スター・プロファイル   作:さけとば

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もうひとつの側面
動物療法になったかもしれないお話


 見せかけは、はるか昔の時代の田舎町を思わせるような、のどかな風景。

 

 その辺の大通りや広場、武器屋、宿屋の前……

 そこらに歩いているのは、たぶん自分が知ってる人たちなんだろう。

 ぼんやりとした記憶の中、目線を広場の中から逸れていく、一本の道路に移す。

 

 実家へと続く、ゆるく長い坂道。

 ここだけは鮮明だ。

 

 ドアには営業中と書かれたかけ札。勢いよく開けすぎて、たびたび店番中の母親に叱られた事もよく覚えてる。

 

 さらに先に少し行けば、柵の向こう、近所のおじさんがほとんど趣味で飼ってる家畜の姿も見える。

 そこもなんか鮮明かもしれない。

 よく遊びに行ったからだろうか。今まさにあそこで、遠くから手振ってるおじさんらしき人の顔は思いっきりぼやけてるのに。

 

 

 ──ごめんなさい。私、どうしたら。

 なんで、あんな、取り返しのつかない事を……

 

 

 一部を除いて、全体的にぼんやりした光景の中。

 それでも頭にはそんな意識が、やっぱりぼんやりだけど、ずっと響き続けてる。

 

(……なんで? おじさんの顔をちゃんと覚えてあげられてなかった、後悔?)

 

 分からないけど、でも、あっちに行きたい。

 ぼんやりとした光景と意識の中。

 思うままに、鮮明な道を辿り。ゆるい坂道を歩き始めたところで──チサトは目が覚めた。

 

 

 場所はもちろんボーマン家の一室。

 星ごと消えてなくなった実家の風景など関係あるはずもない、惑星エクスペルの居候先のベッドの上である。

 

 

「まったくもう。なんで今さら、こんなもんを」

 

 寝起きの頭で、チサトは顔を手でごしごし。

 完全に夢だと理解できたところで、つい愚痴りかけ、

 

「いやでも。いい夢……なのよね? あのおじさん笑顔で手振ってた気がするし。うんそうね、きっといい夢だわ。そういう事にしとこ」

 

 都合のいいところだけ思い出し、今のは「チサトちゃん頑張ってね~」みたいな懐かしのおじさんからの応援メッセージだという事にして、ベッドから出る。

 

 近くの机を見るなり、チサトはちょっとがっかりした。

 

「ありゃ、もういない。帰っちゃったんだ、あの子」

 

 

 机の上には書きかけの、『マル秘ノート』という名の日記帳。それと、器に入ったままのパンのかけら。

 昨日、記事のネタ探しのため一人で探索していたリンガの聖地から帰る途中。どこからか飛んできて、へなへなっと自分の肩の上にとまってきた小鳥のために用意したものである。

 

 よほどおなかが空いてたみたいで、いっぱい食べてくれてたのに。

 食べながら今日一日何が起きたかっていうチサトの話も聞いて、丸一日ネタ探してみたけど特になんにもなかったわっていう寂しい終わり方に、うんうんそういう事もあるよねって感じの相槌まできっちり打っててくれてたような気もするのに。

 

 食べ終わったら机の上で普通に寝ちゃったので、小鳥を起こさないよう一人静かに時を少々過ごした後、チサトも自分のベッドに入ったのだが。

 一晩明けたらもう姿がない。

 

「そりゃ一応、窓はちょっとだけ開けといたけどさ。もうちょっとゆっくりしていけばよかったのになー」

 

 怪我とかはしてなかったし、野生の子を逃げないようにしておくっていうのもなんか違うと思った事もあるが。

 大部分のところは「なついてくれたんだわ」という謎の自負にあったので、いざこうして開けといた窓の隙間から普通に逃げられると……そこまでの動物好きでもないけど、地味にショックな事は間違いない。

 

(あーでも、ノエルだったら「そういう事も全部含めて、僕は彼らの事が好きなんですよ」とか言うのかしら。こういう時)

 

 ならしょうがない。

 自由なところも含めて彼らなんだもの。と、頭の中のノエルの言い分に一人で納得し。そんな事より朝ご飯食べようとさっさと気持ちを切り替える。

 

 それから身支度して。

 部屋を出る前に、窓を閉めておこうと近くに寄ったところ。

 

 

「ぴい」

 

 小鳥が飛んできて。目の前の窓枠のところに、ぺたっと足をつけた。

 

「えっ……? あなたもしかして、昨日の?」

「ぴい」

 

 びっくりするチサトに、いかにもと言わんばかりに頷く小鳥。

 本当に昨日の小鳥のようである。

 ていうか、今日はくちばしになんか持ってるし。

 

「ぴい」

「へ? これ……私に?」

「ぴい」

 

 持ってきたものをチサトに差し出す小鳥。

 困惑しつつも受け取り、よく見てみると、どうやら首飾りのようだ。

 

 しばし考えた後、

 

「……はっ! これはもしや、あのラクールアカデミーに伝わる魔の首飾り!? 七不思議は本当だったのね! ありがとう小鳥ちゃん、これであの記事にがぜん信憑性が──」

 

「ぴい」

 

 半ば本気で喜んでいたところ、小鳥に羽を使ってツッコまれた。

 そういう事じゃなかったらしい。

 

 というか今の、『違うでしょっつーの』という声でも聞こえてきそうなツッコミっぷり。その辺の鳥じゃまずありえないくらいの人間的な仕草なわけだが、

 

(もしかしなくてもこの子、ものすごく頭のいい子だわ……?)

 

 鳥ってそれくらい賢い子もいるもんなのねと、素直に感心したチサト。

 とすると昨日の一人語りもたまたま頷いていたわけじゃなく、本当に聞いててくれたのかも……とすら思い始めたので。

 お使い頼んだら物持って戻ってきてくれるくらいには賢い、宇宙基準で普通の鳥にはまず理解できないような、実に人間的な質問まで試しにしてみると、

 

「くれるのは嬉しいけど……これ一体どこから持ってきたの? まさか盗品じゃないわよね?」

「ぴい」

 

 もちろん違います、と言いたげに頷いた小鳥。

 羽の後ろからなんか紙きれを取り出し、チサトに見せてきた。

 

「領収書? ……“英雄御一行様”って、誰?」

「ぴい」

 

 意味の分からない宛名に、首をひねるチサト。

 小鳥は『まあそんな細かい事はいいじゃない。こんなもの気分だから』と言いたげに、胸を張って腰を振り振り、ふざけて開き直る様子まで見せる。

 なんにせよ、貰っちゃダメなモノという事ではないらしい。

 

「そっか。ありがとう小鳥ちゃん、大事にするわね」

「ぴいぴい、ぴい」

「分かった分かった、すぐつけるから」

 

 そんなこんなで貰った首飾りを、チサトは小鳥にやたら急かされつつ、身に着ける事になったのである。

 

 

 なお、完全になついてくれたというか、普通の人間の友達と同じような感覚で仲良くなれたと思った小鳥だったが。束縛されるのは嫌いなタイプらしい。

 首飾りをつける時、翼を腰の辺りに当てて、ずっと尾羽を振り振り、明らかにふざけている様子があまりに面白おかしかったので、

 

「あなた、うちの子にならない?」

 

 聞いてみた時、(もしかしたら記事にできるかもしれないわ)という若干の下心が伝わってしまったのかもしれない。

 小鳥はぴたっと腰振りを止め、羽をぴしっと斜め下に伸ばし、片足をくねっと横に曲げたヘンなポーズで一鳴き。

 

「ぴい」

 

 じゃあそういう事だからと言わんばかりに片方の羽を軽くあげ、チサトにあいさつした後、悠々と窓枠から飛び去っていった。

 ポーズの意味は分からないけど、それはたぶん『お断りします』という返事だったようだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 小鳥がくれた首飾りが相当いい代物だったという事には、チサトもその日のうちに気づいた。

 今度こそ記事のネタを見つけるべく、一人意気揚々と向かったリンガの聖地の中でも、その道中でも、まったく魔物と出会わなかったのだ。

 

 日が落ちるよりもずっと前には町に帰ったけど、朝早くから行っていたのだ。運がよかった、で片付けるには少し不自然だろう。これは小鳥がくれたその首飾り、つまりは超強力な『魔物よけ』のおかげと考えてまず間違いない。

 

 ……が。

 こんなにいい物くれるなんて、あの小鳥ちゃん本当に何者? とは、チサトはほとんど思わなかった。

 

 なんたってチサトはその日、それ以上に興味深い“怪しい二人組”がリンガの聖地の奥の方から出てくるのを、しかと目撃してしまったところだったのである。

 

 ──ある女を探している。この近くに町はあるか、と。

 

 聞かれた通りにリンガの聖地の探索を切りあげ、ついでに摘んでおいた薬草だけ持って、リンガの町の、自分もお世話になっているボーマンの店まで二人組を案内して。

 名前も明かさず自分達の事も全くと言っていいほど話さず、探している銀髪美人の事を聞くだけ聞いて「また来る」と店を出ていき。そろそろ日も落ちる頃なのに、宿にも泊まらず町を出て、リンガの聖地の方へと戻っていく。

 

 そんな怪しさしかない二人組を、町の入り口まできっちり尾行し終わった頃。チサトの頭の中は、

 

(やっぱりリンガの聖地には何かあると思ってたのよね……。これは明日からも張らなきゃ。この小鳥ちゃんの首飾りつけて)

 

 明日からの日々の事、やりがいのある仕事に挑む気持ちで、早くもいっぱいになっていたのだ。

 

 

 それからは首飾りをつけての、リンガの聖地通いの毎日が続いた。

 朝早く出かけて、魔物ひとつ出ないダンジョンの中を悠々と探索し。日が暮れる前にはボーマンに頼まれている薬草を持って、リンガの町に帰る。

 

 二人組は毎日は来ないし、偶然見かける事ができても、その場所は前に会った場所とほとんど変わらず。

 一度は帰るところを尾行しようと試みたものの。途中で紋章術師らしい女の方にいきなり後ろを振り向かれ、バカを見るような目で睨まれたあげく「面倒くさ」と一言。術を使われたらしく、リンガの聖地どころか、町の外に出る前に見失った。

 

 完全に気づかれているが、ここで諦めたら記者根性がすたるというものだ。

 それから先もめげずに、二人組の事を探る毎日が続いた。

 

 

 一日中駆け回った後、部屋に戻ると、たまにあの小鳥が来てたりもする。

 飼われるのは嫌って感じで飛び去っていったから、あれこっきりもう来ないと思っていたのに。

 次に来たのはなんと、首飾りを渡してきたその日の夜である。自分から遊びに来るのは構わないらしい。

 

 ここまでくると、やっぱりなつかれたという事でいいのだろう。

 気づけばチサトが帰ってくるなり、窓の外で待っていたらしい小鳥がくちばしで窓をこつんと叩き、遊びに来たよアピールをするのがお決まりのやり取りになっていた。

 

 足をぴしっと伸ばしてバレエのまねっこ。

 足をくの字に曲げてコサックダンスのつもり。

 くちばしの上に土つけて、羽を前方にちょいちょいやってたのはもしかしてどじょうすくいだろうか。

 

 人を笑わせるのが好きなのか。チサトが窓を開けに行くと、毎回ヘンな踊りでのお出迎えである。

 くすっと笑いつつ窓を開け、毎日書いてる『マル秘ノート』に今日の出来事を書いたり、机の上に移動してきた小鳥をなでなでしたり、小鳥の方もパンくず食べつつチサトのおしゃべりに相槌を打ったりして、一日が終わる。

 

 大体が夜の事なので、それらの日々のおしゃべりは全部小声だ。

 というより。夜な夜な話し声がするので心配して覗いてみたら、自分の家で面倒見てるやつが一人で延々と楽しそうに小鳥相手に話し続けてた、みたいな事になったら……なんかいろいろボーマン夫妻に申し訳ない気がして。

 

 小鳥の方も、わざわざチサトが一人の時を選んで、遊びに来ている様子。

 チサトも誰にも話さなかったので、その時間は、一人と一羽だけの秘密という事になった。

 

 本気で心配されるかもしれないボーマン夫妻はもちろん。記事のネタ探しによく一緒に付き合ってもらったり、くだらない事までよく気軽におしゃべりしている仲のプリシスにすら内緒だ。

 例の二人組が怪しいって話に、

 

「やめときなよ。たぶん普通に旅慣れた冒険者だよそれ。しかも宿に泊まるお金とかあんまり持ってない系の。……あそこで食糧調達してしのいだ事あるって、クロードも前に言ってたじゃん」

 

 と向こうが乗り気じゃなさそうだった事もあるけど。

 

 この小鳥の話だったらノリノリで聞いてくれるかもしれない。半分以上はそう思いつつ、けど結局教えない事にしたのは……チサト自身もどうしてだか、よく分からなかった。

 

 ただなんとなく、“誰にも言いたくない”という気持ちだけ。

 たぶん、秘密にしておきたいから?

 ふたりだけの秘密、っていう状況にドキドキしてるんだろうきっと。そんな気がしたので、てきとーにそういう事で納得した。

 

 

 そんなわけで秘密感を演出したかったので、記事にする気もなかったし、『マル秘ノート』にも首飾りをくれた事以外、小鳥とのやり取りはほとんど書いていない。ここ最近はリンガの聖地および、二人組に関する書き込みばっかりだ。

 

 小鳥が遊びに来た時。寝る前に小鳥が帰る時もあれば、帰らない時もある。

 そんな時は窓を少しだけ開けておいて、小鳥の気の向くままにしておいてあげる。

 ちなみに首飾りをくれた日の夜は、なかなか帰らなかった。

 

 どころかチサトが寝る前に首飾りを外そうとしたら、チサトの背後にささっと飛び。外すのをしつこく邪魔してきたくらいだ。

 肌身離さずつけててほしいらしい。自分は束縛されるの嫌いなくせに。

 

「ははあ、あなたきっと女の子にモテないタイプね。別部署の先輩が、前にそういう特集組んでたもの」

 

 とは感心したチサトであるが。

 そもそもこの子の性別もよくわかんないし、小鳥の独占欲なんてかわいいものだろう。

 首飾り自体、外さず身に着け続けるのが苦じゃない軽さだった事もあって、チサトは小鳥の要求を大らかな気持ちで受けたのだ。

 

 お風呂も寝る時も、肌身離さず首飾りを身に着け。

 ほとんど毎日リンガの聖地を探索。

 

 そうして小鳥と出会ってから、ひと月が平穏に過ぎ──

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ひどく鮮明な、ゆるく長い坂道。

 その途中にある建物を、遠くから見ている自分。

 ただ、胸を締めつけられるような気持ちで。

 

 

 ──分かってる。こんなもの、もう存在しない。

 どれもこれも、みんな、あの時消えてなくなったの。だからいい加減に受け入れて。

 

 

 心にあるのは、懐かしさじゃない。

 後悔? 未練? 懺悔?

 なにかははっきり分からないけど。どうしてかも分からないけど。

 佇んでいる場所にも理由にも心にも、でも、そういうものなんだって腑に落ちてる自分がいる。

 

 だってしょうがない。これは私の心なんだもの。

 

 

 ──でも、会いたかったの。

 もう一度会いたかった。もう一度会えると思ったの。だから……

 

 

 ああ私、本当はこんな事思ってたんだ。

 気にしてないはずだったのに。

 もうとっくに割り切ったはずだったのに。

 

 今さら分かったところで、どうしようもない。

 だからこんな、どうしようもできない気持ちで、どうにもならない幻なんかを、遠くからただ見てるんだろう。

 

 

 ──ごめんなさい。

 ごめんなさい、こんな私で。少し考えれば誰にだって分かる事なのに。言わなきゃいけなかったのに。なんで私、こんなにも馬鹿で、臆病で、

 

 

「……ん、なさい。おかあさん、おとうさん」

 

 ゆるい坂道。その途中にある建物をぼんやり見上げ、呟いたところで、チサトは目が覚めた。

 

 

 

 

「ぐぬぬぬ……。なによおもう、なんなの? ほんとなんだってのよ、こんなもの今さら」

 

 納得いかなさのあまり勢いよく半身を起こし、毛布に顔を埋めて、チサトはしばらくもぞもぞ。

 くぐもった声で自分の夢に文句をたれていると。

 

「む。今日は早いわね」

 

 窓から、こつんという音がしたのだ。

 気を取り直して、チサトは手で顔をごしごし。それから顔を上げると、いつもの小鳥が窓の外でリズミカルな、やたら素早い足踏みをしている。

 

 チサトと目が合うと、ピタッと足踏みを止め、片方の羽を天高く伸ばしてどや顔。

 今日はタップダンスにしてみました、という事らしい。

 くすりと笑って、チサトは窓を開けたものの。

 

「ぴい?」

 

 首をかしげて自分を見てくる小鳥に、すぐに気まずくなって言う。

 

「あれ、なくしちゃったの。ごめんね」

 

 チサトの首には今、何もつけられていない。

 肌身離さずつけ続けていたせいで、どこか繋ぎ目が脆くなっていたのか。昨日も行ったリンガの聖地の中で、チサトはとうとう小鳥に貰った首飾りをなくしてしまったのである。

 

 どうせ魔物なんか出るはずないんだから、とかいう一か月分の油断や慢心が仇になり、いつの間にか引き返せないし帰り道も分からないほど魔物だらけな場所に来ちゃって魔物にさんざん追いかけまわされたり、最近充電がおざなりになっていたスタンガンが早々役立たずになったりしてなかなかエライ目に遭ったりしたのだが……

 まあ結局は助かったというか、というより助けてもらったのでそれはそれとしておいといて。

 

 同じくリンガの聖地でなくしかけたペンの方は、どうしても取りに戻らなきゃって一瞬だけでも本気で取り乱して。実はとってもいいひとだった、“怪しい二人組”を含めた命の恩人達に迷惑かけるような形に結果的になってまで、見つけだしてもらっちゃったのに。

 

 首飾りの方は、なくした実感が湧いたのが、ようやく一息ついて自分の部屋に戻った頃だ。

 あれだけ大事にしてほしそうだった小鳥を目の前に、

 

(やっぱりこれ、嫌われちゃうかしらね……)

 

 とチサトが改めて申し訳なくなってきたところ、

 

「ぴいー」

 

 小鳥はというと、生暖かい目でチサトを見つつ、肩をすくめ羽先を上に向けて首を振り振り。

 見事な『ふーやれやれ』の反応である。

 

(……怒ってないなら、別に全っ然いいんだけどさ)

 

 まさかこの子にまで小バカにされるとは。自分の気のせいかも知れないけど。

 いかにも『まあキミはそういう事をやらかすコだとは思ってたよ、うん』とか言いそうな顔してるし。とびきり賢くておちゃめなだけの小鳥のくせに。

 

「しょ、しょうがないじゃない。ちゃんと身につけてはいたのよ? けど……」

 

 さすがにちょっと心外だったので、寝起きの目をごしごしとこすりつつ、チサトが言い訳していると。

 

「ぴい?」

 

 小鳥は首をかしげて、チサトをじーっと見てくる。

 

 さっきと同じような視線と、鳴き声。

 小鳥が見てたのが自分の首元じゃなくて、もう少し上の、ほっぺたのところ。拭いそこねた涙の跡だった事にようやく気づいたチサトは、さらに口をぷうと膨らませて小鳥に言い訳した。

 

「……むうー、あなたに心配されるとは思わなかったわ」

「ぴい」

「大丈夫よ、ヘンな夢見ただけだから」

 

 言って、ほっぺたもきちんと拭い直し。一歩前に寄って来た小鳥を、もう片方の手でなでなでしつつ。

 チサトは寝起きの頭でむうと考える。

 

(疲れてたから、あんなヘンな夢見たのかしら。それに……)

 

 耳に残るのは、昨日の夜に二人組の片割れ、メルティーナから言われた事だ。

 

 

 

 ──あいつのイヤリング(なくしもの)は、見つからなかったのよ。

 

 だから余計な事は聞くな、って言ってるワケ。

 いくらあんたがしつこくて尾行がドヘタクソで、学園七不思議だの鳥の恩返しだのミソシルの文化がどうだの、情報屋のくせにしょーもないメルヘン日記しか書けないような残念な頭の持ち主でも、それくらいは分かるでしょ?

 あんただってそんなヘンテコな棒、後生大事に持ってるくらいなんだから。

 

 チサトの胸ポケットのペンを指して、彼女は不機嫌そうにそう言った。

 

 

 こっそり覗いてるつもりだったのに、どういうわけかバレバレだったらしい。

 二言も盗み聞かないうちに、すぐ二人組のもう一人のアリューゼに捕まって。あくせく小声で言い訳してるうちに、命の恩人レナスがリビングから出ていって。それから当たり前のように首根っこ掴まれてメルティーナの前に引き出され。

 チサトも興味本位で秘密っぽい会話を覗きに来てしまっただけに、怒られる覚悟ぐらいはできていたのだけど。

 

 取り上げられた『マル秘ノート』の中身はチェックされたけど。やっぱりバカを見るような視線と一緒だったけど、すぐに返してくれた。

 釘を差されたのはその後だ。

 

 このペンにまつわる事情なんか何一つ言ってなかったのに、まるで今までチサトのすぐそばにいて、全部を見てきたかのような言い方だった。

 だからチサトの方もそう言われただけで、大体の事が理解できた。

 

 理解できた時、命の恩人の彼女に対して思った事は──同情や共感も、多少はあったのかもしれない。

 でもなにより強かったのは、押しつぶされそうな罪悪感だったのだ。

 

 

 ──彼女は、私に手を差し伸べてくれたのに。

 彼女だって、私と同じ悲しさや寂しさを抱えていたのに。私は……

 

 

 助けてもらったから。なんとなく、彼女の事をもっと知りたい。

 よく考えなくても昨日の彼女は、十賢者の事とかで明らかに落ち込んでいる様子だったというのに。知らなかった事とはいえ、そういう気分に駆られるまま、深く考えずにひどく無神経な覗き行為をしてしまった事。

 

 たぶんそういう後ろめたさもあいまって、昨日のメルティーナの言葉が、自分の中で強く印象に残っていたのだろう。

 夢の理由がそこはかとなく理解できたような気がしたところで、

 

 

「……ふっ。やめよやめよ! そういうの考えるの、なんか私らしくないわ。あなたもそう思うでしょ?」

 

「ぴい?」

 

「でしょ? なんでたかが夢一つに引きずられなきゃいけないのよって。今日はドキドキワクワクの大冒険が始まる、素晴らしい朝だっていうのに」

 

「ぴいー、ぴいぴい」

 

 チサトは小鳥をなでなでするのをやめ、ふんっと鼻を鳴らして居直った。

 小鳥はというと『まあキミがよければそんなんでいいんじゃない?』とでも言ってそうな、気の抜けた鳴き声で返事。

 

「よし! そうとなったら支度しよ支度」

 

 ぴしゃりと自分の両頬を叩き、気合を入れたチサトは改めて小鳥に聞く。

 

「ぴい?」

「ねえ、私の顔ヘンな事になってない? もう大丈夫よね?」

「ぴいー」

 

 小鳥は『大体そんなもんだと思う』との様子。

 微妙に失礼な気もする返事はおいといて、この子にはちゃんと言っておかねばなるまい。

 

「という事で私、今日から宇宙に行くから」

 

「ぴい」

 

「しかもその後も遠出すると思うから。この部屋にはしばらく帰ってこないの」

 

「ぴい」

 

 鷹揚に頷くだけの小鳥。

 話の内容を理解しているんだか、とりあえず頷いているだけなのか。

 自分だけ真面目に話しているのがちょっと悔しかったので、

 

「むー……寂しがらないのね、あなた。もう会えない、って事なんだけど」

「ぴい」

 

 今度は首を横に振り振り。

 

「なら、一緒に来るの? あなたなら軽いし、荷物扱いでいけると思うわ」

「ぴい」

 

 若干期待を込めて聞いてみたけど、これにも首を横に振り振り。

 もしやこれはダダをこねているのでは、とチサトが思い始めたところで。

 

 小鳥が羽で、チサトと自分を交互に指した。

 

「ぴい」

 

「私? ここに……、で、あなたが、飛んで……?」

 

 何かを伝えようとしているらしい。

 チサトを指した羽の向きを、あちこちに移してみたり。あっちこっちに飛ぶ真似をしてみせたり。

 小鳥のジェスチャーを頑張って翻訳してみたチサトが、驚いて聞き返したところ、

 

 

「私の、いるところ……。あなたが行くから、また会えるって?」

 

「ぴい」

 

 いかにも、と頷いた小鳥。

 これからどこに行くかなんて、チサト自身にだって分からないのに。『大丈夫だから安心してていいよ』とでも言いたげなその自信は、一体どこからくるんだろうか。

 

「そっか。期待しないで待ってるわね、小鳥ちゃん」

「ぴい」

 

 くすりと笑ったチサトに、小鳥はやっぱり自信ありげに頷き。

 軽く片方の羽をあげ、『じゃまたね』とばかりに挨拶。

 さっさと窓から飛び立ってしまった。

 

「……行っちゃった。さよならも言ってないのに」

 

 

 この時見送ったチサトにあったのは、ほんのちょっとの寂しさと、もしかしたらあの子なら本当にという、ほんのちょっとの期待だ。

 実際はどうだったかというと──

 

 その後宇宙からエクスペルに戻ってきてすぐ、遠く離れたエル大陸の地でもクロス大陸の地でも。小鳥はいつもチサトが一人でいるような時を選ぶように、一度を除いて、チサトの前だけにこっそりその姿を現していて。

 最初はすごく驚いたチサトの方も、だんだんとその状況に慣れておかしいとも思わなくなっていたし、やっぱりなんか秘密にしておきたい気持ちがあって誰にも小鳥の事を言わなかったりしたのだが──それはまた別の話。

 

 先の事なんか知るはずもないチサトはこの時、見たばかりの夢の事や、なんだか申し訳なさや後ろめたさを感じてしまうレナスの事、これから先の旅へのワクワクするような展望の事などを考えるのに、ひたすら一生懸命だったのだ。

 

 

「っと、いけないいけない。これ入れるの忘れてたわ」

 

 机の上に置きっぱなしのマル秘ノート。これも昨日の夜、雑に詰め込んだ大荷物の中に突っ込むチサト。忘れ物はこれで全部だろうか。

 

 

 たかが夢の事なんか、深く考えて一体どうなるというのか。

 そりゃあ夢の原因になったであろう、昨日のやらかしについてはちゃんと気にした方がいいだろうけど。今日からの宇宙旅の仲間には、彼女もいる事だし。

 

 でもそれにしたって、余計な事を聞かなければいいだけだ。

 詮索にならないような、当たり障りのない話題なら問題はないだろう。例えば……落ち込んでる落ち込んでないにかかわらず、常日頃から口数の少ない、そもそもまともに会話する気がないような人間とですら成立するような、無難な話題……なのだが、

 

(どうしよう、意外と難しいわ……。でもまあ、なんとかなるでしょ。たぶん)

 

 まあ、話題なんかその場の勢いでどうとでも思いつくものだろう。

 せっかく一緒に旅する仲なんだから、なんか仲良くしたいし。というか一言も会話しない方が不自然だし。それだと腫れ物に触るような感じになっちゃうし。

 

 いくら彼女自身が責任感じて落ち込んでたって、彼女が悪いわけじゃない。彼女はただ、“声”を聞いて、罠に引っかかってしまっただけなんだから。

 ……悪いのは、彼女から「力」を奪った方に決まってるんだし。

 

 

「よーしっ、今日もがんばるぞー!」

 

 身支度終わりに、なんか声を出したくなったので気合を入れ。

 思ったより大声が出てしまった事に自分でもビビりつつ、まあけっこうすっきりしたからいいやと、気持ちを切り替えて胸ポケットに手をあてる。

 

 確認オーケー、忘れ物はなし。

 深呼吸も済ませたけど。

 

 あの夢を見ちゃった気分が、まだ少し残っていたのかもしれない。

 大荷物を抱えて部屋を出る前。後ろを振り返り、

 

 

(ではわたくしチサト、今日も一日、一生懸命楽しんで行ってきます!)

 

 チサトは誰もいない空間に向け、心の中で元気よく唱えた。

 




過去回終了。
次回から四章です。
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