私の幼なじみはルーピー   作:アレルヤ

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私の幼なじみと汜水関

 『徐庶……。私、もう、なんだか、体が熱くて、熱くて、我慢が……できないッ!』

 

 脳内でフラッシュバックする光景。体内を駆け抜ける電撃。

 

 思い出すのは周囲に散らばる損傷の激しい賊の死体。血に濡れ湿った土。その上で押し倒され、返り血を浴びた孫策に押し倒される自分。情欲に濡れて揺れる眼。吐き出される興奮の吐息。

 

 何一つ忘れてはいない。そう、何一つ。

 

 「久し振りですね、孫策」

 

 「ええ、本当に。連絡一つも寄越さないんだから、お母様もだいぶ気にしていたわよ?」

 

 「私はあなた達の事は、江東での思い出は、一度も忘れたことがありませんでした」

 

 「私もよ。本当にひさしぶりね。……。いろいろと伝えたい事があったんだけど、おかしいわね。なんていうか、言葉が見つからない」

 

 頬をかいて、目を彷徨わせる孫策。

 喜色を隠し切れない様子で、そわそわと落ち着きが無い様子に、連れられた配下二人の美女達は苦笑している。なんというか、とても暖かくゆったりとした雰囲気だ。

 

 私はそんな孫策に微笑み返すと、一歩、そして二歩と後ろに下がった。

 

 「そうですか、私はすぐに言葉が見つかりましたよ?」

 

 孫策が刹那の驚きを見せると、嬉しそうに笑った。華が咲いたような笑顔だ。

 後ろに連れている二人の配下達も、再開を喜ぶ主人の姿を見守っている。

 私はそんな三人を見ながら、大きく口を空け、息を吸い込む。

 

 そして……。

 

 「クセモノだァァァァァァァァァァッ!?出合え、出合えェェェェェェェェェッ!?」

 

 「ちょ」

 

 私の鬼気迫る声が陣内に轟き渡った。

 

 慌てた表情の孫策を余所に、周囲の公孫瓉軍の兵士が武具を持って集まってくる。

 孫策が困惑する隙に、私は後ろに向かって猛ダッシュ、今の私はボルトすら置き去りにするだろう。そのまま一般兵士くんを盾にして、囲まれた孫策達と向き合った。

 

 あの時必死に貞操を守るべく、命をかけたキャットファイトを演じた事は絶対に忘れねぇ。てか忘れられねぇ。ルーピーの強烈さに遠ざかっていたもう一つの心の傷(トラウマ)、長年放おっておいた為に反動で大きく開放されてしまった。あばばばば。

 

 「……雪蓮、これはどういうことだ」

 

 「あ、あはは~。あれ~?お、おかしいなぁ。感動の再会だと思ったんだけど」

 

 「感動の再会ッ!?どこがですかあんちきしょうッ!」

 

 「……のう、ああ言っておるが。儂が聞いていた話と、だいぶ違うのではないか?」

 

 じっとりとした視線を配下二人から浴びせられ、困ったように笑う孫策の目は右往左往している。

 そうこうしているうちに、私の声と騒ぎに気がついた趙雲と公孫瓉が、陣幕から勢い良く飛び出してきた。目の前に集まった殺気立つ兵士達。その中心に在っても余裕を崩さない、悠然と佇む孫策達の姿を見て唖然となる。

 

 「これはこれは……。何やら面白そうな予感がしますな」

 

 「ど、どうしたんだッ!?なんだこの騒ぎはッ!?」

 

 ただただ、アタフタと戸惑うばかりの白蓮達。

 徐庶が突然飛び出していったと思ったら、こんな事態になっているのだから当然の事だろう。

 

 「緊急事態です、私の貞操の危機です、白蓮さんも剣をとって戦ってください。さぁッ!」

 

 「いや、『さぁッ!』って言われても……」

 

 「おぉ……。徐庶殿があそこまで公然で取り乱している姿は珍しいですなぁ」

 

 公孫瓉軍の兵士もそんな主と徐庶の姿を見て、殺気を潜めて躊躇いを覚え、顔を合わせてどうするべきかと視線を交わす。

 混沌とした状況の中、さらなる核爆弾が投下された。もうむちゃくちゃだよこれ。

 

 「徐庶ちゃんッ!」

 

 徐庶の背伸びが条件反射的にピンと伸び、思わず苦悶の声が飛び出た。

 振り向くとそこには関羽と張飛の義姉妹と、天の御遣いである北郷を連れたルーピーの姿が。そう、アトミックボムのルーピーがついに到着してしまったのだ。帰れ。

 

 「何があったの、いや、もう大丈夫だよッ!」

 

 大丈夫じゃねぇよ、余計面倒くさいことになったよ。

 

 「私が、助けに来たからッ!」

 

 お前の中では『助ける』と『嫌がらせする』が同義語なのか。

 

 だがここで徐庶の中で悪魔的ひらめきが起こった。

 脳内の荀彧大先生が「あいやー」と徐庶に伝えたその計略、その名も『二虎競食の計』である。

 強大な敵二つを争わせ、共に滅ぼすきっかけを与えるという恐ろしい計略だ。少なくとも、幼なじみにやっていいものではないが、あいつらは廃棄物なので問題ねぇ。ありがとう荀彧先生。

 

 「頑張れルーピーッ!お願いです、共倒れしてくださいッ!」

 

 もう余裕が無さ過ぎて本音駄々漏れだが、今の劉備の耳には入らない。

 

 これまでずっと頼り、支え続けてもらった親友。

 与えられるばかりで何一つ満足に返せない己自身に、申し訳無さを感じた事は両手ではとても足りない。

 

 自分が何かを徐庶にしてあげようにも、気遣われてしまって結局は何もできなかった歯がゆさ。それをずっと劉備は悔やんでいた。そして情けなさと、恥ずかしさをその度に感じていたのだ。

 何か自分が大切な親友に出来ることはないか、何か自分が大切な親友のために支えになってあげられることはないか。想いは募れど、一向に果たされない歯がゆい日々。

 

 そんな親友からの初めて助けを求める言葉に、劉備の胸は歓喜の気持ちでいっぱいになった。いっぱいになったのだッ!

 

 「徐庶ちゃんが、徐庶ちゃんが初めて私を頼ってくれた……」

 

 「あの、桃香様。今その、恐らくは気のせいですが……。徐庶殿から物騒な単語が聞こえたような気が」

 

 「い、いや、鈴々も聞こえたのだ」

 

 「こんな気持ち、初めて。もう何も怖くないッ!」

 

 「ちょ、桃香それは言ったらいけないやつだからッ!?」

 

 マンガやゲーム、アニメに理解がある北郷が止めるも、劉備は止まらない。

 

 これまで自分の為に尽くしてくれた大好きな友人が、助けを求めている。

 徐庶には多くの恩を受けてきた、なればこそ私はその一端でもここで返すのだと顔を引き締め、孫策と徐庶の間に立ちふさがった。

 

 大徳の王気が溢れ、場を支配した。

 物音一つ、呼吸の音一つ聞こえない。否、音は生まれど劉備がいるが故に、誰も劉備が発する音以外に耳を傾けられないのだ。

 

 関羽、張飛が機敏に感じ取って表情が切り替わる。

 もはや周囲を取り囲む兵士達は皆、劉備に呑まれ立ちすくむのみ。ただ孫策だけがそんな劉備を見定め、目を細めた。

 

 「これ以上、徐庶ちゃんをいじめるのは許さない。私が徐庶ちゃんを守る」

 

 「あー、何か解らないけど。やるっていうんだったら、やってあげてもいいわよ。ただ、負けても恨まないでね?」

 

 目がマジな孫策は、顔だけ笑いながら桃園三姉妹を見定める。

 

 北郷くん?彼は私の隣でさっきから「これ、やばいんじゃ」と肩をしきりに揺すっている。うん、あの二人のデケェ気のぶつかり合いで目が覚めたわ。これマズイわ。

 

 ちょっと何とかしてきてと視線で伝えると、北郷くんは首をぶんぶん横に振った。

 白蓮に……。あぁ、うん、無理だよな。だからそんな潤んだ瞳で私を見ないでくれ。

 

 「……むッ?その口振り、まるで我らが負けるかのような物言いですな」

 

 「あら、そう言っているんだけど。ごめんね、解らなかったかしら?」

 

 関羽と孫策の間で、空間が軋む音が聞こえた。勿論、実際にはそんな音は存在しない。

 だが、この光景を見てその音が聞こえなかったという人間は、この場にはいないだろう。

 関羽だけでなく、張飛の額にも怒りの四つ角が浮かび上がっている。

 

 「徐庶ちゃんは私の大切な幼なじみです。お願いです、帰ってください」

 

 ルーピーの顔が能面みたいになってるんだけど。いつもののほほんとしたバカ面はどこに落としてきたのだ。

 

 この言葉にはカチンと来たのか、孫策も雰囲気が一変する。

 孫策側の人間もこれはマズイと思ったのだろう。「おい、雪蓮」と眼鏡をかけた褐色の女性が声をかけるが、孫策は腕と視線でそれを制した。

 

 「私も徐庶とは一緒にお風呂に入ったり、一緒に野山を駆けまわったりした古い幼なじみ。そしてお母様と私を救ってくれた大切な孫家の恩人でもある。その言い方、ちょっと癪にさわるわね」

 

 ルーピーが何やら必死な様子でこっちを見てくるが、悲しいことに事実だ。ただあいつが無理やり引っ張って連れ回しただけで、私は宿でぐうたらしていたかった。やっぱり巨乳は碌なもんじゃねぇ。

 

 否定しない私に、ルーピーの中で戸惑いが生じたようだ。それを『勘』に長けた孫策はすぐに感じ取ったのか、鼻で笑って口を開く。

 

 「子供の頃に一緒に刺客と戦い、血だらけになりながら助けあって生き残った事だってあるのよ。共に危機を乗り切った戦友であり、命の恩人である徐庶に真名だって預けているわ。」

 

 おいこら、それは聞き逃せねぇぞ褐色乳袋。

 

 「その後すぐに私を押し倒しやがったじゃないですか。肌は噛むわ、唇奪おうとするわで、石で顔面殴ってようやく気絶させたこと。今も忘れてませんよ、てか忘れられねぇよ。あとテメェの真名は一度だって呼んだことはない、これからも呼ばない」

 

 「……雪蓮、お前」

 

 「血を見ると高ぶる悪い癖が昔あったとはいえ、やはりお主が悪いのではないか」

 

 「あ、謝ったわよッ!?ちゃんとその後にもいろいろと、お礼とお詫びもしたんだからッ!?そ、それと私だって顔面から腫れがしばらく引かなくて、母さんから顔面お饅頭だってずっとからかわれた挙句。徐庶に負けたからって、鍛錬の厳しさも倍になって本当に大変だったのよッ!?」

 

 「雪蓮、全部自業自得だ」

 

 「自業自得じゃ戯け」

 

 刺客とは勿論、孫策に対する刺客である。私は巻き込まれただけである。理不尽過ぎて死にたい。

 

 孫家の娘を見捨てて逃げるとか、死ぬしか未来が見えねぇから半泣きで剣を奮ったんだぞ。お前を連れて帰らなかったら、下手すりゃ私の首が飛んでしまうから、必死に背負って帰ったんだぞ。思い出すだけで涙がでそうになるわクソッタレ。

 

 あと血を浴びると興奮するとか、お前は悪魔超人の生まれ変わりか何かか。助けてキン肉マン、私が許すからキン肉バスターを孫策にお願い、ついでにルーピーも。

 

 「そんな酷いことをする人を、やっぱり徐庶ちゃんに近寄らせるわけにはいきませんッ!」

 

 「……へぇ?そういう貴方だって、徐庶におんぶに抱っこだったって聞くわよ?徐庶には結構な迷惑をかけていたみたいね。貴方こそ、徐庶にとっては負担になってるんじゃないのかしら?」

 

 お前らどちらも言っていることは正しいが、五十歩百歩という言葉は知ってるか?

 等しく胃の負担だから、というか今も現在形で胃の負担になってるから。ちょっと草葉の陰に消えてきてくれないだろうか。

 

 関羽と張飛が武具を握る手に力が入り、孫策がいつでも抜刀できるよう自然体の構えをとった。

 

 「あ、これあかんやつだ」と逃げようとするが、趙雲に羽交い締めにされる。メンマの恨みか離せと言ったら、いやここで中心の貴方が逃げてはいけないでしょうと正論を説かれた。変態メンマに正論説かれるとか世も末だ。

 

 ドンドンと高まっていく大きな二つの気に、白目を向きかけたその時。

 

 「これは一体なんの騒ぎかしら」

 

 殺伐とした空気の中、凛とした声が全員の耳に飛び込んできた。

 

 兵士達が後ろを見て驚いた表情を浮かべると、円の中心へ向かい進んでくる存在に道を開けていく。さながらモーゼの海の如く割れた兵士の波、そこから見えるのは三人の影。

 青と赤、対象的なチャイナ服を来た姉妹を連れた、金色の髪が揺れる少女。漂わせる風格が、その鋭い目が、英雄の達の中に在っても、一際その存在を際立たせていた。

 

 「劉備と関羽に会おうと出向いてみれば、随分と面白そうな光景ね」

 

 徐庶の目が見開かれた。

 その威容は、幽州という中央から遠い地にあっても聞こえている。

 

 曹操。

 三国志で言うラスボスであり、公式チートであり、史実チートである。つまり存在自体がチートだ。

 

 それはその偉容からも充分理解することが出来る。

 なんていったって、髪型が縦ロールなのだ。金髪ドリルなのだ。しかも二つ。あんなケアが面倒くさそうな髪型にわざわざするなんて、まともな精神がなせるものではない。

 

 あのドリルで一体何を掘削するつもりなのだろうか。曹操はレズだと聞く。女性の下半身の穴は二つ。つまり、きっとそういうことなのかもしれない。

 あんな全身で性癖を表すなど喜ぶのはフロイト先生ぐらいなものなのだが、全く気にしていない辺り深遠な恐怖を感じる。頭おかしい。

 

 つまり、この状況がより一層混沌となってきたので私は逃げたい。レズと一緒にいれば、きっと私もレズになってしまうに違いない。

 だから離せ趙雲。おい、白蓮も腕を離せ。北郷くん貴様もか、セクハラで訴えるぞテメェ。

 

 「部外者は黙っててくれないかしら。私は劉備達と話しているのよ」

 

 孫策の瞳の奥に見え隠れする強い警戒。だが反応したのは曹操ではなく、姉妹の片割れであった。

 

 「貴様ぁ……華琳様になんて口の聞き方をッ!?」

 

 「控えなさい春蘭。……同じ轡を並べる者として忠告してあげる。これ以上騒ぎを大きくするというのなら、董卓よりもあなた達に対して先に剣を向けることになるわね」

 

 三国設立者が、公孫瓉軍の陣地にて戦闘開始。素晴らしいとばっちりっぷりに、白蓮さんに同情を禁じ得ない。誰が悪いと言ったら孫策とルーピーが悪い。私は悪く無い。

 

 「そして何よりも、これから先に並び立つ可能性がある貴方達を、こんなところで倒すなんてもったいないわ」

 

 曹操はドヤ顔しながら覇王オーラ満々であるが、私は知っている。

 

 そう言っておきながら、曹操は史実では存命中に蜀と呉を倒しきれてない事を。息子と司馬懿の息子達が頑張った事を。

 しかも呉に至っては、国を既に晋に乗っ取られて、魏が潰れた状態で占領して滅ぼしている。

 

 あれだ。三国志のはずが、最終的に残ったのは晋でしたという終わり方は、三国志初心者ポカンポイントの一つである。どこいった三国、どこから来やがった晋と思ったのは私だけではないはず。

 

 なんていうか、司馬懿さんには悪いけど、言いようのない残念感が漂う終わり方だ。

 

 「随分と吠えたものね、曹操。孫家の血も甘く見られたものだわ」

 

 孫策は犬歯を見せながら獰猛な笑みを浮かべているが、私は知っている。

 

 お前の所の孫呉の血、史実では後半になるにつれて劣化速度が半端ないことに。

 魏が世代交代するに連れて国が乱れるであろうその時まで、じっくりと耐え忍び牙をむくというのが孫呉の大計であったのだ。

 

 そしていろいろあった結果から言えば、牙がボロボロになったのは孫呉の方で、総入れ歯にすることになった。ちゃんと歯を磨いとけよ、なにやってんだお前。

 しかもなんとか総入れ歯にするも一噛みする間もなく、晋により歯どころか国まで木っ端微塵になった。どうしてこうなった。

 

 歴史を知る身として、格好つけている二人を見ていて悲しくなってきた。

 なんていうか、お前ら、もういいから帰れ。なんかお前ら見ていると、私は悪くないのに申し訳なくなってくる。

 

 「……」

 

 その一方で、ルーピーは無言。

 

 いつの間にか笑顔の仮面を貼り付けたまま、曹操に視線を向けている。すごい切り替えである。女って怖ぇ……。

 それに気がついた曹操が、口の端を歪めながらルーピーへ笑った。

 

 「……あら?またその顔に戻ったのかしら。私の軍と一緒に戦っていた時の振る舞い、そしてあの袁紹を煽てて譲歩を引き出した話術。それなりの食わせ物だと思っていたけれど、想像以上に中々、先ほどは面白い顔をしていたわね」

 

 ルーピーの英雄としての器を計るように言葉を投げかけ、そして見定めようとする曹操。孫策も自身の舞台に上がった今、ここが天下の問答を交わす場であると決めたのだろう。お前も逃さないという意が、強く込められている。

 

 言葉を受けたルーピーは顔をふにゃっと変え、困ったように微笑んだ。

 

 この時点で私は気がついた。他の奴は気がついていないようだが、私は分かる。あいつ、孫策との会話を邪魔されてキレた。

 

 「えと、あの、ごめんなさい。騒がしくしちゃって。そうですよね、みんなで仲良くしないといけないのに。本当にごめんなさい。孫策さんもごめんね、曹操さんもわざわざありがとうございます」

 

 謝罪という体裁を整えた、曹操の会話をぶった切って地面に捨てていくルーピースタイルが炸裂。場の空気総ポカン。

 

 剣を構えて「さぁやるぞ」と意気込みを見せたら、「ごめんそんなことよりおうどん食べたい」と言って逃げられたようなものだ。

 実際、現実として一番の問題は、劉備が連合で第一陣を飾るのにも関わらず、他人の陣営で孫策と口論しているところにある。それは劉備が行ったように、劉備の謝罪で解決出来る問題なのだ。よって解決した。早い。

 

 だが曹操の意地というか、誇りというか、そこらへんは全部宙ぶらりんである。そんなん知るか貧乳、胸でかくして出直してこいである。意図的にそれをやっている辺り、なんていうかエゲツナイ。

 

 ほら見ろよ、あの孫策一行だって「マジかよ」と頬引き攣らせてるぞ。

 

 「……へぇ、あくまでしらを切るつもりかしら」

 

 見ろよあの曹操さんの姿を。

 冷静さを装っているが、内心すごい怒ってるぞ。だって右手が握りしめられてるもん。後ろの二人も冷や汗を流してるもん。

 

 「孫策さん、また後でこの話はしようね。白蓮ちゃんもごめんね、久しぶりなのにこんな事になっちゃって」

 

 「……え、ええ。そうね」

 

 「い、いや、あはははは。いや、まぁいいよ、うん」

 

 スルーである。

 

 三国志における魏の覇者であり、奸雄と呼ばれた少女をスルーである。人のよい公孫瓉が、さり気なく視線で曹操の方にルーピーを誘導しようとするもガン無視である。

 

 曹操とか、ただのツルペタツインドリルのレズ女でしょと言わんばかりのルーピーの態度に、曹操のバックオーラが荒れ狂っている。背後にいる顔面蒼白の赤青二人が可哀想になってきた。

 

 「徐庶ちゃんも、また後で会おうねッ!」

 

 そして私に向けられる純度百パーセントの笑顔。怖ぇよ。

 

 純粋に喜びを表し、シッポを振る犬のような大歓迎ムード満載に、こちらへと手を振ってくる。ウザい。

 そしてそれは視線が私に集まることを意味するのだ。おい、こんな雰囲気の中でふざけるな。

 趙雲、ちょっと私を離してくれ。数秒でいい、そんなの一切関係無いと手を振るあいつを殴りに行くから。

 

 徐庶は内心激怒したメロスばりの憤りを見せていた。しかしこの中でより一層激しい、身を焦がさんばかりに怒り狂ったのは、実は曹操その人であった。

 

 己と並び立つ存在かもしれないと期待し、見定めた両雄。それが一堂に会する機会であると考えた。

 だからこそ意気込みを見せ、喜色を押し殺して、公孫瓉陣営に絶対の信をおける二人の配下と共に現れたのだ。天下に覇を唱える王であると示し、お前達の壁であり、敵であると宣戦布告する為に。そして立ちはだかるであろう二人の英雄が、どれほどの存在かその目で見極めるために。

 

 その結果がこれである。曹操はキレた。

 

 だがしかし有象無象の凡人ではなく、曹操は覇王である。

 彼女の冷徹な思考は怒りの最中に在っても、狂うことは決して無い。彼女の精神は苛烈にしてドがつくサディスティック。やられっぱなしは許せない性分だ。

 

 この小娘を舞台に釣り上げるだけでは、受けた侮辱と到底釣り合うものとは考えられない。痛恨なる一撃を与え、この曹操の存在を示し、劉備という存在に二度と忘れられぬような深い杭を撃ちこんでくれよう。

 

 曹操は状況を改めて整理し、見聞きした情報を統合し、如何に自分が動くべきか結論を出す。

 そして……。

 

 「……へぇ、あの子が孫策と劉備が今ここで言っていた徐庶なのかしら?」

 

 「「ッ!?」」

 

 標的を徐庶に定めた。見事に孫策と劉備は釣れた。

 

 「あの子、それだけ貴方達が目をかけているのね。あらあら、どうしてか私も気になってきたじゃない」

 

 凍るような視線をねっとりと徐庶に向け、そして劉備と孫策に向かわせる。劉備の目の奥に大切な者を守らんとする炎が燃え盛り、孫策は虎のように目を光らせ剣呑な雰囲気を漂わせ始める。

 これを見て自身が想定した可能性が事実であることを確信し、曹操の口に浮かぶ弧が三日月と見間違わんばかりに釣り上がった。

 

 後に三国へと繋がる王達が、初めて一同に介し、互いの道が相容れぬ存在であると見極めた瞬間であった。

 己の道を悟り突き進むと決意と覚悟を秘め、人々を導く王としてその輝きを体現し、頭角を現して相対した三人。これが後に歴史に語られる、三国志の真の始まりだったのかもしれない。

 

 一方で遠回りなとばっちり受け、理解し、胃酸が荒れ狂って徐庶の顔は死んでいた。

 

 その後、連合は虎牢関と共に難攻不落と並び称される汜水関に到着した。

 先陣は最も少ない兵力である劉備軍。袁紹に陥れられた哀れな犠牲かと、諸侯から同情の念を向けられた。

 だが劉備は密かに孫策と共謀。袁紹の命令を逆手に取り、『華麗』に戦うべく孫策が劉備と協力することになった。

 

 これに異を唱える者もいたが、静かに笑顔のまま淡々と袁紹の言葉を借りて、隙がない理論を述べる劉備の前から自然と消えていった。ちなみに横にいる軍師二人は、何故か体が凍ったようにカチカチだったと聞く。

 

 汜水関に立て籠もる董卓軍は、猛将華雄を筆頭とした五万の兵士。装備と兵の質共に高く、士気も盛んである精鋭達。

 厳しい戦いになるだろうと予想されたが、結末は意外なものであった。

 

 孫策の苛烈極まりない挑発、というか半ば罵倒に近い言葉の乱撃を汜水関の華雄にぶつけたのだ。まるで何かの鬱憤の晴らすように存在を全否定され、耐えかねた華雄はついに怒り心頭となって打って出た。元々猪突猛進、突出する気質があった華雄。その心の隙を見事に孫策は突き、難攻不落と名高い汜水関から引きずりだしたのだ。

 

 これも劉備と孫策の作戦のうちである。ただ呉の武将達はそんな孫策から、何故か一歩精神的な距離をおいていたように周囲から見えたらしい。

 

 劉備と孫策は周囲から見ても解るほどのやる気と勢い、そして気炎を纏って咆哮。配下を鼓舞して将を動かし、その進撃を受け流した。

 華雄の進撃の先は、高みの見物を決め込んでいた袁紹軍。劉備と孫策は目の前の新たな獲物に食らいつき、夢中になる華雄軍を側面と背後から蹂躙したのだ。

 

 そう、それは蹂躙だった。

 

 華雄は目を見開き、我に返った。なんだこれは、と。

 連合に嵌められたと気づくも、我を止められるものなしと全滅させる心構えで戦いを挑んだ。しかし押し負ける自軍、そして戦場を渦巻く異様な気配によって、歴戦の勇士の勘があらん限りの警報を打ち鳴らす。

 

 肌が張り詰めるような大きすぎる気配。それは敵なしと見定めた劉備軍であり、許さぬと誓った憎き孫策軍から発せられていた。

 

 そこから現れた三人の将。華雄は彼らと相対したその瞬間に、身を凍らせるような畏怖に打ち震えたのだ。

 孫策の偉容は「人か魔か」と思わんばかりであった。身に纏う闘気でその姿は歪んで見え、幾倍かに膨らんで見えたのだ。

 

 さらに気づく。その目に自分の姿は映っていない。孫策はこの華雄を通して誰かを見ているのだ。

 巫山戯るな。どこを見ているのだと憤るも、己の手が震えているのを見て全てを理解した。私は既に負けているのだと。己を見ていない相手に、この華雄の積み上げた武人としての本能が負けを認めたのだと。

 

 同じく現れた劉備軍の関羽と張飛は、そんな華雄の恐怖をより一層誘う。

 二人にではない。その後ろに見え隠れする、大きすぎて見えない何かの存在を恐れたのだ。

 そして、その存在もまた華雄という存在を見てはいないのである。

 

 「この、華雄を……舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 生物としての生存本能を、身に纏わりつく死の気配を振り払い、華雄は吠えて立ち向かった。

 

 汜水関は落ちた。

 華雄は決死の突撃を敢行した張遼により救い出され、満身創痍のままに虎牢関へと逃げ去った。

 あとほんの少しでも張遼の助けが遅れていれば、その首は胴体と泣き別れになっていただろう。

 

 撤退する董卓軍の土煙を見送りながら、孫策は静かに心を落ち着かせて目を細めた。

 

 「これで曹操の奴も少しは解ったかしら。まったく、人から興味本位で大切な親友を奪おうとするその精神は、少しも理解できないわね」

 

 苛立ちのままに不満を口にして、曹操がいるであろう方向を睨みつける。

 眼鏡をかけた褐色の美女、周瑜は胸に渦巻く例えようのない感情を息に乗せ、大きく吐き出した。

 

 「雪蓮、無理をするな。お前はまだ孫呉に必要な存在だ」

 

 「大丈夫よ、全然問題なし。心は炎のように熱く、頭は氷のように……。ま、この言葉は徐庶のものなんだけど、その言葉通りな感じかしら。徐庶と子供頃にやった訓練の経験は、今も生きてるのが実感できる。大丈夫よ、もう二度と我は忘れないから安心して」

 

 「私とて徐庶が苦労してお前の衝動を抑えつけていったのは、間近で見ていたから解るさ。ただ今日の荒々しさは昔を思い出したぞ」

 

 「それは曹操に言いなさい、まったくあのちびっ子は碌なもんじゃないわね。戦っている時もずっと視線を感じたわ」

 

 孫策はそう言って剣についた血、華雄の血を振り払う。王の証である愛剣、南海覇王を布で拭い、刀身に映る自身の眼の奥を見つめた。

 

 一方、劉備軍もこの大戦果に沸き立っていた。

 少数にも関わらず、強敵であった董卓軍を手玉に取り、華雄を打ち破り敗走させたのだから無理も無いだろう。

 

 「殆どの軍で本陣救援の動きがありましたが、曹操さんの陣に動きはありませんでした」

 

 「え、えーと……。作戦中は私達の思惑に気づき、静観しているのかと思いましたが、恐らくは思惑を見ぬいた上で、効果的な参戦時期を量っていたと思われます。でも……」

 

 思考の海に沈む孔明と鳳雛の言葉を受け、北郷は唸り推測を口にする。

 

 「大きな動きはしなかった……かぁ。まぁ俺達や孫策さん達が予想以上の動きの速さを見せたわけだし、動けなかったのかなぁ?」

 

 あれだけの覇気を纏った少女が、それだけに終わる。その不可解さに、劉備軍の諸将は悩み首を傾げた。

 ただ劉備だけが、曹操の意図を知って大きくため息を付いた。ぷりぷりと怒り出す劉備に、全員が困惑する。

 

 「もうッ!まんまと曹操さんに乗せられちゃったかなぁ。あの人、こういうの好きそうだもん。でも私達が見せつけた分、きっとどこかで見せつけてくるだろうし……。ま、みんなも気にしなくていいよ」

 

 「ええと、桃香様は曹操さんのお考えが解るんですか?」

 

 「たぶんね。自分のところに発破をかける為だったんじゃないかな。ただご主人様の言うとおり、みんな本気をだしたからね。孫策さんもすごかったし、予定外なところもあったと思うよ」

 

 未だ機嫌があまり良くならない劉備に、北郷が苦笑した。

 

 あの場で、あの時に曹操が言い放った言葉。それがここまで二人の英雄の心を動かし、諸侯に劉備軍と孫策軍の名をより一層知らしめた。そう思うとなんというか。

 恐らく徐庶の心情を一番理解している自分からすれば、徐庶が哀れに思えてならない。

 

 大丈夫だろうか。あの時白目向いていたから、絶対気絶していたと思うのだが。

 

 「それに、『それなら徐庶ちゃんを私も欲しい』とか。そんなついでのように私の大切な人を言う曹操さんの気持ちなんか、よくわからないもんね」

 

 曹操軍の方向を睨みつけて、劉備があっかんべーと舌を出した。




曹操「へぇ、面白いじゃないの……ッ!」

劉備「孫策さん、ちょっと曹操さん調子のってるよね」

孫策「あんたもね」


真ん中辺りで分けられるけど、次は虎牢関行きたかったので長めになってしまった。次回で連合終了まで行けるかな。
チープでありきたりな展開ですが、そういうの好きです。徐庶は次回からフル出勤で、今回は後半休息(失神中)の模様。

※9月10日
 どうしたんだワグナスッ!まるで仕事が終わらないぞッ!?

 10月5日
 修羅場の合間にキーボードを叩くも、スランプで執筆中小説が10を超えたぞワグナスっ!?

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