スター・プロファイル   作:さけとば

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プロローグその3
新たな世界の創造神として


 ルシオとふたりきりの時間は幸せ。心が安らぐ。

 それは私がかつてプラチナという名の少女だった頃、私の幼馴染だった彼の隣で、いつも当たり前のように抱いていた感情。

 

 だけど──

 時々、考えてしまう事がある。

 創造神となった今の私は、今のルシオの隣でも、あの頃とそのまま同じ感情を抱けているのだろうかと。

 

 心を探っても、答えはいつも途中で霧のように薄れていく。

 きっと私自身がその事を認めたくないのだろう。ルシオは私にとって、なにより大切な存在だから。

 我ながら往生際の悪い心もあったものだと思う。

 そんな疑問が頭をよぎる時点で、ルシオの隣で不安を抱く時点で、とうに答えは出ているというのに。

 

 

 私はきっと疲れているのだ。

 他に理由などあるはずがない。

 だってルシオは、あの頃と何も変わっていないのだから。

 

 彼の優しさを、彼の温かさを、素直に受け入れられないほどに。

 彼とふたりきりの時間に、安らぎどころか後ろめたさを覚えてしまうのも。

 

 新たな世界の創造神として過ぎていく日々に、焦りが募っていくばかりの自分がいる事は、自分でも分かっているつもりだから。

 

 

 ★★★

 

 

 そこは神界にある執務室の一つ。

 今しがた妖精界より戻った私に向けて、その部屋の主は傲然と言った。

 

「シルヴァンボウなど、使者にでも任せればよかろうに」

 

 

 強大な力を持つ四宝の一つ、光弓シルヴァンボウ。

 本来なら妖精界に安置されているはずのこの四宝が、この間までヴァルハラの宝物庫に置かれたままになっていたのは、オーディンの時代に神界戦争を有利に運ぶための道具として、かつてのアース神族軍が妖精達から半ば無理やりに奪い取ったためだ。

 

 四宝はすなわち世界の平穏を司るもの。

 妖精達に戦争終結の意思を示すためにも、この四宝の返還が肝要だと判断した私は、世界の終末ラグナロクを迎え消え去った神々に代わり、自ら少数の者を連れて、彼らの住む妖精界へと赴いたのだった。

 

 

 つまり戻って事の次第を伝えるなりあてつけを言ってきたこの男は、私がその間の留守を任せていた者の一人というわけだ。

 

 どうもこの男とは、とことんそりが合わないらしい。

 そもそもこの男は最初、シルヴァンボウを妖精界に返すという私の決定自体に異を唱えていたのだ。私の意思が変わらない事に気づいていたのか、神界にシルヴァンボウを置き続ける事の理を、私に向かって説くような真似はしなかったが。

 

 内心では私の事を、現状を理解もせず、使える道具を自ら手放した愚か者だとでも思っているのだろう。

 現にこの男は本性を隠す気もない態度で、こうも言ったのだ。

 

 

「今度の主神殿は、よほど格下の相手とも対等の立場に立つ事を好むと見える」

 

 私が今の自分の立場をまるで理解していないとでも言いたいのか。

 この男が私の事をどう評価していようと構わないが、好き放題に言わせたままでいてやる気もない。私はもとより、現状を理解した上で、今の私が創造神としてすべき事をおこなったのだ。

 

 今はラグナロクの影響によって、この世界そのものが混迷を極めている時期。

 明日の情勢も見えぬ今のこの状況で、誰が己のちっぽけな感情など優先させるものか。

 

「この件に関しては、私自らが妖精界へと出向いた方がいいと判断した。妙な気を起こさぬよう、オーディンの後に続いて神界を束ねる事になった者の存在を、できるだけ早い段階で彼らに知らしめておく必要があったからな」

 

 そう判断を述べてなお、私を値踏みするような目で聞いてきた男にも、私は苛立ちの感情を表に出さぬよう答えた。

 

「ほう。それで、その牽制とやらに効果はあったのかね」

 

「賢しい妖精共の事だ。力量に圧倒的な差があると分かった以上、こちらに弓を向けるような愚行は今後しばらく慎むだろう」

 

 今回私は妖精達にシルヴァンボウを渡す際、弓の得意な彼らの前で、彼らが私に対する抗議のために掲げていた破かれたアース神族軍の旗の数々を、一射のうちにすべて射貫くという事をやっている。

 四宝の力を解放せず、近くの旗も遠くの小山にあった旗も一様に、もちろん妖精達には誰一人として怪我をさせる事もなく。

 

 ようは彼らにちょっとした脅しをかけたのだ。

 お前達にシルヴァンボウを返したのはただ世界の安寧を思うがためであって、先の神界戦争の償いをかつてのアース神族の一員としてするためでも、ましてやこの機に乗じてお前達に報復戦争をさせるためでもない。

 例え四宝シルヴァンボウの力をもってしても、お前達には勝ち目のない戦いになるだろうからと。

 

 創造神となった私には「力」がある。

 四宝に代わる抑止力があるのなら、戦争の抑止力としての四宝など大事に抱え続ける理はない。

 世界が一日でも早くかつての繁栄を取り戻すためにも、四宝は本来あるべき場所にこそ置かれるべきなのだ。

 

 

「ふむ、便利なものだな。創造神の力とは」

 

 この男も、私の創造神としての「力」自体は信用している。

 結局妖精界の件に関して、この戦略家は私の判断に納得したようだったが、私には正直、彼のその感心したような言い方も気に入らなかった。

 

 もとより妖精は悪知恵こそ働くものの、望んで戦に逸るほど血気盛んな連中でもない。

 力を見せつけて黙らせるような手段は、できる事ならとりたくなかったのだ。

 

 

 仕方のない事だ。

 彼らの心にできたわだかまりを徐々に解いていくほどの時間も形勢有利も、今の神界にはない。

 下手に弱みを見せた事が原因で神界が、神界にいる仲間達が危機に陥るような事があったらどうする? 

 妖精だけでは我々の脅威となりえなくとも、他の残存勢力が合わさればその限りではない。

 

 戦は避けるべきだ。

 避けるためには、ああするのが一番だった。だから私の判断は正しかった。

 私の行動は、そんな妥協の結果でしかなかった。

 

 

 上から押さえつけるだけの「力」のどこが“便利なもの”だ。

 そんな八つ当たりじみた思いを抱いていた時、この男は私に聞いてきた。

 

「しかし冥界はどうするつもりだ? 妖精共と同じようにはいかんぞ」

 

 見透かされている、と思った。

 この男が睨んだ通り、私は冥界への対応をずっと決めかねていたのだ。

 

 

 冥界は厄介だ。

 先の戦争で奴らの戦力も大分落ちてはいるが、こちらの出方次第では表向きも影も問わず神界に牙をむいてくるのは必至。小手先の脅しが通用する連中でもない。何の条件もつけず、奴らが望むままに冥界の四宝、魔剣レヴァンテインを差し出すなどもってのほかだ。

 

 判断のつかない私は結局この時に至るまで、冥界への対応を、この戦略家の言うところの“こちらが圧倒的に上の立場である事を分からせる”態度、つまり“無視”で通していた。

 この男がこの話題を持ち出してきたのはほかでもない。

 これ以上の決断の先送りはむしろ弱腰ととられかねない下策だと、そう私に忠告していたのだ。

 

 

「それともその創造神の「力」で、冥界すべてを灰塵と化すつもりかね」

 

 この男がこのような言い方をした理由も分かりきっている。自分に任せろと言っているのだ。

 今のところは合格、お前の判断の元に働いてやるという事らしい。つくづく食えぬ爺だ。

 私の問いに、案の定この男はそのよく回る口でもって答えた。

 

「……。お前に策はあるのか?」

 

「いくつか。無論お主の望み通り、魔剣の返還も頭にいれた策だ。お主が気に入る策かどうかは分からぬがな。なに心配せんでも、冥界まるごと焼き払うような真似はせんよ。わしにそんな便利な「力」はないのでな。──さて、お主は一体どうするつもりかな?」

 

 私に策はない。この男の能力が確かな事も私には分かっている。

 冥界との駆け引きに、この男以上の適任者はいない。毒には毒を。この男がどんなに下劣な手を用いようと、責任はその判断をくだす私にある。

 すべて理解したうえで、私は結局こう答えた。

 

「……分かった。お前の思う通りに動くといい、ガノッサ」

 

 気に入る気に入らないの問題ではない。そうすべきか、そうせざるべきかの問題だ。

 現状この男に任せる事がなによりの上策と、私ははっきり理解しているのだから。

 

「世の道理は知っておるようだな」

 

 よほど自分の能力を発揮できる機会が与えられた事が嬉しかったか、それとも私の不機嫌な様が滑稽だったか。

 

「でなければ、私がお前のような者を重用すると思うか?」

「ふ、ふはは……。確かに、そうであったな」

 

 笑い続ける爺にそう言い捨て、私はその男ガノッサの元を立ち去った。

 

 

 

 創造神の「力」は決してなんでも望みの叶う、便利なものなどではない。

 私の意に従わないものすべてを屈服させる「力」、私が望まないものすべてを消し去る強大な「力」が私にあったとて、それが一体なんだというのだろう。

 

 そんなものでは、私が本当に望む世界は絶対につくれない。

 今の私に本当に必要なのは、私のみが持つ絶対的な「力」などではなく。私と志を一つに歩んでくれる、人々の「力」なのだと。

 

 理解は嫌というほどさせられている。

 けれど──

 

 

 

「戦力の差は、それだけで相手に大きな威圧感を与える。神界の地盤が強固になれば、奴らもおいそれと手を出したりはすまい」

 

 これは神界内での人材配置や資材の切り回しなどの仕事、つまり人間界でいうところの内政の一部を任せている、一人の男の言葉だ。

 

 彼が言うには、みんなは大きな混乱を起こすこともなく頑張ってくれているようだが、それでもやはり全体的に人手不足が目立つとの事。神界内部をより安定させるために神界で働く英霊をもっと増やしてはどうかと、いつかの定期報告の際に改めて言われた事だった。

 

 

「人間界でも、神界でも。戦争をしないですむのなら、それに越した事はないだろう」

 

 彼は絶対的武力にとりつかれた危険思想の持ち主ではない。

 世界の平和を望むからこそ、特定の状況下において一定の武力を備える事を是とする。そんな考えの持ち主だ。

 

 私の意見も、本質的には彼と同じところにあったのだ。

 神界で大きな戦が起きれば、人の世も乱れる。

 ようやく独力で第一歩を踏み出したばかりの人間界の人々の歩みを、こちらの勝手な都合で再び止めてしまうわけにはいかなかった。

 

 神界の平和を、人間界の平和を、世界全体の平和を思えばこそ。

 私が以前以上に進んで人間界で亡くなった人間の魂を選び、神界で働く英霊として迎え入れる事がどんなに正しい事かも、私にはよく理解できていたのだ。

 

 

「……こちらも努力はしてみるわ」

 

「無理なら無理と言ってくれて構わんのだが。人手不足は我々に限った話ではないだろうしな。皆も、多少の忙しさくらいでわがままは言うまい」

 

「みんなは十分すぎるほどによくやってくれているわ、ベリナス。もちろん、あなたも」

 

 その時の私はそうやって彼に現状維持以上の事は望んでいない事を伝え、彼との会話を終わらせたが。

 

 当たり前の事を言っただけの彼が、どうして私を気遣った態度をとる必要があっただろうか。

 その時の私の表情によほどの翳りが見えたとしても、それは決して彼が思うような多忙のためではない。ただ私的な感情のためでしかなかったというのに。

 

 

 人は本来、輪廻転生を繰り返す存在。

 人間界での生を終えた人間に、私が英霊として生きる道を与える事はすなわち、その人間が再び人として生まれ変わる道を失うという事。

 

 世界の安定のために。人間界のために。そして、神界のために。

 いくら大層な理由をつけようと、私がやる事は昔と同じ。

 人を勝手に選んで、神界に属する存在に仕立てあげる。いつかくるかもしれない、敵対勢力との戦争に備えるために。

 

 これがオーディンの時代の神界とどう違うというのか。

 私は彼とは違う、人のためを思って行動しているのだと己の自尊心のみを満足させたところで、それに実際の行動が伴わなければ意味がないではないかと。

 

 

 つまり私はうんざりしていたのだ。

 ヴァルキリーとして主神オーディンの名のもとに働いていた頃と、何も変わらない現実に。なにより理想を現実にできない自分の無力さに。

 

 

 

 ガノッサの元を去った私は、とりとめのない事を考えながら、次の目的地へ向かい歩みを進める。

 歩いている途中でちょうど視界に入ってきた者達の事もぼんやり見ていると、そのうちの一人に声をかけられた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いえ、なんでもないわ。これからもその調子で頼むわね」

 

 声をかけてきたのは、新たに仲間になった者達に、神界での生活の仕方や仕事の割り振りについてなど基本的な物事を教えていた青年。

 彼らを遠目に見ている私の様子が気になったらしい。

 私は迷う事なく不安そうな彼に笑みを向け、その場を足早に去った。

 

 

 

 

 私も本当は分かっているのだ。

 理想はすぐには叶わないからこそ理想なのだと。少しずつでも理想に向かって努力し続ける事こそが、理想を叶える事への前提条件なのだと。

 

 今はまだ、理想を現実にできる時間が足りないだけ。

 自分の無力を嘆く時ですらない。

 本当の意味でこの私に世界を変えられる「力」があろうとなかろうと、こんなところで挫けてしまったらなんにもならないと。

 

 全部分かっているのだ。

 今の私はただ目に見える成果がないから、物事を後ろ向きに考えてしまうだけだという事も。

 

 分かっている。

 余計な事など考えず、日々理想に向かって最大限の努力をし続けるべきだと。

 ありもしない空想を思い描いたところでなんの意味もないと。

 

 

 けれど──

 

 こんなにも分かりきっている事なのに。

 どうして、私はこんなくだらない事ばかり考えてしまうのだろう。

 

 

 創造神の「力」は、どうしてなんでも望みの叶う便利なものではなかったのだろう。

 

 私が望んだのは誰も思い悩む事のない、悲しむ事のない、みんなが幸せになれる世界。争いのない世界。人々が神を、神が人を必要としない世界。

 どうして私は、そんな理想の世界を、創造神の「力」で創れなかったのだろう。

 

 この「力」があれば、私の創った世界はすべてうまくいくはずだったのに。

 みんなが幸せになれるはずなのに。

 人が人同士の戦争で死ぬ事もないはずなのに。そんな人々の魂を、私が神界の戦争のために連れてくる必要だってないはずなのに。

 

 この「力」があれば、こんなに思い悩む事もなかったはずなのに。

 ルシオの隣で、いつだって幸せを感じられるはずなのに。

 

 

 だから。この「力」があれば。

 

 私の願いは、叶うと思ったのに。

 

 

 

 

「ルシオを、待たせているわね。早く行かなきゃ」

 

 歩みが遅くなっている。

 私は頭を振って、彼に会える喜びを心の内に描いた。

 

 

 神界に戻ったら、会う約束をしていた。

 どんなに忙しくても、少しの間だけでもいいからふたりの時間を作ろうと。自分で言い出した事なんだから、彼とふたりきりの時間に余計な感情を持ち込むのはやめよう。

 

 場所は神界、鈴蘭の咲き誇る草原。

 着ている衣服はそのままに、耳に手をあて、彼が新しく私にくれたイヤリングを実体化させて身に着け。私はまっすぐに、ルシオの元へ向かった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 結局私は、ルシオに会って数分と経たないうちに聞かれた。

 

「元気、ないな。何かあったのかい?」

 

「ううん、なんでもない」

 

 彼の隣に座り、彼の肩に頭を預け、目の前に咲いている鈴蘭の花弁を手に遊ばせつつ。

 ぼんやりと返事した後で、今の態度がすでに彼の質問を否定できていないと自分でも思ったけど、もうその嘘をごまかす気にもならない。

 

 だってそんな事聞かれるくらいだ。私はどうせ今のルシオの前でも、人に心配されるような辛気臭い顔してたんだろう。

 あれだけ幸せな顔でいようって決めたのに、何やってるんだろう私。

 結局ルシオに心配かけて。

 それに今もこうやって、考えてばっかり。笑う気になんか少しもなれない。

 

 

 会いたいって言った私がこんな様じゃ、ルシオも迷惑だろうな。

 そんな事をぼんやり思っていると。

 

「なあ。俺、そんな頼りないかな」

 

 

 聞こえてきたのは、彼の真剣な声。

 すぐに姿勢を正した私は、口から出るままにルシオに言いかけたけど。

 

「ううん違う、そうじゃないの。ルシオは何も悪くないわ。ただ私が──」

 

 ルシオが信用できないから嘘をついたわけじゃない。

 私はただ、ルシオに憂鬱な顔を見せたくなくて、ルシオといる間は幸せだけを感じていたくて。それができない自分がもどかしいだけで。

 けどこんな事。ルシオに言ったって、優しい彼を心配させてしまうだけだ。

 

「……私の、気持ちの問題だから。本当に大した事じゃないの」

 

「それでも何か悩んでいる事があるなら言ってほしいんだ。俺じゃ、君の力になれないかな」

 

 私は首を振って言った。

 

「そんな事ない。こうやってそばにいてくれるだけで、ルシオは誰よりも私を励ましてくれてるから」

 

 長い沈黙。

 ルシオは私の目を見て言うと、たまりかねたように私の体を抱き寄せた。

 

「分かった。君が本当にそう思ってくれているのなら、俺もそうしたいと思う。だけど一人じゃ抱えきれない事があったら、俺を──みんなをもっと頼ってくれないか?」

 

 

 耳に着けたイヤリングが、揺れ動く感触。

 確かめるように、私の名前をはっきりと呼ぶルシオ。

 私は彼の腕の中で頷いた。

 

 

「約束してくれ、レナス。君が一人で苦しむ姿は見たくないんだ」

 

「……うん。ありがとうルシオ」

 

 

 体中を包み込むような嬉しさの中で、けれど私の心にはやはり、嫌でも無視する事のできない例の痛みもあった。

 

 大切に思う人にこんなにも大切に思われているのに。

 こんな時ぐらい素直に心の底から喜べばいいのに。

 またうじうじと気にかけ始めたところで、これじゃいけないとどうにか思い直す。

 

 やめよう。こんな事考えても意味がない。

 なんでもかんでも深刻に捉えるのは悪い癖だ。とにかく今はルシオとの時間を大切にする事だけを考えればいい。

 気持ちを切り替える事にした私はルシオの腕の中から離れ、前置きもそこそこに全く別の話題を切り出したけど、

 

 

「それでね、ルシオ。イヤリングのお返し、何がいいかなって考えたんだけど」

 

 言って私は、ルシオへの贈り物に変えるつもりの人形を一体、自分の手の上に実体化してみせ。

 ルシオの顔を見上げたところで、次の言葉に詰まった。

 

 一瞬だけだけど、見上げたルシオは少し困ったような、寂しそうな笑顔を浮かべていたのだ。

 がっかりされて当たり前だ。ルシオからすれば、今の私の行動は彼の気持ちから逃げたようにしか映らないだろう。

 本当に何やってるんだろう私と、内心で自分を詰りつつルシオに言い訳する。

 

「ごめんなさい、私どうしても……じっとしているのが苦手で、だから今は、こういう事しかできなくて」

 

「ああいや、違うんだ。プレゼントを今くれるなんて思ってなかったから、ちょっとびっくりしただけなんだ」

 

 ルシオは慌てたように言うと、人形ごと私の手をとって言ってくれた。

 

「俺の言った事、覚えていてくれたんだな。ありがとう。本当に嬉しいよ、レナス」

 

 

 ルシオは優しい笑顔で私にそう言ってくれてる。

 でも本当に、ルシオは嬉しいのかな。

 だって私は、いつもこんな中途半端な態度ばかりで、ルシオの気持ちはいつも置き去りで。

 本当は今も、言いたい事を、私のために我慢しているんじゃないの? こんな私は、本当は嫌なんじゃないの?

 

 思えば思うほど、そうとしか思えなくなって。

 だけど、私は結局その疑問を、ルシオに聞く事はなかった。

 

 聞ける勇気がなかったといえばそうなのかもしれない。

 頭の中で唐突に鳴り響き始めた“音”なんか、目の前にいるルシオに比べたら、本当は私にとって、ずっとどうでもいい事だったはずなのだから。

 

 

 

 それはいつも聞く“声”とは違う、不思議な感覚だった。

 同じなのは、実際に空気を伝わって聞こえる普通の音じゃないという事だけ。何を訴えかけるわけでもなく、不規則に鳴ったり止んだりを繰り返す、ただの重低音。

 

 感情は何も伝わってこないけど、それでも自分が呼びかけられている事だけははっきりとわかる。

 

 一体何の音だろうと心を傾けていると、誰かが咳き込むような音も聞こえた。

 重低音もいったん聞こえなくなる。かと思えば、息を整えているような音も聞こえ。しばしの後また重低音が再開された。

 

 どうやら何者かがこの“音”を出しているらしい。

 

 

 

「どうしたんだ?」

「……あ」

 

 気がつけば私は、すぐそばにいるルシオの事も忘れて立ち上がっていた。

 

「何か聞こえたのか?」

 

 そう聞いてくるルシオは、私がこれからどうするのかもすでに分かっている様子だった。

 また、彼を私につき合わせている。そんな申し訳ない気持ちはもちろんあったけど、

 

「ごめんなさい、ルシオ。行かなくちゃ」

 

 それでもやっぱりその時の私の心は、どこからか聞こえてくる“音”の方に引きずられていたのだ。

 

 

「気をつけて行ってきてくれよ」

 

 プレゼントもすっかり後回しだ。

 気もそぞろに、手に持ったままだった人形をルシオに預けた私は、最後にこんな事を言ってルシオの元を去った。

 

「帰ってから創るわね。すぐに戻るから」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 向かう先は水鏡の間。

 

 水鏡は器に張られた水を通じ、全く別の場所にいる他者との交信に使用するもの。

 水に投じた物体を瞬時にして全く別の場所に運ぶ事もできるそれは、ヴァルハラの宝物庫の一室にある。入り口には警備が数人だけ。人の出入りはほとんどないと言っていい。

 

 今回のように創造神として公に動くような案件ではない場合、私は本来の正門である神界と人間界とを繋ぐ虹の橋ビフレストは避け、行動を周りに気づかれにくいこの水鏡を使って移動をしている。

 つまり英霊を迎え入れるために時間帯を問わず一人ふらりと出歩く事が多い、最近の私にとっての主な移動手段だ。

 

 

 頭の中で響いているこの“音”が一体どこからのものなのか。

 いまいち判別しづらいが──おそらくは人間界から聞こえているのだろう。

 

 気になって向かう事にしたものの、しかしこの“音”に一体何の意味があるというのか。

 不死者のような澱んだ気配はしない。助けを求められているわけでもない。

 “音”の場所に向かったところで、それからどう対処すべきものか。

 

 いつものように慣れた足で水鏡の間に向かいつつ、考えつつ耳からイヤリングを外したところで、私は立ち止まった。

 

 

 “音”が止まったのだ。

 それから聞こえてきたのは、誰かの泣き叫ぶ“声”。

 

 

 ──嫌。こんなのは嫌。

 

 

 ひどく取り乱しているその“声”から響くのは、胸を抉られるような強い悲しみの感情。

 嫌。どうして? 誰か。みんな。返して。ひとりは嫌。寂しい。

 

 そんな感情が一度に押し寄せてきて。

 気がつけば、私の目からも一筋の涙が流れていた。

 

 

 

 ──その後、水鏡の間に向かった間の事はよく覚えていない。

 途中ですれ違った周りのみんなの声にも上の空で返事をし、わき目も振らず水鏡の間に向かい、何の疑問も持たずに暗闇の中を、霧の中をひたすらにつき進んだのだと思う。

 

 “声”を聞いたその瞬間から、私の頭はひとつの事しか考えられなくなっていた。

 

 

 彼女に会いたい。どうしても。

 すべてをなくしてしまった彼女に、あなたはひとりじゃないって、私がいるって、慰めでもいいから救いの手を差し伸べてあげたかった。

 

 

 正体不明の“音”は本当に人間界から発せられたものなのか。

 私にあの“音”を聞かせたのは何者なのか。

 私の心をこれほどまでに揺さぶるこの“声”は、本当に気を許していいものなのか。

 

 この世界全体の平和を考え行動する“創造神”としてなら当然考えるべき事を、その時の私は少しも考えていなかったから。

 




プロローグその3終了。
次回から三章、二章最後のリンガの聖地からの続きです。

 プロローグその2の時と同じく、今回はVP1AEDからあまり月日が経過していないVP世界をだいぶ好き勝手に書いてみました。やっぱりこの作品の舞台はあくまでもSO2なので、VP世界のあれこれ話はこれ以上やりませんが……

 とあるキャラの個人的なお話については、今後もそれなりに触れていく予定です。
 という事で、今後もそれなりのシリアスにご注意ください。


以下、まとめてVP組のキャラ紹介。

・レナス(ヴァルキリープロファイル)
 VP本編の主人公。運命の三姉妹の次女。人間換算で23歳。
 元ヴァルキリーの現創造神。ラグナロクの後、新たな世界の創造神として頑張っていた。なんやかんやの末にできた彼氏の名前はルシオ。
 “声”が気になり向かった先のエクスペルで種々の「力」を失い、結果自分の世界に帰れなくなっていた。
 
 一章からずっといたのになかなかキャラ紹介できなかったキャラ。
 これまでの話やら今回のプロローグから見ての通り、原作AEDからわりかしすぐっていう状況なので、この作品の彼女はだいぶ人間くさかったりします。
 超絶クールビューティーな完璧女神様を期待していた方はマジでごめんなさい。
 
・アリューゼ(ヴァルキリープロファイル)
 26歳。歴戦の傭兵。己の身の丈ほどもある大剣を自在に扱う男。
 レナスの仲間の一人。
 
 AED後もレナス達と一緒に、神界でまあまあ自由にやってるイメージな人。
 基本放任主義だけど、意外と面倒見はよかったり。
 ぶっちゃけギャグが似合わない男。

・メルティーナ(ヴァルキリープロファイル)
 23歳。魔術師の女性。魔術学院を主席で卒業したほどの実力の持ち主。
 レナスの仲間の一人。
 
 AED後なので、この作品の彼女は結構なレナス大好きさんです。
 本当はもっと頭良いはずのキャラなのですが、賢いキャラを書くのが苦手な作者の手によって悪ガキになりました。
 

 以上、これからもちゃんとした出番があるのはこの三人だけです。
 あまりに少ない人数ですが……VPからメインキャラ出し過ぎるとぶっちゃけ「VP世界でやれ」みたいな事になる気しかしなかったので(特に某眼鏡とルシオ)、その他濃いキャラの方々には自重してもらう事になりました。
 畳めない風呂敷は広げたくない系作者でごめんなさい。
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