スター・プロファイル   作:さけとば

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11. 努力の方向性

 私は一体、何をやっているんだろう。

 

 毎日毎日、私はこうして私自身の心を責め苛む事の他に、一体何をしているというのだろうか。

 私のせいで、こんな事になったのに。

 それなのに。私以外のみんなは、私と違って、懸命に前を見ているのに。

 なのに、私は──

 

 ずっとこんな夢に閉じこもっているだけの私を知っても、あのこはきっと、今までと同じように、また私に笑いかけてくれるのだろう。

 大丈夫、そんなに心配しなくてもなんとかなると。

 

 

 こういう時、本当は優しさに甘えてはいけないのだという事くらい、自分自身の臆病さを、よりによってあの優しさのせいにする事自体が卑怯なのだと、私にだってわかっているはずだ。

 

 でも結局、私は私のままだ。

 いくら劣等感や焦りを抱いていようと、私自身がこの感傷を切り捨てようとしないかぎりは、臆病な私の本心もずっと、それに縋ったまま。

 

 だから、どんなに私の心が私を蔑んでも。

 私はこうして、いつまでも、こんな夢の中に佇む事しかできないのだろう。

 

 

 ☆★☆

 

 

 丸一日の休養命令が解けた翌朝。

 おとといや昨日の夜と同じく通りがかりに医務室に様子を確認しに行ったところ、さっそくベッドがもぬけの殻になっていたと。

 いつぞやと同じくレナスの面倒見を任せていたミラージュから報告を受けたクリフは、トレーニングルームに入ってすぐ、予想通りすぎた光景に小言を漏らした。

 

「お前、張り切るのもいいがマジで程々にしとけよ。じゃねえと俺らが死ぬ。主に場所的な意味で」

 

「心配しなくても、今の私にそんな力はないわ。あれはあくまであの円卓上に限った失態。現実には「創造の力」どころかごく単純な「力」の行使さえできないのに、ただの剣一つで、鉄でできたこの壁に大穴を開けられると思う?」

 

「やりかねねえから言ってんだよ、お前なら」

 

 ひとり鞘付きの剣を振るい続けるレナスは、クリフの小言もなんのその。むしろ鍛錬のやりすぎ禁止令を出される前よりも、動きに激しさが増している始末。

 限られた時間を精いっぱい有効に使ってやるという事らしい。

 

(やっぱ懲りてねえな、こいつ)

 

 おとといの騒動の時はその後そのまま翌日の朝までずっと、軽く半日以上は眠りこけてたらしいくせに。謹慎処分が解けるなりこれかと。

 

 

 やらかしたもう一方の四人はというと、騒動の後は意気消沈と『パラケルススの円卓』がなくなった会議室に戻っていっておとなしく日を過ごし、その後も各自早々に自室に戻って寝たらしいというのに。

 

 同じ格闘組のクリフとミラージュに合わせてほどほどに鍛錬していたはずなのに、知らない間に『パラケルススの円卓』がぶっ壊れてるわレナスが医務室に運び込まれているわで、困惑やら心配やらしていたチサトですら、

 

「ひとりで会議室いてもしょうがないから、私もそれからすぐに部屋戻ってさあ。今日なんか寝すぎて逆に調子悪いくらいなんだけど、トレーニングルーム使っちゃだめ? ……なのよねえ」

 

 とか言いつつも、休養命令の出たみんなに合わせてちゃんと一日休んだというのに。

 

 ひたすらしょんぼりしていた奴らは、クリフと同じく翌日医務室にお見舞いに行って、レナスが普通に起きている姿を確認してようやく元気になったものの。

 この一件についてはしっかり反省したようで、今後は白熱しすぎないようにしようねと口を揃えて言っていたのだ。

 

「レナスさん、本当にすみませんでした。僕達本当に、あの時はどうかしてて」

 

「どうかしていたのは私も同じよ。力の加減を完全に間違えて、大切なアイテムを壊してしまった。──みんなはこの短期間で、私をあれだけ追い詰めるような戦いができるようになったのだから。十分誇っていい事だと思うわ」

 

 そんなやり取りをしていた通り、お互い根に持つような結果にならなかった事は幸いなのだろうが──

 

 

「少し追い詰められただけで、あの有様。あんな簡単に平常心を失うなんて、私は今まで何を学んできたのかしら。……もし、現実であのような「力」の使い方をしてしまったら。身も心も、もっと鍛えないと……」

 

 だからむしろ鍛える事に熱中しすぎたせいであの有様なわけだが。

 力の限りに思いきりやっちゃったのだってどうせ負けたくないあまりむきになってつい、とかいうオチだろうに、レナス的にはどうやらそういう結論になってしまったらしい。

 

(俺は頭もちゃんと休めとけと言ったはずなんだが……ああそういや、こいつあの時寝てたな)

 

 鍛錬やりすぎ禁止令自体は、翌日レナスが起きた際、改めて個別に言ってあったのだが。

 一番言っとくべき奴に一番伝えるべきところを省略してしまったかもしれないと、クリフがその時の自分の言動を思い返そうとしていると。

 

 それまで一生懸命動き続けていたレナスが、突然剣を下ろした。

 

「ん? どうした」

 

「どうしたも何も、鍛錬のできる時間は日ごとに制限されているんでしょう。あとは時間を置いてからにするわ。まとめてやっても効果は薄いもの」

 

 そこだけはきちんと守るらしい。やはり真面目か。

 あとは「程々にする」の部分をちゃんと守ってくれれば言う事なしなのだが、と正直思っているクリフに、剣をベルトに納めたレナスが聞いてきた。

 

「それとクリフ。今日はもう部屋に戻っていいのよね」

 

「あー。別にいいんじゃねえの? まああそこが気に入ったってんなら、好きなだけいてもいいぜ。お前の事存分に調べたそうなやつも常駐してる事だしな」

 

 

 レナスが医務室に運び込まれたばかりの時は、現代機械技術ガン無視というレナスの非常識な特異体質にぶっちゃけ匙を投げる寸前だったらしい医者も、事態が大事に至らなかったと安心できた今は、ブラックボックスのかたまりとしてレナスに大変な興味を抱いているらしい。

 

「紋章術による回復は効くって事は、臓器の位置とか大まかなしくみは私達となんら変わらないって事よね。なのに機械はダメって……こんな事って本当にあるのかしら? 例えばだけど、風邪薬なんかは? 私達のと同じ成分が有効に働く? 前リーダーの場合に当てはめたら、多少特別でも問題なく使えるって事なんでしょうけど……」

 

 とかなんとか、どこも悪くないのに念のためという理由で医務室にもう一泊させられる事に嫌そうな反応を示したレナスの脈をとりつつお熱を測りつつ、独り言を延々呟いていたのだ。

 

 

 ──それでもって今日医務室を抜け出して早々、クリフにこんな事を聞いてくる辺り、レナスにとって案の定昨日は居心地がよろしくない一日だったらしい。

 クリフの茶化しに真面目に答え、レナスはトレーニングルームを出ていった。

 

「色々よくしてくれた彼女には悪いけど。夜は、一人になりたいのよ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 『パラケルススの円卓』が壊れてしまった事で、現在ディプロ艦内にいるみんなができる鍛錬は従来通りの方法、つまりトレーニングルームで直接体を動かす方法しかない。

 クリフが直々に鍛錬のやりすぎ禁止令を出すまでもなく、フェイト達は行きの時と同じようにほどほどに鍛錬しつつ、惑星エクスペル到着までの残りわずかな日を、肩ひじ張らずに過ごすという生活スタイルに自然と戻っていったのだ。

 ただ一名を除いては。

 

 レナスは限られた鍛錬の時間を、他の誰もトレーニングルーム使っていない時間帯を狙って、最大限有効に使う事にしたらしい。

 朝の鍛錬が終わった後は会議室に行き、みんなと一緒に時間を過ごしていたものの。「これから一緒にトレーニングルーム行きます?」という誘いも断り、ほどほどにいい汗かいてフェイト達が戻ってきた頃に、今度はひとり席を外したのだ。

 

 行き先は言わなかったが間違いなくトレーニングルームであろう。

 誰もいない朝にレナスがひとり必死こいて剣を振っていた事を知らないフェイト達は、誘いを断られた事についてもなんとも思わず。彼女も自分達と同じように今日からはほどほどに鍛錬する事にしたんだな、ぐらいにしか思っていなかったようだが。

 

 こんな一日の過ごし方をはたから見ていて、クリフが内心思った事はもちろんフェイト達とは別だ。

 つまり、こいつはどこまでも極端な奴であると。

 

 

 

 改めて言うまでもない事だが、自分達が今いるのは宇宙空間を航行中のディプロの中。

 レナスが今散々に剣を振るっているであろうトレーニングルームも、当然ながらその中の一室である。

 

 宇宙とはすなわち、人が吸える空気も何もない空間。

 そんな場所を航行中の艦に穴を開けたら一体どういう事になるか。

 

 ミラージュは、クリフほどには事態を深刻に考えていないのか、

 

「大体あいつすでに十分強えじゃねえか。フェイトもクロードも散々負かしてるっつうのに、何が気に食わねえっつうんだか」

 

「すでに十分強い彼女だからこそ、では?」

 

「あ?」

 

「彼女自身には鍛錬の成果を実感できる機会がなかったわけですから。どれだけ強くてもこれで終わり、というようには思えないと。気持ちは分からなくもないですね」

 

「……そうは言うけどよ。だからってじゃあどうしろっつうんだよ。あいつを満足させんのはどうしたって無理だぜ。艦が壊れる壊れねえ以前に、あいつ以上に強い奴なんざ知らねえしよ」

 

「そんな事は彼女も十分承知の上でしょう。分かっていてそれでも自分の納得がいくまで剣を振り続けるというのなら、私達も今までと同じように、ある程度は彼女の好きにやらせてあげればいいのではないでしょうか」

 

 ぶっ壊し事件の翌日。

 医務室に様子を見に行った時点で、すでに思いっきり鍛錬したそうな顔をしていたレナスの処遇に頭を悩ませていたクリフにも、そんな寛大な事を言っていたが。

 何を能天気な事を、といったところである。

 

 クリフだって元々、あまり細かい注意なんかしたくないタチの人間だ。

 レナス本人も円卓上で自分本来の「力」を披露しまくる事の重要性を十分に分かっていたとはいえ、ついむきになってあんな事をやらかすほどに、レナスの精神を自分達の鍛錬に散々付き合わせていた事に負い目を全く感じていないわけでもないし。

 ここがだだっ広い草原のど真ん中であったなら、多少大地が裂けようが抉れようが、(頑張ってやってんな)くらいにしか思ってなかっただろう。

 

 しかしここは宇宙空間なのである。

 本気出したら星一個ふっ飛ばせるような奴がむちゃくちゃやる気出してたら、そりゃもう何を差し置いても「程々にしろ」にもなるというものだ。

 

 

 

 そんなこんなで夕方にも今朝と同じく、レナスの頑張りようを呆れ果てつつクリフは確認しに行ったのだ。

 やってきたクリフにレナスは一瞬怪訝そうな顔をしたものの、それ以上に時間が惜しいのか、何も言わずに剣を振るい続けていた。

 

 

 レナスの鍛錬は今朝と同じく、フェイト達と普通に手合わせしてた頃より激しさを増している。

 そこら中飛んだり跳ねたり壁や天井蹴って方向転換とか、正直これを剣士と思っていいのか分からないくらい頭のおかしい動きをしていらっしゃるのだが、それでも一応加減はしている様子。今のところ剣圧で壁が吹き飛ばされそうになる気配はない。

 

 この調子であと数日何事もなく過ぎればいいのだが。

 しかしこの間の事件のように、何らかの拍子にこいつがうっかり本気出しすぎてドーン! ……といく可能性もなきにしもあらず。

 

 どうしたもんかと思いつつレナスの練習風景を見ていると。

 

 一通り暴れ終わったレナスが、なんか物足りない様子でしばらく考え込んだ後。

 ふとクリフに目を向けた。

 

「少し付き合ってくれないかしら」

「俺を殺す気か」

 

 そういや彼とはまだ手合わせしてなかったわ、みたいな思いつきでいきなり剣向けてくるっていう。

 あげく即断られて、クリフはそういうの好きそうなのにはて何故だろう、みたいな感じに首かしげるっていう。

 

(やっぱ確実に頭休めてねえな、こいつ)

 

 鍛錬に熱中しすぎて基本的な事すら忘れてしまったらしい。まだ理由がよく分かってない様子のレナスに、クリフは自分の腕を分かりやすく叩いてみせた。

 

「常識で考えてみろよ。俺の武器はこの拳なんだが?」

 

「……。言われてみればそうね」

 

 このうえさらに今のうっかり常識的な基準を失念してたわ、みたいな反応は一体どういう事なのか。

 

(こいつ……本気か? リーチの有利も分からん素人でもねえはずのくせに)

 

 本気で頭の中が心配になってきたクリフをよそに、レナスはなにやら真剣に考えなおしてから、また思いついたようにこんな事を言う。

 

「分かったわ。それじゃ私も剣は使わない。お互いに武器は一切なし、肉体のみを用いた模擬戦闘でいきましょう」

 

「俺と組手しようってか。それだとお前の剣の修行にはならねえぞ」

 

「足さばきや体重の移動、瞬間的な力のかけ方等、戦いにおいての基本を学ぶ事はできるわ。というより、今の私にはそれがなにより重要な事だと思う」

 

 とかなんとか。

 ぶっちゃけ今さっきの暴れよう一つとっただけでも強キャラ感滲み出てるような奴が、今さら自分との組手一つで、新しく戦いの基本を学べるとは思わないのだが。

 本人は大真面目に考えているようだし、一戦付き合うくらいならまあいいかと。

 

 思いかけたクリフは、結局すぐに思いとどまった。

 クリフの沈黙を了承の意と捉えたのか。さっそく剣をおいて構えたレナスが、今までにないくらい本気の目をしていたためである。

 

 なんというか……全力で倒す! みたいな感じの目を。

 

 なぜにこいつは俺相手にそんな本気出す前提なのか。

 いくらなんでも実力を高く買いかぶられすぎではないのか。

 もしかしなくてもこれは自分の身っていうか艦もろとも大惨事になるパターンのあれではないか。

 

 

 ヤバい気配を肌で感じ取ったクリフは、

 

「あいにくな、教えるってのは俺のガラじゃねえ」

 

 などともっともらしい理由をつけて誘いを断り、

 

「教えを乞うつもりはないわ。ただ付き合ってくれるだけで──」

 

「いいからお前は少し落ち着け。な? んな真面目に鍛えるこたあねえって、お前はすでに十分強えんだから」

 

 どうしても戦ってほしい様子のレナスをなだめすかし、何かを言われる前にとっとと部屋を出たのである。

 

「じゃあな。程々にしろよ程々に。くれぐれもその辺ぶっ壊すなよ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

「それでクリフは彼女に怖れをなして逃げ帰ってきた、というわけですか」

 

「おい、俺がいつビビッたんだよ。艦の身の安全考えた結果だっつうの」

 

 トレーニングルームを出たクリフが向かった先は、夕方までをなんとなく過ごした会議室ではなく、ミラージュのいる仕事場。

 ただ今の時間的に考えてレナスも鍛錬をいったん切りあげ、会議室にいる連中と一緒に晩飯を食いに行きそうな様子だったからだ。

 

 奴と今顔を合わせたらまた一戦をせがまれるに違いない。

 ディプロ全乗組員の命を預かる身としても、自分が奴の誘いをのらりくらりとやり過ごす事にしたのは至極まっとうな判断だというのに。

 

 剣と拳の違いすら忘れたレナスが平然とクリフに剣を向けてきた事を話してみても、ミラージュは興味深そうに感想を言ってみるだけ。

 

「もしかしたらいるのかもしれませんね、彼女の星には。剣を持った彼女と、拳ひとつで対等の勝負ができる人物が」

 

「いるわけねえだろうがそんな非常識な奴。どんな化け物だ」

 

 一部始終を聞き終わってもなお、人聞きの悪い事を面と向かってクリフに言ってくれる辺り、ミラージュは一向に事態を重く考える気がないらしい。

 

 

「そうですか? 私には、クリフが彼女を過剰に怖がっているようにしか聞こえませんでしたが。今まで散々彼女のお世話になったんです。実戦の面において彼女に得るものがほぼないという点については同感ですが、組手の一つや二つくらい、別に減るものでもないでしょうに」

 

「簡単に言いやがって。……いいか? こういうのにはな、時と場合ってものがあんだよ」

 

 あの状況で、よりによって本気の目をしてたレナスの相手を真面目にしてやる事が、どれだけヤバい事なのか。

 

「お前誰が、お礼ついでに付き合ってやるかぐらいの軽い気持ちで、艦もろとも犠牲にする覚悟で死闘繰り広げるんだよ。義理堅い、じゃなくてただの阿呆がする事だろうがそんなのは」

 

 クリフが丁寧に説明してやっても、

 

「一応、逃げ出した自覚はあるようですね」

 

 などと勝手に分かったような独り言をぬかすばかりである。

 

「けっ。好きに暴れさせとけ、の次は俺を腰抜け扱いかよ。お前、なんかやけにあいつの肩持ってねえか?」

 

「ええまあ、私自身もそういった面が全くないとは思いませんね。私も人の子ですから。情に流される事はいくらでもあります」

 

「……マジかよ」

 

 これまた似合わないセリフが出てきたと驚くクリフを無視して、ミラージュはなにやら意味深な事を呟く。

 

 

「直接的な解決にはならなくても、せめて気持ちを和らげる手助けをと──。様子を見ていた縁、とでも言うのでしょうか。クリフほどではありませんが、私もやはり彼女の事が気になっているのでしょうね」

 

 ミラージュの言う「様子を見ていた」というのは、一時期ずっと部屋に引きこもっていたレナスの所に、食事を持っていくという理由をつけて(あのVIPルームにはそもそも食事類を作り出せるレプリケーターも完備されていたりする。教えてないので、本人は今も知らないと思うが)度々様子を見に訪れていた時の事だろう。

 

 あの時は外野があまり騒ぎ立てるのもどうかと、クリフ自身を含めた周りの奴らにレナスの部屋訪問自体を自重させ、レナスと同性であるミラージュ一人に大体の事を任せていたのだ。

 

 

 そりゃクリフも、あの時のレナスなら様子が気になるというのは分からないでもないが。

 だからって今日まできて「命を賭してでも付き合ってあげなきゃ彼女が可哀想」は、さすがに過保護を引きずり過ぎではないのか。

 

(……こいつはこいつで働き過ぎてんのかもな。しかも俺ほどじゃねえとか、まるで意味わからねえし。どう考えても逆だろ)

 

 まず落ち着いて考えてみろ。根本的に、ああ見えてもういい大人だぞアレは。

 可哀想もくそも、こんな事そもそも真面目に話し合っている事自体がおかしいとは思わないのかお前は。……などとクリフが思う中。

 

 しばし時間を置いてから、ミラージュはクリフにしつこく聞いてきた。

 

 

「それではクリフは本当に、彼女に付き合ってあげる気はないんですね?」

 

「決まってんだろ。ドブに捨てるような命は持ってねえ」

 

「明日になっても彼女が諦めていなかったら?」

 

「諦めるまでやり過ごすに決まってんだろ。どうせあと数日の辛抱だ。そうすりゃあの狭いトレーニングルームともおさらばできるしよ」

 

「チサトさんはどうするんです? レナスさんとの手合わせを避けつつチサトさんとはこれまで通りというのは、いささか無理があると思いますが」

 

「そりゃお前、……あっちも素人じゃねえんだ。俺が付き合えねえってなったら、一人でどうにかすんだろ。たったの数日くらい」

 

「そうまでするつもりですか。チサトさんもさぞかしがっかりするでしょうね」

 

 これまた痛いところを淡々とついてくるものである。

 

 チサトとは流派は違えど同じ格闘仲間として手合わせをする間柄なのだが、これまでにもクリフ達二人との時間が合わず、チサト一人で格闘練習をしていてもらうといったような事が度々あったのだ。

 ミラージュに教え込まれて格闘の心得がそれなりにあるマリアを捕まえて、無理やり付き合ってもらったりだとか。

 いつぞや好き放題鍛錬にのめり込んでいる剣組の奴らに、「いいなークロード達は。思う存分やり合える相手がいてさあ」みたいな事を言っていたらしいという話も聞くし。

 

 しかし、このうえ人の巻き添えでチサトまで放置していいのかと、ミラージュに冷静な目線で責められたところでクリフの結論は変わらない。

 変わりようがないではないか。乗組員全員の命がかかってるんだから。

 ていうか正直あっちだってもういい大人だし、やっぱり可哀想もくそもあるか。たったの数日くらい。

 

 

「仕方ねえだろ。俺は忙しいんだよ。こう見えて現役の責任者だっつうの」

 

 今まで散々会議室でサボりまくっていたくせに、責任者たる自分が仕事場にこもりっきりになる事はなんにも不自然な事ではないのだと。

 開き直ったクリフをよそに、ミラージュは

 

 

「分かりました。クリフが忙しいのなら、仕方がありませんね。このままでは二人とも気の毒ですし、指名はされていませんが……」

 

 と独り言を言った後。

 クリフに確認をとってきた。

 

「レナスさんは今日この後にも、トレーニングルームに向かう様子だったのですね?」

 

「たぶんな。飯食い終わったらまた行くと思うぜ。まだ今日の禁止時間は超えてねえとかなんとか、マジで時間ぎりぎりまで使う気らしいからな、あいつ」

 

 それから「あいつの辞書に程々はねえのかね」などというクリフのぼやきは聞かず、ミラージュはごく冷静に言った。

 

「では私がクリフの代わりに行ってきましょう。どうもクリフは、彼女の事となるとたやすく見当を間違えるようですから」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 クリフの制止も聞かず、ミラージュは平然とトレーニングルームに向かった。

 そんなに心配なら後ろで見ていればいいとまで言われたので、結局クリフも覚悟を決めてついていった。

 

 予想通り一人で剣を振っていたレナスに、ミラージュの方から話しかけ。

 いざとなったら自分の体を張って戦いを止める気満々のクリフに、レナスが一刻も早く戦いたそうな様子で自分の剣を預けて。

 両者ともに一礼してから、二人の手合わせはつつがなく開始。

 

 クリフがよくよく注意してなりゆきを見守る中。

 ミラージュとレナスの格闘対決はつつがなく進行、ほどなくして普通に決着がついた。

 

 

 おまけに少々時間が余ったという事で、先ほどの動きはこうした方がよかったとか、一連の流れの中でも威力の落ちない拳の突き出し方だとかを、ミラージュがレナスに分かりやすく丁寧に指導。

 

 そうこうしているうちにレナスに鍛錬制限の時間がきたので、本日の鍛錬はここで終了。

 まるで弟子が師匠相手にするがごとき深い一礼をした後、まだまだいろいろ教えてもらいたそうな様子のレナスに、

 

「チサトさんとご一緒の時間でよければ、私なら明日も空いていますよ。クリフは忙しいそうですが、場合によっては組手ぐらいならしてくれるかもしれませんね」

 

 とミラージュが言ったところ、レナスの方も大変嬉しそうな反応。

 

(……。ミラージュのやつ、完全に分かったうえで言ってやがるな)

 

 手合わせにもあっさり負けたというのに。

 フェイトやクロード相手に必死に食いつかれていた時に見せていた、焦りや悔しさなど全く感じさせない、爽やかな表情である。

 それじゃあまた明日と、預かってもらっていた剣をクリフから受け取り、

 

「どうやら、なかなかいい勉強になったみたいだな」

 

「ええ。クリフもありがとう。本当に、素晴らしい師を紹介してくれたわね」

 

 マジで師匠扱いかよとおののくクリフの内心も知らずに、レナスは満足した様子でトレーニングルームを去っていった。

 

 

 

 残ったクリフとミラージュはというと、レナスとは違って鍛錬のできる時間も余っている事だし、改めて二人で手合わせを開始。

 お互い慣れた動きを繰り出しつつ、一部始終を見てさすがにクリフもとっくに分かっている事を、ミラージュはわざわざ改めて分かりやすく言ってくる。

 

「レナスさんは剣士ですよ、クリフ。格闘術のプロじゃないんです。お互いルールに則って格闘試合をしたら、私達が勝つのは当たり前でしょう」

 

 ぐうの音も出ない正論である。

 実戦経験が見るからに豊富で、身体能力もやたらめったら高くて、そこら中飛び跳ねたりと散々常識外れな戦いぶりを見てきたせいで。当たり前のように、あいつは何やらせても最強などと思い込んでいたが……

 奴は、分類上は剣士なのだ。

 

 

 奴が格闘術を使うところを、今まで全く見た事がないわけでもないが。

 奴にとっての格闘とはあくまでも戦術の幅を広げるために使う、補助的な攻撃手段の一つであり、それのみを使って相手を倒すといった事はそもそも想定されていない。

 

 仮に武器がない状況で、となった場合は……

 どうも奴の戦闘スタイルは、なにより実戦を前提に完成された動きになっているようなので、とる手段もおそらく目潰しなどの急所狙い。まさしくルールに則って行う組手などでは使えない、禁じ手のオンパレードになる事間違いなしであろう。

 

 つまりこの条件でクリフやミラージュなど格闘を専門に鍛えている連中に、レナスが勝てるわけがないのだ。

 

 先ほどのミラージュとの一戦は、なるほど根本的に戦い慣れているだけあって身体能力の高さが無駄にならない動きは一通りできていたが、全体的に決め手に欠けるといった印象だった。

 

 レナス自身もはなから勝てると思っていなかったからこそ、負けてもさして悔しいとも思っていなかったのだろう。

 最初クリフに手合わせを申し込んだ時、ヤバいくらい本気の目をしていたのだってなんという事はない。ただ単に純粋な格闘ならクリフの方が強いと、レナスの方はやる前から分かっていただけの話だ。

 

 

 つまり剣士が剣を一切使わない、道場仕込みの格闘術本気で習ってどうするんだかとかいう根本的な疑問はさておいて。

 相手の実力を推し測るという点に限っては、ミラージュはおろか、レナスもクリフよりは冷静だったと。

 

 普通にやれば普通に勝てる奴相手に勝手に恐れをなして逃げ出して、ミラージュにまで「艦が壊れるからやめろ」と必死こいて止めたクリフの頭の方がどうかしていただけ、というわけだ。

 

 

 

「……お前そういうのはな、結果論っつうんだよ。結果的にあいつがお前の想像通りにさして強くなかったから助かったってだけで、そうでなきゃ今ごろは」

 

「彼女の格闘習熟度が剣と同程度だったのなら、『パラケルススの円卓』で私達を相手にする時にまで剣を使ったりはしないと思いますが」

 

「……」

 

「懐に入られた時、彼女が剣の柄で私達に対処した事も一度や二度ではなかったはずです。私達の攻撃を受ける事前提の戦闘で、剣のリーチ差関係なく、一思いに斬れない彼女の方もやりづらいでしょうに、それでも剣を構える彼女の姿にクリフは何の違和感も持たなかったのですか?」

 

 

 ミラージュなんかに反論したら、ぐうの音も出ない正論で返される事なんか分かりきっていた事ではないか。

 

 分かっているはずなのについつい自分の情けない勘違いを正当化しようとして、余計墓穴を掘る。クリフが自分のうかつさ加減にがっくりきたところで、いきなり視界もくるっと上を向き。

 あれよという間に関節技を決められて、決着がついたのだった。

 

「お疲れ様でした、と言いたいところですが──。今日のクリフは本当に疲れているみたいですしね。今回のは数に入れないでおきましょうか」

 

「ぬかせ。んな事でいちいち情けかけられてたまるか」

 

「なるほど、それもそうですね」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 翌日以降、レナスは剣の鍛錬もほどほどに、鍛錬制限時間のほとんどを格闘鍛錬に費やした。

 

 ミラージュのさすが道場主の子と言うべきか、的確で丁寧な指導によって鍛錬の成果が明確に実感できるという点が、無駄に焦りまくっていたレナスの心をほぐしたのか。

 それとも新しい事をたくさん学べる環境が、単純にいたく気に入ったのか。

 とにかく努力の限度知らずの努力があさっての方向に向いてくれたおかげで、艦の危機は去ったのだ。

 

 フェイトやクロードとの手合わせもそっちのけ。

 気分転換以上に格闘練習にのめり込んでいるとしか思えない、レナスのこれまた極端なやる気の出しようにはぶっちゃけクリフも(剣はどうした剣は。お前本当にそれでいいのか?)と思わなくもないのだが。

 まあだからといって、正しい方向にやる気出されてもやっぱり困るので口に出しては言わず。

 

 なんか知らないうちに格闘仲間が増えてやったーとなっているチサトからも、レナスは神宮流体術を貪欲に学び。

 ミラージュ師匠いわく、

「さすがに飲み込みが早いですね、彼女は。私達もうかうかしてると追い越されるかもしれませんよ」

 との事。

 

 

 一体何がそこまで奴を格闘鍛錬に駆り立てるのか。

 具体的な目標でもあるのかと、レナス本人に聞いてみたところ。

 

 『ふしおー』なる者と格闘だけで互角に渡り合えるようになりたい、といったような事を少年漫画さながらの純真な目で言われたのだが、正直クリフには意味が分からず。

 

 お前が一目置いてるそのヤバい奴は何者だ。

 というかそこはせめて打倒十賢者じゃないのかと、一生懸命考えているところでクリフの視界がくるっと反転。

 

 

 ──そうしてレナスがミラージュ師匠に教わった背負い投げを綺麗に決めて、クリフとの手合わせにめでたく初勝利を飾ったのが、惑星エクスペル帰還の日。

 

 エル大陸とラクール大陸。

 双方の場所で自分達の帰りを待っている仲間達と合流するべく、小型艦に乗り込む前に行なった、最後の朝練での出来事である。 

 

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