スター・プロファイル   作:さけとば

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4-2. 間違った行動と考え

 大方のみんなが寝静まった夜。

 ボーマン家のリビングの一角を借りたレナス、アリューゼ、メルティーナの三人は、食卓の真ん中にある明かりを頼りに、ひっそりと今後の事に関する話し合いを続けていた。

 

 食卓の端には覆いがかけられた大皿。

 中に残っている握り飯はあとわずかで、明日の朝ご飯全員分にはとても足りない分量だ。すでに何個か食べているアリューゼが話の合間にさらに手をつけ、それと一つも手をつけていなかったレナスが「なんでもいいから食べなさい」と言ったメルティーナの監視の元、情報と引き換えに半ば強引に食べさせられた結果である。

 

 同じ部屋の中のソファー付近では、フェイトとクリフがぐっすり熟睡中。

 話し合い中の食卓とは少しの距離があるだけで、声を隔てる壁の一枚すらない。

 

 

 二人とも先に寝るとは言っていたし、今も言った通りに寝ているようにしか思えない様子だが、本当のところはどうだか分からない。

 実は寝たふりで聞き耳でも立てていて、余計な事を知られたら厄介ではないかとメルティーナとしては思わなくもなかったが、目の前のレナスはそれを気にする様子もなく話し合いに集中している模様。

 二人の事については食卓に移動する際、メルティーナ達二人に向けて「彼らは大丈夫」と短く言っただけだ。

 

 例えこいつが人を無条件に信じやすい、おひとよしで甘ちゃんで常に余裕なさすぎでいっぱいいっぱいなやつだとしても、それくらいの危機管理はできるやつだ。

 自分達に言われなくとも、二人に自分達の世界の内情を知られる危険性を考えていないわけがない。つまりそれだけあの二人の事を信用しているという事なのだろう。

 

 聞けばあの二人、それとどう見てもエルフっぽい耳だけど結局エルフじゃなかったレナとかいう少女は(この世界では耳が長いのは『エルフ』じゃなくて『ネーデ人』と呼ぶらしい。“神の器”とかなんとかは関係ない、ただの人間なのだとか。……それはどうりで、引きこもりのエルフのくせにやたらしつこく人につきまとってくるわけだ。あのチサトとかいう赤毛は)、こいつがうっかりひと月前に自分達の前から姿消してからここまでの間に、一緒に旅をしてきた仲間なのだと言う。

 

 ひと月、一緒に旅をした間柄。

 “声”を聞いたわけでもないのに、そのひと月で、これだけの信頼を寄せるほどにそいつらの人柄を把握したというのはさすがだと感心するべきなのか。それともまたいつもの悪い癖が出たと呆れるべきなのか。

 

(まあこいつの観察眼信用できないって言ったら、それこそ今こいつの目の前にいる自分達は一体何だっつう話になっちゃうのよね)

 

 

 そりゃ『運命の三女神』なんていうモノの名前まで詳しく知ってる奴なんて、自分達の世界でもめったにいないし、さらにここはどうせ別の世界だしでまず言っても大丈夫よねって判断だったんだろうけど。

 

 人が一生懸命周りごまかしたり探してたりしてる最中に、あっさり本名明かしちゃうほどに普通にあいつらと親睦深めてやがってやっぱむかつくわねこいつ。……とは思いつつも。

 いずれにせよレナスの事を信じるしかないメルティーナは、

 

(どうせ『超ヤバい「力」大体全部とられた間抜けな創造神』とかいう、一番バレちゃまずい部分バレちゃってるし、このうえあいつらに何を聞かれたって今さらよね)

 

 と開き直ってレナスとの話し合いを続けた。

 

 

 

 話し合いの内容はレナスがいなくなってからの神界の状態に始まり、人間界、冥界や妖精界の各状況などの説明。

 つまりレナスがいない間の各勢力の情勢および、神界で頑張っている仲間達の近況報告をざっくり手短にだ。

 

 アリューゼもメルティーナも、一か月分の報告を全部まとめてじっくり丁寧に説明できるほど気は長くない。

 というかそもそも、“報告”という地味な作業自体が門外漢だ。

 てきとーに「まあそんな大して変わってないんじゃない、どこも」「あいつらもまあ大体元気だな」と伝えた後は、すぐにレナスから聞かれた事に答える側にまわった。

 

 神界のみんなは? 新しく来た者達はうまくやれてる? 

 人間界は? あの戦争はあれからどうなった? あの国はどうしている? 一か月前と比べて、他に変化があった事は?

 冥界は? ガノッサの様子は? 妖精界はあれから何かあったか? あと本当に他に自分の不在に気づいている奴はいないのか……

 

 それらの質問の数々にも、アリューゼとメルティーナは大体を必要最低限の答え、つまり「特に問題はない」で返した。

 別に気休めで言っているわけではない。今も神界で頑張っている仲間達がいる以上、多少の問題はレナスがいなくとも大体なんとかなるだろうという意味だ。

 

 ひと月もの間留守にしている事が気がかりで仕方ないらしいレナスの方も、その理屈が分からないわけではない。性分からして、何より仲間を信じていたいのはむしろレナスの方なのだ。

 もっとも──

 詳しく知ったところで、今の自分に何ができるわけでもない。そんな諦めもレナスの中にはあったのかもしれないが。

 

 もっと詳しく知りたいという様子をもろに顔に出しつつも、結局レナスからのあっちの世界の現状についての質問は、ほどほどにやって切りあげられた。

 それから先はこれから先の事についての話し合いだ。

 こちらは比較的さっくりと進んだ。

 

 

 まずフェイトやレナ達こっちの世界の住人と協力して、どうにかしてレナスがとられた「力」を取り返す事。

 

 向こうの世界に続く“道”は未だ繋がったまま。向こうに戻る事はいつでもできるが、ほぼただの人間になってしまった事が周りにバレると色々まずい事がありすぎるので、「力」を取り戻すまでレナスは向こうには戻らず、この世界に居続ける事。

 

 ただ今はなんとかレナスの不在をごまかせているけど、もしもこの先、協力してくれている仲間以外にもこの事がバレてしまった場合。

 それはそれで混乱が起きて厄介なので、アリューゼとメルティーナの二人は一度向こうに戻り、協力してくれている仲間に無事にレナスを見つけられた事についてはきちんと報告しておく事。

 ただ予想外の事態が起きた事は伝えず、もうしばらく不在をごまかすのに協力してほしいとだけお願いしておく事。

 

 

 それらの事を決めた後。

 レナスが視察のためでもなんでも、何か適当な理由のついた『もうしばらく帰らないからよろしく』のような事を書いた手紙を、アリューゼとメルティーナが一時帰宅の際に協力してくれている仲間に渡すという事で大方の話はまとまり。

 

 それから話は、いなくなったレナスを探しに飛び出して、同じくいなくなってしまったルシオの事に移った。

 

 

 

 右も左もよく分からん世界で迷子になってしまったやつの事だ。

 あんたもほぼただの人間になってしまった現状、効率的に探す術なんかあるっちゃあるけどないわけだし、ルシオの事はこの際後回しにするしかない。

 つうかこっちが色々大変な事になってる今の状況で、わざわざ率先して探すほどの事かと思うし。別にほっといてもいいと思うし、むしろあいつは帰り道知ってんだから自力で帰ってこいとすら思うし。

 

 そう思うままメルティーナが言うと、レナスはそれまでの真剣な表情から一転、目に見えてしょんぼりした様子で視線を落とした。

 

 

 レナスの膝の上に乗っている、ぼろぼろの首のない人形。

 レナスが貰ったイヤリングのお返しにルシオにプレゼントしたとかいう代物だが(本当はそれそのものを渡すつもりじゃなかったらしいけど)、なんの因果か渡した本人の手元に戻ってきてしまったらしい。

 リンガの聖地の中に落ちていたのを拾ったのだと聞いた。

 

 メルティーナとしてはどうせうっかり落としたか、さもなくば要らないから捨てたとかいうオチだと思っているのだが。ルシオが好きすぎるレナスにとってはさあどうなんだか。

 実際この人形を発見した時、「もしかしたら大変な事に巻き込まれたのかもしれない」などといった余計な心配で頭がいっぱいになり、まんまと十賢者のサディケルに操られたぐらいだ。

 

 ……まあ今の様子を見る限りでは、「他の大事な事全部放り出してでもルシオを探しに行く」みたいな無茶はしないとは思うけど。それでも今すぐルシオに会いたいわ、みたいな本音がダダ漏れに見えちゃっている辺りはさすがというかなんというか。

 

 

(はー、ホントすっかり乙女になっちゃってまあ。こいつどんだけルシオの事好きなんだか。……つか、だったらそんなもんやらなきゃいいのに)

 

 メルティーナとしてはそう感心するやら呆れるやらである。

 レナスが何も言わずに、手元の人形を見続ける中。

 リビングの入り口のドアに目を移し、アリューゼが椅子から腰を上げた。

 

「俺は別にいなくていいだろ」

 

 まあ他に用事ができたからというのが一番の理由だろうが。

 アリューゼみたいな男がそういう会話を勘弁してほしいのは最もだと思うし、大体メルティーナの方も、アリューゼのような男の前で乙女の大事な話を続けるのは嫌である。

 大方の話はもう終わったわけだし、ここは性懲りもないバカエルフもどきと一緒にさっさと退散してもらおうではないか。

 

「ま、いいけど。ちなみにあんたはどう思う?」

 

「探すまでもねえに一票だ。なりふり構わず探しに飛び出た女に必死こかれて探されてみろ、情けなくて反吐が出るぜ」

 

 アリューゼは勝手にしろとばかりにそう言い捨て、さっさとリビングの外に出て行った。

 部屋の外から聞こえてくる、なんか焦っているような女のひそひそ声を無視しつつ、メルティーナはしょんぼり人形を見たままのレナスに話しかける。

 

「まあ、ほっといても大丈夫なんじゃないの? 少なくとも人里に下りたトコまでは確認されてんだから、事件に巻き込まれたってワケでもなさそうだし」

 

 とりあえずあのバカ女には後で自分からも釘を差しておくとして、こういう場合はまずこいつに気休めでも言っておいた方がいいと思ったのだが。

 

「なんかあったとしたって、ルシオも自分の身くらいは自分で守れるでしょ」

 

 そんなメルティーナの話を聞いていたのかいなかったのか。

 レナスが人形を見たままいきなり呟いた。

 

 

「……私は、どうかしていたわね」

「あ?」

 

「よりによって、こんなもの」

 

 すぐに手元にある人形の事を言っていると分かったので、メルティーナも思うまま答える。

 

「あーそれ。そうねえ、そりゃ……確かにどうかしていたってレベルじゃないわね。つーか自覚あったんだ、あんた」

 

 言われたレナスはいっそう沈んだ表情になった。ぐうの音も出ないといった様子だ。

 またしばらく黙り込んだ後、意を決した様子で聞いてきたので、

 

「メル。ルシオは──」

 

「がっかりしてたわ。そりゃもう、見てて気の毒になるくらい」

 

 そう言ってやった直後のレナスの顔を見て、(さすがにやりすぎたか)とすぐに訂正する。

 

「嘘よ。あいつがそれくらいの事でへこたれるワケないでしょ。……てかむしろ心配してたわよ、あんたの事。よっぽど疲れてるみたいだな、ってさ」

 

 レナスがいなくなった事が発覚する前、ちょうどこの人形を持っているルシオ本人と会話していたので間違いない。

 ルシオがこれくらいの事でへこたれる奴かどうかはおいといて、おそらくレナスが今考えているらしい、幻滅したとか悲しみのあまり食事も喉を通らないみたいな事にまではなってなかったであろう事は本当だ。

 

「あんたがまたまた大ボケかました、ぐらいにしか思ってないんじゃない?」

 

 しかし、メルティーナがそう言ってあげてもレナスはまだまだしょんぼりしたまま。

 ダメ押しとばかりに言葉を重ねると、

 

「心底がっかりしたなら、いなくなったあんた探しに、後先考えず飛び出したりもしないと思うけど」

 

「……うん、わかってる」

 

 

 そんな言葉が返ってきた。

 反射的に思っていた事を口に出す。

 

「ほおー、そうですか。どうせ嫌いになられるはずないってわかってるから、おざなりな対応でも構わないってわけね」

 

「っ、そんなこと──!」

 

 やはりというかなんというか。よほど言われたくない事だったらしい。

 いきなり声を荒げて反論しかけたレナスはしかし、すぐに手元の人形に視線を落とし、呟いた。

 

「……そうね。そうでもなければ、こんなもの」

 

 うつむいたレナスに、メルティーナはさらに言葉を投げかけた。

 

「受け止められないにしたって、ちゃんと向き合うぐらいはしたらどうなの。見捨てられたくないんでしょ?」

 

 この際だから、言うべき事ははっきり言っておくべきだと思ったのだ。

 言われたくない事でもなんでも、このままじゃ本人のためにならないし。なんで自分がこんな事、ここまで真剣に考えてあげなきゃいけないんだかとはマジで思うけども。

 

「“今は頼るふりをする余裕もない”って素直に言えば済む話なんじゃないの? ルシオだって、何も本気であんたを守れるとは思ってないわよ。あんた強いもん」

 

 頑なに返事をしないレナスに、メルティーナは一方的に言い続ける。

 

「……ちゅうかさあ。そもそもあんた何で、そういう方向でしか物事考えられないワケ?」

 

 がしかし、

 

 

「ルシオが言いたかったのは、そういう意味じゃなくて──」

 

「わかってる」

 

 

 レナスはメルティーナの言葉を無理やり遮り、席を立った。

 

「みんなへの手紙、書かないと。紙とペン借りてくる」

 

 ずっと膝の上に置いていた人形を椅子の上に置き。

 それからメルティーナが何か言うより早く言い切る。

 

「ルシオの事は、「力」を取り戻してから考えるわ。私一人の問題だから」

 

 

 正直、言いたい事は山ほどある。

 だけど、こんな分かりやすい反応で触れられるのを拒否してくるレナスを引き止めてまで、今その事を言ってしまおうとはメルティーナは思わなかった。

 

 こいつが考えている事なんて大体想像ついている。

 ルシオの事だって、どうせそういう事なんだろう。それどころか、自分達の事も。

 

 本当は自分が一番分かってるくせに。

 なのにこいつは絶対に、それを認めたがらないだろうから。

 

 

「あっそ。……で? この人形はどうすんの。再会の日まで、肌身離さず持ち歩くつもり?」

 

 不満げに見るメルティーナに向かって、首を振り、

 

「手紙と一緒に持って帰って。ルシオもこんなもの、いらないと思う」

 

 そう言ってレナスは部屋を出ていく。

 その姿を見送った後で、その場に残されたメルティーナはつまらなさそうに呟いた。

 

「なに臆病になってんのよ、ばーか。……幸せになる、つったくせに」

 

 

 ☆★☆

 

 

 この世界では、あの無数の星々のひとつひとつにもまた、無数の命が宿っているのだと以前レナに聞いた。

 あの星々に生きている命たちは、自分のせいで滅んでしまうのだろうか。

 

 自分への戒めか、みんなへの懺悔のつもりか。それとも。

 そんな事は絶対にさせないと思ってはいても、自分でその原因を作ったくせに最悪の事態を考えないでいるのは、今のレナスにはとても我慢がならなかった。

 

 

 あの時聞いた“声”。

 確か、この世界に来て最初の何日かは、それなりに気にしていたと思う。結局助けてあげられなかったけど、“彼女”はあれからどうしただろうかと。

 けど、あの時は自分の状況がそれどころじゃなくて。

 “彼女”の事は仕方ないと割り切る事にしたのも、さほど難しい事じゃなかったと思う。

 

 それから今日まで、レナ達と一緒に旅をしてきて。

 あの時の行動のせいでこの世界が大変な事になっていると知らなければ、自分はあの“声”の事を思い出す事すらなかったはずだ。

 

 ひと月程度ですっかり忘れてしまえるほどの、一時の感情。

 そんなもののために。

 

 ──どうして私は、この世界に来てしまったのだろう。

 

 

 

 一階にある店に向かうには、一度ボーマン家の外に出る必要がある。

 リビングを出てから、なぜかすでに寝ているはずのチサトと一緒にいたアリューゼにも少し席を外す旨を伝え、寝ているみんなを起こさないよう、静かに開けた玄関のドアを閉めた後。

 レナスは家の外階段を下りず、そのままドアに背を預け、ただ静かに夜空を見上げていた。

 

 

 メルティーナには紙とペンをとってくると言って出てきたが、どうせ自分が彼女の話から逃げた事くらいは向こうにも分かっている。少しぐらい戻りが遅くなっても構わないだろう。

 なにより、今の自分には頭を冷やす時間が必要だった。

 

 ルシオの事、いつまでもおざなりにしていないで、ちゃんと向き合って考える事がどれだけ大事な事か。

 そんなの自分にだって分かる。ちゃんと分かっているつもりだ。だけど──

 

 

 アリューゼとメルティーナは皆に変わりはない、世界の事も皆に任せておけば大丈夫だと言うけど。

 自分の世界から自分がいなくなってから、今までの間、それからこの一連の問題が解決するまでの間、自分は一体どれだけ皆に負担をかける事になるのか。

 

 レナ達みんなが力を合わせて倒したはずの十賢者。

 こちらの世界の“すべて”である、『宇宙』というものを壊そうとした彼らは、自分がなくした「力」によって創造され、今ふたたびこの世界を滅亡の危機に陥れようとしている。

 

 自分の世界の事。なくなってしまった創造神の、自分の「力」。

 それからこの世界、エクスペルの事。自分の「力」で創られた十賢者達。

 すべての原因を作った自分が何も気づかずこの世界をただ旅している間に、現実は一体どういう事になっていたのか。

 

 今日やっと気づかされたこの事実と、自分の犯した失態によって引き起こされうる結果にこそ向き合うべきだと。

 レナスはこの世界の夜空を見上げ、ひたすら考え続ける。

 

 ──私が今、考えるべき事は“ルシオ”じゃない。

 

 

 私が「力」をなくしたせいで、私は私の世界のみんなを守る事ができない。

 それだけじゃなく、この世界のみんなも危ない目に合わせている。

 おまけに今日はフェイトの事も殺めかけた。みんなが止めてくれなかったら今頃どうなっていた事か。

 

 私は馬鹿だ。

 自分の心の乱れを利用されるなど、ひと月前にもあった事なのに。

 

 そうだ。ひと月前はもっとひどい。私は今日まで、自分があの時罠にかけられた事にさえ気づいていなかったのだから。

 私がこの世界に来たあの時に、私の「力」はとられた。

 私がこの世界に来た事自体が、過ちだったのに。

 なのに、私は気づいていなかった。

 

 気づいていなかった私は、今まで何をしていた?

 

 この世界は神のいない世界なのだと、セリーヌに聞いて分かったから。

 だから、この世界で私が“創造神”でいられないのは自然な事なのだと。そう勝手に決めつけて納得して。

 

 私のような“神”のいないこの世界は、けれどこんなにも人々の愛情や生気に満ちている、素晴らしい世界なのだと。

 重大な事に何も気づいていない馬鹿な私には、ずっとそう見えていたから。

 

 だから、私は今までずっと──

 

 

「そんなとこでどうしたよ。あの姉ちゃんにベッドから蹴り出されでもしたか?」

 

 

 夜空を見たまま考えていると、ふいに外階段の下から調子はずれに明るい声が聞こえてきた。

 月明かりの下、もう家に戻るところだったらしいボーマンがレナスの方を見上げている。

 レナスもすぐに視線を階下に落とし、ボーマンに言った。

 

「外の方が涼しいから、ちょっとここで考え事をしていただけ。……少しいいかしら? 向こうの仲間に手紙を書くのに紙とペンが必要なの」

 

 

 

 それからレナスはボーマンと二人で一階の店に行き。カウンターにしまってあったペンを借り、紙のいくつかを分けてもらった。

 

 彼の職業は確か道具屋ではなく薬師だったはず。

 今までの旅でレナスも大体気づいてはいたが、彼のような人間でも当たり前のように書き物に使うような紙を備えている辺り、この世界では紙の値打ちはさほど高くないのだろう。現にボーマンもレナスに紙を渡す時、特に対価はいらないというような事を、まるでそんな小さな事を気にする方がおかしいといった様子で言ったのだ。

 それはこのリンガのみならず。マーズ村やアーリア村などの城から離れた地域ですら、住人達が紙に不足している様子は特に見受けられなかった。

 

 紙を作る技術自体は、自分の世界の人間達にもある。

 こちらの世界の人間がそれと全く同じ技術を使っているかどうかは分からないが、おそらく技術の差自体はそこまでないはず。

 一番の違いは、この世界では紙を作る者達がその職分を存分に全うする事ができ、かつ物品の流通が滞りなく行われている事。その事に尽きるだろう。国々の治世が隅々まで行き届いている事の証だ。

 

 紙とペンを受け取り。すぐに二人でまた店の外に出る。

 手に持っていた明かりをいったんレナスに預け、ボーマンが店のドアに鍵をかけた。

 

(私の世界の人々にも、いつかそういう時代が来るだろうか)

 

 この世界に来てから、自分はそんな事を何度考えただろう。

 渡された紙を見て、レナスがぼんやり考えていると。

 

 そんな様子を見られていたらしい。作業を終え、明かりを受け取ったボーマンが言ってきた。

 

 

「思いつめすぎは体に毒だぜ。とは言ってもまあ、この状況で元気出せってのもあれか」

 

 レナスは否定をせず、どころか自然と「そうね」と口に出していた。

 今さら平静を取り繕ったところで仕方ない。どうせさっきのも見られていた。投げやりな気分で、聞かれてもいないのにさらに思うままボーマンに心境を打ち明ける。

 

「私が今回の件の元凶である事は、疑いようもない事実だもの」

 

 自分の好き勝手な行動のせいで、自分の世界のみんなに迷惑をかけている。

 この世界のみんなが困っているのも全部自分のせいなのに気づきもしないで、自分は一体今まで何をしていたんだろう。

 そんな自分の愚かさ加減も許せないが、でも違う。

 

「私がこの世界に来なければ──、あの時あの“声”を聞いて、水鏡をくぐらなければ。十賢者達は、このエクスペルに再び現れる事もなかったから」

 

 今回の事の原因は、自分が今までそれに気づかなかった事じゃなく。ひと月前に自分がとった行動そのものだ。

 下を向き、レナスは自嘲を込めて呟く。

 

「……あんな“声”、無視してしまえばよかったのに」

 

 原因はあの“声”だ。

 あの“声”に誘われて、自分はこの世界に来た。

 あの“声”を聞いた時点で、一時の感情に流される事なく冷静に状況を判断して疑問を持ち、心を閉ざせばこんな事にはならなかった。

 

 ひと月前の事を考え、レナスが地面を睨むように見ていると。

 それまで黙って聞いていたボーマンが口を開いた。

 

「助けようとしたんだろ? あんたは、その“声”の主とやらを」

 

 

 レナスは返事をしない。

 うつむいたままのレナスに、ボーマンは「改めて俺からも礼を言わせてもらうぜ。チサトを助けてくれてありがとな」と言ってから続ける。

 

「あんたが助けを求めてきた“声”に耳を貸さないような奴だったら、チサトは今頃生きちゃいなかった」

 

 彼もまた、レナやフェイト達と同じ。優しい人間だ。

 こうやって目の前で己の失態に塞ぎ込む者を、黙って見過ごす事はできないのだろう。でも。

 

「あんたは何も悪い事をしたワケじゃあない。今回はたまたま悪い奴らにはめられちまったってだけで、そこまで自分を責める事はないと思うぜ。俺はな」

 

 ボーマンが自分のためを思って言ってくれているのだと分かっていても、やはり今のレナスには、その慰めを黙って受け取る事はできなかった。

 

 

「助けようとしたから、私は「力」を奪われた。大切な、私の世界を守るための「力」を」

 

 思うまま、途中で口を挟もうとしたボーマンの言葉も遮り。レナスは自分の非がどこにあったのかをごく冷静に述べる。

 

「奪われた「力」は別の世界──あなた達の世界で、あなた達の世界を壊すために悪用されているわ。こんな重大な結果を引き起こしておいて……助けようとしたから?」

 

「だからそれは」

 

「助けようとしたから。罠にかかったから。こんなはずではなかった。理由が何であろうと……そんな事は問題にならない。私があの時とった行動がすべてよ」

 

 失態は失態以外の何物でもない。

 自分は自分の世界の創造神だ。自分の存在が、自分の持つ「創造の力」が、どれだけ周りに影響を及ぼすか。自分は十分に分かっていたはずだ。

 

「衝動的な感情で動けば、いつかこのような事態を招く事になる。私の行動の危うさは私自身も、よく分かっていたはず」

 

 メルティーナもいつも言っていた。私の行動には諸所に危うさがあると。

 言われなくても、自分でも分かっていた。

 ちゃんと分かっていたつもりだった。

 なのに──

 

 

「分かっていたはずなのに、結局私は行動を改めなかった。自分の「力」を、判断を過信し……。今回の件は、その誤った行動の延長線上で起きた出来事にすぎないわ」

 

 自分はあの“声”を聞いて感情のままに動き、そして大切な「力」を失った。

 分かっていた通り自分の行動に気をつけていれば、こんな事にはならなかった。

 だからこそ、「助けようとしたから。罠にかかったから」で終わらせてはいけない。さもなければ自分はきっと、また同じ過ちを繰り返す。

 

「“いつか”訪れるであろう結果が、たまたま“今”だっただけの事。誤った理由なんてどうでもいいの」

 

 全部言い終えたレナスに、ボーマンは「そうか。あんたはそう思うんだな」とだけ頷いた。

 否定も肯定もしない、ただの相槌。耳に心地よいその返事を受けつつ、レナスはさらに当時の事を振り返って考える。

 

 

 どうして、自分はあんな“声”を聞いてしまったのだろう。

 冷静な判断ができなくなるほどに自分の心を揺さぶる感情が、あの“声”のどこにあったというのだろう。

 

 自分の世界の“声”ならばいつも、毎日、嫌になるほど聞こえていた。

 でも自分は、そのすべての人間の魂を迎えに行ったわけじゃない。

 自分と関わりを持つ事なく、人に転生し、どこかで幸せに生きてくれる事を願う。そうやって自分が聞き過ごしていた“声”の方が、桁違いに多かった。

 

 時間が足りないから。仕方ない。私が行かなくとも、彼らは幸せにはなれるはずだ。

 可哀想だと思っていただけで、彼らには手を差し伸べもしなかったくせに。

 

 どうしてあんな“声”のために、自分は行動してしまったのだろう。

 “彼女”を英霊として迎え入れるつもりもなかったくせに。ただ、このまま聞き過ごせない。どうしても助けたいからといった、そんな一時の感情で。

 

 

 私は、自分の世界全体の事を優先させるために、自分が「仕方ない」で諦めた数多くの人々が存在する事を知っている。

 自分が今ここでこうしている間にも、自分の世界では、苦しんでいる人がたくさんいる事に気づいている。

 

 自分の世界と、一時の感情。

 どちらが大切かなんて、考えるまでもなく分かっていたのに。

 

 ──どうして私は、たったひとつの“声”に耳を傾けてしまったのだろう。

 

 

 考えているうちに、どうしても黙っている事ができなくなって。

 ボーマンがただ静かに待ってくれている中、レナスは顔を上げて呟いた。

 

 

「すべての人間を助ける。そんなのは所詮ただの理想で、現実に叶える事などできはしないって、ずっと前から分かっていたはずなのに」

 

 “創造神”になったら、一気に世界が変わるとでも思っていた?

 人にはそれぞれの想いがある。人が増えれば争いが起こるのは当然の事だ。

 

「それでも私は、私の世界に生きる人々を助けようと──」

 

 みんなを助けたい。一人でも多く、かわいそうな人を救いたい。

 その一心で頑張ってきた。けど、

 

「すべて、私の身勝手な感情でしかなかった」

 

 できもしないのに、みんな助けようとした。

 

「世界の事を思うのなら、聞こえてきた“声”に耳を傾けるべきではなかったのよ。自分の「力」に責任を持った行動をすべきだった」

 

 私は、“彼女”も助けたかった。

 助けようとしたのは間違いだった。だから、私は今ここにいる。

 それだけの事だ──

 

 

 霧がかった心の中からようやく一筋の答えを作り出したレナスは、たったそれだけの事だったのかと、この世界の夜空を見てぼんやりと思う。

 ボーマンはしばらくその沈黙に付き合ってから、レナスに言った。

 

「……もう寝ちまいな。寝不足は肌にとっても大敵だからな。肌荒れでもされちゃ、せっかくのきれいな顔が台無しになる」

 

 自分の事を心配してくれているらしい。

 いきなり目の前でこんな愚痴を垂れ流されればそれもそうか。どこか他人事のように思いつつ、レナスは返事をする。

 

「本当に、私はどうかしているわね。こんな話を、よりによって今日会ったばかりのあなたにするなんて」

 

「まあ、後腐れのない奴だからこそ話せる事もあるってことだな」

 

 くだけた口調で言うボーマンに、レナスも気分を切り替えたような微笑で「そうなのかもしれないわね」と応じてみせる。

 愚痴を口に出してしまった事で、少々気が楽になれたからだろうか。

 

 ──この世界の優しさに甘えるのは、これで最後にしよう。

 自分の心に言い聞かせつつ、この世界の優しい人間を前に笑ってみせるのも、そう難しい事ではなかった。

 

 

 

 いつまでもここにいても仕方ないと、二人は家までの短い距離をゆっくりと歩き出す。

 ボーマンは夫婦の寝室へ。レナスの向かう先はメルティーナの待つリビングだ。

 ボーマンにはもう寝ろと言われたが、明日になれば自分はこの場所を離れる身だ。アリューゼとメルティーナに持たせる手紙だけは今日中に書いておかなければいけない。

 

「大丈夫。今は後悔の時ではないという事くらいは理解できているわ」

 

 ボーマン家に続く外階段を踏み外さないよう、足元をちゃんと見て、ゆっくり上りつつ。自分に強く言い聞かせるために、レナスは自分の後を歩くボーマンに言う。

 

「私は早く私の「力」を取り戻して、そして早く私の世界に帰らなければいけない。大切なみんながいる世界を、今度こそちゃんと守るために」

 

 

 最初から分かっていた事だ。私がこの世界に来たのは、私の間違った行動のせいでしかないと。

 私は、私の世界の創造神だ。

 私には、私にとって何より大切な、私の世界のみんながいるから。

 

 ──だから、ここは私のいるべき場所じゃない。

 

 

「それに──。あなた達の世界にも、これ以上迷惑はかけたくないの」

 

 外階段を上り切ったレナスは、そう最後に言い加えて家のドアに手をかける。

 廊下には誰もいなかった。もうそれぞれの部屋に戻ったのだろう。

 レナスの後に続いて家の中に入ったボーマンが見かねたように、

 

「今のあんたに言っても無駄かも知れんが。俺はあんたの生き方は、間違っていねえと思う」

 

 とリビングの中に入ろうとしたその後ろ姿に声をかけたが。

 

 

「がむしゃらに進んでいけば、そりゃ時にはつまずく事もあるさ。思いっきり悩むのもいい。──けど、それだけで今までやってきた事すべてを否定するのは、少しばかりもったいないんじゃないのか?」

 

 足を止めたレナスに、ちゃんとその声は届いたはずなのに。

 レナスは最後まで振り返らなかった。

 

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