文体、視点の勉強をかねて投稿いたします。
独自設定あり。
キャラ崩壊気味の可能性がございます。
それでも宜しければご賞味下さい。
この物語は、一組の男の子と女の子によって、世界が救われた年のこと・・・夏に移っていく少し前のことであった——————
これはとある一家の物語————
「ふぅ〜、いい汗かいた〜」
自宅の道場から出て、昼盛りの日を浴びた美由希は、外の風を受けて思わず声を漏らした。
「美沙斗さん、ありがとうございました」
「・・・こちらこそありがとう・・・」
同じく、道場から出た恭也が美沙斗にお礼を言う。
美由希の母である美沙斗が休暇に高町家に来てからは、こうやって稽古につけてもらっている。
美沙斗の剣技は恭也や美由希を遥かに超えている。
そのため、稽古の後は美由希のみならず、恭也も汗をかかずにはいられない。
ちなみに美沙斗は汗一つかいていない。
「もうすぐ夏が来るのかなぁ。だんだんと暑くなっているね。もうびしょびしょだよ」
「・・・美由希、先に風呂に入ってくれ。俺は後から入る」
「うん、恭ちゃんありがとう、母さん、一緒に入ろうよ」
「・・・そうだね・・・・・・ありがとう、恭也・・・」
部屋から着替えを持ってきた美由希と美沙斗は浴室へ向かう。
稽古の後のお風呂は格別である。
じめじめした後の肌を人肌馴染む温度のお湯で洗い流す感触、実に至高である。心身ともにさっぱりする。
そう、心身ともにさっぱりす——————
「あれ、あれれ・・・」
「・・・どうしたの・・・美由希・・・・・・」
素っ頓狂な声をあげたの美由希に不審に思った美沙斗が尋ねる。
「あ、母さん、お湯が出てこなくって・・・・・・」
「——————というわけで、ガス管の調子が悪いので修理を頼んだけど、ちょっと明日になるかもしれないわ。今日、お風呂入るのはちょっと厳しいわね」
今日の翠屋は休業日、家にいる桃子は困った顔で美沙斗、フィアッセ、恭也、美由希に説明する。晶は明心館へ、レンは日常品のお買い物へ、なのはは遊びにいっている。
「・・・まぁ、俺は水風呂、もしくは風呂なしでも別に構わないが・・・」
「そういうわけにもいかないのよ・・・」
そう桃子が呟く。美由希は汗をかいていたし、おそらく晶も汗をかいて帰ってくるだろう。できるならば女の子には綺麗でいさせたい、そう思うのが母親たる桃子の心情である。しかし、水風呂はいくら何でもそれが大丈夫な季節とは言えないし、だいいち心臓を患っているレンには酷だ。フィアッセの泊まっている遠見市のアパートまで行ってお湯を貰うか?移動時間はかかるし、アイリーンの負担にもなりかねない。
「桃子」
「なに、フィアッセ?」
頭を悩ませている桃子にフィアッセが妙案と言わんばかりに提案する。
「今日、お風呂行ってみない?」
その提案に、一名を除いて、全員が賛成することになった。
〜〜〜〜〜〜
ここは風が生まれる草原。
今日もちびっこカップルと子ギツネは、幸せな時間を過ごしている。
そんなさなかのことであった。
「せんとう?」
「そ、銭湯、『くーちゃんもクロノくんもリンディさんも誘って』だって」
かかってきた電話の内容をクロノに伝えてから、隣にいる子ギツネにも話しかける。
「くーちゃん、どう?」
楽しそうに尋ねるなのはに、ぽんっと久遠が少女姿になる。
「きょうは・・・だいじょうぶ・・・」
「うん!よかった!・・・クロノくんはどう?」
「・・・なのは、せんとうって何?・・・」
クロノの意外な返答になのははちょっとびっくりしたようだ。
「・・・クロノくん、もしかして銭湯知らない?」
「・・・うん、ごめん・・・」
「ううん、謝ることないよ。銭湯って言うのは、う〜ん、みんなが入れる大きいお風呂屋さんのことかな?おっきくてね、みんなで入れるから気持ち良くなれるの!!だからね、一緒に行こうよ!」
ある程度納得のいったクロノ。
「そうなんだ・・・わかった・・・母さんと連絡をとって見るよ」
「うん・・・それでね、クロノくん・・・」
「どうしたの?なのは・・・」
顔を真っ赤にしたなのはが思い切ったように言う。
「・・・・・・良かったら・・・い、いっ、いっしょに入らない?」
「なっ、なのは・・・一体どういうこと?」
なのはに劣らずクロノも顔を染める。
「え、えっとね、ずっと前のテレビで、家族風呂というのを見て、ああいうのだったら、いっしょに入れるのかなぁと思って。み、水着着ていたら恥ずかしくないかもと思って・・・そんなお風呂があるかどうかは分からないけど・・・でももしあったら・・・いっしょに入ってみたいな・・・」
「・・・なのは・・・」
「・・・・・・ダメ?・・・」
無意識に上目遣いでみつめてくるなのはに、クロノは断る術は持たない。クロノは優しく答える。
「そんなことないよ・・・僕も・・・いっしょに入ってみたい・・・」
「いいの!?」
「うん・・・」
「えへへ・・・嬉しいな・・・」
なのはが満面の笑みを咲かす。
「なのは・・・」
「クロノくん・・・」
お互いがみつめ合う。聞こえるのは優しい風の音だけ。
「く〜ん」
蚊帳の外になりかけた久遠がその雰囲気に当てられていた。
〜〜〜〜〜〜
一方、こちらは高町家。
「恭也も行こうよー」
「・・・フィアッセ、俺は別に」
フィアッセの誘いに、恭也は難色を見せる。
自分の身体は人肌に晒す物ではないから、あえて行くまでもない。それに恭也は別に水風呂でも構わない。それが理由だ。
頑に断る恭也にフィアッセのほおが少し膨らむ。
「だって、クロノは銭湯のマナーを知らないんだよ?恭也がいてくれないと困っちゃうよ?それともクロノを女湯に入れる?」
恭也は想像する。ふむ、現在クロノは遠見第三小学校の三年生、8〜9歳と推定できる。女湯に入るのにはボーダーぎりぎりと言って良い。女湯に入るとなるとクロノは恥ずかしがって、隅で縮こまっているだろう。だがそれをほっとくみんなではない。リンディさんは母親だし我が子を放っておくはずがない。おそらくなのはも近づくに——————
「分かった、行こう」
想像をシャットダウンし、恭也は答える。なのはが出てきてから返答までの時間は、実に0,1秒足らず。神速の使い手は、思考速度も速い。
恭也の肯定の返事にフィアッセは満足したようだ。
「O.K.クロノのことよろしくね」
・・・自分の返答に少しだけ後悔した恭也だった。
〜〜〜〜〜〜
それぞれの思惑があったが、こうして参加者一同は、17時に高町家に集合したのだ。
桃子、美沙斗、フィアッセ、美由希、晶、レン、恭也、なのは、リンディ、クロノ、久遠・・・小規模な旅行団体並みの人数である。
残念ながら、なのはの「クロノくんと一緒にお風呂に入ってみたい作戦」は失敗に終わった。
今回の銭湯には家族風呂はなかったし、水着を着て入るというわけにもいかない。
全員一致の反対だったが、なかでも「男女7つにして同衾せず」を理由に反対した兄の顔が印象的であった。
・・・まぁ、お昼寝などでもういっしょに寝ているわけだが・・・このバカップルは。
なのはは残念がっていたが、「お風呂を上がってから遊ぼう」というクロノの言葉に機嫌は戻っている。
「リンディさん準備は大丈夫ですか?」
桃子がリンディに尋ねる。
リンディは記憶が戻ってからは、法術の制御もでき、長時間でなければ普段の姿でいられる。
「はい、・・・桃子さん。みなさん・・・誘っていただいてありがとうございます」
「あっ、いえいえ、リンディさんもクロノくんもせっかく日本に来て下さっているんだし、楽しんでください」
桃子が楽しそうに笑う。
「リンディさん、今日はなのはがエスコートします」
「はい・・・なのはさん、よろしくお願いします」
リンディは小さな王子様役に微笑みかける。
「思ったんですけど、リンディさんの住んでいたところでは、お風呂事情はどんな感じだったんですか?」
「はい、わたしの住んでいたところでは——」
美由希も会話に加わり、和気あいあいと話をする女性陣。
「恭也さん・・・よろしくお願いします」
「・・・こちらこそな・・・」
それに比べて、こちらはすこしばかりぎこちなさが残る。
異性、同性問わず裸の付き合いの経験がない2人だ。ぎこちなくなるのは仕方がない。
フィアッセはそんな2人を不安そうに見ていた。
今回行くのは海鳴市内のとある銭湯。
「うみなりのゆ」と藍色の暖簾に白地で縫っている。海鳴市でもそれなりに年季の入った店だ。
月守台の温泉宿のように規模は大きくはないし、またスーパー銭湯のような派手さもない。
しかし、さざなみ寮の浴場のように温泉を引いているおり、スポーツが盛んな海鳴市のことでは療養に訪れる者もおり、愛好者は少なくはない。
一同はこの時間帯にしては、人が少なく、ほぼ貸し切りの状態で中に入れた。
「恭也さん、どのくらい入っていれば良いんですか?」
「クロノ、日本の銭湯は戦闘でもあるんだ。先にあがった方が負けとなる。しかし、一時間を過ぎれば勝敗は無効となるため、最低一時間は浸かっていないといけないんだ・・・帰りたい気分だ・・・」
恭也が困ったように言う。
「・・・そんなに浸かっていられる自信がありません・・・」
クロノも困ったように言う。
「恭ちゃん、入りたくないからといって嘘ついちゃダメだよ・・・」
気乗りがしなくなった2人に美由希が介入する。
そんなこんなで一同は一時間をめどに自由行動に移った。
みんな浴室内でどのように過ごしたのだろうか?
風呂への入り方は洋の東西問わず、次元を問わず、おそらくさほど変わらないはずで、さまざまな感情をも溢れる空間、それが風呂である。
〜〜〜〜〜〜
まず身体を洗う——
リンディは隣に座っているなのはに、話しかける。
「なのはさん・・・髪を洗ってあげますから、こっちに背中を向けて下さい」
「あっ、えへへ・・・じゃぁお願いします」
なのはは嬉しそうにリンディに背中を向ける。
桃子と同じ母の指が優しく少女の髪に絡む。
髪を洗われながら、なのはは目を閉じて気持ち良さそうな表情をした。
「えへへ・・・リンディさん、気持ちいいです」
「本当ですか?そう言われると嬉しいです」
上質の絹のような触り心地の髪を洗いながら、リンディは思う。
今回の出来事・・・リンディ一人ではどうしようもなかった。
そんな自分を助けてくれたのは、この小さな女の子。
もしなのはがいなかったらどうなっていたであろうか?
クロノはイデアシード散布計画を遂行していき・・・最終的にはクロノ自らも犠牲にしただろう。
それを指を銜えて見ていることしかできなかったかもしれない。
なのはがいてくれたおかげで、未曾有の大災害を防ぐことができた。
しかし、結果的にとはいえ失ったものはあった。
この太陽のような少女が失ったものは、自らの魔力。
おそらくは・・・二度と戻らない。
いくらヒドゥンを消滅できたとはいえ、それとは別問題。
少女が失ってしまったものに対して申し訳なく思う。
しかし、謝ってばかりの自分をこの少女はこう言った。
「むやみに謝るのやめましょう・・・?」と。
また、いっしょにいたキツネの子はこう言った。
「おなじ道を戦い進む『仲間』だったら・・・・・・無闇に謝って、反省してちゃ・・・・・・だめだって」と。
だから・・・「すみません」というよりも「ありがとう」と言うことに・・・
だから・・・魔力を失わせることになってすみませんと謝るよりも——わたしを、世界を————息子を————救ってくれて本当に——
「ありがとうございます・・・」とリンディは呟いて、ちょうど髪を洗い終わらせてからなのはをそっと抱き締めた。
〜〜〜〜〜〜
そして身体を流す——
「なぁ、お猿、世の中不公平やと思わへん?」
身体を洗いながら、レンが隣の晶に話しかける。
「風呂場という状況から何を考えているか分かるが・・・言うな、言うだけ虚しいだけだ・・・」
2人とも桃子やフィアッセ、そして予想はしていたが、リンディの身体を見て、どうしても自分たちのいく末を気にしているようだ。
気にするあたり思春期というべきなのか・・・
「美沙斗さんのような大和撫子じゃないうちのようなハーフやお猿みたいな野生の身体じゃ、ないすばでーになるしか方法があらへんやなぁ・・・」
「誰が野生だ?・・・まぁ、別に俺は、空手やっている間はないほうがいいし、何よりも俺はお前が成長しなきゃいいよ」
「・・・・・・」
この言葉にカチンと来たレンが晶に水を吹っかけた。
「ひぃや!!冷てーじゃねえか。何すんだよ、この亀!!」
「お猿が人間様の成長に口出しすんなや。お猿はお猿らしくお山のお仲間と一緒に入れ、ここは人間様が入るところや」
「てめぇ・・・上等だぁ、亀は亀らしくそこの水風呂に沈めてやらぁ!」
本日の第3次猿亀合戦の開始である。
お互い立ち上がって、構えながら・・・間合いをつめていく。
いくら貸し切りだからと言っても、迷惑であるが、2人ともそこまで頭が回らない。
レンはふと思った。
どういうわけか・・・晶がいる場のほとんどが喧嘩の場となる。
そしてその度になのはに怒られるのだが、どうしてか自分は晶の側にいることが多い。
今日の銭湯だってそうだ、自然に隣で着替え、自然に隣に座って、そして自然に喧嘩に至る。
喧嘩を防ぐ方法は極論言えば会わないことだ。
両親はもう帰国しているから、最悪、出て行く手段だってできないわけではない。
だけど、そんなことは考えたことすらない。
那美が言っていたこと「だから、2人とも一緒にいるのね」が思い出される。
レンが一番欲しがっていたもの————それは一番の友達————
それは晶なのだろうか。
それが晶ならば・・・なんとも滑稽な出会いから始まり、喧嘩ばっかりの最悪の関係になっているが——最高の友達ではないか。
レンは晶と対峙しながらそんなことを考えた。
——————髪を洗い終えたなのはの説教が始まる5秒前のことであった。
〜〜〜〜〜〜
湯に浸かる——
さて湯船に浸った桃子とフィアッセ——
「ん〜〜、気持ちいいわ〜〜〜、いい湯加減ね」
二の腕にお湯を掛けながら、桃子が言う。
「Oh・・・」
フィアッセも思わず母語を漏らすあたり、なかなかの湯加減らしい。
「それにしても今日はお店が、休みで良かったわ〜」
「本当ね、こんな時間とれないもんね・・・桃子はもっと身体に気を使わないと」
「ふふ・・・そうかもね、フィアッセ、提案してくれてありがとうね」
そう言って、桃子は微笑みかける。
フィアッセは・・・桃子が倒れたことを気に掛けている。あのときの原因は結局フィリスの力を持ってしても分からず、薬とコーヒーの組み合わせが原因だという結論に落ち着いた。
ファアッセは医者じゃないから、本当のことはわからない。だけどもしそうだったとするならば、薬の摂取の遠因に疲労があることは想像に難くない。
だったら、リフレッシュの回数を増やせばいい。そうやって疲労を回復させていけば、今回みたいなことは減るだろう。こうやって、みんなで入るだけでもだいぶ楽しめるのだ。
そろそろコンサートツアーの計画が始まる。
もう高町家といっしょにいられる時間も少ないだろう。
だけどそのときまで・・・いやいつまでも自分は高町家の長女なのだから・・・長女らしくありたい。
(わたしは歌手でティオレ・クリステラの一人娘・・・そして喫茶翠屋のチーフで高町家のお姉さん・・・これからも・・・)
フィアッセは桃子に微笑む。
「桃子、これからもよろしくね」
「あら?フィアッセ何か言った?」
「ううん、何でも」
桃子のきょとんとした質問に、フィアッセは微笑み返した。
〜〜〜〜〜〜
そして湯を楽しむ——
湯船につかっている御神親子。
「いいお湯だねー母さん」
「ああ・・・気持ちいいね、美由希・・・」
程よい温もりを与えてくれるこの湯は傷だらけの身体を癒してくれる気がする。
「また、背中を洗ってもらったな・・・ありがとう・・・」
「そんな・・・いいよ,別に。一日たまったら一日分、二日たまったら二日分洗ってあげるから。帰ってきてくれたら、その分だけわたしが洗ってあげるよ。
・・・・・・だからね、いつでも帰ってこられるように、元気でいてね・・・・・・」
美由希が美沙斗にもたれかかるように身体を預ける。
自分も母親も「御神」である以上、敵も少なくはない。いつが最期の別れとなるか分からない。
だけど今は側にいてくれているという現実————それを大切にしたい。
生まれいでた記憶が人の無意識下にあるからであろうか、母親の体温は子どもにとって安らぎになるみたいだ。また稽古疲れもあるのか、美由希は自ら気づかずうちに少しの間だけ意識を失うこととなった。
そんな美由希に美沙斗は静かに微笑む。
大きくなっても可愛い娘は可愛い娘であることに違いはない。
自分は愛する夫を含め、一族のほとんどはテロで失った。その日から自分は復讐者となった。
士郎に美由希を預けたことで、全てを復讐に投じた。
母親失格だと思った。
だけど・・・それでも・・・こんな自分でも美由希は母親と認めてくれた、待っていてくれた。
フィアッセも快く迎えてくれた。高町家が温かく迎えてくれた。
帰りを待ってくれている人がいる・・・それがこんなに嬉しいことだと、美沙斗は高町家に来て、久しぶりに、それこそ久しぶりにその思いを感じていた。
美沙斗はそっと起こさないように美由希の髪を優しく撫でながら静かに呟く。
「大丈夫、約束するよ・・・帰ってこないと・・・でないと・・・一人娘が叱るんでな・・・」
〜〜〜〜〜〜
そしてたまに水風呂——
お湯に浸かった、なのは、久遠、リンディであったが・・・
「なのは・・・熱い・・・」
「あはは、そっちは水風呂だからちょうどいいかも」
久遠はぱたぱたとあがり、水風呂に浸かる。
「ふ——」
本来はキツネであるから、お湯より水の方が親しみやすい。
自分にとって熱すぎること、尻尾と耳が水を吸って重く移動が困難なことを除けば、
銭湯も楽しい。
となりの浴槽でゆったりと浸っているなのはとリンディを見る。
「それでね、クロノくんが——」
「まぁ、そんなことが——」
なのはが楽しそうに話し、リンディが嬉しそうに聞く。
会話の中心はクロノであるようだ。
この少女はクロノのことを離す時には本当に嬉しそうに彼のことを離し、嬉しそうに彼のことを聞く。
好きな人の側にいられる。
それはなんと幸せなことだろうか・・・
300年以上生きていているけれど、それに勝る幸せを知らない。
今でも一番夢に見るのだ——弥太と愛し合ったことを——
自分の愛する人は殺され、二度と側にいることは叶わない。
だけど弥太を愛するその気持ちは生涯朽ちることはない。
せめて自分のようにはならないで欲しいと、この小さな女の子——自分と友達になってくれた心優しい女の子——の幸せが叶うことを願う。
——————願わくばなのはがクロノと添い遂げんことを——————
久遠はそんなことを考えながら、のんびりと水風呂を楽しんだ。
〜〜〜〜〜〜
一方こちらは、男湯——
男子湯も貸し切りの状態だった。正確には恭也達が来るまでには数人ほど入っていたのだが、恭也達が入ってくると続けて上がってしまった。
そう言うわけで、今のところ2人しかいない。恭也もクロノもお互い黙って髪や身体を洗っている。恭也が背中を洗おうとしたところで、クロノが話しかけてきた。
「恭也さん・・・僕が背中を洗いましょう」
「・・・どうしたんだクロノ?というかそんなこと・・・どこで知った」
「フィアッセさんが・・・教えてくれたんです。こうするのがマナーだと」
さて、恭也は考えた。フィアッセの言ったことは間違ってはいない、間違っては。ただそれは師弟関係や親子関係のようなものを対象にするのではなかろうか。
だが、ここで断るのはクロノの好意を無駄にする。
流石にそれはできなかった。
「・・・すまないな、宜しく頼む」
そう呟いて、恭也は背中を向けた。
誰もいない浴室で背中を擦る音だけが聞こえてくる。
「このくらいですか?」
「もうちょっと強く擦ってくれ・・・大丈夫だ・・・そう、そのくらいの強さで」
クロノのたどたどしくも一生懸命な行為に、かつて父の背中を洗った自分——あの時は、洗わされていたような気がしたが——を思い出した。
貸し切り状態ということもあってか、普段よりも饒舌に、そして話さないようなことも話してしまう。
「・・・クロノ・・・お前は何とも思わなかったのか?」
「えっ・・・」
「この身体の傷跡だ・・・実は、今日風呂に行くことはあんまり乗り気ではなかったんだ。この傷跡を見ると大抵の人の見る目は変わってしまう。特にこのような公衆の場ではな。まるでヤクザを見るように・・・時に虐待児のようにも見られることもある」
「・・・・・・」
「そんな風に見られることを別に気にしているわけではないが、いかんせん、恐怖、憐憫そういった感情が含まれた視線を感じるのはどうも疲れるんでな・・・あまり、こういう場所には来たくないんだ」
「・・・・・・」
「こんなことを言ってすまない・・・ただ、クロノからはそういった感情を感じなかったからな。不思議に思っただけだ・・・」
クロノが洗う手を止める。
「・・・・・・僕は・・・恭也さんの身体は好きだと思います」
「ん?」
「恭也さんの身体からは・・・色々なことを感じます。嬉しいことも悲しいことも・・・傷の一つ一つが教えてくれているようで」
「・・・・・」
「以前に『嬉しいことも悲しいことも全部ひっくるめて自分だと』と教えてくれましたが、そのように全部受け止めて前に進む強さを・・・大切なものを守って進む強さを恭也さんの背中から感じます。それは素敵だと思います・・・だから好きだと思います・・・」
「・・・そうか・・・」
父、士郎の背中を思い出す。
父も身体中は傷だらけであった。しかし、子どもながらに傷だらけの身体なのにかっこ良く見えたし、その背中は大きく逞しく感じたものだ。
自分はがむしゃらになって、父を追い求めた。
その結果、追いつくことは出来なくなってしまった。
ただ・・・自分はあのような背中に、大切な人を守れる背中に近づけたのだろうか。
もしそうならば・・・嬉しいことこの上ない。
「・・・ありがとうな・・・クロノ・・・」
背中を洗われる感覚に目を閉じながら、そう呟いた。
〜〜〜〜〜〜
恭也達男子陣が上がると、女性陣はもうすでに上がっていた。
談笑するおかーさんズならびフィアッセ、美由希
ストレッチに励む晶に補助するレン
土産コーナーにいるなのは、久遠
・・・見事に散らばっている。
「あっ、恭也、クロノ」
気づいたフィアッセが寄ってくる。
「すまない・・・待たせたか?・・・」
「ううん、わたしたちもあがったばっかしだから全然」
フィアッセが尋ねる。
「クロノ、どうだった初めての銭湯は?」
「楽しかったです」
「フィアッセ・・・クロノはな、今までドライヤーを使ったことがなくてな・・・使い方が分からずまごまごしている姿がなかなか面白かったよ」
「あら、そうだったの?」
フィアッセは以外と言った表情だ。
「恭也さん・・・恥ずかしいですから、あんまり言わないでください」
クロノが恥ずかしそうに言う。
そんな2人の状況を見て、フィアッセは思わず口元が綻ぶ。
恭也とクロノの距離が縮まったようにフィアッセは感じた。
それならば今回恭也を連れてきてよかったと本当に思う。
恭也がなのはとクロノの関係を見るたびに、複雑な感情を抱いているのは周知の事実である。
フィアッセ自身はやはり弟のように思っている子と妹のように思っている子の友達とは仲良くして欲しいと思っている。
最近は、恭也にそのような感情をあまり感じることはない。そこであともう一押しが欲しいと思ったところで今回のようなガス管工事、日本では風呂に一緒に入ることで親睦が深まると聞いた。だったら一石二鳥だ。
そうためフィアッセは恭也をつれてきた。
おかげで、自分が思ったように、2人の中は深まったようだ。
お姉さんの役割を果たしたフィアッセは実に嬉しそうだった。
〜〜〜〜〜〜
「あっ、クロノくん、このお土産、面白そうだね」
「・・・海鳴の温泉で作ったサイダー・・・どんな味がするんだろうね」
クロノはなのはのいる土産コーナーで物色している。
クロノとなのはが会話している間、久遠は次第に距離を取っていく。
久遠は最強のエアリーディング機能を備えていることは間違いない。
「う〜〜それにしてものぼせちゃった・・・クロノくーん、肩借りるね」
「うん、いいよ・・・」
なのはが後ろからクロノの肩に顎をのせる形でじゃれている。
クロノはそんななのはに微笑みを浮かべて頭を撫でている。
「クロノくん、いい匂い・・・なんかまたのぼせちゃいそう・・・」
なのはは感じる。自分とは違う鼓動を。
それはあたたかくも脈拍を速くする、胸の鼓動が高まる——幸せな気持ち。
顎を乗っけているクロノの肩の感触、
頭を撫でられるクロノの手の感触、
クロノから香る優しく心が落ち着く匂い、
なのはは目を閉じて堪能する。
ヒドゥンが消滅した・・・それはこの夢のような物語の終わりを示す。
クロノとリンディは帰るべき場所へ帰らざるをえない。
そしてその日は刻々と迫ってきている。
だけど今はこうしてクロノを感じることが出来る。
それが幸せで。
それだけで幸せで。
だから今は少しでも永くクロノを感じていたい。
少しでも永く——
(あれでは湯冷めはしないだろうな・・・)
誰が見てもそう思えるような温かい桃色空間。
ついでに排他的領域でもあった。
その領域内に入ることはさすがの女性陣でも戸惑ったが——
「・・・コホン・・・あー、なのは、クロノ、そこの売店に牛乳の類いが売っている。・・・ここはひとつ兄がお金を出してあげよう・・・」
「あっ・・・おにーちゃん、ありがとー、なのははイチゴミルクがいいな」
「じゃあ・・・僕は、コーヒー牛乳でお願いします」
空気を読んでも、読まなくても、一役買うのがこの男、恭也。意図的に後者を選んだ男が、なのは達に話しかけたことで、先ほどのちびっこカップルの温かい雰囲気は家族ようなほのぼのとする雰囲気に変化した。
それまで話しかけづらかった桃子達も会話に加わる。
「あっ、じゃあ、母さんはメロンミルクがいいな」
「恭ちゃん、わたしは普通の牛乳で」
「恭也、わたしもメロンミルクが飲みたいな」
「・・・母さんに、美由希、それにフィアッセまで・・・なのはとクロノ、リンディさんだけのつもりだったが・・・」
「えっ?・・・わたしもいいんですか?」
「もちろんですとも」
「ありがとうございます・・・でしたら、イチゴミルクを飲んでみたいです」
「お易い御用です」
「師匠、俺は牛乳が欲しい」
「晶、お前は人の話を「お師匠、うちも牛乳で」
「・・・レン・・・」
「・・・恭也、わたしはコーヒー牛乳が飲みたいな・・・」
「美沙斗さん、悪のりは・・・・・・・・・」
「久遠・・・牛乳・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
多勢に無勢を感じたのか、あまり納得のいかない表情で恭也は財布の中身を確認しだした。
桃子、美沙斗、フィアッセ、美由希、晶、レン、恭也、なのは、リンディ、クロノ、久遠——彼ら高町家がいっしょにいられる時間はもう少ないだろう。
遅かれ早かれいずれ来るべき別れが来る。
だけど彼らはそのときまで今を十分に楽しむ。
楽しい思い出まで悲しみに染めることのなく——
——————高町一家の幸せなひとときは終わることを知らない——————
とらいあんぐるハートの素晴らしさを伝えられたらと思います。
皆様のご感想が頂けたら・・・と思っております。
ご指導・ご鞭撻のほど宜しくお願いいたします。