定食屋兼居酒屋の店主になった俺の店に知り合いばかり来店するんだが 作:やましょー
希の誕生日回を書いていたらいつの間にかこんな感じになりました。
何より「これ誕生日回?」と作者自身疑問に思うレベルですがそれでも良い方はどうぞ。
「はぁ…」
「どうしたののんちゃん。さっきからため息ばかりついて。美味しいお酒がマズくなっちゃうよ~」
希の隣に座っている晴美がケラケラと笑いながら隼人が開けずにとっておいた日本酒を小さなグラスに注いでグッと一気に呷った。
晴美の提案による希の誕生日祝いの前夜祭と称して二人は閉店後の店内に誰もいなくなったあみーごで酒を飲むことにしていた。
と言っても本当の所、ほとんどは晴美がただ隼人が父から譲り受けたコレクションである酒を飲みたいがために開いたらしい。
因みに隼人はほかに色々とすることがあるらしく今は此処にはいない。
「まさか恋とか?恋しちゃってるの?」
「いやいや、そんなことはないですけど」
「此処に来ると思い出しちゃうとか?」
「うっ…」
希はまさか晴美に考えていたことがばれていたとは思わずに息を呑んだ。
「もう誰も気にしてなんかいないよ。隼人も、先輩も…ってそんな簡単に気持ちを切り替えることなんてできないよね」
そう言いまた晴美はグラスに日本酒を注いだ。
「そうだね…ちょびっとだけ早い誕生日プレゼントをのんちゃんにあげよっかな」
「誕生日…プレゼント?」
「そう。隼人がどうしてこの店を継ごうと決心したのかその理由の一つを」
~~~約2年半前~~~~~~~
珍しく東京でも雪が降り積もっていたあの日。
私…いや、俺。筑波隼人は病院に母さんへのお見舞いに来ていた。
母さんの病気が分かったのは9月の上旬。末期がんだった。
すでに手遅れらしく母さんに残された時間はほとんど無いに等しかった。
物語の中ならば奇跡が起きて治らないはずの病気が治ったりだとか余命宣告なんて軽々しく超えるのだろうが世の中そんなに甘くはない。
西木野先生曰く、もういつ死んでもおかしくはないそうだ。
なのに母さんはいつも笑顔だった。
μ’sのみんながお見舞いに来た時もたわいもない会話をしてはみんなを笑わせていた。
末期がんだとわかった時も大丈夫だとか何とか言って笑い飛ばしていた。
自分が一番大丈夫じゃないってわかっているはずなのに笑顔が絶えない母さんを見ていると辛くて辛くて何度泣いただろうか。
「母さん?入るよ」
静かにドアを開け母さんの病室へと入る。
「そんな毎日来なくても私は大丈夫よ」
「はいはい。会うたびに言わなくてもいいんじゃないの?」
「それもそうね。あなたは一度決めたことは曲げない頑固者だものね。全く誰に似たのかしら」
「その言葉そっくりそのまま母さんに返すよ。それとほら、持ってきたよ出汁巻き卵」
ガサゴソと持ってきた紙袋からタッパーに入れて持ってきた出汁巻き卵と割り箸を渡す。
「てか勝手に食べて先生に怒られないの?」
「大丈夫大丈夫。あの子昔からチョロいから楽勝よ」
それは遠回しな自虐ネタを含んでいるのかと言いたかったが、止めておくことにした。
母さんは美味しそうに出汁巻き卵を頬張っている。
母さんに褒めてもらいたくて小さい頃よく練習した出汁巻き卵は今やすっかり得意料理になっている。
「そう言えば学校の方はどうなの?ちゃんとクラスメイトに優しくしてる?」
「もちろん。学校で優しいといえば俺と食堂のおばちゃん3人衆と決まっているからさ」
「割合は?」
「9:1で俺の負け」
「7:3は欲しいわね」
そこには何時もの変わらない母さんと俺との会話があった。
こんなどうでも良いくだらない話をしている時だけは俺の気持ちも楽になっていた。
それ以前に12月に入ってから覚悟はできていた。
その日に備えての覚悟は。
「それよりも隼人。今日は大切な用事があるんでしょ?」
「……俺が行く必要は」
「あるわ。あなたが行かなくちゃ。みんなの心が折れそうになった時は添え木になって、みんなが進む道が分からなくなれば光になって、みんなが不安で押しつぶされそうな時は盾として、そうやってあなたはここまで来たんじゃないの?」
母さんは元気だった頃とはかけ離れた細い腕を伸ばし俺の両手を掴んだ。
「私は大丈夫。行ってあげなさい」
「…わかった」
俺はコートを着て急いで病室を飛び出した。
みんなの元へ向かうこと。それが母さんの願いなら。
俺は…
「良かったんですか?先輩?」
「真姫達も今日はいいって言っていましたよ?」
「あら?久しぶりね。2人揃っているのは」
隼人が出て行ってから数分後、隼人の母。筑波良果の病室を訪れたのは晴美と西木野真姫の母親の莉香だった。
学生の頃は犬猿の仲と言われていた程噛み合わない2人だったが、大事な時だけは妙に噛み合っていたのはいい思い出らしい。
「で、私達に話というのは」
「2人とも分かっているはずよ」
「隼人くんのこと?」
莉香がそう聞くとゆっくりと頷く良果。
「あの子の事2人に任せてもいいかしら?」
「此処で私たちがNOと言うほど無能な後輩だと思いますか?」
「2人なら先ず言わないわね。これはあくまでちょこっと話してやるぐらいでいいの。あの子はもう1人でも大丈夫」
窓の外を見ながら話す良果。窓の外では先程まで降っていた雪が止み、少し明るくなっていた。
「1人じゃないですよ先輩。隼人くんには私の娘を含め9人の女神様達がいるんですもの」
「それもそうね。あの子には勿体無いくらいのね…」
その場にいた晴美と莉香は分かっていた。もう隼人と良果が会うことはないのだと。それが分かっていながら良果は隼人をμ'sの元へと向かわせたのだと。
「ねぇ…2人とも?」
「どうしました?先輩」
「私ね…本当はあんなにあの子が強いなんて思ってなかったの。もっと弱くて脆い子かと思っていたわ…」
「そうですね。実は先輩の知らないところで隼人泣いていたんですよ〜」
「でもあの子は『死なないで』とは私に言わなかった…。私があの子の立場なら…言っていたと思うわ…」
「子供なんていつの間にか成長しているものですよ。真姫なんてμ'sに入ってから見違えるように成長したもの」
「私達が思っている以上にみんなは強いんですよ」
良果は2人の話を聞きながらゆっくりと出汁巻き卵を口に運ぶ。その味は良果自身が作る出汁巻き卵と何ら変わらない優しくて、正に母の味と呼べる味がした。
あの子にならきっと任せられる。
紙袋の底に入っていた手紙とこの味で良果はそう感じた。
「はぁ…はぁ…」
雪による交通機関の乱れで穂乃果達2年生組が危うい所だったが、音ノ木坂のみんなのお陰もあって最終予選は見事成功した。
そして今俺は母さんにその事を伝える為に急いで病院へと向かった。
面会時間はとっくに過ぎているが西木野先生のお陰で病院内への出入りは自由に出来るようになっており、後でμ'sのみんなも来る予定だ。
「母さん!」
病室のドアを開け急いで母さんの元へと向かう。
「ライブ…成功したよ…。みんなも…報告に来るってさ…。だから」
ライブ会場から走って此処まで来たので息が上がってうまく喋れなかった。息を整え、母さんの手を握った。
「もう少し…もう少しだけ待ってられなかったのかよ…母さん」
母さんの手は、夜の冬の寒さで冷え切った俺の手でも分かるくらい冷たかった。
母さんは…もう其処には居なかった。
タクシーでみんなより一足先に着いたウチとエリチと真姫ちゃんは、隼人くんのお母さんの病室へと向かった。
ウチは隼人くんのお母さんにお礼が言いたかった。
みんな何処か不安やったライブ前に隼人くんが来てくれたことでみんな笑顔になれた。
そのお陰でライブも成功出来た。
ウチだけじゃなくμ'sのみんなにとって隼人くんは、なくてはならない存在になっていったと思う。
やから隼人くんのお母さんにひと言ありがとうって言いたかったんや。
病室の前に着くと扉が開いており、暗い部屋の中で隼人くんがお母さんに話しかけていた。
「全く…そんなに天国って所が楽しみなのかよ。母さんならすぐ飽きるんじゃないのか?」
…え?天国って…そんな…ウチらの所に来たから隼人くんはお母さんの最期に立ち会えなかったってこと?
「俺はさ…多分そっちに行くのは何十年も先だぜ?まだこっちの方が楽しめたんじゃ…ないかな…」
その時ウチらは初めて見た。
何時も誰かを助けてくれる私たちμ'sにとっての。いや、みんなにとっての王子様が泣いている姿を。
「母さん…ありがとう…ありがとう…」
最後の方は声が掠れて聞こえなかったけど、彼をこのままにはしておけない。そう思った私は彼に近づきそっと後ろから抱きしめた。
今度は私たちが助けないといけない。
お母さんの最期に立ち会えなかったせめてもの罪滅ぼしとして。
あの日私はそう誓った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ま、簡単に纏めると隼人は先輩の好きだったこの店を無くさない為に私は継いだと思っているわ」
「って勝手に決めつけないでもらえますか」
用事を済ませ店に戻ってきた隼人君が晴美さんの頭にチョップを落とした。
「痛っ!ちょっとレディにそんなことするなんて酷くない!?」
「勝手に人の酒を飲むような人に言われたくありません。で、俺がこの店を継ごうと決めた理由だけど、確かに母さんの影響もあるけど、それは本当の理由じゃないですよ」
「じゃあ本当の理由は何なん?」
「まぁそれは置いといて、はい希さん」
ウチは興味本位で聞いてみたけれども、隼人君は恥ずかしいのか顔を少し赤くして話を逸らして、少し大きな紙袋をウチにくれた。
「誕生日おめでとうございます。まぁ中身はそんなに期待しないでくださいね」
紙袋の中にはリボンに包まれた箱が入っていて、リボンを解いて箱を開けると中からは可愛らしいブラウンのテディベアが出てきた。
「へぇ〜隼人にしてはいいもの送るじゃん」
「うるさいです。希さんには何時もお世話になっているし…その…そいつが居れば一人暮らしでも多少は寂しい思いをしなくて済むかなって…」
隼人君の顔は話すごとに段々と赤くなっていき彼が此処まで照れているのを見るのは久しぶりだった気がして何だか笑えてきちゃった。
ウチの悩みなんて悩む必要がなかったんだって。
だって隼人君が幸せなら…
私はそれだけで十分だから
次回はことりちゃん回なので今回とは違い甘々な展開になるような…ならないような…。
それと読んでくださっている皆さんに少しばかりお願いがあるのでもし宜しければ活動報告の方を見て貰えるとありがたいです。
それでは最後に、希ちゃん!誕生日おめでとう!