翌朝。ぐっすりと眠っていたレナは、セリーヌに声をかけられてようやく目を覚ました。
一度夜中に起きてしまったせいか。早起きは苦手ではないつもりだが、今朝ばっかりは眠い。
「朝ですわよ、レナ」
「……はい、そうですよね、今起きます……あと五分だけ……おやすみなさい」
「レナ、それは起きるって言わないですわ。聞いてますの? ちょっとレナ」
「大丈夫です、起きてます。だからあと十分……おやすみなさい」
「今日は早く起きて出発するって、言いだしたのはレナですわよ。ねえレナ……」
枕に頭をくっつけたまま、レナがセリーヌの声かけにごにょごにょと答えていたところ。隣のベッドで寝ていたメリルさんの方が、先にむくりと起きあがった。
こっちはこっちでしっかり熟睡していたらしい。「十分すぎるほど寝たから別に寝なくても大丈夫」発言は、やはり本人の誇張だったようだ。
(……そうよね。やっぱり、夜ふかしはいけないわよね)
とレナがぼんやりした頭で反省する中。
「おはようメリル。……あなたもよく寝ますわね、昨日あれだけ寝たのに」
「──?」
呆れたようなセリーヌの挨拶に、起きぬけのメリルさんはなんだかちょっと戸惑った様子。
……というかレナ達は気づいていないけど、ぶっちゃけ呼びかけをいろいろ聞き間違えたというか。「メリルって誰?」みたいな、正直すぎる反応である。
「メリル? ねえあなた、ちゃんと起きてますわよね?」
セリーヌが念入りに聞いたところで、ようやくメリルさんは頭が起きたらしい。笑顔を取り繕って答えた。
「……ええ、なんでもないわ。おはようセリーヌ、レナ」
「おはようございますセリーヌさん、メリルさん」
☆☆☆
レナ達を乗せた馬車は、クロスを出て、順調に街道を南西の方角へと進んだ。
今朝の目覚めがあまりよろしくなかったレナは、今日は自分が乗り物酔いするかもと思ったりもしたが、実際乗ってみればもちろんそんな事はなかった。
隣に座っているメリルさんにも本日の体調を窺ってみたところ、「馬車では酔わないわ」との返答。そこまで気遣われなくても本当の本当に大丈夫だから、とでも言いたそうな表情で、メリルさんはきっぱりと言い切った。
レナの目から見ても、今日の彼女は至って元気そうに見える。
無理しているようでもなく、昨日のだらだらお喋りの続きをしだしたセリーヌに、これまた楽しそうに付き合うメリルさんの様子を見て、
(やっぱり睡眠って大事よね)
とレナは改めて納得した後。楽しそうな二人の会話に、さっそく自分も嬉々として加わるのだった。
昨日も思った事だけど、だらだらお喋りしていると時が経つのは本当に早い。
ついさっきクロスを出たばかりだと思っていたのに、お昼を食べたと思ったら、もうサルバの町まで来ている。
ここまで来れば、アーリアまではもう少しだ。
今日中にアーリアまで辿り着くため、サルバの入り口で馬車を乗り換えて、レナ達はさらに先を進む。
サルバは炭鉱で有名な町だ。今は休憩時か、それとももう仕事を終えた後なのか、酒場の方は炭鉱夫達で溢れかえっていて、とても騒々しい。
そんな馬車の外を通り過ぎる景色を、メリルさんは興味深そうに眺めている。
「炭鉱が珍しいんですか?」
「ううん、そんな事はないわ。私の世界でもよく目にする光景よ。ただ……」
「ただ?」
ずっと外を眺めていたメリルさんは、気を取り直したようにレナ達に向き直り、微笑んで言った。
「活気があっていいところだと思っただけ。こんな状況でもなかったら、この世界をもう少しだけゆっくり見て回りたかったわね」
メリルさんはそう言って、いかにも残念そうに首をすくめる。あまりに余裕な迷子さんっぷりに、レナもつられて笑いつつ、ちくりと小言を返した。
「本当に旅好きですよね、メリルさんって。うっかり来ちゃったついでに旅行していきたいなんて、お屋敷の人に怒られても知らないですよ?」
「それいいですわね。このまま三人で気の向くまま旅、なんていうのも」
「セリーヌさんまで」
同じく旅好きのセリーヌが話に乗っかってきたところで、メリルさんは微笑み、
「マーズもクロスも、私が見たのはごく限られた景色だけだから」
とやっぱり少しだけ残念そうに外を見て言う。
「セリーヌの家の窓、クロスの宿の窓から見た景色と、街の外に出るまでの間の景色、マーズの雑貨屋と、あとは……、この移動中の景色くらいかしら」
「確かに。大体ずっと寝てましたものね、あなた」
「惜しい事をしたわね。まさかあんな事で一日を潰すとは」
メリルさんは本当に残念そうに息を吐いた。
旅好きなのに、せっかく見た事もないような別の星に来たのに、ろくに見て回る事もできずに帰るなんて、とてつもなくもったいない。そんな彼女の心境は、旅好きの二人ほどではなくても、好奇心旺盛なレナにもよく分かる。
なによりせっかく彼女と仲良くなれたのに、アーリアに着いてお客様の所に送り届けて「それじゃあさようなら」とお別れしてしまうのは、レナもなんだか少し寂しい気がした。
「アーリアに着いたら“お客様”に頼んでみますか。一日や二日くらいなら待っててくれるかもしれませんよ。クロスやマーズはもう無理ですけど、アーリアの観光案内くらいならできるかも」
と今しがた思いついた提案を、試しに口にだしてみる。
“帰らないでほしいな”は違う。さすがに大げさすぎる。
メリルさんには帰る場所があるのだ。それなのにそんな子供じみたわがまま通そうとするほど、レナは幼くない。
今彼女に対してレナが抱いている思いは、そんな大げさなものじゃない。ずばり、“もうちょっとだけ一緒に遊びたいな”だ。
……それも子供じみてると言われれば、それまでなのかもしれないけど。
「そうですわね、頼みましょう! なんなら一日二日と言わず、ひと月くらいお願いしてみようかしら」
セリーヌもレナの提案に、目を輝かせて乗っかってくる。
子供じみた思いを抱いているのは、レナだけではなかったようだ。
「いや、さすがにひと月は無理だと思いますけど」
「言ってみなきゃ分からないじゃないですの。もしかしたら「大丈夫ですよ」ってなるかも……。そしたらクロスもマーズも、余裕で案内できますわよ」
「まあそうですけど。でもひと月は、さすがに……」
そんな感じで、レナとセリーヌがだらだらお喋りしていると。
「ねえ二人とも、その事なんだけど」
ずっと外を見ていたメリルさんが、なにやら真剣な面持ちで話を切り出した。
「なんですの?」
二人が不思議そうに見る中。
メリルさんは言葉を選び、ためらいがちに話す。
「アーリアにいる“先進惑星”の人達が、私を……元の世界に送り届けてくれるという、あなた達の話だけど」
“先進惑星”という単語を、メリルさんはことさらに強調して言う。
もしかして帰れない可能性を考えて不安になっているのかもと思ったレナは、落ち着いてメリルさんに言い聞かせた。
「クロードのお客様の事ですか? 大丈夫です、あの人達なら先進惑星の人達で間違いないですよ。ちゃんと“地球から来た”って言ったの、この耳で聞きましたし」
「ええ、分かってる。その事を疑うわけじゃないの。レナが見たというその人達は、確かに“先進惑星”の人達で間違いないと思う。私が言いたいのは──」
レナの言葉を肯定しつつ、それでもまだメリルさんはまだ落ち着かなさげだ。よっぽど不安を拭いきれないのだろう。
重ねて笑顔で、そんなメリルさんに言ってあげる。
「大丈夫です。お客様がすでに帰っちゃってる、なんて事もないですよ」
根拠のない“大丈夫”だけど、今自分が彼女にしてあげられる事はこれくらいしかないのだ。
「メリルさんはなんにも難しく考える事なんかないんです。このままアーリアに行って、お客様に会って、それで気がついたら、いつのまにか元の星に帰れちゃってますから」
「そうそう。あなたはただ、どんと構えて馬車に揺られていればいいんですわ。帰れなかったらどうしようなんて考えるだけ損ですわよ。うっかり事故とは言えせっかくエクスペルに来たんですから、めいっぱい楽しんで帰らないと」
やっぱり落ち着かなさげなメリルさんの気持ちを和らげてあげようと、それぞれ気楽な言葉をかけてあげるレナとセリーヌ。
……なおこの間、いよいよ二人を直視できなくなったメリルさんはずっと馬車の外に目線を移していたりするけども。
そんなメリルさんは、しばらくぼんやりと外の景色を眺めた後、
「……いってみなければ、分からないわよね」
と自分に言い聞かせるように呟いた。
二人に向き直り、
「そうよね。ありがとう二人とも。二人の言う通り、私ももっと楽しんで帰る事にするわね」
と微笑んで言う。
「それより、何かいい話題はないかしら。二人の話、せっかくだから、私はもっとたくさん聞きたいわ」
そう聞かれ、一秒と経たずにセリーヌの方が返事をした。
「何か面白い話題ですの? だったら今ちょうどサルバにいる事ですし、ここの町長の息子さんの話でも……」
「アレンの事ですか? ……そんな面白い話題、ありましたっけ?」
首をかしげるレナを見て、セリーヌはにやりと笑う。
そんな感じで三人のだらだらお喋りは、アーリアまでひたすらに続けられていくのであった。
☆★☆
《とりあえずどんまいアレン!
なんか一瞬ものすごく応援したくなったよね、アレン。どうやったってもう無理だと思うからしないけど。
そんな事よりやっぱり言えなかったメリルちゃん、「いってみなきゃ分からない」って。またすんごい一縷の望みにかけたね、メリルちゃんってば。
なんかよくわかんないけど知らない所来ちゃって、これなんか違くね感満載になりつつもとりあえず帰れそうな方法試してみる事にした、って感じですかい?
いやはやそれはまたお気の毒な……ていうか
……うーん、やっぱメリルちゃん気づいてないのかなあ。……だよねえ、もしかしたらと思ったけど、気づいてたらこんな悠長な事……
──まあそんな事はともかく!
その辺のことはもう、ただのしがないザコな外野の私にできる事はないので仕方ないですな!
いやマジで。
こんなんなっちゃったら……ねえ?
せいぜい「自力で帰って?」って“電波”送りつけるくらい?
だからメリルちゃん、ふぁいとー!
私もこれからも、外野として、上から目線でちょいちょい見守ってるから!
もうこの際、言葉通りに「いってみなけりゃ分からない」路線でいろいろなんとかしちゃってね!
ひとまずは……うん、アーリアにいる“お客さん”達のコトとかかな!》
☆★☆
そろそろ日も暮れようという時になった頃、三人を乗せた馬車はようやくアーリアに着いた。
村の入り口で馬車を降りると。
近くにいた村の少年がレナの姿を認めて、駆け寄ってきた。無邪気に手を振り近寄って来るその少年を、レナも笑顔で迎えて言う。
「レナおねえちゃん!」
「ただいま、ルシオ」
《名前紛らわしいなパート2》
後ろの方でひそかにメリルさんが一瞬すっごい動揺してたり、“こっち”ではよくある名前な“ルシオ”少年の事まじまじと見ちゃったりしちゃってるけど、やっぱりレナ達にはそんな事は分からない。
《おっといけない。黙ってるはずだったのに、面白すぎてつい口出ししちゃったんダゼ☆》
見知らぬ大人達の方に向け、小さい声で「こんにちは」と会釈した後。
ルシオ少年はレナの方に向きなおり、不思議そうに聞く。
「ねえねえレナおねえちゃんどうしたの? 帰りがすっごい早いよ?」
「マーズでちょっといろいろあってね……」
レナがどう答えたものか迷っていると、ルシオ少年が笑顔で聞いてきた。
「クロード兄ちゃんに会いたくなったの?」
最近この子は本当に生意気になってきたわね、とルシオ少年を見て思う。あながち間違いでもないのがまた悔しい。
しかし、なにもそれだけのために、レナはこんな見事なとんぼがえりをしてきたわけではないのだ。──もっとちゃんとした理由があるんだからね?
クロードうんぬんに関する質問の答えは置いといて、“すっごい早く帰って来た理由”の方を、レナはここぞとばかりにルシオ少年に聞いた。
「ねえルシオ。レジス様のところに来た人達って、まだいる?」
「あのひとたち? うん、まだいるよ。あのひとたち、レジス様のところにずっといるんだって。レナおねえちゃんのこと待ってたけど」
「わたしを?」
「うん。クロード兄ちゃんが言ってた」
どうやらお客様はクロードだけでなく、レナの方にも用事があるらしい。
一瞬不思議に思ったが、まあどうせクロードと親しい人間に話を聞きたいとかそんなところだろうなと納得し、ルシオ少年に返事する。
「ありがとう、じゃあ早速行ってみるね」
とにかく今はメリルさんだ。彼女の事を優先しよう。
自分がクロードのお客様とどう向き合えばいいのかなんて、そんな事は後回しにしておけばいいのだ。
そう思っていると、ルシオ少年がこれまた小生意気なセリフを投げかけてきた。
「レナおねえちゃん、じゃあやっぱり、クロード兄ちゃんに会いに行くんだね!」
「ルシオ、いい? わたし達は、その人達に会う“ために”行くのよ」
今度はきちんとそう言い返し、レナはお客様達がいるであろうアーリア村長レジスの家へ向け、いよいよ勇んで足を踏み出した。
そのレナの意気込む後ろ姿を、セリーヌがにまにま笑いながら追いかけていく。
それとさらに後ろのもう一人も、最後にルシオ少年をちらっと意味ありげに見たりしてから、二人の後ろをついていった。
☆☆☆
玄関のドアが開いた途端、レナの気勢はいっぺんに消し飛んだ。
来客を出迎えに家の中から出てきたのが、誰あろうレナの想い人、クロードその人だったからである。
「……え、と、その……」
どうしよう、何か言わなきゃ。と焦るばかりで一向に言葉が浮かんでこない。
クロードだってレジス様の家にいるんだから、玄関からクロードが出てくる事くらい、簡単に想像ついたはずなのに。
自分でも嫌になるくらい、ずっとクロードの事考えてたはずなのに。
(何かあるでしょ、何か……あれだけ考えてたんだから……)
と脳内をフル回転させても、やはり何も出てこず。
そして今になってはっと気づく。
クロードの事はいっぱい考えてたけど。
……でも、肝心の言う事は何も考えてなかったような。
レナが内心慌てふためく一方。目の前にいる、金髪さらさらショートのスポーティな瞳をした青年はというと。
口ごもるレナを、ただきょとんと不思議そうに見ていた。
やや時間を置いてから、クロードは笑顔になってレナに言う。
「おかえり、レナ」
「あ……うん。ただいまクロード」
クロードにつられ、特に考える事なく返事してから(そうよね。「ただいま」でいいのよね、普通に)とレナは少し落ち着きを取り戻す。
と同時に、心の中がぽかぽかと温かくなりだした。
やっとクロードに会えた。
クロードの顔を見れた。クロードの声が聞けた。
なんだろうこの気持ち、へんなの。
やっと会えたって、だって一週間ちょっとしか経ってないのに──
「よかった、レナが早く帰って来てくれて」
「……えっ?」
レナがくすぐったい気持ちになっているところで、クロードがさらに安心したように言う。
いつもと変わらない、クロードの優しい声。
その声で、わたしが帰ってきてくれてよかったって。
クロードはわたしの事、待っててくれたの?
……などと、乙女モード全開のレナが嬉しさのあまり頬を染めたところで、このふたりのイチャイチャはようやく終了した。
大変グッジョブな事に、玄関ドアの死角になっていた場所から、思いっきりにやけた声を出してくださったお姉さまがいたためである。
「どうやらワタクシたち、おじゃまみたいですわね」
……やばい、後ろの二人を完全に忘れていた。
ゆでだこのような真っ赤な顔で、レナがバッと後ろを振り返ると。
「時間をおいて出直しましょうか」
メリルさんまでにこにこしながらそんなことを言う。
(ちょっ……そんな、やだ……やめて……!)
レナの胸中が大恐慌をきたしている最中。
ようやく第三者の存在に気づいたクロードはドアを大きく開け、嬉しそうに声をあげている。
「あれ? その声は……セリーヌさん、久しぶりですね!」
ごく普通の挨拶である。
軽い声の調子から察するに、レナの胸中が今どえらいことになっている事はおろか、つい先ほどまで人前で、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい甘ったるいイチャイチャを繰り広げやがっていた事にさえ気づいていないと思われる。
そんな青春ど真ん中のクロード青年は案の定、はじめてのメリルさんに一瞬ドキッとした後、やや照れくさそうにレナに聞いたのだった。
「そちらの人は? レナの知り合いかい?」
「そ、そうなのよっ! わたし達、マーズで知り合ったの! ね、メリルさん!」
とレナもさっきまでのナシ! と言わんばかりに、全力でクロードにメリルさんの紹介をする。
こんなところでクロードとイチャイチャしたかったわけじゃない。自分はなにより、メリルさんの“ために”ここに来たのだ。
レナの不自然な全力紹介っぷりを、メリルさんは楽しそうに微笑んで見守り、そのままの笑顔でクロードに挨拶した。
「ええそうねレナ。──初めまして、クロードさん。私はメリルといいます」
クロードと同じく先進惑星人のメリルさんは、事故でエクスペルにきてしまい。元の星に帰れなくなって困っていて。
クロードの所に来た、同じ先進惑星の人達の艦に乗せてもらおうと思ってここまで連れてきた……。
そんなメリルさんの事情をレナ達から聞き終わったクロードは、開口一番、なんとものん気な感想を述べた。
「それで帰りが早かったのか。僕はてっきり、セリーヌさんがまた何かやらかしたのかと」
「ずいぶんな言われようですわね。「クロードが地球に帰るかもしれない」って聞いて私達、一刻も早くレナをあなたの元へ帰してあげようって、急ぎに急いでここまできましたのに」
セリーヌがからかいを多分に含んだ反論を行なったところ。
クロードは、なぜか思いっきり首をかしげた。
「僕が地球に? なんでまた」
「え……違うの?」
戸惑うレナに向かって、クロードは実にあっさりと答える。
「帰らないよ、僕は」
今のクロードの言い方。
どう聞いても決意の末の一言、って感じではなかった。
てことは──
(……。わたし、また──やっちゃったのかしら)
「なんだ、レナの勘違いでしたの」
やっとこさ気づけたレナの後ろで、セリーヌがあっさりと言う。
こっちもそこまで驚いている様子でもないのが、またなんというか。
「まあいきなり地球に帰るだなんて、おかしいとは思っていたんですのよね」
「そうなの?」
やっぱりね、といった様子でセリーヌが頷く中。事情がよく分かっていないであろうメリルさんが不思議そうに聞く。
思えばこの数日間、レナはひたすらクロードの事で心を悩ませていたわけで。後ろにいる二人の前でも、ちょくちょくそれが態度に出てしまっていたわけで。
それで思いっきり気にかけてもらってからに──
原因は、単なるレナの勘違いだったわけで。
後ろから視線を感じるのはもちろん、目の前のクロードも、先ほどからずっと不思議そうにレナを見続けている。
このような雰囲気の中でレナができる事といったら、そりゃまず一に謝罪、ついで二に小声で言い訳をし始める……くらいのものであろう。
「ご、ごめんなさい! わたしてっきり……だって、クロードに“地球からのお客様”っていったら、本当にそれしか思いつかなくて……」
「地球からのお客様? ……ああ、彼らの事か」
と一人納得するクロードに、セリーヌが確認をとる。
「ねえクロード、そっちはレナの勘違いじゃないんですのよね? そっちも勘違いだとしたら、彼女が非常に困った事になりますわよ」
セリーヌは言って、隣にいるメリルさんを気遣わしげに見た。メリルさんも少し遅れてから、とりあえず困ったようにこくりと頷き返す。
レナもなんとか気を取り直し、というか全部なかった事にし、自信を持って二人に言った。
「……それは、大丈夫です。ちゃんと「地球から来た」って聞きましたから」
こればっかりは、こっ恥ずかしい勘違いが判明した直後の今でも、胸を張って断言できる。レナは記憶力そのものは決して悪くない。耳だっていい方だ。
本当にお客様は地球から来たのだ。この耳で聞いたのだから間違いない。
クロードのぱっとしない返事も、その事だけはしっかりと裏付けている。
「あー……。もちろん宇宙艦でここまで来たとは、本人達も言ってましたけど」
「それなら構いませんわ。で、その人達はちゃんとここにいるんですのよね」
「はい、ちゃんといますよ。レナの事ずっと待ってましたから」
そう答えてクロードは家の中を振り返る。
そういえばさっきルシオもそんなこと言ってたな、とレナが思いだす中。クロードはやれやれといった調子で言う。
「やっと戻ってきたか、って感じですかね、向こうの方。さっきもずいぶんピリピリしてたし……いやー、レナが早く戻ってきてくれて本当によかった」
(あ。さっきのって、そういう……)
レナがひっそり小さな恋の勘違いに気づきショックを受けていたりするが、クロードはやっぱり気づかない。
前に向きなおり、のん気に言う。
「そうだ、セリーヌさんにも会いたいんじゃないかな、あの人達」
「──? わたくしにも、ですの?」
「はい。なるたけみんなに話聞きたいからって」
お客様の目的がいよいよ分からない。
(クロードを地球に連れ戻しに来たんじゃないのよね? だったらなんでわたしと、それにセリーヌさんにまで用事があるの? みんなに話を聞きたいって、どういう事?)
セリーヌも事情が分からないらしく、メリルさんを指してクロードに聞く。
「じゃあ、こっちはどうですの?」
「いやそっちは──あっすみません。えっと、僕達初対面ですからね」
クロードは気恥ずかしげにメリルさんを見つつ否定した。メリルさんの事は別に待っていなかったらしい。
そりゃ知らない人を待っているはずないからそうだろうとは思うものの、しかし彼らは、セリーヌには用事があるのだ。ちらりとでも彼らと顔を合わせたレナと違って、こっちは正真正銘、赤の他人同士だというのに。
(妙な話になってきたわね……。用事があるのはこっちのはずだったのに)
レナ達が訝しむ中、クロードは緊張を全く感じさせない笑顔で言う。
「まあ立ち話もなんですし、彼らのとこに行きましょう」
「この家の方は大丈夫ですの? ……長い話になりそうな気がするんですけれど」
「レジス様なら大丈夫ですよ。お客さんがいる間はリビングを好きに使ってくれて構わないって、そう言ってくれてましたから」
「そう、なんだ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」
という事なので、もう夕方だけどレナ達がさっそく家に上がろうとしたところ。
メリルさんがクロードに言う。
「先程の話を聞く限り、私は招かれざる客のようですね」
「うーん……。でも、メリルさんはエクスペルの人じゃないですし。その辺は大丈夫なんじゃないですかね? たぶん」
“たぶん”の辺りに不安を感じたのか、メリルさんは遠慮がちに目を伏せる。「私外で待ってるんで結構です」とでも言いだしそうな様子だ。
「だめですよメリルさん。ちゃんと頼まないと帰れないですよ」
「そうですわよ、こんな時に遠慮も礼節もくそもないですわよ。我を通す時はちゃんと通さないと」
まだ何も言ってないのにレナとセリーヌに揃ってやいのやいの言われ、メリルさんも諦めたように言った。
「……ええ、そうね。私も家に上がらせてもらう事にするわ」
「それじゃあ、どうぞどうぞ」
クロードが玄関脇によけたところで、ふと思いたつ。
(たぶんだけど、長い話になるのよね。お母さんに会っとかなきゃ)
村まで帰ってきているのに、夜になっても娘が帰ってこないのはまずい。
「すみません、わたしちょっとだけ家に行ってきます」
言ってくるっと後ろを振り返り、猛ダッシュで目の前に見えている自分の家に向かう。
広場の噴水脇を抜け、家のドアを勢いよく開け、
「ただいまお母さん!」
「あら! おかえりレナ、ずいぶん早かっ……」
「ごめんちょっと急いでるの、話はまた後でするから。晩ごはんは食べてくと思う! ──それじゃ、行ってきますお母さん!」
それだけ言って、レナはまたすぐにみんなのところへ戻った。
☆☆☆
クロードに勧められるまま、レナ達は村長の家に上がりこんだ。
お客様に気を使っているのだろうか、レジス様の姿はどこにも見当たらない。
ついでにおつかいを済ませた報告もしておこうと思っていたけど、まあこっちは別に急を要する事じゃないからいいかとすっぱり諦めた。
クロードの後をとことこついていき、例のお客様達がいるだろうリビングに迷わず足を踏み入れ──
(なんか……増えてるんですけど)
男の人二人しかいなかったはずなのに。
あの時見かけた青の短髪の青年と、金の短髪の男性に加えて、長い青髪の女性と金髪の女性、それに栗色の髪の女性までいる。
計五人になってる。
レナがリビングにいる人達を数え終わると同時に、彼らの一人……部屋の奥の方の椅子に座っていた青髪の青年が、なにやらむっとした表情で立ちあがり、クロードの事を責め始めた。
「クロードさん、困りますよ。エクスペルの人にはなるべく秘密に、って言ったじゃないですか」
「僕の仲間達には話していいんだろう?」
「確かに、とんがり帽子の人はそうっぽいですね。でも、もう一人の人……あの女の人もあなたの“仲間”なんですか? ああいう感じの人は、聞いた事ないですけど……」
どうやら青髪の青年はセリーヌの事を知っているらしい。たぶんクロードが、あらかじめ先に説明しておいたのだろう。
訝しみながらメリルさんを見る青髪の青年に、クロードはしれっと言う。
「それはまあ……、メリルさんは僕もついさっき会ったばかりの人だからね」
「なっ──。何でそんな人をここに連れてくるんですかっ。僕はなるべく秘密にって……どれだけ危険な事か分かってるんですか!? 下手したら──」
「まあそうなんだけどさ。でもほら、メリルさんエクスペルの人じゃないから。少しくらい大丈夫かなって」
「──はあ?」
何が何やら分からないので、青年とクロードの言い合いに口を挟む事もできない。
とりあえず見慣れないお客さん達の方をちらっと見ようとしたところ。手前の椅子に座り、おどおどとした様子でレナ達の方を見上げていた、栗色のロングヘアーの女性と視線が合ってしまった。
年はレナと同じぐらいだろうか。
前髪を可愛らしい猫のピンで止めていて、くりくりっとした目が特徴的だ。それと──すごく胸が大きい。
お互い視線はすぐに外したけれど、レナの心中では
(なに食べたらそんなに育つんだろう)
といったような切実な疑問が、なおもぐるぐると渦を巻いていたりする。
一方、メリルさんに関するクロードの説明を聞き終わった青髪の青年は、なおも納得がいかないといった様子で文句を垂れている。
「……先進惑星の人間だから大丈夫って、そんなわけないでしょう。ていうかダメに決まってるじゃないですか。“少しくらい”って。そんななあなあで無関係の人連れてこられたら……」
ぶつくさ言いながら、青年は恨みがましくメリルさんに目をやる。
見られたメリルさんは面倒くさそうに息を吐いた。そこまで迷惑なら私出ていくけど? といった心境がありありと表情に現れている。
まさに今からそういった事を言おうとしたのだろう、メリルさんが口を開きかけた時。
青髪の青年の隣に座っている金髪の男性が、唐突に口を開いた。
「別にいいんじゃねえの? 無関係の人間一人に聞かれたくらいで、いまさら歴史がどうこうなるとも思えねえしよ」
「おいっ、言うなよそういう事を」
「どうせこれから話す事なんだ、なんの問題もねえだろうが。フェイト、お前はいちいち小さい事気にしすぎだぜ」
「いいわけないだろ!? クリフが気にしなさすぎなんだよ!」
そのまま今度は二人で内輪もめを始める。
どうやら青髪の青年が“フェイト”で、金髪の男性が“クリフ”らしい。それはいいんだけど、
(歴史って……何?)
レナが首をかしげる中。
金髪の男性“クリフ”は肩をすくめて青年に言う。
「過去が変わる危険どうこう言いだしたら、“英雄”に喋っちまった時点ですでにアウトだと俺は思うけどねえ」
「だから言うなって! ……彼らはしょうがないだろ? 最低限の接触くらいは諦めないと、何もできな──」
声をひそめてきょろきょろ辺りを見回す“フェイト”に、“クリフ”が勝ち誇ったように言った。
「ほれ。こうやって俺が口すべらしても、タイムパラドックスってやつが起きた感じも特にねえだろ? て事はやっぱり問題なし、っつう事だ」
「……。結果論じゃないかよ、それって」
呆れる“フェイト”は怒る気もなくしたらしい。
一方“クリフ”はやたら親しげに笑いかけながら、レナ達に向かって片手をあげる。
「いや俺の“勘”がな、あっちの美人にも同席してもらいてえと言うもんだからよ」
「ああ!? こ、このおっさんっ、そんなしょーもない理由で……!」
「あんな美人はそうそういねえ。今回の事と何か関係あるかも知れんってな。それとまああれだ、──美人に悪い奴はいないってよく言うだろ?」
「言うかっ!」
「まあ細かい事はいーじゃねえか、あの姉ちゃんが一切無関係でもたぶん支障がねえらしい事は分かったんだからよ。関係あったら儲けモンくらいに考えときゃ……」
「お前そういうのはな、“勘”じゃなくて“ただの下心”って言うんだよ!」
ふざけきった“クリフ”の態度に“フェイト”が再び怒りだしたところで、メリルさんが落ち着き払った様子で言った。
先ほど玄関先で遠慮しようとしていたお嬢様の彼女らしからぬ堂々とした態度だが、レナもセリーヌも今は思わせぶりなお客さん達の話の方が気になっているため、その不自然さには気づいていない。
「それで、私は結局この場にいても構わないのでしょうか。差し出がましい事を言うようですが、まずは本題に入られるべきなのでは?」
返事をしたのはずっと黙っていた青髪の女性だ。
やたら不機嫌そうな顔で、どうでもよさそうに言う。
「そうね、こんなの時間の無駄だわ。さっさと話を始めましょ」
何か言いかけた“フェイト”を無視し、
「あなたの話は後でいいわね」
「ええ」
メリルさんと短く会話してから、そわそわと話の成り行きを見守っていた栗色の髪の女性に話しかける。
「ソフィア、席を空けてあげて」
「あっ……は、はい! すみません」
“ソフィア”と呼ばれた栗色の髪の女性はレナ達にも向かって「すみません」と連呼しつつ、慌てて横の席にずれた。
レナも女性のあまりの恐縮っぷりに(こっちこそ席空けてもらってすみません)という気持ちになりながらも、勧められた通り椅子に座った。
レナ達が黙々と着席し始めた辺りで、もうどうにもならないと悟ったらしい。“フェイト”も渋々腰を落ち着ける。
「何?」
「……。なんでもないよ。そうだな別に一人くらい、無関係の人間に聞かれたって、今さら何が変わるわけでもないしな……」
“フェイト”がなげやりに青髪の女性に答えているところで。
今までのやり取りに一切動じていなかった、金髪の女性が口を開いた。
「それではまず、お互いの自己紹介から始めましょう」
レナの目の前で、例のお客様が一人ずつ名乗りをあげていく。
その紹介を聞きながら、レナはこの間出来なかった分までしっかりと、彼らの事を観察しまくった。
エクスペルの外の世界から人が、しかもこんなにいっぺんに来るなんて、そうそうあることではない。
はじめてこの人達を見た時は勘違いで落ち込んでいたから、どんな人達なのかなんてとても気にしていられなかったけれど。レナは元来、何にでも興味を抱く性格なのだ。
先ほど会話で聞いた通り、青髪の青年はフェイトで、金髪の男性はクリフという名前だ。
フェイトは背恰好がクロードに似ている。年もたぶん同じくらいだろう。
同じ服を着て後ろを向かれたら髪で判断するしかなさそうだ。クロードが金髪、フェイトが青髪で、クロードより少しだけ短い。
地球から来たというわりには、彼はあの時のクロードみたいに変な服を着ていない。普通に冒険者っぽい服装だ。未開惑星のスタイルに合わせているのだろうか。
クリフは背が高く、がたいもかなりいい。二の腕とかすごいむきむきしてる。年はよく分からないけど、少なくともフェイトよりはずっと年上だろう。
金髪の女性がミラージュ。
この人はやたら落ち着いた雰囲気の人だ。それこそ「大人の女性」って感じ。動きやすいように、セミロングの髪を三つ編みに結んでいる。
服装はクリフが着ているのとよく似ている。クリフの服と違って、ミラージュの服はスカートっぽいし、二の腕も露出させてないけど。
服装からすると、この二人は軍人さんか何かだろうか。
青髪の女性がマリア。
この人はフェイトと同い年くらいだろう。なんとなく、フェイトに雰囲気が似ている気がする。たぶん髪の色が一緒、ってだけだと思うけど。
結んでないロングヘアーで、クリフとミラージュの二人とは違うけど、やっぱりどこか戦闘用っぽい服を着ていて、そして──うん、やっぱり不機嫌そうだ。
栗色の長い髪の女性がソフィア。
さっき一番手前の席でおどおどしていた人だ。服装もいたって普通。どうみても一般人にしか見えない。「外の世界から来た」って感じしない。
もう知っているようだったけど、一応レナ達も自己紹介をした。
そしてお互いの自己紹介が終わると、フェイトは唐突にこう言ったのだ。
「僕達は、未来から来ました」と。
登場キャラ紹介。
・クロード(スターオーシャン2)
19歳。SO2本編の男主人公。
銀河連邦軍の少尉だった青年。剣が得意。
現在はアーリア村で、村の手伝いをして暮らしている。村長宅に居候。
本文で散々やった通りレナED後です。やっとこさ登場の原作ゲーム男主人公。
ただ、この話でも彼が主人公らしく活躍するかどうかは…
今回は以上です。
SO3の人達のキャラ紹介はまた今度。