スター・プロファイル   作:さけとば

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2. それぞれの帰郷と旅立ち

 夕方、霧のかかるリンガの聖地の奥地をレナス達四人は歩いていた。

 レナスが“帰り道”の目の前まで直接行かなかったのは、アリューゼやメルティーナに言葉で教えてもらうだけでは大体の場所しか分からない事もあるが……、この世界に対しての未練も多少は関係していたのかもしれない。

 

 無言で歩くレナスの隣にはルシオ。

 少し前にはアリューゼとメルティーナの二人もいる。

 歩きながら、レナスの頭の中では先ほどまでの事が思い返されていた。

 

 

 宇宙の危機が去った今、十賢者の移動を妨害していたエクスペルの転送障害は、その必要がなくなったので切った。

 また、惑星全体に生じていた歪みが消えた事で、リンガの聖地に開けたままだった別世界に通じる“穴”は、これまで以上に維持が難しくなるだろう。だから自分達が帰った後に、あの“穴”は閉じてしまうつもりだと。

 お互いの世界の均衡を守るために。

 

 

 ……いやいや、そんな決して、そっちの世界よく見てみたらヤバい方々多すぎて開けっぱなしとか物騒すぎね? とかそういった事ではなくてですね?

 こっちからお呼びだてしといて大変恐縮なんですけども自分、マジ雑魚なんで、できる事とできない事があるっていうか……

 

 おおっとそうそう、最後に言い忘れるトコでした!

 まあそういうわけなんで今回はそういう事になりましたけど──

 

 

 

 拠点を片付けている時に、あの小鳥の姿を借りた存在に告げられた事。

 それと関連して、別れ際に、この世界の人間にかけてもらった言葉についてレナスが考えていると。

 隣のルシオが優しく声をかけてきた。

 

「いいひと達と、出会えたみたいだね」

 

「……うん」

 

 名残惜しさ以上に、ここでみんなと過ごせた日々の事が強く思い出される。

 素直に答えるレナスの顔からは、二、三か月ほど前にルシオといた時にはとても見せられなかった笑みが、自然とこぼれでていて、

 

「元気そうで安心したよ」

 

 ルシオはそんなレナスを見て、心の底からほっとしたように言った後。

 なんともいえない、複雑そうな顔になって呟く。

 

「俺は結局、また何もできなかったみたいだな」

 

 レナスに対してではなく、自分にがっかりしている様子だ。

 瞬時に彼の心境を把握したレナスも、とっさに反論しかけたけど、

 

「そ、そんなことない! ルシオは──」

 

「そんな無理に否定してもらわなくってもな……。何やってんだろうな俺、ってのはラクールでの生活が落ち着けた頃から、ずっと思ってた事だし」

 

 正直に打ち明けるルシオに、レナスは言葉に迷う。

 今回の件に関して、ずっとはぐれてただけのルシオが、具体的にどうレナスの支えになってくれたのか。ずばり気持ちの面で励ましてくれたとかいう、やたらふわっとした事以外には何も言う事がないからである。

 そしてそれはどう考えたって、“悪いのは全部私だから”と同じくらいには、今のルシオが聞きたい言葉ではないだろう。

 

「でも……! 私はルシオと会えなくてすごく嫌で、ようやく会えてすごく嬉しくて……」

 

 それでも何か言わなきゃと頑張るレナス。

 前の二人は後ろをちらちら振り返りつつ、好き放題になりゆきを見守り中である。

 

「まあそうなる気はしてたわ。ルシオ、マジでなんもしてないっつうね」

 

「奴なりに行動はしてただろうが。絶望的に運はなかったようだが」

 

「にしてもわざわざ口に出して言う? そういうトコだっつうのルシオもさあ」

 

 そんな会話が聞こえてるんだかどうなんだか。

 真剣な表情になって言うルシオに、レナスは否定するので精一杯。

 

「今までは考えないようにしてたのかもしれない。けど今回の事で、俺、はっきり分かったんだ。ずっとこのままでいいはずがないって」

 

「違う、それは、私が勝手に考えてた事で……! 今はおかしな事を考えてたって、ようやく気づけたの。だからルシオはなにも──」

 

 ルシオの言いたい事を早くも察した前の二人は、なおも見守り続行中であるが。悪い方向に受け取りかけてるレナスはそれどころじゃない。

 

 ルシオの事を心から大切に思っていても、二、三か月前の時も今回の事でも、結果的に彼の事がおざなりになっていたのは事実なのだ。今真剣な顔をしているルシオだって、その事に何も思わなかったわけがない。

 頭が真っ白になりかけたところで、

 

 

 ──ルシオさんの事、心の底から好きなんですよね? 

 だったらそう思ってるだけじゃなくて、行動でも示さないと!

 無理やりでもなんでもいいですから、まずは前の失敗なんかなかったくらいの勢いで……

 

 

 この世界で出会った少女がつい数刻前に、延々と言って聞かせてきた事が自然と頭に湧いてきて。

 

「君がそれで構わなくても、俺は嫌なんだ。このままじゃ。だから」

 

「ルシオそんな事より、渡したい物があるの。これを──」

 

 レナスが勢いで懐からプレゼントを取り出したのと同時に、ルシオも自分の懐からある物を取り出してレナスに見せた。

 

「これ、お願いできるかな」

 

 

 どうしようもなくぼろぼろで、しかもベルトの部分に鈴のような物がついていた形跡のある『首のない人形』。

 霧のかかったリンガの聖地の中でも一目で分かる。

 間違いなく二、三か月前にレナスがルシオに渡したアレと、同じ個体である。

 

 

「げ、なんでルシオあのゴミ持ってんのよ。捨てといたはずなのに」

 

「そういや……。行き違いにはなったがリンガにも一度戻ったとは言ってたな。ラクール城下の人間からあいつの情報を聞いたとかで」

 

「ウソでしょ? 偶然見つけて律儀に拾い直したっての? あのどうしようもないゴミを」

 

 

 前の二人がなんか言ってる中。

 なかった事にできなかった“前の失敗”を前に固まってるレナスに、

 

「戻ったら、つくってくれるって約束だっただろ?」

 

 と大真面目に言うルシオ。

 なんとか我に返ったレナスが戸惑いつつ弁解するけど、

 

「あ……。でもルシオ、これは、あの時の私がどうかしてただけで」

 

「君はどうもしてないさ。頼られる力もないのに、“頼ってくれ”なんて言ってた俺がバカだったんだ。今の俺になら分かるよ」

 

 とかなんとか言うルシオ。

 こんな事までかっこつけたように言う。

 

「君は、俺が本当に欲しい物を渡してくれた。それだけの事だろ?」

 

「ルシオ……」

 

「俺、もっと強くなりたいんだ。本当の意味で君に頼られるくらいに」

 

 

 真剣に言うルシオに、そんな彼にきゅんっとなったレナスに。

 結局は予想通りの展開すぎて無言の前の二人。

 

 すっかり乙女な表情でルシオがそう言うのならと、差し出された『首のない人形』を受け取ろうとして。手に持ったままだった“まともな方のプレゼント”の事を思い出し、どうしようと一瞬戸惑ったレナスにルシオが聞く。

 

「それは、さっきみんなと話してたやつかい?」

 

 丸聞こえだったらしい。

 なおさら戸惑ったレナスに、

 

「ちょうど俺も、君に渡したいものがあったんだ。そっちの方はこれのお返し、って事でどうかな」

 

 とルシオは別の懐をごそごそと探り、この世界で地道に傭兵をやった給料で買ったと思われるプレゼントを、レナスに見せたのだった。

 

 

 

 当然の事ながら、その場でふたりのプレゼント交換はされなかった。

 

 いかにもそういう雰囲気になりかけてたし前の二人もずっと待ってくれてるし魔物も空気読んで出てこないけど、ここは夕闇も迫るリンガの聖地の霧の中。

 こうしている間に、万が一でも“帰り道”が閉じてしまったら大変な事になるというのは、一応レナスも冷静に気づいていたので。それじゃあとは帰ってからにしようとルシオに嬉しそうに答え、すっかり止まってた足を進めたのである。

 

 向こうに帰ったら、こんなふうに落ち着いてルシオと話をする事もまた難しくなるのかもしれない。

 それでもいつまでもずっとこうしていたいとは、レナスには思えなかった。

 ルシオの事は一番大切だけど、自分の世界のみんなの事だってもちろん大切だ。早く帰ってみんなに会いたい。

 

 ルシオも歩き出したレナスを引き止めたりはせず、しょうがないなと諦めたように笑ってまた彼女の隣に並んだ。

 

 

「言ってもさあ。ルシオの場合は『生成の珠』で経験値荒稼ぎするより先に、学ぶべき事たくさんあると思うのよね。読み書きとか社会常識とか」

 

「……へいへい。女神さまの男ってやつは難儀なモンだな。俺は死んでもごめんだぜ」

 

「……。他の事も、俺もっと頑張るよ。二度と今回みたいな事にならないために」

 

 歩きながら、やっぱり好き勝手な事を言うメルティーナとアリューゼ。

 痛いところをつかれたルシオは、苦手な勉強も頑張る宣言である。

 レナスが微笑んでそのやり取りを聞く中、話はルシオのこれまでの事に移ったりなんかもした。

 

 なんでも傭兵隊長も同僚も、自分達の世界の仲間に負けないくらいみんないい連中だったとか。レナスが行方不明なのに自分だけこんな恵まれた環境にいていいのか、みたいな事も思ってたから、実は再会できた時レナスが元気そうで、そういった意味でもほっとしてたとか。

 

 だから自分に申し訳なく思う事なんて何もないのだと、さりげなく言ってみせたルシオに、その話を聞けて改めて安心できたレナス。それから正直生きてた時よりいい暮らしだったけど、なによりも食べ物がおいしくて感動してばかりだったとルシオが打ち明けた時には、レナスも懐かしそうに「私もそう思ってた」とまで笑って同意した。

 

 またまたすっかりいい雰囲気になってるふたりに、メルティーナがからかいついでにこんな確認をしてくる。

 

「で、やり残した事は本当にないわけね? この平和極まりない世界でおいしいものたらふく食べてデートしとくとか、なんだったらもう十個くらいお互いのプレゼント買いだめしとくとか」

 

 

 向こうに帰ったら二度とこちらに戻れなくなる事は、アリューゼやメルティーナもすでに承知している。

 あの小鳥に言われたからではない。“エナジーネーデ”に滞在している間に、レナスが自分でそう決めて二人に伝えていた。

 

 理由は……悔しいが、あの小鳥の言う通りだからだ。 

 神界も人間界も、自分達の世界は未だ争いに満ちている。そのような状況でよからぬ野心を抱く者がこの世界の存在に、技術に気づいたらどうなるか。 

 

 優れた技術は、世の風向き次第でたちまち争いの道具に変わってしまう事は、自分達の世界だけでなく、こちらの世界の歴史でも証明されている。

 こちらの世界に迷惑がかかるのはもちろんの事、自分達の世界の破滅に繋がると分かりきっているものを、レナスがそのままにしておけるわけがなかった。

 

 

「ええ。この世界で私がやるべき事はもうない。そんな事までしていたらきりがないわ」

 

 とレナスは平静にメルティーナに答える。

 全く未練はないと言えば嘘になるが、悔いはない。

 厳重に封印する予定が消滅に変わっただけだ。いつか何者かが隙をかいくぐって封印を破る心配すらなくなった分、かえってこれでよかったと納得しているくらいだ。

 

 ただ、あの者の……全体的に軽慮な言動はいかがなものかと思うが。

 

 しかしそういった事はやはり、所詮よそ者にすぎない自分達が処理する問題でもないだろう。

 あれがどうしても見過ごせぬ存在かどうか判断するのも、それから先の事も。この世界のあの人間達なら、きっと自分達だけで決着をつけられるはず。そう思ってレナスは小鳥とのやり取りを、自分の胸の内に留めておくだけにしている。

 

「それと、おいしい食べ物は……料理の作り方ならいくつか覚えてきたわ。材料は多少変わるけど、あれならみんなにも喜んでもらえると思う」

 

「あー……、あの料理教室。あんた最後まで真面目だったわね」

 

「大方そんなトコだろうとは思ってたけどな」

 

 そんなこんな色々考えた末、この世界の進んだ科学技術等については見なかった事にしたレナスだが。なんだかんだで少しぐらいの情報は持ち帰っている。

 

 だって食べ物だけは、どう考えてもこっちの世界の方がよかったのだ。

 レシピの二十個や五十個くらいで世界が崩壊するわけでもないし。自分達だけじゃなく今まで待っててくれたみんなにも、となるくらいは別にいいではないか。

 

 

「はいはい、食いモンはいいんだけどさ。……にしても、もったいないわねえ。後腐れのない男探し放題のこんないい世界をなんで……なんかムカついてきたわ。帰ったらあの眼鏡ぶん殴りに行こ」

 

 霧の向こうに、うっすらと異質な暗い空間のようなものが見えてきた。

 

 こっちはこっちでちゃっかりアクアベリィをいくつか懐に持ち帰ってるメルティーナは、レナスの決意が変わらない事を確認して一人でぼやく。

 隣のルシオが気遣わしげに見るけど、レナスはそれも首を振って言う。

 

「いいの。この世界は全く別の世界で……、結局『惑星ミッドガルド』も私達の世界ではなかったけど──。それでも、可能性は見せてくれたから」

 

「可能性を?」

 

「ええ。私達の世界だって、いつかはきっと。この世界のようにもなれるはず」

 

 

 どこを向いてもまだ争いだらけな自分達の世界と、争いの少ないこの世界。

 世界の成り立ちも、存在構成もまるで違う。肉体と精神だけの、魂を持たない人間達。

 『機械技術』が発達していて、それから『宇宙』は途方もなく広大で……

 

 違いはたくさんあるけど、そこに生きる、ひとりひとりが持つ心は同じだった。

 それならば、きっと──

 

 

「そうか……。確かにそれだったら、こっちの世界で君とデートしたくなる事もないよな」

 

「……ごめんなさいルシオ、けど私はやっぱり」

 

「冗談だよ。君がそういうひとだって事くらい、俺だってとっくに分かってるさ」

 

 ようやく“帰り道”の前に着いた。

 ルシオは昔のような軽口を言ってみせた後、優しい声色になってレナスに言う。

 

「君が望む世界になれるまで、その後もずっと。俺は、いつまでも君のそばにいるよ」

 

 

 嬉しくなってルシオに頭を寄せるレナス。

 到着するなり後ろを振り返ったメルティーナとアリューゼが、今度はしっかりとふたりに物申してから“帰り道”に足を踏み入れる。

 

「まーたふたりだけの世界に突入してる。一応言っとくけど、私達もいるんですけど?」

 

「先に行ってるぜ。気が済むまでそれやったらお前らも来いよ」

 

 やっぱり嬉しそうに微笑んで頷くレナス。

 隣のルシオは照れくさそうにレナスから離れ、さっさと行った二人の姿が見えなくなったところで、レナスに話しかける。

 

「はは……、言われちゃったな。それじゃ、行こうか」

 

 

 ルシオに言われて足を進めようとしたレナスは、最後にもう一度だけ後ろを振り返った。

 頭に残るのはこの世界の、みんなとの日々と、最後にかけてもらったあの言葉と。それと、

 

 

 ──今回はそういう事になりましたけど。

 まあこの世界って元々、結構なんでもアリな世界なんで。なんかてきとーにガガーッてやったらパッカーンいっちゃったっていうか……。

 だからまあ、私めにできるくらいの事なら

 

 あなた様にもできるんじゃないっすかね? 今後やろうと思えばですけど?

 

 

 

 あれは単に、その場を逃れるために言った出まかせだったのかもしれない。

 けれどその事を思い出していたレナスは、ルシオの声かけに正直に答え、

 

「やっぱりまだ寂しい?」

 

「うん……。でも、諦めたわけじゃないから」

 

 それからルシオと一緒に、自分達の世界の“帰り道”へと入っていった。

 

 

 もしもあの言葉が本当だったのなら。

 たとえ今は、ほど遠くても。

 平和な世界は、決して夢物語などではないのだから。

 その時はきっとまた、この世界に──

 

 

 ☆★☆

 

 

 リンガの町でレナス達四人を見送った後。当初は自分達もすぐ未来に帰るつもりだったフェイト達五人は結局、三週間くらいは惑星エクスペルに滞在するはめになった。

 うっかり周りのハッピーエンド感に流されそうになってたけど、そもそもの用事をまだ一つ済ませていなかった事を思い出したのである。

 

 情報を教えてくれたプリシスと他二名が、なんかそれぞれ一度家に帰って旅の支度に勤しんでいる中。

 他の手が空いていたエクスペルの三人とも協力してそこら中を探しまわり……。最終的にはどこぞの無人島にあったピラミッドみたいな場所で奴を一通りとっちめて目的を果たしたので、今度こそ心置きなく未来に帰ろうとしたのだが。

 

 

 なんと旅支度を終えたプリシス達が現れ、自分達もディプロに乗せてほしい、帰る途中で地球に寄ってほしい、などと言い始めたのだ。

 

 当然フェイト達はびっくりである。

 もちろん最初は断るつもりだった。ぶっちゃけあのひとが動けば即解決だったのにアレを何も見なかった事にして一足先に帰っちゃった誰かさんを見習って、「今までありがとうみんな!」と爽やかに見送ってもらうつもりであった。

 

 がしかし、ディプロに乗りたがる顔触れを見れば──

 クロードとレナ、プリシス。しかもこの後レオン博士にも誘いをかけるつもりだと言う。

 どう考えても歴史通りの、地球に帰る&留学するメンバーである。

 

 つい最近『惑星ミッドガルド』の真相を目の当たりにした事も重なって、これはもしや、自分達がこの四人を地球に送っていく事まで含めて、すべて正しい歴史の流れなのではないだろうかと。

 そう思い直しかけたフェイト達はもう少しで、首を縦に振ってしまうところだったのだが──

 

 

「危なかったな」

 

「つうかどう考えても無理あるだろっつうの。こんなどこの者とも知れねえオーバーテクノロジー艦で地球に寄港なんてよ」

 

「そう? そうなったらそうなったで、わりかしどうとでもなった気もするけど?」

 

「あっちはあっちでオーバーテクノロジーですもんね。目立たないように性能はわざと落としたらしいですけど」

 

「星の存在もまだ知られていないですからね。彼らも一度、どこか適当な星に寄って地球とコンタクトをとるのではないでしょうか」

 

 

 現在はタイムゲートに向かう、宇宙艦ディプロの中。

 フェイト、ソフィア、マリア、クリフ、ミラージュの五人はひたすら到着を待ちつつ、その時の事を振り返る。

 

 首を縦に振りかけたところで、フェイト達というかクロード達の前に現れたのはチサトとノエルの二人。

 なんでも向こうにはいつでも帰れるし、こっちでやり残した事もたくさんあるから、これからも基本エクスペルで暮らす事にしたのだとか。

 

 早すぎる再会にびっくりしながらも喜ぶクロード達に、チサトとノエルもお別れしたはずのフェイト達がまだいて驚いたり喜んだりだとか、まあその時は色々あったのだけど。

 ようするにつまり、

 

 

「マジヤべえな、惑星ミッドガルドの民」

 

「ああ。まさか三週間で、地球まで行ける宇宙艦をさくっと造れるなんてな」

 

 

 ギリギリのところでクロード達を乗せる必要がなくなったフェイト達は、歴史をぶっ壊さなくて済んだ事や、そんなマジヤべえ星の人達が現代に至るまでバッチリただのそこまで目立ってない先進惑星人として暮らしてる事など……

 色んな事にほっとしつつ、彼らと別れてディプロに乗り込んだのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 未来に帰るフェイト達を見送ってから、さらに日が過ぎた後。

 今度はセリーヌ、アシュトン、ディアス、ボーマンなど、これからもエクスペルで暮らす仲間達に見送られつつ、クロード達は宇宙へと旅立っていった。

 

 乗り込んだ艦はチサトとノエルも乗ってきた、惑星ミッドガルド製の宇宙艦。

 旧エナジーネーデの人達もこれから銀河連邦への平和的挨拶をする予定だという事で、連邦軍ではおそらく今でも遭難、行方不明者扱いなはずのクロードと他三人を、快く地球周辺まで送ってくれる事になったのだ。

 

 当初あてにしていたフェイト達も帰ってしまったし、クロード達にとってはまさに渡りに艦だったのだが。なるべく波風の立たない方法で連邦と接触を図ろうとしていた彼らにとっては、それ以上にありがたい状況だったようだ。

 それでも本当は恩人であるはずのクロード達を、さも自分達が助けたかのような顔をして地球まで送っていく事に大変恐縮してくる向こうの皆さんに、

 

「遭難も送ってもらうのも本当の事なので。皆さんの星の平和に繋がるのなら、僕の立場なんかどんどん利用しちゃってください」

 

 クロードの方もあくせくと言い返した後、

 

「連邦軍所属の肩書きが、こんな形で役に立つなんてな……」

 

 となんとなく捨てずに持っていた所属番号の書かれたカードを、しみじみと見返しつつ呟いたのだった。

 

 

 というわけでクロードとレナ、プリシス、レオンの四人は、怪しまれないために全体的にこじんまりとした、しかし住み心地は中々いい艦の中で地球到着の日を待っている。というか実は今日がエクスペル出発日だ。

 

「おっ、おおー? ねえ見て見て、あれ何かな? ディプロにはなかったよね?」

 

「いやあれは……ただの水槽じゃないか? 観賞用の」

 

「なんだつまんないの。……ん? それじゃそれじゃ、このボタンは?」

 

「ちょ、ちょっとプリシス、ヘンなとこ押したら……」

 

「うわあなんか出た!」

 

 以前どこかで見かけた気もする惑星ミッドガルドの人に案内してもらった、貸し切り状態の歓談室の中。

 みんなと別れたばっかりの寂しさを紛らわすためなのか、プリシスは入るなりそこら中を元気にきょろきょろと調べまわり。クロードとレナも彼女の行動に振り回されっぱなしだ。

 そんな中、艦に乗り込んでからやけに口数が少なかったレオンが

 

 

「……ちょっと、みんな」

 

 と口を開いた。

 顔色もあまりよくないし彼もホームシックにかかってるのかもと思って、そっとしておいたのだけど。そういう事ではなかったらしい。

 

「どういう事か、説明してくれるかな……?」

 

「説明、って」

 

 きょとんとした後、改めてこほんと説明しようとしたクロードに、

 

「あ、ああそうか、レオンは初めてだったな。これは『宇宙艦』っていう乗り物でね」

 

「違うよ! そうじゃなくて!」

 

 我慢できなくなったのか声を張りあげるレオン。

 確かに、なんか前に「レオン博士も地球に留学した」みたいな事をソフィア辺りが言ってたような気もするし、それなら彼もと思って何の前フリもなく声をかけたのはクロードの方だ。未来がそうなってるらしいから来ないか? とはもちろん言えるわけがないので仕方ないけど。

 

 あんな強引な誘い方されたらレオンも困るよなと、思い出して素直に反省し、今からでも真摯に彼に謝ろうとしたのだが、

 

「レオン。あんな意味の分からない誘い方して、お前には悪かったと思ってる。ただこれだけは信じてほしい、僕は本当にお前のためを思って……」

 

「違うよ、そんなのはどうでもいいの! 喜んで僕も行くって言ったんだから、ていうかそういう事でもなくて!」

 

 それも違ったらしい。

 じゃあなんなんだろうと首をかしげるクロード達三人に、

 

「え、おかしいの僕の方なの? 僕だけに見えてるの?」

 

 とレオンはますます真っ青な顔になって言ったのだった。

 

 

「この艦に乗ってる人達……。惑星ミッドガルド人とか言ってたけど、どこからどう見てもネーデの人だよね? みんな耳とがってるし、それにさっきの人もなんか見た事あるし……たぶんラクア辺りで」

 

「……。あー……」

 

 

 三人とも、ここでようやく彼の心中を理解したのである。

 

「クロード、レオンに話してなかったの?」

 

「いや僕は……。てっきりプリシスが全部説明してたのかと」

 

「アタシ? いやいや、だってレオンに会ったの超久しぶりだし。フェイト達が小鳥ちゃん探すついでにラクールにも寄ったんじゃなかったっけ」

 

 と三人がひそひそ話す一方。

 本当に誰からも何も説明されてなかったレオンは

 

「もしかしておばけ? あの人達みんなおばけなの? ねえレナお姉ちゃん、この乗り物本当に地球に向かってるんだよね?」

 

 などとぶつぶつ呟き、ついにはなんか震えだしたので、それだけはレナがすぐに否定してあげる。

 

「安心してレオン、おばけなんかじゃないわ。みんな生きてる人間よ」

「本当に?」

「ええ、色々あったけど……。とにかくそれは本当よ」

 

 顔を上げたレオンに、レナがゆっくりと頷いてあげると。

 

 

「ど……どうせそんな事じゃないかとは、思ってたけどさ」

 

 途端に冷静ぶって文句を言うレオン。

 彼の態度に慣れている三人も、軽く謝って話を続ける。

 

「何があったかちゃんと説明してよ。意味が分からなすぎて、パパとママとの別れを悲しむどころじゃないんだけど?」

 

「ごめんごめん。とは言っても、一体どこから話したらいいのか……」

 

「僕が知ってる最新の情報は、なぜか死んだはずのカマエルが大量にラクール中に現れて消えた辺りで止まってるよ」

 

 その言い方だと、彼自身の周りで起きた事以外は本当に何も知らないらしい。カマエルどころか十賢者が全員いた、なんて事も知らないのだろう。

 レオンはさらに思い出した事を言う。

 

「ああ後それと。あんまり関係ないと思うけど、その一週間後くらいに」

 

「カマエルから一週間後? 何かあったっけ?」

 

「ほら前にレナお姉ちゃんと一緒にいた、きれいな女の人がいたじゃない。あの人が急に兵士詰め所に現れて、そこにいた傭兵のお兄ちゃんにいきなり抱きついたとか。一通り周りの人に挨拶したら今度はお兄ちゃんも連れて姿を消したとか、実はそのお兄ちゃんと最初から付き合ってたらしいとか他にも二人いたかもしれないとか……」

 

 ラクールの兵士達から聞いた話を、レオンがそのまんま喋る中。

 思い当たる節がばっちりある三人は、途中からその時の事を想像して顔を赤らめたり、微笑ましそうに笑い始めたり。

 

「うひゃあ、アッツアツだねえ」

 

「ふふ、そうね。もう何の心配もいらないくらい」

 

「レ、レオンそういった事はあまり……ほら、本人達に悪いだろ? いや関係はあるっちゃあるけどさ」

 

 そんな三人の反応を、レオンはさらに不思議そうに見る。

 

「関係あるってなにさ? というかあの人、実は剣士じゃなくて凄腕の術師だったの? なんか本当に一瞬で現れて消えたって聞いたけど」

 

 どうやら彼女の本当の正体すら、レオンはまだ誰にも聞いてなかったらしい。

 となるとこれは、いよいよ本腰を入れて話してあげるしかなさそうだ。

 

 

「えーと、それじゃあレナスさんの事から? ……ううん、もっと前、わたしとセリーヌさんが彼女と会った日の事から、話した方がいいかな」

 

 話し始めたレナに、疑問を挟みつつも素直に耳を傾けるレオン。

 この艦が地球に到着するまでに、レオンにも“ミッドガルド人は、ネーデ人なんかじゃない”って事をちゃんと知ってもらわなきゃいけないからだけど。

 理由はそれだけじゃない。

 

「なんでその人の話から? 今いるネーデの人達と、本当に関係あるの?」

 

「ええもちろん。だって今度の事はレナスさんが、この世界に来た事から全部始まったのよ」

 

 レオンだって絶対に知りたいはずだし、わたし達だって、せめてレオンくらいには本当の事を知っていてほしい。

 他の人達には絶対に教えられない、だけど時間も世界も超えた出会いが、あの奇跡みたいな幸せをつくりあげたんだって事を。

 とっても長い話になるけど、どうせ地球に到着するまでの時間もたっぷりあるのだ。

 

「出会った時はそんな事になってるとは、わたし達も知らなかったんだけどね。紋章の森で倒れてた彼女を見つけたのは、セリーヌさんで……」

 

 

 これから話すのは、異世界の住民達と未来人達との出会い。

 彼女彼らと過ごした日々と、色んな出来事の末に起きた結末と。“星達”の意外な側面と。

 それから最後にみんなが自分の幸せを掴むため、それぞれの場所に帰って、または新たに旅立っていく。

 

 歴史には残せなくても、わたし達の心はずっと忘れない物語だ。

 

 




当作品はこれで完結です。
五年以上もの長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。

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