スター・プロファイル   作:さけとば

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5. 進化を外れた存在に、生きる意味はないのだろうか?

 宇宙を崩壊させようとしていたガブリエルも無事倒せたし、これで事件も一件落着。レナスさんが自分の「力」を回収し終わったら、あとは下の広場にいる仲間達と合流してエクスペルに帰るだけだな……

 などとクロード達が落ち着けた時間は、実際のところほとんどなかった。

 

 遠くの壁がゆっくりと崩落を続ける中。ガブリエルのいた場所に辿りついたレナスが、搭乗型機械の中から手を伸ばしてふわふわと宙に浮かんでいた光を自身の中に取り込んだ後。

 なんかいかにも本来の力を取り戻した神様っぽく、彼女の姿が見えなくなるほどの神々しい光が、彼女を中心にわんさかと溢れ出してきた辺りで。

 

 周りの壁やら天井やらが、よりいっそう激しく崩れ始めたのだ。

 

 

「こ、これってもしかして……!」

 

「もしかしなくても、とってもまずいやつだよな!?」

 

 今さら激戦の余波で壁が崩れてたんじゃない事に気づき、慌てるクロード達。

 ここはガブリエルが無理やりにその場しのぎで創りあげた、フィーナルもどきだ。力任せに維持させていた彼がいなくなった事で、元々無理のある構造をしていたものが完全に限界を迎えたのだろう。

 

 よく見たら崩落してる壁とか天井とかも、さっきのガブリエルみたいに崩れたそばからどんどん消えてなくなっていってるし。

 向こうの宙にまだある崩壊紋章はどうやら機能停止したままっぽいので、そっちが発動してしまったわけじゃなさそうな事だけはよかったけど、

 

「今から戻って、間に合うか!?」

 

 そんな事より自分達がマジヤバい。

 よりによってここ、最上階だし。ここまで来たのも、とってもゆーっくり動く昇降機だし。

 小型艦は下の広場の先だ。

 もしも間に合わなかったら、自分達は生身のままで宇宙空間に放り出される事になるわけだが。……どう考えても間に合いそうにない、見事な周りの崩壊っぷりである。

 

「と、とにかく早くエレベーターに!」

 

「あれではとても無理だわ、どうにかして他の方法を……」

 

「うわーん、まだ死にたくないよお!」

 

「ゆっくり光ってる場合じゃないですよレナスさん! いいから急いで!」

 

 などと、光に包まれたままなレナス以外の全員が慌てふためく中。

 最上層の壁と天井がきれいさっぱりなくなるより先に、クロード達の足元の床が崩れたのだ。

 

 

「う、うわあー!」

 

 ふわっと足元の重力が消える感覚。

 上下左右から、同時に崩れ落ちた瓦礫も、どんどん消えてなくなっていく。

 

 視界に広がるのは、一緒に落ちていく仲間達と、あまりに広大すぎる宇宙の星々の光。

 そんな中でも、相変わらずレナスだけは神々しい光の中に包まれたまま、さっきまでお世話になっていた無人君と搭乗型機械一式があえなく落下していっても、どういうわけか最上層が存在していた辺りの宙に留まったままで。

 

 なるほど彼女は神様だからだな、とその場の全員が納得する間もなく。

 彼女と同じく、その場に留まったままだった崩壊紋章が、消える前に一瞬だけ強く光った気がした。

 

 それから──

 

「あれ? 落ち……てない?」

 

 落下が止まったのだ。

 ふわふわと空中に浮かんだまま、戸惑うクロード達五人。と無人君。

 

 足元の方にある広場もまだ崩れていない様子。こちらを見上げているだろう他の仲間達の姿も小さくだけど見える。

 もちろん呼吸もできるし、寒くもない。

 宇宙空間に放り出されてない事だけはすぐ理解できたクロード達が、戸惑いながらも辺りを見渡すと。

 

 

 頭上から、羽根がふわりと舞い落ちてきた。

 

 

 正確には、羽根のような形に見える光だ。

 それもひとつやふたつではない。

 数えきれないほどたくさんの羽根が、そこらじゅう見渡す限り、まだ残っていた地面に向かってふわりと降りていき──

 

 

「暖かい、光……。これは」

 

「レナスさんが、助けてくれたのか?」

 

 ようやく周りの景色だけでなく、クロード達自身もまた別の光の中に包まれている事に気づく。

 ガブリエルとの戦いで傷ついた体も、気づけば治っている。

 

 上から次々に舞い落ちてくる羽根は途中で弾け、さらに広範囲に渡っていく。

 そのおかげか、崩壊が進んでいくタワーの輪郭が、いよいよおぼろげになっていく一方。小型艦や他の仲間達がいる足場だけは、まだその存在を保ち続けていた。

 というより──

 

 

 どう見てもクロード達の気のせいじゃなく、消えるどころかどんどん地表が増えている。というか地面の色合いもどんどん変わってきている。

 

 というか、すでにもう地面の端っこが見えなくなった。

 

 

「……」

 

 

 もはや驚きのあまり声も出ないクロード達一同。

 その頭上からはやっぱり、羽根がわんさかと舞い落ちてきていて。

 あっという間に、さっきまであったはずのフィーナルもどき全体よりはるかに広大な範囲──具体的には、たぶん人工惑星ひとつ分くらいの面積──の地表すべてに、暖かな光となって降りそそいだ。

 

 

 どこまでも続くだけだった足場は、急速な隆起、沈下を経て、大地と海に。

 はるか上空の星々も一斉に移ろい、澄み渡るような青空へと変わった。

 

 遠くに見えるのは、草原の緑と大海の青。

 また別の方角では上空に浮かぶ島すらも、はっきりと形成されていく。 

 

 それから──

 

 

 クロード達がいる辺りの土地は、さらに目まぐるしく景色を変えた。

 真下に広がっていた草原は石畳に。

 さっきまであったはずの広場の周りには、ビルや背の低い建物、さらには街灯や階段など、次々と人工的な建造物が出現していく。

 

 どこまでも詳細に、正確に形作られる風景。

 

 隣で同じように驚いているフェイト達はともかく。唐突に眼前に現れていくこの街が一体なんなのか、クロードとレナにはもう分かっていた。

 それは数か月前のフィーナル突入直前、前線基地ラクアの指令室のモニター越しにだけど、それでも最後に見た時とほとんど同じ光景だったからだ。

 

 周りの景色や建物だけじゃない。

 あの時、セントラルシティの市庁舎前。

 

 大広場に集まり、ビル壁面の大モニターを、そこに映されていたクロード達の姿を揃って見上げていた人々。

 一様に緊迫した顔つきで。中には、いるかどうかも分からない神様に一心に祈り続ける人達の姿までもが、全部──

 

 

 ただ、今の彼らは、クロード達の真後ろに出現した、市庁舎ビルの大モニターの方をもう見てはいない。

 戸惑うような、あっけにとられたような様子で。

 みんな、そのさらに上の方、ただひとつの光を見上げていた。

 

 

 

 

 クロード達をそっと地上に降ろした後。

 神々しすぎる光をちゃんと収束させつつ地に足をつけたレナスは、大仕事にひと息つく間もなく、駆けつけてきた仲間達の質問攻めにあった。

 

 

「ね、ねえ! サイナードはどこ!?」

 

「あんた何また勝手な事して……。こんな大物どっからどう創ったのよ、MPだってタダじゃないっつのに、ってかあんた、まさかとは思うけど」

 

「ちょい待て。これはあのエナジーネーデなんだよな? エナジーネーデっつったら当然あのクラス9のとんでもシールドだよな? まさかとは思うがお前……」

 

 

 詰め寄られたレナスは全員の話を聞いた後、とりあえず一番最初のチサトの質問に、

 

「サイ……ナード?」

 

 と首をかしげる。

 まさかの今初めて聞いた単語、みたいなレナスの反応に、チサトの方はいっそうもどかしそうな様子だ。

 

「サイナードったらサイナードよ! 空飛ぶ乗り物、紋章生物の! みんな元通りなんでしょ!? だったら──!」

 

 チサトの話を聞きつつ、なにやら考え込むレナス。

 しばらくして、なんかようやく『サイナード』がなんなのか理解できたらしい。

 

「サイナードなら、この街の外に……」

 

 とレナスがその方向を指差すなり、

 

「街の外ね、ありがとう!」

 

「す、すみません、僕も行きます!」

 

 話を最後まで聞かずに、広場から駆け出していったチサトとノエル。

 それまで驚きっぱなしだったクロード達も、そんな二人の後ろ姿を、なんだか胸がいっぱいな気持ちになりながら見送る一方、

 

 

「私はただ、近くにあった破壊の「力」を転換させて利用しただけ。世界樹も一切関係ない。この星の存在が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わ」

 

「……。なるほど、つまりあの“崩壊紋章”ってやつか」

 

「ふーん……。それならまあ、いいけどさあ」

 

 順番にメルティーナの質問に答えるレナスは、あまり晴れ晴れとした表情はしていない。

 アリューゼを含めた仲間内からの信用なさすぎて個人的にショックを受けてるんだかなんだか。“エナジーネーデまるごと創造”などという、とんでもない事をさらっとやってくれた割には……なんかどことなく残念そうというか、ほんのちょっぴりしょんぼりしているというか。

 

 そんなレナスは仕方なく気持ちを切り替えた様子で、やっぱりこっちも信用してなさすぎるクリフの質問にもきちんと答える。

 

「エクスペルもディプロも、もちろん無事よ。小型艦での脱出にも支障はないらしいわ」

 

「そう……なのか?」

 

「ええ。全部は同じじゃなくていいって、“彼女”が言っていたから」

 

 レナスの言いようだと、クラス9のシールドも今は展開されていないらしい。

 具体的にどうやったのかはともかく、その辺の事も全部、例の“彼女”の知識でうまいこと処理してくれたようだ。改めて色々とんでもなさすぎる「力」である。

 

 

「はは……、そうだよな。レナスさん、“創造神”だもんな。これくらいはできて当然ってコトなんだな」

 

「……。そう、よね」

 

 ようやく実感が湧いてきたクロードが明るい表情で呟き、隣にいるレナがまだぼんやりした様子で頷く。

 クリフが戻っていったあっちの方では、フェイトとかも非科学的すぎる現実に、やっぱりまだ固まってたりする模様。

 他の仲間達もそれぞれ、ずっと驚きっぱなしだったり、明るい表情で見覚えのありすぎる景色を見渡しはじめたり。

 

 

 そんな中、広場にいるネーデ人達の中から、ある一人の人物が歩み出てきた。

 やはりクロード達“英雄”には、一目で誰か分かる人物。

 このセントラルシティ、ひいてはエナジーネーデの代表者、ナール市長だ。

 

 

「どうやらこれは、夢ではないらしい。我々ネーデ人がこの宇宙にまだ存在できているなど、あの時は一体誰が想像できただろうか」

 

 他のネーデ人達が遠くから静かに見守る中。

 言いながら歩き、クロード達に目線で挨拶したナール市長は、レナスの前で足を止める。

 

「これは、あなたがやってくださったのでしょうか?」

 

 否定をせずに、ただナール市長を見つめるレナス。

 ナール市長は深く礼をしてから、また口を開いた。

 

 

「しかし……私はまた、戸惑ってもいるのです。選択肢のない状況下で決めた事とはいえ、あの時の我々の覚悟に嘘はなかった」

 

 進みすぎた文明を持ったゆえに、下界との関わりを拒んで星の中に引きこもり、進化を止めた我々ネーデ人は、もうこの宇宙に必要ない。

 ──こうなる事こそが、この星の運命だったのだと。

 生き残ったクロード達が罪悪感を覚えることのないように、ナール市長は最後にそんな方便を言って、崩壊紋章の身代わりになったのだ。

 

「生きる意味などとうにない。当然の帰結と納得して命を絶ったはずの我々は今、ここに存在している。……こうして今、私達がこの宇宙に存在しているという事は」

 

 

 あの時に出した答えは、すべて間違っていたのだろうか。 

 宇宙すべての崩壊すら引き起こせるほどの技術。十賢者を造り出した事すらも。異常な存在だと思っていたからこそ、種そのものの絶滅という理不尽な結末にも、納得できたはずなのに。

 

 自分達に再び命を与えた存在を前に、ナール市長は言いかけた口を閉ざす。

 黙って聞いていたレナスは、ふとナール市長から視線を外すと、柔らかい笑みを浮かべた。

 

 ナール市長も後ろを振り返る。

 たくさんの人々の中、親と手をつないだネーデ人の幼い子供が、わけもわからず笑顔で手を振っていた。

 

 

「必要ない存在かどうかは、個人がそれぞれの意思で決める事だろう」

 

 前に向き直るナール市長。

 彼に言うレナスはもう、微笑みを浮かべてはいない。

 

「あなた達ネーデの人々が、この宇宙でどう必要とされるか。それもまた、すべてはあなた達一人一人の意思次第だろう」

 

 まるで、彼女自身も迷ってすらいる様子で、

 

「あなた達が今この宇宙に存在している、というのはただの事実だ。あなたが抱える疑問の答えになど、なりようがない」

 

 と最後は突き放したように言う。

 

「……答えは自分で見つけろと」

 

 ナール市長の確認にも、レナスは答えない。

 ナール市長は息をついた後、改めてレナスに深々と頭を下げた。

 

「全くその通りですな。……我々にもう一度生きる機会を与えていただき、ありがとうございます」

 

 

 と、それまで話の成り行きを静かに見守っていた仲間達が、そわそわとした様子で声をあげた。

 

 

「ねえ、もうそろそろ喋ってもいいよね?」

 

「いいんじゃ、ないかな? 難しい話も終わったみたいだし……」

 

「なにより……、こういう雰囲気は今の状況にふさわしくないと思いますのよね、わたくし達」

 

 

 大はしゃぎしたプリシスやアシュトンは、さっそくレナスやアリューゼやメルティーナ、ナール市長の近くへ駆け寄っていく。

 広場にいるネーデ人達も、それをきっかけに、次々に明るい声をあげはじめた。

 

「すごいすごい! エナジーネーデが復活! レナスすごい!」

 

「ついでに宇宙も守れた、みんなも無事だ! やったあ!」

 

 さっきから若干置いてきぼりな未来人のフェイト達も、たぶんめでたい事には変わりないしもう細かい事はいいか! ……といろんな事をざっくり受け止める事にした様子。広場のギリギリ端っこにある小型艦を確認しに行ったり、プリシス達のお祝い気分に混じりに行ったり、各々自由に行動し始めている。

 ディアスも、皮肉は言いつつもまんざらでもなさそうな様子だ。

 

「さっきまでのは全部“ついで”か。……だが、そうだな。もうそれでいいのかもしれん」

 

「わたくし達も全員頑張った、もうそれでいいじゃないですの。全部まとめて祝っちゃえば」

 

「そう……ですよね? もう色々ありすぎて、いったい何から喜べばいいのかわかんないですもんね!」

 

 そうまとめたセリーヌが、その場で見てるだけなディアスの背中も強引に押して歩かせつつ、プリシス達の後を追いかけていく。

 クロードも笑顔で賛同してからすぐ隣を振り返り、

 

「レナ?」

 

 ぼーっとレナスの方を見ていたレナを、気遣うようなクロードの視線。

 レナはちょっぴり困ったように笑って言い、

 

「えっと……。わたしまだ、なんか信じられなくって」

 

「だよな! 僕もなんか、まるで夢を見てるんじゃないかって気がして……!」

 

 興奮した様子で、改めて辺りを見始めるクロード。

 レナはやっぱりぼんやりした様子で、レナスの方を見つめていた。

 

 

 両脇にアリューゼとメルティーナを従えた彼女は、駆け寄ってきた笑顔のプリシス達に、落ち着いた笑みを浮かべて対応している。

 それはいつも通りの、レナが見慣れすぎた、あの微笑み方で──

 

 

 彼女の今の本当の気持ちは、一体どこにあるんだろうと。

 さっきの事がさっきの事なだけに、レナはつい心細くなってしまっていたのだけれど。 

 

 プリシス達に話しかけられたアリューゼとメルティーナが、ちょうどそちらに気をとられている時。レナスがレナの方を見た。

 

 

 レナだけじゃなく、もっと遠くの方も見ているような。

 どこか寂しそうな微笑みは浮かべたままで。

 

 わずかに首を振った後、人差し指をあげて、内緒の仕草。

 

 気になったレナが後ろを振り返ると。

 たくさんのネーデの人達の中に紛れて、その場を歩き去っていく、長い青髪の女性がいた。

 

 

 耳のとがったネーデ人のその女性は、途中で立ち止まって振り返り、ためらうような表情でレナスの方を見る。

 本当にそれでもいいのか、未だ迷っているような表情。

 その場で深く頭を下げた後、おそらくは「ありがとう」と口を動かしたのだろう。今度は立ち止まらずに、ビルの合間までずっと歩いていき、それから女性の姿は見えなくなった。

 

 

 

「あ……」

 

 我に返ったレナは、また自分の事を見ていた隣のクロードに「ううん、なんでもない」と返した。

 ほぼ同じタイミングで、よそ見をしている事がバレたレナスも同じ事を、アリューゼやメルティーナに言い返している。

 

「ホントにぃ? あんたがそういうコト言う時って、大抵なんかあるのよね……」

 

「実はアレだけじゃ足りなくて、MPも多少使った。とかな」

 

 またしても仲間にあらぬ疑いをかけられているレナスは、なんか腑に落ちない表情にはなっているけれど、寂しそうな顔はもうしていない。

 隣のクロードが手を差し出す。

 戸惑っていたレナも、ようやく笑顔になって、クロードの手をとった。

 

「さあ、行こうレナ。僕らも、みんなのところへ」

 

「ええ。こんなに嬉しい事はないもの。めいっぱい楽しんでお祝いしなくちゃ」

 

 

 

 “彼女”が今何を思っているかは分からなくても。

 これはきっと悲しい決意じゃないって事だけは、わたしにも分かる。

 

 だからわたしも“彼女”のこれからを、笑顔で祈って見送ろう。

 

 どうか“彼女”も、幸せであるように。

 大好きなひと達と一緒に、希望あふれる世界の中で生きて……

 いつかはきっと、幸せになれるように。

 

 

 ☆★☆

 

 

 今はそんなに都合よく、考えられないかもしれない。

 後ろめたさや寂しさをすべて忘れる事は、永遠に自分を戒めて生きていくより、もっと難しくて、悲しい事なのかもしれない。

 

 でも、あなたがその気にさえなれば、それは決して不可能な事ではないと思うから。

 生きて、前に進んで。いつかはきっと、心の底から自分を愛してあげて。

 

 どうかあなたも、幸せに──

 

 

 ☆★☆

 

 

 セントラルシティのすぐ北にある、ノースシティ入り口。

 飛行生物のサイナードから飛び降りたチサトは、別れ際のノエルとのやり取りもおざなりに、町の中へと駆け出した。

 大通りの広場、武器屋、後方には宿屋……

 通りすぎる景色は、何もかも記憶とそっくり同じだ。

 

(嘘でしょ、こんな事って)

 

 だってもう、全部なくなったはずだったのに。

 混乱しながらも走り続け、

 

「おー? チサトちゃん、今日も元気だねえ」

 

 途中で知り合いのおじさんに話しかけられても、返事もせずにひたすら走る。

 

 

 ゆるく長い坂道。

 遠くには家畜の姿。

 何度も夢で見たあの帰り道と同じ、けれど今度は決しておぼろげになったりなんかしない坂道を全力で駆け上がり、さして大きくもない店の前で足を止めた。

 

 ドアには『準備中』と書かれたかけ札。

 だいぶ昔にチサトがやらかしたへこみ傷まで、それはもうそっくり同じだったのだけれど……

 そんな細かい確認もぜんぶ後回しにして、ろくに息も整えずチサトは目の前のドアを勢いよく開けた。

 

 

 カウンターの先、突然の事に目を丸くして驚く、チサトの母の姿があった。

 

 

「うわっ……と、と」

 

 手に持っていた品物をなんとか落とさないようカウンターの上に置き、ひと安心した後。

 相変わらず勢いよく帰ってきた自分の娘の様子を見て、チサトの母は呆れたように口を開く。

 

「どうしたのよそんな慌てて。また忘れ物?」

 

 声も口調も、怒り方まで全部一緒だ。

 乱暴にドア開けたらダメでしょ、お客さんいたらどうするの……

 母の小言はまだ続いているが、チサトの耳には全く入ってこない。

 

「本っ当にこの子はもう、何度言っても聞かないんだから。クロードさん達に迷惑かけてないでしょうね……」

 

 夢じゃない。

 本物だ。

 記憶の中だけのはずの母親が、本当に目の前にいて、動いて、喋ってる。

 

「……お」

 

「お、って何よ?」

 

 娘の様子のおかしさに、小言を止めてきょとんとする母。

 チサトはカウンター越しに母にとびついた。

 

「おがあさーん」

 

「ぎゃあ! ちょ、ちょっと……いきなり何!?」

 

 カウンターの上にあった品物が、がっさがさと下に落ちる。

 悲鳴を上げた母親は、ますます戸惑うばかりだけど、

 

「おかあさん、本物の、おかあさんだあ……」

 

 がっしりと抱きついて離れない娘が、まるで子供みたいに泣きじゃくっているので叱る事もできない。

 チサトは涙やら鼻水やらでぐちょぐちょの顔面を、母の仕事用のエプロンになすりつけつつ喋る。

 

「おかあさん、私電話、ずっとしなくて、何にも、家に帰った時もなんにも……ごめんなさいおかあさん、ごめんなさい……」

 

「ずっと、って……あなたつい四日前にも帰ってきたばかりじゃ」 

 

 戸惑う母の袖を、いつまでも強く握りしめつつ。

 実家に帰ったチサトはようやく、夢の中では言えなかった言葉を口に出した。

 

「ただいまあ。ずっと、ずっと会いたかったよお……」

 

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