スター・プロファイル   作:さけとば

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5-1. 知りようのない他者の心よりも

 これは、私の愛したすべてが、深い闇に呑まれていく光景。

 

 見渡す限りの空も、大地も、海も。

 何もかもすべてが私の眼前で、歪み、裂け、割れ。赤く、赤く燃える。

 

 それは生きとし生けるもの、私の愛するすべての存在が、私の手のひらからこぼれ落ち、無になった瞬間。

 自分にはもうどうする事もできない事もわかっていて。それでも目の前ですべてが消えていくのが、ただ悲しくて。

 

 あの時。

 壊れゆく世界の中で、私はただ存在していた。

 たくさんの命が失われていくのをただ見続け、嘆き。それから──

 それから。

 

 

 わかっている。

 これは過去の映像。私の心が見せる夢だ。

 こうして現実から目を背けた私自身にこの夢を見せる事で、自分の犯した過ちを勝手に清算でもしているつもりなのだろう。実に卑怯で臆病な私らしいやり口だ。

 

 ──本当はこんなもの、もう見たくない。嫌。誰かこの夢を止めて。

 

 漠然とこの夢を前にする私の心は、私の心の思惑通りに、常に悲鳴に似た軋みをあげている。目を閉じ耳を塞ぎたくなっても。

 

 ──自分がやった事から、目を背けるな。

 

 この心に訴えかける声はいっそう強くなるばかりだと。いかにも臆病な私らしくそれだけはわかっているから、きっとこの夢をなかった事にする事もできないのだろう。

 なぜならこれは幻じゃなく。全部、現実にあった事なのだから。

 

 

 

 ──あの時。

 

 自分自身の存在をはっきり理解できた時、私の心を占めていたのは深い絶望だった。

 ひとり残された事がどうしても受け入れられなくて。

 すべてを失って、それでもこの先私は生きていかなければならないのかと思うと、嫌で嫌で仕方なくて。

 

 たまらなくなって、泣き叫んで。

 どうして? みんな消えたのに、いなくなってしまったのに。

 ひとりで、私だけ? どうやって生きていけばいいの?

 

 ──それから。

 それから、私は。

 

 

 気づいた時。私の手の届くところに、その「力」はあったから。

 あの時。私の心に浮かび上がった強い望みに、私は逆らう事ができなかった。いけない事だと戒めていた自分がちゃんといたのかすらわからない。

 ただ強く思った。だから行動した。

 

 もう一度、会いたい──

 私の愛したすべての存在、あの世界に。

 

 

 わかっている。

 今の私には、この現実に絶望する資格などありはしない事くらい。

 自分がやった事のせいで、周囲の状況が今どういう事になっているのか。今の私にはきちんと理解できているのだ。

 この宇宙が滅びかけているのも。

 私にとって大切な人達が、彼女が、辛い思いをしているのも。みんな、みんな私のせいだ。

 

 なんにも知らなかった馬鹿な私が、叶うはずもない願いを強く信じきっていたから。

 真実に耐えられない、あまりにも弱い心だったから。だからこんな事になった。

 

 

 だから。私にはもう全部わかっているから。

 

 私の愛する世界は、あの時すでに消えてしまったのだという事も。 

 消えたものは、もう二度と戻らない事も。

 

 だから、お願い。ちゃんとわかっているから、この夢はもう見たくない。

 

 

 ☆★☆

 

 

 翌朝レナが目を覚ました時には、昨日寝る前にはいなかったレナスとメルティーナの二人もちゃんと同じ部屋の中にいた。

 

 レナが知らない間にこの客室に入って来たらしい二人は、これまたレナが知らずに寝こけている間にすでに起きていたらしい。

 ドアに一番近いベッドにいるレナスは半身を起こした状態でいて。メルティーナの方はすでに自分のベッドから離れ、レナスに向けて何か小さく話しかけていた。

 

 全く気づかなかったという事はやっぱり自分は結構疲れてたんだな、などと寝起きの頭で思いつつ、レナもぼんやりと身を起こし。

 それから二人に普通に声をかけようとしたけど。

 やっぱり今日も取り込み中のようで、レナは出しかけた声をすぐに飲み込んだ。

 

「……ねえ」

 

「大丈夫。なんでもない」

 

 メルティーナは初対面の時の刺々しさなんか少しも感じられない表情で、膝にかかった毛布に顔を沈めているレナスを気遣うように、肩に優しく手を置いている。

 レナスの顔色自体は全く見えないのだけど、メルティーナのその様子だけで、二人がどういう状況なのかは寝起きのレナにもなんとなく飲み込めた。

 

(レナスさん、どこか具合が悪いのかな)

 

 とは心配に思ったものの、自分なんかが声をかけていいものかどうかという例の子供じみた考えも頭から離れず。

 迷っていると、結局レナに気づいたメルティーナの方がわざとらしい調子で話しかけてきた。

 

「あー……。おはよー、元気?」

 

「おはようございます。……あの」

 

「あーこいつ? 平気平気、まだ眠いってだけだから」

 

 レナも嘘だとははっきり思った。だけど、嘘だと分かったところでどうすればいいのか。

 やっぱり返事に迷っていると。

 

「……うん。少ししたら、私も支度するから。だから先に支度していて」

 

 レナスは顔を伏せたままレナに言う。

 やはり具合でも悪いのだろうか。彼女の声はいつもと変わりない落ち着いた様子をみせようとはしていたけども、どこか弱々しい。

 本当にただ眠くて寝ぼけているだけならこんな風にはならないはずだと、実際に寝ぼけた時のレナスを何度か見た事があるレナはますます確信を深めた。

 

 けど、やっぱり何を言っていいのか分からなくて。

 もやもやした気持ちを抱えつつ言われた事に素直に「はい」とだけ答え。二人の事を気にしないよう、言われた通りに一人で先に身支度を進めて。

 

 レナがそうしているうちに、どうやら二人の方も落ち着いたようだった。

 支度をほぼ終えたレナは、少し遅れて支度を始める二人をできるだけ見ないよう気にしないようにしていたけども、やっぱり同じ部屋の中の出来事だ。

 そんなものどうしたって見えてしまうし、気にならないわけがない。

 

 

 二人がああやってごまかしたんだから、きっと自分には知られたくない事だったんだ。

 だから自分なんかが軽はずみに事情を知ろうと思っちゃいけないし、気にしてもいけない。

 自分なんかが余計な事を言ったら、きっと向こうも迷惑だろうから。

 

 自分に言い聞かせつつ、レナは二人の支度が終わるのをぼんやりと待つ。

 途中で部屋の外から間違いなくチサトのものだろう、「よーしっ、今日もがんばるぞー!」という場違いに明るいかけ声が聞こえてきた以外、この客室の中は静かそのものだ。

 まあ今の気が抜けるような出来事についてですら、レナを含めて誰も話そうとしないから当たり前の話なのだが。

 

(……チサトさんは、今日も元気ね)

 

 

 顔色は見ないようにしているから、ひたすらに静かなこの部屋の中で、支度をしているレナスがどういう状態なのかは分からない。

 けど、自分の勝手な思い込みなのかもしれないけど、いつもの朝と違って一言も喋らない彼女の様子が、ひどく無理をしているようにも思えて。

 

 こんなの自分が言うべき事じゃない。ただのおせっかいにしかならない。

 そう自分に言い聞かせ続けていたレナは結局、二人の支度が終わったところで自然と口に出していた。

 

「レナスさん。具合が悪いなら、無理しないで休んだ方がいいですよ。みんなにはわたしから言っておきますから」

 

 

 声をかけられたレナスは、レナにそう言われる事を予想していたのだろう。

 同じくそうする事を勧めるようなメルティーナの視線からも逃げるように顔を背け、部屋のドアだけをじっと見つめて言う。

 

「ありがとうレナ。でも、本当に大丈夫だから。……待たせてごめんなさい、早く行きましょう」

 

「……でも」

 

「今は、動いていたいの。だからお願い」

 

 

 その先の言葉をレナスは言わなかったけど。

 決してレナ達の方を見ようとしない、どこか血の気の薄い、硬い横顔。

 

 ──だから。お願いだから、もう私に構わないで。

 

 レナにはもう、レナスがそう言っているようにしか聞こえなかった。

 

 

 もともと自分がこんな事を言う事自体が出過ぎたおせっかいなんだからと自分を戒めていたつもりのレナには、そう言われた以上レナス本人の意思を曲げてまで、彼女を無理やりベッドに寝かせる事などできはしない。

 

 彼女が考えている事なんて、彼女の事情なんて、所詮ひと月くらいのつき合いしかない自分なんかには到底分かりっこないんだから。

 だからやっぱりこんな余計な事、言うべきじゃなかったんだ。

 なのになんで言っちゃったんだろう。こういう反応される事だって、うすうす想像ついてたはずなのに。

 

 もやもやした思いを抱えつつ。

 レナ達の返事を待たずに部屋を出たレナスの後を、それを致し方なしと諦めた様子で黙ってついていくメルティーナの後を、レナはひたすらこの人達は自分とは別の世界の人達なんだからと思いながら黙ってついていった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 レナ達がリビングに入った時、リビングで寝ていたフェイトとクリフ、アリューゼの三人もすでに起きていた。

 

 キッチンの方ではすでに起きて来ていたらしいボーマンが、ごく普通の音を立てつつ朝食を作っていて。

 これまたレナ達より少し早く来たらしいチサトの方はというと、朝っぱらから大きな音立てるの禁止という事なのか、ご飯作りの手伝いはせず朝食に使うテーブルの上を片付けていたりしていた。

 とはいってもまあ、結局朝っぱらから元気な事に変わりはないようだったが。

 

「おはようみんな! さあさあ、寝て起きて今日はいよいよ出発の日ね!」

 

「うるせー……」

 

「はいはい、張り切っても出発時間は変わらないですよチサトさん。……というか何なんですかその大荷物は」

 

 チサトは朝食の準備を手伝いつつ、まだ眠そうなフェイトとクリフ相手に嬉々として話しかけていた。

 床に置いてある荷物を見て面倒くさそうに聞いたフェイトに「えへへ、これはねー」とまで言ったところで、ちょうど部屋に入ってきたレナ達にも元気よく挨拶してきた。

 

「おはようみんな!」

 

「お、おはようございますチサトさん」

 

「ねえ、あんたいつも朝からそのノリなの? くそ迷惑なんだけど」

 

 確かに元気すぎてレナもちょっと気後れはしたけども。

 それはさすがに言いすぎではと、刺々しい発言に気まずくなったレナの内心もなんのその。耳を押さえて言うメルティーナにチサトはきょとんとした後、普通に声の音量を下げ、やっぱり笑顔で軽く謝った。

 

「あっごめんごめん。大冒険に胸躍らせてたもんだからつい。いやー、ちょっとはしゃぎすぎちゃったわね」

 

「あーはいはい、あんたの心境とかどうでもいいから。分かればいいのよ分かれば」

 

 投げやりに言ってソファーにどかっと座るメルティーナを特に気にした様子もなく、チサトは改めてレナとレナスの二人に、普通に笑顔で言ってくる。

 

「おはよー。もうちょっとでご飯できるから、みんな座って待っててだって」

 

 メルティーナが性格キッツイのは今さらだし、チサトもその辺とっくに分かってるだろうしそもそも彼女の方もこういう性格だしで、今のは別にそこまで気を揉むようなやり取りではなかったようだ。

 

 一息ついた心持ちで、レナはレナスに

「じゃあ、座ってましょうかレナスさん」

 と話しかけ。レナスの方も「ええ」と短く返事をする。

 

 みんなの座っている場所はプリシスがいない以外、大体昨日の夜と一緒だ。

 お互いに机を挟んで向かい側。何も言わなくても自然とレナはチサトの隣に、レナスはメルティーナの隣に座っていた。

 

 

 それからレナ達は、ボーマンの作ってくれた朝食をみんなで食べた。

 メニューはベーコンエッグにトースト、後は昨日の残りの握り飯とみそ汁を各自好きなだけだ。

 

 フェイトやらクリフやらにはてきとーに聞き流されていたけど。

 寝起きの時に少々気まずい事があったレナとしては、食事の間中もチサトがなんやかんや楽しそうに今日これからの事を話していたりしてくれるのは結構助かった。

 ……なんというのだろうか、彼女のヘンなノリのおかげで気が紛れるというか。

 

 それはおそらくレナスの方も同じだったのだろう。

 他二人が昨日の夜と同じくみそ汁にだけ手をつけない中。黙々とそのみそ汁を飲んでいる時、急にチサトにどうでもいい事を話しかけられたレナスはやっぱり必要最低限の受け答えしかしなかったけど、それでも今朝のあの時よりは大分落ち着いた様子を見せていた。

 メルティーナもそれに気づいていたのだろう。チサトがどれだけ喋ろうとも聞き流すだけで、さっきみたいに「うるさい」と黙らせようとはしなかった。

 

 

 それとそんな楽しそうに喋っていたチサトではあるが、昨日のあのレナからの『宇宙行き権』の譲られ方については一応気にしていたらしい。

 食事をしていたその時のレナはただ、(具合はもう大丈夫なのかな、レナスさん)と気遣っている事を本人に気づかれないようぼーっと考えていただけなのだが。

 いきなり気まずそうになって、謝ってきたのだ。

 

「なんか、あんなわがまま言ってごめんねレナ」

 

 あの時のレナは別に、チサトがどうしても行きたいとわがまま言うから、自分が行きたいのを我慢して泣く泣く譲ったというわけでもないのに。

 というかむしろ一人で勝手にへそ曲げて、たまたま行きたがっていたチサトに押しつけたようなものだったのに。あの時の不機嫌の理由をそういうふうに捉えられて謝られてしまっては、レナの方がなんか気まずい。

 

(ああそっか。わたしは、レナスさんと一緒に行くのが嫌だっただけなんだ)

 

 などと今さらになってあの時の自分の言動が腑に落ちつつも、レナはなんとなくそれらしい事をチサトに言ってごまかした。

 

「いや、別に……わたしはチサトさんの方が行くべきだと思ったから、そう言っただけなんですけど……。でもそこまで喜んでくれて、なんかよかったです。わたしの分も楽しんできてくださいね」

 

 

 もちろんこれも全くの嘘というわけでもない。

 どころか純粋に嬉しそうだったチサトを見つつ言っているうちに、レナ自身も(きっとこれでよかったのよね)と思い始めてきたくらいだ。

 

 なんの役にも立てないくせにこうやって余計な事ばかりうだうだ考える自分より、ちゃんと色々な事を知っていて、なにより純粋に楽しんでくれるチサトさんが行った方がいいに決まっている。

 あの時はなんかつい勢いで言っちゃったけど、結果として、あの時の自分の発言は間違っていなかったんだ。

 

 ちゃんとそう思い直して、ほっとして。

 レナの作り笑顔を疑う事もなく、ひたすらに感動したような顔で感謝の気持ちを述べてくるチサトを見て。なんとなくいい事をしたような満足感も出てきて。

 

 

 でも、なぜだろう。

 今も目の前にいるのに、誰かに話しかけられた時以外はずっと黙ったまま。

 作り笑顔すら見せず、頑なに他の人との触れ合いを拒もうとしているレナスを見ても、自分の発言が間違っていなかった事ははっきりとわかるのに。

 

 レナの気持ちは、それでもやっぱり晴れないままだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 迎えの小型艦は、フェイト達の言う未開惑星の現地住民とやらに姿を見られないようにするため、リンガの町の外に降りるらしい。

 

 艦に乗る人達と一緒に早く起きたものの、留守番組のレナはこの後何をするわけでもない。最初はどうせヒマだし、自分もその着陸場所まで行ってみんなを見送りしようかなとも考えていたのだが、結局それもなしになった。

 フェイトから見送り禁止令が出たのである。

 朝一でボーマン家に駆けつけてきたプリシスが、見送りに行くだけと言いつつ、なんかいかにも密航を企ててそうな様子だったからだ。チサトも「しちゃえしちゃえ。一人くらい増えたってたぶん平気よ」とか小声で言ってたし。全部聞こえてたけど。

 

 そんなわけでふくれっ面のプリシス共々、留守番組のレナは町の外までは行かない。

 見送りもこのままボーマン家のすぐ前で済ませる事になったのだった。

 

 

 みんなはるばる宇宙のかなたへ行ってくるとは言っても、レナ達の待つ期間はそれほど長くない。

 聞いた話だとせいぜい二、三日後くらいにはエクスペルに戻ってくるというのだから、気楽に「行ってらっしゃい」と言ってしまえるぐらいの短さだ。

 

 宇宙を旅したことないレナにはよく分からないのだけど、こういうのは普通もっと時間がかかるものらしい。これほどまでに短期間で帰れるのは、まさにタイムゲートさんならではの御業なのだとか。

 ようするに二、三日というのは実際の移動にかかる所要時間ではなく、うっかり過去の自分に会ってしまわないよう余裕を持たせておく時間、という事なのだろう。

 話が理解できたらしく納得した様子のチサトに、クリフも肩をすくめて答えていた。

 

「なるほど。“ズル”ってそういう事だったのね」

 

「まあな。なんたって今は宇宙崩壊の危機かもしれねえって状況だ。ちんたらやってるわけにもいかねえし、多少のズルは大目に見てもらわねえとな」

 

 

 そんなこんなでこれから艦に向かうフェイト達は、一宿の礼をボーマンに言って彼の家を出たわけだが。

 どうせ二、三日後にはみんな戻って来るし、この家に残ると言うボーマン以外の全員が合流するという事で、見送る方も見送られる方の反応も、特に思うところがなければ実にあっさりとしたものだ。

 

「じゃあ行ってくるよ、レナ」

「うん、行ってらっしゃい。十賢者達の事、何か分かるといいわね」

 

 ごく普通に話しかけてきたフェイトにレナが返事する中。

 メルティーナとアリューゼが、

 

「神界の方は気にしなくていいから。今のあんたにできる事もないでしょうし」

 

「今の所は解決を迫られてる問題もねえしな。お前は自分の「力」を取り戻す事だけを考えておけばいいと思うぜ」

 

 とレナスに二人なりの気楽な言葉をかけたが。

 レナスの方はこれにも頷かず、ただ静かに「後の事は頼んだわ」と返すのみだ。

 確かに彼女の真面目な性格なら、周りに気にしなくていいと言われたところで気にしないわけにもいかないのだろうけど。

 

 

 彼女が自分の責任を重く感じている、という事はレナにもなんとなく分かる。

 だけど、今になって気づいたけど、

 

 さっきから彼女が、あの二人にもああいう態度でいるのは──

 なんでだろう、具体的に何が、というのは分からないけど、それでも何かがおかしい気がして。

 

 

「ねえねえ。レナはお土産何がいい?」

 

「……。えっ? お、お土産ですか? ……えーと、話聞きに行くだけですし、特に欲しいものはないかなーって」

 

 急なチサトの話しかけに戸惑いつつ、それでもまだレナス達の様子が少しだけ気になっていると。

 そうしているうちにクリフが、

「おーい、そろそろ行くぞー」

 とみんなに呼びかけた。

 

 その声を皮切りに、艦に向かうフェイト達がそれぞれ留守番組のレナ達に一声かけ、ぽつぽつと離れていく。

 

 離れていくフェイト達に、別に自分なんかがこんな事気にしたところで仕方ないかと思い直しつつ、レナも上の空で返事をしている時だった。

 アリューゼとメルティーナの二人に短く別れの言葉を述べたレナスは、それからレナにも声をかけてきたのだ。

 

 

「じゃあレナ、行ってくるわね」

 

 今朝のあのやり取りの後だ。

 こんなごく普通の挨拶の言葉でさえ、レナの方から呼びかけなければ、彼女の方からレナに向けてくる事など絶対にないと思っていたのに。

 

 言葉と一緒にレナスから向けられたのは、ひたすらに他者との接触を拒むような、硬い表情ではなく。

 ただこの別れを惜しむような、どこか寂しげな微笑み。

 

「あ……はい。気をつけて行ってきてくださいね」

 

「ええ」

 

 予想外の事に一瞬戸惑ってしまった事を顔に出さないよう、レナは答える。

 レナスは短く返事して、レナに背を向ける。それから歩き出したフェイト達の後ろを、ゆっくり追いかけていった。

 

 

 

(今の、レナスさん……)

 

 去りゆくレナスの後ろ姿を見つつ、別れ際のレナスの言動をぼーっとした頭で振り返り。

 我に返ったレナは首を振った。

 

 そんな事ない。きっと自分の気のせいだ。

 自分はだって、いつもヘンな早とちりばっかりするし。

 それにレナスさんだって。

 嘘ついてばっかりで、ごまかしてばっかりで。

 

 出会った時には名前すら本当の事教えてくれなかった。

 彼女の本当の正体だってきっと、十賢者達の事があって隠せなくなったから仕方なく言っただけだ。

 そうでもなかったら、自分が彼女の正体を知る機会なんてずっとなかったはずだ。

 

 

 レナスさんはずっと、元の世界に帰るために、自分達と一緒に行動していただけなんだから。

 そんな当たり前の事にも気づかないで、自分の方が勝手に、レナスさんとも仲良くなれたらいいなって思ってただけなんだから。

 

 彼女とは結局、ひと月くらい一緒に旅したという事実があるだけなんだ。

 本当の名前教えてくれたからって、あれからひと月経った今だって、結局あの時となんにも変わってなかった。

 それくらいの間一緒にいて、最初の頃よりずっと仲良くなれたと思っていたのだって、結局自分の勝手な勘違いでしかなかったはずなんだ。

 だから。でも。

 

 ──それじゃあどうして、さっきのレナスさんはあんな顔をしたんだろう。

 

 

 プリシスが「行ってらっしゃーい!」と元気に手を振る中。そんな事をまたうだうだ考え始めていたレナは、途中でまた我に返った。

 隣でレナスを見送ったメルティーナとアリュ―ゼが、一息ついて話しだしたのだ。

 

「さてと。じゃ、私らもでかけるとしますか」

 

「しばらく留守にするぜ。明日には戻る」

 

 レナに向かって言ってきたので、レナの方も

 

「これから、どこかに行くんですか?」

 

 と普通に聞いた後で、聞いちゃった事にびびる。

 ……だってこの二人、レナスとはまた違う意味で明らかになんか一般人じゃない感じだし。レナがレナスなしで、直接この二人と会話する事もほぼなかったわけだし。

 正直レナの内心は、わたしのような小娘が生意気にもあなた方の行き先など聞いてしまってすみません、って感じだったのだが。

 

 意外にも二人は結構普通に答えてくれた。

 

「これからいったん俺達の世界に戻るのさ。早いとこ顔見せねえと、俺達まで消えた奴扱いになっちまうからな」

 

「あのバカの生存報告もしとかなきゃいけないしね」

 

 アリューゼに続き、メルティーナは手に持っている封書をひらひらさせつつレナに言う。隣で聞いていたプリシスが代わりに「へえそうなんだ」と相槌を打った。

 二人がいた世界に用事を済ませに行くらしいのは、その説明で十分に分かったが、

 

(レナスさん、やっぱりバカ扱いなんだ……)

 

 レナとしてはメルティーナの言葉選びの容赦なさに苦笑いするばかりである。

 

 この人の性格がキツイのはたぶん今に始まった事じゃないんだろうけど。それにしてはレナスさんの事、ちゃんと気にかけたり心配したりしてたような気もするのに。

 きっと彼女もレナスさんを嫌っているわけじゃないだろうに、どうしてこんなバカ呼ばわりばっかりしているんだろうか。

 

 なんとなく気になったので、「あ、あの」と勇気を出して恐る恐る聞いてみたところ。

 

「レナスさんって、あなた達の世界の“神様”なんですよね……? そんな“バカ”とか、言っちゃっていいんですか?」

 

「いいのよ。だって本当にバカなんだから」

 

 メルティーナは直球で答えてきた。

 あまりの言いきりように聞いたレナの方が困ってしまう中。プリシスが気楽な調子で言い、アリューゼも正直にメルティーナを見て言う。

 

「まあ確かに。レナスってさ、バカって言われたからって、別に怒って天罰くだすような神様ってタイプじゃないよね」

 

「なによりの証拠なら今俺の目の前にいるな」

 

 その点に関しては確かにそうなんだろうなとはレナも思うけど。

 それでもこう、一応は畏れ敬う気持ちとか、もうちょっとくらいはあってもいいんじゃないだろうか。嫌いじゃない神様なんだったら、何もバカバカ連呼しなくても……。

 

 本当にそれでいいのかなあ、などとレナが思っていると。

 

「神とか何とかそんなん関係ないし? 私の知ってるあいつはバカなんだから」

 

 とメルティーナが言う。

 

「創造神だろうが何だろうが、結局バカはバカよ。んな偉そうな肩書きついたくらいで、バカが急に賢くなるわけないじゃないの。それに──」

 

「それに?」

 

 メルティーナはいったん言葉を区切り、首をかしげるレナの方をちらと見てから言った。

 

 

「あいつだって、特別扱いなんかされたくないでしょ」

 

「……あ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、レナの中で急に何かが分かった気がした。

 

 特別扱い。他の人と違う事。人からの優しさを素直に受け取れない気持ち。

 それじゃあ。さっきのレナスさんは、やっぱり。

 でも、本当にそうなの? これだって結局、ただの勘違いじゃないの?

 

 

 色々な考えで頭がいっぱいになり黙り込んだレナを、メルティーナはしばらくの間じっと見つめ、

 

「じゃ、続きは帰ってからするわ」

 

 そう言って、すぐに歩き始めた。

 お願い目線で言ったプリシスの「ねえねえ。アタシも一緒に行っていい?」には足も止めず、「冗談。なんで私がクソガキの子守なんか」との事。

 アリューゼの方も最後にレナに言い置いて、二人はレナとプリシスの前から立ち去っていった。

 

「おい。こいつもお前の知り合いなんだろ。……どっかの情報屋のように、あんな場所で助け求められても困る。しっかり見張っといてくれ」

 

 やっぱり置いてきぼりをくらったプリシスが「子供じゃないやい!」とすぐ近くで抗議の声をあげるも、レナの耳には入ってこず。

 ぶちぶち文句を垂れるプリシスの独り言も通り過ぎていくばかりだ。

 

「むうー。なんだよ、レナに見張ってもらうって。そこまで嫌がられてんのにアタシが無理やりついて行くわけないじゃん。年だってレナと一つしか違わないのにさ。なんだよなんだよ、メルもアリューゼも二人してばかにしてくれちゃって……」

 

 

 

 “特別扱い”されるという事がどういう事か。そんな事、レナにだって考えるまでもなく、とっくに知っていた事だったはずなのに。

 

 他の人と違う。

 自分だけ違う。

 自分だけ、他の人にはない「力」。

 

 どんなに優しくされても。心のどこかには、いつも孤独があった。

 クロードが光の勇者様みたいにわたしの前に現れて、わたしを救ってくれるまでは──

 

 

(わたしはその気持ち、痛いほど知っていたのに)

 

 

 それじゃあレナスさんも、あの時のわたしと同じだったんだろうか。

 自分は他の人とは違うからって、一人で抱え込んで、他の人からの優しさを拒絶して、壁を作ってしまっていたんだろうか。

 

 他の人とは違うから。神様だから。創造神だから。

 そう思ってたから、わたしにこれ以上構われたくはなかったのかな。

 わたしよりずっと付き合いが長くて、彼女の事を心配してたメルティーナさんやアリューゼさんにも、心から寄りかかる事ができなかったのかな。

 

 だから。

 特別扱いされるから。

 レナスさんは自分が創造神だって事も、本当は言いたくなかったのかな。

 

 

(どうして、気づいてあげられなかったんだろう)

 

 

 わたしは彼女の事、何も知らなかったから。ずっと正体を隠されていたんだって、嘘つかれてたんだって、ちっとも信用なんかされてなかったんだって。

 勝手に思って、勝手に傷ついてた。

 彼女の事情をどれだけ知ってるかなんて、本当はそんな事どうだってよかったのに。

 

 レナスさんが“創造神”だって知ったのは、つい昨日の事だから。

 彼女が彼女の世界でどういう創造神だったのか、わたしはよく知らない。

 だけど一か月間を一緒に旅した、ただの世間知らずなお嬢様としてしか扱われていなかったレナスさんなら知っている。

 そして特別扱いされてなかった時の、わたしにとっては普通の人間だったレナスさんは、絶対に今日みたいな、あんな感じなんかじゃなかった。

 

 自分から自分の事べらべらと話し出すような人じゃなくて、いつも落ち着いた雰囲気で、感情もはっきりとは表に出さない人だったけど。

 いつ帰れるか分からない自分の状況に、不安そうな顔も深刻そうな顔も、見せる時もあったけど。

 

 わたしが気づいていなかっただけで本当は、昨日今日のように、アーリアで彼女が本当の名前を教えてくれたあの時のように、わたし達と深く関わりを持つ事を拒んでいた時も、もっとたくさんあったのかもしれないけど。

 でもそれでも、わたしの知っている彼女は。

 

 

(本当に嬉しそうに、楽しそうに笑ってた時もあったんだ──)

 

 

 

 見送った人達の姿ももうとっくに見えなくなったというのに、一向にその場を動こうとしないレナの顔を、心配そうにプリシスが覗き込んで言う。

 

「レナ? どうしたの、もう中に入ろうよ」

 

「……ええ、そうね。もう数日間はこのままお世話になるんだもの、ボーマンさんの家のお手伝いくらいはちゃんとしなくちゃね」

 

 

 レナスさんの本当の気持ちなんて、そんなのどうやったってわかりっこない。

 今だって結局そう。わたしが勝手に彼女の感情を決めつけてるだけだ。

 

 こうやって自分で彼女の言動にそれらしい理由を考えて納得しているだけで、本当は勘違いでもなんでもなく、レナスさんにとってわたしは今も、ただ自分の「力」を取り戻すのに都合のいい人間でしかないのかもしれない。

 都合がいいから一緒に行動しているだけなのに、一方的に親しげになった気で接されて、心の底から迷惑しているのかもしれない。

 

 でも、それでも──

 

 

 レナの返事を受けて、安心したようにプリシスがボーマンの店の中にぱたぱたと走っていく。

 当たり前のように、こうやって自分の事を心配してくれる仲間。今の自分は自然にそれを受け止めていた。でも無駄な心配をかけないよう笑顔も作った。

 彼女も彼女なりに、仲間の事を心配させないように振舞っていたのかもしれない。

 

 誰からの優しさもただ遠くに感じていたあの頃と違って、今の自分はこんなにも恵まれているんだという思い。

 それから去り際に向けられた、彼女のあの不器用な微笑みがどうしても頭から離れなくて。

 

 耐えきれなくなったレナは、遠いリンガの町の外を見て呟いた。

 

 

「誰だって、寂しいのは嫌だよね。レナスさん──」

 

 

 

 どんなに拒絶されても、迷惑がられても、しょせん自分の勝手な思い込みでしかなかったとしても構わない。しつこいおせっかいでもいい。

 今までだって、どうせわたしはそうやって彼女と接してきたんだから。

 

 わたしはやっぱり、レナスさんを嫌いになんかなれない。

 エクスペルの当たり前な事に興味を持ってくれる、エクスペルの料理をいつも美味しそうに食べてくれる、わたしのどうでもいい話に付き合って本当に楽しそうに笑ってくれる、いつものレナスさんが好きだから。

 

 あんなに寂しそうな彼女をひとりにするのは、絶対に嫌だから。

 

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