スター・プロファイル   作:さけとば

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四章
1. 間違いだらけの悔恨


 ──たくさんの人々の“声”が、聞こえる。

 

 

 暗闇の中。

 みんなの最期の瞬間の感情が、一斉に心になだれ込んでくるあの感覚に、意識を取り戻す。

 横たわっているわけではないらしい。地に足をつけている認識。

 体に重さは感じない。肉体の意識が目覚めたわけではない事にも、すぐに気づけた。

 

 

 ──ああ、大丈夫だ。私はまだ、ちゃんと存在できている。

 

 

 ここが現実ではないという確信。

 今ここに自分がいる理由。

 次第に確かになっていく、自分自身の感覚。意識。

 

 心の中では、今も“声”が響き続けているのに。

 今、自分自身の心から本当に響いているのは、きっと恐れや悲しみ、後悔じゃないって。今ならよく分かる。

 

 

 ──そうだ。この夢は、この世界は。

 

 

 心にかかる憐憫。なにより大きな安堵とともに、ゆっくりと目を開く。

 

 終末の炎に呑まれていく世界。

 大地も海も空も境界を失い、すべてが闇に、無に消えていく光景。

 失われていく命。それを、どうしようもできない心で見ている自分。

 

 そこにあるのは、何度も見た夢。過去の映像。

 失いたくなかったのに、守れなかった世界。

 

 嘆き悲しむ心も、後悔や寂しさに打ちひしがれる心も、確かに自分のものだ。

 だけど。

 

 

 ──これは、違う。私の心じゃない。

 

 

 確信を持って、足を前に踏み出す。

 夢の世界に手を伸ばす。

 祈るように、なだめるように、呼びかける。

 

 

「お願い。あなたの心を、世界を私にも見せて」

 

 

 瞬間、幻の世界は砕け散った。

 

 

 

 風に吹き飛ばされるように、すべて遠く彼方へと消えていく自分の世界。

 足元は崩れず、まるで最初からそこにあったかのように、辺り一面の景色がすべて塗り替えられていく。

 

 現れたのは、何もかもが赤く燃え、裂ける大地。

 大地も海も空も、すべてが『宇宙』の暗闇に呑まれていく。

 

 少し変わった造りにも見える家々に、見た事もない、長方形の高い建造物の連なり。

 あれら『宇宙』の闇に消されていく街々にも、たくさんの人々が生きていたのだろうか。

 似ているけど、全く違う景色。

 初めて見る世界の、崩壊の時。

 

 

 いつの間にか立っている地面は、宙に浮いているらしい小島の端近くに変わっている。

 

 視線の先。小島の端には。

 崩壊していく世界を前に、肩を震わせて泣いている、一人の女性がいた。

 

 

「──そう。これが、あなたの好きだった世界ね」

 

 

 

 どうして、こんな簡単な事に今まで気づけなかったのだろう。

 

 ありもしない偽りなんかじゃなかった。

 彼女の“声”は、心は、ずっと私に届いていたのに。

 私がみんなに心支えられ、日々を過ごしていた間も。彼女は、ずっとひとりで泣いていたのに。

 

 

「ごめん、なさい。私、あなたに……合わせる、顔なんて……。ひどい事ばっかりして、謝りもしないで、馬鹿だから、どうしようもなく馬鹿だったから、何も知らなくて、怖くなって、こんな、こんな事になるなんて……」

 

 泣きじゃくる青髪の女性は、後ろを振り返り、その長い髪が汚れるのも構わず深く頭を落とし、取り乱したように口を開く。

 青い髪から突き出して見える、先のとがった耳。

 

 

 レナスは穏やかに微笑み、“彼女”に向かって手を差し伸べた。

 

「やっと、あなたに気づいてあげられた」

 

 

 ☆★☆

 

 

 大地に恵みを求められた時には、雨を。

 日の光を必要とされた時には、空に虹を浮かばせる。

 

 『寒冷』と定められた地域には雪を降らせ、波打ち際で無邪気な笑顔を見せる人の子らには、望み通りに照りつけるような日差しを贈る。

 そうしていつしか生を終えた命も、新たに芽吹いた命も。この星に属するものすべてを見守り、星の歴史として記録していく。

 人の住まない地、『外壁楽園』も同様に。

 

 この人工惑星全体の環境調整。人、動物、植物すべての存在の記録、管理。

 私の自我は、そうした膨大な記録の海の中で目覚めた。

 

 

 おそらく私は、私自身どころか、私を作り出した人間達にとっても、想定外の存在だったのだろう。

 私というデータベースを通し、惑星の管理プログラムを実際に運用していた現代ネーデ人は最期まで私の事に気づきもしなかったし、私もまた、彼らに私の存在を伝えるすべを持たなかった。

 

 肉体も言葉も持たない、あるのは私には彼らを見守る役割があるのだという、自己認識だけの存在。あげく私に自我がなくとも、この星の管理に影響はない。

 彼らが私を認識できないのも、当然の事だった。

 

 ならば私の自我に、私の存在に意味はあるのか。

 そう問われたなら彼らはもちろん、私自身も意味などないと答えただろう。

 だけど私はその事を単なる事実として受け入れていたし、私の存在意義を主張するため、彼らに私の存在を知ってもらおうとも思わなかった。

 

 意味などなくとも、私は自分の置かれた立場に満足していたのだ。

 

 慌ただしく人々が行きかう都市の街並みも、懐古主義をもとに文明レベルをわざと下げた近郊の町々の様相も、彼らに飼われている家畜達の生活も、または野を自由に駆ける動物、大海を悠々と泳ぐ生物達、天に浮かべた浮島の間を滑空していく鳥達、日照時間を増やし始めた時期に咲き乱れる、愛らしい花の一本一本も……

 

 自我があるために見守る事のできるすべてを、私はとても愛していたから。

 

 その感情は単に、私がこの星を見守るべきと、勝手に自己認識している役割から来るものだったのかもしれない。

 でもそれでもよかった。

 私がこの星、『エナジーネーデ』を愛しているという心は事実だった。

 

 この星が造られる事になった経緯なんか、三十七億年も昔の、過ちだらけのネーデの歴史の記録なんかどうだっていい。そんなものはただの過去の記録だ。

 私はこの星のすべてが好きだった。

 だから意味もないのに私に自我がある事だって、私にとってはたまらなく嬉しい事だったのだ。

 

 それは、私がこの星のすべてを見守っていられるという事だから。

 これからも自我を持って、この星のすべてを見守っていける。そういう事だと思っていたから。

 

 あの時が訪れるまでは──

 

 

 

 全宇宙を破壊する威力を持つ、『崩壊紋章』。

 十賢者達が占拠中のフィーナル最上階で、その恐ろしい紋章オブジェクトを作りあげた。今はもう発動へ向けた起動まで行なった段階らしい。

 

 ようやくその情報を掴んだ一部のネーデ人達は当初、考えすぎ、憶測だ、いや真実だ現実を見ろなどと、秘密裏に様々な議論を重ねていたが。その時の私にはすでに、誰の言う事が正しいのか考えるまでもなく分かっていた。

 

 十賢者達の情報は、はるか過去の封印された情報とともにすでに記録済み。

 彼らがいた『フィーナル』も、当然この星に属するものだ。

 他のネーデ人達のように、それが間違いであってくれればと、祈る事もなかった。

 

 惑星の管理プログラムの一部分は、フィーナル入り口での陽動作戦に参加した戦士達の活躍によって、十賢者達の占拠下を一時離れ。すでに存在している事が分かっていた『崩壊紋章』を、データとして完全に記録し、その存在を一部のネーデ人達に示した。

 

 事実を叩きつけられたネーデ人達が出した結論は、『崩壊紋章』の矛先そらし。

 『崩壊紋章』の発動を止める事ができなかった場合。その紋章オブジェクトに、別の結界紋章を重ねる。

 被害の拡大を防ぐため、『崩壊紋章』がもたらす破壊の全エネルギーを、高エネルギーフィールドに包まれたこの『エナジーネーデ』内に向かわせる、その手段としてだ。

 

 この星が無事で済まない事は、その場の誰もが分かっていた。

 そうするよりほかに方法がない事も、みんな分かっていた。

 

 

 全宇宙が崩壊してしまうよりはマシだ。

 十賢者も『崩壊紋章』も、過去の我々ネーデ人が生み出した負の遺産だ。宇宙全体の崩壊を防ぐため、我々ネーデ人が犠牲になるのもまた道理だ。

 

 納得できるような理由も、彼ら自身の口から次々と挙げられた。

 どうしても起きてしまうだろう混乱を避けるため、この事はごく一部のネーデ人以外に知らせるべきではない、という意見もあった。

 

 あくまでも最悪の場合は、というだけであって、まだ必ず『崩壊紋章』が発動すると決まったわけではない。ネーデの外から来た“彼ら”が、紋章の発動前に十賢者達をすべて倒してくれれば……

 そんな一縷の望みにすがる者も、多くいた。

 私も彼らと同じ気持ちだった。

 

 愛する星もろともに自分自身が、自分の愛するものすべてが滅びる恐怖、悲しみ、寂しさ、やるせなさ……多くの感情を彼らと共有し、彼らとともに、一心に祈った。祈り続けた。

 祈りは届かなかった。

 

 私の目の前で、私がずっと見守ってきた愛する世界は瞬く間に形を失い。すべてが宇宙の闇に消え。未来を託された、ごく少数の命達が星を飛び立つのを見送り。

 宇宙の海のわずか先で、別の星の息吹が再び芽生え。

 それを感じたのを最後に、私の意識も途切れた。

 

 

 

 見守るべき役割を失ったのだから、本当はそれでよかったのだ。

 どんなに悲しくても苦しくても、その時の私は滅んでいく世界を、ある程度の諦めの心をもって見届けていたはずなのだから。

 

 たった三人だけでも、愛する命を未来に繋ぐ事ができた。

 これもまた、ネーデの子らが選んだ結末だ。

 ならば受け入れるしかない。私も、愛する世界とともに──と。

 

 

 なのに、私は消えなかった。

 

 

 そもそもが肉体を持たない存在であったからなのか。

 私という存在を生み出した星そのもの、私の自我のもとになっていただろうデータベース、管理システム、実際にそれらを制御する機器類……それらすべてがこの宇宙から消え去ったというのに。

 私の自我は、『エクスペル』という別の星で再び目覚めた。

 目覚めてしまったのだ。

 

 

 

 再び目覚めた時は、何が何だか分からなかった。

 私が何者なのかすら、どうしてここにいるのかすら思い出せなかった。

 

 時間が経つにつれ、意識がようやくはっきりしてきて。

 私がどういう存在だったかをはっきり思い出せて。

 

 ここは私の世界じゃなくて。

 

 あそこの穏やかな村の家々の間を歩いている、あのこだけは、確かに私の世界の人間で。星の最期に私達の心を、未来を託した子の一人に間違いなくて。

 

 だからここは、あの時、無事に時空転移できた惑星『エクスペル』で。

 

 あれから、どれだけ時間が経ったのかわからないけど。

 

 私の愛する世界は、もうどこにも──

 

 

 

 嫌だと思った。

 たまらなく嫌だった。

 みんないなくなってしまった事。それでも自分が消えなかった事。

 

 

 ──どうして? みんないなくなってしまったのに、私だけ? 

 

 違う。こんなの。嫌だ。返して。みんな。誰か。

 

 

 思ったら、落ち着いて考えてなんかいられなかった。

 何もかもどうしてかわからなくて、どうしたらいいかわからなくて、嫌で嫌で仕方なくて、泣き叫んで。

 

 彼女はそんな時、私の目の前に現れた。

 

 

 

 あの時も彼女は、私を助けようとしてくれていたのだと思う。

 

 でも、私は、どうしようもなく馬鹿だったから。

 手を差し伸べ、心を開いて、私の悲しみや寂しさを共有しようとしてくれていた彼女の声なんて、少しも聞こえてなかった。

 

 気が狂うほどに泣いていた時、いきなり感じた誰かの気配に顔をあげただけ。

 目の前に現れた彼女の心から覗いて見えたはずの想いや優しさ、窺い知れたはずの彼女自身の境遇なんて、あの瞬間は何も分からなかった。見ようともしなかった。

 

 私が一瞬で感じ取れたのは、彼女の持つ「力」の方だったから。

 

 

 ──ただ、羨ましいと思った。

 

 

 彼女の「力」が欲しい。そうすれば私も、またみんなに会える。

 ほかには何も思わなかった。

 

 差し伸べられた手を無視して、私は彼女から「力」を奪った。

 完全に無防備だった彼女から「力」を奪う事は簡単で、彼女のすぐ後ろにはちょうど、別の場所に繋がる“穴”があった。

 

 私はそのまま、振り返らずに逃げた。

 

 

 

 それまでも、それからも、あっという間の出来事だった。

 

 「力」を奪われた彼女がその後どうなったか、心を寄せる余裕も、その時の私にはまるでなかった。

 早くこの「力」を使ってみたかった。みんなを生き返らせたかった。

 

 ただ、「力」を取り返されないよう、リンガの聖地の中もしばらく逃げた。

 もう追ってこないだろうと安心できた頃に、ようやく逃げるのを止めた。馬鹿な私はただ期待に心躍らせ、彼女から奪った「力」を使ってみた。

 失敗する事は考えていなかった。

 

 私には、ネーデのすべての記録があったから。

 彼女の「力」も、問題なく使いこなせると思っていた。みんなを生き返らせる事ができると思っていた。

 

 実際に使ってみてようやく、私の考えが根本から間違っていた事に気がついた。

 結局、私にみんなを生き返らせる事はできなかった。

 

 

 それだけじゃない。

 一瞬だけでも、深い絶望に心囚われてしまった私は。

 創造の「力」を手に、強く思ってしまった。

 自分でもどうかしていたとしか思えない。そういった意味でも、あの「力」は私に使いこなせるものでは到底なかったのだ。

 

 今なら絶対にそんな事思ったりしないのに。

 私が愛する人間達が、なにより愛するネーデの子らが、今も懸命にこの宇宙の中で生きているのだと、痛いほどに知る事ができた今なら──

 

 

 

 ──生き返らないのなら、もう戻ってこないのなら。

 

 なにもかも、意味がない。

 こんな世界、もういらない。

 

 

 ☆★☆

 

 

 クロード達もレナ達も、今は全員揃って、宇宙艦ディプロの医務室にいる。

 ラクールにいた十賢者カマエルは倒せたけど。クロード達の知らないところで、事態はとんでもない事になっていたのだ。

 

 

 本物のカマエルは宿屋等も立ち並ぶ、賑やかな商店街の一角に潜んでいた。

 ようやく発見できた彼の撃破も終わらないうちに、もう少しでクロス洞穴前に到着するところだったらしいミラージュから通信がきて、

 

『皆さん、すぐにそちらを引き上げてディプロへ向かってください。レナさん達から連絡がありました。詳しい事は、私にもまだ分かりませんが……』

 

 深刻そうな声色でミラージュは、レナスが負傷したようだと説明した。

 レナやプリシスからは、一命はとりとめたけど死んでてもおかしくなかった大けがで、ガブリエルは消えたけど逃げたんじゃなくて、彼はそのままこの宇宙を滅ぼす気だろうから、だから一刻も早くどうにかしないといけないって……

 

 時々、他の誰かから状況を説明されているような口ぶりだったらしい。

 恐らくメルティーナだろうが、それでもあまり要領を得ない話ぶりから、彼女達が機器の向こうで青ざめた顔をしていただろう事は明白だったと。こちらも珍しく声に焦りを滲ませていたミラージュも、自分も一刻も早く彼女達を回収してディプロに向かうつもりだと言って、通信を切った。

 

 クロード達も状況がよく呑み込めなかったけど。

 もはや十賢者を生け捕りにして情報を、などと悠長に言っていられるような状況じゃない事。それに、もう一人の十賢者ガブリエルはラクールにはいない事は理解できたので、目の前のカマエルを即撃破して。その他の混乱の後始末は全部、彼らへの原因、状況説明もおざなりに、レオンやラクールの人達に任せ。九人全員、大急ぎで小型艦に乗り込んだのだった。

 

 惑星エクスペルを飛び出していく小型艦の中で、クロードも混乱しつつ思ったのは、レナ達がレナスの護衛をしきれなかったという事。

 僕より強いはずの彼女が、どうしてそんな事に。ガブリエルもいたから?

 そもそもガブリエルはどうしてクロスに。レーダーの反応は、確かにラクールにあったはずなのに……

 

 色んな疑問を抱えつつも、標的レナスを前にした十賢者ガブリエルは、きっと彼らの目的を達成してしまったのだろう。

 そう考えていたクロードは、他のみんなと一緒にディプロの医務室内にたどり着いてようやく、実際の事情のなにもかもが想像と間違っていた事を知った。

 

 

 

 医務室のベッドに、意識なく横たわるレナス。

 クロード達の到着まで付き添っていた医者は、やはりレナスの特殊な体質のせいで、どうしてもエラーを起こしてしまう医療設備を指し。今は自然に彼女の体力が回復するのを待つしかない状況だと説明してから、人で一杯になる医務室から席を外した。

 

 レナとプリシスは沈痛な顔をしていて。気難しげな表情の魔物龍達を背負ったアシュトンは、クロード達と同じく状況に困惑している様子。

 メルティーナは腕を組み、レナスのベッド横の床で、懺悔でもするかのように座り込んでいるもう一人を、無言で睨みつけていて。

 そのすすり泣いていた、もう一人は──

 

 

「──チサト、さん?」

 

「ごめんなさい。私が、悪いの。みんなみんな、私が……」

 

 

 どうして彼女がそんな事を言うのか。なんで泣いているのか。

 なにより、どんな時も人前では涙を見せないような人だから、その違和感にはクロードもすぐ気づいた。

 

 レナとプリシスも首を横に振り、クロードの違和感を肯定するように言い、

 

「わたし達も、よくわからないけど。彼女は、チサトさんじゃなくて」

 

「ギョロとウルルン、みたいな感じ……なのか?」

 

「たぶん。そんなだと思う。だよね、ふたりとも」

 

 アシュトンは戸惑っていたけど、背中のギョロとウルルンは苦々しげに返事をしていて、

 

「そう、なの?」

「フギャ」

「あ……うん。それで合ってる、だって」

 

 他のみんなも、その会話でなんとなく理解できたらしい。

 まずは詳しい事情を尋ねるより先に、マリアが“彼女”に聞き、

 

「一刻も早くガブリエルをどうにかしないとまずいんでしょ? なら教えなさい。彼が、今どこにいるのか」

 

 返事は、かつて『エナジーネーデ』が存在した空間。

 

 創造の「力」を持ったガブリエルは今、この宇宙すべてを滅ぼしてしまえるだけの悪意と知識を持って、そこへ向かっているところだと。たどたどしい言葉の中からそれだけ聞き出して、クリフがすぐに乗組員へ航行指示を出す。

 目的地まであと半日ほどはかかる事が分かったところで、

 

 

「……で? あんたは何なのよ」

 

 メルティーナが睨みつつ口を開いた。

 

 

「あいつらの目的。最初からこいつじゃなくて、あんただったんでしょ? ……このまま泣いて黙り通しで済まされないのは、分かってるわよね」

 

 憤りを押さえている声の調子だった。

 その後クロス洞穴で起きた出来事のあらましを、レナ達から聞き。クロード達もようやく、なんとなく事情を理解できた。

 

 

 創造の「力」を持っていたのはガブリエルで、その「力」を使ってレーダーの反応をごまかしたり、一瞬でラクールからクロス洞穴に移動したりしていた事。

 メルティーナの言った通り、十賢者の狙いは“彼女”だった事。

 レナスは最初から標的にされていたわけでも、偶然巻き込まれてガブリエルに倒されたわけでもない事。どころか、恐らくはぎりぎりのところで彼の目標がチサトである事に気づき、彼女を守ろうと自ら飛び出したのだろう事。

 

 ガブリエルはただ単に、目的に邪魔だったからレナスを倒しただけだった事。

 それから戦いの最中でも──ガブリエルが“彼女”に関する何かを言った事で、レナスがそれに気をとられ、彼に敗れてしまったのだろう事もだ。

 

 

 メルティーナが憤るのも無理はない状況だ。

 事情が理解できるにつれ、言葉をなくすクロード達。

 チサトの体を借りた“彼女”は、全員の視線を浴びつつ、力なくうなだれつつ、ようやく口を開く。

 

「私は……彼が必要とするものを持っていた。だから、私を探していたの」

 

「必要と、するもの?」

 

「私が、持ってる『記録』。……それがないと、彼には創れないから。この宇宙すべてを、壊せないから」

 

 それから“彼女”は、耳を疑うような説明をしたのだ。

 

 

 

 ガブリエルが創ろうとしていたもの。

 それは以前、彼自身の手によって造られた、ある『紋章』だった。

 

 フィーナルの設備があったから完成できたその『紋章』は、例えガブリエルが創造の「力」を持っていようと、彼の持つ「力」と知識だけで新たに創り出せるものではなかったらしい。

 一方で、“彼女”にはその知識があった。

 『記録』と言うべきか。その『紋章』を創り出すのに必要な知識。

 

 ガブリエルが“彼女”を探し求めていたのは、そのためだった。

 そして“彼女”に会って、必要な知識を得るという目的を果たした今の彼は。とうとう、その『紋章』を創り出せるようになってしまったのだと言う。

 

 ガブリエルが求めた、その『紋章』の名は──

 

 

 

「崩壊……紋章だって!?」

 

 

 思わず驚き聞き返したクロードの方は見ずに、“彼女”はひたすら弱りきった声で言う。

 

「ごめん、なさい。渡さずに済む方法なんて、思いつかなくて。このままじゃ、みんな死んじゃうって思ったから。他に、どうしようもなかったの……」

 

 紋章術を封じられ、唯一ガブリエルに対抗できるレナスが敗れた。そのうえで知識を渡せ、こいつらがどうなってもいいのかと、彼に脅されていた状態。

 あと少しでも回復術が遅れていたら、レナスが助からなかったのは事実だ。

 その時はそうするよりなかったという、“彼女”の言い分だけは理解できる。

 だけど、

 

「待ってください。崩壊紋章を知ってる……いや、創れるだけの知識があるって、どういう事なんですか。あなたは、一体……?」

 

 『崩壊紋章』は昔のネーデ人が考えついたものだ。

 ネーデと関わりのない者が知るはずもない『紋章』のうえに、そのネーデ人自体が今はもう、ネーデの事に詳しくないレナを含めても三人しかいない。

 あげく十賢者のガブリエルですら、創造の「力」だけでは、一から創る事はできない代物だと。“彼女”自身の口から、たった今説明されたばかりなのに……。

 

 信じられないといった表情で、まっさきに聞き返したノエル。

 振り返った“彼女”は、ノエルの顔を見つめた後、ことさらに思いつめた表情でうなだれる。

 顔をぐしゃりと歪め、

 

「ごめん、なさい。私が、馬鹿だったから。臆病で、とても卑怯だった、から」

 

 そうして吐露した後。

 “彼女”の口から語られたのは、どれもこれも、さらに信じられない事ばかりだった。

 

 

 

 “彼女”の正体。

 現代ネーデ人の住む『エナジーネーデ』に深い関わりがあったという、“彼女”の存在。

 自我を持ったデータの集合体。

 

 星ごと消滅したその瞬間まで、管理者の意識を持って、人知れず『エナジーネーデ』を見守っていた事。

 崩壊の時に、その役割を終えたはずだった事。

 

 なのに、惑星崩壊から数か月も経った頃になって、惑星エクスペルの中で自我が再び目覚めてしまった事。

 現状の否定。事実への慟哭。

 どうにもならない思いに泣き叫んでいた時、肉体も持たない“彼女”のもとに、レナスが現れた事。

 “彼女”が思った事。

 “彼女”がとった行動。

 

 

 何も言わずにレナスから「創造の力」を奪い取って、逃げて。

 リンガの聖地の中で、ネーデのみんなを生き返らせようとしたけど。

 ひとから奪った「力」だったから、結局きちんと扱う事ができなくて失敗して、十賢者を創りだしてしまった事。

 

 自分がやってしまった事の恐怖に身をすくませていたら、そのすきを狙われて、目の前のガブリエルに「創造の力」を奪われてしまった事。

 

 周りは十賢者が勢ぞろいしていて、怖くなって。

 今度はガブリエルが手に入れたばかりの「力」に気をとられているうちに、彼らのもとから必死に逃げた事。

 逃げている途中で、偶然見かけたチサトの中に隠れた事。

 

 そうして、今さっきガブリエルに追い詰められるまで。ずっと怯えて、彼女の中に隠れていたのだと──

 

 

 

 怖かった。

 取り返しのつかない事をしてしまったと思った。

 怯え隠れて、いくらか経った頃、この子がリンガの聖地で魔物に襲われた時。この子も死ぬのかと思うと嫌で嫌で仕方なくて、また“誰か”に助けを求めて、そうしたらまた彼女が来てくれた。

 その時も怖くて、途端に声が出なくなった。

 彼女にした事を思うと、とても怖かった。

 夜になって、詳しい状況をみんなから聞いて、もっと怖くなった。

 

「言わなきゃ、いけなかったのに。私が、やった事」

 

 結局は現実から目を背けて、ひたすら心の奥に閉じこもった。

 閉じこもり続けた。

 途中からは、このまま何も言わなくてもみんなが全部解決してくれると、勝手な希望さえ抱いていた。

 

「こんな事に、なる前に。私が、悪いんだって、ちゃんと……」

 

 

 

 最初から全部聞かされて、いよいよ何も言えなくなったクロード達に囲まれ。ベッドに横たわるレナスを前に、“彼女”はうわ言のように繰り返すばかりだ。

 

「ぜんぶ、全部私が、悪いの。ごめんなさい、ごめん、なさい……」

 

 

 データの集合体が自我を持つ? ずっとエナジーネーデを見守っていた?

 どれもこれも、クロードには信じられない事ばかりだけど。

 

 返せる言葉もないのは、“彼女”が可哀想だと思ったからじゃない。

 “彼女”の懺悔を聞くうち、(本当に何もかも、“彼女”のせいなんじゃないか?)という思いが、頭をよぎってしまったからだ。

 

 

(それじゃレナスさんは……、全部、最初から、“彼女”に振り回されたようなものじゃないか?)

 

 いきなり「力」を奪われたせいで、空から落ちて大怪我して、自分のいた場所に帰れなくなった事も。

 十賢者が再びエクスペルに現れた事が、ようやく分かった時だってそうだ。自分が罠にかかったせいだって、彼女はあれだけ落ち込んでいたのに。

 

 本当は、罠なんかじゃなかった。

 仮に「力」をうまく扱えなくて十賢者を生き返らせてしまった事が、仕方のない事だったとしても。せめてあの時点で、“彼女”が本当の事を言ってくれれば……

 きっと、レナスがあんなに悲しむ事はなかった。

 

 その後だって。本当の事を、ちゃんと自分達に言ってくれれば。

 すべてを打ち明けてくれなくても、せめて十賢者の狙いが、事前にちゃんと分かっていたら。

 

(こんな事って……。レナスさん……)

 

 

 他のみんなもたぶん、ほとんどはクロードと同じ気持ちなんだろう。

 一人のすすり泣き以外、しんと静まっている医務室の中で、血の気のない顔で眠るレナスと、その前に座り込んで謝り続ける“彼女”。

 

 黙って見る事しかできないクロード達の中で、メルティーナが口を開いた。

 

「よく分かったわ。あんたがすべての元凶だってこと」

 

 深く息をついた後。“彼女”を睨み据え、一歩前に踏み出したところで、すぐに近くのアリューゼに強く肩を掴まれる。

 

「おい。落ち着け」

「落ち着いてるわよ。十分に落ち着いてるわ。てか何? 止めないでくれる?」

 

 杖を床に投げ捨ててまで反論するメルティーナ。

 アリューゼはより一層、彼女を強くその場に引き止めていて、誰がどう見ても彼女がブチ切れている事は明らかだ。

 

「全然落ち着いてねえじゃねえか」

「はっ、ここまでコケにされて黙ってろって? あんなクソ女を許せとか、あんたの方こそ頭どうかしてるんじゃないの」

「そうは言ってねえ。俺はただ、」

 

 いったん言葉を止め、アリューゼが仕方なさそうに見やった視線の先。

 “彼女”は怯えた様子で、

 

「この子の体を、傷つけないで……!」

 

 と自身が借りている、チサトの体を縮こませて言う。

 

「私が悪いだけなの。この子は、何も悪くないの。お願いだから……!」

「っあんた、一体どの口が言って……!」

 

 余計に神経を逆なでされたメルティーナ。ある程度は冷静に受け止められているアリューゼはやはり、「そういう事だ。頭を冷やせ」と彼女を引き止める。

 それまで完全に気後れしていたプリシスも、はっと我に返って、一緒にメルティーナを止めにかかり、

 

「そ、そうだよメル! チサトぶん殴っちゃ絶対だめだから!」

 

「じゃあとっととそこから出てきなさいよ。肉体がなかろうが何だろうが、あんたのいる空間固定してでも無理くりぶん殴ってやるから」

 

 そうして医務室中に、荒れた空気が漂い始めた時だった。

 

 

「あ……」

 

 

 身を縮こませていた“彼女”は、急に後ろのベッドを振り返った。

 メルティーナも他のみんなも、すぐにその意味に気づいて、静かにベッドの方に注目を向ける。

 

 ベッドの頭の方に寄り添っていたレナが、上からそっと声をかけたけど、

 

「レナスさん? ……聞こえますか?」

 

 返事は帰ってこない。

 意識がはっきりしているわけではないのか。

 かすかな呼吸を繰り返し、うすぼんやり開かれたレナスの目は、ひたすらに“彼女”の方に向けられている。

 

 

「ごめんなさい。私、あなたに……ひどい事ばっかりして、謝りもしないで、馬鹿だから、どうしようもなく馬鹿だったから、こんな事になるなんて……」

 

 視線を向けられている“彼女”は、謝らなければならない事が多すぎて、どうしたらいいのか途方にくれている様子。

 怯えと後悔が入り混じった表情で、レナスに話し始めたかと思うと、

 

 

「違う! あれは……あの時だけ、どうかしてただけなの! 全部なくなってほしいなんて、思うわけない!」

 

 言葉の途中で、いきなり声を荒げた。

 レナスはそんな“彼女”を、どうにかぼんやり見れているだけだけど。相手の反応のせいか、どこか“彼女”の感情の吐露を見守っているようにも見える。

 

 “彼女”は一方で、今度は急に、ふいを突かれたような顔になり、

 

「そう、そうよ……。私は今でも、彼女達の事が好きなの。幸せに生きてほしいって、誰よりも強く願ってたはずなのに」

 

 悔しさに顔を歪ませ、両手を握りしめて声を絞り出す。

 

「なんで私、あんな、自分の事ばっかり……」

 

 

 心の底から自分に、自分のやった事に絶望している。そんな嘆きだ。

 ベッドシーツの端を固く掴み、嗚咽を漏らす“彼女”。

 

 ただ静かに見ていたレナスの手が、動きはじめ、

 

 

「どうし、よう。私の。私のせいで。あんなに、大切にしてたのに。みんな、なくなっちゃう。せっかく、残った命も、今度はみんな、私のせいで……」

 

 泣き続けていた“彼女”の手のうえに、やっと触れた。

 

 

 泣き顔を上げる“彼女”。

 レナスが口を開いた。

 

 

「……しが、いるから」

 

 はっきりと聞き取れないほどの、かすかな声。

 目を見開く“彼女”に、

 

 

「みんなが、いるから」

 

 けれど確かな意思で。

 その場の誰もが感じ取れるような、すべてに寄り添う愛憐の心を持って。

 

 

「ひとりで、悲しまないで」

 

 この世界に来て、一番に言いたかったはずだった事。

 ようやく伝えられたレナスは、“彼女”に優しく微笑んでみせた。

 

 

 

 しんと静まった医務室の中。

 

「どうして? どうしてあなたは……」

 

 言葉を失っていた“彼女”は、愕然と呟き。ぽろりと顔から涙をこぼす。

 それはきっと、先ほどまでの涙とは、全く意味合いの違ったものだったのだろう。

 

 体力を使い果たしたのか。安心したように、静かにまた目を閉じたレナスの手をとって、

 

 

「受け入れて、くれるの? こんな私でも、あなたは許して……」

 

 最後にそう呟いた“彼女”も、急にくたりと体から力が抜け。結果的にレナスが眠るベッドの端に、チサトの上半身も寄りかかるような状態になった。

 

 

 

「あ……。今の、って」

 

「大丈夫。レナスさんもチサトさんも、眠っただけみたい」

 

 呆然と見ていた他の全員も、ここでようやく我に返った。

 近くにいたレナが、二人ともちゃんと呼吸している事を確認して、ほっと息をつく。

 首をひねりつつ状況を整理してみたフェイトには、これまたアシュトンが首をひねりつつ訂正した。

 

「という事は。彼女、もしかして今ので成仏……したとか?」

 

「ええと、違う……らしいよ? “宿主を変えただけだな”って言ってるもの、後ろのふたりが」

 

 という事なので、つまりそういう事らしい。

 ついでにそういう事に詳しそうなギョロとウルルンに、ついさっきまで“彼女”に憑りつかれていたチサトの方は本当に大丈夫なのかと、アシュトンに確認してもらったところ、

 

『その女なら、放っておいてもじきに目覚める。お前がいい例だ』

『精神への影響? お前の精神そのものが、我らの存在によって狂わされた事があったか?』

『お前がネガティブなのはお前が元々そういう性格だからだ』

 

 という事なのでアシュトンはちょっとショック受けてたけど、チサトは本当に大丈夫らしい。

 

(でも体を勝手に使われて、しかも大勢の前で大泣きされるって。チサトさんも嫌だろうな……)

 

 とはクロードのみならず、この場にいるほとんどの人が思った事だろうが。

 それならなおのこと、ベッドの端に寄りかからせたままの座り寝状態で放置では気の毒すぎるので。彼女の体は、同じ医務室の空いているベッドにきちんと移動させておく事に。

 

 

「結局、彼女がすべての元凶だった、って事でいいんだよな?」

 

「わたし達、どう思えばいいのかな……。怒るべきなの?」

 

 全員、さっきまでの事はなんとなく理解できたのだろうけど。

 嵐でも過ぎ去ったような茫然自失感、とでも言えばいいのだろうか。

 なんとも言えない顔で言うフェイトやソフィアに、クリフやマリアは思い思いにやれやれと、肩をすくめて言う。

 

「なのかも知れんが。どっちにしろ一番の被害者が……これじゃあ、なあ」

 

「それこそ殴るわけにもいかないし。怒る気もなくなった、ってところかしらね」

 

 

 その一方では約一名が、

 

「なにほいほい許してんのよ!」

 

 と本当に眠っているレナスを殴りかねないほど荒ぶっていたりするわけだが。もちろんアリューゼやらプリシスやらにがっちりホールドされているので、その辺はたぶん心配しなくていいと思う。

 

「聞こえてるんでしょ、返事しなさいよこら! なんであんたいつもいっつも……!」

「どうどうメル、寝てるから、レナス本当に寝てるから!」

「このっ、大バカー!」

 

 

 さっきまでの、まるで葬式のような静けさはどこへやら。

 他のみんなもきっと同じ気持ちなんだろう。

 宇宙が崩壊してしまうかも、という悲壮感などでは決してなく。

 

 今クロードの胸にあるのは、レナスが“彼女”に向けて言ったあの言葉だ。

 

「僕達がいるから、か」

 

 クロードの呟きに、ディアスとセリーヌも同調してみせる。

 

「……創造の「力」を持ったガブリエルも、俺達の手で倒してしまえば何も問題はないという事か。同感だな」

 

「わたくし達もこの宇宙が滅びるのはまっぴらごめんですから、弔い合戦というわけではありませんけど。……こうなったらレナスの期待に、なんとしてでも応えないといけませんわね」

 

 

 状況に翻弄され続け、それでも誰かを守ろうとした戦いの末に剣折られ、肉体が力尽きても。

 レナスの心は少しも折れてなどいなかった。

 

 この世界は絶対に壊させやしない。

 みんながいるから、だから大丈夫だと。

 もうろうとした意識の中にいても、今もなお決して諦めていない彼女自身の想い、願いは、確かにクロード達にも伝わったのだ。

 

 

「まだ、ぜんぶ終わったわけじゃないから。……そうですよね? レナスさん」

 

 誰一人として、絶望に染まった顔をしていない医務室の中。眠るレナスの肩にそっと手を触れ、レナは敬愛を込めて囁く。

 レナ達と同じく、彼女の心のありように鼓舞されたクロードも力強く頷いた。

 

「ああ。この宇宙は、絶対に僕達みんなで守ってみせる。絶対にだ!」

 

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