スター・プロファイル   作:さけとば

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5-2. 寂しいのは、嫌

 リンガの町の外に着いてすぐに、通信機から『まもなく到着します』とのミラージュの音声を受け取ってしばしの後。

 小型艦がここまで来て着陸するのをクリフが普通に待ち、その一歩後ろ、横の方にいるレナスがただ無言で待っている中。

 

「あれ!? アレがあなた達の艦なのね!?」

 

「はいはい。そうですから、前に出ないでください。危ないですから。カメラも出さないでくださいね、あれ一応未来の艦なんで」

 

 その前方で、遠くの空に小型艦の姿がちらと見えた瞬間、いよいよ歓声を上げてはしゃぎ始めたチサトをフェイトがなだめた。

 それから昨日の夜の段階で取材は禁止だとフェイトに散々言われていたのにもかかわらず写真を撮ろうとしていたので、カメラを即没収された。

 

 がしかし、カメラを没収されたチサトの方はというと「ちぇっ。じゃあいいわ、この目に直接焼きつける事にするから」などとさっそくめげずに気持ちを切り替えた様子。

 かと思えば今度はこの目で直接見た事を忘れないようにするためなのか、持参した大荷物の中からうきうき笑顔でノートを取り出したので、それもまたフェイトに即没収された。

 

「えー。いいじゃないのよこれくらい、別に記事にするわけでもないんだから」

 

「だったら記録に残す必要もないはずですよね? ……チサトさん。何度も言うようですけど、そもそもあなた方過去の時代の人間が、こうやって未来の時代の艦を目にしているという事自体がものすごく危険な事なんです。今はそういう事を言っていられる状況じゃないからあなたにも同行してもらいますけど、本当なら……」

 

 フェイトのお説教もちゃんと聞いているのかいないのか。というよりいよいよこの場所すぐの上空まで来た艦の方を見あげて、「おおー」などと感嘆の声をあげているのでたぶん聞いていない。

 それらのやり取りをさっきから後ろの方で見ているクリフも、わくわくした様子で上を見たままのチサトを見て確信した。

 

(あいつは絶対観光気分でいやがるな)

 

 いやまあ、こうやって過去の時代の人間をFD世界に連れていこうとしている事自体が、相当に危険だというのはクリフも十分分かっているつもりだし。こんなところで新聞記者の本分なぞ頑張って発揮されるよりはずっとマシだが。

 一応今は宇宙の危機が差し迫っているという状況のはずなのに、いまいち緊張感に欠けるというかなんというか。

 

「つか、あいつも一応先進惑星出身だろ? あんなちゃちい艦なんて見飽きてんだろうに」

 

 フェイト達二人のやり取りを見つつ、頭をかいて言ったところで。

 

 

「って、お前は初めて見るんだったか」

 

 ふと思いついたクリフは、近くにいたレナスに話しかけた。

 

「どうだ? ──驚いただろ。俺達先進惑星人はな、あんな鉄の塊を、いともたやすく飛ばす事ができちまうんだぜ」

 

 

 今もエクスペル近辺に待機している旗艦ディプロならともかく、こんな小型艦一つじゃなあ。

 という気も正直しないでもないが、まあ相手はそもそも宇宙艦自体を見た事もない未開惑星人……いや、よその世界の神様とやらだ。なりは小さくとも、摩訶不思議な力で鉄の塊が空飛んでる事に変わりはあるまい。

 

 せっかくだから自慢してやるぜとばかりに得意げに言ったクリフは、「しかも俺の艦だからな、あれは」とさらに自慢げに言い。

 後ろを振り返ったところで、レナスに改めて話しかけた。

 

「おーい。元気かー?」

 

 ずっと何やら一人で考え込んでいたレナスは、クリフの今の話も全く聞いていなかったようだ。

 明らかに元気のない顔色を窺うように話しかけられ、まだどこかぼんやりした様子で聞いてくる。

 

「あ──。今、何か言った?」

 

「下向いてちゃ見えねえだろ。ほれ、あれが俺らの乗ってきた艦だ」

 

 鼻で息を吐いたクリフに言われるまま、レナスも指し示された上空を見上げた。

 そうやって小型艦を目にしても、そこにチサトのような喜色は全く見えない。ただぼんやり見ているだけだ。

 

 

 レナスはさっきからずっとこんな調子だ。

 もしくはこの様子は今朝からだったのか。いずれにせよ、昨日の夜よりもさらに気の持ちようが悪化しているだろう事はクリフにも簡単に見てとれる。

 何だか知らんがたぶん一晩寝て、落ち着いて自分のやった事を考える時間ができた結果がこれ、といったところなのだろうか。

 

 物事に責任を持つ事は大事だが、それにしたって限度ってものがある。

 誰が見たってもう少しくらい肩の力を抜いた方がいい事はまるわかりだというのに、こいつは何をこんな意地になって塞ぎ込んでいるのか。

 まるで塞ぎ込めば塞ぎ込んだだけ、自分が物事に真剣に向き合っている事になる。とでも思い込んでいるような塞ぎ込みようではないか。

 

 今も前方ではしゃいでいるチサトを見つつ、クリフはご苦労な事だと思う。

 

(アレ並みにはしゃげとは言わんが……。もうちっとどうにかならんのかね、この頑固ちゃんは)

 

 

 小型艦はすでに着陸の体勢に入っている。

 地上に向かってゆっくり降りてくる艦の方を見上げたまま、レナスはやはり気のない様子で呟いた。

 

「特別な力がなくても人の力を合わせれば、空を飛ぶ乗り物だって作りあげる事ができる。すごいのね、あなた達の世界の技術は──」

 

 

 こいつにとっての宇宙艦は正真正銘、今初めて見たものだったはずだ。

 なのにそんな顔して、そんなつまらなさそうに呟く事なのか。

 こいつにとって初めて見るこの世界、この瞬間は。そんなにつまらないものなのか。

 

(違えだろ? 前に酒飲んだ時、お前は一体なんて言ってたよ)

 

 思うまま、クリフは艦を見たままのレナスに話しかける。

 

「深刻に考えたって早く事件が解決するワケでもねえんだしよ。()()()()()()()()()()()()()()()、この際普通に楽しんだ方がいいんじゃねえの?」

 

 

 やはり意地になっているのか。レナスは返事をしない。

 視線の先で、小型艦がようやく地面に着陸した。

 

 搭乗口が開き始めるより先にチサトが「よーしっみんな、乗り込むわよ!」と動き出し、さっそくフェイトに「艦は逃げないですから。走らないで普通に乗ってくださいチサトさん、危ないです」となだめられる。

 そうこうしているうちに搭乗口が開き、

 

「フェイトーっ! 会いたかったよおー!」

「うわっ、何だよソフィア」

 

 と艦から飛び出してきたソフィアが久しぶりの再会よろしく、フェイトに勢いよく抱きついてきた。

 幼馴染のいきなりの行動に戸惑うフェイト。

 艦の入口には、そんな二人の様子を呆れた様子で見ているマリアの姿がある。

 マリアの横にいるミラージュが、クリフ達に向かって軽くお辞儀した。

 

 

「変わんねえなあ、あいつも」

 

 クリフも手をあげてミラージュに応える。

 それから黙り込んで頑なにクリフの言う事を聞こうとしないレナスの肩を、子どもをあやすように、背中を前に押し出してやるように軽く叩いた。

 

「さ、行こうぜ。心機一転、今度は楽しい楽しい宇宙の旅の始まりだ」

 

 

 ☆★☆

 

 

 リンガの町の外でフェイト達四人を拾った小型艦は、それから間もなくして惑星エクスペルの外に向かって移動を始めた。

 目的地はこのまま惑星ストリーム。

 ……ではなく、エクスペル近辺で待機しているというフェイト達の艦、外交艦ディプロ。

 

 自分達が乗っているこの小型艦のままで、遠く惑星間までを移動するのはとてもじゃないけど現実的ではないからだ。

 遥か未来の時代の艦であっても、そういう基本的なところは変わっていないらしい。

 

 宇宙へ向かい、自分達を乗せた小型艦はどんどん高度を上げていく。

 体に重力がかかるこの感覚。

 みるみるうちに色合いが濃くなっていく、あのモニター越しの景色もまるっきり一緒だな。

 

 八人乗り、二列シートの最後列で感嘆の声をあげるチサトにつられたか。

 そのすぐ前の座席についているクロードも、そうやって少しだけ懐かしさを覚えた。

 

 

 

 エクスペルの外に行く必要ができたから、さっそく何人か艦で合流して行こう。

 昨日そういう話になった時。

 宇宙が大変な事はまあそれはそれとして、実はその流れで久しぶりにレナに会える事を結構期待していたわけだったりするクロードは、実際に艦に乗り込んできた人達を確認し終えた時に実はちょっとだけがっかりした。

 

 いや、本当にちょっとだけだけど。久しぶりにチサトさんに会えた事ももちろん嬉しいからいいけど。

 でもどうせストリーム行って戻ったらすぐに会えるし、久しぶりの再会とか今じゃなくてもいいと一瞬思っちゃってなんていうか本当にごめんなさいチサトさん。

 

 よくよく考えればレナじゃなくて、十賢者の事に一番詳しいチサトがやってくるのは当たり前の事だし、自分が勝手に期待してただけだ。

 もちろんチサトは何一つ悪くないという事も十分分かっているので、クロードも表面上はちゃんと「久しぶりですね、チサトさん」と喜びの握手を交わしたわけだが。

 

 

 艦がようやく大気圏の外に出て、ふうと一息つく中。

 それでもある程度がっかりしちゃうのはどうしたって仕方ない事だと、クロード自身も内心開き直っていたりする。

 

 なんたって自分のすぐ隣には、無事に感動の再会を果たしたっぽいソフィアが、ずっとにこにこ笑顔で前の席に座っているフェイトを見たまんま、さらにはフェイトを含めた前の方の席の人達と楽しそうにお喋りまで始めているのだ。

 そりゃどうしたってうらやましいなあ、ぐらいの事は思っちゃうだろう。

 

「皆さん、お元気そうでなによりです」

「本当に。元気すぎだよな、ソフィアは」

「だってー」

「まあ、あそこまで素直に行動できるのは少し羨ましくもあるわね」

 

 フェイトの隣に座っているマリアはさらりとそう言ってのける。最前列のクリフが感心したように

「お前がそういう事言うようになるとはなあ」と言うと、

「いちいち気にしてたら疲れるのよ。この子いちいちバカだから」

 とまで平然と言ってのけた。

 

「いいねえその態度。もう一人の子どもにも見習わせてやりてえもんだ」

「はあ?」

「年寄りくさいですね、クリフは」

「お前ら……」

 

 なんか色々つもる話をしている隣のソフィアおよび前の席の人達に視線が行き。思わずいいなあと指をくわえかけたところで、クロードはどうにかきりっと考え直した。

 

(レナは僕を信じてくれてたんだ。だったら僕だって、情けない事ばっかり考えてられないじゃないか)

 

 聞けばレナは「わたし達の代表はクロードだから」と自ら辞退して、チサトにこそ艦に乗ってもらうべきだと勧めたのだとか。

 レナの方はちゃんと宇宙のために何が一番なのかを考えて、自分の事をリーダーだと頼りにして後の事を任せてくれたというのだから、そんな自分がこんなんじゃいけない。

 

 というかどうせストリーム行って戻ったらすぐに会えるんだから、なにもこんなに隣の芝を青く見る事なんかないじゃないか。……ストリームまで行って戻るのに、実際どれくらい時間かかるのかはまだ聞かされてないけど。

 

(どうなんだろう。片道、いくらなんでも一週間はかかるよな……)

 

 

 輝かんばかりの笑顔で前だけを見ているソフィアの隣で、やっぱりほんのちょっぴり孤独を感じかけたクロードは、今度こそこれじゃいけないと後ろの席に視線を移した。

 レナはいないけど、自分だって話す相手が一人もいないわけじゃない。

 とにかく古くからの仲間らしい未来人の彼ら五人に、自分があぶれ者として混じっているような感じになっている、この席順がいけないのだ。

 

 後ろの席の二人、チサトとレナスはというと。

 

 さっきから一人で勝手にはしゃぎつつ、チサトの方がたまに隣のレナスに話しかけていて。レナスもその一方的な会話に一応は付き合っているのか、短く言葉を返したりしている様子。

 会話が盛り上がっているのかどうかはよく分からないけど、とりあえず女子会チックな会話は聞こえてきていない。

 今からその会話にクロードが加わっても大丈夫そうな感じだ。

 

 

「ええと。本当に久しぶりですね、チサトさん。レナスさんも」

 

 さっきも言ったような気もするが、他の話題が急には思いつかなかったのでとりあえずそう声をかけたところ。

 急に声をかけられたチサトは首をひねった後、意地悪そうに笑って言ってきた。

 

「ほんとごめんねー、レナじゃなくて」

 

「ええっ? え、えっと……いや、そんな事はないですけど」

 

「あ、やっぱり? そう思ってたんだ、へえ~」

 

 返事に動揺が出てしまったらしい。これはまずい風向きだとますます笑顔なチサトの視線を避け、クロードは慌ててレナスの方に話を振った。

 

「その、レナスさんも、本当に久しぶりですね。一か月くらいぶりかな?」

 

「ええ」

 

 通信機を使った会話だけじゃなくて、こうやって直接彼女の姿を目にするのは本当に久しぶりの事だなと改めて思う。

 彼女以上に久しぶりに会ったはずのチサトよりもなんだか久しぶりな気がしてしまうのは、アーリアで初めて会ってからクロスで別れるまでの、一緒に行動していた期間もあまりなかったからだろうか。

 

 会話自体は一応、つい昨日の夜にもしたばかりだ。

 まあ会話というより、クロードの方はレナスとその知り合い二人がしてくれた話を、ただ驚いて聞いているだけだったけれども。

 それとその時のレナスはとても深刻そうな声の様子をしていて、聞いているだけのクロードも(大丈夫かなレナスさん)と彼女の落ち込みようをそれなりに心配していたわけだが。

 

 こうして実際に顔を合わせて言葉を交わしてみたレナスは、短い返事だけだけど、たぶんいつも通りの落ち着いた応対をしてくれている様子だ。

 思ったより大丈夫そうだと、クロードも内心でほっと息をつき、

 

(神様……か。うーん、なるほどなあ)

 

 それから昨日教えてもらったばかりの情報を改めて思い出し、一か月ぶりの超絶美人の正体を、何故だかものすごく納得した気分で眺めた。

 

 

 いや、そういう事思ってる場合じゃないのはわかってるけど。

 女神さまって、それは道理できれいなひとのはずだなというか。

 そう分かったうえで改めてレナスさん見てみると、やっぱり見れば見るほどきれいなひとだなというか。なんかこう、見るだけでありがたい気持ちになれちゃうというか。

 

 

 この場にいないレナになんだか悪いなと思いつつも、クロードがこっそり目の保養をしていると。

 クロードの視線を全く別の意味に捉えたらしい。レナスが抜き身の状態になっている自分の剣に目を落とし、謝ってきた。

 

「ごめんなさいクロード。あなたに借りた剣の鞘、なくしてしまって」

 

「いいですよ、別に。あれそんな大事なものじゃないですし」

 

 言うクロードは実に照れくさそうな笑顔である。

 そんな二人のやり取りを見て、チサトが聞いてきた。

 

「ねえねえ、二人はどういう知り合いなの?」

 

「いや、そんな深い関係じゃないですよ、僕達。この旅が始まる前の日に会ったってだけで、最初の数日間以外はずっと別行動でしたし。毎日通信機で会話はしてましたけど、それもみんなで話してただけ、って感じで……」

 

 なんだかレナに悪いなと思ったので、あっさりとした関係を強調し、

 

(……いや、本当に何もないんだけどね)

 

 と我に返ってクロードは若干むなしい気持ちになった。

 レナとセリーヌ繋がりでたまたま知り合っただけ。

 あげくほとんどずっと別行動。

 おそらくきっと彼女の方は、自分に対して剣貸してくれた人くらいの印象しか抱いてないに違いない。

 

(そうだよなあ。レナがいなかったら、別に僕とは……)

 

 何にもあるはずないのに一瞬だけでも目の前の美人に舞い上がってしまってごめんと、心の中でレナに平謝りしつつ。レナの顔を思い出したついでに言う。

 

「ああそうだ。どっちかっていうと、レナとの付き合いの方が深いんじゃないですか? レナスさん、確か紋章の森で知り合ったって言ってましたよね」

 

 初対面の時にもマーズで知り合ったという話自体は聞いていたけど。

 昨日改めてレナスから聞いた話だと、ちょうどこの世界に来てしまったところをレナとセリーヌの二人に助けられたという事らしい。二手に別れたクロス以降も、レナとは同じチームで旅をしていたわけだし、自分達の中で彼女と一番仲がいいのはレナなんだろう。

 

 その推測はやはり間違っていなかったらしい。

 クロードの話に、レナスも否定をせずに答えたが。

 

「そうね。レナにはずいぶんと助けられたわ。本当に、どちらが子供なんだか、分からないくらい──」

 

 

 自嘲を込めたその呟きに、クロードは少しだけ違和感を覚えた。

 言葉の内容、言い方自体もそうだけど。

 レナの事を思い出していたのか、どこか遠くを見てそう言ったレナスの表情に、どうしてか一瞬だけ疲れたような感情が見てとれたような気がしたのだ。

 

 だけどそれは全くの見間違いだったのか。

 レナスは戸惑うクロードに微笑んで言う。

 

「レナはとてもいいこね」

 

「え? ……ええ、そうですね。僕も、レナにはよく助けられてます」

 

 戸惑いもさておき、いきなりのレナスの話にクロードも思った通りの事を言うと。

 チサトが「おおー、のろけてくれるわねえ」と茶化してきた。

 

「や、やめてくださいよ」

 

 恥ずかしさに慌てるクロードを見て、レナスも少しだけおかしそうに笑って言う。

 

「レナの事、大切にしてあげてね」

 

「だからやめてくださいって。レナスさんまで、何を言い出すんですか……」

 

 年上の女性二人にいいようにからかわれて、クロードもすっかりたじたじである。

 いきなり暑くなって出てきた変な汗をぬぐうクロードをよそに、

 

「そっかー。じゃあ帰ったらあなたの事、レナにも聞いてみようかしら」

 

 とチサトが笑顔でレナスに話しかけた。

 

「ほら私、みんなとは昨日知り会ったばっかりじゃない? だからいまいち話についていけないっていうか、レナスの事もよく分からないし……。あ、名前は呼び捨てでいいかしら? 年は同じくらいよね?」

 

 単純に仲良くなりたいらしい。チサトは親しみを込めた表情と口調で、レナスに問いかけるが。

 レナスはそんなチサトを見て、少しの間返事に戸惑った。

 

「あ……。ええ。呼び捨てで、構わないわ」

 

 

 言って視線を逸らすその仕草に、クロードはふと気づく。

 そういえば彼女は実は女神さまだったわけだが。イメージ的に“神様”って、大体は見た目以上に、ものすごく長く生きているもののような気がする事に。

 

(いや、やめておこう……。女性の年を考えるのは失礼だよな)

 

 とクロードがひそかに思い直したところで。

 チサトがそんなレナスを見て、今度は急に思い出したようにこんな事を聞いている。

 

「あ! ねえねえ、レナスってどんな食べ物が好きなの?」

 

 

 話題を変えようと思ったのかなんなのか。

 チサトも聞いた後でレナスの年齢の秘密に思い当たったという事なのかもしれないけど、それにしたって話題が飛びすぎだろう。

 

 そりゃ確かに、自分達の仲間内で一番会話が弾まないであろうディアスを相手にする場合は、まさに食べ物の話題が無難なんだろうとはクロードも思うけど。

 だからといって彼を基準にしてはいけないと思うのだ。別にレナスさんの趣味は『食う事』じゃないんだから、たぶん。

 

(話に何の関連もなかったよな、今……?)

 

 とひとしきり困惑した後。案の定なんだか返事に困っている様子のレナスを助けるべく、クロードが聞いてみたところ。

 

「レナスさんの好きな食べ物ですか? チサトさん、なんで急にそんな事を」

 

「昨日私レナスに助けられたんだー。まさに命の恩人って感じ? だから、今度お礼に何か料理でも作ろうかと思って。……あっそうそう、だから私が知ってるやつでお願いね。ほら、あなたの世界のはよく分かんないじゃない?」

 

 一応チサトの中では、今のも繋がりのある会話だったらしい。

 

(ああ、それでか)

 

 とクロードが納得したところで。

 ちょうどその会話を聞いていたらしく、隣のソフィアが席から身を乗り出して後ろを振り返り、期待に目を輝かせて言ってきた。

 

 

「わたしもその話聞きたいです! レナスさんが助けに来てくれた時の話! なんか映画のワンシーンに入り込んだみたいですごいかっこよかったって、昨日言ってましたよね」

 

「そうそう、本当にすっごくかっこよかったのよー。こう……魔物が二匹いっぺんに、こん棒振り回してきてね。私は避けたんだけど転んじゃって。それで顔上げたらね、もう目の前にいたのよ彼女が。魔物二匹とも倒れてて、それで倒れてた私に向かって無事かって。それからその後も……」

 

 直前までレナスに話しかけていた事も忘れて、チサトはすっかり新しい話題に夢中だ。

 クリフが「おーい。ちゃんと座ってろよなー」と注意するも、ソフィアの方もすでにチサトの話ぶりに夢中な様子。

 

「……それで、魔物バッタバッタなぎ倒しつつこのペン取ってきてくれたのよ。ね、何から何までかっこいいでしょ?」

 

「かっこいいです! もうチサトさん映画のヒロインじゃないですか! ……あ。でもレナスさんも女の人だから、そういう場合はどうなるんですかね? ダブルヒロインっていうやつになるのかな?」

 

 やらなんやら、すごく楽しそうに盛り上がっている。

 ソフィアの間違った単語知識にいちいち訂正を入れるのももう面倒くさいらしい、マリアがしょうもなさそうにため息をつき。

 フェイトの方は、

 

「何から何までは……どうなんですかね。顔にバカって書いてありましたけど」

 

 とまたつい正直に余計な事を言って。ソフィアに呆れたように言い返される。

 

「フェイトは何も分かってないんだから。そういう揚げ足取りばっかりして……。全体の雰囲気がとにかくかっこよかったら“かっこいい”でいいの。白馬の王子様だって、見ようによったら変な白タイツはいてる人でしょ?」

 

 

 なんだかにぎやかになってきた艦内の中で、「……そうか?」「そうなの!」などというフェイトとソフィアのやり取りを聞きつつ、

 

(例えが白馬の王子様は……ちょっと違うんじゃないか)

 

 とクロードも内心でつっこむ。

 なんかこんなバカ話ばっかりしててすみませんという気持ちで、いつの間にやら当人そっちのけで話を盛り上げられてしまっている、レナスの方を改めて見ると。

 

 

 レナスはいよいよ困ったような表情を浮かべていた。

 というより、彼女のその表情は。

 

 

(──えっ?)

 

 思いもよらなかったレナスの様子に動揺するクロード。

 一通り話し終えてからレナスの方を振り返ったチサトも、

 

「あのでも、嫌なら教えてくれなくても全然いいのよ? 本当にちょっと気になっただけだから。その、だから、別に全然大した事じゃないっていうか」

 

 となんだか焦ったようにレナスに一生懸命話しかけたけど。

 

 

 

「この世界の、好きな食べ物……。なん、だろう。ケーキかな。みそ汁?」

 

 答えるレナスの目からは涙が流れていた。

 

 

「ごめんなさい。よく、分からないわ。……野菜スープも、お寿司も、肉まんも、ハンバーグも、サンドイッチも全部、全部おいしくて。おいしいもの、たくさん、あったから」

 

 涙をこぼしながら言葉を続け、突然の事に言葉をなくしたみんなに、

 

「ごめんなさい、なんでもないの」

 

 と言ってレナスはその涙を拭うけど、涙は止まらずこぼれでてくるばかり。

 

 自分でももうどうしていいか分からなくなったのだろう。

 ぽろぽろと出てくる涙にすっかり濡れた手を見て、レナスはなおさら心乱れたように涙を流し、絞り出すように弱りきった声で呟く。

 

 

「どうして? なんでも、ないのに。あんなの違う。違うのに」

 

 

 レナスが言っている事の意味はクロードにはよく分からない。

 ただ一つなんとなく思ったのは、「元気を出してください」といった慰めの言葉よりも、今は放っておいてあげた方がいいのかもしれないという事だけだ。

 

 レナスからそっと視線を外して前を向くクロード。

 艦内のメインモニターには、いつの間にか『ディプロ』らしき艦の姿が映っている。

 

 クリフとミラージュもクロードと同じく、取り乱しているレナスの事に触れないよういつも通りに振舞っている。

 マリアもただ黙り込んでいるだけ。

 フェイトがうろたえた様子で、ソフィアとチサトが心配そうにレナスの方を見る中。

 

 

「なんでも、ないのに。こんなはずじゃ、なかったのに……」

 

 ただ一人感情を露わに泣きじゃくる、レナスの声が静かな艦内に響いていた。

 

 

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