戦闘を開始した直後から、少年は何かに苛立っていた。
実際にクリフ達と戦い、その実力にようやく気づいたからなのか。それともまた別の要因があるのか。
いずれにせよ最初の頃のように、クリフ達を小馬鹿にした態度をとる余裕はないらしい。
遠くから音叉を振り乱して、自分の懐に入ろうとするクリフとアリュ―ゼの二人に攻撃をし、少年はまた耳の機械に片手をあてた。
「あーもうっ、うるさい! ……僕に近寄るなよ、この野蛮人ども!」
耳の機械をいじくりながら、二人に向かって音叉を突き出し少年は喚く。
「なんだよ、たかが遊び道具ひとつで! 暇つぶしに遊んだだけじゃないか!」
「その勝手な遊びで仲間が危険に晒されてんだよ。必死こいて止めるに決まってんだろ。……早いトコ観念しちまいな、このクソガキがっ!」
言いながら少年に近寄るクリフ。
すぐに少年が例の目に見えない攻撃をする。
一度目は音叉の動きを見て避け、二度目は腕でガード。若干腕が痺れるが、その衝撃を無視して足を踏み出す。
少年に向かって拳を突き出したが、あと一歩及ばず避けられてしまった。
横に飛びすさった少年から、罵声とともに仕返しの攻撃が飛んでくる。
「んのヤロウ、ちょこまかと」
飛んできた攻撃をクリフは腕でガードした。
しっかりとガードすれば、攻撃の威力自体は大した事はない。
人数もこちらの方が多い。
間違いなく勝てる戦いだが、問題はそんな事ではない。どれだけ早く決着をつけられるかが重要なのだ。
少年は二人の接近を許さない。クリフに続いて、アリュ―ゼにもけん制の攻撃を放つ。アリュ―ゼも大剣で攻撃をガードした。
近寄られれば倒されるのだから向こうも必死だ。
クリフ達が見えない攻撃の中をかいくぐり近づいても、先ほどのようにすぐ距離を離されてしまう。
たっぷり時間をかければ、そのうち相手が疲れてきて隙を見せる事もあるだろうが、それで勝ったところで向こうの仲間が間に合わず死んでしまっては意味がない。
(焦んなって。こっちは二人もいるんだ、囲んで叩きゃ一瞬でけりがつくだろ)
冷静な判断を失わないよう自分に言い聞かせるクリフだが、さずがに少年もその程度の事は心得ているようだ。さっきから崖や岩を背にして二人に対峙している。
少年は喚きながら音叉を振り回す。
「しつこいんだよ、いい加減に死ねよ!」
(それはこっちのセリフだっつうの)
と攻撃を防ぎながらクリフも心の中で少年に言葉を返す。
なんにせよ今はちんたらやっている場合ではない。すでに戦闘開始からそれなりの時間が経過しているはずだ。
どうにかして今すぐ決着をつけられる展開にもっていくべきだろう。
(隙ができねえんなら、つくるしかねえな)
さっそく考えをまとめたクリフは、自分と同じように攻撃を防いでいるアリュ―ゼに目をやった。
見たところ動きは悪くない。
確認のため、アリュ―ゼ本人にも聞く。
「お前、あのガキを確実に仕留められるか」
「……お前にはこの剣が飾りに見えるってのか」
誰に聞いてんだ、と言わんばかりの返事が返ってきた。
「じゃ問題なしだな」
とだけ言って、さっそくクリフは自分の手に力を込め始める。
喋りすぎると少年に感づかれてしまうからだが、今の会話だけでアリュ―ゼにクリフの意図が伝わるかは、ぶっちゃけ賭けだ。
とりあえずクリフは伝わった方に賭けている。理由は──
(そらもう俺の勘よ。“こいつはチャンスを無駄にしない男だ”ってな)
クリフの動きに呼応するように、アリュ―ゼは足先の向きを変えた。
一歩前へ踏み出し、飛んできた攻撃を苦もなく大剣で振り払って言う。
「はっ、馬鹿みてえに同じ事を。これがてめえの全力かよ」
クリフと少年の間を繋ぐ線から、アリューゼは三歩ほど右側に離れた位置で立ち止まった。
対する少年の背後は崖になっていて、左側は数歩も行かない内に岩壁に突き当たる。
「うるさいな、僕に近寄る事もできないくせに! 負け惜しみにしか聞こえないんだよ!」
「ほう、つまり身の程は弁えていると」
「なんだよ、それ! ワケわかんないことを──」
「俺に勝てねえって事ぐらいは理解しているワケだ。遠くからこけおどし仕掛けるぐらいしか、できる事なんてねえよなあ?」
「……ッ殺す! お前なんか殺してやる!」
少年がムキになって飛ばしてきた攻撃を、アリュ―ゼはまたも大剣で振り払った。
無理に距離を詰めず、その場で大剣を構えなおしたのを見てクリフも思う。
(後は俺次第、ってことだな)
技の準備はできている。後はタイミングを計るだけだ。
外せば当然警戒される。二度目はないのだ。技を出すのは、確実に不意をつけるタイミングでなければならない。
「俺を殺すんだろ。こけおどし以外に能があるってんなら、もったいぶらずに見せてみろよ」
アリュ―ゼが少年に話し続けているおかげで、クリフへの注意がおろそかになってきている。
(だが、まだだ。もう一押し欲しい──)
クリフが密かにそのチャンスを狙う中、
「……なさそうだな。あんだけ偉そうに大口叩くからには、さぞかし強いのかと思ったんだが」
アリュ―ゼはさも残念そうに息を吐く。
「期待させやがって。てめえぐらいの強さ持ってる奴なんざ周りにいくらでもいんだよ。てめえの相手より、あいつらと手合わせでもしてた方がまだマシだぜ」
「うるさい! 黙れよ!」
少年がアリュ―ゼに目がけて次々に攻撃を飛ばす。
「だからその技は──」
アリュ―ゼはすべて払いのけ、大剣を顔の高さにまで上げた。
「もう見飽きたって言ってんだよ」
大剣の切っ先は少年に向けられている。
切っ先とともに少年に向けられた、混じりけのない殺意。
少年が一瞬怯んだのを、クリフは見逃さなかった。
「マックスエクステンション!」
左手に込めていた気を一気に放つ。
アリュ―ゼの左横すぐを、目に見えるほどに濃く、視界を覆うほどに大きな気の塊が通り過ぎた。
クリフが放った気の塊は、まっすぐ少年のいる方向へ向かっていく。
「! ……くそっ!」
少年は音叉を振って攻撃を加えるが、気の塊はびくともしない。
打ち消せないと判断した少年はすぐさま右に避けたが。
「当たらないんだよっ、こんな遅い攻撃!」
(……っし! かかった!)
この瞬間、勝利を確信したクリフは拳を握った。
始めからクリフは、直接少年を狙った攻撃など仕掛けていなかったのだ。
この距離では、この技を少年に確実に当てる事などできはしない。
いくら不意をついたところで、よほど運が良くない限り避けられるだろう事はクリフにも想像がついていた。
だからクリフはあえて少年に避けさせたのだ。
この攻撃も少年が避けやすいように、少年のいる場所からほんの僅かに右に逸れた場所を狙って撃っている。
そうやって少年に攻撃を避けさせた理由はもちろん──
少年の左側を、クリフが放った膨大な量の気の塊が通り過ぎる。
そうして気の塊がすべて通り過ぎた後には。
アリュ―ゼの姿があった。
剣先を少年に向け、突進するアリュ―ゼの姿が。
「う、あ……そんな、ばかな」
「ファイナリティブラスト!」
少年の背後は岩壁。
攻撃する隙も避ける隙も与えられなかった少年は、音叉を正面に構え攻撃をガードしようと試みたが、その抵抗も虚しく。音叉が砕け折れても攻撃の勢いは変わらない。
少年は、アリュ―ゼの大剣に刺し貫かれた。
☆★☆
「ショットガン……ボルト!」
鉛のように重い腕を上げ、フェイトが肩で息をしながら放った攻撃は、残念ながら不発に終わった。
すっかり気の抜けたようなぽすん、という音がフェイトの耳に虚しく響く。
(……打ち止めかよ、くそっ)
妨害に失敗した事で、レナスが再び動き出す気配を見せ始めた。
レナも“とにかく大きな音”は出し続けてくれているのだが、それだけではレナスの動きを止めるには足りなかったようだ。
(また、戦うしかない、のか……?)
絶望的な気持ちで、フェイトは先ほど回収した腰の剣に手を伸ばした。
気力体力ともにもう限界だった。
今のフェイトでは、剣を満足に振るう事さえできるかどうかわからない。その辺の雑魚魔物にも負けそうな状態だというのに──
非情にも、目の前のレナスは剣を構えなおす。
(そうだよな。泣きごと言ったってしょうがないんだ)
フェイトは萎えた腕に力を込め、やっとのことで鞘から剣を引き抜いた。
攻撃に備えて、剣を構える。
レナスが足を前に踏み出した。
一気に距離を詰め、フェイトに向かって剣を──
(くる!)
瞬間、衝撃を予測したフェイトは剣を握る手に力を込めた。
余裕のないフェイトには見えていなかったが。この時レナスの胸の辺りから、ぽろりとはがれ落ちた物体があった。
首のない人形につけられていた、小さな鈴である。
それは地面とぶつかった衝撃でりん、と小さく鳴った後。
外側から見えない圧力を加えられたかのように、ひとりでにくしゃりと潰れた。
結局、フェイトの持つ剣に衝撃は伝わってこなかった。
「え……、あ」
戸惑うフェイトに向かって、レナスが前のめりになって倒れてくる。
まるで糸が切れた操り人形のように、その動きには主体性がなかった。
フェイトは慌てて剣を引き、空いている左腕で倒れかかってくる彼女の体を受け止めた。
「レナス、さん?」
おそるおそる小声で呼びかけてみる。
返事はない。
安らかな呼吸音が聞こえる。
これまたおそるおそる上から顔を覗き込むと、レナスが目を閉じているのがわかった。
(寝てる。……と、いうことは)
今度の今度こそ、本当にクリフがどうにかしてくれたらしい。
命の危機が去った事を理解したフェイトの全身から、瞬く間に力が抜けていく。
「た、助かっ……」
片腕にレナスを抱え、重力に引っぱられるまま。
張りつめていた緊張が解けたフェイトも、揃って倒れて意識を失った。
「──ちょっと! 何やってんのよ、あんた達!」
意識が完全に闇に閉ざされる前に、女の声が聞こえた気がした。
聞き覚えのない声だと思う。
なおも何やらまくしたてている女に、演奏を終えたレナが返事をしているが。フェイトには、そこから先の二人の会話を聞きとることはできなかった。
☆★☆
「あ……なんで、僕、が……」
「長く生きてるんだろ。しでかした事の落とし前ぐらいてめえでつけな」
アリュ―ゼはそう言い捨て、少年を刺し貫いたままの大剣を上に振り抜いた。
支えを失った少年の体はゆっくりと地面に向かって倒れていく。
脳の錯覚ではない。
少年の体は、本当にゆっくりと倒れていた。
──その体中から、小さな淡い光を発しながら。
少年の体から出たその淡い光は、シャボン玉のように空中で消えてなくなる。
体中からその光が出ていくにつれて、次第に体の輪郭も薄くなっていき。
最後にはそれらの存在すべてが、消えてなくなった。
「……消えた、だと?」
まさしく狐にでも化かされたような顔で、クリフは目の前の光景を見ていた。
少年の存在を証明する物はもうこの場のどこにも残っていない。折れて地面に落ちていたはずの音叉の破片まで、きれいさっぱり消えてなくなっている。
「しっかりと倒した、はず……だよな」
自分に聞くが、クリフはその答えにいまいち自信を持てない。
死体が目の前で消えたのだ。己の認識を疑うのも当然だろう。
実は少年はやられた振りをしただけで、まんまとこの場を逃げ去ったのかもしれない。そういう可能性も一瞬考えたが、戦いの決着をしかとその目で見届けたのだから、それも大分疑わしい。
止めはしっかりと刺されたはずなのだ。
それともあれは、すべて幻だったとでもいうのだろうか──
「いつまで呆けてるつもりだ。仲間の所に戻らなくていいのか」
クリフが考えていると、アリュ―ゼが話しかけてきた。
大剣はすでに背にしまわれている。当たり前のように戦いはもう終わった、という態度で話しかけてくるのが、クリフにはまるで理解できない。
「あいつもいるんだろ? 案内してもらうぜ」
すぐにもこの場を去る気ですらいるアリューゼにクリフも言い返すが、
「ちょっと待てよ。戻るのはあのガキを倒した事をしっかりと確認してからだろうが。焦って戻ったところで、実は倒せてませんでしたじゃ済まされねえんだよ」
「俺がしっかり倒したんだ、何を疑う必要があるってんだ?」
「はあ? 死体がねえんだから疑うのは当たり前だろっつーの」
どういうわけだか向こうはやっぱり自信満々な様子。
何寝ぼけた事言ってやがんだ。脳みそまで筋肉でできてんのかてめえは。
ケンカ腰寸前のクリフに、アリューゼのこんな言葉が返ってきた。
「死体探し出すまで戻らねえってなら、一生戻れねえな。ありもしねえモン探す事ほど馬鹿らしい事はないぜ」
少年の死体が消えた事を、当然の事実として受け止めているような口ぶりである。
というより、事実アリューゼにとってはそれが当然の事なのだろう。
「ありもしねえ……? お前、何か知っているのか」
「さあな、詳しい事情は知らんが」
クリフの質問に、アリュ―ゼはやれやれと両手を上げて言う。
「肉体の
「あ? なんだって? ……物質化?」
さっぱり理解できず聞き返したが。
アリュ―ゼからは早く案内しろ、というようなつれない返事が返ってきた。
「おい、いつまでここにいるつもりだ」
クリフがそれ以上しつこく聞き返さず、素直にアリュ―ゼの言葉に従ったのは、もちろんフェイト達の事が心配だからだが──
アリュ―ゼが、最後にこんな言葉を付け足してきたせいもあるだろう。
「これ以上詳しい話が聞きたければ、俺じゃなくあいつに聞け。そういうのはあいつの専門だぜ」