スター・プロファイル   作:さけとば

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2. いいひと(バカ)

 一寸先も見えないほど霧の濃い、見知らぬ世界の住人達がそこら中我が物顔で闊歩しまくる、リンガの聖地の奥地。……の、一端。

 

 そこに迷い込んでしまったというか、それとも自ら飛び込んだというか。

 どこからかわんさか湧いて出てくるその謎の魔物達に襲われまくっていた、赤髪の女性──

 チサトは、魔物が振り回してきたこん棒を避けようとした勢いでうっかり足を挫いてバンザイした体勢のままこけて顔面を強打して呻いている時に、いきなり頭上から誰かに声をかけられて思いっきり戸惑った。

 

 そういやさっきからなんか「今行く!」みたいな人の声がするような気もしていた。

 こんな人気のない場所に来る人なんてあの怪しい二人組以外にいるわけないし、どうしたって聞き覚えのない女性の声だしで、きっと現在魔物に襲われて大ピンチな自分にだけ聞こえてくる都合のいい幻聴だとばかり思って聞き流していたけど。

 ここまで近距離ではっきり話しかけられているという事は、本当に現実の人の声だったらしい。

 

 戸惑いつつ、ようやく理解が頭に追いつき始めたところで。

 何はともあれ謎の女性の声に聞かれた「無事か!?」に答えようと顔をあげたチサトは、声をかけられた時以上に戸惑った。

 

 

 いや、なんというのだろうか。

 今自分の目の前にいる、すごい真面目な顔してる銀髪美人は、顔を見れば見るほど確実に知らない人なわけで。

 

 だからその──まあ、そんな初対面さんにこんな場所でばったり会うなんて奇遇だわ、っていう事である。まさか女性の顔見た瞬間に、(こんな美人さんが何がどうなってこんな事に?)などというぶしつけな疑問が頭に浮かんだはずなどないではないか。まさか命の恩人に向かって。

 

 そんな感じでさっきから戸惑う事ばかりだけど、とりあえず今のこの状況からして、自分がつい今しがたこの人に助けられた事は間違いないわけだ。

 さっきまで自分を襲っていた魔物達は揃って地面に転がっているわけだし。この人も手に剣持ってるし。

 

 この女性に対する色々な疑問はひとまず脇に置いといて、まずは助けてくれたお礼を言おう。

 ようやく我に返ったチサトが、突然目の前に現れた謎の銀髪美人ことレナスに礼を言おうと身を起こそうとしたところ。

 

「あ、ありが──」

「っ伏せろ!」

「はい!?」

 

 チサトは反射的に、レナスの言葉に従って身を伏せた。

 一瞬のち、チサトの頭上でがきん! という音がし。レナスが駆け出したかと思うと。

 そのすぐ後、今度はチサトの真後ろで魔物の咆哮が聞こえた。

 

(な、なに!? なんなの!?)

 

 と伏せたまま、ゆっくり後ろを振り返る。

 視線の先ではレナスが魔物と戦っていた。

 

 いや、違う。レナスは魔物と“戦っていた”のではない。

 レナスはただ、魔物を“処理していた”だけだ。

 ただ息をするかのように、魔物の攻撃をいなし。続けてただ服についた埃をはらうかのように、魔物を斬る。

 それくらい、戦いは一方的なものだった。

 

 

(うわ超かっこいい)

 

 とチサトがレナスの戦う姿を惚けて見ていると。

 あっという間に近くにいた魔物を倒し終わったレナスが、チサトの方を振り向いた。どうやらこっちに戻ってくるらしい。

 

(……。いやいや、もろもろ含めても尚かっこいいでしょあれは)

 

 と一瞬疑ってしまった自分のほっぺを自分でつねって言い聞かせる。

 

 かっこよくないはずない。なんたってあの人は絶体絶命の大ピンチって時に颯爽と現れて自分を助けてくれたんだから。

 それに状況よく分かんないけど、たぶん今も自分を魔物から守ってくれたんだから。

 しかもめちゃくちゃ強いし。あれがかっこよくなければ何だというのか。そりゃ、余計なモノがない方がよりかっこいい事は確かだけど。

 

 チサトがしっかり(かっこいい)と思い直しているところで。戻って来たレナスが、さっきよりいくらか緊張を解いた表情と口調で聞いてきた。

 

「歩ける?」

 

「……あ。そ、そうよね。早くここから逃げなきゃよね」

 

 さっきから衝撃的な出来事ばかりでいまいち頭が回らないけど。

 ていうかこの人には本当に申し訳ないんだけど、ぶっちゃけすごい真面目な顔してるはずのこの人の顔のアレがさっきからすごい気を散らしてくるわけだけど、こんな魔物がうじゃうじゃいる場所にぼーっと座っていたままじゃ、またすぐ別の魔物に襲われてしまうだけだという事だけは分かる。

 

 改めて目の前の銀髪美人さんに関するもろもろの疑問を気にしない事にして、すぐにも立ち上がろうとしたチサトだったが。

 

「痛っ……」

 

 そういえばついさっき、思いきり足を挫いたばかりだった。

 

(ええいなんだこんな痛みなんか!)

 

 と急に思い出した足の痛みにうずくまりつつ、チサトは自分に喝を入れる。

 足が痛かろうがなんだろうが、ここで歩けなきゃ待っているのは死だけだ。まるで奇跡みたいなタイミングで自分の事を助けに来てくれた人までいるっていうのに、「足が痛いから動けなーい」なんて甘ったれた事言いたくない。ていうかなにより魔物にやられたわけじゃないのに、勝手に転んでできた怪我で勝手にピンチとか超はずかしいし。

 

「ふんっ、ぬおー!」

 

 チサトがそんな感じにド根性で歩こうとしていると。

 レナスが言った。

 

「無理に動かない方がいいわ」

 

「えっ。でも」

 

「大丈夫。じきにもう二人来る」

 

 レナスはそれだけ言うと、また近くでチサト達を発見してうなり声をあげている魔物達の方に進んで向かっていった。

 

 

(もう二人、来る? じきに? って……誰が来るのよ?)

 

 チサトが首をひねる中。

 レナスはチサトから一定の距離を保ちつつ、チサトの周囲に現れた魔物達のみを次々とやっつけている。

 今は現状維持でチサトを守っている、といった感じの動きだ。あの様子からすると彼女は今言った通り、誰かがこの場にやって来るのを待っているらしい。

 

 こんな場所に来る人のあてがあるとは改めて不思議な人だ。

 というより、助けてもらってからにこんな事を疑問に思うのもあれだけど、そもそもあの人は何でこんな所に来たのだろう。こんな魔物しかいないような場所に来る物好きなんてそうそういないだろうに。

 それこそ、ここ最近しばしばボーマンの店を訪ねてくるあの怪しい二人組と、その二人組を探りに来て迷子になっちゃった自分を除いては。

 

(もしかして、あの人も迷子になっちゃったとか? それでたまたま危ないところを見つけて助けてくれたとか?)

 

 チサトがそんなのん気な想像を働かせ始めて、数分も経った頃。

 霧の向こうから何やら爆発音が響き。さらに少し遅れて同じ方角から、何か怒っている女性の声が聞こえてきた。

 

「どこ行ったのよ!? 返事しなさい!」

 

 レナスも魔物と戦いながら、「こっちだ!」と聞こえてきた女性の声に答えている。どうやら待っていた“二人”がやって来たらしい。

 

(気のせいかしら。なんか最近聞いた事あるような声だわ)

 

 とやっぱりのん気に考え続けるチサトが“二人”の正体を知ったのは、それからしばらくしてこっちにやって来た“怪しい二人組”こと、アリュ―ゼとメルティーナにしっかり会ってからの事である。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「ああーっ! あ、あ……あなた達は!」

 

「げえっ、あんたは!」

 

「……お前だったか」

 

 顔を合わせるなり、チサトは見覚えのありすぎる二人組を指さして驚いた。と同時に、自分を助けてくれた『銀髪美人』の正体にもやっと気づいた。

 

 というかむしろ何で今まで気づかなかったのか。よく考えなくてもこの人は、この二人組が探していた特徴まんまの『銀髪美人』ではないか。

 しかもさっきも「どこ行ったのよ!?」って、二人組の女の方があきらかになんかはぐれた事に怒ってる感じだったわけだし。

 ……という事はつまり、やっぱりそういう事なのだろう。

 

(じゃあやっぱり迷子だったのね、この人も? あんなにかっこいいのに……)

 

 とチサトがすんなり納得する中。

 無事合流できたレナス達はレナス達で、お互い何やら納得したように話し合っている。

 

「あんたまさか、これ聞いて来たの?」

 

「知り合い?」

 

「……は。冗談でしょ? なんでこんなのと」

 

「そう、彼女が──」

 

 嫌そうに言うメルティーナの反応から、レナスは納得したようにちらとチサトを見た。

 二人組の方はというと、心底うんざりした様子でぼやいている。

 

「あーやだやだ、なんで私らがこんなの助けに来なきゃいけないんだか」

 

「これが運命、てやつか? ……はっ」

 

 さすがに気になったチサトが聞き返すも、

 

「えっ。助けにって、どういう事? あなた達、私を助けに来たの?」

 

「ふっ、無視よ無視! さあさ、とっととここから離れましょ」

「だな」

 

 二人とも答えてくれない。

 ていうかこっちの方を見ようともしない。

 

「ええー。ちょっと、それひどくない? ねえー、私ここにいるんだけど……聞いてんのー?」

 

 そりゃちょっとばかししつこい追跡取材はしてたかもしれないけど、なにもそこまでガン無視する事ないだろう。

 当たり障りのない会話ぐらいはしてくれたっていいじゃない。と二人組に存在アピールをしかけたチサトはしかし、レナスの言葉で早々に口をつぐんだ。

 

「そうね、まずはここを離れましょう」

 

 そりゃそうだ。こんなところで無駄なお喋りしている余裕なんかない。

 自分以外はなんかすでに色々今の状況を分かってる様子だし、魔物だらけのこの場所から滞りなく離れるためにも、自分はむしろ空気のような存在に徹するべきだろう。

 

「メルティーナ、彼女の足を治してあげて」

 

「あ? こいつの足?」

 

 レナスは周囲に注意を払いつつ、メルティーナに言う。

 空気に徹しているチサトがほけーっと(普通に言ったわね。名前、メルティーナって。……というか、回復術使えるんだ?)などと首をかしげる中。

 

 また近くに魔物がやってきたらしい。

 言うだけ言って前に駆けだそうとしたレナスを、なぜかメルティーナは首根っこを掴んで引き止めた。

 

「ちょいまち。あんたが先よ」

 

「……。今は魔物が」

「はいはい魔物魔物。行ってこいアリューゼ」

「へいへい」

 

 反論の隙を一切与えない連携っぷりである。

 アリューゼがさっさと魔物を倒しに行ってしまったところで、さらに

 

「あっちを治してほしいのならどうすりゃいいのか、分かるわよね?」

 

 とまで言われ、レナスは仕方なしに自分の左腕の袖をまくってメルティーナに見せた。

 

 いつの間にできたか、レナスの左腕には鈍器で殴られたような青あざが広がっている。あれだけ一方的な戦いぶりを見せていた彼女ではあるが、どうやらチサトが知らないうちにどこかで魔物の攻撃を受けてしまっていたらしい。

 

(うわー、痛そう)

 

 とチサトがその様子を、同じくらい痛々しい事になっている自分の足の事もすっかり忘れて見ている中。

 

「ったく、最初っから素直に見せりゃいいものを。結局その顔……はともかくとして、ちゃんと考えてから行動しなさいって人の話聞きもせずにすっ飛んでいくわでなんなのよもう。……あんたこの腕放置で暴れまわる気だったとか、とことん無茶しないと気が済まないワケ?」

 

「ここを出るのに支障はないわ。時間がかかるから後回しでよかったのに」

 

「そういう事言うのが無茶だって言ってんのよ。怪我したまんまでも大丈夫いけるいけるって、それやってとんでもない目にあった事が何度あったことか」 

 

「話を誇張し過ぎよ。何度もはないわ」

 

「ハア? 微塵も誇張してないわよ今言ったまんまその通り何度も何度もあったわよ。あんたがどれだけ言い張ろうとアリューゼだっているんだからね、いい加減自分の間抜け具合を認めなさいってのよ」

 

 

 しぶしぶおとなしくしている様子のレナスの腕を、メルティーナはやたらと文句を言いながら治療している。

 杖をかざしているレナスの腕の怪我はじわじわと治っている事は治っているのだが、あの様子だと完治までには結構時間がかかりそうだ。回復術は彼女の得意分野ではないのかもしれない。

 

「痴話喧嘩はいいからとっとと治せ」

 

 と魔物を倒す合間に言ってきたアリューゼにも、メルティーナは八つ当たり気味に言い返した。

 

「うっさいわね脳筋二号! 気散らさせないでよ、ったく……」

 

 自分のもたつき加減にもイライラしながらレナスの治療を続けているような様子から察するに、回復術は本当に彼女の得意分野ではないようだ。

 以前十賢者を一緒に倒した仲間であるレナ並みとはいかないまでも、同じく仲間の一人のノエルぐらいの手際のよさでぱぱっと治してくれるのなら、このままだと歩くのも困難な足だけと言わずに顔面からこけたせいでひりひりする鼻の頭とかも治して欲しかったのだが。この分だとそれも贅沢な望みになりそうだ。

 

 というかむしろどうしたってネーデ人には見えない以前に、どうしたって性格的な意味で回復術が使えるようには見えない彼女が回復術を使えている事自体、現在ぼへーっと見ているチサト的にはびっくり仰天モノの光景である。

 

(いいなー。私だって使えないのになー。あんなややこしいシロモノ)

 

 そういえば今目の前で行われている回復術は自分がいつもお世話になってた回復術とはどこか違うような気もするけど、紋章術自体さっぱり詳しくないチサトにはどこがどう違うのかさっぱりだ。

 

 どこが違うのかなあと思いながら、レナスの腕の治療が終わるまでの一部始終をぼんやり見続け。それから自分の挫いた足もメルティーナにしぶしぶ治してもらい。自分の足を治しているであろう杖の先から発動しているっぽい、なんか紋章術らしき方陣のような何かを間近でほへーっと見続けても、結局最後まで何が何やらさっぱり分からなかった。

 

「ありがとう。えーと……メルティーナ、さん? いやー、本当に助かるわあ。あなた達っていい人だったのね」

 

「私はあんたがどうなろうと本っ気で知ったこっちゃないんだけど。とにかく、これに懲りたらストーカー行為はやめる事ね。次はないわよ」

 

 

 それと、足を治してもらっている間に、チサトはレナスにも改めて助けてくれたお礼を述べた。

 何やらその辺の魔物の死体を確認しているっぽい最中だったので声をかけていいものか少しためらったけど、まあ今ならたぶん大丈夫だろう。

 さして考えずに声をかけた後で、チサトはこの恩人の名前も知らない事に気づいたわけだが、

 

「本当にありがとう。その……」

 

「レナスよ。あなたはチサトね? 無事でよかった」

 

 二人組から話を聞いていたからなのか何なのか。

 つい今しがたまで迷子さんだったはずの彼女はついさっきあの二人と合流できたはずなのに、今までの会話にたぶん一言も出てこなかった自分の名前もすでに知っていた様子。

 

 改めて不思議な人だわと思いつつ。今の状況でその疑問をいちいち口に出して聞くのもなんだかはばかられる気がしたチサトは、とりあえずその事もここを出てからにしようと、ひたすらにおとなしく自分の足の治療が終わるのを待ったのだった。

 

 

 

 そんなこんなでしばらく経った後。チサトも動けるようになったので、いよいよ全員でここから離れる事になった。

 作戦はできるだけ魔物と戦わないで済むようにさっさと走って帰るという、至って単純なものだ。

 

 襲ってきた魔物を返り討ちにしつつみんなでゆっくり歩いて帰るという案も一応は出たのだが、それはチサトが真っ先に拒否した。案を出したレナスがチサトの事を気遣っているらしい事が明らかだったからだ。

 職業柄、チサトは体力には人一倍自信があるのだ。倒しても倒しても出てくる魔物達と終わりの見えない鬼ごっこを延々し続ける事に比べたら、先の見えている持久走など屁でもない。

 

 ていうか自分じゃなかったら、あれだけたくさんの魔物に襲われ続けて今も無事でいられているとは到底思えない。助けが来るよりもっと早くにへばってやられていた事であろう。

 いやまあこんな事、自慢にしていいのかどうか迷うところではあるけども。

 

 

 今はレナスを先頭に、一本道の入り口目指してそれなりの速度で走っているところだ。

 順調も順調、この人達にくっついて走るだけでまもなく安全圏に戻れるのだと思うと、チサトの調子もだいぶ軽い。

 

「魔物の死体を辿って帰るって、なんか嫌なヘンゼルとグレーテルよね」

 

「嫌ならここに残ればー? ていうか逆に、こんなとこまで来てからにその発想全く思い浮かばなかったあんたの方がすごいわ」

 

「えー。だって、途中まで魔物全然いなかったし。気づいた時には後の祭りというか?」

 

「……」

「嘘くせえな」

「嘘ね」

 

「いやいや嘘ついてないって。魔物よけのアイテムあったけど途中で落としちゃったんだって」

 

「はあ? なによそれ。あんたそんなズルしてたの? 魔物いるから追ってくんなって言ってやった時、戦えるから平気みたいなふざけた事までぶっこいたくせに」

 

「いやいや、戦えるのも本当だってば。今はスタンガンの充電切れちゃったから魔物相手はあれだけど」

 

「……」

「嘘だな」

「嘘ね」

 

「ええっ!? なんで!?」

 

 

 気のせいだろうか。周囲に気を払っている様子のレナスはともかく、どうもこの二人組には馬鹿にされているような気がしてならないのだが。

 でもまあ、多少扱いがひどかろうと恩人は恩人だ。感謝こそすれ、文句なんか言ったらバチが当たるというものだろう。

 

 途中で、次の目印もとい魔物の死骸が途切れたらしい。

 全員いったん立ち止まる事になったが、地面に倒れている魔物周辺の状況を調べているレナスに戸惑いの表情はまったく見られない。あと少しもすれば、進む方向も問題なく分かりそうな様子だ。

 

(あーよかった。ちゃんと生きて帰れるのよね、私)

 

 一時はマジでヤバいと走馬灯まで見えかけただけに、嬉しさもひとしおである。

 早くも落ち着いた様子で立ち上がるレナスを見て、ほっと一安心し。

 

 胸に手を当てたチサトは、愕然とした。

 

「えっ。あれっ? ……ない! ない! なんで!?」

 

「何よいきなり」

「うるせえな、おい」

 

 いきなり騒ぎ出した文句を二人に口々に言われるも、チサトの方は今それどころじゃない。

 胸ポケットにちゃんと入れてたはずのペンがどこにもないのだ。

 エナジーネーデじゃ珍しくもなんともない至って普通の、だけど入社祝いに親から貰った大事なペンが。

 

「うそっ、落とした!? どこで!? ──ねえペン知らない、ねえ!? これくらいの長さで……」

 

「何それあんたの忘れ物? 知らないわよそんなもん。いい加減にしないとマジで置いてくわよ」

 

「ええっ、なんで、どうしてよ!? だってさっき魔物から逃げてる時まではちゃんと──。あっ!」

 

 はっと思いついて来た道を振り返る。

 たぶん、こけた時だ。落としたとしたらあの時しかない。だってその前まではちゃんと胸ポケットに入ってたはずだもの。

 

 今あそこに戻れば、ペンがある。

 

 真っ先にそう考えたチサトはしかし、すぐに我に返った。

 魔物が現れたのだ。

 

 いきなり騒ぎ出したチサトをそれまで黙って見ていたレナスが、

「少し待っていて」

 とだけ言って魔物に向かっていく。

 アリューゼが背中の大剣に手を伸ばし周囲を警戒する中、メルティーナに言われた。

 

「で? 何がしたいの、あんたは」

 

「あ……。ごめんなさい」

 

 こんな時に、自分は一体何をやっているんだろう。何から何まで人に助けてもらって、ペン探しに戻りたいなんて。

 

 自分の命以上に大切なものなんてあるはずがない。

 無事に生きて帰れるのならどうだっていいだろう、あんなもの。

 しょせんペンはペンだ。たかがペン一つのために、人に迷惑かけてまで、わざわざ危険な所に戻るなんてどうかしてる。

 

 自分の事を見ているメルティーナ達の前で、気持ちを切り替えたチサトは、明るい調子で頭をかきつつ言った。

 

「いやーごめんなさい、私ったらつい。よく言われるのよ、落ち着きがないって」

 

「……。ま、いいけど。これ以上手間かけさせないでよね」

 

 きっとただの思い違いだ。あそこにペンなんか落ちてない。

 それよりもっと前に落としてたのかもしれないし、そもそもちゃんと持ってきたと思っていた事自体勘違いで、今日は部屋に忘れてきたのかもしれない。

 

 それから間もなくして、魔物を倒したレナスが戻って来るなり、

 

「ごめんごめん。さ、早く安全なところに行かなきゃよね」

 

 ともチサトは軽い調子で言ってみせる。ついさっき本気で駄々こねかけたばかりとは思えない、実にへらへらとした笑顔で。

 その様子をしばらく黙って見ていたレナスも、チサトに頷いて言った。

 

「ええ。崖の入り口まで戻れば、ひとまずは安全なはずよ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 それからしばらくして、チサトを含めた四人は無事に崖の入り口まで戻る事ができたわけだが。

 

「なんでレナまで、こんなところにいるのよ?」

 

「チサトさん、どうしてこんなところに……って」

 

「そういえば今日もリンガの聖地にいるって、ボーマンさん言ってたな」

 

「へえー。またしてもこんなところでばったり会うって、偶然ってすごいわねえ。……というかあなたも誰よ?」

 

 崖の入り口付近で力尽きたみたいに一休みしているヘンな人達の中に、なんとチサトがよく見知った顔である、レナが混じっていたのだ。

 

 偶然の再会やらなんやらに、チサトがのん気に首をかしげる中。

 なんか人一倍へばっている金髪のおっさんことクリフが、

 

「ふっ、やっぱりな。ここで待っていて正解だったぜ」

 

 とかなんとかワケ知り声で言ってるけど、明らかに疲れてこれ以上動けないから休んでいるだけにしか見えないので少しもかっこよくない。

 なんか思いっきり地べたに寝転んじゃってるし。まあよく見ればこの人の脇にはどでかい荷物袋があるわけで、これ持ってここまで来たのならそりゃ疲れもするだろうとは思うけど。

 

 

 そんな中、レナ達の事を特に気にする様子もなく平然とメルティーナが言い。

 案の定クリフがかすれた声で聞き返した。

 

「さ、帰ろ帰ろ」

「……。マジか」

 

 そうは言っても現実は非情である。

 遠くまで来たら、その分たくさん歩かないとおうちには帰れないのだ。

 

「んなもんマジに決まってんでしょー? 誰がこんなとこで、用もないのに、いつまでもぐだぐだし続けなきゃいけないんだか」

 

「はあ、それはそうですけど」

 

「でもメルティーナさん。帰るって、一体どこに……」

 

「心配しなくてもとんずらこいたりはしないわよ。こっちも色々聞いておきたい事はあるしね。……あそこの店、だっけ? とにかくそこまで行けばいいんでしょ? 詳しい話はその後よ」

 

 チサトにはやっぱり何が何やら分からないが。

 とにかくレナを含めた三人組とレナス達三人組もどうやら知り合いで、これからボーマンの店に行ってなんか話し合いをするつもりらしい。

 つまりボーマン家に居候している身の自分と、みんなの帰る場所は一緒という事だ。というわけでこれはちょうどいい。めちゃくちゃ興味あるし、ぜひ自分もその説明とやらに参加させてもらおうではないか。

 

 チサトがお呼ばれされる前からすでに話し合いに参加する気でいる中、メルティーナが「あんたもそれでいいわよね」とレナスに確認をとる。

 がしかし、

 

 

「休む時間ならもう少しはあるわ。メルティーナ、術でこの霧を晴らして」

 

「は?」

 

 

 レナスは自分がさっきまでいた広場の方に目をやったまま、そんな事を言う。

 聞いた瞬間は(一体どういう意味なのかしら)と思ったチサトも、彼女に対するメルティーナの返事を聞いて、すぐその言葉の意味に気づいた。

 

「イヤよ。どうでもいいじゃない、こいつのペンなんて」

 

 彼女は自分がなくしたペンを取りに戻る気なのだ。

 そうと分かったら黙っていられず、チサトもメルティーナの後に続いてレナスを止めたが。

 

「そっそうよ。もうペンなんてどうでもいいって。こうやって助けてもらっただけで十分ありがたいわけだし、あんなもんなきゃなくっても」

 

 レナスはそれをまったく聞き入れる様子がない。

 やはり広場に目をやったままで言う。

 

「少しの間だけよ。大体の見当もついている。魔物に囲まれる前に戻ってくるから」

 

「イヤだ、つってんでしょ」

 

「分かった。それじゃ、もうしばらくそこで待っていて」

 

 頼みを聞いてもらえそうにないと分かると、ついにはこんな事まで言いだした。視界が悪かろうと、そのまま霧の中につっこんで行ってまで、どっかの地面に落ちてるチサトのペンを探しに行くつもりらしい。

 どうしたって言う事を聞かなそうなレナスのこの態度に、ついにはメルティーナの方が折れたのだった。

 

「あーもうっ、分かったわよ。やればいいんでしょやれば!」

 

 

 

 そこから先はとんとん拍子に事が進んだ。

 結局そこまでしてもらう事になってしまって気後れしているチサトと、やっぱり話に置いてかれているレナ達三人に向かって、レナスがもう少し後ろに下がっているように言い。アリューゼには「後ろのみんなを守って」との指示を出し。一方でメルティーナは「さっきの所に行って見つからなかったらすぐに戻ってくる事」という条件をレナスに呑ませてから、霧を晴らす術とやらの詠唱を始める。

 

 色々あって体力の切れてしまったフェイトとクリフがしっかり休んでいる中。レナがわけが分からないなりに「あの、わたしも援護します」とアリューゼに申し出たところで、ついにメルティーナの術が発動し。

 

 霧がすっかり晴れきらないうちに、レナスは一人、さっきまでいた広場の方に向かって勢いよく駆け出した。

 

 

 メルティーナの持つ杖の先に、渦のような空間が出現し、広場一帯の深い霧を構成している水分がどんどん集められていく。

 霧の晴れた広場には、すでに結構な数を倒したというのに、まだたくさんの魔物がいた。

 

 レナスはまだ目的の場所にはつかなさそうだ。

 霧が晴れた事で、思ったよりあそこまでの距離は短そうと分かった事だけは安心できるけど、それでもあんな魔物だらけのところに進んで向かっているなんて、改めて無茶だとしか思えない光景だ。

 

(大丈夫よね? すぐ戻ってくるって言ってたし、ちゃんと速いし、魔物なんかにやられちゃわないわよね?)

 

 チサトがはらはらしながら見る中。

 メルティーナは集めた霧を、手のひら大の結晶に凝縮してその手に握り、ふうと息をついた。

 レナスはひたすら走っている。

 レナスに気づいた魔物達が何匹か、彼女を追いかけているけど、今のところ追いつかれそうな様子はない。

 

 一方、こちらに向かって来ている魔物達も何匹か見てとれる。

 さっそくアリューゼが前に進み、レナも範囲攻撃術の詠唱を始める。

 

 それから少し時間は経ち、最初に寄って来た魔物をアリューゼが斬り捨てた。

 一方、豆粒ほどの大きさにしか見えなくなったところで、ようやくレナスが足を止めたらしい。

 

 遠すぎてよく見えないけど、たぶんまだ魔物には囲まれてない様子。後はその辺に落ちているであろうペンを拾って、急いでこっちに戻ってくるだけだ。

 それだけなのだが──

 

 

「あんのバカ、ほんとどうしようもないわね! 見つからなかったらとっとと戻るって言ったくせに!」

 

「本当にペンなんてもうどうでもいいって! ねえ早く戻って来てってば、お願いだからさあ!」

 

 

 ペン拾うだけならもうとっくに戻っていい頃合いなのに、どうみてもレナスがこっちに向かっているように見えないのだ。

 なにやらその場でもたついているような様子。明らかに見当たらないペンを探しているような留まり方である。

 

 レナス本人に聞こえるかどうかも分からないまま、メルティーナとチサトが二人してわあわあ騒いでいるところで、レナの攻撃紋章術『レイ』が広場の入り口付近にいる魔物達目がけて降りそそぎ、少しの間視界が閉ざされる。

 

 ようやく視界が開けた頃には、今度こそレナスがこちらに向かって走っているのが見えた。

 声が届いたか、ペンの事は諦めてくれたらしい。

 

 

 それから先は、チサトがあたふたしているうちに終わった。

 

 囲まれる前に戻ると言っていたくせに、少しもたついたせいでばっちり囲まれぎみに魔物を蹴散らしつつ戻ってくるレナスを、アリューゼやレナが入り口付近で防戦しつつ待ち。

 みんなが撤退した後、いよいよ入り口近くまで戻ってきたところで、レナスが魔物の追撃をすれすれで避けつつスライディングで帰還。

 

 待ち構えていたメルティーナが間髪入れずに手に持っていた結晶を空に放って杖を振り。一瞬で巨大な氷の塊を出現させて崖の入り口を塞いで、無事魔物の追手を防ぐ事に成功したのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 わけもわからず飛び出してからに、いつの間にかそういえば当初フェイト達が探していたような気がするチサトと一緒に戻ってきて。かと思えばさらにチサトの落としたペンを取りに行ってくるとかいう、わけのわからない理由でもう一度その場を飛び出していってしばらく後。

 

 最終的に無事フェイト達のところに戻ってきたレナスは、メルティーナのお説教をさらりと受け流し、狐につままれたような顔でチサトにペンを渡した。

 

「これ、ペン?」

「ええっ、ちゃんとあったの!?」

 

 思いっきり疑問形である。

 

「そうそう、このペンを探してたの! ──ありがとう、本当にありがとう!」

 

 諦めていたペンが戻ってきた事がよほど嬉しかったのだろう。チサトは普通にはしゃぎつつ答えているが。

 たぶん今のは「あなたの持ち物?」的な意味では聞いてないと、フェイト的には思うわけで。

 

(羽ペン世代だもんな、レナスさん)

 

 事前の確認って大事だな、とフェイトが思う中。

 地べたに寝転んでいたクリフがよっこらせと起き上がって言う。

 

「仕方ねえ。じゃ、ぼちぼち帰るか」

 

 という事なので、全員揃ってリンガの町に帰る事になった。

 

 

 長い事休んだおかげで頭痛も治まった。体力はというとまだ全快というわけにはいかないが、魔物がいると怯えてしまうバーニィを呼び出せる場所、つまりリンガの聖地の出口まで歩くだけならなんとかなる。

 というかさっきのように背負われて帰るとか絶対嫌だし、背負ってるクリフの方がぶっ倒れそうだし。

 

 それと帰り支度をしている途中、エルリアタワーにいる向こうチームからの連絡も来た。

 色々大変だったようだけど、なんとかみんな無事に十賢者との戦闘を切り抜ける事ができたらしい。

 

『十賢者を三人倒したら全員煙のように消えた』

 

 というフェイト達と似たような事態に向こうも不審がっているようだったが、わけがわからないのはフェイトも同じなので「こっちでも十賢者が出た」以上の事は言えず。

 

『とりあえず、僕らはエルリア集落に戻る事にするよ』

 

 結局クロードのその言葉を皮切りに、こちらも安全な所に戻ったらかけ直すという事で向こうとの通信を終えた。

 

 

 

 帰り道で魔物に出くわした時、今のフェイト達じゃ手こずるという事で、列の先頭を歩いているのはレナスとその知り合い二人だ。

 てくてくと歩いている途中で、

 

「ねえねえ、あなた達誰なの? なんでレナと一緒にいたの? みんな知り合いなの? さっきの通信は何? 事件? もしかして何かの事件なの?」

 

 とやたら聞いてくるチサトに、

 

「僕はフェイトでこっちはクリフですよ。あなたを探していた理由は……」

 

「ええっ、あなた達は私を探していたのね!?」

 

「いや、もうなんの意味もないですけどね」

 

「なんで!?」

 

「はいはい。とにかくリンガに帰ったら全部まとめて話してあげますから」

 

 フェイトは(騒がしいなこの人)と思いつつ、てきとーに答える。

 チサトはというとこれくらいのあしらわれ方ぐらいで引き下がる様子もなく、

 

「教えてよおー。誰だか知らないけど、私の事知ってるんでしょ?」

 

 今度はレナにもひたすらに聞き続ける。

 

 

「ねーレナも知ってるんでしょー。教えてよお。みんな誰なの? 知り合い? なんで一緒にいたの?」

 

「え……と。一か月くらい、かな。フェイトとクリフさんと、レナスさんと。アーリアからここまで、一緒に旅してたんですけど」

 

「ええっそんなに? それでそれで? みんなどういうあれなの? ……あっそうそう、私ものすごい気になってる事があって。私を助けてくれた彼女の事なんだけど」

 

「……ごめんなさい。だから、知り合って少ししか経ってないから。わたしもレナスさんのこと、よくわからなくて」

 

 あまりの質問攻めになんだか困っている様子のレナをよそに、首をかしげつつも、普通の大きさの声で言ったのがこれである。

 

 

「なんで彼女、顔にバカって書いてあるの?」

 

 

 一瞬で凍りついたフェイトとレナおよびレナスの様子には全く気づかず、チサトは純粋に不思議そうな顔で聞く。

 

「誰もなにも言わないからずっと気になってて。一か月ずっとあの顔? なんか光ってるんだけど、そういうおしゃれなの?」

 

 その声がしっかり聞こえていたらしい。

 動かなくなったレナスの横で、メルティーナは後ろを振り返りもせず言った。

 

「あーあ、ばらしちゃったか。いつ思い出すか楽しみにしてたのに」

 

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