スター・プロファイル   作:さけとば

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本文の前に~
 今回辺りから(というのも今さらですが)、色んな意味で可哀想な事になってしまったキャラがいます。作者的にそのキャラを貶める意図は全くないのですが……まあなんというか、結果的にこういう話になっちゃったというか。

 という事で、
 理不尽注意というかキャライメージ崩壊(これも今さらですが)にご注意ください。



12-1. 一難去って新たな出会い

 フェイトとレナスが倒れてすぐ、レナの前に姿を現した女だが。

 実はこの女が現場に駆けつけたのはそれよりも大分前。フェイト達の元に辿り着いた女は現場をひと目見るなり、近くの岩壁の影に隠れたのだった。

 

 なぜかというとまあ──何もない空間目がけてひたすら『ショットガンボルト』し続ける(たまに「弾けろ!」とも言ったりする)フェイトやら、竪琴かきならしながら情緒も何もあったもんじゃないがなりたてるような大きな声でひたすら防御力上昇効果のある子守唄を歌い続けてるレナやら、あとそんな謎の特技を披露し続けている見知らぬ男女をただ不思議そうに首かしげて見てるだけのレナスやら──

 事情を知らない女には、とてもじゃないけど命がけの攻防には見えなかったというかなんというか。

 

 まるで意味不明。知ってる奴が一人もいなかったら何も見なかった事にして即刻その場を静かに立ち去る案件である。

 知ってる奴が一人もいなかったら。

 

 そんなわけでその場から立ち去れない女は結局岩陰から

「なにあれ。学芸会の練習でもしてんの?」

 と首をひねりつつ、ずっと様子を窺っていた。

 

 そして操りの術が切れたレナスが眠りにつき、フェイトに倒れかかった時。

 ようやく由々しき事態に気づいた女は、まるで図ったかのようなタイミングで勢いよくその場に飛び出したのである。

 

「ちょっと! 何やってんのよ、あんた達!」

 

 ずっと思ってた事まんまの抗議の声をあげると。

 女はちょうどキリのいい所まで歌い上げてから竪琴を置いたレナに向かってさっそく、

 

「寝かしつけてんじゃないわよ!」

 

 とやっぱり思いついた事まんまのタンカを切ったのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

「……で、あんた達は私達を探しに、わざわざこんなへんぴな場所までやって来たってわけね。そんでこいつがうっかり操られたと」

 

「そう、だと思います。あの、でも……証拠とかはないんですけど」

 

 いきなりキレてきた女にビビりつつこれまでの出来事を説明し終えたレナは、女の方をちょっとだけ遠慮がちに見上げた後、操られたレナスの手によって傷つき倒れているフェイトの方にすぐ視線を戻した。

 

 座り込んでいるレナの手のひらからは、今も倒れたフェイトに向かって癒しの力が注ぎこまれている。

 一方、立ったままレナの話を聞いている女の手には、杖と一緒にレナスの剣も握られていた。

 

 

 レナが説明を始めてすぐ、女はフェイトの腕の中ですやすやと眠るレナスをひっぺがしたのだが。その時に剣も彼女の手からとりあげていたのだ。

 さんざんレナスに暴れられた直後という事もあって、女のその行動をレナがどこかほっとする気持ちで見守る中、

 

「ったく、寝てる時くらい剣離しなさいよ」

 

 呆れたように言って、女はレナスの剣を、その辺に落ちてた剣先の方半分がなくなった鞘に収めたのである。

 その言葉が耳に入ってしまったレナとしては、レナスの事がどうしても気になって仕方ない。

 女に事情を説明している間、フェイトの治療をしている間もずっと、レナの頭の中では彼女に関する疑問がぐるぐると回り続けていた。

 

 

 だってレナスさんはとびきりのお嬢様で。

 護身用に剣は習ったけどそれでも戦い慣れてないお嬢様で。この女の人はそんなレナスさんを危険から守る、お付きの人達のうちの一人で……。

 

 でも、今の女の人の言葉。

 レナスさんがいつも剣を握ってばかりいるような言い方で。

 それに操られてたレナスさんはとても、信じられないほど強くて。フェイトもクリフさんもすごく強いのにそれでも手に負えないほど強くて、二人もそれを当たり前の事のように受け止めてて。

 

 答えはすでに嫌というほど見せつけられているはずなのに、なぜかレナの中ではそれをうまく本当の事として処理できない。

 

(さっきのレナスさんがあんなに強かったのは……誰かに操られていたから、じゃないの?)

 

 などとフェイトの治療を続けつつ、今も頭の中でぼんやりと色んな可能性を考えていたレナだったが。

 そんな考えはまもなく自然に打ち切られる事になった。

 

 

「よりによってこいつに操りの術かけるたあ、いい度胸してんじゃない。あんのクソガキが……」

 

 

 レナがあれこれ考えている間も、レナの説明を聞いた女がなんかめちゃくちゃ憤っていたのである。

 そりゃ彼女にとっては大切なお嬢様が何者かにいいように操られたわけだし、憤るのも十分に理解できる。始めのうちはレナも

 

(『クソガキ』って誰なのかしら)

 

 なんて深く考えずにぼんやりと聞き流して、フェイトの治療および考え事の方に気を向けていたのだが。まあ女の暴言のすごい事すごい事。

 段々そっちの方が気になりすぎて、ついにはレナスに対する疑問なんか全く考えていられなくなったのだ。

 まあよりによってこんな怖い感じの人を平気で付き人にしているレナスさん、という新たにできた疑問を除いてだけど。

 

(……そういえばボーマンさんも、女の方はキツイ人だって言ってたわね)

 

 最低限フェイトの治療の集中力を切らさないようにしつつ、内心ドキドキしながらレナが黙って暴言の数々を聞いていると。

 さんざ暴言を並べ立てた女は、「ひゃっぺん死ね!」という恐ろしい捨て台詞を吐いたところでようやく気が済んだらしい。

 

 

「まああっちの方でそれなりの報いは受けてるか。この手で直接ボッコボコにしてやれなかったのは正直ムカつくけど、仕方ないわね。この際」

 

 となにやら一人で割り切った女は、今度はいきなりレナに目を向けてきた。

 やはり態度がでかいが、これは元々の性格だ。

 別にレナに切れているワケではないのだが、初対面の暴言女の性格をそこまで読み取るのは、例え人一倍そそっかしい勘違いをしやすいレナじゃなくてもどだい無理というものだろう。

 睨まれたと思い込んだレナは、やましい事なんか何もないのに慌てて弁解し始めた。

 

「ご、ごめんなさいでも本当にそうなんです! わたし嘘なんかこれっぽっちもついてません、信じてください!」

 

「別に疑ってないわよ。話の筋も通ってるし。……それとも何? 通りすがった旅人寝かしつけた隙に金品奪う新手の盗賊か何かなの、あんた達は」

 

「ちっ、違います! あれはレナスさんを止めるためにどうしても必要な事で──」

 

 必死に弁解していたレナは途中で口をつぐんだ。

 女がレナの言葉に反応して、眉をひそめたのである。

 

「ふうーん。レナスさん、ねえ……」

 

 どうみても何か気に入らない事がある様子。

 ていうかさっき事情を説明していた時もちょくちょくこんな顔になってた気もする。

 わたし何かいけない事言ってしまったのかしらと心底震えながら必死に考え。はっとある事に思い当たったレナは、即座に地面にひれ伏し女に謝罪した。

 

「ごめんなさい! わたしったらその、あなた達の大切なお嬢様の名前を、えーとその、さんづけで気安く呼んでしまいまして!」

 

 今までレナスが普通に接してくれたものだからレナの意識もすっかり薄れていたけれど、彼女は本当はどえらいお嬢様なのだ。

 きっと本来ならば自分のような平民が、彼女の名前を気安く呼ぶのすら許されない事のだろう。そういえばレナスさんも前に「名前で呼ばれる事そんなにない」みたいな事言ってた気もするし。

 つまりこの女の人の目の前でさっきからレナスさんレナスさんなどと親しげに連呼していた自分は、とてつもない無礼を働いてしまっていたというわけだ。

 こんなんもうひたすらに平謝りするしかないだろう。

 

 この女の人ものすごく怖いし。

 事によってはレナスさんと出会ったばかりの頃に自分がうっかり想像してしまった恐ろしい勘違いが、やっぱり勘違いじゃなかったのかもしれないし。

 さっきのレナスさん、あきらかにカタギのお嬢様じゃない強さだったわけだし。

 

「でも、他に……呼び方を知りませんというか? なのでその、どうかお命だけは!」

 

 お母さんを悲しませたくないんです。ですからお願いです、どうか海にだけは沈めないでください。などとふるふる縮こまりつつ、まるでできてない敬語でレナが謝罪の意を体全身で表わしていると。

 

 

「ま、一応礼は言っておくわ。ここまでこいつを連れてきてくれてありがとう。おかげで助かったわ」

 

 かけられた予想外の言葉に、レナは「えっ」と驚いて顔を上げた。

 顔は上げたが、女と目を合わせる事はしなかった。

 本当は合わせようとしたけれど、その前に女から実に的確なご指摘を受けてしまったのだ。

 

「ねえ。そっちの方は大丈夫なの? 手、止まってるけど」

「あっ、ダメですダメです。まだぜんぜん」

 

 おっしゃる通り、平謝りしたあたりからすっかり治療の手が止まっているではないか。どう考えたって今は怪我人放置でご機嫌伺いしてる場合じゃないっていうのに。

 慌ててフェイトの治療に戻るレナに、女は言った。

 

「ちゃんと治しといてよね。こいつそういうのすっごい気にするんだから」

 

 

 

 ちなみにレナスを探していた二人組のもう一人、戦士風の男は、この女とは別行動中。

 用事はもう終えたようだから、彼もじきここにやって来るのだとか。

 

「ここに、って……。場所わかるんですか? その人」

 

 レナの素朴な疑問に女は「さあどうだか?」と首をひねり、なんともてきとーな、しかし説得力はそこそこある答えを返してきた。

 

「あんた達あんだけでかい音出しまくってたんだから、そりゃまあ大体わかるんじゃないの? 私だってあのやかましい音頼りにしてここに辿り着けたわけだし」

 

 

 

 待っている間はヒマなのだろう。

 レナが黙々とフェイトの治療を続ける中。女はしゃがみ込んで、体の横に立てた杖と一緒に頬杖も突きつつ、寝ているレナスの顔をじーっと見つめている。

 

「はあーあ。こっちはとんだ苦労させられたっつうのに。こんな無防備な寝顔しちゃってまあ……」

 

 ぼやいているけれど、女の表情にそこまでの鋭さは感じられない。

 それどころか。レナには女がレナスの無事を確かめて、ほっとしているようにすら見えるのだ。

 あんなに怒りっぽい人なのに。

 気のせいかしらと目をぱちくりさせたレナは、ふとある事実に思い当たった。

 

(そっか。いなくなってからずっと、この人はレナスさんのこと探してたんだ──)

 

 この人はレナスの事を聞きに、ボーマンの家を何回も訪れているのだ。

 今だってこの場にいるという事は、今日これから行くつもりだったのだろう。

 

 レナスがレナ達と一緒に旅をし続けていた時も。

 マーズの紋章の森に空から落ちて、レナ達と出会って、そしてこのリンガの聖地に辿り着くまでずっと。

 この人はずっと、いつ現れるかも分からない人の帰りを待っていたのだ。

 

「しばらく見ないうちに、なんかお肌もつやっつやになってないこれ? こいつ本っ当にもう……ほっぺたぷにぷにしてやろうかしら」

 

(やっと会えたんだもの、嬉しくないわけないよね)

 

 この人はさっき、「連れてきてくれてありがとう」って言った。

 それに、フェイトの体のことも気遣ってくれてた。

 

「マジむかつくわねえ、このみごとな爆睡っぷり」

 

 女は文句を呟くだけで、無理にレナスを起こそうとする様子もない。

 なんだかんだキツイ事は言いつつも、雇い主のお嬢様に仕方なく付き従っているというわけじゃなさそうな事は一目瞭然だ。

 

(きっと悪い人じゃないんだわ。ただちょっと、言葉が荒いだけで)

 

 他人を思いやる事のできる子はいい子よ!

 そう結論づけたレナはうんうんと分かったように頷き、眠っているレナスを見守っている女の様子を、微笑ましい思いで見ていたのだが。

 

 そんなレナの暖かな思いは、一瞬にして凍りついた。

 

 

「ホンット、無防備な寝顔だこと。勝手にどっか行かないよう、今のうちに手を打っておかないといけないわねえ」

 

「え゛」

 

 レナスを見ていた女が、急にどす黒い笑みを浮かべると。

 鮮やかな手つきで杖を振るいだしたのだ。

 

 

 ☆★☆

 

 

 フェイトの意識は、延々と続く女のどなり声によって否応なしに取り戻された。

 

「……だから勝手に……すんなって……のよ!」

 

 意識がはっきりするにつれ、段々と言葉の輪郭が確かになっていく。

 そのうちに、もう一人別の人物が、小さな声で返事をしている事もわかってきた。

 女は一人でどなり続けていたのではなく、そのもう一人に対して自分の怒りをぶちまけていたようだ。

 

「あんたが何も考えずに……するから、ルシオだって……」

 

「……。それじゃあ、ルシオは」

 

「あんた探しに行ったに決まってるでしょ! ちゃんとわかってんの!? あんたが姿消してからひと月経ってんのよ! いつもいっつもおとなしく待ってると思ったら──」

 

「そう、ね。ひと月も経ってたなんて」

 

「思わなかったってか!? のんきに旅なんかしてりゃあそら月日の経つのも早いでしょうね! さんざん周りに心配かけて……!」

 

「……ごめんなさい、早く帰らなきゃとは思ってたんだけど」

 

「じゃあとっとと帰って来なさいよ! 思うだけならサルでもできるって、……」

 

 

 女の怒りはまだまだ続いている。聞いていて頭が痛くなりそうだ。

 というか痛い。ズキズキする。

 

(……あー、そっか。そういやさっき「力」使ったっけ……)

 

 それをきっかけに、フェイトは今までの出来事を思い出した。

 操られたレナスの暴走を、あの手この手で必死に食い止めていた事。

 万策尽きていよいよお終いかと思われた時にようやく、レナスにかけられた操りの術が解け、フェイトもそのすぐ後に気が抜けて倒れた事。

 

 頭が痛いのは「力」を使った反動だ。

 体がだるいのはレナスとの戦闘で負傷したからだ。

 負わされた怪我のわりに、体の痛みは少ないけれど──

 

 目を開けると、フェイトのすぐ横にレナが座っていた。

 レナもフェイトが起きた事にすぐ気づいたらしい。フェイトの体に手をかざしたまま、フェイトに声をかけた。

 

「よかった、気がついたのねフェイト」

 

「……あれから、どうなったんだ? 一体何が」

 

「待って。もうちょっとで治し終わるから」

 

 起き上がろうとするフェイトを止め、レナは治療を続ける。

 フェイトは寝転がったまま、改めてレナに聞いた。

 なによりもまず、気になっている事を。

 

「なあレナ。なんかやたらうるさい人がいるんだけど?」

 

 

 あくまでも確認のため聞いてみただけだ。

 フェイトも一体誰なんだろうと思うまでもなく、さっきからの会話を聞いているだけですでに見当はついている。だって怒られてる方の声すごく聞き覚えあるし。

 

「あの女の人のこと? あああの人は……レ、レナスさんを探してたんですって。ほら、ボーマンさんが言ってた二人組の一人」

 

 話しながらレナはフェイトの足元の方向──その人物がいるであろう辺りに、何気なく目を向ける。

 が、なぜか不自然なほどに急いで視線をフェイトに戻した。

 うっかり見ちゃった、という感じに分かりやすく慌てている。

 

(……そういえばボーマンさん、片割れはキッツイ女だって言ってたな)

 

 さっきから飛んでくる言葉の端々だけで、キッツイ女なのは十分に伝わってくるが。

 慌てて目を伏せるとかどんだけだよと思いつつ、フェイトはレナに確認の言葉を返した。

 

「やっぱりレナスさんの知り合いだったのか。ボンキュッボンの方だな」

「紋章術師の方よ」

 

 訂正された。間違ってないのに。

 レナは声を落としてフェイトに話す。

 

「あの人、フェイト達が倒れたすぐ後に、わたし達の前に現れたんだけどね……。レナスさんが起きてから、ずっとあの調子なのよ」

 

「レナスさんの体調はもう大丈夫なんだ?」

 

「ええ。特にケガはしていなかったから」

 

 とりあえず体調面にだけ限定してレナに聞いた。

 精神面は聞かなくても、まあ大体は察せる。ひと目見るのもキッツイほどの世にも恐ろしい女に、こってりたっぷり現在進行形で絞られているのだ。

 大丈夫なはずがないだろう。

 

「……レナスさん、もう少し寝てた方がよかったんじゃ」

 

「そうかな……。もう少し早く起きた方がよかったと思うけど」

 

「え?」

 

「あ、ううん、なんでもない。どうフェイト、もう痛い所とかない?」

 

 聞かれたので「大丈夫だよ、ありがとう」と答える。

 本当はまだちょっと頭が痛いが、こればっかりはレナの回復術でも治せそうにない。自然に治まるのを待つしかないだろう。

 フェイトがだるい体を起き上がらせようとすると、またレナが止めてきた。

 

「あ、待って。まだ起き上がっちゃ──」

「大丈夫だって。こんな地べたにいつまでも寝てなんかいられないさ」

 

 フェイトはあえて軽く言ってみせ。それでもなぜか止めるレナを無視して、やっとこさ半身を起こした。

 

「そうじゃなくて、ええと……、先に心の準備を」

 

 

 正面方向にはしょんぼりした様子で正座しているレナスと。杖を持ったまま腕を組み、仁王立ちでレナスを叱りつけている女がいる。

 互いに向き合っていて、フェイトの位置からは二人の横顔が見えている格好だ。

 

 二人とも会話に夢中なようで、フェイト達の事は目にも入っていない様子。

 叱る女と叱られる女の光景にちょっとしたデジャヴを感じつつ、フェイトは向こうがこちらに気づいていないのをいい事に、ウワサの人物をしげしげと眺めた。

 

(あれがウワサのボンキュッボンか)

 

 

 なるほど、確かに。

 いかにも性格きつそうなボンキュッボンである。

 

 たださっきレナが一瞬で目をそらしたほどの恐ろしい見た目の女かというとそれも少し大げさな気もするが、まあたぶんうっかり目合わせた日には地獄の果てまで追いかけるみたいなすごいガンつけてくる方向性の恐ろしい女なんだろう。ちょうど金髪だし。いや、顔立ちからして地毛なんだろうけど。

 

 そしてそんなヤバい女を、お付きの者として雇ったのが、今あそこでめちゃくちゃ怒られている当の本人だと。

 

 

(レナスさん用心するって事知らないし、きっとあの人の事もよく考えずに雇ったんだろうな)

 

 心の中で言いたい放題言いつつ、フェイトは憐れみの視線を叱られているレナスに送る。

 色々大変だったけど何事もなく無事いつもの彼女に戻ったようでよかった、などというまっとうな感想はとうにフェイトの頭から抜け落ちている。

 寝起きでお付きの者に正座説教されてるお嬢様なんか見ちゃったら、そりゃこっちの第一感想も(なんか悲惨だな)になっちゃうだろう。

 

「帰りたいけど帰れなかった、ってさっきから何なのよその意味分かんない言い訳は! 帰りたくなかったから帰ってこなかっただけの話でしょうに……、嘘つくんだったらもっとマシな嘘つきなさいってのよ」

 

「嘘はついていないわ。私を信じて、メル」

 

「そういう時ばっかり親しげに呼びかけないでよね! ……断りもなしに出て行ったきり、ひと月も戻って来ない奴の言う事を誰が信用すると思ってんのよ」

 

「それは……、帰れなくなるなんて思わなかったから」

 

「またそれ!? 反省の「は」の字もないわね、あんたは……」

 

 脇の地面に剣を置き、見事な姿勢で正座を続けるレナスの姿はまるで、古の時代に地球のとある島国で栄えた武士のよう。

 武士のイメージとほど遠い銀髪美人のはずなのに、これがなかなかどうして不思議と堂に入っているのだ。正座した膝の上に西洋風の首のない人形をちょこんと乗っけて、これまた西洋風に整ったしょんぼりとした顔で、さらに西洋風の顔した女の説教を聞いているというのに。

 

 というかこの間も思ったけど、なぜに彼女はここまで正座が上手なのだろうか。

 それも彼女の星じゃお嬢様のたしなみの一つという事なのか。それともただ単に叱られ慣れているだけなのか。

 

(後者のような気がするな。なんとなくだけど)

 

 などと思いつつその様子を見ていたフェイトは、ようやくある事に気づいた。

 

(ん? なんだあれ、レナスさんの顔)

 

 

 左のほっぺたに。

 不自然に赤く光る、棒線のような何かがちらちらと見えるのだ。

 ぼこぼこにやられて意識失う前に見た時には、確かになかったはずの何かが。

 

(棒線……じゃなくて、文字か? なんて書いてあるんだろう。えーと)

 

 気になったフェイトが、レナスの顔をじっくり見ていると。

 

 

「何が帰れなかった、よ! あんた帰ろうと思えばすぐ帰れるでしょうが! ぱーっと飛んで帰って来なさいよ! 何でよりにもよって徒歩でゆっくりと、ひと月もかけて……!」

 

「メルティーナ、その話は後で──」

 

 ちょうどレナスが困ったような顔で、こちらに視線を向けてきた。

 

(お、もうちょっとで読めそう)

 

 フェイトも深く考えずに、自分の方に向くその顔を、期待を込めて見る。

 

(なるほど、あれはたぶん『カ』だな。でも何でそんな文字なんか……ん? よく見たら右にも書いてあるな。どれどれ……)

 

 そんなこんなでレナスの右頬の文字を読み取った時。

 フェイトはようやくすべてを察したのだが、その時になって視線を外そうとしてももう手遅れだった。

 

 あの右の『バ』が自分にしっかり見えているという事はつまり。

 向こうもこっちをしっかりと見ているという事で。

 

 

(やばい、目が合った)

 

 

 ガンつけられそうな女の方とではない。もちろんレナスとである。

 

 こういう場合は一体どういう言葉をかければいいのか。

 とりあえず何も見なかった事にして「おはようございます」か「大丈夫でしたか」か「ちゃんと知り合いに会えたみたいでよかったですね」か。

 それともいっそ「レナスさん、顔に『バカ』って書かれちゃってますね!」と明るく話題にしてしまった方が本人的には救われるのだろうか。

 

 フェイトが第一声というか正しいリアクションに戸惑う中。

 レナスはレナスで、なにやら言葉に詰まった様子でそんなフェイトを見つめ。

 そんでもってレナがそんな気まずい感じの二人を、フェイトの横でおろおろと落ち着きなく見比べていたりするわけだ。

 

 

 そうやって三人とも緊張した面持ちで口を開きかねていると、

「なんだ、起きてんじゃない」

 とレナスを叱っていた女がフェイトを見て言った。

 

 

「謝るんでしょ、あいつに。早く謝ったら?」

 

 女に促されるなり、レナスも勢いよくフェイトに頭を下げてくる。

 

「フェイト、ごめんなさい!」

 

「え? え、なにが? なんなんですかいきなり」

 

「私は、あなたにひどい怪我を──」

 

「え……と、その話は、……今するんですか? そういう話は、その」

 

 自分の意志でやった事ではないとはいえ、フェイトに怪我を負わせてしまった事を深く気にしているのだろう。気持ちは分からなくもないがフェイト的には正直(まずその顔をなんとかしてからにしませんか)である。

 誠意が足りないとかそういう事じゃなくて。

 むしろ本人自体は心の底から謝っているだろう事がひしひしと伝わるだけに余計に。

 

 が、フェイトが(どうしたもんかなこれ)と思ったのも一瞬の事。

 

「よし謝った。じゃ、これで文句ないわね」

 

 横で話を聞いていた女が、レナスの肩を軽く叩いたのだ。

 そのまままたレナスを自分の説教に戻らせる気らしい。フェイトがレナスの顔の事に触れる隙もありゃしない。

 

「ちょっと待ってくださいよ、僕はまだ何も言ってないじゃないですか。それにこれじゃあレナスさんも謝り足りないって」

 

 こんな謝罪はおもにレナスさん的にあまりにもあんまりだろうとさすがにフェイトも物申したのだが、女の方はまったく聞く耳持たず。

 どころかふてぶてしく開き直り始めた。

 

「っさいわねー、あんた男のくせにグチグチと……。こういう時は「全然気にしてないですよ」って爽やかに答えなさいよね。こいつは悪くないんだから。操った奴が悪いのよ、操った奴が」

 

「いやそれはそうですけど。まったく気にしてないですけどそもそもそういう問題じゃなくてですね」

 

「ほら、あいつもまったく気にしてないってさ。あんたもいつまでしょげてんのよ」

 

「僕はもう無視ですか。というかあなたが言っちゃうんですかそれ」

 

 

 ここまでの会話でフェイトは察した。

 こいつは確実に関わっちゃいけないタイプの女であると。

 

(……。うんそうだな、レナスさんが悪いわけじゃないもんな)

 

 などとフェイトが早々に諦めた中。

 今度はレナスが女に言う。

 

「メルティーナ。私やっぱり、こんな謝り方は」

 

「何よ。どう謝ったら満足するってワケ?」

 

 上から聞く女(名前はメルティーナというらしい)に、レナスは自分の顔を指差して言った。

 

 

「この呪を解いてから、謝らないと……」

 

 

 レナス自身も気づいてはいたらしい。

 フェイトが聞き慣れない単語に首をひねっていると、レナが小声で補足してくれた。

 

「呪?」

 

「あの女の人が杖を使って書いた文字なのよ。特別な力で書いたから、あの人じゃなきゃ消せないんだって」

 

 なんとむごい事を。

 というか寝てる間に顔に『バカ』はひどい。文字の内容含めて小学生レベルの所業ではないか。

 

「なぜあんな嫌がらせを」

「あの人すごく怒ってたから……。レナスさんに」

「だからってあんな仕打ち」

 

 ひそひそ話しつつ、

 

(無理にでも笑ってあげた方がいいんだろうか、アレ)

 

 とフェイトはすっかり気の毒な気持ちでレナスを見て考える。

 なにが気の毒って、なによりアレが書かれている本人の顔と絶望的なまでに似合ってないってところが特に。

 

 なんていうか彼女は、そういう事を一番やっちゃダメなキャラだと思うのだ。

 これがクリフの顔とかだったら、こっちも平気で笑い飛ばすだけの話なのに。

 彼女の場合は少しも笑えないというか。見てはいけない物を見てしまったようでこっちまで気まずくなるというか。気まずすぎて顔の事に触れられないせいで余計にあの文字を意識せざるを得ないというか。

 

(本人も望んであんなもん顔にくっつけてるわけでもないのに)

 

 見れば見るほどかわいそうとしか思えない。

 横のレナもフェイトと同じ気持ちなようで、

 

「レナスさんかわいそう……」

 

 とレナスの首から上を見ないようにして呟いている。

 一方、フェイト達のそんな哀悼の意を込めた視線の先では、女がレナスの願いを却下していた。

 

 

「心を込めて謝ったんでしょ? だったらそれでいいじゃない。形なんかどーでも」

 

「でも……! こんな顔じゃ、フェイトの事を馬鹿にしているとしか……」

 

(まあ『バカ』って書いてありますしね、実際)

 

 辛そうに言ってうなだれるレナスは本当に気の毒だとはフェイトも思うのだが、それ以上にあのヤバい女に関わりたくないので傍観である。

 結局、そのすぐ後に女の方から話しかけてきたわけだが。

 

「本人は気にしてないって言ってたわよ。……そこのあんた! こいつの顔見てどう思うよ」

 

「えー、と。どう思うって、それはどういう意味で」

 

「この顔で謝られてムカつくかどうか、よ」

 

「いやそんなことは……ないですけ、ど……」

 

 正直に答えてしまった後で

 

(あっしまった。今「めちゃくちゃムカつきますね」って言っておけばレナスさん助けられたんじゃ)

 

 という事に気づき、一瞬申し訳ない気持ちになるフェイトだったが。

 まあ仮に今「ムカつくんでその文字消してください」と答えていたとして、この女が言われた通り消したかというと、それもはなはだ疑問なのでやっぱり気にしない事にする。

 

「ほら見なさい。あんた気にしすぎなのよ」

 

(レナスさんの感性は極めて正常だと思います)

 

 自分に都合のいい答えが得られたので、もうフェイトに用はないらしい。

 フェイトとレナが何も言わずに見ている中。依然としてしょんぼりとしているレナスに女が言う。

 

「向こうがまったく気にしてないっつってんのにこれ以上どう謝るつもりよ。自分の気が済むまで謝るってのは気持ちの押しつけにしかならないって、いつものあんただってそう言ってんじゃないの」

 

「……。そうね……。私、どうかしていたのかも」

 

(あーあー、ついに説得されちゃったよ)

 

 素直に受け入れたレナスは改めてフェイトに謝罪してきた。

 この流れはもう「顔の文字は気にしないで」という事であろう。謝罪はともかく顔の文字はやっぱり非常に気になるのだが、本人が受け入れちゃったんだからもう仕方ない。

 元気のない様子のレナスにフェイトもできるだけ爽やかな言葉をかけ、さっきまでの事を軽く水に流した。

 

「ごめんなさいフェイト。見苦しいところを見せてしまったわね」

 

「いえ、僕は本当に気にしてないですから。だからレナスさんも元気出してくださいね。その、色々と」

 

 慰めの言葉の方はわりと本気でかけたのだが、レナスの方はやっぱり元気のない様子で「ありがとうフェイト」と言うだけ。

 まあ結局顔の文字消えてないわ話が決着ついたところでまたすぐに女の説教が再開されるわだしで、それもさもありなんといった感じだろう。

 

「そんな事よりあんたはその考えるより先に行動する癖をなんとかしなさいよ。まんまと操られたのだってどうせ、ルシオの事で頭がいっぱいだったみたいな、そんなしょーもない理由なんでしょ? 気にすんならそっちでしょうが」

 

 何も言わずにうなだれているのは、言われた事がぴたりと当てはまっているからなのか、それとも言い返す元気もないからなのか。

 

(両方だろうな、きっと)

 

「あんたがちゃんと自分の行いを反省してくれれば、私だってあんたにこんな、みっともない呪をかけたりなんかしないのよ?」

 

 いかにもそれらしい説教だが。

 フェイトは「みっともない」の辺りで、女が確かに口角を上げたのを見逃さなかった。

 

(……本当にキッツイ人だな)

 

 確かにこんな女との縁を作ってしまったのも、きっとおそらく、当時のレナスが何も考えずに行動した結果なわけで。

 そう思うと彼女が今あの女に言われている内容は、めちゃくちゃ正しいのだろう。

 

(すごい皮肉だな)

 

 そして非情にもレナスに下される通告。

 

 

「ま、あいつがこっちに来るまでその顔のまんまで我慢することね。合流する前にまた姿眩まされたらたまったもんじゃないわ」

 

「……メルティーナ。何もこんな事をしなくても、私は」

 

「いなくなったりしないって? 嘘おっしゃい。あんた絶対いなくなるじゃないの。呪解いた瞬間ルシオ探しにすっ飛んで行くんだから。あんたはそういう奴よ。そもそもいなくなった結果が今の有り様だっつうのに」

 

「ごめんなさい……。でも、その時と今とは状況が」

 

「少しも違わないわよ。……まったく、ほんの少しの間おとなしく待ってりゃいいだけの話なのに、どうしてその少しを待てないのかしらねえ、あんたは。いちいちあんた追いかけんのも大変なのよ。あんたは気軽にどこへも行けるんでしょうけど──」

 

 

 まだまだ続きそうだったので、

 

「あの、なんか取り込み中の所もうしわけないんですが」

 

 と二人に声をかける。

 女の方が先に振り向き、フェイトに返事をした。

 

「何よ」

 

(……今ほっとした顔したな、レナスさん)

 

 まあそれは置いといて。

 

「“あいつ”ってもう一人の、戦士の男の人ですよね?」

「大剣背負って、顔に傷のある」

 

「そうだけど、よく知ってんのねあんた達。って町で聞いて来たんだっけか。で、それが何か?」

 

「来ましたよ、その人」

「ほらあそこ。クリフさんと一緒に」

 

 言ってフェイトとレナは自分達の正面を指差した。

 女も指を差された方角を振り返ると、大剣の男とクリフが一緒に連れ立って、こちらに向かって歩いて来ていた。

 視線を受けたクリフが、軽く手を上げてフェイト達に挨拶を返す。

 

「無事そうでよかったわ、クリフさん」

 

「向こうも偶然鉢合わせした、ってことなんだろうな。ああやって一緒にいるってことは」

 

 

 これでフェイト達は幸運にも、この広いリンガの聖地の中で、探していたレナスの知り合い二人に会えたわけだ。

 リンガの聖地に来て早々に起こった事件やらエロい彫像見られてレナにドン引かれた事やら、その後とても見ていられない事になってしまった人がいる事を考えれば幸運と言っていいものか迷うところではあるが、まあ話を聞いたその日のうちに出会えたのだから十分幸運だろう。

 

 おとなしくボーマン家で待っていればその日のうちに平穏無事に出会えたはずだ、というそもそもの前提を、まるっきりなかった事にすればの話だけど。

 

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