私の幼なじみはルーピー   作:アレルヤ

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私の幼なじみはルーピー

 私には、一人の幼なじみがいる。

 

 「徐庶ちゃん、私ね、みんなの笑顔が好きなのッ!」

 

 「え、そうなんですか」

 

 「徐庶ちゃんはどう?徐庶ちゃんもみんなの笑顔が好き?」

 

 「どうでもいいです」

 

 「そ、そっかぁ」

 

 天性のお人好しだ。

 

 「徐庶ちゃん、私ね、すごい言葉を教えてもらったのッ!」

 

 「何ですか?」

 

 「『愛』って言う言葉なの!徐庶ちゃんは知ってる?」

 

 「知ってます」

 

 「じゃぁ、徐庶ちゃんも世界で一番大切なものだと思わない?」

 

 「そうですね、『愛』を有効に活用し、利用すれば素晴らしい成果を得られますから。それに『愛』という言葉が素晴らしい。『正義』と同じく、非常に耳障りのいい言葉です。馬鹿な連中を煽ったり使ったりするのに、実に役に立ちます」

 

 「そ、そうだね」

 

 お人好しというか、それを超えた何かだ。

 

 私は気がついたら、現代文明の欠片も感じない村にいた。

 今の日本であればどんな田舎だろうが電気や水道が通っており、ガスがあるはずなのだが、そんなものはなかった。

 年上の子供たちが学校に行っている様子もなく、母に義務教育の件について尋ねた。そんなものはなかった。

 

 流石にここまでくれば、周りではなく自分が異常なことに気が付かされる。

 意識というものを明確に自覚してから、ようやく現状の事態が把握できた。

 

 ここが、日本ではないということに。

 

 日本ではなく『漢』、天皇はおらず『皇帝』がいる。

 馬鹿馬鹿しいかつ、気を違えたのだろうかと苦悩したのだが、悩もうが苦しもうがなんにも変わることはなかった。

 ここは大昔の中国なのだろうと、いろいろと葛藤はあったが諦めた。こんなの諦めるしか無かったのだ。

 

 日本に帰りたいと思ったが、恐らく今現在の日本は軽いグンマー状態だ。

 蛮族以上文明人未満、卑弥呼が活躍している時代なのだから、この中国よりも未発達な国だ。というか、文字があるのだろうか。

 

 故郷は帰るのではなく、おもうものとは誰が言ったのか。

 もう確認する術もない。泣いても笑っても、手元にスマフォは無いしインターネットだってない。

 

 仕方がなく、自分はここで生きていく決意を固めた。

 

 と、悲観していたのだがそんなにこの暮らしも悪いものではない。

 勉強なんてしなくていいし、空気は美味しくご飯は美味い。飯が美味いのは良いことだ。山から新鮮な魚、動植物の恵みが得られる。

 あとラーメンも麻坊豆腐もあるし、都からたまに来る行商人はファッション雑誌を持ってきてくれる。

 

 現代病なんて無縁で健康的な生活も悪くないものだなぁと、のんびり気ままに過ごしていた。

 

 結論から言えば、過ごせなくなった。

 同じ村の幼なじみがいろいろとおかしかった。

 

 まず髪が桃色だ。

 子供ながらにもう染めているのか。これはひどい親を持ってしまったのだろうと、最初に同情してせめて一緒に遊んであげようと善意で付き合ってあげているうちに、地毛だということに気がついた。

 

 人体の神秘に感動した。やべぇな、私や周囲の子供は全員黒だぞ。浮いているというレベルじゃなかった。

 想像して欲しい、日本の幼稚園で黒髪の幼児たちが駆け回っている中。一人桃色の髪の美少女がいる光景を。

 

 私だったら関わりたくない。

 

 あと名前が劉備だった。そして何かオーラのような、人を引き付ける雰囲気がある。

 劉備が笑うと周囲の子供たちが楽しそうに笑うし、劉備が落ち込むと周囲も落ち込む。

 

 うわ、これあかん奴だと気がついて逃げた。何故か取り巻きを引き連れながら楽しそうに追ってきた。本人曰く「追いかけっこだね!」とのこと。

 気分はルパンだった。一人の逃げ役に対して、鬼十数名とかおかしいことに気づけ。

 

 抗議したがまったく解ってもらえなかった。

 「楽しかったね!」とか満面の笑みだ。解ったわ、こいつ阿呆の類だ。顔は可愛いが頭は残念なやつだ。頭の中が桃色で、年中チョウチョ飛んでいるやつだと危機感を覚えた。

 

 そしてそのうち何が気に入ったのか、私の後をついて来るようになった。

 まったく意味がわからない。いや、理由を子供に求めてもしょうがないことは解る。解っているのだ。

 

 「徐庶ちゃんってすごく可愛いよね!」

 

 と、魅力値100オーバーが70ちょっとの私にのたまう。嫌味か貴様。

 

 「村の男の子の初恋を全部かっさらう貴方に言われたくないです。それはあれか、嫌味か、嫌味だろ。劉備の横にいる余計な付属品、みたいな扱いを村の男子に受けている私に謝れ」

 

 「ご、ごめんなさい?」

 

 こんなあれな幼なじみが、あの『劉備』なわけがない。

 最初に名前を聞いた時は、マジかと愕然としてしまった。時代が時代だ。

 あの三国志の英雄、『劉備』が存在しても決しておかしくはない。だがこいつは絶対違うわ。

 

 女だし、ゆるふわ系幼女だし、なんか髪がピンク色だし。

 

 『劉備』は狡猾な英雄だ。あの混沌とした後漢を生き抜き、国を創生した紛うことなき英雄。

 演義では仁義だとか言っているが、実際の劉備は恐ろしい世渡りの化け物だ。絶対性格が悪い、あと人間的におかしい。

 

 この劉備は人間的におかしいのが共通点なだけで、そこら辺の感じがまったくない。

 最初は演技かと思ったが、二年も付き合えば解る。こいつ天然だわ。無自覚オタサーのハイスペック姫だわ。

 つまり最高に質が悪い。あれだ、付き合っていると胃もたれする人間だ。

 

 「徐庶ちゃん、あの、私ね」

 

 「何ですかルーピーさん」

 

 「あはは、徐庶ちゃんの私の名前を呼ぶ時の発音。いつも面白いね!」

 

 せめてもの反抗心、こいつを劉備と呼んだら負けという感情から、劉備ではなく悪意を込めて『ルーピー』と呼ぶ。何か響きが似てるし、ピッタリだとほくそ笑む。

 

 結論、だめだった。

 もうなんとなく解っていたがまったく通じない。いい加減諦めてそろそろ普通に劉備と呼ぼうかと思ったが、普通に呼んだら悲しそうな目で見つめてくる。

 

 お願いだから、良心の呵責に悩まされた私が普通に呼んであげたいって思っているの察して欲しい。

 これからずっと『ルーピー』とお前を呼びつづけにゃならんのか。

 

 「だって『ルーピー』って響き、すごい不思議で可愛いと思うんだ!」

 

 訂正しよう。何かいらっときた。

 もうずっと意地でも『ルーピー』と呼ぶ事を決意する。

 

 「あ、それでね!私、徐庶ちゃんと真名を交換したいの!」

 

 このルーピーの言っている『真名』とは、特別な名前である。いわばこの国の厳格な伝統的風習なのだ。

 お互いが信頼している存在にしか教えてはならず、許されなければ知っていたとしても呼ぶことすら許されない。もし許されぬ存在が真名を口走れば、殺されてもおかしくはないという。

 

 「私の真名は『桃香』。徐庶ちゃんは?」

 

 通常、親兄弟しかそれを知らない。

 これを他人に教えるということは、己の命を相手に預けることに等しい。

 

 つまり、魂を切り預ける。ハリーポッターにおける分霊箱みたいなものだ。おじぎをするのだ。

 

 劉備はそれを私に預けると言ってきた。言外に私を信用し、貴方になら託せるのだと述べたのだ。

 今私達がいるのは小高い丘。夕日が丁度地平線に沈むような、幻想的な光景。時と場を選び、ルーピーは私を誘い、自らの心を打ち明けてその魂を差し出した。

 

 その誘いを受け、私は心が震えるのを感じた。

 こいつ、私の逃げ場を断ってきたと。

 

 私の言葉を一切無視してマイワールドを展開し、何を言わせること無く自分の真名を先出しすることで、私も自分の真名を捧げなければならない状況を作り上げた。

 ここで私が断ったら、なんていうか私が悪い流れだ。全部私が悪いことになる。

 

 村の連中は元気いっぱい天真爛漫なルーピーが大好きだ。

 そして私が知るかぎり、今日までルーピーが他者に自分の真名を呼ばせることは無かった。

 

 つまり、私が初めての相手なのだ。

 ルーピーは私を初めに選んだのだ。なんだろう、全然嬉しくないこの退路が塞がれた感じは。

 

 もし私が拒否し、それが村全体にばれたら私が生きづらくなる。

 村社会なんざ、一回のミスが十数年その後に引きずるのだ。そして劉備は同世代のアイドルでありヒロイン。もう悲惨な未来しか見えない。

 

 恐らく、そうなったらそうなったで、ルーピーは私をかばうだろう。

 

 そうなると流石劉備だお優しいなどと、あの色ボケ男共はぬかすだろう。そうして私のただでさえ低い株は取引出来ない段階まで下がり、劉備株はスーパー急成長をしていくのだ。

 これを無意識でやってやがるのだから笑えない。流石は無自覚オタサーハイスペック姫。えぐい、なんていうかえっぐいわ。

 

 「……ルーピー、それは、できない」

 

 「……え?」

 

 おい。緊張感溢れる場面なのに、呼び方がおかしいせいで私が馬鹿みたいになってるじゃないか。

 あれか、これが実は狙いだったのか。心中では煮えくりかえるほどに恨んでいたのか。やるじゃないか、私の心はボロボロだよ。もう許してよ。

 

 「私は、る、ルーピーから、たくさんのものを貰ってきた」

 

 あれだ、『恩』じゃなくて『怨』のことな。

 

 「る、る、ルーピーから貰ってばかりで、情けなくて、私は、私は自分を許せないんだ」

 

 情けなくて涙目になってきた。何で俺がこんな辱めをうけるわけ?というかもう笑っていい?笑いたいんだけど?君がそんな真剣な顔している程、この変な呼び方を続けなくちゃならん私は惨めになってくんだけど。

 

 「そんな、私だって徐庶ちゃんからいろんなものを貰った!」

 

 奪ったの間違いじゃね?

 

 「私が間違った時に怒ってくれたのは、お母さん以外に徐庶ちゃんしかいなかった。私が悩んでいた時に、厳しい言葉で私を諭してくれたのは、徐庶ちゃんしかいなかった!」

 

 そりゃ嫌いな相手に好意的に優しくとか嫌だったからです。

 すげぇ、私の小さじいっぱい分の良心を的確にえぐってきやがる。心が痛いわ。張り裂けそうだわ。

 

 「だから他でもない徐庶ちゃんに、私は、私の真名を受け取って欲しい!」

 

 ツモ、リーチ、一発、タンヤオ、ピンフ、ドラドラ!

 

 「私が、私が大好きな徐庶ちゃんに!」

 

 裏ドラぁッ!

 

 「……ゴファ」

 

 血を吐いた。

 すげぇなルーピー、お前◯才の幼女に胃痛で血を吐かせるとか。鬼かよ。

 

 意識が遠くなって体が傾き、倒れる。

 焦った表情で私を抱きしめ、必死に声をかけながら揺さぶるルーピー。五月蝿い、そして気持ち悪さのボルテージが急上昇。頭が痛くなってきた。

 

 「ゲホぉ!?」

 

 「そんな、徐庶ちゃん!?しっかり、しっかりしてぇ!」

 

 あの、トドメさしに来てるの貴方だからね。揺さぶりすぎてなんかもう、あかんからね。

 何とか目を見開くと、そこには涙目のヒロインである超絶美少女のお顔が。すごいキラキラしてる。周りに何か百花繚乱が幻視できるんだけど。何この私との差。

 あ、容姿コンプレックスの記憶がぶり返してきた。さらに私の胃にダイレクトアタック。

 

 「ガハァッ!?」

 

 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 お願い、もうちょっと静かにして。あと揺らさないで。

 

 薄れていく意識の中で私は決意する。

 こいつ、いつかぜってぇぶん殴ってやると

 




主人公(徐庶)
①TS
②メンタル弱
③小者
④知恵者(笑)

劉備
①美少女
②性格乙女
③すごく優しい
④魅力チート

これが格差社会かぁ。続かない。

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