これからの方針が大体決まり、エル大陸にいる向こうチームとの通信を終えたその後。
今クリフが通信機を使って会話している相手は、アーリアにいるミラージュだ。
「……まあ、色々詳しい話は後にするとしてだ。こんな時間に悪いが、今から迎えに来てくれねえか?」
『それは構いませんが。エル大陸のエルリア集落とラクール大陸のリンガですね。急ぎならディプロからもう一機出しましょうか?』
「いや、多少ゆっくりでも構わんから一機で来てくれ。……ほれ、他の奴は今どれもメンテナンス中だろ? 俺は別に平気だと思うんだが、こっちには頑固な心配性がいるからな。“事故”が起こる確率はなるべく下げたいんだと」
『ああなるほど、それなら仕方ありませんね。──しかし、今度の行先は“タイムゲートさん”ですか。私達もだいぶこういう事に慣れてきましたね』
「お前個人に関して言えば、肝が太いのはもとからだと思うぜ」
さっきからクリフ達はそんな会話を、フェイトどころかレナやらプリシスやらチサトやら、とにかく自分の妻ニーネの様子を見にリビングを出たボーマン以外の全員に聞こえるような状況の中、普通に繰り広げているわけだ。
聞いているフェイトとしてはもちろん、誰が頑固な心配性だとか、どうかしているのはお前の神経だろとか言いたい事はいっぱいあるけど。
「メンテナンス中を動かす気だったって、ほんと?」
「そうですよね、危ないと思うでしょう? だから僕はやめろって言ったんだ」
「そうかな? 調子が良ければいける気がするけどなあ」
「……いやだから、調子が良くなかったら墜落なんだけど」
それでもチサトやプリシスにちゃんと受け答えしているのはずばり、すでにフェイトが止める隙もなく、フェイト以外のみんながクリフの案に賛成してあっさり決まっちゃった事だからである。
行き詰りかけていたところにクリフが出した案とはなんという事はない、“FD世界、つまり元神様のブレアだったらどうにかしてくれるんじゃね?”という実に安直なものだったわけだが……。
英雄達に知られないよう、事情を知っている自分達だけでこっそり話し合ってこっそり行けばよかっただけなのに、全員の前であんな堂々と口に出してしまったらおしまいである。
あまりに突然の出来事にフェイトが固まる中。
案の定
「ズルって何?」
と聞いたプリシスに、クリフも平然と答え、
「いやなに、俺らの知り合いにすげえ情報通がいてな。こうなったらそいつにダメ元で聞いてみようかと、そういうわけだ。──嬢ちゃん達には前に言ったろ? 例の“タイムゲートさん”だよ」
「タイムゲートさん? って確か……変なメッセージをいたずらと思わずにちゃんと解読したっていう、すごいひとですよね」
『ああなるほど。そのひとなら確かに、なんか色々知ってそうですね。十賢者達の居場所も分かるかも』
納得するレナとクロードに、マリアもこれまた平然と『確かに、私達の状況も以前と変わっている。この辺で一度彼女の所に行ってみる価値はあるわね』と言い。
『タイムゲートさんって女のかたでしたのね』とセリーヌも意外そうに言い。
「つまり詳しそうな人に聞きに行くって事? なんだ、そんなのズルでもなんでもないじゃん」
「じゃあ行きましょうよ。で、その人はどこにいるのかしら?」
『エクスペルにはいないわ。惑星ストリームよ』
「惑星……、宇宙艦に乗って移動しなきゃってこと?」
『ええ。少し遠いけど……まあ所要時間は後でどうにでもできるし、問題はないでしょ』
「問題ないんだ……」
『そういや“タイムゲート”だもんな』
「ええっ、じゃあ艦に乗れるの!? しかも未来のやつ!? ──アタシ行きたい! 行こう!」
「はいはい私も私も! 行きたい行きたい!」
以上、そんなノリでFD世界に行く事に決定である。
決まっちゃった事はしょうがない。今さら自分一人が文句言ったってどうせプリシス辺りに「何でそんな反対するのさ?」とか聞かれて焦るだけだし、「んなビビってたら余計怪しまれるぜ?」とかクリフに言われてむかつくだけだと、フェイトも言葉を飲み込んだのだ。
その後でクリフがこっそり耳打ちしてきた、
「俺らにも全部の事が分かってるってわけじゃねえ。俺らが何にもしでかさなくても、どうせこのままじゃ宇宙は終わりなんだ。今ここでより多くの情報を得るには、俺らとはまた違った事情を知っている人間も連れて行った方がいい。……そうは思わねえか?」
という言葉にも、非常に不本意ではあるが一理あるとも思ってしまったわけだし。
ただそれでも嫌な予感は拭いきれなかったので、
「……分かったよ。でも、詳しい人間はせいぜい何人かいればいいだろ? まさか全員連れて行くわけじゃないよな?」
と、FD世界に行く人数だけはなんとか絞る事にさせて今に至るわけだが。
そんなこんなでアーリアの神護の森に隠してある小型艦で迎えに来てくれるよう、クリフがミラージュとの会話を進めている現在。
特にする事のないプリシスやチサトがさっきから「未来の艦ってどんなのかな? どんなのかな?」「楽しみだわー」とか楽しげに会話しているそばから、彼女達から飛んでくる質問をさらりと受け流しつつ、
(この二人は一番連れて行っちゃだめだな。特にプリシス女史の方)
とフェイトは考えているわけだ。
レナもさっきからそのプリシス達の会話に巻き込まれているわけだが、
「ねえねえ、レナはもう見たの? フェイト達の艦ってやつ。どんなだった?」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ教えて!」
「……あ。ごめんなさい、わたしもまだ見てないですから。そう……気になるわよね、一体どんなのかしら」
となんだかぼんやりした様子。たぶん今日一連のどたばたで疲れたのだろう。
正直フェイトも今結構眠いし。クリフの方も会話しつつ時折あくびが出ているわけだし。今日は夢も見ないで朝までぐっすり眠れること間違いなしである。
一方残りのレナス達三人はというと、
「そう。私の事は皆には知らせていないのね」
「ああ。その方が面倒は少なくて済むだろ。もちろん必要最小限、お前の不在を隠すため、口の堅い奴らに協力はさせてある」
などと、さっきから自分達の身の回りの状況を三人で色々話し合っていたりする。
アリューゼが報告している最中、何を思い出したのかメルティーナがいきなり食べていた握り飯を噴き出したが、聞いているレナスの方は終始大真面目な様子だ。
なにか気がかりな事があるのか、その表情は少し険しげ。
まあ周りがうまくごまかしているっぽいとはいえ、国のトップが事前準備もなしにひと月以上も国を留守にしているわけだし、今の彼女自身の状況も考えれば到底楽観的な表情にはならないのだろう。
その様子が見えているフェイトとしては(きたないなあメルティーナさん)と思うとともに、(ちゃんと偉い人……いや、神様だったんだなレナスさん)と今さらながら意外に思う事しきりである。
いやまあ単語の定義はどうあれ、元いた場所では彼女は周りに“創造神”と呼ばれる、国で例えるなら一国の長みたいな立場なわけで。彼女のあの真面目な性格からしても当然、普段からちゃんと真面目に“創造神”やってたんだろうとは思うけども。
今まで堂々と戦闘サボりながら余計な事やらかしてレナお母さんに叱られてる、世間知らずなお嬢様みたいな姿ばかり見てきたせいで、すぐ近くで真面目に“創造神”やってるこの姿には正直違和感の方が強いというか。
「協力……替え玉だという事に気づいた者は?」
そんな中、報告を聞いたレナスは真剣な様子でアリューゼ達に聞いている。
アリューゼと笑うのをやめたメルティーナの二人も真面目に答えると、
「ジジイは気づいてるわ。けど知らんぷりしてる。今あんたを裏切っても損の方が大きいって判断したんでしょうね」
「冥界の動きもこれまで通りだからな。もしこちらの小細工が向こうに筒抜けだったのなら──」
「冥界以外は?」
「あ?」
「本当に、誰も気づいた者はいないの?」
よほど気がかりな事があるのか、二人とも大丈夫だって言ってるのになんかすごい念入りに確認している。
(あ、やっぱりいつものレナスさんっぽい)
とフェイトがほんの少し思い直す中。
「安心しなさい。この私が、一番の危険人物に何の対策も打たずにいたと思う? 奴には私自ら特別に、厳重に厳重を重ねた対策を施してきてやったわ」
「厳重な対策……。本当に安心していいのね?」
「そりゃもうバッチリよ。まず奴の留守中を見計らって奴の根城に忍び込み、ありとあらゆる奴の魔術道具と研究資料を借りパ……徴収した後、奴の眼鏡をスペア含めて全部七つのかけらに砕いて、それから奴の数少ない衣服も全部……」
などと、話に出ている“奴”が誰だか知らないフェイトにはマジもんの悪行としか思えない所業の数々を、メルティーナはなぜか勝ち誇った表情でレナスに延々と言い聞かせている。
しかも聞いているレナスの表情はそれでもまだ全然曇ったままだ。
なんかよく分からないけど、そこまでしないとダメな……いや、そこまでしてもダメかもしれない、超危険な“奴”が彼女達の周りには存在しているらしい。
本当なのだとしたらなんとも恐ろしい世界もあったものだ。
自宅の廊下の隅々にまで配置された魔物や死霊や合成獣達の腹の中から、再現不可能なほどに細切れにされた自分の衣装のかけらを(他に着る服も用意してくれる友達もないからって)力ずくでもぎ取り、つぎはぎ合わせてまでレナスを追いかけつきまとおうとする、超人じみたぼっちの変質者(ド近眼)がいるなんて。
(……。さすがに、メルティーナさんが言いすぎやりすぎなだけだろ)
とフェイトが結論づけたところで、会話を終えたクリフが通信機を置いて言ってきた。
「先に向こうの奴ら回収するから、到着すんのは明日の朝だってよ。んで、それまでに行く奴を決めておけって」
「明日の朝か。ゆっくり休めるならそっちの方がいいかな。今日は疲れたし」
あくびと一緒に返事するフェイトをよそに、さっそくプリシスが不信そうに聞く。
「行く奴って……全員で行くんじゃないの?」
「仕方ねえだろ、艦は八人乗りなんだから」
かったるそうに言うクリフだが、もちろんすべて仕込みである。
リビングにいる人数を見渡しチサトが安心しかけたところで、クリフがさらに言い足し、フェイトと二人ですいすい会話を進めた。
「なんだ、八人だったらなんとか」
「向こうの奴らも含めて八人な」
「えっ」
「向こうからはソフィアとマリア、それとクロードが来るそうだ。艦を操縦するミラージュも入れると、ギリ四人までは行けるって計算になる」
「僕とクリフは外せないから後は……そうだな、レナと」
まあ無難に考えれば、連れて行くのは彼女と彼女で決まりだろう。
フェイトに最初に名前を挙げられたレナはまたぼんやりしていたらしく、いきなりの事に戸惑ったように頷いた。
「え……うん」
そしてもう一人の彼女だが、もちろんそれは、今すんごいドキドキした顔しながらフェイトの発表を待っている二人の事ではない。
いや本当に、楽しみにしていたところ大変申し訳ないけども。
熱すぎるプリシスとチサトの視線から逃げるように目をそらし、フェイトはレナス達三人の方を見た。
「……ってところかしら。ま、当分の間は部屋の外に出る事すらままならないでしょうね」
「そうね。そこまでしたのなら……」
ちょうどメルティーナが、“奴”にしてきた所業の数々をようやく語り終えたところのようだ。
レナスがまだどこか安心しきれていない様子で呟いたところで、クリフが「ちょっといいか?」と注意をひいてから話しかけた。
「さっそく明日、さっき話した“タイムゲートさん”のいる場所に向かう事になった。そこへは乗り物を使って行くわけだが、乗り物の都合上全員を連れてはいけねえ。俺らとはまた違った事情を知っているお前達からも代表者を一人決めてもらいてえんだが、誰が──」
「分かった。私が行くわ」
即座に答えたのはやはりレナスである。
「まあそうなるだろうとは思ったが……一応相談はしなくていいのか?」
一応クリフも確認してみるものの、アリューゼもメルティーナも
「相談も何も、俺らの代表はこいつ以外にいねえしな」
「てかそういうのって普通、やらかした本人が行くもんでしょ」
とレナスが行く事に異論はなさそうな様子。
もちろんフェイトにも異論はないので、きっぱりはっきり断言する。
「よし、これで決まったな。行くのは僕とクリフ、それとレナ、レナスさんの四人だ」
「ええー!?」
「やだやだ、アタシ達も行きたいー!」
プリシスとチサトがすがりついてきても、もちろん却下である。
「仕方ないだろ、八人しか乗れないんだから」
「四人しか行けない、の時点で大体想像ついてただろ。諦めな」
そもそも今フェイト達が話し合いで決めたのは“タイムゲートさん”のところにいく人員であって、十賢者達を倒しに行く人員ではないのだ。
十賢者達の居場所が分かったところで、どうせ転送装置の使えない今はエクスペル内の移動を小型艦に頼る事になるわけだし。そうなると一緒に十賢者達を倒す仲間である彼女達も、必然的に小型艦に乗せる事になるわけだ。
超天才発明家のプリシスも熱血ジャーナリストのチサトもみんな、この時代にはないクリエイションエネルギーを動力として動く、未来の時代の艦に。
何が言いたいかというとつまり、フェイトがどれだけ拒否しようが結局数日後には彼女達含めて、みんな仲良く未来の小型艦に乗る事になるのだ。
今ここで置いてけぼりくらったところでどうせ全員が合流する際にはちゃんと艦に乗れるんだから、それくらいおとなしく待っててほしい。FD世界に行きたいなんて馬鹿な事考えずに。
……などとフェイト的には思うわけである。
しかしそんなフェイトの考えが通じるはずもなく。
諦めきれないチサトが必死に抗弁してきた。
「ま、待ってよ! こういうのは詳しい事情を知っている人が行くべきだってさっき言ってたじゃない! だったら私をこそ連れて行かないと! 言っとくけど私、すごい詳しいわよ!」
プリシスも便乗して「あっアタシも! 詳しいよ!」と言うが、そんなもんで決定を覆すほどフェイトは甘くない。
「何に詳しいんですか。言っておくけど、近所の噂なら間に合ってますよ」
クリフも「機械は未来の俺らの方が詳しいな」ときっぱり言い、プリシスが「ぶうー」と降参の声を漏らすが。
「ち、違うわよ、そんなんじゃないわよ! ここにいる誰もが知らないような、重要な情報を……って」
往生際悪いなあと思いながら見ているフェイトの前で、チサトは急に「ああーっ! そうよ!」と思い出して言ったのだった。
「私ったら十賢者の事に詳しいじゃない!」
「えっ」
「それは本当か?」
それはさすがに聞き流せない情報だ。
フェイトとクリフが訝しんで聞き返す中、チサトは自慢げに言う。
「ふっふっふっ、嘘なんかじゃないわ! 私はネーデ社の新聞記者だったのよ? 当然、詳しいに決まってるじゃない。──本当言うと、当時は単なる職業の域を超えて彼らの事を調べたりもしたわ……。食事を忘れ、ハンカチを忘れ、上司に命令されていた原稿を忘れるくらいにはね」
「それほどまでに熱心に調べていたんですね……」
と素直に感心しかけたが最後のはいいのだろうか。本業もおろそかになっている気がするのだが。
なおも疑うクリフにも、チサトは声を大にして言い張る。
「本当かねえ。だってさっきまでその事忘れてたんだぜ? こいつ」
「嘘じゃないもん! あの時本当に原稿落としたもん!」
ぷるぷる震えながら「編集長すっごく怖かった……」と言っているので、原稿を忘れたその点だけは疑う余地のない事実なのであろう。いや今はそんな事、すっごいどうでもいいけど。
一番肝心な所、チサトが十賢者の事に詳しいかどうかという点に関してはどうなのだろう。
確かに思い起こしてみれば、さっきレナス達に十賢者の事を説明した時、ちょいちょいチサトが説明していた箇所もあった気がするような。
とりあえずプリシスに「あんな事言ってるけど、本当かい?」と聞いてみたところ、
「詳しいよ。裏事情とかはたぶんチサトが一番じゃないかな」
といじけつつも素直に答えてくれた。
どうやら本当に十賢者の事に詳しいらしい。こうなってくるとフェイトも判断に迷ってきた。
「うーん。まあ、それが本当ならチサトさんも連れてった方がいいんだろうけど……でも」
八人しか行けないし、今から連れて行く人数増やすわけにもいかない。自分達の誰かを置いていくわけにはいかないし、事の発端であるレナスだって同じだ。
そもそもやっぱり好奇心旺盛な記者ってだけでなかなかに危険人物だし、そこまでして彼女をFD世界に連れて行く必要はあるのだろうか?
いっそこの場で十賢者について知っている事あらいざらい喋ってもらう方向でいこうかな、とフェイトが思い始めた時。
レナがいきなり言った。
「いいですよ、チサトさん行ってきてください。わたしはここで待ってますから」
「え!? いいの!?」
チサトがびっくりして聞き返すが、これにはチサト以外もびっくりである。
レナは淡々と言う。
「そんなに揉めなくってもわたしが行かなければ済む話じゃない。チサトさんが十賢者の事に詳しいのは本当の事だし、それに……わたしにしか分からない事なんて、何もないから」
言っている事自体はその通りなのかもしれないが。
有無を言わせぬようなレナの言い方に、チサトもすぐに喜ぶのをやめた。
騒いでいた人が急に騒がなくなったせいか、リビングに異様な静かさが訪れる中。突然の申し出に戸惑うフェイトにも、
「え……でもレナ、君は」
「クロードは行くんでしょう? だったら、なおさらわたしが行く必要なんてないと思う。わたし達の代表はクロードよ。人数が限られているんだから、余計な人はいない方がいいわ」
レナはやはり淡々と言い、まっすぐに顔をあげた。
その正面ではレナスが、様子のおかしい彼女をどこか気遣うように見ている。
レナスと目が合ったレナは笑顔を無理やり作ると、正面にいるレナス一人にではなく、この場にいるみんなに向けて言った。
「話もまとまったみたいだし、もう休みませんか? みんな今日はいろいろあって、疲れたと思うから」
☆★☆
その後、席を外していたボーマンがリビングに戻ってきたところで、今日の話し合いは終了となった。
プリシスは「じゃ、明日の朝また来るね」と自分の家に走って帰っていき、残る全員はそのままこの家にお泊りだ。
チサトには元々間借りしている自分の部屋があるので除くとして、残りは六人。
レナとレナスとメルティーナの女性陣三人にはボーマンが用意してくれた客室があてがわれ、フェイトとクリフ、アリューゼの男三人はそのままリビングで雑魚寝だ。
レナス達三人はまだ今後の事で色々話し合う事があるとかで、フェイト達の就寝の邪魔にならないよう、わずかに残った握り飯の乗った大皿と一緒に食卓の方の椅子に移って、静かに会話を続けている今現在。
客室の手入れを終えたボーマンは「何か分からん事があったら下に来い」とだけ言い残して、一階にある店の方へ。チサトもそそくさと自室に行き。クリフもすでにカーペットの上で爆睡中。
フェイトの方は二人分の長さしかないソファーから足を飛び出させて、なんとか寝転がっている状態だ。
今日はあれだけの事があったのだ。フェイトもクリフも疲れているだろうし、そんな二人を雑魚寝させといて自分がベッドで寝る事にはレナも気が進まなかったものの、同じく女性扱いされている他二人の事もあるので結局何も言えず。
「ごめんね、ベッド使わせてもらっちゃって」
「ああ、別にいいよそんな事。レナもゆっくり休んでね」
居心地なさげに言うレナに、フェイトはあくびをしつつも、そんなレナの事を気遣うように言ってくれた。
レナも疲れているだろうから気にしないでいいよと、フェイトは思ってくれているのだと思う。
でも──
フェイトやクリフさんとは違う。自分は今日、そんなに疲れるような事はしていないはずだ。
だって自分は目の前で起こった色んな出来事についていけなくて、ただおろおろしていただけなんだから。
確かに今日は、回復紋章術も補助紋章術もたくさん使った。リンガの聖地の中もたくさん歩き回って走った。
肉体的に疲れているかといったら、やっぱり疲れている方なんだと思う。
でも、それでもなんか人に気遣われるのは違う。わたしは別に疲れてない。そんな事してもらう必要など今の自分にはないと思うのだ。こんな事うだうだ考えている時点で、自分でもどうかしていると思うけど。
「お休み、レナ」
でもいいや、そんな事。自分で気づいてないだけでやっぱり疲れているんだ。とにかくもう寝よう。一晩ぐっすり寝たら、きっとまた元気になれる。
リビングの奥からは、今もかすかにレナス達三人の話し合いの声が聞こえている。
話の内容も、いつまでこの話し合いを続けるのかもレナにはよく分からない。話し合いが終わったら、寝ている自分を起こさないよう静かに部屋に入るとは言っていた。だからもう先に部屋に行ってもいいだろう。
「お休みなさいフェイト」
フェイトに上の空で返事をし。
もやもやした気持ちを抱えたまま、レナは一人でリビングを出た。
三つある客室のベッドのうち、入り口から一番遠いベッドにまっすぐに向かい。手に持っていた明かりもすぐに消して床に置き、横になって目を閉じてみたものの。
五分ほど経ったところで、別に今は眠くないと思いなおし、レナはベッドからのそりと半身を起こした。
ちっとも眠くない。そういう気分じゃないけど、起きててもする事がない。
どうしようかなと辺りを見回し、たまたま手の届く場所にあった窓のカーテンを開けて外を見てみる。
故郷アーリアには敵わないけど、リンガの夜空もなかなかいい眺めだ。……とは思うものの、今はただそう思うだけで到底いい気持ちになれそうもないし、そのままいい気分でぐっすり眠ろうとはもっと思わなかった。
夜空がきれいだからって何だというのだ。
そんなものこのエクスペルじゃ当たり前の事ではないか。エクスペルのきれいな空を喜んで見てくれるクロードが隣にいるならともかく、こんな暗い部屋の中、自分一人でこんな当たり前の光景見たってなんにも楽しくない。
楽しくもないのに一人でこんな事やってるのが馬鹿みたいに思えて、結局レナはぼんやり見ていた窓の外から目をそらした。
部屋の中は暗いけど、月明かりのおかげで大体の物の輪郭は分かる。
隣のベッドは二つとも空のままだ。
いつかと違って、整えられたままのシーツ。直前まで人が寝ていた形跡はない。
(まだ、話してるのかな。レナスさん達)
まだ全然時間も経ってないし、自分だって結局寝てない。静かに部屋に入ってきたって気づかないわけないから、考えるまでもなくまだ話し合いの最中なんだろうけど。
空のベッドを見つつ、ぼんやり考えていると。
部屋の外から、かすかにドアが開く音がしたような気がした。
(なにかしら、今の)
どうせ自分には関係ない事だと分かっているけど、でもどうせ寝つけないし。
とりあえず確認しようとベッドから起きだし。こっそり明かりをつけて手に持ち、これまた必要もないのに誰にも気づかれないよう、静かにそっとドアを開けたところ。
「あ」
「何やってるんですかチサトさん」
音の犯人はレナのすぐ目の前にいた。
忍び足で自室を出てきたであろうチサトは、ちょうど客室の前まで進んだところでレナに見つかったらしい。姿を見られた瞬間びくついたところからして、目的はどうせリビングで話し合いしてる三人の様子を盗み見するとか、そんなところだろう。
チサトが小脇に抱えている、『マル秘』と書かれたヘンなノートを冷ややかに見つめつつ、レナは小声でたしなめた。
「そういうの、よくないと思いますけど」
「う……。だ、大丈夫よ、私は良識ある記者だから。記事にもしないから」
「記事にしないって、それじゃそのノートは何なんですか」
「こ、これはその……ただのネタ帳? みたいな? ……いやいや、本当になんでもないやつだから。ほら、この通り」
ちくちく言われつつも、めげないチサトは手に持っている“マル秘ノート”なる物の中身をレナに見せつけつつ、あくせくと言い訳をする。
目の前でめくられていくページには
『今日からリンガの聖地の調査を開始!』
『本日リンガの聖地の奥から奇妙な二人組が出てくるのを発見。特徴は……。ボーマン家にて……を聞き、帰っていった模様。なんかいろいろ怪しすぎ。また来るとの事なので、明日から張ってみようと思う』
などの記述。今も開けっぴろげにレナに中身を見せている通りの、わざわざ表紙に『マル秘』と書く意味が分からない、ただの日記帳だ。
……いや、よく見ればところどころ
『ラクールアカデミー七不思議の七個目って何かな?』
『おなかすいてる小鳥助けたら恩返しされた』
など現実味に乏しいヘンな記述もあるから、本人が言った通り、ネタ帳として見た方が正しい代物なのかもしれないけど。
「その日あった出来事とか気づいた事とか、いろいろ書いておいた方が後で思い出しやすいでしょ? ようは日記帳みたいなものよ。別にこれに書いてあること全部記事にしようってわけじゃないわ」
レナにネタ帳見せつけつつなんかいろいろ言ってるけど、ようするに一人の記者としてじゃなく、ただの野次馬として覗き根性の血が騒いだから覗きに行くという事らしい。
「大体、彼女達は私の恩人だし。なんか重要っぽい会話聞いちゃったとしても、それネタにして勝手にゴシップ記事書いたりなんかしないわよ」
記事にしないから大丈夫との事だが、その言い訳を聞かされているレナとしては正直(どうなんだろう、それ)としか思えない。
本人が望んでないのに、興味本位でその人の事を知りたがるなんて。
迷惑じゃないか。
そう思った瞬間、レナは自分でも知らない間に、思いっきり眉根を寄せていた。
目の前の“マル秘ノート”のページは、やっと今日の分にたどり着いたようだ。気づけば
『……みそ汁はあまり好きではない模様。どうやら彼女達の世界に和食文化はないようだ』
というとんちんかんな記述を最後にレナに見せてノートを閉じたチサトが、いよいよびくびくした様子でレナの顔色を窺っていた。悪あがきむなしくレナに怒られるとでも思ったらしい。
が、結局レナはその予想を裏切り、それまでと同じ小声でチサトをたしなめただけだった。
「とにかく、わたしはやめた方がいいと思います。そういうのは」
一応注意はした。
チサトさんの性格上、この程度の注意をちゃんと聞くかは分からない。結局見に行くような気もするけど、そんな事自分にはどうでもいい事だ。
彼女が何を話していようと、自分には関係ないんだから。
みそ汁の事なんかもっとどうでもいい。
彼女の世界にもみそ汁はあるって、たまたま彼女の知り合い二人ともが苦手なだけで彼女自身は嫌いじゃなかったんだって、そんなどうでもいい事知ってたところで何の意味もない。
あの時彼女が言ってた事が全部、本当かどうかも自分には分からないんだから。
だったらなんで自分は、彼女がいつ戻るのかを気にして眠れなかったりしたのか。
部屋の外のどうでもいい音が気になって、こっそり様子を見に行ったりなんかしたのか。
今こうやって起きてチサトと喋っている事も全部、一気に馬鹿らしくなって、
「チサトさんも早く寝た方がいいですよ。明日は早いんですから」
と言ってすぐに客室のドアを閉め。レナはまっすぐに自分のベッドに戻って明かりを消し、他のベッドに背を向けて目を閉じた。
子供っぽいすね方をしてるだけなのは自分でも分かってる。
彼女の立場を考えたら、彼女が自分の身の上を正直にべらべらと喋らなかったのは当たり前の事だ。別に自分の事が嫌いだからそっけない対応されていたわけじゃない。
もしかしたら彼女は、周りから距離をとろうとしているのではないだろうか。
一か月前、アーリアの村長宅でも彼女に対して感じたあの印象。
今日の彼女からも、リンガの聖地に行った後から──彼女の本当の正体が分かった後からずっと、ついさっきも感じて。
出会った時から今の今まで、本当はずっとそうだったんじゃないかって思ってしまうけど。
それだってきっとただの勘違いだ。
ずっと嘘をつかれてたって、子供っぽい自分が勝手にいじけているからそう捉えてしまうだけだ。
彼女は大人だ。仕方ないから嘘をついていただけだ。あるとしたら周りに嘘をつくのが後ろめたいから気が引けていたとかいうだけの事で、それ以上の意味なんかあるはずない。
もやもやとした気持ちを抱えたまま。レナはベッドの中で丸くなり、とにかくもう寝ようとひたすら自分に言い聞かせる。
今日の自分は疲れているんだ。さっきは眠ろうとしていなかっただけで、眠ろうと思えばすぐに眠れるはず。どれだけ馬鹿らしい事考えたって結局は一緒。寝て起きたら朝はやってくるのだ。考えたって仕方ない。
体は本当に疲れていたのだろう。無駄に冴えた頭に言い聞かせるうちに、本当にだんだん眠くなってきて。
──わたしの今までの行動も、彼女にとっては全部迷惑だったんだろうか。
眠る直前までレナの心に浮かび続けていた疑問もそのまま、意識の闇の中に消えていった。
・おまけの本文真面目すぎて出し損ねた小ネタ。替え玉にされた口の堅そうな奴。
「とりあえず鎧着てカツラつけときゃいいだろ」
「近くで見なきゃ分かんないって。ちゃんと変態の眼鏡も壊しといたし。……。うん、お面もあるしいけるいける」
「シホ、オレハイッタイドウスレバ……」