selector infected WIXOSS―torture― 作:Merkabah
『記憶/始まりの少女』
────”記憶”
人はそれによって人生を左右される。
脳は寝ることにより一日の出来事を記録してくれる機能を持っているがそれが無意味になる事もある。
もし、”障害”が生じ、家族、友人、恋人、街の景色、それら全ての記憶を忘れてしまったら...。
”障害”............違う。 意図的に全ての記憶を失った私は............。
『記憶/始まりの少女』
夕暮れの中、一人空き教室で長テーブルの上に置いた本を黙々と読む少女。
学校指定の黒のカーディガンを着ている少女は左目だけを覆い隠す位長い前髪を気にもせずページを捲り、すぐにまた捲る。
数分後、本を閉じ長時間読んでいたのかため息混じりの息を吐く。
「............この本。 今日借りたけど今日返そう」
静かに独り言を呟くと横の椅子の上に置いていた鞄に本をしまい立ち上がった。
「図書室開いてるといいけど...駄目だったら明日の朝にすぐ返そう」
手に持つ鞄を一度見て空き教室を後にした。
────
図書室の扉を前にしたがすぐに中の電気が消えているのに気づき私は背を向けた。
「やっぱりこの時間じゃいるわけないか...」
腕時計で針の場所を確認すると『5時06分』を刺していた。
「『
この後どうするか唸りながら悩んでいたが私の足は勝手に生徒会室のある三階へ踏み出していた。
階段を上がりながら途中窓越しに外の景色を眺める。
オレンジ色に染まる光が視界を遮ってきたが見とれる。
他の人からしたら見馴れた光景で気にかける人なんて早々いない。 でも私は少し違う。
「記憶が...ない」
丁度今いるこの現場が記憶を失うことになった場所。
床へ視線を移すが特に変なところはないいたって普通の床。
”一年前”私の不注意で階段から転落し名前とほんの一部しか思い出せない記憶の欠落、『記憶喪失』になってしまった。
これまで築いてきた人生にぽっかりと穴が空いた私は行く宛も無いまま病室で数ヶ月過ごしていたところに家族ではなく親友を名乗る、一つ年上の『
綺麗な黒髪に整った顔立ちに目も合わせられずオドオドしていたが怜さんから気さくに声をかけてきた。
私が今まで何をしていたか、趣味は風景画と読書で運動音痴だったり好きな食べ物はシチュー...。
...家族は事故で亡くしており故人になっておりマンションで一人暮らしをしていた。 支払いは親戚の祖母がしてくれていた。 身体が弱く外に出歩けなくて見舞いには来れなかったそうだ。 これも怜さんの口から聞いた言葉。
退院後は怜さんが借りているマンションの部屋で一緒に住んでいる。 料理、家事、洗濯完璧にこなす彼女に最初は圧巻していた。 今でも時々驚かされる。
お世話になり過ぎて罪悪感を感じアルバイトを始めようとしたが見つかり怒られた。
『欲しいものがあるなら言いなさい。 買ってあげるから。 まだ外にも慣れていないのにアルバイトは危険よ』
どうやら彼女の家族は大手企業の社長で余裕があるらしく立派なマンションを借りているが使用しない部屋もあり持て余している。
流石に生活以外までお世話になるのは失礼だと、事情を説明したら更に怒られ頭上に拳骨を貰った。
『貴女が気にかける必要ない。 今まで通り学校に通って無事に帰ってくれば私は嬉しいわ』
本当に優しくしてくれる彼女に毎日甘えている自分が情けないと今でも思う。
記憶を失くす前の自分は彼女のように寛大な器を持っていたのか不安になった日もある。
大方、つまらない理由で階段から転落したに違いない。
「はぁ............」
周りに人がいないと思い大きな溜息を吐くと右肩がぽんっと叩かれる。
振り返ると悩みの種の人が微笑んでいた。
「お疲れのようね
「あ、怜さん。 今の聞いてた...?」
「えぇ、冬場だったら白い息になって舞っていたわよ?」
よりにもよって怜さんに見られてしまった衝動に顔が赤くなる。
「あらあら、今度は
「や、やめて...」
腕を組む怜さんの袖を引っ張りこれ以上恥ずかしい思いはしたくないと止めさせる。
柚...『
「この時間に残ってるのは運動部の子達だけだから校舎には先生しかいないわ。 安心しなさい」
「それでも観られたら恥ずかしいよ!」
クスクスと口元に手を当てながら笑う姿に恥ずかしくて仕方ない。
「まぁ帰ったら好きなだけ貴女の照れた顔が見られるから帰りましょうか」
「うぅ...」
「冗談よ、そうだ。 帰る前にスーパーに寄りましょ。 今晩は貴女の大好きなシチューを作る予定だからね」
「ほんとっ!?」
「ふふっ」
はっ。 と我に返りニヤニヤ笑う怜さんの策略に引っかかる。
「まるで子供ね。 よしよし」
「もうやめてよ~!」
ポンポンと胸を叩くが動じず頭を撫で続ける。
数分間撫で回すと手が離れ、
「今度は本当に帰るわよ」
長い髪をたなびかせ背中を見せてきたので横に並び歩き出す。
下駄箱で靴を履き替え外に出ると怜さんはすぐに話かけてきた。
「どう、学校には慣れた?」
「うん。 元々登校していた学校だから...」
「それは本当?」
「............嘘。 でも慣れたのは本当だよ。 クラスメイトの人達は気にせず話題を出してくれて楽しいよ」
「ならよかったわ。 生徒間で問題があっては生徒会長として顔が立たなくなってしまうからね」
「...怜さんはやっぱり凄いな。 生徒ひとりひとりに気をかけていて。 私だったら自分の事で手一杯だよ」
「当たり前よ、その状況で急に生徒の顔、特徴全員覚えなさいって言われてこなせる人はいないわ」
「怜さんなら出来そう」
「ふぅん? ありがとう。 好意として受け取るわ」
笑うところなのだが怜さんの性格からして生真面目さが現れた。
スーパーに向かうまで肩を並べて歩いていた時、ある店の前で足を止めた。
カードショップ...。 ポスターにはモデルの人だろうか『蒼井晶』と『浦添伊緒奈』と名前が入った広告用のポスターがガラスに貼られていた。
「っつ!」
じめ...セレ.....ク.。
突然頭痛と共に体験したことがない記憶のフラッシュバックがおこりその場で膝をついた。
「柚っ! どうしたの、具合悪いの!?」
肩を揺らされ頭痛がすぐに引く。
「な、なにいまの...セレ........ク...あう」
「セレク? それより立てる?」
「う、うん。 ごめんなさい............」
記憶を整理したかったが怜さんにこれ以上迷惑はかけまいと立ち上がり笑顔を見せる。
「謝るのは本当に悪い事をした時って教えたでしょ」
「ごめんなさ、あっ」
「......大丈夫そうね。 先に帰って休んでなさい。 部屋の鍵は持ってるわよね?」
鞄から彼女のイメージからは想像もつかない可愛らしいクマのキーホルダーを付けた鍵を見せると頷き怜さんと別れた。
「セレク...なんだったんだろう」
────セレクター
「!?」
背後から背中をなぞるかのようにおぞましい程の寒気を感じ取り振り向くが街を歩く人達はいつも通りだった。
「....頭痛い。 吐き気もしてきた」
今日は変な日だ。 怜さんに心配されてしまったから早く帰って横になろう。
────────
食事を済ませリビングのソファーで何をするか考えていると洗い物を済ませた怜さんが隣に腰をかける。
「落ち着いた?」
「薬も飲んだから大丈夫。 ありがとう怜さん」
「家では”さん”じゃなくて」
「怜...ちゃん」
「よろしい。 昔の呼び方の方がしっくりくるわ」
満足げに腕を組む姿に苦笑する。
「...小学校までは幼馴染で毎日遊んでくれたんだよね」
「あの頃から柚は私の後ろにベッタリだったわ」
「記憶が無いにしてもムズ痒い...」
昔から怜さんに頼りぱなしの自分に喝を入れたいが現在の私も差ほど変わらず頼ってばかりだ。
「...それはそうと夕方に見かけたあのポスターに見覚えがあるの?」
顎に手を当て神妙そうに顔を覗かれたが私自身記憶にも身に覚えもない。
正直に無いと伝えると「そう」とそっけない返事と共に話は切れ、その後はテレビを一緒に観ながら雑談した............。
────────
寝る前に私は自室で一日の出来事をまとめた日記をつけていた。
毎日大きなイベントがあるわけじゃないけど病院の先生から書いておくと万が一の時の備えになると言われた。
些細な事でもいいからと私は怜さんやクラスメイトの『
「もう寝よう」
壁を隔てた先には怜さんが生徒会の雑務を片付けているだろうから静かにしないと集中出来ないと思いベッドに敷かれた布団に潜る。
「セレクター...」
気がかりだが今の私では答えを求められない。
明日...あのカードショップに行けば......分かるといいけど............。
眠気に襲われすぐに意識が途絶えた............。
────────────
放課後に例のカードショップに足を運んだ。
「おぉ~! ここがゆずっちのデートスポットかぁ!! ......カードばっかりだねこれは」
隣で無邪気にはしゃぐクラスメイトの『
「日花里さん...目立つから声の大きさを............というよりいつから付けていたの?」
学校を出て店に入るまでずっと後をつけていたんだろうか......。
店員さんと目が合ってしまい笑われた。
「いいじゃん! いいじゃん! ここはゆずっちのホームになるんだから!!」
「いや違...はぁ」
口を塞ごうと思ったが更に騒ぎ出しそうなので放っておこう。
レジを務めるボサボサの髪型の店員さんに話しかける為レジ前に立つとショーケースに入ったデッキ?に目がとまる。
「
「お目が高い! それ最近まで品切れでやっとのことで今日入荷したんだ。 君ウィクロスは初めて?」
「え、はい...」
大きな声にびっくりしたがまたデッキに視線を落とす。
「でも、最近入荷した新弾がこれまたすごくて! 大幅にバリエーションが増えたんだ!」
「増えたっていうと?」
「『コイン』って言うんだけど、ルリグカードの効果の欄にそれを使った能力が存在するの! 例えば...この『ナナシ』って子」
近くに束になって置かれていたカードの山から取り出した『ナナシ』と呼ばれるカードを見せてもらう。
「そのコインマークの数で効果がパワーアップしたりするんだよ!」
「なるほど...ありがとうございます」
「そのカード君にあげる」
「はい?」
長い髪を指でふわっとかきあげると自慢げに口角を上げた。
「一度初めての人にやってみたかったの!」
「............」
断るのもかわいそうだ。ここは黙って受け取ろう。
「あー! いいなぁゆずっち!!」
「はわぁ!?」
気配を消して背後から飛びついてきた日花里さんに驚きのあまり変な声が出た。
「店員さーんアタシにもちょーだい」
「君の好きな色は?」
「うーん............。あそこのガラスに入ってる『エルドラ』のピカピカカード」
「ってレアカードかい! シングルで買いなさい! というかまずはストラクチャーを買いなさい!!」
「え~。 すとらくちゃくちゃ?」
「ス・ト・ラ・ク・チ・ャ・ー!!」
「ってなに? ゆずっち分かる?」
「初めてやる人が買う最初から完成されたデッキ...ですよね?」
店員さんに助けを求める。
「そうそう、『エルドラ』は『
「ゆずっち予約しておいたら?」
「予約か...。 まだ他のカード見てないからそれから決めます」
「カードは逃げないからゆっくり見なよ~。って買われたら駄目か」
「店員さん! アタシ、ブルーリクルート買いますっ!」
「ブルーリクエスト! わざとやってる!?」
楽しげに話をする二人から離れショーケースに入ったシングルカードを眺める。
(カードってすごい高いんだ...)
「あ、『ミュウ』だ」
手を伸ばそうとしたが動きが止まり思考も止まる。
...今ミュウを知っていたような口ぶりをしたのは私?
片方の手で伸ばした腕を抑え込む。
「無意識で反応した...けどこのカード初めて見る......」
「...顔色悪いけど嫌な思い出があるのか?」
食いるように見つめていると横に立っていた女性が心配な顔で私に声をかけてきた。
桃色の髪に怜さんとは違った鋭い目つきにたじろぐが彼女は同様せず私の様子を伺う。
「ん? もしかしてアンタ...一度会ったか?」
「いえ、......でも、記憶喪失前なら会っているかもしれません」
「............それは失礼。 気を悪くしたなら申し訳ありません」
頭を下げはしなかったが目を閉じて謝罪の言葉を言われた。
「大丈夫です...。 そのウィクロスやってるんですか?」
「そうだよ。 パートナーはアンタがさっき手を伸ばした『ミュウ』だった」
「だった...? 今は違うカードですか?」
腰に手を当て鼻で笑い首を左右に鳴らす。
「色々あったからな。 で今は黒の『ウリス』って子が相棒。 っと...連れを待たせてるから帰るよ。 ......また何処かで会ったら”対戦”よろしく」
椅子に掛けていたコートを羽織り店の外に出ていくのを確認し不気味な感じが残る。
「あまり関わらないほうが良さそうな人そう...」
そうこうしている内に店内にあった丸時計の針が夕方の5時に近づいていた。
「怜さん今日は早く帰宅するって言ってたから帰らないと...」
いつも寄り道する時は事前に怜さんに教えていたが今日は無断で訪れていた為、見つかったら怒られるに違いない。
気になるカードは無いかと探すが見つからず渋々、日花里さんと店員さんに挨拶をして帰宅しようと思った時
────初めまして、セレクター。
また、昨日の言葉が聞こえてきた。 今度はハッキリとセレクターと聞こえた。
声のありかを探し戯れる二人の間にあるパックに手を伸ばす。
「ゆずっちそれはアタシが...」
「これください」
「はいよー」
「ちょ! 店員さーーん!!」
千円札で支払う私の右頬を引っ張る日花里ちゃんに目も向けず、じっとパックへ意識を向ける。
「さっさと会計しない日花里ちゃんが悪い。 はいお釣り」
「日花里さんまた明日!」
「ゆずっち~! トイレはこっちだよー」
「どうしたら、そう受け取るのよ...」
小銭を財布にしまい二人に頭を下げすぐに店を出た。
小走りしながら握りしめていたパックからずっと声が私の脳に響き渡る。
どこか懐かしくも胸が締めつけられるこの気持ちを私は知っている。
............昂る感情を抑えきれないのはこの私になってから初めてだ。
『記憶/始まりの少女』end