スター・プロファイル   作:さけとば

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一章
1. 自称“旅人”=


 マーズ村、セリーヌの実家の客室。

 窓辺の椅子に座っているレナは、夕日が沈んでいく窓の外を見て、ぽつりと呟いた。

 

「セリーヌさん、遅いな」

 

 

 すぐ近くのベッドには、紋章の森で発見した女性が眠っている。

 森からここまで女性をなんとか二人で運んだ後、セリーヌはまた魔物退治に出かけていったのだ。

 

 女性を放置するわけにもいかないので、レナはここでお留守番。

 あのセリーヌが「大して強くない」という魔物にやられるはずもないから、こうして彼女の帰りを待っている間も、心配はあまりしていなかったりするが。

 

 

(なんか、落ち着かない……)

 

 

 ひたすら待つ事のなにが大変かって、このしんと静まった部屋がである。

 部屋にいるのは眠っている女性だけで、話し相手なんか一人もいないし。

 こんな静かな環境にひとり残されたら、どうしたって考えないようにしてたクロードの事を考えてしまうではないか。

 

 いや、もちろんこの女性の事もいろいろ気になるけど。

 でも結局半分くらいはクロードの事が気になってたし。

 今頃なにしてるかなとか。

 お客さんもまだいるんだろうなとか。

 わたしがアーリアに帰ったら、その後はクロードどうするつもりなんだろうとか……

 

 気になりすぎて何回かクロードの名前を実際に呟いてしまったりなんかもして、そのたびに恥ずかしくなって部屋の中きょろきょろ見渡したりして、当たり前だけど眠ってる女性しかいなくて安心する、みたいな。

 そんな事ばかり繰り返しての、今現在である。

 

 

(……そろそろ、目を覚ましてくれるかな?)

 

 と今度は、眠っている女性に目を向けるレナ。

 また一周クロードの事をばっちり考えてしまったからである。

 

 眠ってるところあんまりじろじろ見るのも悪いかなと、一応さっきから自重はしているつもりだけど……だってこういう状況なんだから仕方ない。

 というかなにより、そもそもレナは好奇心旺盛なタチなのだ。

 

 

(それにしても、きれいなひとよね)

 

 

 発見した直後は女性の怪我を治したりで、それどころじゃなかったけど。

 こうして部屋で落ち着けるようになって、女性の顔を覗き込むたび、まっさきに思う事はそれだ。

 

 眠っているのに、“美人”ってすぐ分かるほどの銀髪美人。

 ゆったりとした三つ編みも、それをまとめる赤いリボンもよく似合っている。

 

 年頃はたぶんセリーヌと同じくらいなんだろうけど……着ているものの雰囲気がまるで正反対というか。

 厚手の長シャツ、ロングスカートに布製の脚絆、丈夫そうなブーツに、今は脱がせてあげてるけど、これまたいい値段してそうな生地の上着。気品オーラがすごい漂ってくるというか。

 

 

(どこかいいところのお嬢様、って感じかな。それも旅仕様の)

 

 地元民のセリーヌも初めて見る顔だと言っていたし、服装からしても、たぶんこの女性は旅の人で合っているのだろう。

 そこまでは分かるけど、

 

(そんなお嬢様が、なんで紋章の森なんかに……?)

 

 紋章の森はマーズの村人達が、紋章術の修行に励む場なのだ。

 場所もマーズ村の奥だし、さらにその後ろは山が連なっていて。さらにはマーズ村辺りの街道も、非常にわかりやすい一本道。

 つまりお嬢様に縁がある場所でもなく、普通に歩いていて森に迷い込む方が難しいという場所でもある。

 

 彼女を最初に発見した時はレナもセリーヌも、例の魔物に襲われた旅人さんだろうと、すんなり決めつけたけど──

 

 

(やっぱり、なんか怪しいような……?)

 

 というか前にもこんな気持ちになった事があるような、と思いつつ。

 やっぱり荷物も何一つ持ってなかった謎の旅人さんを、レナがじーっと見ていると。

 

 

 

「う……ん」

 

 

 女性がかすかに身動きをし始めている。

 ようやく目を覚ます気配を見せた女性に、

 

「大丈夫ですか?」

 

 とすぐに声をかけたが、女性の返事はない。

 まだ意識がはっきりしてないのかもと、レナが反応を待っていると。

 

 女性はゆっくりと寝返りをうち。

 自分にかけられた毛布をしばらくもぞもぞさせ、毛布の中で丸くなった後、

 

 

「もう交代? あと三日だけ──」

 

 

 とだけ言うと。

 辺りが眩しかったらしく、目を閉じたまま両手で、かけていた毛布を自分の頭のてっぺんにまで引き上げたのだった。

 

 

「は……?」

 

 レナは目の前の毛布のかたまりを見たまま、気の抜けた声をあげた。

 頭の中は現在、今の出来事をどう処理すべきか、という事でいっぱいである。

 

(今のって……なに?)

 

 もうちょっとだけ寝かせて、って感じの言い方からして寝ぼけてるんだろうけど。

 それでも「あと三日だけ」って、一体どういうことなの……?

 

 必死に考えるレナの前で、毛布の中にいる物体がまた大きく寝返りをうった。

 毛布が横にずれ、女性の背中が毛布の端から現れる。

 

(言ったよね三日って、聞き間違いじゃないよね、本当にそう言ったよね)

 

 

 レナが混乱していると。

 毛布の中で、女性がはっと息をのんだような、くぐもった音がした。

 

(あ、今度こそ起きた)

 

 とレナもひとまず正気に返る。

 レナが今さっき聞いた寝ぼけ台詞の意味不明さを脇に置いといて見守る中。レナに背を向けて寝ていた女性は、慌てて半身を起こした。

 かぶっていた毛布を取り払い、ベッドに手をついた状態で、レナを見るより先に、

 

 

「今のは、その、少し昔と勘違いしただけなの。ごめんなさいル──」

 

 

 言って今度はレナを見たところで、かすかに呟く。

 

「エルフ? なぜ……」

 

 女性はそれから、起き上がった時の体勢のままで固まってしまった。

 

 

「すみません今、なんて言ったんですか? よく聞こえなくて……エル、って?」

 

 とレナが聞き返しても、女性からの返事はない。

 女性はレナを見て、明らかに困惑の表情を浮かべている。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 改めてもう一度声をかけてみても、女性はレナの方を見たままぴくりとも動かない。

 とても澄んだ浅葱色の目が、レナの方に向けられている。

 

「あの……」

 

 やっぱり返事は帰ってこない。

 

 

(お願いします。どうか返事を、返事をしてください……!)

 

 

 異様な緊張感に包まれる中、レナは物言わぬ相手に目線だけで訴えた。

 返ってきたのはやはり、覗き込んだら吸いこまれそうになるほどに綺麗な、浅葱色の目だけ。

 森で倒れて起きたら知らない家で、知らない人間が目の前にいて、いろいろ混乱している最中なのはしっかり分かるけど。

 

(どうか返事を、というかそんなにこっち見ないでください……?)

 

 

 

 そのままレナの体感時間で、三十秒ほどは経過しただろうか。

 あまりの気まずさに、いよいよ薄暗くなってきた窓の外を見た後、

 

(あっ、そうだわ。明かりの準備をしなきゃ)

 

 部屋のランプの方へ、レナがいそいそと向かおうとしたところで。

 女性の混乱がなんとか治まったらしい。

 

「すみません、とんだ失礼を……」

 

 寝たままなのは失礼だと思ったのか。ベッド脇の床に足を下ろして立ち上がろうとしていたので、レナがすぐに押し止めた。

 

「まだ無理は禁物ですよ。怪我が治っただけで、体力は回復していないんですから。……ちょっと待っててください、今明かりをつけますね」

 

 おとなしくベッドに座ったまま、戸惑った様子でレナに話しかけようとする女性に言い置いて、一旦その場を離れる。

 明かりをつけ終わったレナが椅子に戻ると、さっそく女性が口を開いた。

 

 

「大変失礼しました。置かれている状況に混乱していたものですから、つい」

 

 女性は丁寧な言葉遣いで、レナに先ほどの非礼を詫びる。

 背筋をきちっと伸ばし、両手を膝の上に置いて真摯に謝るその姿は、まさしく見た目通りのいいところのお嬢様だ。

 

 目を覚ましてからついさっきまでの間、全く想定外の反応を立て続けに見てしまったせいでいまいち確信が持てなかったけど。今レナの目の前にいる女性からは、溢れんばかりの気品しか感じない。

 さっきまでのはきっと何かの間違いだったんだろう。

 

「あなたに何か失礼な事を言っていなければいいのですが。何分記憶が定かではなくて」

 

「だ、大丈夫です。なんにもヘンな事は言ってませんでしたから」

 

 失礼というより、意味不明だったわけだが。

 とにかく何も聞かなかったふりをしたレナを、しかし女性はやや訝しげに、というかなんかもう大体を察してしまったような顔で見てくる。

 実際のところ、自分でもヘンな事を口走った自覚がちょっぴりあったらしい。

 完全にしらばっくれるのは無理なようだ。

 

「お、起きたらいきなり知らない人の家だった、なんて事になったら、わたしもきっとああなっちゃいますよ。──えーと」

 

 そこまで言って、レナはしばらく言葉を探した。

 女性もすぐレナのそんな様子に気づいて言う。

 

「名乗りもまだでしたね、本当にすみません。私はメリルといいます」

 

「あ、えっと、わたしはレナです」

 

 そそくさと名前を言って、レナは続ける。

 

「あれくらいならわたしにも経験ありますから。だから大丈夫ですよ、メリルさん」

 

 目の前のメリルさんは「……本当に?」とでも思ってそうな表情。

 ……確かに、あそこまでの寝ぼけ台詞はさすがにないけれど。こういう時の気恥ずかしさならレナにも分かるし。

 彼女のように育ちのいい人間ならなおの事、あんな風に寝ぼけるところなど見ず知らずの人間に見られたくはなかっただろう。

 さっきの事自体にはできるだけ触れないよう、メリルさんに話しかけ、

 

「旅先のベッドを家のベッドと間違えちゃう事って、よくあると思うんです。わたしも寝ぼけて別の人に「お母さん」って言った事くらいならありますし。だからメリルさんも別に、そんなに気にしなくても……いいような」

 

 

 レナは再び言葉に詰まった。

 これではメリルさんに「あなた思いっきり寝ぼけてましたよ」と正直に言ってしまったようなものだ。

 励ますつもりだったのに、どうしよう。レナが言葉を探していると、

 

「レナさん、あなたは優しい方ですね」

 

 メリルさんはいつの間にか、訝しげな表情じゃなくなってる。

 

「え? あ、いえ……そんなことは」

 

「レナさん、この度は助けて頂いてありがとうございます」

 

 返事に困るレナに向かって、メリルさんは改まって礼を言い、頭を下げる。

 メリルさん自身も、これ以上さっきの事は気にしない事にしたらしい。よく分からないけど、今の励ましで彼女が立ち直ってくれたのなら幸いだ。

 

「お礼ならこの家の人だけで十分ですよ。わたしは大した事してませんから」

 

「ここは、あなたの家ではないのですか?」

 

 レナがそう言うと、メリルさんは不思議そうに言った。

 

「あっ。セリーヌさんっていう、わたしの知り合いの人の家なんですけど……。まだ説明してませんでしたね。紋章の森で倒れていたメリルさんを見つけて、その人とわたしの二人でここまで運んできたんです」

 

「そうだったのですか。私は紋章の森に……」

 

 考え深げに呟いた後、メリルさんは周りを見渡しつつ聞いてきた。

 

「ここは、紋章の森から近くにあるのですか?」

 

 たぶん、本人はいかにも自然な感じを出して聞いたのだろうけど。

 ……なんか“紋章の森”をそもそも知らない感が、隠しきれていないというか。

 なにより「紋章の森に倒れていた所を発見した」と今言ったのに、今いるこの場所が、紋章の森すぐ近くにあるマーズ村だと思わないのもおかしいというか。

 

「ここは紋章の森のすぐ近くにある、『マーズ』っていう村ですよ」

 

「マーズ村、ですか」

 

 それでもちゃんと質問には答えるレナ。

 メリルさんはやっぱり、初めて聞いた単語を口にしたかのような反応である。

 それでも一応はレナが聞いてみると、

 

「メリルさんはやっぱり旅の人、なんですか?」

 

「……。そうですね。お恥ずかしい話ですが、旅の途中で道に迷ったんです」

 

 メリルさんは少し間を空けてから言う。

 やっぱりレナが予想した通りの、どっかの商人並みの方向音痴でもなければありえないくらいの苦しい言い訳である。

 

「森の奥深くまで入り込んでしまって、途方に暮れていたところまでは覚えているのですが。私が迷い込んだのは紋章の森だったのですね」

 

「そう、なんですか」

 

 

 長めの沈黙。

 メリルさんが視線を避けるように目を伏せたところで、レナがようやく口を開いた。

 

「メリルさん。ひとつ変なことを聞いてもいいですか」

 

「……。ええ、構いませんが」

 

 とメリルさんはレナの目を見ずに答える。

 どう見ても聞いてほしくなさそうな様子ではあるが、まあ本人が構わないと言ったのだし、遠慮せずに聞いてみる事にしよう。

 

 

「メリルさんって、もしかして──」

 

 

 そこまで言いかけて、レナは口を止めた。

 家の玄関のドアが開いたような音がしたのだ。というか、

 

「ほんと、喋るタイプにはロクなやつがいませんわね。手当たりしだいに盗みを繰り返した挙句、人まで襲っておきながらしらばっくれるなんて! あなた以外に、誰がやりますかってのよ。非力な女を襲おうだなんて、いかにも低俗な魔物の考えそうな事なのに!」

 

 

 段々近づいてくる声は、何やらぷんすか怒っている様子。

 レナが出迎えようと椅子から腰を上げたのと、声の主がこの客室のドアを開けたのがほぼ同時だった。

 

「おかえりなさい、帰りが遅いから少し心配して──」

 

「あら、あなた! 気がついたんですの?」

 

 レナがセリーヌに声をかける一方。

 セリーヌは部屋に入るなり、ベッドに座っているメリルさんの方に目を向ける。

 

「大丈夫、あなたの仇はこのワタクシがちゃーんと取ってきましたわ!」

 

 とセリーヌは胸を張ってメリルさんに言う。

 一方のメリルさんはというと、いきなりの乱入者(この家の人だけど)にやや驚いている様子だ。セリーヌがあまりによく喋るせいかもしれない。

 

「仇、ですか?」

 

「もちろん、あなたを襲った魔物の事ですわ」

 

 気後れした様子で聞くメリルさんに、答えるセリーヌは鼻高々といった様子。

 このままではメリルさんが気の毒だ。レナはすかさず助け舟をだした。

 

「ちょっとセリーヌさん、そんないきなり色々なこと言われても。メリルさんだって困っちゃいますよ」

 

「あら。メリルさんとおっしゃいますの、この方」

 

「そうですよ、そういう話はちゃんと自己紹介してからにしないと」

 

 レナとセリーヌが話していると、

 

「先ほどレナさんが話していた方ですね。助けて頂いてありがとうございます、セリーヌさん」

 

 メリルさんはそう言って、ベッドから立ち上がろうとするではないか。

 まだ無理しちゃだめなのに、とレナがメリルさんを止めようとした矢先。

 

 メリルさんは何かに躓いたかのように、バランスを崩してしまった。

 近くにいたレナは慌ててメリルさんの体を支えた。

 

 

「メリルさん! 大丈夫ですか?」

 

「……すみません、レナさん」

 

 メリルさんは痛みを堪えているような様子。メリルさんを支えたままベッドに座らせてから、しゃがみ込んで聞く。

 

「まだ治しきれてなかったみたいですね。痛いのは右足ですか?」

 

「そうですね。折れてはいないと思うのですが」

 

 確認をとりつつ、メリルさんの右足を改めて確認すると。足首の辺りに、くっきりと青アザが浮かんでいる。

 レナはメリルさんの足首に手を近づけ、意識を集中させた。

 

 レナの手から光が放たれ、足首のケガ全体を優しく包み込む。

 しばらくすると、右足首にあったはずの青アザはきれいに消えてなくなった。

 ふうと軽く息をついた後、

 

「これで大丈夫。ほかに痛いところはありませんか?」

 

 レナは足首にかざしていた手を外し、メリルさんに聞く。

 メリルさんも体全体を確かめるように、動かしたり触ったりした後、レナに礼を言った。

 

「ええ、もうすっかり良くなりました。ありがとうございます」

 

 本当にもう怪我はなさそうな様子である。

 普通にお礼を言われたレナも、うっかり普通に安心しそうになったところで、

 

 

「驚かないんですのね、メリルさん」

 

 

 やり取りを見ていたセリーヌが、ごもっともな発言。

 セリーヌの言葉を聞いて、レナも遅れてはっと気づく。

 

(あっ。そうか、そうよね。驚かないんだ、メリルさん)

 

 さっきから怪しい怪しいとは思ってたけど、ここまでくればもう確定だろう。

 レナとセリーヌの二人が、揃ってメリルさんをじーっと見る中。

 

「驚く? それは、今の──?」

 

 メリルさんはひたすら戸惑ったような表情で、二人に聞き返してくるだけ。

 今自分が決定的なボロを出した事にも、まだ気づいていない様子だ。

 

 

 

 今レナがメリルさんに使った、癒しの「力」。

 この「力」は──この未開惑星エクスペルではまずお目にかかる事がない、超絶にレアな代物なのだ。

 

 どれくらいレアかというと。

 現在エクスペルにいる人間で、癒しの「力」を使う事ができるのはレナと、後は先の冒険の末にこちらにやってきた仲間の一人、ノエルの二人だけ。

 つまりエクスペルには本来いないはずの、ネーデ人の二人だけである。

 

 というわけで普通のエクスペル人なら、いきなり目の前で使われたらまず驚く。

 というか、何度驚かれた事か。

 レナ自身、エクスペルに住まう様々な人間がいる中で、自分だけが持つこの「力」に戸惑い、自分がいったい何者なのか、真剣に悩んだ時期もあったくらいには驚かれた。

 驚かなかったのはレナと同じネーデ人を除けばせいぜい、地球人のクロードや、テトラジェネス星から来たオペラ、エルネストといった、ごく一部の人くらいだ。

 

 

 ようするに。

 耳がとがってないからどう見てもネーデ人ではない、メリルさんは──

 

 

 

「驚きませんでしたね、メリルさん」

「そうですわね」

 

 セリーヌと顔を見合わせて、再確認した後。

 

「すみません。私は今何か、おかしな事を?」

 

 もはや精いっぱい平静を装って話しかけてるようにしか見えないメリルさんに向かって、レナが今度こそ遠慮せずに聞いてみたところ、

 

 

「メリルさん、やっぱり本当は普通の旅人じゃないですよね」

 

「……っ。おっしゃっている意味が、よく分かりませんが」

 

「荷物はどうしたんですか。鞄も持たずに旅はできないでしょう」

 

「それは……、人に持たせていたんです。途中ではぐれてしまって」

 

「それに普通の旅人は、あんなわかりやすい一本道に迷ったりしないですよ」

 

「……この辺りの土地には、不慣れなものですから」

 

「それで紋章の森に入っちゃったんですか。マーズも知らないのに」

 

「はぐれた者に一切を任せていたので、詳しい事は何も……」

 

 

 やっぱりメリルさんは苦しい言い逃れの数々。

 レナ的にはもはや確信を通り越して、なんか懐かしさすら覚える態度である。

 

 何もないような所で道に迷う、手ぶらで、自分がいる場所の名前すら知らない、癒しの「力」に少しも驚かない、自称“旅人”。

 そんな怪しさしかない人の言い分を、一通り聞いた後、

 

「やっぱり」

「間違いないですわね」

 

 レナはセリーヌと二人で、もう一度しっかり納得し合ってからメリルさんに言った。

 

 

「メリルさん、あなたは旅人なんかじゃない」

 

 言われた瞬間、メリルさんはかすかに体を引いた。

 レナの方を見ながら、

 

「なぜそう思われるのですか? 私は、ただの──」

 

 気づかれないよう、レナの後ろにある、部屋の入り口に目をやった時。

 レナが言った。

 

「本当は先進惑星のひとなんですよね」

 

 

 そう。メリルさんはクロードと同じく、先進惑星から来た人間なのだ。

 それならエクスペルの事を全然知らない事にも、レナが使った癒しの「力」に少しも驚かない事にもすっかり説明がつく。

 メリルさんはこのエクスペルとは全く違った環境で育った人間──『先進惑星人』なのだから、エクスペルの常識は知らなくて当たり前というわけだ。

 

 というか逆に、それ以外の可能性なんて全然思いつかないし。

 だってあの時のクロードと全く同じ反応なんだもん、メリルさん。

 

 

「セン、シン──?」

 

「そんな単語初めて聞いた、みたいな演技する必要ないんですよ、メリルさん。もうとっくに正体バレちゃってるんですから」

 

 正体をズバリ言い当てられたメリルさんは、やたら戸惑った様子でようやく聞き返してきたが、どうせこれも演技に違いない。

 先進惑星人であるメリルさんが、レナ達のような未開惑星の人に本当の正体を知られてはいけない事は分かっている。例の『未開惑星保護条約』とやらを守らなくてはいけないからだ。

 

「いや、私は……」

 

「隠す必要もないんですのよ、メリルさん。なんたって、こっちにはすでに『先進惑星人』の知り合いがいるんですからね」

 

 思いっきり言い淀むメリルさんに、今度はセリーヌが言う。

 

「あなたもなにかの事故で、うっかりこのエクスペルに来ちゃったとか、どうせそんな話でしょう?」

 

「っ……そんな、事は」

 

 “うっかり”の辺りで、メリルさんは見事に動揺を顔に出した。どうやら図星だったらしい。

 それでもまだ頑張る気らしいメリルさんに、セリーヌがさらに言った。

 

「それじゃあメリルさん。あなた、このマーズがどこの大陸に位置しているのか、言えて?」

 

「あ。それは……」

 

 メリルさんは言いかけて口を閉じた。間髪入れずにセリーヌが追求する。

 

「旅の人なら、自分が今どこの大陸を旅しているのかくらいは当然知っていますわよね。人に全部任せてたってあなたさっき言ってましたけど、それにしたって大陸の名前くらいは分かるはずですわ」

 

 

 メリルさんは目を伏せて、何かを考えている。

 この大陸の名前は『クロス大陸』だが、その単語をメリルさんの前で言った記憶はない。最初から知らない名前なのだから、メリルさんがいくら一生懸命考えたところで正しい答えは出るはずもない。

 メリルさんは結局何も言えないまま、セリーヌの質問攻めを受けた。

 

「この辺には不慣れ、という事はどこか別の場所から来たという事ですわよね。その場所──教えてくださらない? ワタクシこう見えてトレジャーハンターとしてエクスペル中を飛び回っていますからね、地理には詳しいんですのよ」

 

(セリーヌさん、さすが……容赦ないわね)

 

 とレナがおののく中。

 メリルさんはついに、諦めたように息を吐く。

 それからセリーヌが改めて、メリルさんに聞いたところ、

 

「あなた、本当は何にも知らないんでしょう」

 

「──はい」

 

 と肩を落としてメリルさんは答えた。

 

 

「すべてお二人が言われた通りです。私はこの世界の人間ではありません」

 

「それでよろしいんですのよ」

 

「セ、セリーヌさん。尋問じゃないんですから」

 

 

 光景があまりにそんな感じすぎたので、一応つっこみは入れておくけど。

 セリーヌだって何も、彼女を困らせようとしたわけではない。彼女のためを思ったからこそ、彼女に本当の事を言わせようとしたのだ。

 

「はじめから素直に打ち明けてくれればよろしいのに。荷物も何も持たずに、知らない森で倒れていた旅人なんて、無理がありすぎると思いませんでしたの?」

 

 と聞くセリーヌに、うつむいたメリルさんは完全に諦めたらしく、今度も正直に答える。

 

「ええ、深く追求されれば到底隠し通せるものではない事は分かっていました。けれど──」

 

 それからメリルさんは、弱りきった様子でレナ達に打ち明けた。

 

「私にも、自分が今置かれている状況がよく分からないんです。知らない場所に来てしまったと理解するのに精一杯で、こんな事が起こり得るのか、この状況をどうやって人に説明したらいいのか。それにできたところで、あなた方にはとても信じてもらえないと……」

 

 

 この話ぶりからするとどうやら彼女は今、あの時のクロードと同じような状況に置かれているようだ。

 何かの事故でエクスペルにやって来て、そして元の星に帰れなくて困っていると。

 

 今自分の目の前には、困っている人間がいる。

 となれば──やる事はひとつしかない。

 

 

「大丈夫ですよ、メリルさん。安心してください」

 

 レナはメリルさんに声をかけた。

 ふいをつかれて顔を上げたメリルさんに、今度はセリーヌが声をかける。

 

「言ったでしょう? こっちにはすでに先進惑星人の知り合いがいるって」

 

「先進惑星人、の知り合い……ですか?」

 

 聞き返してきたメリルさんは、急な話すぎて事情が呑み込めていない様子。

 ちょうど思いつく“当て”があるレナは、自信たっぷりに説明した。

 

「はい。その人──クロードに会えば、メリルさんはきっと元の星に帰る事ができると思うんです。正確にはクロードに、じゃなくて、クロードのところに来たお客様に、ですけどね」

 

 

 クロードに会いに来た客は地球から、はるばる星の海を越えてやって来たのだ。

 当然彼らの乗ってきた『艦』があるだろう。

 

 アーリアに戻って彼らに会い、メリルさんを、彼女の元いた星に送り届けてもらえるよう頼めばいい。

 彼らは未開惑星人との接触は拒むだろうが、自分達と同じ、先進惑星人のメリルさんの事までは拒まないだろう。例の『未開惑星保護条約』がある事を考えたら、彼らはレナに頼まれるまでもなく、むしろ自ら進んでメリルさんを艦に乗せてさえくれるかもしれない。

 

 これは決して突拍子もない思いつきなどではない。

 とにかく地球からやって来た彼らの元に行きさえすれば、メリルさんはたぶん、いやきっと、彼女の元いた星に帰れるのだ。

 

 

 

「アーリアまでの道案内はわたしに任せてください。マーズからだと、数日もあれば着く距離にあるんです。メリルさんもきっと、すぐに帰れますよ」

 

 ようは自分の帰り旅のついでに彼女も連れていく、というだけの事なのだが。メリルさんに言うレナは、困ってる人を助けられそうな自負でいっぱいだ。

 別件で最初からアーリアまでついて行く気だったらしいセリーヌも、旅の仲間が一人増える事にはかなりノリノリな様子。

 

 突然の申し出に戸惑うメリルさん相手に、改めてよろしくの挨拶をやや強引にしてから、それじゃあさっそく明日にでも出発しましょうとか、その前に晩ご飯を食べませんと、とか……

 

 

「あっそうそう。せっかくアーリアまで一緒に行く仲なんですもの。ワタクシ達、もっとお互いについていろいろ知っておいたほうがいいと思いますの」

 

「それは、私の知らない事を教えて頂けるという事ですか?」

 

「……そうでしたわね。あなたにはまず、エクスペルの事をよく知ってもらうところから始めなきゃダメなんでしたわ」

 

 

 クロードの時みたいに、そそっかしい誰かがメリルさんを『光の勇者様』だと勘違いしても大変だからと、セリーヌがレナをからかうように言う中。

 気後れしていたメリルさんもようやく、レナ達に頼っていいのだと分かったらしい。

 安心できたような表情で、改めて丁寧にレナ達に礼を言った。

 

「それでは私も、お二人のお言葉に甘えさせて貰おうかと思います。その方達がいる『アーリア』という場所まで、どうか私を連れて行ってください」

 




ネタばれ防止のため、今回のキャラ紹介はなし。
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