どこかの室内。
二人の男が、机を挟んで向き合っている。
「そろそろ、あやつらがわしらにも気づく頃かのう」
カーテンの閉じられた室内は暗く、二人の顔かたちは定かではない。
一人が発した言葉に、もう一人が答えた。
「……。だろうな。我々の居場所を突き止められる機械があると、聞いている」
知っている事実を淡々と述べる男。
もう一人の男は、こぼすような語調で過去の出来事を振り返る。
「なんというか……。ハニエルも知っていれば、あのような最期を迎える事にだけはならんかったろうに」
仲間の安否すら確認しなかったせいでそのまま奴らの溜まり場と化した場所に突っ込み討ち取られた者が出た事もあり、音声は常に入れておくようにとは念を押していた。
あの時あの哀れな男から聞こえたのは、突然の来訪者に驚く声。
敵との言い争い。疑念。
息を飲む音は直後の衝突音に消された。
そして聞こえづらかったが、彼は最期に、確かに言ったのだ。
周りの騒音にほとんどかき消されつつ。
ほとんど途切れ途切れに、それでも伝わった。
──奴らだ。奴らの中にいた、と。
「そのハニエルのおかげで、私達の目的は今、この手の届くすぐ近くにまで来ているのだ。──今度こそ」
やはり感情を見せぬよう淡々と言う男だが、最後の一言にはわずかに力がこもっていた。
──今度こそ。
今この世に存在している“この男”の胸の内にあるのは、結局のところそれだけだ。
「それもそうじゃのう。わしらの目的が見事叶ったあかつきには、ハニエルも皆も、きっと草葉の陰で喜んでくれるじゃろうて」
もう一人の男は、そんな目の前の男の心の内には気づいているのかどうか。
今はいない仲間達の事を懐かしむように言い。途中で自分の額の辺りに手をあて、おかしげに言い直す。
「はて? ……違ったわい。目的が叶うんじゃから、草葉の陰は関係なかったんじゃったな。ほっほっほっ、こりゃうっかりだわい」
一人の男は、すでに何も語らず。
閉じられているはずのカーテンの向こうを退屈そうに眺め、どうでもいい事この上ないと思っている、この哀れな老人にもじき訪れるだろう消滅の時への物思いに沈む。
その向かいの男は反対に、面白そうに笑って言ってみせた。
「さて。肝心のあやつらは、ここからどうするか」
☆★☆
ラクール大陸の、しかもラクール城下近辺という人口密集地域に、カマエルとガブリエルの二人が潜んでいるらしい。……という検索結果報告を、クロス洞穴近くに隠してある小型艦の中で、エル大陸の拠点で待機中だったマリアから受けた後。
話し合いの結果、拠点に残っていた五人と、クロスにいた十一人のうちクロード、フェイト、ソフィア、アリューゼの四人、それと艦の操縦役のミラージュがすぐさま各々二つの艦で、直接ラクールに向かう事になった。
残りの六人は、そのままクロスに残留である。
いくら今回はこれまで被害らしい被害が出ていなかったとしても、相手は十賢者。
かつて惑星エナジーネーデでは、たまたまその場に居合わせた一般人までおかまいなしに、残酷に笑いながら殺戮を行なった人達の事だ。
「そうなの? だっているのが分かったのがさっきってだけで、急に現れたわけでもないんでしょ? なんかこれまでの事考えたら、別にもう少しくらい放置しても──」
「いや、万が一って事もあるし。別に大丈夫だろって後回しにしてる間にラクールで暴れまわられたりでもしたら、こっちが悪役みたいじゃないか」
とかいう疑問を素直に口に出しちゃう人もいたりしたけど。正直レナ辺りもうっかり半分くらいはそう思っちゃったりもしてたけど。
とにかく今までがどれだけのん気な状況であっても、そこにいると分かったからには、ラクール城下の十賢者二人は一刻も早くなんとかする。
この点については誰も反対しなかったので、さっそくパーティー分けを決めたのである。
その時の状況は、エル大陸の拠点に八人乗りの小型艦が一隻、人が五人。
クロス大陸には十二人乗りの小型艦一隻と、十一人。なお十賢者達の目的であるレナスは、クロス大陸の方に滞在中。
わざわざレナスを向かわせるわけにいかないのは当然として。
ぶっちゃけ印象の薄かったカマエルはともかく、ガブリエルの方はなんといっても十賢者のリーダー的存在だった男だ。
以前とまったく同じ戦力の二人を、二人同時に相手にすると仮定した場合、拠点にいた五人だけでは戦力面に少々不安があった。
それじゃあ一体どうするのかと、いろいろ話し合った結果、
『本当は、できる事ならこの場所も留守にはしたくなかったんだけど。正義の味方の辛いところね』
という事で、クロスにいた人達のうち四人がラクールの方の応援に向かい。レナスを含めた残りの六人はクロスに残る事になったのだ。
ラクール組の目的はもちろんカマエルとガブリエル。
二人の十賢者を見つけ次第、可能なら生け捕りにして情報を得る。ただしラクール住人達に被害が出そうな場合は撃破を優先。
クロスに残る六人の主目的はオブジェクトの修理仕上げ……ではなく、レナスの護衛。
最警戒対象はいまだに居場所が判明していない最後の十賢者の一人、ルシフェルだ。
「この際、修理を後回しにして全員クロスから引き上げるっていうのはどうだろう? レナスさんにはそっちの拠点で待っててもらうとか」
一応こういう意見も出る事は出たのだが、
『この場所の死守を第一に考えるならそうなるでしょうね。ここはもともと、彼らの砦のようなものだったわけだし。ここにいた彼らを三、四人ほど倒した私達がここに拠点を作っている事は、彼らに知られていてもなにも不思議ではないもの』
「あー……。って事はレナスさん第一に考えるなら、そっちは危険って事になるよな」
『ええ。残った彼女達が必ずしもルシフェル一人に後れを取るとは、私も考えてはいないけど。そもそも敵に出会わないで済むのなら、それに越した事はないでしょう?』
マリアとクロードの会話に、こういう場合は真っ先に「ハア? 私がそんな奴に負けると思ってんの?」とか言いだしそうなメルティーナが意外にも
「私もそれに賛成だわ」
と眉根を寄せつつ言ったので、根本的に十賢者を避ける方針で行く事に。
どちらかというとレナスの方が物言いたげな様子だったくらいだ。
「ん? てことは……拠点奪い返されちゃったら、アレを修理する意味もなくない?」
『まあそうなるかもしれないわね』
「そ、そんなあっさりと」
『安心して頂戴、セキュリティだけはとっくに書き換えてあるから。万一十賢者に奪い返されたとして、あなた達の頑張りの成果が悪用される事はないわ。施設の存在ごと邪魔になって、物理的に爆破されちゃったら知らないけど』
いやな事実に遅れて気づいちゃったプリシスやチサト、アシュトンに、さらにさらりと言ってのけるマリア。
さすがにちょっとは冗談が混じっていたらしい。
素直にしょんぼりしかけているプリシス達の様子を察したクリフがマリアにつっこみ、マリアもからかった事をすぐに認める。
『おいおい。それで終わりじゃあんまりだろうが』
『あら、私は間違った事は言っていないわよ。一応』
いわく十賢者検索については、例え拠点の情報制御塔がダメになっても、最悪ディプロを利用すればこれまで通りたぶんなんとかなるだろうと。なので大体はまあたぶん無駄にはならないだろうと。
話を聞くうち、プリシス達が目に見えて元気を取り戻していく一方。
メルティーナはというと、やっぱり珍しく慎重に考えている様子。
こんな事まで小声でレナスに言ったが、
「ねえ。ホントにアリューゼまで行かせる必要ある? こんなもん、他の奴らに任せときゃよくない?」
聞かれたレナスはメルティーナ以上に納得いかなげな顔。
というか「これでも「私も行く」って言わないだけ、最大限譲歩してるんだから!」とでも言いたげな表情である。
というか事実、それにかなり近しい事を言い返してみせた。
「現時点でも、ただここにいるだけの私と行動を共にするのに、すでに十分すぎる人数を割いてもらっている。なにより私達が残りの十賢者と相対する可能性が低い以上、戦力として頼りになる者を多く腐らせるべきではないわ」
呆れつつ言い返すメルティーナに、
「……あのねえ。こっちはあらゆる可能性を想定したうえで言ってやってんのよ? あんただってその辺ちょっと考えりゃ分かるでしょうに、例えば宿に着いた初日のアレが、あんたの気のせいじゃなかったとしたら──」
「あなたほどの術師が直後の痕跡を見逃すなんてありえない。あなたもプリシス達も言った通り、あれは単なる『機械』の癖であり、平穏に慣れ過ぎた私の“勘違い”よ」
「おだてたって流されないわよ」
レナスはどうしたって意見を変える気のない様子である。
メルティーナももはや諦め気味に言い返し、
「大体、私はあの件、まだ“可能性なし”で片付けたつもりはないし。つかむしろ怪しいと思い始めてるし。ここそもそも別の世界なんだから」
「……。可能性はないわ、それだけは理解して」
「理解して、って……。あんたなんでそんなにも頑固なのよ。こっちはマジ珍しく真面目に真剣に心配してやってるってのにさあ……」
「ええ。だからあなたはここに残ってくれるのでしょう? これからも頼りにしているわ、メルティーナ」
最終的にはそんな感じで話は終了。
言葉をなくして遠くを見るような目になったメルティーナに、やり取りをなんとなく眺めていたフェイトやレナは
「珍しくレナスさんが勝ったな」
「そう? わたしははじめから、こんな感じになると思ってたけどなー」
と好き勝手な感想を述べ。
アリューゼまでもが鼻で笑って言った。
「だそうだ。頼りにされててよかったな?」
「……うれしくないわよっ。てか微塵も思ってないでしょ、あんたも!」
なんとか気を取り直した後。
メルティーナは懐から謎のアイテムを取り出し、アリューゼに押しつけた。とりあえず迷子対策のつもりらしい。
「もしもの時のために、これ渡しとくわ。……よその世界に置き去りにされたくなかったら、肌身離さず身につけとくように」
受け取ったアリューゼ自身はというと、はなからレナスの側でひたすら護衛をするより、ラクールへ行って十賢者達と対峙する事を望んでいたようだ。
「仮に敵が来たとして、肝心の護衛対象がこれだからな。俺は少しでも出番がありそうな方に賭けるぜ。お前に頼まれなくともな」
「それなら問題はないわね。私の分まで、思う存分、その力を振るってくるといいわ」
話がまとまった後、アリューゼにそんな声をかけたレナスを見て、
「私の分まで、って」
「やっぱり暴れたかったんだな、レナスさん」
などと正直に思うフェイト達。
はたから考えても、彼女自身が十賢者に狙われてるらしいという事だけが分かっているようなこの状況でもなければ、彼女がむちゃくちゃ頼りになる戦力だった事は間違いないのだ。
それをこのまま事件が全部解決するまでずっと大人しくしててください、とはさすがに色んな意味で言えなかったので、
「その……、絶対にとは言えないんですけど。あいつらが具体的に何を目的にしてレナスさんを狙ってるか、っていうのが分かれば、僕達のこれからの行動のとりようも変わってくると思うんです。ですから」
「カマエルとガブリエルになんとかして全部喋らせて、レナスさんがこれ以上大人しくしてなくてもいいように頑張ってみます。ですから今回だけはひとまず大人しくしててください」
真面目に考えつつ声をかけたクロードに続き、フェイトも正直な声をかける。
一方でまだ懸念を拭いきれないらしいメルティーナに、同じクロス居残り組になったプリシス達が明るい言葉を投げた。
「大丈夫だよ。メルだってすっごく強いじゃん。それにこう見えて、アタシ達だってアシュトンだって強いんだから! ね、ギョロ、ウルルン!」
「……。フギャ」
「えーと、“我らもその女が近くにいてくれた方が安心できる”、だってさ」
「あら、ギョロとウルルンもレナスを守る気満々? じゃあもう勝ったも同然ね! そもそもルシフェル来るんだか知らないけど!」
わいわいがやがやなノリを尻目に、レナが最終的な確認をとる。
「結局わたし達はクロード達がラクールから帰ってくるまで、できるだけ大人しくじっとしていればいいのよね?」
「まあそうなるかな。非常事態の最中に通信はしないつもりだけど、僕達から連絡が来ても待機場所とかはなるべく言わないでね」
「皆さんを送り届けた後、私はもう一つの小型艦ですぐに戻る予定です。こことそう変わらない場所に艦を置くとは思いますが、場所が変わった場合もこちらから連絡をしますので」
そう言ってミラージュから差し出された通信機は、結局レナでは使い方に不安があったので、プリシスが代表して持つ事に。
その後もいくつか確認をとった後。
レナ達六人、それにおまけに無人君と一人用搭乗型ロボットの一揃いは、十二人乗りの小型艦から降り。
クロード達五人を乗せた艦は、さっそくラクールの方向へ飛び立った。
☆☆☆
クロード達と別れた後。
レナ達六人は、クロス洞穴の中を歩いていた。
主な警戒相手が風の紋章術使いであり背中に羽がついて飛び回ったりもする十賢者ルシフェルなので、見通しのいい原っぱより、相手の行動が制限されるだろう洞穴内の方がいいという判断の上での行動だ。
それに加えて、
「じゃあ……せっかくだから、直しちゃおっか。アレ」
「もう少しだしねえ」
という事なので、結局昨日までと同じ道のりを歩く事にしたのである。
……けっして隠れている間ヒマだとかいう事じゃなくて。
だってもう少しで直し終わるし。
ちゃんと部屋のようになっているあの場所の方が、その辺の通路よりはずっと、警戒しながら待機する場所には向いてるし。
そんなわけで昨日と一緒とはいっても、一応状況も状況だし、昨日までよりは人も少ないしで、レナを含めて全員いつも以上に魔物とか相変わらずうんともすんとも言わない『十賢者レーダー』に注意しながら歩いているつもりだし、昨日までよりは会話も騒がしくないつもりだ。
そりゃ少しくらいの雑談はするけども。
ちゃんと真面目に歩いて。
魔物が出たら、ちゃんと真面目に戦って倒す。もちろん油断もしない。
それでも中にはやはり、この状況は少々のん気すぎるように思ってしまう人もいるわけで──
オブジェクトのあるホールへ向かう途中。
緊張感の足りなさげなプリシス達の会話に、また納得いかなさがぶり返してきたらしい。仏頂面のメルティーナは唐突にレナスに聞く。
「一応聞くけどさあ、冷静に真剣に考えた末の判断なのよね? けっして周りのゆるい空気に流されたとか、じっとせざるを得なくてへそ曲げてたとかじゃないのよね?」
少々考えた後、レナスは首をかしげて答えた。
「さあ、どうかしらね」
「んな……! あ、あんた、バカだバカだとは思ってたけど、まさかこんな状況でまで──」
「なにしろ私は、未だ自分が狙われているという事すら納得できていないくらいだもの。どこまで冷静に判断できているかなんて、客観的に答えられるわけがない」
「そこまでさかのぼるって……さすがに想定外すぎてもう……」
がっくりと肩を落としかけたメルティーナを気にとめず、レナスはさらにつらつらと答える。
「ラクールの十賢者二人は無視できない。罠を怖れ全員で固まって移動したとして、場所は市街地。私が彼らの立ち位置だったなら、住民を人質にとり私との交換を要求するわ」
「……考えてんじゃない。ならはじめからそう答えなさいよ」
「全体の戦力差に関係なく、私はここに残るべきだったと思う。あなたが警戒するような罠が待ち受けているとしたら、なおさら」
仮にみんなから大人しくするよう言われなかったとしても、自分がどれだけ納得できなかろうと、この状況ではこうするべきだと。一応はレナスも考えたうえでの結論だったらしい。
結局メルティーナも、納得はしきれないけど理解はしたようだ。
「ふーん。ちなみにラクールの奴らをそもそもガン無視するっつう気は……さらさらなかったのよねそうよね、ギリギリの戦力で行ってこいって送り出す気もなかったのよね。……ったく、これだから心根がまっすぐなやつは」
諦めたようにぶつぶつ言っているところで、プリシス達に言われ。反射的にキレかけたところでアシュトンになだめられる。
「うんうん。メルはほんとにレナスの事が心配なんだね」
「根はいいこなのよねえ」
「ハア!? 元はと言えば、あんたらがあまりにもそんなだから──!」
「こ、声が大きいですよメルティーナさん、まずいですって!」
「いいのよんなもん! こんなもんで居場所バレするならとっくにアウトだわ!」
などと堂々と逆ギレまでしてから、それでも無駄に大声出すのはまずいと自分でも思ったのか、それとも馬鹿らしくなっただけなのか。
投げやりに独り言で納得したメルティーナは、しまいには暴言まで吐く始末。
「まあ、こんなアホなやり取りしててなお何にもなしって事は、あんたみたく向こうがとりそうな行動を真面目に考えるだけアホって事なのかもしれないわね……。ホント何なのこの世界、味方も敵ももうバカばっかり」
相変わらずな様子のメルティーナを見て、なぜかつい一安心までしちゃうプリシス達一同。
同じく微笑んでやり取りを見ていたレナは、何気なくレナスの方を見たところで、声をかけた。
「レナスさんは今の状況、不安ですか?」
メルティーナ達のやり取りを聞いていたレナスの表情は、やっぱり柔らかい笑みを浮かべてはいたのだけども。
どこか影があるというか、何か気がかりな事でもあるように見えたのだ。
そんなレナの気遣うような視線には、レナスの方もすぐ察したらしい。
「レナ達みんなの戦闘能力に不安は抱いていないわ。頼もしすぎると思っているくらいよ。ただ──」
そこまでは迷わずに答えたレナスは、途中で言葉を探すそぶりを見せた。
半分はレナに向けて、もう半分は自分自身に向けて、
「やはり考えすぎ、なのかしら」
とレナスは言う。
「私が彼らの立場だったなら。「創造の力」を持って、この宇宙を壊そうとするのならどうするか。私から「力」を奪った段階で、十賢者は全員創られている。その者が彼らの肉体の創り方を知らないはずがないのに……」
「……なのに?」
「彼らが着実にみんなに倒されていく様を見て、ずっと考えてはいるのだけど、途中からよく分からなくなるの。最悪の場合どころか、普通にとりうる手段すら、その者にも彼らにも当てはまらない事だらけで」
「は、はあ……」
「だからメルティーナの言う通り、私は少々、この状況を楽観視しすぎているのかもしれない。彼らはあえて想定外の動きをしてみせる事で、私達を油断させる気なのだと。……だから結局はそういった用心が必要、なのかしらね?」
半分も理解できていないレナを相手に、考えつつ自分のペースで喋りきったレナス。
というか最後はもう疑問形である。
メルティーナはもはや何も言わず。プリシス他二人も、レナと同じく頭の上にハテナマーク状態である。
いまいちまとまってない話ぶりから察するに、彼女自身も自分が何言いたいんだかはっきり分かってないような気もするけど。
これはようするに
「ちゃんと真面目に考えてるはずなんだけど向こうがあんまり真面目じゃなさそうでついつい油断しちゃいそうなんだけどやっぱりそういうのってよくないよね?」
というような意思確認を大真面目にしようとしているという事でいいのだろうか。
「……フギャア」
「……。ギャフ」
しんと静まった気まずさを打ち消すように、申し訳程度にウルルンとギョロが鳴き声をあげ。レナスがやっぱり自信なさげに首をひねっている中。
さらに少々時間を頂いて、話の内容をどうにかそう解釈したレナは、そんなレナスに力強く頷いてみせた。
「そ、そうですよね。用心は大事ですよねレナスさん。気にしすぎもダメですけど、もちろん気にしなさすぎもいけないですよね」
やっぱりよくわかんないけど、とりあえず今の自分達は、彼女を守る事を最優先に考えて行動しているのだ。
こういう状況で、油断だけはしちゃいけない事は確かだろう。
こういう場合は同意しておくに限る。
「そうそう、警戒は大事だよね。うんうん、レーダーもばっちし反応なし。順調だね」
「ふっふっふっ、ルシフェルなんか返り討ちにしてやるんだから。ねえ?」
「んあ? ……ああはいはい、そうね、そいつの方が来たらだけど」
レナの同意を受け、改めて周囲等をしっかり見渡しつつ、あえて気楽に言ってみせるプリシスとチサト。
こちらも警戒だけはちゃんと続けている様子のメルティーナは、やっぱり投げやりに答えたのだった。
気を取り直したレナ達一同は、最奥部のオブジェクトおよび安全を確保しやすいホールを目指して、クロス洞穴内をさらに進んでいく。
とにかくレナスが、この場に自分達だけしかいない事を不安に思っているわけじゃなさそうでよかったと思いつつ。
レナが隣を歩いていると、レナスがぽつりと呟いた。
「ねえレナ。私の「力」を奪った者は──、その時一体、何を考えて行動していたのかしらね」
先ほどと同じく、半分以上は自分自身に問いかけているような様子。
レナには正直、(何を考えて、もなにも……。レナスさんから“すごい力”を奪ってやろうと考えて、よね……?)としか思えなかったのだが。
さすがに真剣に考えている人を前に、そんな身もふたもない結論を口に出してしまうわけにはいくまい。
下手に返事をせず、耳を傾けるだけにしておくレナ。
レナスはさらに、自分自身に問いかけるように呟く。
「その者は、一体どうして私を──」
とうに薄れている、レナス自身の当時の記憶から探るような、遠い目つき。
どうしても分からない自分に、焦りや苛立ちさえ覚えるような。
そこからどうにか、理由を考えて。
真剣に、頑張って考えて。
けどやっぱり考えがうまくまとまらなかったらしい。
もどかしげに頭を振ったレナスは、すっかりおろそかになっていた周囲への注意を戻し、レナに言った。
「……こういった事に気をとられすぎるのは、よくないわね。今言った事は忘れて」
☆★☆
「わしは、“目標”はここには来ないと睨んでおるのだが」
「そうかもしれないな」
同意とも疑念ともとれる男の平坦な返事。
もう一人の男は怪訝そうに聞き返した。
「それはお主の狙い通りなのか?」
「さあ、どうだろうな。私にとってはどちらでも構わない事だ」
男の言葉の意味をしばし考えた後、もう一人の男は困ったように口を開く。
「その時々で対応を変える、か。……まあ、今までの事も大体全部そのようなもんじゃからの。そこについては特に意見するような事もないが──」
目の前の男に対して、明らかに言葉を選んで話している様子だ。
男も最後まで聞かずに答える。
「分かっている。どちらにせよ、奴らの目を欺く下準備は必要だろう。いかにお前の「力」があろうと、今度の場合それだけでは不十分だという事もな」
向こうの手のうちには、こちらの存在情報そのものを調べ上げる機械とやらがあるのだ。
一方、この老人がごまかせるのは“目”だけ。このまま事を任せても滑稽なホログラムショーにしかならない事など、猿にでも分かる。
己の身だけどうにかできても意味がない。
今の自分にできる範囲内だけでも、どうにかこの老人の存在自体をごまかす策をしつらえてやる必要が男にはあった。
その場しのぎでもなんでもいい。
“目標”がどちらにいるのか、判断できるだけの時間。とにかく十分な時間を稼げるだけの方法を。
「そうか、それはよかった。……して、その方法とは?」
早くも安堵した様子を見せるもう一人の男。その男の肩の上に、興味深い物を発見する。
老人の頭から抜け落ちた、一本の白髪。
迷わず手を伸ばしてつまみ上げ、言うと、男はその存在に向けて意識を集中させてみた。
「ヒト一人分の存在情報……。試してみる価値はありそうだな」
必要な毛は一本か、数本か。
一体につき、ある程度はまとまった数があった方が確実かもしれぬ。
中身の伴わないハリボテであろうと、その中に“本物”の情報を膨らませて仕込んでしまえば。
あとはこの老人の「力」だけでも、存分に奴らを翻弄する事ができるだろう。
☆★☆
これまでと同じく現地住民に艦を見られないよう、ラクール城下から少し離れた場所で、ミラージュ一人を乗せた八人乗りの方の小型艦が飛び立つのを見送った後。
マリア達五人との合流を済ませたクロード達一行は、ラクール城下前に着くなり揃って面食らった。
「な、これは……!」
「おい何だ、この状況は」
「十賢者! 十賢者ですよ! おじいちゃんの方の!」
「それは見れば分かりますわ。……けど」
「お、多すぎるだろ……!」
城下の入り口を守っているラクール兵士達こそ、動揺しつつもこんな時でも魔物を街に入れないよう、自分の仕事を立派に続けているが。
街の入り口からでも、ちらほらと見える、うろたえている一般住民達。
武器をしっかり手に、けれど対処には思いっきり戸惑っている様子の兵士達。
それから、その人達の姿を埋め尽くさんばかりの、大量の緑色のローブ。
どいつもこいつも、特徴的な形のゴーグルを目につけ、頭頂部は円形状にハゲている白髪のいかにもな怪しい老人が。
城へ続く大通りにも、賑やかな商店の続く通りにも、住宅街へ続く路地へも。
どこもかしこも、五平方メートル単位に一人はいようかというくらいに、うじゃうじゃと。
どうせまた普通に平和なんでしょ?……などと内心思っちゃっていた面々にとっては衝撃の光景である。
十賢者をどうにかしなければと訪れたラクール城下内はすでに、大量の十賢者カマエルで溢れていたのだった。