スター・プロファイル   作:さけとば

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3-2. 女子回

 二人でどうでもいい話をしましょう、と自分から強引に誘っただけあって、会話の主導権を握っていたのはほとんどがレナの方だった。

 故郷アーリアはとても空気の澄んだいい所だとか、クロスだとあそこの角のケーキ屋さんが一番だとか、そういえばセリーヌさんおみやげにケーキ買ってきてくれるって言ってたけど、どんなケーキかな、そこのケーキ屋さんのだったら嬉しいな、だとか……。

 

 前もって“どうでもいい話”と宣言した通りの本当にどうしようもなくとりとめのない話ばかりだけど、けれどそんなどうでもいい話を、メリルさんは少しも嫌がるそぶりを見せずに、本当に楽しそうに聞いてくれた。

 

 あまりにも自分ばかりが喋っている事に、段々レナ自身なんだか申し訳ない気持ちになってきた時。

 何か話したい事があったらメリルさんもどうぞ言ってみてくださいと、レナがそれとなく勧めてみると。

 

 

「私が話したい事? 何かしら……、聞きたい事ならあるけれど」

「なんですか?」

 

 メリルさんはすぐには言わずに、しばらくの間レナの顔を確かめるようにじっと見つめた後、ふいっと視線をそらしてレナに聞いてきた。

 よほど言い出しづらかった事のようだ。

 

「さっきのレナの話だけど。私が初めてレナを見た時の事を、レナはどこまではっきり覚えているのかなって」

 

「メリルさんが最初に寝ぼけた時の話ですか?」

 

 普通に聞き返すと、メリルさんはこれまたためらいがちに言う。

 

「……ええ、その時の話よ。私はあの時、何かおかしな事をあなたに言ってしまったかもしれないと、それが少し気にかかるものだから」

 

 探り探り聞いてくるメリルさんの様子を見て、レナは彼女の心境を察した。

 寝起きすぎて自分でも何言ったかよく覚えてないような時の事をだいぶ後になって人から言われてしまったら、そりゃ落ち着かない気分にもなるだろう。

 そう思ったレナは、メリルさんに繰り返して教えてあげた。

 

「わたしが覚えてるのはさっき言ったので全部ですよ。“あと三日寝かせて”と、“少し昔と間違えただけ”のふたつだけです」

 

 と言ってから、当時の事を思い出して呟く。

 

「あ。そういえば……」

「そう言えば?」

「なんかあの時メリルさん、人の名前っぽいものを言ってたような……?」

 

 思い出せそうなのに、中々思い出せない。

 なんだったっけ、と首をひねり。

 

「レナ。覚えていないのなら、無理に思い出さなくてもいいわ」

 

 と実は内心すごい焦ってたりするメリルさんのそれとない制止をよそに、レナはぽろっと思い出したまんまの単語を口に出した。

 

「エル?」

「……エル?」

 

 やや間を置いてから、不思議そうに聞き返してきたメリルさんに首をかしげつつ言う。

 

「メリルさんあの時確か、「エル?……がなんでここに?」みたいな事を言ってたような気がするんです。エルで合ってるかどうか、よくわからないんですけど」

 

(“エル”って誰かしら。エルネストさん? ……なわけはないですよね)

 

 レナが疑問に思っていると。

 内心すごいほっとしてたりするメリルさんが、仕方ないといった様子で答えた。

 

「──エルフ。人の名じゃなくて、ある種族の名よ」

 

「種族の名前、ですか?」

 

「ええ。あなたの耳、エルフにそっくりだったから」

 

 寝起き直後にその『エルフ』とかいう種族にそっくりなレナを見て、困惑のあまり呟いてしまったというのが真相らしい。

 

「けど、あなたはその耳以外はエルフとは似ても似つかない存在だった。“エルフ”でも、私の知っている“人”でもない。そんな存在がどうして私の目の前にいるのか──。考えれば考えるほど分からなくなって」

 

 当時の事を振り返って打ち明けた後、メリルさんはふいに笑みを浮かべると、軽い調子でレナに言ってみせた。

 

「別の世界に来ている事に気づくまで、時間がかかりすぎたわね」

 

「確かに、結構長かったですよね。わたしもあの時は本当にどうしようかと」

 

 レナもくすくすと笑って言い返してから、今メリルさんが教えてくれた事を興味津々振り返ってみた。

 

「メリルさんの星にはそんな人達がいるんですね。わたしみたいに耳が長い種族って、もしかしてネーデと何か関係あったりするのかな」

 

 自分と似たような種族がここから遠く離れた別の星にも住んでいるなんて、なんだかとっても夢のある話だと思ったのだ。

 ことに──自分と同じ人達がたくさん住んでいたエナジーネーデが、きれいさっぱりこの宇宙からなくなってしまった今となっては。

 

「先祖にネーデ人の血筋とか入ってたりするのかな。あっ、それじゃメリルさんって、もしかしてネーデの事知ってたりしますか?」

 

「残念だけど、そういった話は聞かないわね。第一私の世界のエルフは──」

 

 考え深げに聞いていたメリルさんは、レナの質問に静かに首を振って答え、途中で言葉を止めた。

 

「? どうかしたんですか?」

 

「ごめんなさい。私も今は、思いきりどうでもいい話をしたい気分なの」

 

 不思議に思うレナに向かって、メリルさんは少しだけ申し訳なさそうに微笑んで言う。

 ははあなるほど、と思いつつレナはメリルさんに聞いてみた。

 

「それってもしかして、“未開惑星保護条約”に引っかかっちゃう、とかいうやつですか」

 

「それは……、そうね。“秘密”という事にしておいてもらえるかしら」

 

 本当はもっと詳しく知りたかったけど、そういう事ならしょうがない。

 自分と似たような種族“エルフ”についての話題はそれっきり諦め、レナはメリルさんとのどうでもいい話をまた再開した。

 

 

 どうやらメリルさんの方も、今までは初対面でそのうえ恩人のレナに遠慮していただけ、という事だったらしい。

 落ち着いた雰囲気のしっかりした人だなっていう印象はやっぱり変わらないし、さすがお嬢様というべきかはたまた先進惑星人というべきなのか、たまに一般人と少々ずれた見解を示す事もあるけど。

 

 真面目すぎて冗談が全く通じないわけでもないし、レナが振ったどうでもいい話題に対して、通り一遍のつまらない受け答えしかしてくれないわけでもない。

 レナがおどけた時には普通に笑ってくれるし、何か同意を求めたいそぶりを見せた時には普通に共感もしてくれる。

 

 

 これまでは彼女の事を、“しっかりしすぎて庶民とは一定の距離をおいているお嬢様”と感じてしまうような時もあったけど……

 こうやってどうでもいい話をして、楽しそうに笑ってくれる彼女を見て。

 またしてもろくでもない早とちりだったわねと、レナは思った。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 夕方になって戻ってきたセリーヌは、部屋に入るなり、楽しくお喋りしていた二人を羨ましそうに見てきた。

 笑顔のままレナが向き直って「お帰りなさい」と声をかける一方。メリルさんが自分にだけ、かしこまった態度で迷惑をかけた事を謝ってくるのだからなおさらである。

 

「さっきまであんなに面白おかしくレナと話していらっしゃったのに、わたくしには他人行儀なんですのね」

 

 などといじけたような事まで言っていたので、レナからもメリルさんに重ねて言ってみると。

 

「メリルさん。セリーヌさんはこういう人ですから、敬語なんか使っちゃだめですよ。恩人扱いとかも一切しなくていいです」

 

「……そうなの?」

「ねえレナ、それ言葉の意味がなんか違いますわよ?」

 

 一瞬ちょっとヘンな空気になったけど、そんなこんなセリーヌに対しても、メリルさんは普通の言葉づかいで喋ってくれるようになったのだった。

 ただ、

 

 

「名前も呼び捨てで構いませんわよ。その代わり、わたくしもあなたの事を“メリル”と呼んでもいいかしら?」

 

 その場の流れで、期待たっぷりに聞いたセリーヌだが。

 メリルさんはなぜかセリーヌの言った言葉に、一瞬戸惑う様子を見せた。

 

「馴れ馴れしいのは嫌ですの?」

「いや、そういう事じゃ……」 

 

 反射的に答えてから、

 

「呼ばれ慣れないから、ちょっと驚いただけ」

 

 とメリルさんは肩をすくめて微笑んで見せる。

 ややあって事情を理解したセリーヌとレナは、

 

「なんだそういう事ですの」

 

「名前を呼び捨てにしてくる人が、周りに中々いないって……。改めてすごい所なんですね、メリルさんの住んでるお屋敷って」

 

 とひたすらに感心するばかりだ。

 それからセリーヌが改めてメリルさんに確認をとり、

 

「そういう事でしたら、あなたの事を普通に呼び捨てちゃってもいいのかしら」

 

「もちろん“メリル”で構わないわ。こちらこそよろしくね、セリーヌ」

 

「ありがとうメリル。わたくしの方こそ、よろしくお願いしますわね」

 

 二人が親しげに挨拶したところで、レナはつい笑ってしまった。

 

「ふふっ。明日にはもうアーリアに着いちゃうのに、「よろしく」って言うのもなんかヘンですね」

 

「まあいいじゃないですの、そんな細かい事は。あと一日もあると思えばいいんですのよ」

 

 前向きに言うセリーヌに対して、メリルさんの方は急に憂いを帯びた表情になった。おそらく、というか十中八九「アーリアに行くための移動手段」が気にかかっているものと思われる。

 どこか悲壮な決意まで漂わせだして

 

「そうね、一刻も早く帰らないと──」

 

 なんて言っていたところで、セリーヌがそんな彼女に言ってあげた。

 

 

「明日はバーニィは使いませんわよ」

 

「それは……どういう事? アーリアまでには、まだまだ距離があるのよね?」

 

「そりゃ当然乗り物は使いますわよ。明日使うのはバーニィじゃなくて、馬車ってだけの話ですわ」

 

 

 あまりの朗報すぎてすぐには理解できなかったらしい。

 メリルさんはセリーヌの話を最後まで訝しげに聞いた後、やや間を置いてから、やっとこさ「馬車」という単語だけを呟いた。

 言葉を失っているメリルさんに、二人して『馬車』という代物について説明する。

 

「ええそうですわよ。馬、っていう動物が引っぱるやつですわ」

「知ってますか? 馬。四本足で、足が速くて、顔が縦に長くて……」

 

 メリルさんがぐっすり眠っている間に、レナとセリーヌの二人は、アーリアまでの移動には馬車を使う事に決めていたのである。

 

 時間もお金もそれなりにかかってしまうが、昨日あんな事になってしまったばかりのメリルさんを再びバーニィの背に乗っけるのも忍びない。馬車ならバーニィよりはだいぶ揺れが少ないだろうから、「揺れる」と言ってばたんきゅうしてしまったメリルさんでも何とか大丈夫なのではなかろうかと、そう思っての判断だ。

 馬車の手配はすでにセリーヌが済ませている。

 セリーヌはただお外で楽しく、愛しの彼とイチャコラしていたわけではないのだ。

 

 

「この世界には、ちゃんと馬もいるのね……」

 

 レナとセリーヌの『馬』説明をしばらく黙って聞いた後。

 メリルさんはようやく力が抜けたように口を開いた。

 

「なんだ。という事はメリルさんの星にもちゃんといるんですね、馬」

「いるわ。ごく普通に」

 

 とレナに即答したメリルさんは納得いかなげだ。「馬ちゃんといるのにあえてバーニィとかいうウサギ乗り物にするこの世界」に異を唱えたいのだろうが……、やはり当たり前のようにこの環境で育ったレナ達には、そんな彼女の心の機微は到底分からないだろう。

 

「数は少ないですけど一応マーズ村にもいましたよ、馬」

 

「そういえばそうね……。村を出る時、確かにそんな動物を見かけた気もするわ」

 

「どうかしたんですの?」

 

「いえ、この世界にバーニィ以外の乗り物がいるとは思っていなかっただけよ」

 

「そんなわけないじゃないですの。バーニィしかいなかったら、一体誰が荷をひくんですの?」

 

 ぽろりとこぼしたメリルさんの本音にすかさずつっこんでから、セリーヌはさらに言う。

 

「言ったでしょう、バーニィは“旅の乗り物”だって。メリル、まさかあなた……バーニィが荷をひいたりする、なんて思っていたわけじゃないでしょうね?」

 

 呼ばれるとすぐにどこからか出て、用事が済むとまたどこへともなく帰ってゆく。これがバーニィが、旅の乗り物に向いていると言われる最大の理由だ。 

 よって荷馬車をひくのはもちろん馬である。バーニィではない。

 そうセリーヌが改めて『バーニィ』説明をしたところ、メリルさんは

 

「バーニィは利便性に優れているのね」

 

 となんとも素直に感心してみせた。

 その反応からするとどうやら、メリルさんはまさかのまさかで、本当に「この世界ではバーニィが荷をひいている」と思っていたらしい。

 一生懸命荷をひくバーニィの姿と、さらにはそんなメルヘンチックな光景を、メリルさんは今まで大真面目に想像していたのかと思うと──

 

「“荷をひくバーニィ”って、なんかちょっとかわいいですね」

 

 つい想像しちゃったレナは、吹き出したくなる気持ちをなんとかこらえつつ、大真面目な様子のメリルさんに言って笑いかけた。

 

 

 

 セリーヌも部屋に戻ってきた事で、メリルさんとの楽しいだらだらお喋りはさらに盛り上がりをみせた。

 

 セリーヌがあまり遠慮をしないたちなので、メリルさんの方も彼女に慣れるのがレナの時以上に早かったようだ。年頃が同じだとか、旅という共通の趣味を持ち合わせている事も関係しているのかも知れない。

 一期一会の縁がどうたらこうたらなどと、まるで酒場で出会った気のいいおっちゃんみたいな事を語るセリーヌに、メリルさんもおかしそうな笑みを浮かべ同意しているのだ。

 性格の差異は多々あれど、ようは元々気が合う二人なのだろう。

 

 そんな感じで話が盛り上がっている時、ちょっとした拍子にレナは口をすべらせて、セリーヌの“秘密”をメリルさんに洗いざらい喋った事を自らバラしてしまったのだが。

 話が盛り上がっていたおかげで、無事お咎めなしという沙汰を得る事ができた。

 

 にこやかな顔を並べて「ごめんなさい」する二人に、セリーヌは「まあメリルだったら大丈夫ですわね」と少々気恥ずかしげに顔をそむけながら言った後、未だにこやかな二人を見て「この話はもうおしまいですわよ」と眉根を寄せて忠告してきた。

 これまた素直に「ごめんなさい」と謝るメリルさんの横で、すねに傷持つ身であるレナも、(これ以上は危険ね)とセリーヌの忠告におとなしく従う事にした。

 

 

 恋バナ禁止令の一つや二つを今さら出されたところで、女三人が集まって話題が尽きる事などあるはずがない。

 三人でわいわいがやがやお喋りしている内にすぐ晩ご飯の時間になり。その晩ご飯中にもひたすらにお喋りの時間は続き。食後のデザートを食べる段になってもまだべらべらと喋り続けた。

 食後のデザートとはすなわち、セリーヌが買ってきてくれた例の“おみやげ”である。

 

 

「ありがとうございますセリーヌさん。さすがセリーヌさん、もう最っ高です」

 

 と目を輝かせてセリーヌを拝み倒した後。

 レナはさっそく大好物のケーキにぱくつき、感嘆のため息を漏らした。

 

「あーもう、幸せだなあ。美味しいもの食べてる時って、なんかすごい「生きてる~」って感じしますよね。この時のために生きてるって言っちゃってもいいくらい」

 

 和気あいあいとした空間効果も手伝って、これでもかとばかりに大げさに美味しがるレナにつられたのか。

 メリルさんもケーキを美味しげに食べ、そして嬉しそうに笑って「とても美味しいケーキね、ありがとうセリーヌ」と言う。

 

「あら。それなりにいいやつは買ってきたつもりですけれど、まさかお嬢様の舌をうならせるほどのものだとは思いませんでしたわ」

 

 意外そうに言ってから、ふざけた調子で「お世辞がうまいんですのね」と言ったセリーヌに、

 

「ううん。本当に美味しい」

 

 とメリルさんはやっぱり嬉しそうに笑ってそう言うのだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 旅をするうえで、睡眠不足は言うまでもなくご法度だ。

 最高に盛り上がっていたレナ達三人もそこそこに会話を切りあげ、明日の朝早くからの馬車移動に備え、早めに休む事にしたのだが──

 

 

 一日中どこへ行くでもなくただ宿の中で過ごし、さらには午前中うたた寝までしてしまったせいで、レナは真夜中に目が覚めた。

 もう一度眠ろうと思っても中々眠くならない。なんとなしに目を開け、暗い部屋の中を無為に眺めたりしているうちに、ますます目が覚めてきてしまった。

 

 どうしようかなと思いつつ、ごろんと寝返りをうつと。

 どういうわけか隣のベッドが空になっている。

 

(メリルさん?)

 

 窓から漏れ出る月明かりが、人のいないベッドの端をちらちらと掠めていく様をしばらく見続けてから、

 

(もしかして、外にいるのかな)

 

 ふとそう思い至ったレナは、セリーヌを起こさないようそっとベッドから起き上がると、忍び足で部屋の外へ出た。

 

 

 メリルさんは外にいるのかもしれない。

 なんとなくそんな気がするのは、以前これと似たような状況を経験した事があるからだろう。

 あの時真夜中にひっそりと宿を抜け出したクロードは、ポケットの中からレナには何かよく分からない物体を取り出すと、とても真剣な様子でそれをいじっていたのだ。

 

 印象深い出来事だったので、レナの記憶にもよく残っている。

 ずいぶん後になってからその時の事をクロード本人に聞いたところ、あの物体は『通信機』とかいう機械で、遠く離れた地球の人ともお話できる、やっぱりレナには何かよく分からないけどとにかくすごいモノだったらしい。

 

 そういう機械を未開惑星人の前で使うのは当然例の条約違反になるという事で、その時のクロードはそういうモノを使っているところを人に見られないよう、それはもう気をつけて行動していたのだとか。

 あの時のクロードは、自分が元いた場所に帰るため、少しでも可能性のありそうな事を試していたのだ。

 

(メリルさんもやっぱり、そうなのかな)

 

 当時の事を思い出すうちに、それと関連してついこの間のクロードの顔が浮かびかけ、レナは急いで頭を振った。

 

 クロードの事をこれ以上考えないようにしながら、あの時と同じように宿を出て。すぐそばの、人気のない路地裏に目を向ける。

 レナの予想とほぼ変わらない場所に、メリルさんはいた。

 

 

 

 あの時のクロードと同じように、メリルさんはとても真剣な顔をしている。

 何か色々と考え事をしているようだ。

 

 ほんの数時間前、楽しそうにレナ達とだらだらお喋りしていたメリルさんとは大違い。とてもじゃないけど「なんとなく気になって探しに来ました」なんて気軽に言える空気ではない。

 すっかり声をかけそびれたレナはきょろきょろと周りを見渡した後、近くの壁の影に隠れた。

 

 

(……わたし、何しに来たんだろう。これじゃ人の事探りに来ただけよね)

 

 影からこっそり覗くような真似をして、メリルさんに申し訳ない気持ちはもちろんある。声をかけづらいのなら、黙って静かに立ち去るべきなのだと分かってもいる。

 分かっていても、それでも好奇心が勝っちゃったんだから仕方ない。

 

 はたして先進惑星人のメリルさんは、これからいかなる不思議道具を出すのだろうか。

 見たところ『通信機』らしきものどころか何も手に持っていないのは、とりあえず考え事をしている最中だから、という事なのだろうか。

 

 そうやってレナがこっそり覗いている中。

 何やら考え事をしていたメリルさんは、ふと自分の足元に落ちている石ころに目を止め、それを拾い上げた。

 

(石ころ、よね。普通の)

 

 実は何か特別な機械だったりするのかしら、などとレナが訝しむ中。

 石ころを手にしたメリルさんは静かに目を閉じる。

 

 そのまま微動だにしなくなったかと思うと、今度はゆっくり目を開け、手のひらの石ころをじっと見てからため息をついた。

 よく分からないけど、何かに失敗したようだ。

 

(石ころ、どうするつもりだったんだろう)

 

 持っていた石ころをぽいっと投げ捨てているところからして、あの石ころはやっぱり、そこら辺にある普通の石ころだったようだ。

 となると手ぶらのように見えて、本当はすでに何か持っていたのだろうか。

 けど、どう見ても手ぶらだし。

 

 もうちょっと近くで見れば分かるかもと、壁に隠れたままゆっくりと足を前に出したところ──

 レナの足元からじゃりっと、小石を踏んづけたような音が出た。

 

 

(──あ)

 

「誰?」

 

 

 案の定考え事を続けていたメリルさんが顔を上げ、レナのいる辺りに視線をやる。

 今さらいないフリしてもダメですよねと、レナはおとなしくメリルさんの前に姿を現した。

 

「ごめんなさい。ベッドにいなかったから気になって」

 

 暗がりから出てくるレナを見て、ほんの一瞬はっきりと動揺の色を見せたメリルさんに、気まずげに言い訳する。

 

(こんなの隠れて見てた事の理由にはならないですよね、本当にごめんなさい)

 

 そんな後ろめたさたっぷりのレナに対して、メリルさんは静かに答えた。

 

「眠れなかったものだから」

 

 その言いようからすると、どうやらレナの覗き見行為を咎める気はないらしい。というより、ごまかしているように見える。

 私何にも怪しい事なんかしてないよとでも言いたげなセリフから察するに、さっきのはやっぱり、未開惑星の人に見られたらダメなやつだったらしい。

 

「星に帰る方法を試していたんですよね? 大丈夫ですメリルさん。わたし、他の人に言ったりなんかしません」

 

 レナがそう言うと、メリルさんは諦めたように小さく笑った。

 

「やっぱり見ていたのね、レナは」

 

「ごめんなさい、ちょっと気になっちゃったからつい……。でも本当に大丈夫ですよ。メリルさんが何やってるのか、わたし結局よくわからなかったですし」

 

「それは間違っていないわね。私は結局、何もしていないもの」

 

 言ってメリルさんは困ったように笑ってみせる。

 あの時のクロードと同じく、結果は芳しくなかったようだ。

 

「こちらに来てからずっと何も聞こえなかったのに、今ようやく実感が湧いたみたい」

 

 とメリルさんは夜空を見上げて言う。

 

 

「私は本当に、全く別の世界にやってきたのね──」

 

 

 感情を見せず淡々と言うメリルさんだが。彼女が今何を思っているのかは、レナにも容易に想像がつく。

 あの時のクロードと同じ。元いた場所に帰りたい。

 

(そう、よね。帰りたいって思うよね、普通は)

 

 考えないようにしてた思いがどんどん膨らんていく。

 ついにレナは、メリルさんに聞いてみた。

 

「知らない場所にいきなり来ちゃうのって、やっぱり不安ですよね」

 

 声をかけたのは目の前にいるメリルさんにだけど、質問を投げかけたのはその実、レナの心の内にいるクロードに対してだった。

 

(今のクロードも、やっぱり……帰りたいのかな)

 

 元気なく聞いてきたレナに向かってメリルさんは微笑みをつくり、首を振って言う。

 

「まだ不安を覚える段階ではないわね。状況を把握しきれていないから──。それどころじゃない、と言った方が適切かしら」

 

「そうなんですか?」

 

 心のままに聞き返してから、

 

(何考えてるのよ、もう……。クロードの事は関係ないでしょ! 今はメリルさんと話してるんだから!)

 

 と心の中で自分に喝を入れる。

 こんな質問、よりによって今まさに帰れなくて困ってる最中の人にしてしまうなんて、どうかしすぎだろう。

 

「大丈夫です、メリルさんはすぐに帰れますよ」

 

 などと自分で「不安ですか?」なんてぶしつけな事を聞いておきながら、メリルさんが不安を感じる事のないよう、今さらながらに励ますレナ。

 

「明日にはもうアーリア着いちゃってますから。だから、不安感じるヒマもないはずです」

 

「ええそうね。ありがとう、レナ」

 

 穏やかに微笑んで言うメリルさんだが、どこか戸惑いがちな様子にも見える。

 きっと例の“お客様”が、ちゃんとアーリアに留まっているかが気にかかっているのだろう。

 

「そんな事より部屋に戻りましょう、メリルさん。明日は早いんですから、ちゃんと寝なきゃだめですよ」

 

 そんな事は杞憂にすぎないとばかりに、レナがどんと構えてメリルさんに言い聞かせると。

 その言い方が面白かったのか、メリルさんはおかしげに首をかしげた。

 

「まるで母親のような事を言うのね」

 

「だって、ちゃんと寝ておかないと力がでないじゃないですか。また乗り物酔いしちゃいますよ、メリルさん」

 

「……あれは、そういう問題ではなく」

 

 何か言いかけたメリルさんは、不思議そうなレナを見て言葉を止めた。言ってもどうせ伝わらないと判断したらしい。

 代わりにこんな言い訳をする。

 

「問題ないわ、今日はもう十分すぎるほどに休息をとったから」

 

「それでもダメです。昨日からまる一日寝てても、明日の朝眠くなっちゃったら意味ないじゃないですか。メリルさんは病み上がりの人なんですから、病み上がりの人らしくおとなしく部屋に戻って朝までぐっすりと寝てください」

 

「本当に母親みたいな事を言うのね、レナは」

 

 困ったような感心したような感想を漏らした後、メリルさんはレナの小言におとなしく従うそぶりを見せた。

 レナの方も明日のために早く寝るようせっついておきながら、

 

「用事はもういいんですか?」

 

 と念のため確認をとる。

 もし何か大事な事をしようとしていて、レナがその作業の邪魔をしたのだとしたらなんだか申し訳ない。

 わたし今からでも退散しましょうか、と申告しようとしたところ。

 メリルさんの方から問題ないといった答えが返ってきた。

 

「ええ。確認はもう済ませていたから大丈夫。今も使えないのか、一応全部試してみただけ」

 

「そうなんですか。じゃあ大丈夫ですね」

 

 とりあえず悪い事はしてないようでよかったよかった。それじゃ宿に戻ろうと足を踏み出しかけ、

 

 

「確認って、いつしたんですか? メリルさんずっと寝てたのに」

 

 気になってメリルさんの方を振り返る。

 見られたメリルさんはふいっと目をそらした。

 反応ですべてを察したレナは、メリルさんをじろりと責めるように見て言う。

 

「してたんですね、おとといも。夜ふかし」

 

 

 レナの知らないところで彼女がこっそり何かの確認をできたタイミングなんて、どう考えたって助けた日の夜以外にないではないか。

 体力が戻りきってないだろう彼女にゆっくり休んでもらうために、セリーヌ家の客室にひとりでいられるようにしたはずなのに。

 まさか陰で、そんな事をやっていたとは。

 

「なんでちゃんと寝ないんですか。朝から旅するって分かってたのに」

 

「あの時は……、それこそ状況把握を最優先に考えていたのよ」

 

 もしかしなくても彼女は、人前でしっかりしすぎるというより、頑張りすぎてしばしば無茶をやらかしてしまうだけなのでは……とすら思い始めてきたレナに、怒られているメリルさんは仕方なかったといったような言い訳である。

 

「あんな大けがしたばっかりでろくに休まず夜ふかしって……。それはどうりで、バーニィで酔っちゃうはずですよね」

 

「一つだけ言わせてレナ、休息不足はほぼ関係ないわ」

 

 それだけはきちんと言い返してから、昨日の自分の情けない様を思い出したのか、メリルさんは息を吐く。

 

「けど、そうね。判断力の低下はあったのかも知れない。私はあの時、己の体力を確実に見誤っていた」

 

「倒れるまでバーニィに乗り続ける事なかったのに、って事ですか」

 

 なにやら小難しく反省しているようだけど、ようは休み休み進めばあそこまでひどい事にはならなかったと言いたいんだろう、メリルさんは。

 

「あの時の私は、何を思ってあんな無理をしたのかしらね。二人があれほど休憩を勧めてくれていたのに……」

 

「はあ、ムキになっちゃってただけだと思いますけど」

 

 過ぎちゃった事はしょうがないのに、メリルさんはなおも真剣に当時の事を振り返っている。

 レナ的には改めて真面目な人だなあと思いつつ、そんな反省でまた明日も寝不足になっちゃったら意味ないですよ、とも正直思うので、そんな真面目な彼女に向かってわざとらしく軽い調子でまとめてみた。

 

「本当に無理な時は無理って思わないとダメって事ですね。……ということで部屋に戻りましょうメリルさん。明日の朝も早いんですから、今日こそちゃんと寝ないと」

 

 メリルさんはふいをつかれたようにレナの言葉を聞いた後、しばらくしてくすりと笑った。

 

「レナは本当に私の保護者みたいね」

 

「保護した人っていう意味では、まあ間違ってないですよね」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ようやく二人で宿に向かって歩き出したところで、何か思い出したのか、メリルさんがいきなり面白そうに笑って言う。

 

「次はきっとこう怒られるわね。“足元をよく見て歩きなさい”」

 

「えっ、転びそうになっちゃったんですか?」

 

 驚いてメリルさんの足元を見るけど、彼女の足取りは少しもふらつく事なくしっかりと地面を捉えていた。

 疑問に思うレナに、メリルさんは思い出をなぞるように言う。

 

「私がこの世界に来た時の話。レナが私の保護者だったのなら、私の事をそういう風に怒っていたのかなって」

 

「エクスペルに来ちゃった時の事って……。事故に巻き込まれたとかじゃないんですか?」

 

 レナの問いに、メリルさんは首を振って短く答えた。

 

「よく見ていなかったのよ、足元を」

 

 やっぱりよく分からないけど、今の本人の言い方から察するにメリルさんは“致し方ない状況でエクスペルに来てしまった”というより、“自ら進んでエクスペルに来てからにうっかり帰れなくなっちゃった”という人だったらしい。

 

 旅好きのお嬢様が一人で勝手にふらふらと出歩いて、自ら未開惑星に飛び込んだあげく、うっかり帰れなくなってはや二日……。

 その時のメリルさんのやらかしおよび、メリルさんのお付きの人達の今現在の心境を想像したレナは、メリルさんの話ぶりにいたく納得した。

 

「それは、……なるほど。怒られますね」

「やっぱり、そうよね」

 

 レナのお墨付きまでしっかりもらい、メリルさんは憂鬱そうに息を吐いた。今きっとそのお付きの人達の事を思い浮かべている最中なのだろう。

 ちょうど宿の入り口に辿り着いたところで、メリルさんは決意を込めたように目線をあげて言った。

 

「早く、帰らないといけないわね」

 

 

 そんな感じで真面目に考えているメリルさんを、レナはただ感心して眺めた。

 アーリアに行ってお客様に「艦に乗せてください」って頼むだけなんだから、そこまで真剣に意気込む事でもないのに。うっかりやらかしはしても、やっぱり基本はしっかりした人なんだなあ、メリルさんって。……くらいの心境である。

 

「大丈夫です。明日になれば帰れますよ」

 

「……。ありがとう、レナ」

 

 未だお気楽に考えているレナは、のん気に構えてメリルさんに言い聞かせる。

 一方のメリルさんはレナの心からの気休めに礼を言うと、少しだけ不安そうに目を伏せた。 

 

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