「おう、久しぶりだな。元気か」
「お前いっつも怒られてんな」
大剣の男アリュ―ゼがレナスに短く声をかける横で、クリフは正座しているレナスを見るなりすぐにそう言い、さらにレナスの顔を見てけらけら笑った。
「なんだその顔、『バカ』だってよ。『バカ』って」
クリフのデリカシーのなさをここまで頼もしく思うのは、たぶんこれが最初で最後であろう。
(あいつすごいな。あれ見て腹の底から笑えるなんて)
とフェイトがただただ感心する中。
レナがおずおずと、杖持ったボンキュッボンのキッツイ女ことメルティーナに聞くが。
「あの、みんなちゃんと合流できましたけど、レナスさんの顔の文字は──」
「おとなしく向こうに帰ったら解いてあげるわ。それまで我慢しなさい」
鬼か。
(という事はもしかしてレナスさん、あの顔のまま僕らとお別れですか? ……まさか、冗談ですよね?)
時々しょうもない事件を起こしつつも、ひと月の間一緒に旅してそれなりに親睦を深めた人との別れが“アレ”はさすがにどうなのだろうか。別の意味で涙が出ちゃうお別れ会になる気しかしないのだが。
「え……皆さん、これからいなくなったルシオさん探すんですよね? まさか、その間もずっと……?」
「んー? そういえばそうだったわね」
レナも冗談ですよね? としか言いようのない表情でメルティーナに聞き返すが。
「どうしよっかなー、仕方ないから解いてあげよっかなー。一か月ぶりの、感っ動的な再会だもんねえー」
にやけながらしかし、「一か月ぶり」の所だけはマジ声のトーンである。悪魔か。
やり取りを聞いていたアリューゼが呆れた様子で言う。
「お前は相変わらず容赦しねえな」
「べっつにー。こんなんしたくてしてるワケじゃないしー? 仕方ないじゃない、こんなことでもしとかないとこいつすぐどっか行くしー」
(なんてしらじらしい嘘を……)
フェイトがしらじらしい嘘と思ったのは、あくまで「したくてしてるワケじゃない」の所に限ってである。「すぐどっか行く」には、そこまでレナスとの付き合いが長くないフェイトも正直頷かざるを得ないわけだし。
(本当にすぐどっか行くもんな、この人)
そんな事はないから消してやれと男の方も言わない辺り、レナスは筋金入りの「すぐどっか行く」困ったちゃんらしい。
だがしかし。
「こんなくだらねえ事に魔法使うかね、普通」
「わかってないわねー。息吐くような感覚で魔法使うからこその一流の魔術師なんでしょうが」
「一流が使う術ねえ……。これが」
再会の挨拶もそこそこに、遠慮会釈なく冷静にレナスの顔に書かれた文字を観察している辺り、この男も相当なくせ者のようだ。
(さすがレナスさんの知り合いその二。こっちはまともだと思ったのに)
とフェイトが思う中。
この二人はやっぱり自分達の雇い主であるはずのレナス本人を前に、言いたい放題。
「見たところ普通の文字のようだが」
「はあ? そりゃそうよ、普通の文字に決まってるじゃない。
「それもそうか」
「……」
「しばらく見ねえ間になんか小さくなったな、あいつ」
「レナスさんかわいそう……」
(レナスさん、もうちょっとちゃんと考えて人と関わった方がいいんじゃないですかね。こんな事僕が今さら思ったところでもう遅いんでしょうけど)
ただただ憐れんでいると。
クリフがフェイトとレナに向き直り、話しかけてきた。
「ま、特になんともなってねえようで安心したぜ。お前らもよく頑張ったな」
「え……。あの、レナスさんは」
「いいから。なんともなってないんだよ、レナ」
言いかけたレナにフェイトも重ねて言い聞かせる。
彼女の知り合いがどれだけヤバい人達だろうが、彼女もこれでようやく迷子さんを卒業できたのだ。彼女がずっと探していた帰り道も、女の方の話しぶりからして、今も問題なく通れるようだし。
あの二人に迎えに来てもらえた事で、彼女が無事元いた星に帰れるのなら、もうそれでいいじゃないか。もう元の星に帰っていく彼女に温かい言葉をかけてあげる事ぐらいしか、自分達にできる事はないのだから。
──今まで本当にありがとうございました、レナスさん。
これから先、辛い事もきっとあるでしょうが、どうか強く生きてくださいと。
「逃げたガキ探すのにすっかり手間取っちまってよ。お前らがあいつにやられちまったんじゃねえかって、俺もヒヤヒヤしてたんだ」
結局レナもフェイト達の雰囲気に流されたらしい。
本当にそれでいいのかしらと迷う様子を見せつつも、クリフに返事をした。
「……ええ、こっちもなんとか。フェイトが一生懸命戦ってくれましたから」
「レナがフォローしてくれなかったら、僕一人だけじゃとてももたなかったよ。実際かなりギリギリだったからね」
とフェイトもレナの言葉の後に付け加えて言った。
お世辞でもなく心の底からそう思う。本当に、操られたレナスはそれくらい強かったのだ。
これでも相手の力量を推し量る事はそれなりにできるつもりだったのだが。
いやはや本当に宇宙は広いというか。何もできないお嬢様という、最初の頃の印象につい引きずられたというか。ちゃんと強いとは思ってたけど、気になって覗いてみたらうっかり帰れなくなっちゃうような迷子さんがあそこまで強いとはどうしても思えなかったというか。
この件については、本当はもっとじっくりと考えるべきなのかもしれない。
がしかし、
(過信は己を滅ぼす、か。僕も気をつけなきゃな)
とフェイトはそこまで気にする事なく、この一件をただの教訓としてまとめた。
だってレナスさんが超強い謎とか気にするだけ無駄だと思うし。
もう元の星に帰る人だし。あのヤバい人達引き連れて。
(強い奴が偉いとは限らない、か。……というかあの人、本当は立場上もちゃんと偉いはずなのにな)
どこで間違えちゃったのかなあとフェイトがぼんやり思っていると。
クリフが周りを見渡し。フェイトが破壊の力『ディストラクション』を使って、ごっそり消した岩壁の辺りを指して聞いてきた。
「見晴らしが良くなってんな。……これはお前の「力」か? フェイト」
「まあ色々とあってね。危なくレナスさんに当てるとこだったけど」
「そうか」
どこか含みのある返事だ。
どうしてクリフはそんな事をわざわざ確認したのだろう。自分以外に、こんな事ができる奴なんているわけがないのに。
「それよりクリフの方はどうだったんだ? 操ってる奴がいたんだろ、レナスさんをさ」
「おお、それがな……。おっそうだ、あいつに聞きてえ事があったんだよ」
クリフは説明しかけて口を止め、レナスの方を見た。
向こうの方は今も何やら揉めているようだ。
「今は出来ないってあんた、この期に及んでまだそんな駄々こねて……。あんたルシオに会いたくないの? そんな人形大事に抱えてるくせに」
「だからメル、今は出来ないというのはそういう意味じゃなくて──」
「なあ」
と、話の流れをぶった切ってクリフが聞いた。
「
レナスは何も言わずにクリフを見上げた。
ついさっきまでの困り果てた様子はまるでない。相手の言葉の意図を探っているような、真剣な顔つきだ。
クリフは肩をすくめて言う。
「これも聞いちゃいけねえ事だったか? 聞くならお前に聞けって、そこにいるお前の仲間に言われたんだがな」
横で聞いていたメルティーナが、アリューゼをきっと見やって非難した。
アリューゼも気後れする事なく言い返すが。
「ちょっと、なんであんたまで余計な事ぺらぺら喋ってんのよ」
「それくらい構わねえだろ。納得できる理由ぐらいはっきり言ってやらねえと、消滅しちまったガキの死体確かめるまで一歩も動かねえ、とでも言い出しかねなかったからな」
その場にいなかったフェイトとしては正直よく意味が分からない。
同じくよく分かってないであろうレナと一緒に戸惑い気味に話を聞く中。これまたレナスも不可解そうな表情でアリューゼの言い分を聞いていた。
クリフが当時の状況をかいつまんで説明する。
「死体が、消滅した?」
「ああ。お前を操ってたガキだけどな、倒した途端に姿が消えちまったんだよ。こう……ふわあっと、体が自然に蒸発するような感じでな。んで、それは肉体の物質化が切れたせいだって、直接ガキをぶっ倒したそいつが言うからな」
説明を聞いたレナスは考え込み、それから横にいるアリューゼに聞いた。
「アリュ―ゼ。その子が消えたのは肉体の物質化が解けたせいだって、……それは確かなの?」
「これでもお前の英霊をそれなりに長くやってる身だ。知識はねえが、魔法で姿晦ましたか、それともただ消滅したかの違いくらいは経験で判断出来るぜ」
「まあ確かに。よっぽどの事がない限り、まず見間違えないでしょうねアレは。けど、それがどうかしたの?」
なおも考えているレナスを見て、メルティーナは不思議そうに首をかしげて言うが。
そんなメルティーナの言葉も、今のレナスの耳には全く入っていないらしい。いっそう考え込んで独り言を呟くばかりである。
「冥界の嫌がらせじゃないの? あのクソババア、いかにもそういう陰気くさい事やりそうだし」
「そんな馬鹿な……。神の存在しない、まったく別の世界で、物質化を行使する事のできる存在なんているはずが──」
「まったく別の世界? 何よそれ」
なお、クリフが大体の事を説明し終わった辺りから、フェイト達の事はすっかり会話に置き去りだ。
立っていた二人も正座しているレナスに合わせてしゃがみ込んだうえ、声を落として話し合っていたりする。よほどフェイト達に会話を聞かれたくないという事なのだろう。
「おいおい、質問したのはこっちだぜ? ……ったく、内輪だけで内緒話始めちまってよお」
と突然ひそひそ話を始めた三人を見てクリフがぼやくも、向こうの方からは何も反応は帰ってこず。
仕方ないのでこっちはこっちで話を進める事にする。
「なあクリフ。その消えた子供って、一体どんな子供だったんだ?」
「レナスさんを操ってわたし達を襲うよう指示したのは、その子だったんですよね。子供が、そんなひどい事するなんて」
レナが信じられないという様子で表情を曇らせたのを見て、クリフが肩をすくめて言った。
「子供とはいうが、ありゃどうみてもただのガキじゃあなかったぞ。子供なのは見た目だけで、どっちかっつうと人ってより魔物の気配漂わせてたしな」
クリフの言いようからすると、そいつは外見が子供である事をこちらが気に病むような相手ではなかったらしい。まあよく考えなくてもそいつのせいでこっちは危うく死にかけたわけだし、それも当然だろう。
「緑色のローブ着て耳に変な機械つけててよ、でけえ音叉振り回して遠くからヘンテコな攻撃飛ばして来やがんだ」
見るからに敵、って感じの憎たらしい奴。
クリフの話ぶりからなんとなくそんな想像を浮かべつつ、フェイトはごく普通に相槌を打った。
「ふーん。まあ確かに、普通の子供が人操ったりはしないよな。それじゃその子、この辺りに住んでる人型の魔物か何かだったって事か? ……タチの悪いいたずら好きの精霊とか?」
「さてな、それがいまいちはっきりしねえからあいつに聞いたんだよ。倒したら煙のように消えちまうなんて、俺達ゃ幽霊と戦ってたようなもんじゃねえか」
「白昼堂々とはいえ、こんな人気のない場所だもんな。その子本当に幽霊のたぐいだったりして」
冗談混じりでそう言ってから、フェイトは軽い気持ちでレナを見た。
やだーもう脅かさないでよーと、軽い調子で言葉が帰ってくる事をフェイトは想像していたのだが。
「──幽霊? そんな、嘘よ……。そんなことって」
どういうわけか、レナはひどくショックを受けていたのだ。
「レナ?」
深刻な様子のレナに声をかけてみるも、レナはフェイトの呼びかけには答えず、クリフを見て言う。
「クリフさん。その子供の特徴、もう一回言ってください」
自分の聞き間違いである事を願っていたのだろう。言われた通りにクリフが繰り返して述べる子供の特徴を、レナは食い入るように聞いていた。
そしてクリフが話し終えると。
レナは諦めたように下を向き、呟いたのだった。
「嘘でしょ? なんで、サディケルが──」
聞いたフェイト的には、(どこかで聞いた事ある名前だな)ぐらいの反応である。
「レナ、君はその子を知ってるのか? 名前、サディケルって」
「知ってるも何も、サディケルは」
のん気にフェイトが聞いてみると。
レナは当たり前でしょ? と言わんばかりな顔をして言った。
「わたし達みんなで力を合わせて倒した、あの十賢者の一員よ?」
そして、そこまで聞かされたフェイトはというと。
「は」
「何だって?」
クリフと揃って見事にうっすい反応。
「だから、十賢者なの! 二人とももっとちゃんと驚いてよ! 未来でも有名なんでしょ、十賢者は!」
いい加減鈍すぎる二人にレナが焦れったくなって声を張り上げたところで、クリフともども、ようやく事の重大さに気づいたのだった。
「十賢者って、もしかしてあの……あの十賢者か!?」
「そうよ、その十賢者よ! 他に何があるのよ! あの人達の他に十賢者なんていないでしょ!」
「マジかよ、おい。……嘘だろ?」
「だってその十賢者はレナ達が倒したって……!」
「倒したからおかしいんじゃない! どうなってるのよ、一体!」
──そしてそんな感じでフェイト達がぎゃーぎゃー言い合っている時の、もう一方の奴らの様子はというと。
「いきなり騒がしくなったな、向こうの奴ら」
「イヤな予感がするわね……。ていうかいつまで考え込んでんのよ、あんたは。面倒に巻き込まれる前にとっとと帰るわよ! ほら、ちゃっちゃとルシオ探しなさいって……」
「……この世界でも、神は存在していた? 人に必要とされないだけで……私も気づかなかっただけだと?」
「なに哲学みたいな事言いだしちゃってんのかしら。神が存在するかどうか、って。……やだ、こいつどっかで頭でもぶつけてきたんじゃ」
「可能性は高いな。てめえの存在すっかり忘れてやがる」
「──!!」
「何だ、その反応は」
こんなだったりする。
一方思いもしなかった敵の登場に大混乱していたフェイト達は、しばらくして、多少落ち着きを取り戻していた。
「じゃあクリフ達が倒したのは、間違いなくその十賢者の一人だったんだな?」
「うん、だと思う。だってその子の特徴、どう聞いてもサディケルにしか思えないもの」
「という事は」
「おいおい、マジだったのかよ宇宙マジヤバい」
宇宙征服だの崩壊だのを企んだ、あの十賢者の一人が、ついさっきまでこのリンガの聖地にいた。
この事実が“宇宙の危機”じゃなくて一体なんだというのか。
だとすれば、ブレアの元に送りつけられてきたあのふざけた謎メッセージも、いたずらなどではなく本当にマジな救難信号だったのだ。
「とにかく向こうチームに連絡しよう」
とフェイトはさっそく通信機に手を伸ばした。
もちろん自分達の旅の目的が根底からひっくり返った事を伝えるためなのだが、これがなかなかどうして通信が繋がらない。
向こうチームは今日いよいよエルリアタワーの探索にかかる予定だという事は、こちらも昨日の定期連絡で聞いている。
なんでも今まで復興中の町の人達を困らせていた魔物を巣まで足を運んで退治しにいったり、ついでにレナスが探していた「岩だらけの場所」も探してみるも肝心の本人がいないので結局そこの雰囲気があってるのかどうかすら分からなかったり、アシュトンがチサトに頼まれていたとかいう取材もみんなでぼちぼち手伝ったり、閉店危機に陥っていた串焼き屋を助けたりノエルが寝てばっかりでずっと行けてなかったのをなんかようやく行く気になったのだとか。
通信が繋がらないのもたぶん、今タワー内で出くわした魔物達と戦っている最中だからなのだろう。そう思い諦めて切ろうかと思った時。
『何!? 今忙しいんだけど!』
通信機から刺々しいマリアの声が聞こえてきた。
言葉通り、本当に忙しそうな様子である。
「……今、大丈夫かい?」
『話すんだったら早く話して! 用件は何!?』
急かされたので、向こうの騒がしい様子に気を取られつつも、とりあえず今さっきこちらで起こった事件を伝えようと喋ってみたものの。
「マリア、落ち着いて聞いてくれ。つい今さっき、こっちで十賢者が……」
『ちょっと! 聞こえないじゃない! ……何!? 今さっき……何よ!?』
一向にマリアに通じる気配がない。
マリア以外の声は遠くの方からしているっぽいので、こっちには騒がしさの度合いがよく分からないのだが。
たぶんそれだけ周りがうるさいという事なのだろう。さっきからマリアも周りのみんなに黙るよう怒鳴っているっぽいし。
というか──
なんかさっきから後ろの方で、ソフィアが『マリアさん、助けて!』って言ってるような気がしないでもないけど。
──そんなこんなでフェイトには向こうチームの状況が掴めていないわけだが。
ちなみにエル大陸のエルリアタワー内部。
その向こうチームの現在の様子はこんなだったりする。
「ちっ、……この俺の空破斬が効かないとはな」
「無駄だ。この俺のメタガードは、どんな攻撃も通さん」
「うおおおおー、あっちいいいいいー!!」
「うわあっ」「アシュトンっ!」「くそおっ!」
「た、助けて! 助けてください~!」「マリアさん! いやあ吸われる~!」
「だから、全然聞こえないんだけど! 何よ!?」
──そして、やっぱりよく分からないけどなんかこれ以上向こうのみんなの邪魔しちゃいけない気がする。という事をフェイトがひしひしと感じ始めた頃。
マリアの方もみんなを黙らせる事を諦めたようだ。
『……ああもううるさいわね! 急ぎじゃないんだったら、その話後でいいかしら!?』
とフェイトに聞いてきた。
「そうだな」
『悪いけど後でかけ直すわ!』
「ああ、分かった」
通信が切れる直前、通信機から微かにマリアが『バーストエミッション!』と叫ぶ声がした。
音声がすっかり途切れた後。
横で通信を聞いていたレナに聞くと。
「どう思う?」
「思いっきりミカエルだったわ」
さすが十賢者を倒した英雄というべきか、見事な即答である。
マリア以外の向こうの音声ではっきり聞きとれたの、『うおおおおー、あっちいいいいいー!!』だけだったというのに。
「そのミカエルってのも」
「ええ。十賢者の一人よ」
「やっぱりそうか……」
感心しつつも確認のためレナに聞いたところ。やはり予想通りの答えが返ってきた。
向こうチームも今まさに十賢者と戦っている最中。
エルリアタワーの方にも他の十賢者がいた以上、サディケルどころか、十賢者全員が揃ってこの時代のエクスペルにいたと考える方が自然だろう。
これでこの時代のエクスペルには本当に宇宙の危機が起きているのだという事が、より明確な事実になったわけだ。
「レナ。十賢者は、確かにレナ達が倒したんだよな?」
「わたし達が……十賢者を倒せてなかったっていうの?」
真っ先に思いつくのはやはりその可能性であろう。
フェイトの質問に、レナは「そんな事ありえないわ」と頭を振る。
「十賢者はあの時ちゃんと倒したはずだわ……。そうよ、それにあの人達は……わたし達に倒された後、エナジーネーデごと──星ごと消えていなくなったのよ?」
フェイトに反論するというより、自分自身に言い聞かせているような話ぶりである。
当時の記憶を思い起こせば思い起こすほど、今十賢者達がエクスペルに勢揃いしている事とのつじつまが合わない事に、レナ自身も困惑しているのだろう。
「倒せてなかったとしても、それでもあの状況で生きていられるなんて、そんな事……」
レナが不安そうにしていると。
クリフがぽんと手を叩き、「よし分かった」と言って話をまとめた。
「とりあえずその言葉を信じるとして、十賢者が今元気に生きているっつう事は確定しているワケだ」
「そんな! 確かにあの時、十賢者は死んだはずなんです!」
すぐにも反論するレナの前で、クリフは落ち着くようにと手で押さえる仕草をした。
「まあ待てよ嬢ちゃん、結論を急ぐなって。信じるっつったろ? ……十賢者は確かに死んだんだろうさ。嬢ちゃん達に倒された、その時にな」
「えっでも、……生きてますよ? 十賢者」
言い返すレナはますます不思議そうな顔だ。
たった今自分で死んだはずだと言い張ったのに、それとは真逆の事を言ってしまう辺り、レナも自分が何を言いたいのかよく分かっていないらしい。
フェイトもよく分からないので、レナと同じく不思議いっぱいな顔で呟くはめになった。
「死んだはずなのに、生きてる?」
そんなよく分かっていない二人に向けてクリフが言う。
「そうだ、十賢者は確かに今生きてる。けど、だからってそれは、十賢者が今までしっかりと生きてたって事にはならねえ」
そうまとめた後。
クリフは「まあ、俺もよく分かんねえけどな」と頭をかき、レナスの方を見て言った。
「十賢者は、つい最近“生き返った”んじゃねえのか?」
──そして、見られたレナスの方はというと。
「そうか、これは私の……。でも、この世界では、私の「力」は……」
「おいおい、なに真剣に考えてんだ。まさか、ガキの肉体物質化したのは自分だとでも思ってるんじゃねえだろうな」
「うわー、マジでそんな事考えてるくさいわね、この感じ」
さっきからずーっとこんな感じだった。
心配したメルティーナが話しかけるも、レナスは未だ考え中。
「ちょっとねえ、しっかりしなさいってば。そんな真面目に考えなくてもおかしいってわかるっしょ? 自分で創った奴に操られたバカって事になるじゃないのよ、それだと。……ねえ聞いてんの?」
「……使えない、はず? この世界に来た、最初の時から……ずっと?」
やっぱり未だ考え中。
「ちょっとあんた、しっかりしなさいって! 頭やばいわよ、マジで!」
「……違う? 私が、この世界に来たのは、「力」が使えなかったのは──」
肩を掴んでがっくがく揺さぶられながらも考え中。
で。
揺さぶられながら考えに考えた結果。
「あ、私は……あの“声”を、追った先で──」
レナスは唐突になんかとてつもない思い違いをしていた事に気づいたらしい。
「は? ……“声”? “声”って、誰の?」
一体何に気づいたというのか。様子のおかしさに揺らすのを止めて質問するメルティーナを、レナスは動揺いっぱいの瞳でやっとやっと見つめ、
「ごめんなさい」
と弱々しく言ってうなだれたのだった。
「ちょ……! いきなり謝ってんじゃないわよっ! ……何!? 何なのよ!? あんた一体今度は何したって──!」
レナスを問い詰めるメルティーナの横では、アリューゼがため息をついている。
「見事に心当たりあり、って感じだな」
そんな三人の所に、クリフは近づいて言った。
すぐ後ろにはレナとフェイトの二人も控えている。
「話に入って来ないでくれる? あんたらには関係ないでしょ」
「さて、それはどうかね」
クリフはメルティーナの言葉を軽くいなし、続けてレナスに向けて言った。
「消えたガキは十賢者の一人だった。数か月前に嬢ちゃん達によって倒されたはずの、大悪人の集団だ」
「……そう、だったのね」
レナスは微かに反応を示した。
すでに多大なショックを受けているせいで、これ以上の反応をしようがないらしい。うつむいたまま、消え入りそうな声で「ごめんなさい、みんな」とだけ呟いた。
「だから、なんで謝ってんのよ、あんたは……」
「やっぱりな。すでに面倒に巻き込まれていたか」
と横で聞いていた二人もがっくりと肩を落としている。
「しつこいようだが、もう一度聞くぜ」
クリフの言葉に、レナスは小さく頷く。
「物質化、ってのは何だ。死んだ奴を生き返らせる事ができる「力」か? お前はその「力」の事に詳しいんだよな。お前は、その「力」を使う事ができるのか? あのガキを……、十賢者を生き返らせたのは──」
「……私の、「力」だと思うわ」
その言葉を聞いたクリフも、深く息を吐いて言った。
「そうか。無理にでも聞き出しておくべきだったな、お前の事を」
フェイトとレナが、お互いに顔を見合わせて頷く。
口に出さなくても、レナスに聞きたい事はとっくに決まりきっていた。
「レナスさん。教えてください」
「あなたは一体、誰なんですか?」
二人の質問に、レナスの手がぴくりと動いた。
ゆっくりと顔を上げ、手のひらを小さく握りしめ、レナスはようやく口を開く。
「……私は、別の世界からやって来た、別の世界の──」
いったん途中で言葉を止めるレナス。
浅く息継ぎをする目の前では、フェイト達三人が、真剣な表情で彼女の答えを待っている。
そして──
「創造神よ」
すべて口に出しきったレナスは、再び肩の力を落としてうなだれたのだった。
今回で二章は終了です。
次回はVP編プロローグ。