ人であろうと、剣でばっさりと斬られればひとたまりもない。己の拳が武器のクリフは、レナスの攻撃をかわすので精一杯だ。
相手がアホみたいに強いので、懐に入って武器を奪い取るなんていう自殺行為をしようという気にもならないのだろう。
「やっぱ、って……何で今ので分かるんだよ!」
クリフに攻撃をかわされたレナスは、動きの流れに逆らわずにその場で体をくるっと回転し、今度は近づいてきたフェイト目がけて斜め下から斬り上げを放つ。
フェイトは自分の剣でレナスの攻撃を受け止めつつ、クリフに聞いた。
クリフも時々自分に向かってくる攻撃をひいこら避けつつ答える。
「怒ってねえからだよ。お前らの前で男の事をあんだけでかい声でひやかしてやったってのに、こいつは文句の一言はおろか、嫌な顔の一つさえしやがらねえ。こうやってただ、黙って斬りかかってくるだけだ、ってな!」
(ひどい確認方法だな……。っていうか、斬りかかってくるだけって)
クリフ的にそれは“怒ってる”内に入らないのだろうか。
疑問には思ったが、あいにく今はそんなつっこみを入れられるような状況ではない。とりあえずクリフの言う通りだという事にして、話を先へ進めた。
「つまりレナスさんは今、無意識で僕らと戦っているんだな!?」
「ああ、たぶんな!」
話の間にもフェイトとレナスの打ち合いは続いている。
ただ自分の身を守るだけのフェイトは、襲いかかってくるレナスの剣を後手後手で受けるしかない。
当然格下でもなんでもない人相手にそんな消極的な戦いを続けられるわけもなく、何度か剣を打ち合っただけで、早くもフェイトの方に無理が生じてきた。
(どうしてそういう本気を今見せるんですかレナスさん! 今まで散々サボってたくせに!)
もう本当に勘弁してくださいよ、と頭を抱えたくなる強さである。
あと二度くらい打ち合えば斬られそうというところでクリフが一瞬の隙をつこうと動くが、彼女はその動きも察知したらしい。
レナスは剣を引きながら、鞘を持った左手でクリフの鳩尾を狙う。
「ったく無意識でこれとは、まったくどうしようもねえお嬢様だなおい!」
拳に続いた肘鉄をクリフは手で受け止めた。そのまま押さえようとするが、次の攻撃を予測してさっと手を離す。
さっきまでクリフのこめかみがあった場所を、剣の柄頭がひゅうと音をたてて通り過ぎる。
レナスの剣の矛先が、今度はそのままフェイトに向かってきた。
(うわっ)
と思いつつなんとか攻撃を剣で受け止めれば、レナスは弾かれた反動を活かして、今度は反対周りに体をくるっと回転。
回転ついでにけん制の鞘殴りでフェイトを後ろに下がらせたかと思えば、彼女の剣はすでにクリフの胴に向かっていた。
「プロテクション!」
クリフの目の前に紋章力で出来た透明な盾が現れる。レナの補助紋章術だ。
レナの作ったその透明な盾にがきんと剣を打ちつけたレナスはすぐに後ろに下がり、フェイト達三人から距離をとった。
そのままレナスは動かない。三人の出方を窺っているようだ。
ひとまず最初の攻防は全員無傷でやり過ごせたらしい。
一息ついたフェイトは先ほどのクリフの推測を口に出して繰り返し、そしてある可能性をはっと思いついた。
「意識がないのに、戦っている? レナスさん、ひょっとして──!」
同時にクリフとレナも何かを思いついたらしい。思いついた事を三人で一斉に言う。
「誰かに操られているんじゃ!?」
「さては惚れ薬ならぬ、暴れ薬でも頭からかぶったか」
「夜ふかしはしちゃダメだって、あれほど言ったのに……」
「……。ふざけるの禁止!」
フェイトは声を張って宣言した。
今はなんでレナスさんは急に暴れだしたのか大喜利なんて愉快にやっていい場面じゃないって、人に言われなくても分かるだろう普通。
仲間の一人が急に意識なくして自分達に襲いかかってきてそりゃあもう大変な事になっているっていうこんな時に一体何を考えているんだ二人とも。ていうかなんだ惚れ薬ならぬ暴れ薬って。なんのギャグにもなってないじゃないか。
(へたくそクリフめ)
とフェイトがご立腹していると。
レナがきょとんとした様子で言う。
「え、違うの? わたしてっきり、目を開けたまま寝てるんだとばっかり」
「本気だったか!」
「なおの事ヤベえな」
「そしてお前はやはりわざとか!」
そんなふざけたやり取りをしていると。
今度はそれまで様子を見ていたレナスが再びフェイト達に襲いかかってきた。
「ほら見ろ、レナスさんも怒ってるじゃないか! バカにするなって!」
「ご、ごめんなさいレナスさん! わたしそんなつもりじゃなかったんです!」
「だから意識がねえんだって」
やいやい言いながらまた全員でレナスの猛攻を防ぐ。
フェイトは真面目に仕切り直した。
「気を取り直してもう一度言うけど……僕はやっぱり、レナスさんは誰かに操られているんじゃないかと思う!」
「まあ無難に考えりゃそうなるか。手辺り次第に暴れてるってより、俺らを敵として認識している、って感じだしな」
「そんな……、ひどい! 一体誰なの!? レナスさんにわたし達を襲うよう命令するなんて!」
「さあねえ、誰だか知らんが……問題はどこにいるかだな。こういう場合は大抵、高みの見物ってやつを──チィッ!」
クリフが注意をそらした一瞬のすきを狙って、レナスの突きが放たれた。
クリフは体をそらしつつレナスの右手首を掴み、剣先を自分の喉元ぎりぎりで止める。
レナスは手首を掴まれたままクリフの横に回り込み、左足でクリフの膝裏を思いっきり蹴った。同時に右手をひねりながら前につき出し、クリフが掴んだ手を無理やり離させる。
「どわッ!」
バランスを崩されたクリフは仰向けにすっ転んだ。
レナスは剣を逆手に持ち替え、倒れたクリフに追い打ちをかけようとしている。
「避けてくださいレナスさん!」
フェイトは言いながらレナスに斬りかかった。
言われるまでもなく予測していたらしい。レナスも声をかけられると同時にフェイトの方に向き直り、フェイトの剣を下段から受け止める。
「大丈夫かクリフ!」
レナスと剣で競り合いながら、クリフに声をかける。
転ばされたクリフはというと返事の代わりに「あの野郎……!」とあらぬ方向を見上げて言っていたりするが、フェイトにはとりあえず無事のようだと安心するヒマもない。
フェイトの剣にかかっていた抵抗が軽くなったのだ。レナスの体が右側にずれている。
(斬られる──!)
フェイトは反射的に剣を自分の手元に引き上げた。
が、レナスは踏み込むどころか半歩引いて、剣を順手に持ち直した。
フェイトの胴はがら空きになっている。
「!」
と、レナスが急に後ろを見、体勢を低くした。
その頭上すれすれをクリフの左フックが掠めていく。
クリフの体を蹴りつけて横に飛び退り距離をとるレナスに、クリフが驚嘆の声を投げかけた。
「ちっ、今のも見切りやがったか! こいつ──つくづくとんでもねえな!」
「おいクリフ! 今本気で殴りかかったろ! あんな攻撃して、もしもレナスさんが避けなかったらどうする気だったんだよ!」
「助けてもらって言うセリフがそれかよ。避けられてんだからいーじゃねえか。つか今はんな事言ってる場合じゃねえってのに」
フェイトの言葉をとっとと脇に置いて、クリフは一方的に早口で告げてきた。
「崖の上にいやがった。間違いねえ、あいつだ。俺の顔見て逃げていきやがった」
「は?」
「って事で今から俺が止めてくる」
「あいつって……。まさか、操ってるやつを見つけたのか?」
「ああ。だからお前は嬢ちゃんと二人でしばらくこいつ食い止めてろ」
「え」
急すぎて話がうまく呑み込めない。
クリフは今自分になんと言ったのだろう。後衛一人含めた三人がかりでなんとか抑えられるようなアホみたいに強い人を、二人でなんとかしろって?
(おいおいクリフ。ふざけるの禁止ってさっき言ったばっかりじゃないか)
なのにもう忘れるなんて、クリフったらおちゃめさん。
思いっきり現実逃避しかかったところで、タイミングよくレナの詠唱が終わったらしい。
「エンゼルフェザー!」
という声とともに、非情にもフェイトの体中から力が沸き上がってきた。
よかった。体が軽くなった。これなら二人でもなんとかなるね。
「できるだけ早く済ませる! なんとか持ちこたえろよお前ら、こんなトコで死ぬんじゃねえぞ!」
「本当に早く終わらせろよクリフ! 本当にだからな!」
「お願いします、クリフさん!」
操られたレナスと対峙したままのフェイトとレナの二人は、戦線を離脱していくクリフに思い思いの声をかける。
操っている奴を追いかけるクリフは崖の上に登るべく、フェイト達がここに来る時に使った階段状の岩へ向かって、全速力で走り去っていった。
☆★☆
時は少し前に戻る。
場所は同じくリンガの聖地。フェイト達が今いる場所からそう離れていない場所を、二人の男女が歩いていた。
多少の開きはあるが、二人ともおよそ二十台半ばくらいの年齢である。
男の方は筋骨隆々。顔には傷もあり、いかにも歴戦の戦士といった風貌だ。
動きやすさを重視した上半身鎧を装備し、背中には己の身の丈ほどもある大剣を担いでいる。
女の方は派手派手しい妖艶。
体のラインを強調した服。短いスカートにはさらに際どいスリットまで入っている。一応グローブやストッキングは身に着けているのだが、それもスケスケのレース製。肌の露出を控える、というような意向はまるで感じられない代物だ。
女の手には、無限大を示す飾りが先端にとりつけられた杖がある。
隣を歩く男と同じく、女もただの派手な女ではないようだ。
その二人が歩いている時。
しんと静まりかえったリンガの聖地のどこかから、衝突音が聞こえてきた。
「ねえ。なんか今、……ドン! とかいう音しなかった?」
女が首をかしげ、隣にいた男に聞いた。
男も答え、耳をすませる。
「ああ、したな。あっちの方か」
音のした方向から、何人かが言い争っているような声がかすかに聞こえてくるが、距離が離れているせいか話の内容までは分からない。
しばらくそちらの方に気を向けた後、女の方がかったるそうに決めつけた。
「どーせ、あのしつっこいエルフがなんかやらかしたんでしょ」
「大方そんな所だろうな。行ってみるか?」
「やーよう、めんどくさいし。なんで私らがあんなのに進んで関わらないといけないワケ? あいつも未だ少っしも姿を見せないってのにさあ」
女は不機嫌そうに持っている杖で自分の肩をとんとんと叩く。
遠くから聞こえてくる声を無視し、たまりかねた様子で男に提案した。
「ねえ、こうなったら私達も探しに行かない? もうひと月は経ってるわけでしょ? あの町であいつが戻って来んのを待ってるよりずっといいって」
「ミイラ取りがミイラにならなきゃいいが」
「それは……あのバカが、なんも考えずに飛び出してっただけでしょうが。旅に出るならそれなりの準備ってもんがあるでしょ、普通。どこだか分かんないトコだったら尚更よ。なのにあのバカは……」
女は何やら思い出したようだ。
男の言葉に対する受け答えが途中から文句に変わってきている。
「あーっもう、あいつらは! 揃いも揃ってバカよ! 大バカよ! ほんっとバカばっかり! いちいち振り回されるこっちの身にもなってみろって……」
「そうだな、旅の支度を整えたら俺達も行く事にするか。あの店にこれから行って、状況が何一つ変わっていなければな」
慣れた様子でしれっと結論を出した男に、女は人の話を聞けと言わんばかりに不服な顔をした。
言い争っても無益と判断したらしく、結局ため息をついて一人で愚痴る。
「ったく、今頃どこほっつき回ってんのかしら、あのバカは。性懲りもなく一人で勝手に飛び出して……。今回という今回は絶対許さな──」
愚痴っていた女は、またしても途中で口をつぐんだ。
さっき衝突音がした方向から、今度は大声で何かを叫ぶ男の声が聞こえたのだ。
二人とも、その大声にしっかりと耳を傾けた。
反響していて聞き取りづらいのにもかかわらず、男が何を言っているのか離れた場所にいる二人にも大体伝わったのは──
それ以上に男の声が、やたらとでかかったせいであろう。
男の大声が止んだ後。
「ねえ今の……。私の聞き間違いかしらね。愛しのルシオ、とかなんとか聞こえたんだけど」
「奇遇だな。俺も聞こえたぜ。「彼氏に会いに行かなくていいのかー!?」みたいな声も聞こえたな」
二人は互いに確認すると、
「あっちの方よね」
「ああ。あっちの方だな」
声のした方へ向かって、いそいそと走り出した。
走り出したはいいものの、道が入り組んでいてなかなか目的地に近づけない。
今まで散々待っても現れなかった知り合いが、今ようやく姿を見せたのだ。
気が急いているせいもあって、二人は時々むしろ遠ざかっているような感覚さえ覚えた。
「で、一体何やらかしてんのよ、あいつは」
二人が走っている間にも、向こうでは何か言い争うような声がしている。
よくよく聞けば、声の中には若い女までいた。
「盗賊でも現れたのかしらね。……こんなへんぴな場所で、よーやるわ」
「運のない賊だな。やっと現れた獲物が、まさかあいつとは」
さほど心配した様子もなく、二人が走っていると。
前から緑色のローブを着た少年がやってきた。
いったん足を止めて様子を窺う二人。
少年もすぐ二人に気づいたようだ。
二人の目の前まできて、じろじろと二人を見まわしてから、なんの遠慮もなく言い放った。
「やっぱ違うなあ。まあ、最初から期待してなかったけどね。いくらなんだってこんな自己主張激しくないもの」
「ああ!? ってか誰よ、あんた!」
「あははっ。困ってる困ってる」
少年は何も答えない。二人の方を見もせずに楽しそうに耳の機械をいじり、何か独り言を言っている。
「誰だ、って聞いてんのよ私は。あんまり調子こいてると──」
「面白いなあ。あそうだ、せっかくだから持って帰ろうかな、あの人」
女が凄んでも、少年はやはり答えない。言うだけ言って、二人が来た方角へと走り去っていった。
二人とすれ違う時、こんな事を言い残して。
「──ああ、人じゃなかったっけ。まあいいや、ただの遊び道具だし」
「ったく、なんなのよあのクソガキは」
さっそく悪態をつく女の横で男が言う。
どちらの視線もまだ、走り去っていく少年の方に向けたままだ。
「あのガキ、気になる事を言っていたな」
「そうだっけ? 態度がムカつきすぎてよく覚えてないんだけど。ええと確か……人を持って帰る? とか、人じゃないとか──あ」
男に遅れて、女もある事に気づいたようだ。厄介そうに髪をかきあげて言う。
「なんで知ってんのよ、あのガキは。ってか持ち帰るってどういう……」
「追うか? 今なら間に合うぜ」
次第に薄くなっていく少年の影を目で追いつつ、男が聞く。あと少しも経てば、少年の姿は霧に紛れて完全に捉えられなくなるといった状況だ。
女は少しだけ迷った後で言った。
「あいつはどうすんのよ。後回しにしろっての? 今すぐに捕まえなきゃ、またどっか行くわよ。確実に。ルシオの事だってあるんだから」
「そうだな……」
男は腕組みをして考える。
「二手に別れるってのはどうだ? ガキは俺が追う。お前はあいつの所へ行く。これなら問題ねえだろ。俺が戻るまで、お前があいつをしっかりと引き止めておけばな」
「二手に、ねえ……。オッケー。それでいきましょう」
今度は女も男の提案に頷いた。
そうと決まれば行動は早い。足を止めていた二人は、さっそくそれぞれ逆の方向へと走り出した。
「じゃあんたはそっちね。任せたわよ、アリュ―ゼ」
女にアリュ―ゼと呼ばれた男は、来た道を辿って戻るように進んでいく。
しばらく進んだ先の道の分岐点でいったん立ち止まり、周りを見渡した。
片方の道はさきほどアリューゼ達が通って来た道。もう片方は緩い上り坂になっていて、少し進んだ場所がテラス状に開けている。
そのテラス状の広場に、小柄なサイズの人影があるのをアリューゼは発見した。
迷わず上り坂の道を選んで広場まで進み。アリューゼはその辺にある手ごろな大きさの岩に腰を落ち着けている少年に話しかけた。
「おいそこのガキ。少し聞きたい事がある」
アリューゼが近くまで来ても、少年はほとんど反応を示さなかった。存在に気づいていなかったのではなく、どうでもいい存在だという事なのだろう。
「ああ、さっきの」
少年は仕方ない、といった態度で答える。
「まだいたの。見逃してあげるから、早くどっか行ったら?」
「聞きたい事がある、と言ったはずだぜ」
「少し前だったら相手してあげたんだけど、いい遊び道具が手に入ったからね。退屈しのぎはもう必要ないんだ」
少年はやはり一人勝手に喋り続けていたが。
「……まったく、ツイてないよ。よりによってこんなトコの見張り任されるんだもんなあ……。逃げたトコにのこのこ戻って来る奴なんているワケないのにさあ。まあ、それでもハニエルよりはマシだけど」
「おいガキ」
アリューゼが背中の大剣に手をかけると、ぴたりと口を閉じた。
「それは一体、なんのつもりだい?」
「人を道具呼ばわりするなって、親に教わらなかったか?」
大剣に手をかけたまま聞くアリューゼに、少年は不機嫌そうに言い返す。
まったくもってくだらない質問だとしか、少年には思えなかったのである。
「もう、うるさいな……偉そうに説教しないでくれる? これでも君なんかよりよっぽど長く生きてるんだけど」
こんなくだらない事を聞くために、わざわざ僕の後を追いかけてきたのか、この人間は。僕の時間を邪魔して。
愚かな人間。見ているだけで不愉快だ。うるさい。こいつは──
アリューゼが大剣を抜いた。
アリューゼは黙ったまま、剣先を少年に向かって突きつけている。
「せっかく見逃してあげたのに。これだから野蛮人は」
少年が男を睨みすえて立ち上がったその時。
「おいこらっ!」
新たに男の声がした。
二人とも互いに相手をけん制しつつ声のした方を見ると、何やら一人の男が、坂の下から猛ダッシュで二人の元へ駆け寄ってきていた。
クリフである。
すぐに二人のいる場所へ辿り着くと、
「やっと、おいつめたぜ……!」
とクリフはしばしの間息を整え、少年に向かって話しかけた。
「時間がねえからな、単刀直入に聞くぜ。てめえはあいつを今すぐ元に戻す気があるか、それともねえか。どっちだ」
アリューゼは大剣を構えたままで、いきなりやってきた乱入者──クリフの言葉を聞いている。
聞こえてくるのはさきほどの大声と同じ声。おそらくこの乱入者がさきほど聞いた大声の主なのだろうと、アリューゼにもすぐに察しがついた。
「返答次第じゃガキのいたずらって事で許してやらんでもない。さあ、答えな!」
「うるさいな」
少年の返事はにべもない。
耳の機械に手をあて、質問したクリフを蔑むような目つきで見て答えた。
「手放すわけないじゃないか。せっかく手に入れた遊び道具なのに」
「そうかよ、それじゃ遠慮はいらねえな。全力でぶっ飛ばす」
言うが早いか、クリフは間合いを詰めて拳を放つ。
クリフの拳は少年に避けられ、さっきまで少年が座っていた岩を砕いた。
「誰をぶっ飛ばすだって? ……うるさいんだよ、さっきから! たかが辺境惑星の人間が、僕に刃向かう気!?」
少年が音叉を構える。
とっさに身構えたクリフの腕に、ぱんという音と共に、殴られたような衝撃が伝わった。
「そんなに殺されたいんなら、望み通り殺してあげるよ!」
「チッ……ヘンな技使ってんじゃねえぞ、この野郎!」
目に見えない攻撃か。どうやらこの少年は、自分の間合いの外から攻撃できる術を持っているらしい。
できるだけ早く決着をつけるには少々厄介な相手だ。
そう見てとったクリフは、二人の戦いを見ているアリューゼに声をかけた。
「そこの筋肉ダルマ! 話は聞いてただろ? てめえの元上官を正気に戻すためだ、俺に協力しな!」
がっしりした体つきの戦士。顔に傷があって、やたらでかい剣を持っている。
ひと目見て分かった。
こいつはボーマンが言っていた、あの二人組の片割れだ。
レナスを探しているという──
「やっぱりな。どうせそんなことだろうと思ったぜ」
クリフの要請に、アリュ―ゼも得心したように言って大剣を構えなおした。
今回はここまで。
二人組のキャラ紹介はSO3組の時と同じく、きりのいい回でやります。
・それと今さらですが、真面目っぽい戦闘シーンがあったので一応補足。
各キャラの戦闘能力は原作ゲームと全く同じではありません。ちょいちょい小説っぽいアレンジが入っています。
(例として、レナの「癒しの力は怪我した場所に手をかざさないとダメ。一瞬で全快もしない」「プロテクションは防御力上昇ではなく、まんま盾をはる紋章術」など)