スター・プロファイル   作:さけとば

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16-1. 言うか言わざるべきかの問題

 小部屋内の探索は一通りしてみたものの。

 結局ハニエルが持っていた紙きれと、彼が話しかけていたタカさん以外、それらしい手がかりは見当たらなかった。

 

 あまりろくなものは食べていなかったらしい、食い散らかした甘ったるい匂いの残る空きビンの数々や、せめてもの栄養素補給のつもりなのか生でそのまま食ったらしい野菜の残りっぱしなどなど……

 探せば探すほど、わびしいおっさんの一人暮らしの証拠が見つかるばかりだったので、

 

「ねえ、もう行こうよ。これ以上こんな汚い部屋見るの、なんかやだよ」

 

 ソフィアの言葉に、フェイトも心の中で

(確かに。悪役のこういう裏側は、あんまり見たくなかったな)

 と同意しつつ。

 フェイト達のやってる事が気になったのか、逃げずに部屋に残っていたタカさんを連れ、十人全員でホフマン遺跡地下の坑道を出たのだ。

 

 

 遺跡を出た時にはもう夕刻だった。

 タカさんも連れ出したのはあんな所にひとり残して行ったらかわいそう、という事のほかに、もしかしたら元凶や他の十賢者に繋がる手がかりになってくれるかも、という理由もあったのだが──。

 

 最初からハニエルに飼われていたのか。それとも何らかの罠をかけられ、彼に捕まってしまっていたタカさんなのか。

 ともあれ動物の事は彼に聞くのが一番だろうと、小型艦の前まで戻り、留守番をしてくれていたノエルに見せたところ。

 

「ふむふむ、と……。もとからこの辺に住んでいた子、だと思いますけどねえ」

 

「分かるんですか?」

 

「はあ、なんとなくですけど。みなさんがいない間、お外でお空を見上げてたんですけどね。この辺の……羽の模様とか、くちばしの丸みとか、よく似てるなあ、って。体格は小さいから、まだ若い子なんでしょうね」

 

 クロードが水平にして持っている剣の鞘の上で、不思議そうに首をかしげノエルを見返していたタカさんは、いきなりばさばさっと木陰に飛び立ち。

 クロード達が慌て始めるより早く、爪にしっかりネズミを持って、わざわざノエルの近くまで戻ってくるという賢さを披露。

 

「ほら、食事も自分でできるみたいですし」

 

 やたら人懐っこいだけの、野生の賢いタカさんだったらしい。

 

「へえー……。最近の鳥さんって、とっても賢いんですね」

 

 しげしげとタカさんを見て感心するソフィアを、チサトやプリシスが

「え、そんな驚く事? これくらいは別に普通じゃない?」

「だよねえ」

 とさらに不思議そうに見て話し。フェイトはというと、おおむねソフィアと同じ心境なのだが、

 

(最近……? 昔じゃないのか?)

 

 などと心の中でしっかり揚げ足をとっていた、その時だった。

 

 足元で獲物を見せびらかすように食べているタカさんに、

 

「面白そうだと思ってついて行っちゃったのかい? 人間はきみが思ってるよりずっと、危険な生き物なんだから。次からはもっと、気をつけないといけないよ」

 

 とノエルが話しかけていたところで。

 

「ほう、地鳥か」

 

 ディアスがとてつもなく余計な独り言を言い。

 坑道を出る際も抵抗せずおとなしく連れ出されてくれた賢いタカさんは、食べ途中のお食事もしっかり持って、ばさばさっと飛び立って行ったのだった。

 

 

 

 もしかしたら戻ってきてくれるかもしれないとの淡い期待を込めて、その日は拠点には戻らず、小型艦周辺で一夜を過ごしたものの結果は変わらず。

 ぴいだのちいだの、やたらとうるさい小鳥のさえずりを目覚ましに起きてみれば。

 坑道を出てから心なしかしょんぼりしているプリシス、チサトに加え、その後むちゃくちゃみんなから責められたディアスも、いつもと違う意味で口数が少ない。

 

 あげくのはてには魔物龍のギョロとウルルンまでもが、なぜか仲違いを起こしているという、ひどい有様だった。

 

「……おはようアシュトン。ていうか後ろのふたりはどうしたのさ? なんかすっごいむくれてない? ウルルン」

 

「うーん、僕にもよくわかんないんだけど……。起きたらこうなっててさ。ギョロの事、大馬鹿者だとか頑固者だとか、ぶちぶち文句言うばっかりで」

 

「ん? なにそれ、どーいう事?」

 

「……フギャ」

 

「聞くならそこの石頭に聞け、って」

 

「うわあ……。そうとうおかんむりだね、ウルルン」

 

「ギャフ、ギャフフ」

 

「もー、ギョロもどうしたんだよう。仲良くしなきゃだめじゃないか、こんなのお前達らしくないぞ?」

 

 お互いが何やら意固地になっている様子。アシュトンが困り顔で話しかけても、二匹とも一向に喧嘩の原因すら話してくれそうにない。

 

 ともかくタカさんが戻ってこない以上は、いつまでもこんな所にいても仕方ない。

 二匹の事についてはそのうち自然に仲直りしてくれる事を信じ、結局のところ唯一残された手がかり……かもしれない紙きれを手に、一行は拠点へと戻った。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 エルリアタワー近くの拠点で、留守番をしていた五人の方はというと。

 特に通信も入れてこなかった無行動の通り、事件らしい事件は一つも起きなかったらしい。比較的落ち着いたメンバーばかりという事もあって、留守中はひたすらに拠点でおとなしく待機していたようだった。

 

 レナ達一行が、ホフマン遺跡から戻ってくるまでは。

 

 

「おっ、ちょうどいいトコに。ちょっとねえ、そこのあんた達」

 

「えっ? ただいま戻りました、けど……?」

 

「どうしたんですか、メルティーナさん?」

 

 テーブルの上には紙と羽ペン。

 それまでセリーヌと話をしていたらしいメルティーナは、いつもと違って、戻って来たレナスに声をかけるより先に、レナとソフィアの方に興味を示したのだ。

 怪訝そうにしつつもメルティーナのところに向かう二人をよそに、

 

「そうそう。説明が足りてませんでしたけど、レナの場合はネーデ人ですから……」

 

 とかいうセリーヌの話を最後まで聞かず。メルティーナはがしっと、レナ達二人の肩を捕まえて言ったのである。

 

「ちょっと脱いでみ?」

「……えっ?」

 

 

 固まる二人。メルティーナの方は冗談を言っているふうでもない。

 いたって本気の目である。

 

「……ちょ、ちょっと待ってくださいメルティーナさん」

 

「ほら、その辺の男共にはちゃんと後ろ向かせとくから。減るもんじゃないしいーじゃないの、こんくらい。つかあんたら、この間だって平気で……」

 

「ななな、なにを言いだすんですかいきなり……!」

 

「いやあメルティーナさんセクハラ! セクハラですよお!」

 

 この辺の会話ももちろんすべて、メルティーナの言う「男共」も、一部除いてこの場にばっちり勢揃いしている状況でのやり取りである。

 

(そ、それは……確かに、水浴びとか普段から一緒にしてるんだろうけどさ)

 

 本来なら彼女の暴走を止めるべきなのかもしれないが。

 うっかり光景を想像しかけてしまった日にはもう、冷静な判断など頭からふっ飛ぶというものだ。

 フェイトはもしもの時に備えて、慌てて後ろを向き。

 つられたクロードもアシュトンも慌てて一人後ろを向きかけてから。

 堂々と腕を組んだままのディアスと、のほほんとしてるだけのノエルの両脇を各々必死に引っ張ってしっかり後ろを向かせる。

 

 それでもどうしても聞こえてきてしまう音声に揃ってどきどきしていると。

 しょうもなさそうにやり取りを眺めているマリアの横から歩み出たレナスと、セリーヌの二人が口々に言い、

 

「やめなさいメルティーナ。二人が困ってるわ」

 

「ネーデ人だから刻んでませんわよ、レナの肌には。紋章は」

 

 どちらかというと後者の言葉に効果があったらしい。メルティーナは掴んでいた二人の肩をぱっと放し、セリーヌに聞き返した。

 レナとソフィアの貞操は守られたのである。

 

「なにそれ。もっと詳しく」

 

 

 つまりなぜメルティーナが二人を無理やり引ん剝こうしたのかというと。

 レナやソフィア等の紋章術使いが紋章術を使用する際に必要な『紋章』が、どこにどんな風に刻まれているのか見たいという、あくまでも学術的な興味からくるものだったらしい。

 以下、直前まで彼女に術の事を教えていた、セリーヌによる補足説明はこんなところである。

 

 体の表面もしくは、それより精度は落ちるが書物やアクセサリー等に、特定パターンの『紋章』を刻む事によって使用できるのが紋章術……

 なのだが、それは自分のような一般的な紋章術使いの場合。

 

 レナ、つまりネーデ人の場合は、どうやら遺伝子情報とかいうものの段階ですでにそれらの『紋章』が組み込まれているらしいので、人目に見える形で『紋章』があったりはしないのだと。

 

 

「ふーん。じゃあこっちはどうなのよ。耳とがってんのが『ネーデ人』でしょ?」

 

「まあそうなりますけど……言われてみれば気になりますわね」

 

 説明が終わった後、ソフィアのまるい耳を差してメルティーナがさらに聞く。

 ソフィアはとっさにレナの後ろに隠れた。

 

「わ、わたしも刻んでないですよ! 本当に! こうみえて未来人ですから!」

 

「へえ、そういうもんなの?」

 

「そういうもんなんです! 詳しく言ったら怒られちゃうので言えないですけど! 未来の技術ですから!」

 

「なるほど、そういうもんなんですのね」

 

(よしいいぞソフィア、だいたいそれで合ってる)

 

 メルティーナもセリーヌも納得してくれたらしい。わざわざ口に出して訂正する気なんてさらさらないフェイトが頷く中。

 メルティーナの興味はまた『ネーデ人』の方に戻ったらしい。

 今度はノエルやチサトにも聞き始めたが、

 

「つまり未来人と『ネーデ人』は、大体無条件で使える……と。じゃあんたもそうなんだ」

 

「はい。僕もとくに、なんにもしてないですねえ」

 

「そっちも?」

 

「へ? 私? いやいや、使えないわよそんなもの」

 

「なんで? ネーデ人なんでしょ、あんたも。その遺伝子とかいうのに必要な術式組み込まれてるんじゃないの?」

 

「そ、それは……たぶんそうなんでしょうけど、いやでも……ねえ?」

 

 チサトを質問攻めにしたあげく、

 

「なるほど、バカはどの道使えない、と。その辺はこっちの世界も似たようなもんね」

「バ……!?」

 

 最終的に一人で勝手に納得した。

 いつも通りのキッツイ女である。

 

「……バカじゃないもん。覚える気なかっただけだもん。体動かしてる方が性に合うだけだもん」

 

「うんうん、そうだね。誰にでも向き不向きってあるよね」

 

 メルティーナはすでにテーブルに向き直り、今までの話を紙に書き始めている。

 反論する隙もなかったチサトがプリシスにしょんぼり愚痴る中。

 

 

(……あっ。メルティーナさん達って、この時代は本来なら『紋章術』も知らない事のはずなんだよな。これ、まずくないか?)

 

 と気づいたフェイトと、殊勝にも同じような事を考えたらしい。

 今までのやり取りを見ていたレナスが、困った様子でメルティーナに話を切り出そうとしたが、

 

「ねえメルティーナ。あなたのその知識を追い求める姿勢自体は、なにも悪い事ではないと思うわ。けど、そういう事はあまり──」

 

「はいはい、あんまり人をナメた発言するなってんでしょ? そういうのは後で聞くから」

 

 どうにも向こうは真面目に聞く耳を持たない様子。

 そうこうしているうちに、今度はマリアがしびれをきらして、この場の誰よりも冷静な事を言いだしたのだ。

 

「……いい加減いいかしら。そういうのも後にしてくれない? 今の私達には、なによりまず、他に話し合わなきゃいけない事があるはずよ」

 

 この発言には、さっきのどきどきハプニングからようやく目が覚めたらしくクロードが率先して動きだした。

 

「そ、そうだった! こんな事してる場合じゃないよな! ハニエルの事とか、ちゃんと話し合っとかないといけないよな! 僕、クリフさん達呼んでくる!」

 

 

 その様子を見たメルティーナも「ああ、倒しただけじゃなくてなんかあったのね。それならそうと早く言えばいいのに」などと言い、書き込む手を止め、広いテーブルに散らばした紙類を手早く片付ける。

 やたら夢中になっているように見えた割には、そこまでこだわっていなさそうな中断の仕方だ。

 

(メルティーナさん、暇つぶしに勉強してただけだったのかもな)

 

 この様子なら、なんかてきとーにこの間の『レナス特集』みたいな面白そうなものをこの人の目の前にぶら下げとけば平気かな、などとフェイトが安堵する中。

 それでもそういう釘はきちんと差しておきたいらしいレナスは、周りの空気が完全に話し合いに移る前に、律儀にもこんな声かけまでしていた。

 

「ええ、そうね。その話はまた後でするわ、メルティーナ」

 

 やはり話の切り出し方に困っている様子が見受けられる辺り、どうやらフェイトが以前に念を押していた、『タイムゲートさんのところで見聞きした事は一切他言無用』のいいつけはきちんと守っているようである。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「で、一応これもちゃんと言っておいた方がいいらしくて。ハニエルはこんなのも残していったわけだけど」

 

 ホフマン遺跡であった事を一通り説明し終えたクロードは、例の紙きれを取り出してテーブルの真ん中に置いた。

 留守番していた人以外、これの中身にはすでに目を通している。

 さっそくクリフが手に取り、書いてある事を読みあげた。

 

「ニンジン、トマト、キュウリ、アロエジャム……って、なんじゃこりゃ。ただの買い物メモじゃねえか」

 

 

 メモの中身は野菜に卵に乳製品、肉類、穀物類といった単語で始まり、アロエジャム、りんごジャム、ペットの餌といった単語で終わるという、ひたすらに食べ物類の単語だけが羅列されているだけのもの。

 つまり一見したところでは、どう見てもただの買い物メモなわけだが、

 

「はあ、僕もそう言ったんですけどね。マリアが暗号の可能性も捨てきれないって言うもんですから」

 

「クロード達の言い分に納得できなかっただけよ。だって普通、野生のタカがお使い頼まれて、頼まれた通りに荷物抱えて戻ってくる? ……仲間の十賢者達と連絡を取る手段にしていた、って考える方がよっぽど自然だわ」

 

 口を揃えて「これはただの買い物メモ」だと断定したクロード達英雄に対して、マリアが待ったをかけたのである。

 本当にただの買い物メモなのか。

 それとも何か意味のある暗号なのか。

 ちなみにフェイト個人としては、言っている事自体はマリアの方がまともだとは思うのだが、

 

「いやいや、それがホントに買ってきてくれるんだって。タカさんがさあ」

 

「だとしてもこのメモに書いてある事は異常よ。どう考えてもタカ一匹に一回で運ばせる分量じゃないわ」

 

「タカさん、かわいそうですよね」

 

 ソフィアの同意にたった今、“あの時のタカさんごめんなさい”みたいな感じで目をそらしたレナもいる辺り、

(案外クロード達の言い分の方が正しいんじゃないか? 買わせた経験あるみたいだし)

 とも思っていたりもする。

 

 

「んで? そこまで怪しいっつうからには、スキャナーで調べたんだろうな」

 

「ええ。紙もインクも、はじめから坑道内に放棄されていたものを使用したみたい。紙自体に細工をされた様子はないから、ここに書いてある文字の配列が怪しいわね……でも、これは」

 

「意味不明、だな。本当にただの買い物メモにしか見えねえ」

 

「うんまあ、本当にただの買い物メモだからねえ」

「頑張って探しても、何もでないと思うんだけどなあ」

「あのタカに逃げられなかったら、その辺もちゃんとはっきりさせられたんだけどね。けどまあ、ああいう事になっちゃったからな」

「ねー。ディアスが余計な事言うから」

「お腹の音まで響かせてたものね、ばっちりと」

「……悪かったな」

 

 周りの英雄達はもうすっかり決定的なムード。

 あくまでも真面目に考えようと頑張るマリアに少々付き合った後、

 

「いくら考えてもわからん。つーことで、とりあえずこの件は保留だ。暗号解きに自信のある奴は、時間がある時にでも考えておくように。って事でいいな?」

 

 とクリフが話題を区切り、引き継いでセリーヌが言う。

 

「そんな事より、問題はそのハニエルが言い残したとかいう言葉の方ですわ。そっちの方がよほど重要な情報じゃありませんこと?」

 

 

 いまだ紙きれについての重要度をいまいち測りかねているフェイト達にとっても、それについて異論はない。

 あの時のハニエルは、それほどに重要な事を口走っていたのだ。

 

「ようするに、こーいう事でしょ? 乱入してきた奴らの方を注視して『近づいてくる?』、からの死に際のセリフが『ようやく見つけたぞ』って」

 

 今までの話をまとめたメルティーナは呆れたようにため息をつき、隣を向いて言った。

 

 

「どー考えても目的あんたじゃないのよ」

 

「だな」

 

 

 同意するアリューゼに続き、クロード達やフェイト達も

 

「やっぱり、だよな」

「普通に考えればそうなるものね……」

「ていうか他の可能性を考える方が難しいですわ」

 

 などと、ここに来てまでずっとふてくされてるギョロとウルルンを除いたほぼ全員が、揃って大納得の嵐である。

 そして全員の視線の先にいるレナスはというと、

 

「本当に……そう、なのかしら」

 

 

 全員の意見とは反対に、なんか納得いかなげな様子。

 メルティーナは重ねて、一緒に乱入したその他の四人の方も一応見比べつつ、自覚のないらしいレナスに言い聞かせるものの。

 

「いやいや疑う余地ないでしょ。その乱入したっつうメンバーの中で、向こうが用事ありそうなの誰かって、そりゃあんたしかいないんだから。……さすがに忘れたって事ないと思うけど? あいつらそもそも、あんたの「力」で創られてんのよ?」

 

「それは……そうだけど。けど、それだけで彼らが私を探していたと断じるのも、少し早計ではないのかしら? もっと他の可能性だって」

 

「じゃあなによ。言ってみなさい」

 

「……。それはまだ、私にも分からないわ。でも」

 

「ほらみなさい。あんた自分でも思い浮かばないくせに、よくそんな事言えたわねえ」

 

 どうしても否定したいらしいレナスに、馬鹿馬鹿しいと一蹴するメルティーナ。……に、そのやり取りを、

 

(頑張るなあ、レナスさん)

 

 とおとなしく見守るフェイト達。

 ようやくそれらしい理由を思いついたらしいレナスは、

 

「……っ、待ってメルティーナ。みんなも。十賢者達の目的が本当に私だとしたら、説明のつかない事があるわ」

 

「ふーんそうなんだ」

 

「彼らはどうして、リンガの聖地の時に目的を果たさなかったの? どころか私の「力」を奪った時点で、どうして私の事も捕らえてしまわなかったの?」

 

「ああはいはい、そういえばそんな感じの事もありましたね」

 

「……どちらの時も、私は極めて無防備な状況にいた。なのにそれをしなかったという事は──」

 

 などと当時の自分を思い返して気難しい顔になりつつも、いかにも正当性のありそうな主張までしてみせたが、

 

「忘れてた用事を思い出したんだろ」

「うっかり空からレナスさん落として見失っちゃったとか」

「確認不足だったとか」

 

「情報の伝達がうまくいっていなかったとか? ジョフィエルの時みたいに」

「当時はなかったけど、あとから用事が出てきたって事もあるよね」

「計画性ないからなあ、十賢者」

 

 メルティーナどころか外野によるアシストでこれも一蹴。

 最終的に本人を除いたほぼみんなの同意により、十賢者達はこれまで何らかの理由で、「創造の力」のそもそもの持ち主である、レナスの事を探していたのだろうと決定づけられたのだった。

 

 

「なんだかんだ理由つけて自分は狙われてない事にしようったって無駄よ。あんた現に狙われてんだから。おとなしく自分の身を守る事だけを考えてなさい」

 

 メルティーナに念を押されたレナスはどこか不服そうな顔であるからして、

(暴れたくてしょうがなかったんだろうな、レナスさん)

 という理由で反論していたのだろうと、フェイトもすんなり納得した。

 

 なんたって彼女はその高い実力の割に、情報提供面以外、つまり本番の対十賢者戦における貢献度はぶっちゃけゼロ。

 一度として彼らとまともに顔合わせた事ないどころか、そのうちの一回は高みの見物をしていたサディケルに面白半分に操られていただけとかいう、なんともすっきりしない結果の連続で今日までに至っている。

 

 同じく今までまともに十賢者と戦った事のないフェイトとしては、ここらで残り三人の十賢者のうち誰か一人でもいいから自分の大活躍の末に倒したい、とにかくみんなの役に立ちたい、となっているであろうレナスの気持ちはよく分かるというものだ。

 

(うーん。活躍どころか、表立っての戦闘を禁止されるとは気の毒に)

 

 とはいっても、フェイトもその決定自体に異論はない。

 ていうか下手に彼女に飛び出されて、まんまと十賢者の目的を果たされてもむしろ困る派だ。

 ぶっちゃけ超強いレナスが十賢者戦の場にいなくても、それでもなお全体的に味方勢の戦力が足りすぎてる感のあった、これまでの戦績を振り返ればなおさらである。

 

 

「レナスさんが出るまでもないですよ。十賢者はあと三人倒せば終わりですからね」

 

 だからマジでおとなしくしててください、と言わんばかりにレナスに話しかけるフェイトに続き、クロード達も次々とお気楽なコメントを寄せてみせる。

 

「まあ一度倒した奴らだしな」

「前より強くなって帰ってきてもいないし」

「そのうえ、こっちの数は前回より多いですしね」

「芋づる式に元凶もどうにかすれば無事解決じゃん?」

 

 少なくとも、とりあえず向こうの目的はレナスらしいという事が分かったのだから、彼らのその目的の理由が一体何なのかが分からなくとも、自分達のこれからの行動方針には迷わないですむ。

 

 とにかく彼らの目的を達成させない事。レナスを一人にしない事。危なさそうな事には参加せず、おとなしくしててもらう事。

 この辺の事にさえ気をつけていれば、あとはこれまで通りに残りの十賢者を探し出して、片っ端から退治してしまえば無事事件はすべて解決……

 とまではまだ元凶の方の詳しい事が分かってないので無理かもしれないが、まあ十賢者達による宇宙の危機の方は防げるだろう。

 

 というか十賢者の目的がレナスな事からしても、十賢者はおそらく自分達だけの事情で動いているわけでなく、今でもしっかり元凶と関わりを持っているのだろう。

 つまりこのまま普通に十賢者倒していけば、いつかは元凶の方にも辿りつける気がするし。

 

 

(そもそも元凶だけで宇宙をどうにかできる「力」があるなら、わざわざ十賢者なんか生き返らせないんだよな……。今思えば、あのメッセージもいかにもなんかバカっぽいし) 

 

 そもそもの自分達が過去の時代のエクスペルに来た、きっかけの事を思い出し。

 そういやレナスさんも前に、「元凶が「創造の力」を思いのままに使えるのなら、エクスペルはとっくになくなっているはず」みたいな事を言っていたな、とも思いだし、

 

(これ、実は最初からそこまで深刻な状況じゃなかったんじゃないか?)

 

 などと思い始めたフェイトも、英雄達と一緒になって早くも安心し始める中。 

 

 

「そっか。なんだかんだであと三人まで減ったのよね。まったく実感ないんだけど」

 

「だよねえ……。十賢者も残すところあと三人かあ」

 

 このままおとなしくしてるだけなのがよほど納得いかないのか。レナスはチサトとプリシスがしみじみ振り返っているところで、人知れずむうと眉を寄せる。

 その様子に気づいたメルティーナは、他の誰にも聞こえないよう、小声でレナスに話しかけた。

 

 

「今ののん気な現状考えりゃそこはまず大丈夫なんじゃないの? 問題なのは元凶の方なわけだし」

 

「……」

 

「十賢者とか、あと三人倒して終わりでもういいでしょ。つか私達的には、むしろその前提で、()()()()()()()()()()()残りの奴らから辿って元凶を確実にとっ捕まえられるか、って事の方を真剣に焦った方がいいと思うけど」

 

「……。ええ。今の状況で、余計な憶測を口にすべきではないのよね」

 

 どっちにしろ自分自身が進んで動かない方がいい状況にある事を理解しているレナスは、やはりクロード達やフェイト達には聞こえないよう、低い声でメルティーナと会話。

 

「方法は問わないわ、メルティーナ。その機会が訪れた時は、みんなと協力してその者を無力化するなり……肉体から「力」を切り離すなりして頂戴。その後の処理もあなたなら問題はないわね?」

 

「りょーかい。ま、高確率であんたの姉と同コースになるとは思うわ」

 

 

 内緒話を終えたメルティーナはやる気に満ちた表情で指をぽきぽきと鳴らし、

 

「……おい。お前らの周辺、さっきからなんかきな臭え空気漂ってんぞ」

 

「いやーほんとに、気の毒なクソバカだこと。せいぜい私の機嫌がいい時に相まみえられるよう、祈っとけって感じよね」

 

 遠くの席からやり取りを若干おののいて見てたクリフ相手に、これまたいい笑顔で返答。

 ちなみにやり取りの大部分がばっちり耳に入っていたアリューゼの方はというと、触らぬ神にたたりなしなのか、それとも「俺も付き合うぜ」なのか、とにかく無言で肩をすくめただけである。

 

 マリアはまだハニエルの残した謎の紙きれの事が気にかかっている様子。

 わいわいがやがやと「おおっ、メルもやる気だ! 一緒に頑張ろうね!」「宇宙の平和のためですもんね!」やら他のみんなが、このあやふやな状況を気にしすぎず、あくまでも一連の事件解決に向けた積極的な姿勢を見せる中。

 

 

「レナスさん、どうかしたんですか?」

 

「いえ、なんでもないわレナ。ちょっと考え事してただけ」

 

 でもやっぱりなんか納得いかない気持ちになったらしい。

 レナスはレナに答えた後、自分に言い聞かせるよう、眉をひそめて呟いた。

 

「みんなが言うように、その者はきっと、私の「力」を十分に使いこなせていない。だから私の事を探している。……そう考えるのが、やはり一番自然な事なのかもしれないわね」

 

 

 ☆★☆

 

 

 あと、三人。

 私がこのまま何もしなくても。何も、言わなくても。

 きっとみんなが、やがてなにもかもを解決してくれるのだろう。

 

 この温かい場所に、いつのまにか自分までもが、勝手に包み込まれている気にでもなったつもりなのだろうか。

 最近は後ろめたさより、そうやって周りの頼もしさに安堵している自分がいる事に気づく。

 

 

 言わなきゃいけないのに。

 言わなくても大丈夫だから。

 

 私はいつまでこうしている気? 本当に何もしなくていいの?

 きっとみんながどうにかしてくれるから。ずっとこのままでも支障がないのなら、そうしたいだけしたいように振る舞ってもいいと思う。

 

 このまま? 本当に? 私はそれで、許されるの?

 許すも許さないも、だって別に、なにが変わるわけでもないんだから。みんなだってきっと、別に──

 

 

 どうあっても私は、この優しさに甘えるつもりらしい。

 そうやってまた、卑怯な私は自分の殻に閉じこもる。

 ただ嵐が過ぎる事を祈り続ける。

 私が自分自身の事をどう蔑んでいても、私の今の願いはこれ以外にないのだから。

 

 このまま何事もなく終わればいい。

 私の心なんかどうだっていい。

 

 この宇宙さえ無事なら。今も私とすぐ近くに在る、私にとってなにより大切な、この人間達が、ここで幸せに生きていけるのならば──

 


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