スター・プロファイル   作:さけとば

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18-3. 三度目の正直

 唯一の入り口を塞がれて、クロス洞穴最奥部のホールに閉じ込められた三人。

 三人のうち、チサトは飛んできた石が頭に当たって気絶。そのうえ紋章術もすべて封じられているという、緊迫した状況の中。

 

 ホールの中で待ち構えていた十賢者ガブリエルをしっかりと見据え、レナスは剣を手に立ち上がったのだ。

 意識のないチサトの身を預けられたところで、それまで混乱していたレナは思わず声をかけた。

 

「レナスさんっ」

 

 十賢者の、ガブリエルの目的は彼女だ。

 だから絶対に、彼女を立ち向かわせたらだめなのに。

 今、この場でまともに戦えるのはレナスしかいない。そんなの分かりきってる事のはずなのに、真っ先にそんな思いが浮かんだレナに対して、

 

「私は大丈夫。レナは、ここから出る方法を探して」

 

 レナスはガブリエルの方を見たままで言う。

 レナが努めて冷静になれるよう、落ち着かせるような語調ではあるけれど。同時に彼女自身の張りつめた緊張もはっきりと受け取れる、そんな言い方だ。

 

 悔しいけど紋章術の使えない自分じゃ、ガブリエル相手に立ち向かっても何もできないどころか、彼女の邪魔になるだけだ。

 ここでレナが無理に引き止める事が、彼女の集中の邪魔になるだろう事も、その反応で嫌でも理解できたので、

 

(ここから逃げる方法を……。でも今は、そうするしかないのよね)

 

 真後ろの、完全に崩れてしまっている入り口に目をやりつつ。

 それがどれだけ困難な事かも分かっている上で、レナは短く答えた。

 

「……はい。やってみます」

 

 頭から血を流し、ぐったりと動かないチサトをそっと地面に寝かせ。

 後ろの方のやり取りを気にしつつも、ひたすらに手で、崩れた入り口の岩の破片や石くずを、層の薄そうな場所を狙って、一心にかきわけていくレナ。

 

 前を見据えたままのレナスは、そんな二人を守るよう、慎重に足を前に踏み出す。

 様子を見ていたガブリエルが、面白そうに口を開いた。

 

 

「どうやら、悪あがきの相談は済んだようだな」

 

 どうせあがいても無駄だと言いたいらしい。

 睨みつつ言うレナスにも、その余裕ぶりを崩さない様子。

 

「妙な情けをかけるものだな。自信の拠り所は、やはりその「力」か」

 

 ガブリエルの周囲には、二つの盾が浮かんでいる。

 ふよふよと彼を守るように、通常の物理法則ではありえない動き。それを紋章術がすべて封じられている状態で、となると──

 

 彼が現在どのような「力」をもって、この盾を操作しているのか。

 対峙しているレナスにとっては、もはや何の疑問を挟む余地もない事だろう。

 しかしガブリエルは、そんなレナスの確認には興味を示さず、

 

「情け、か。なるほど、言い得て妙だな。確かに私は、貴様に情けをかけているのかもしれん」

 

「……私の「力」を得た分際でか。都合のいい自己満足を」

 

 剣を握る右手と握っていない左手、両方に力を込めつつも、冷静さを失わないように言い返すレナス。

 ガブリエルはこれにも、どこかずれた返答をし、

 

「ああ確かに、貴様の「力」がなければ、私が今こうして、ここにいる事もなかったのだからな。感謝もしている。ただ──」

 

 言いかけてから、

「そんな事はどうでもいいな。今重要な事は、私が貴様をどうするかという事だ」

 一人で勝手に話を進める。

 

 

「なによりこの「力」の、元の主たる貴様は厄介そうだ。それに、私は貴様に恩ある身でもある。──ふむ。こういうのはどうだろう」

 

 睨むレナスを前に、少々考えるそぶりを見せたガブリエルは、

 

「感謝のしるしとして、私は貴様を見逃す。貴様はおとなしく、元いた世界へと帰る」

 

「……」

 

「本来ならばすぐにでも仕上げにとりかかりたいところだが。貴様と、貴様の仲間と、帰るまでの猶予も特別にくれてやろう。この世界ではぐれた仲間がいるのなら、この「力」を使って探し出してやってもいい。──こういうのは?」

 

 一人勝手に問いかけてから、変わらず強い視線を向けるレナスを見て、

 

「やはりだめだな。貴様がおとなしく言う事を聞くという、確証がない」

 

 と思い直したように首を振る。

 

「貴様のその目。せいぜいこの場でおとなしく要求を呑むふりをして、仲間達と合流し、万全の状態で私に手向かうに違いない。そうなれば、ここまでの下準備をしてまで、下手に貴様に情けをかけた私は間抜けもいいところだ」

 

 まさしく今言われたような対応も考えていたらしい。

 レナスがなるべく苛立ちを表に出さないよう、言い返し

 

「答えの決まりきった事を長々と。貴様は何が言いたい」

 

「正直に言おう。さっきも言った通り、私はどうにも貴様の存在を軽んじる事ができん。戦闘能力の面でもそうだが──なにか、それ以上の、得体の知れない面でもだ」

 

 ガブリエルはというと、そこまで言ってから、

 

「いや違うな。やはり憐れみか?」

 

 と自分でも理解できないらしい心境に首をひねり。

 いっそう睨むレナスを前に、ふっと笑って続ける。

 

「貴様に恨みはない。それどころか同情しているくらいだ。これからこの世界のすべてを、宇宙を滅ぼそうというこの私が、知らずと貴様に情けをかけたくなるくらいにはな。だが──」

 

 

 いったん言葉を区切り、

 

「そうして私の前に立ちはだかる貴様は、結局のところ邪魔なのだ」

 

 ガブリエルはそれまで組んでいた両腕をほどく。

 

 

「だから貴様は、この場で念入りに潰させてもらおう!」

 

 

 言うが早いか、ガブリエルは手から光を放ち、レナスに向かって投げつけた。

 ほぼ同時に、レナスも左手に隠し持っていた石くずを投げる。

 

「くらうかっ」

 

 投げた石くずは、ガブリエルが放った光の中に包まれた。

 光はたちまち晶石へと変わり、内包された石くずの慣性は保ったまま、今度はガブリエルの元へ向かう。

 

 なんなく浮いている盾の片方で弾くガブリエル。

 間髪入れずに、距離を詰めたレナスの剣が襲いかかる。

 これもガブリエルは、浮いている盾で防いだ。

 

「さすがに、元の主には効かぬか。穏便に済ませられる手だと思ったのだがな」

「……減らず口を!」

 

 目にも止まらぬ速さで、真正面から剣を打ち込み続けるレナス。

 ガブリエルは、まともに近接戦闘に付き合えば勝ち目はないと読んだか。レナスの攻撃が届かないぎりぎりの距離に自らの体を置き、すべての攻撃を二つの盾を駆使して防いでいる。

 

 

 いよいよ始まってしまった戦闘。

 剣と盾が激しくぶつかる音に、時々心配のあまりに後ろを振り返りつつ。レナはひたすらに崩れた入り口をかきわける作業を続ける。

 

(レナスさん、ガブリエルなんかに負けないで……!)

 

 

 一方ガブリエルは、盾で攻撃を防ぎつつ、改めて感心したように言う。

 

「どうやら私の判断は正しかったようだ。どうしてこのような恐ろしい力量の持ち主を、くだらん同情のために野放しにする事ができよう」

 

 はたから見れば、ガブリエルは防戦一方。

 猛攻を続けるレナスの方が、このままいけば、彼の防御を打ち破るか間隙を縫うかして、致命的な一撃を与えられるようにも思える一方的な展開だが。

 

「どれ、もう一つ賭けてみるとするか。……もっとも、答えはすでに出ているようなものだが」

 

 浮かせた盾を前方に固定させ。

 一歩退いたガブリエルは、手のひらをレナスの方に向け集中させた。

 

 レナスは一瞬顔をしかめた後、

 

「くっ!」

 

 前方に突っ込み、左手で強引に、邪魔な盾を払いのける。

 ガブリエルから少々位置が離れ、支配力が弱まったためか。払いのけられた盾の一つはコントロールを失い、地面に落ちたものの。

 次いでレナスが、ガブリエル本体に攻撃を加える前に。ガブリエルの手から、物質化された槍が放たれる。

 

 一歩後ろに下がっただけで、引き留まるレナス。

 放たれた槍は、わずかに避けたレナスの左腕を切り裂いた。

 

 

「あ……レナスさんっ!」

 

 後方で見ていたレナが叫んだ時には、レナスは左腕を裂かれつつ、その腕で放たれた槍を後ろ手に掴んでいた。

 その場で半回転し、槍の勢いをある程度いなしてから。落ちている盾の一つ、盾本体と縁取りとの境目をこじ開けるように貫き、深々と地面に突き立てる。

 

 そのままレナスは息つく間もなく、ガブリエルに再び接近。

 ガブリエルはもう一つの盾だけを手元に引き寄せ、また攻撃を防いだ。

 

 

「おおむね予想通りの結果だが……。怯みもしないとは恐れ入る。もし私が慢心のまま、貴様と相対していたらと思うと」

 

 やはり感心したように言うガブリエル。

 けれど今度のは、レナスというより自分に酔いしれているような言い方だ。

 

「まあそれも、しがない想像にすぎんのだがな。私は「力」を得た段階で浮かれたりなどしなかった。前例を教訓として、来たるべき時期を静かに待ち、この「力」の使い方を一から地道に学んでいき……そして今があるというわけだ」

 

 負傷した左腕も構わず、レナスはどうにかガブリエル本体に攻撃を加えようと、真っ向から剣を振るい続ける。

 距離を詰めようとすれば、その分だけ、ガブリエルは後ろに下がる。

 片方の手は、浮いている盾に向けてかざし。もう片方は体の後ろ、何もない空間へとかざしている。

 後ろへと下がり続けるガブリエルは、余裕すら感じさせる表情だ。

 

「むろん、私は貴様ほどには、この「力」を扱えてはいないのだろう。……知識も足りぬ上に、集中の加減がとにかく難しくてな。構造の複雑な物はなおさらだ。それを二つ同時に盾を操りつつ、となると……これがなかなか」

 

 聞いてもいない事を、一人勝手にしゃべり続けた後。

 ガブリエルは後ろにかざしていた手を、前にやった。

 

「今できるのは──せいぜいこれくらい、といったところか」

「──!」

 

 手に握られているのは、クロスボウだ。

 

 レナスは大きく後ろに下がった。

 放たれた矢は、剣で防いだレナスの足をかすめ。

 レナ達がいる場所の、手前すぐ横に、音を立てて転がる。

 

 ガブリエルがクロスボウの上面をなでるように手を触れると、そこにはすでに新しい矢が装填されていた。

 

「術や銃が使えれば、このような代物に頼る事もないのだがな。悪いが、貴様をすぐ楽にしてやれそうにない」

 

 クロスボウを向けて言うガブリエル。

 身構えるレナスは、その場でガブリエルを強く見返した。

 

 

(そんな……、これじゃ、レナスさんが……!)

 

 状況を悟ったレナがいっそう焦りを感じるのは、このままだとレナスがガブリエルに負けてしまう、といった事だけではない。

 さっきから彼女がガブリエルにいいようにやられている理由が、この場から動けない自分達にあると、ようやく気づいたからだ。

 

 ひたすら真正面から剣を打ち込んでいたのも。

 ガブリエルの攻撃も、見切れなくて当たったんじゃない。

 避けたくても避けれなかったんだ。

 後ろに、わたし達がいるから──

 

 

「いっそ諦めたらどうだ。守る義理など、貴様にはないだろう?」

 

「……そのようなもの。貴様に決めつけられる、筋合いこそない!」

 

 

 後ろから断続的に聞こえてくる、矢の射出音。剣で弾く音は数が合ってない。

 次々とそばの地面に転がってくる矢を横目に、レナはいよいよ必死の思いで、崩れた入り口を掘り続ける。

 

「早く、早くしなきゃ……!」

 

 指先の感覚はもうない。

 あげく途中でどうやっても崩せない、壁のような層にぶつかった。

 

 他と同じような岩や石くずにしか見えないのに。これを掘り進められなきゃ、ここから出られないのに。

 

 どんなにやっても、爪を立てても少しも削れない。

 手を握って、力を込めて叩く。

 やはりびくともしない。

 それでも力の限りに、叩き続けていると、

 

「お願い、届いて! じゃないとレナスさんが、レナスさんが……!」

 

「……ナ? ……は、どうなって……」

 

 崩れた入り口の向こうから、くぐもった声がした。

 

 

「プリシス! プリシスなの!?」

 

 すぐに気づき、掘り進めた箇所にぎゅっと耳を押しつけるレナ。

 プリシスの声は壁を挟んですぐそばにいるとは思えないくらい、まるでもやでもかかっているように聞き取りづらかったけど、

 

「聞こえ……!? ……シ達、とにかく……に行くから! 危……から下がって……だからもう少し、頑張っ……」

 

 もう少しで、プリシス達が助けに来てくれる。

 これだけは理解できたレナは、

 

「分かったわ、お願いプリシス! できるだけ急いで!」

 

 と感謝と焦りの混じった声を入り口の向こうに張り上げ。とにかくチサトを連れてここから離れなきゃと、レナは後ろを振り向いた。

 

 

 そこらに散らばっている矢。

 少し前まではレナから遠ざかっていた二人は、今では逆にレナスが押されるような形で、少しずつ距離が近くなっている。

 致命傷は避けられているけど、やはり弾ききれなかった矢がいくつかあったか。レナスの服はところどころ赤く滲んでいる。

 

(レナスさん……、プリシス早く、お願い……!)

 

 祈るような気持ちで、チサトの元に駆け寄り、ぐったりと意識のない重い体を抱き起そうとするレナ。

 クロスボウを向けたガブリエルはというと、先ほどのレナスの言葉に、不可解そうに眉をひそめた。

 

 

「筋合いはない、と? 私はこれでも、物事を客観的に捉えた質問をしているのだが。よもや貴様、己の敗北を悟り、意固地になっているのではあるまいな」

 

「……何だと?」

 

 挑発のつもりなのか。まるで本気で理解できない、とでも言いそうな調子だ。

 睨みつつ聞き返したレナスにも、ガブリエルはやはり、

 

「冷静に考えなくとも分かるはずだが。貴様は本来、私達とは完全に無関係の世界にある存在なのだぞ。このような場合、己を巻き込んだ元凶に憤るのが筋ではないのか?」

 

 悠々とした態度で質問を述べる。

 さらにはこんな事まで、当然の疑問だと言わんばかりの独り言だ。

 

「私からこの「力」を取り返すため、ならいざ知らず……それをまさか、貴様はこの世界を守るために戦う、などと」

 

 

 じわじわと前に進みつつ、また矢を放ったガブリエル。

 もう一歩後ろに下がり、剣で矢を弾いたレナスは、いよいよ相手の言いように我慢がならなくなったらしい。

 

「己を巻き込んだ、元凶……だと? 私が、無関係の存在だと……」

 

 歯噛みしつつも、冷静さだけは失わないよう、その場に踏みとどまってガブリエルを睨みつけるレナス。

 ガブリエルは変わらず、

 

「ああ、そうだ。おかしい事など何もあるまい?」

「貴様……!」

 

 レナスを挑発するかのように、首をかしげてみせたと思いきや。

 

「貴様の口がそれを言うか! ……憤るのが筋だと? 私から「力」を奪った、すべての元凶たる貴様が!」

 

 レナスのその返事を聞いて。

 しばらくしてから、今度はいきなり笑い出した。

 

 

「私が? 貴様から「力」を?」

 

 

 本気でおかしくてたまらない、といった様子だ。

 睨むレナスを前に、笑いが治まったガブリエルは一人、勝手に納得したように頷く。

 

 

「なるほど、それはそれは……。どうりで、お互いに話が通じぬはずだ」

 

(……ガブリエルは一体、何を言っているの?)

 

 不穏な響きを感じつつも、レナが一生懸命に移動させようとしているチサトの体が、わずかに反応を示したところで、

 

 

「気になるか? ──貴様はつくづく哀れな女だ、という事が私にもようやく分かったのだよ」

「なに……?」

 

「であれば、これはせめて私の口から伝えるべきなのだろうな」

 

 それから。

 ガブリエルはレナスの後方をわざとらしく見て、言った。

 

 

 

「知らずにあれを(かば)っていたとは思わなかった、という事だ」

「な──」

 

 

 一瞬、相手の視線を受けて、レナスの体がこわばる。

 同時にガブリエルが放った矢は、レナスの膝に突き刺さった。

 

 

「しまっ……!」 

 

 立て続けに二射、上半身を狙った矢の追撃。

 やむなく剣で弾かされたレナスが体勢を崩し、後ろによろめく。

 そのすぐ背後には、さきほど地面に盾を固定させた槍があった。

 

 全身に眩い光を放ち始めている槍。

 不敵に笑うガブリエルの手は、その槍に向けられていて、

 

「チェックメイトだ」

 

 言ったと同時に、槍が光の爆発を起こした。

 

 

「レナスさんっ!」

 

 威力を凝縮させたらしいその爆発は、レナスを中心とした周囲だけ。

 少し離れたレナ達の位置には、ほんのわずかの爆風が届いただけだ。

 

 爆発が収まった後、それでもレナスがまだ生きている事だけは、レナにも最初から分かっていたけど、

 

「……っ、まだだ……!」

 

 蓄積した負傷に加え、今の爆発のダメージは大きく。レナスは荒い息で、鞘に体重をかけ、矢で動かせない足の代わりにして、倒れかけた体をこらえる。

 致命傷を一度だけ防ぐアイテム『リバースドール』は、今ので砕け散ってしまった。それなのに

 

「ほう、なかなかにしぶといな。──だが、二度目はあるまい」

 

 ガブリエルはそれも見透かしたように、また手に力を込め始める。

 手を向けられた先、レナスは歯を食いしばって、前に進んだ。

 

 

「やぶれかぶれか。可哀想に」

「貴様は……ここで、倒す!」

 

 ガブリエルの手からは、すでに物質化の光が見えている。

 重心のずれた、不確かな足運び。

 足からも、腕からも、頭からも血を流しつつ。

 レナスは一心にガブリエルの元へたどり着き、剣を振った。

 

 

 

「……。やはり貴様は大したものだ。このような状況で、私に傷をつけるとは」

 

 ガブリエルの頬からは、一筋の血が垂れている。

 レナスが握った剣は、大部分が砕け折れ、なくなっていた。

 

 

(あ、そんな……)

 

 スローモーションのように映る目の前の光景を、レナが呆然と見る中。

 それでも相手の体に向けて動かしたレナスの手は、ガブリエルにたやすく片手で止められた。

 

「貴様はよくやった。気に病む事はない。──ゆっくりと眠るがいい」

 

 ガブリエルが声をかけ、レナスの剣を砕き、胴体を貫いた槍を『霊体化』で消去する。

 吐血。

 ぼたぼたと流れ落ちる血液。

 支えを失ったレナスの体は、ガブリエルの足元に倒れ伏した。

 

 

 

(うそ、でしょ……? こんな、の……)

 

 こんな事あるはずがないのに。あっていいはずがないのに。

 見間違える事なんかあるわけない、すぐ近くで起きてる事なんだと理解しているはずでも、残酷な現実があまりに信じられなくて。

 頭が真っ白になりかけたレナは、我に返った。

 

「ずいぶん手こずらせてくれたな。さてと」

 

 その場で呟いたガブリエルが、レナ達の方に目を向けたと思うと。すぐに下を見たのだ。

 

 ガブリエルの足には、剣が刺さっている。

 折れた剣の、ほとんど刃も残っていない部分。

 最後の意識を振り絞って突き刺したのか。剣を握るレナスの体は、すでに身動き一つしていない。

 

 見下ろしていたガブリエルは、

 

「ちっ。往生際の悪い」

 

 顔をしかめると。刺さっている剣ごと、レナスを蹴り飛ばした。

 

 これも例の「力」で、身体能力を増強させたらしい。レナスの体はたやすく宙に浮き、受け身すら取らずに、血の痕を描いて地面を引きずられる。

 彼女の体がようやく止まったのは、レナの目と鼻の先。

 蹴られた衝撃で彼女の手から離れた、折れた剣も、レナの手元まで転がってきた。

 

 ガブリエルは、チサトの体を支えているレナの方を見て、平坦な声で言う。

 

「やはりこの女は、念入りに息の根を止めるべきだな。そうは思わないか?」

 

 レナの耳元で、かすかにうめき声をあげるチサト。

 さっきからその片鱗を見せている、チサトの意識がすぐに戻ってくれる事を信じて、支えていた彼女の体を離す。

 レナは手元にあった折れた剣を拾い、倒れたレナスの前に立ちはだかった。

 

「だめっ! そんな事、絶対にさせないわ!」

 

「させなかったら──どうするつもりだ? そんなもので」

 

 こういう時、本当はどうするのが正しいかなんて、レナには分からなかったけど。今まさに自分の目の前でレナスが止めを刺されそうな状況で、何もせずに怯えているなんて、とてもできなかったのだ。

 

 いくら紋章術が使えない状況だって。

 この剣を振るったレナスを、散々に傷つけたガブリエルが相手でも。

 ここで退いたら、彼女は助からないから。

 だから、いくら勝ち目がなくっても。絶対に、退くわけには──

 

「ふっ、無駄な事を。これで死体がもうひとつ増える事になるな」

 

「こっちに来ないで! そんなの……やってみなきゃ、分からないでしょ!」

 

 震える手で、折れた剣を向けるレナ。

 ガブリエルはそんなレナを見て、あざ笑った。

 

 レナスの時のように、「力」を駆使する必要もないと判断したらしい。

 先ほど刺された片足をやや引きずりつつ、ガブリエルがゆっくりと近づいてきた時。

 

 

「──やめてっ!」

 

 

 後ろから、チサトの声がした。

 

「もう、やめて。お願いだから──」

 

 反応を示し、ぴたりと歩みを止めるガブリエル。

 思わずレナも後ろを振り返る。うずくまって声をあげたチサトが、額から流れる血を手で拭い、ふらつきながら立ち上がったところだった。

 

(チサトさん、よかった……!)

 

 非常に厳しい状況な事には変わらないけど、彼女が起きてくれたのなら、二人ならなんとかなるかもしれない。

 冷静に考えられているわけもない頭で、とにかく今の状況を説明しなきゃと、慌てて口を開きかけるレナに、

 

「チサトさん、レナスさんが……!」

「……ええ、分かってる。あなたは、彼女をお願い」

 

 チサトはそれだけ言い。

 レナをその場に引き留めてから、一人でガブリエルの前に進んだ。

 

「あ……」

 

 ──チサトさん一人じゃ危ない。わたしも加勢します。

 言われた瞬間はそう言い返そうと思っていたはずのレナが、実際は気が抜けたように、すとんとその場に座り込んでしまったのは……彼女の態度に、何か説得力のようなものを感じたからなのか。

 たぶんチサトさんの方は大丈夫だと。一瞬で納得してしまったレナの意識は、すでに倒れているレナスにばかり向けられている。

 

 血まみれの体に、赤黒く染まった辺りの地面。

 膝に刺さったままの矢。

 槍で貫かれた胴の傷は特にひどく、今も血が地面に流れ続けている。

 手をかざして意識を集中させても、回復術は一向に使えなくて。

 呼吸も、脈拍も、とても弱くなってきていて──

 

(……レナスさん。どうしよう、レナスさんの傷を、塞がなきゃ……)

 

 

 その一方でガブリエルは危害を加える様子もなく、チサトが自分の目の前にやって来るのを静かに待ち。

 彼と対峙したチサトがした事も、戦闘ではなく懇願だった。

 

「お願い、『サイレンス』を解いて。このままじゃ、彼女が……」

 

「多くの事を知っている“貴様”の事だ。ひとに物を頼むにはどうすればいいかも、よく分かっているだろう」

 

 ガブリエルは、突き放すように言う。

 チサトが要求にためらうそぶりを見せると、

 

「それとも、やはり見殺しにするか?」

 

 ガブリエルは、後ろの二人を見て言った。

 

「……先に、『サイレンス』を解いて。そうじゃないと」

 

「時間が惜しいのか、分かるぞ。私も同じ気持ちだ。わざわざこんな場所まで出向いて、今度こそ貴様が逃げられぬよう、この結界を維持し続ける事がどれだけ手間のかかる事か」

 

 相手の主張を最後まで言わせる事なく、わざとらしく一気にまくしたてるような言い方。

 まるで、最大限に苛立ちを押さえているといった態度を見せたガブリエルは、それから何かを要求するようにチサトへ向けて手を差し出し、

 

「こいつらを見逃してやるか、それを決めるのも私だ。貴様ではない」

 

 逆らえなかったチサトは、後ろの二人をちらと振り返り。

 うつむき、言われた通りに、自分の手をガブリエルの手の上に乗せる。

 途端、二人の手のひらの間に、ほのかな光が発生した。

 

 

(どういう、事……?)

 

 いくらレナスの事で頭がいっぱいなレナだって、この状況のおかしさぐらいはさすがに気づく。

 けどそれ以上に、

 

(お願いチサトさん、早く……!)

 

 状況がおかしくても、回復術が使えるようになるのならもう何でもいい。

 意味が分からないレナができるのは、一向に血の止まらないレナスの胴の傷口を懸命に押さえつけ、すがるような気持ちで二人のやり取りを聞き過ごす事だけだ。

 

 一方で行われているのは、何かを、渡しているような光景。

 要求が通ったらしいガブリエルは、しばらくの間、満足したかのように目を閉じ、

 

「それにしても、なんと愚かな存在もいたものか」

 

 光に包まれている手はそのままに、笑みを浮かべてチサトに話しかける。

 

 

「貴様のこの決断がどんな結果をもたらすか、分からぬわけでもないだろうに。よりによって理由が……こいつらを助けるため、とは笑わせてくれる」

「……」

 

 返事をしないチサトを相手に、

 

「それとも、今さら罪滅ぼしのつもりか?」

 

 とまで笑って言ったところで、二人の手のひらの光が消えた。

 そっと手を離すチサト。ガブリエルが成果を確かめるように、自分の手のひらを握ったりしつつ、

 

「まあいいだろう。逃げずに私と対話できただけでも、貴様にしては上出来だ」

 

 と言った時。

 

 

 突然地面が揺れた。

 

「なに?」

 

 片眉をあげて、レナの後方にある部屋の入り口を見るガブリエル。

 とっさにレナスの体を庇うように、レナが覆いかぶさったところで、

 

 

「──いっけええぇっ!」

 

 崩れた入り口を突き破り出てきたのは、巨大なドリルのような何か。

 次いで姿を見せたのは、そのドリルらしき物体を無理やりにかついだ、プリシスの乗る搭乗型機械。

 プリシスがぶち開けた入り口から、間髪入れずにアシュトンとメルティーナの二人も突入してきた。

 

 

「……これは少し計算違いだな」

 

 意外そうに呟くガブリエル。

 惨状に息をのむプリシスの脇をすり抜けて、メルティーナがすぐに杖を構え、アシュトンが双剣を手に飛び出したけど。

 二人が攻撃を加える前に、ガブリエルは姿を消した。

 

「くっ、どこだ!」

 

 歯噛みしてから、急いで後方を振り返るアシュトン。

 視線の先、入り口向こうのもう一つの部屋の中。

 

 ホールの中央にあったはずの『オブジェクト』は、足場ごと、根元から叩き斬られていて。

 その傍らの、猿ぐつわをされワイヤーロープで縛られ、しっかりと気絶している状態のルシフェルのもとに、ガブリエルは再び姿を現した。

 

「このっ……!」

 

 見るなり攻撃術を飛ばすメルティーナ。

 ルシフェルの首根っこを雑に掴んだガブリエルは、迷わず気絶中の彼を盾にして攻撃を防ぐ。

 その場でレナ達の方に向けて、

 

「約束は守ってやる。得られた短い時間を、せいぜい己の愚かさに苛まれつつ過ごす事だな」

 

 ガブリエルは最後にそう言ってから、ルシフェルごと完全に姿を消したのだった。

 

 

 

 アシュトンやメルティーナは最初、不意打ちを警戒していたようだったけど。

 彼はもうここには戻ってこないだろうと、当たり前のように受け入れていたレナには、その事を安心する余裕も全くなかった。

 

 ガブリエルがいなくなったと同時に、さっきまでどうやっても使えなかった癒しの力が、急に使えるようになっていて。

 急いで彼女の傷を治そうとすればするほど、彼女の今の状態を知れば知るほど、考えたくもない最悪の結果ばかりが頭をよぎって──

 

 

「レナスさんだめっ、戻ってきて……!」

 

 息をしていないレナスの傷口に手をかざしつつ、必死で呼びかける。

 

 傷はまだ塞がってない。

 血も失われていくばかりで。

 一刻も早く治さなきゃいけない状態なのに。

 こんなひどい怪我、すぐに治せるはずもなくて、

 

「全部終わらせて、ルシオさんに会うんでしょう! ちゃんとしたプレゼントだって、選んで……!」

 

 彼女の懐からこぼれ落ちた腕輪も、ひしゃげ、血に塗れている。

 

 半泣きで呼びかけるレナ。

 杖を手に、黙り込んで、二人のところに近寄るメルティーナ。

 反応を示さないレナスに、ただ近くで見ている事しかできないプリシスが、悔しそうにうつむいた時だった。

 

 

「……ごめんなさい。私の、せいで」

 

 

 悄然と立っていたチサトが、そう呟くと。

 倒れたレナスのそばに寄り、癒しの力を必死に注ぎ込んでいる最中のレナと同じように、その手をかざしたのだ。

 

 

「えっ?」

 

 驚くレナの眼前で、強い光がチサトの手からも放たれる。

 瞬く間に光に包まれる、レナスの体。

 膝に刺さったままの矢も、光に溶け込むように消えてなくなり、レナスの全身の傷すべてが、みるみるうちに塞がっていく。

 

 胴の致命傷から、矢のかすり傷まで。

 レナが戸惑っている時間もないうちに、すべて治癒された。

 

 

「あ……レナスさん!」

 

 それから一、二回、レナスが弱々しく咳き込み。

 慌てて彼女の顔に耳を近づけたレナは、心の底から安堵した。

 

「息、してる。よかったあ……」

 

 弱りきったかすかな呼吸だけど、それでも呼吸してる。生きている。

 レナスがどうにか息を吹き返して、それをまっさきに確認できて。早くも安心しきって気が抜けそうになったところで……

 

 自分自身の頭の怪我とレナの手の擦り傷も、チサトがすぐに治してみせた。

 目を疑う状況に、メルティーナもプリシスもそれぞれ口を開く。

 

「ねえ。これ、一体どういう状況。説明しなさいよ」

 

「回復術、だよね今の。なんで、チサトが……?」

 

 

 この異常さに改めて気づいたレナも、これまでの事をよくよく振り返りつつ、またレナスを見てうつむいているチサトを注意深く見る。

 

 おかしい。おかしすぎる。

 彼女はそもそも、紋章術の使い方を全く知らない。

 あんな自分が驚くような高度な回復術どころか、初歩中の初歩の術ですら、彼女には使えるはずがないのに。

 

 それに、さっきまでのガブリエルとのやり取り。

 あの時はそれどころじゃなかったけど、ガブリエルが何かを彼女に要求していて、彼女もそれに仕方なく応えていたようにしか思えなくて。

 

 まるでガブリエルの目的は、最初から──

 

 

 

 思い起こせば思い起こすほど。目の前の彼女が、自分の知らない“誰か”にしか見えなくなってきて。

 

「あなた、本当にチサトさん……なの?」

 

 自然と肩をこわばらせ、恐る恐る聞くレナ。

 チサトの外見をした“彼女”は、その質問には答えない。

 

 

「ごめんなさい、全部私が悪いの。ごめんなさい……」

 

 ついには涙を流し、意識なく横たわっているレナスに向けて、そんな謝罪の言葉を繰り返すばかりだった。

 




三章終了。
次回過去話の後、次々回から四章です。
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