私の幼なじみはルーピー   作:アレルヤ

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私の幼なじみにTRPG

 私は徐庶、村の男子からは『劉備の付属品』と呼ばれている。

 

 呼んだ奴は例外なくぶん殴ったことから、最近は『狂犬』と呼ばれ始めた。

 女に狂った犬以下のダンスィ共に、どうしてそんな巫山戯た呼ばれ方をされにゃならんのだと憤る。

 

 あの私がストレスが原因で血を吐いた事件以降、私には『病弱』という設定がついた。

 別に体が弱いわけではない、むしろ健康そのものだ。あの天然サドスティックオタサーの姫がいなければ、私は元気いっぱいアンパンマンな女児である。

 

 だから、心配して私に近寄ってくるなルーピー。

 

 あれ以来、ただでさえ多かったルーピーとの接触回数と接触時間が増えた。

 真名の件はなし崩し的に無くなったが、私が血を吐いた事に相当な衝撃を受けたのだろう。ほぼ毎日私の様子を見に来て、私と一緒に時間を過ごそうとしてくる。

 

 また村の中でルーピーのお株は私を助けた事で急上昇。そして私を気遣う健気な姿からさらに急上昇だ。

 村の大人連中は、私の後をくっついて回るルーピーという光景を微笑ましげに見守ってやがる。頭がおかしいのではないのか。みんなが幸せそうなかで、私だけが不幸のどん底なんだが。

 ついにルーピーの桃色ウィルスは、村の中でバイオハザードを起こしたようだ。この村はもうダメだ。誰か燃やせ。

 

 「徐庶ちゃん、体調は大丈夫?」

 

 「貴方に気遣われる程、私は落ちぶれてはいません。大丈夫です。というか貴方の存在が私の胃痛の原因です。貴方は私に構わず、思春期に入り始めた村の男子共と遊んできなさい。そして襲われろ」

 

 「よ、よく解からないけれど、大丈夫そうだね!」

 

 お前、私のこのストレスフルな顔を見て、よくもまぁそんな事言えるものだ。

 とっとと永遠に十七歳のウサミン星や、コリン星にでも移住したらどうですか。少しはマシになるかもしれない。というか私の心の平和のために、どっか行ってくださいお願いします。

 

 「それで、今日は何をしよっか?山にでも遊びに行く?水浴び?」

 

 「水浴び……?」

 

 「うん、気持よくて楽しいよ!」

 

 それはあれか。

 既に胸も尻もまったく成長の兆しがない私に対する嫌がらせか。将来性なんて言葉は、ルーピーの発育状況をみて木っ端微塵に砕け散ったわこんちくしょう。

 その胸はなんだ、将来は牛にでもなるつもりか。そうか。出荷されればいいのに。

 

 「私はまったく気持ちよくありません。むしろ不快です」

 

 「そ、そっかぁ……」

 

 そんな不安げな顔で見るな、心にくるだろ。その瞳をウルウルさせるのを止めろ、変なオーラと混ざって私が悪いみたいな気持ちにさせられるわくそったれ。

 ああもう、仕方ない。私はポッケから、いくつかの種類のサイコロを取り出す。ちなみにこれは全てお手製だ。

 

 「あ!それってサイコロっていうんだよね?わぁ、何するの?」

 

 「時にルーピーさん、貴方、伏羲と女媧の話をご存知で?」

 

 伏羲と女媧の話というのは、簡単にいえば中国版イザナギ・イザナミ神話だ。

 

 実際成立するのはもう少し先の話だが、それでも民間伝承として神や天地創生の話は広く知られている。

 ルーピーは「知ってるよ!」と嬉しそうに拙い言葉で私に説明してきた。……そこまで近寄る必要ないんじゃない?答えられて嬉しいのは解ったから、いい加減に落ち着け。いい香りがして負けた気分になる。

 

 「なるほど、物知りですね……」

 

 「えへへぇ……お母さんに教えてもらったの」

 

 さて、じゃあ。あれを始めようか。

 私もいい加減ストレス発散しないと、また血を吐きそうだし、ルーピーもノッてきたから条件はクリアしている。

 私が楽しいと思う遊びをさせてもらおう。ルーピーめ、覚悟するがいい。

 

 「では、クトゥルフ神話というのはご存じですか?」

 

 「……くとぅるふしんわ?えーと、ごめんね。私はそれは解らないかな」

 

 「同じように神々、しかし天ではなくこの宇宙に存在する、偉大で醜悪な神々の神話です」

 

 シナリオは……初心者だから、『毒入りスープ』でいいか。

 ちゃんと後漢の時代に当てはめて、シナリオを改変しないとな。いや、かえってえぐいものが出来そうだ。楽しみだなぁ。

 

 ルーピーはまっさらな初心者だし、日本のヲタ的な話は一切解らない。だから他のアニメやゲーム、小説、ドラマからNPCはそのまま持ってこよう。ルーピーに負けない個性豊かな連中だ。

 うん、これは愉快なことになりそうだ。気分はニャル様だな。

 

 「ルーピーさんはその世界で探索者を演じてもらい、ある物語を解決してもらいます」

 

 「え、わ、私が!?えーと、徐庶ちゃんはどうするの?」

 

 「私は進行役になりますよ。ルーピーはこのサイを振ってもらい、それによって運命を切り開くんです。大丈夫ですよ、初めてですから、今回はそこまで厳しい物語ではありません」

 

 ま、クトゥルフの時点で既に足どころか、全身をふっ飛ばしに来る地雷なのだが。

 

 「やりますか?すごく楽しいですよ?」

 

 「へー、面白そうだね!やってみたい!」

 

 「それじゃ、まずはルーピーさんが演じてもらう登場人物を作っていきますか」

 

 この深遠なる悍ましき世界で、どうか頑張ってくださいと心の中で私は嗤った。

 

 結論から言わせてもらいたい。大惨事になった。

 サイの出目は悪くはないのだが、もうルーピーさん騙されまくりであった。

 すぐに信用するものだから、犯人やら教団に捕まったり殺されたり。サイの出目はいいものの、それだけではこのクトゥルフ神話の悪意から生き残っていくのは難しいわけで。

 

 毒入りスープですら、三回目でようやくクリアだった。私の加減の問題もあるのだろうが……あの、ちょっと正直すぎませんかルーピーさん。

 軽い悪意のジャブをぶち込んだらすぐに引っかかる。信じるものが救われるのは、足元だけだという言葉を彼女は知ってくれ頼むから。

 

 でも本人は何だかんだで楽しかったのか、それとも私と遊べるのが嬉しかったのか。

 この後も何回か通して行うことで、少しずつこのTRPGを理解していったらしい。

 

 「ふふーん、もう徐庶ちゃんの罠にはひっかからないもんね♪」

 

 と、調子にノッてきたようだ。何かがキレる音が聞こえた。

 

 いいだろう。これまでは何だかんだで同情してしまい、簡単なシナリオや悪意のないNPCに包まれたほんわかクトゥルフを演じてきてしまった。

 もう容赦しない。悪徳と不義理と裏切りにまみれた、友人から「お前のGMは虚淵」と称せられる世界に招待してあげよう。

 

 『「おろか」?そんなことは思いはせん。おまえ達人間は地を這いずる羽虫を見て「おろか」と思うか?虫ケラが足掻いてもレベルが違いすぎてなんの感慨もわかないだろう?私がおまえ達人間に思うのはそれと同じだ 』

 

 『今は悪魔が微笑む時代なんだ!』

 

 『弱者は強者の糧となるべき。糧にすらならない弱者は存在する価値すらねえ』

 

 『正義は勝つって!?そりゃあそうだろ、勝者だけが正義だ!!!!』

 

 『だって僕は自分を信じてるもん。自分を信じて夢を追い続けていれば、夢はいつか必ず叶う!』

 

 『勇気あるあなたであるからこそ!!神の与えしこの試練ぜひとも乗り越えていただきたあい!!!』

 

 『我が心と行動に一点の曇りなし……!全てが「正義」だ』

 

 『さあ? 強いて言うなら愛のため、でしょうか。私は私の愛のために、人という人をみんな溶かしてしまいたいようなのです』

 

 ルーピーが泣いた。

 

 やべぇやり過ぎたと思った頃には、もう遅かったらしい。

 ルーピーにこれが悪意だと言わんばかりに、既存の豊富な悪役をシナリオに合わせてぶち込んだ。ヒロインに裏切られ、助けた子供に背中を刺され、ルーピーが最善だと思った行動でNPCが悲惨な最後を遂げていく。

 

 私の友人だったら、「NPCを盾に。はぁ?このNPCのCON(頑健さ)の設定してないの?困るな、できれば全てのNPCにCONの設定しておいて」とか、「これヒロインぶっ殺せば、召喚されないんじゃね!」とか言う外道だったのに。

 

 しかしルーピーは説得しようとしたり、なんとか全員を救おうとしたりと素晴らしい真人間であった。

 私の友人って全員糞だったんだなと思い返される。でもそれができるほど、ルーピーは器用にはなれなかったわけで……。

 

 その、なんかごめんなさいという気持ちにさせられた。

 

 「えぐ、えぐ……」

 

 「ルーピー……」

 

 だからこの呼び方変えていいかな。台無しだよ。これじゃ私は追い打ちかけてる屑だよ。

 

 「私って、本当にダメなんだね。えぐ、みんなを助けたいのに、みんなに幸せになってほしいのに、誰も、助けられなかった……ッ!!」

 

 いや、お前クリティカル連発してたじゃん。すげぇよ、運だけでここまで追いつめられるとか、前世含めて初めてだよ。

 私もクリティカル出さなかったら完全敗北だから。なんていうか、もう世界に愛されてるレベルのオカルトをルーピーから感じる。並のシナリオとボスでは、もう対抗できないレベルだぞお前。逆境で進化したのか?まるでゲームの主人公だな。

 

 「ルーピー、違います。貴方は本当に上手くやっている。私も幾度と無く追いつめられましたから」

 

 こいつマジで理不尽だ。可哀想だからと義理で用意した5%を的確に成功してくるとか、チートでも使ってんじゃないかって思う。運命力が高すぎる、どこのデュエリストだお前は。

 

 「……時に、聞きたいことがあるのです。ルーピー、貴方はみんなが幸せになってほしいと思っています。それは素晴らしいことです」

 

 「徐庶ちゃん……」

 

 「ですが、一方で貴方は悪意を嫌います。悪をはねのけようとしますね」

 

 「だって、それは悪いことなんだよ?それで苦しめられる人がいるのなら、なんとかしてあげないといけないから」

 

 「ルーピー、人を愛したい、信じたいのであるのならば……その人間の醜さも愛するべきです」

 

 なんだこれ、何で私は新興宗教の勧誘みたいなことやってるんだろう。

 

 「この世界は理不尽と悲哀に満ちています。人はいつだって正しい行動をとれる生き物ですか?人はいつだって合理的な行動をとれる生き物ですか?そう思うのであれば、それは大きな間違いです」

 

 いや、ルーピーは泣き止んでおり、真剣な顔でこんなどうでもいい話を聞いている。

 これはチャンスだ。一気に押しきれるぞ。

 

 「人は迷います。人は間違います。人は非合理な行動を取ります。そうすればいいのに、そうであればいいのにと解っているのに、彼らはまったく別の行動を取るのです。誰もが正義を知らないわけがないのです。誰もが悪を知らないわけがないのです。解っていても、己の醜さを知ってもなお、非合理に自身の欲望を選ぶ。そんな世界が、いえ、人の世がどうして理不尽ではないといえるのでしょうか」

 

 まくし立て続け、考える暇を与えてはならないと某詐欺師も言っている。

 考えさせるのは、既に相手が自分の術数にハマってからだ。

 

 「なればこそ、そこに生きる人全てが理不尽な欲望を抱えている。人の世に生まれた限り、この悲哀と理不尽からは逃れられません。彼らは被害者でもなければ、加害者でもない。だからこそ貴方は人の悍ましさを、醜さを知らなければなりません。人は善業をなします、自らを切り捨てて人を助け、愛します。そしてもう一方では悪業をなし、他人を切り捨てて自分を選びとるのです」

 

 いけ、やるんだ徐庶。

 論点を逸らして私は悪く無いとでっち上げるのだ。

 

 「貴方が見てきた世界で悪をなすものも人間、そして貴方も又同じ人間。物事の片方だけを見るのは止めなさい。人の醜さを愛し、正義を悪を愛する。貴方はそれができる人間です。そうして相手を見定め、周囲の人間の弱さに気が付き、認めることが私は大切だと思うのです。その上で自身もまた彼らと同じ人間であると知り、考えればいい。私の両手はどれだけの人間を救えるのかと」

 

 何言ってるんだ私は、と吹き出しそうになったが、なんとかやり切ることが出来た。

 さあどうだとルーピーを見ると、何だか目を輝かせて私を見つめてきた。

 

 「ありがとう……。ありがとう、徐庶ちゃん。私、今の徐庶ちゃんのおかげでわかったの。人の醜さを愛するということを、そして押し付けるんじゃなくて、理解していくことの大切さを」

 

 ……止めろ、その純粋な眼差しを私に向けるな。

 なんか私のいろんなものが浄化されそうになる、止めろ、やめるんだ。なんでこいつは善性100パーセントで受けれるのだ、心が痛くて吐き気が。

 どうしてSAN値を減らす側が、SAN値を減らされてるんだろうか。

 

 「みんな、みんな人間だったんだ。あの物語の中でね、私はあの人達が同じ人間じゃない、恐ろしい何かなんだって勘違いしていた」

 

 いや、そうだろ。あいつら全員イカれた連中じゃん。恐ろしいというか、悪って言葉がこれ以上ないぐらい当てはまる連中だからね。悪意十割だからね。

 

 「でも、みんな同じ人間だったんだ。……私は、そこに気がつけなかったんだね」

 

 え、何で決意を固めた顔になってるの。何か後ろから光が指しているように見えるんだけど。

 

 「徐庶ちゃん、私頑張る。私だけの力じゃ、どうしようもならないけれど。この両手はすごく小さいけれど、仲間がいればきっと多くの人に手を伸ばし助けることができるから」

 

 すげぇ、何か意味がわからないけれど、私なんかよりもよっぽど素晴らしいこと言っているように感じる。

 もう私の自尊心とか先程までの優越感は砕け散り、その破片で私の心はズタズタですわ。こいつ徹底して私の自信を折っていくスタイルだわ。

 

 「よし、もう一回やろう!今度こそ、今度こそ私はやってみせる!」

 

 「わ、解りました。でもそろそろクトゥルフ系は胃もたれしてきたので、すこし違う物語もやりませんか」

 

 これで完敗したら立ち直れる自信がないわ。ルーピー、なんて恐ろしい子……。

 ええと、あと私が知っているものでやれるやつと言えば……。

 

 「え、他のものもあるんだ。すごい楽しみだよ!」

 

 「はい、ええと『パラノイア』と呼ばれるものでしてね……」

 

 二刻後。ルーピーがまた泣いた。

 そしてそれを見つけた私の親にゲンコツを食らわされ、私も泣いた。この世界はやっぱり理不尽だ。

 




何か続いてしまった。

思いっきり趣味を交えた話。
友人の言っていたセリフは実話、なおヒロインが殺されたおかげで邪神が降臨せずクリアした模様。お前らヒロインだぞ、ヒドインじゃないんだぞ、救えよ。

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